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特に夏になれば、やはり「生ビール」をグィッと一杯と言うのが喉越しがいい。夕方ともなれば、どこかの居酒屋で「生一つ」と注文する。すると、生樽からジョッキに並々と生ビーッルがテンコ盛りにして運ばれて来る。中身は白い泡が3分の1を占めているが、取っ手を握ってグィーッと一気に飲みまくる上唇に少々の泡を残し、フーッと一呼吸入れてその瞬間の幸せと満足感を楽しむ。これぞジョッキー醍醐味なのかも知れない。さてこの「生」であるが、最近ではどのビールにも「生」と表示されているようだ「生ってな~に?」と、つい気になって調べて見ると要するに微生物などによって、ビールの品質を劣化させないために熱処理をする場合が多いなそうだが、この熱処理をしていないビールのことのようである。最近では、このビールの製造工程全体に渡って微生物の管理とろ過技術が大分向上し、業界全体でこの熱処理をしないのが主流となっているなそうだ。そのためか、この「生」と言う表示がいたる部分で表示されている訳だ。「本生」、「「グイ生」、「新生3」とかと、缶ビールやビン入れにさいも表示されていると言うことは、何も「樽」から注いだビールだけが「生」なのではなく、ビール全体が「生仕込み」と言うことなのである。「生」と言うと、何となくすぐ「樽出し」と思ってしまうが実のところ、それ以外の「容器全般にも生ビールが存在」すると言う事のようである。と言うわけで本来ならば、熱処理経費や温暖化に寄与している訳だからもう少し、安くなっていいはずなのだが消費者側はそれを感じない。いったい、この裏側のテクニックはどうなっているんだろうか、ついつい疑問に思ってしまう。特に、居酒屋とかビァホールなどで飲む「生ビール」はどこも同じ価格で、しかも一杯500円とはどうも高く感じてしょうがない。確かに「生は」、一味違うような味ではある。しかし本来は、缶であろうがビンであろうが口当りがまろやかで、クリーミーな味には変わりが無い筈なのであろう。チョッとどこかが違うと思うのは、「樽生」の場合は樽の鮮度や炭酸ガスの染み込み具合などでそう感じるのかも知れない。であれば何も、高い「樽生」でなくとも缶や瓶の「生」でジャンジャン飲みまくった方が良さそうだ。だが、「ビール腹」と言うメタボの要素も考えなければならないとなる。だがしかし、ビールを飲んだからとて「ビール腹」になると言うことではないのだ。アルコール度が低いため、ツイツイ余計なおツマミなどやビールと一緒に摂るその他の部分がいけないのである。「ビール」では、決して「太る」ということがないのである。余分な物を食べ、基礎代謝が減り余分なカロリーが体内に残るから、太りやすくなるのは避けられないということなのである。男性は比較的に、「ビール腹」ならぬ「リンゴ型腹」が多いがこれはビールに関係なく、日頃の食生活による弊害なのである。と言うわけで、この夏は大いに「生ビール」をゴックンゴックンと楽しんでもらいたい。「生」って、耳障りが良くその響きにそそわられるような気がする。「生はめ」なんて、想像しないで貰いたい。「生チョコ」・「生ハム」・「生娘」などあるがある。中でも「生娘」を、「なまむすめ」などと読んではいけない。「きむすめ」と、読んでいただきたい。もっとも毎晩飲んだくれて、奥さんから「生ゴミ」だと言われないようにしたいものである。そのうち、「生首」にされたんでは「生」のイメージが悪くなってしまう。どっかのビァホールで、生ビールを飲みながら「生の演奏」でも聞いて心の中をも涼しくしたい物である。「待つホーム 耳に優しく 訛(なま)り声」で、「生」ならぬ「訛りのある言葉」が飛び交う盆列車の風景も、今年ももうすぐやって来る。例年の如く、盆正月は「民族の大移動」の季節でもある。同じ「なま」でも、こう言う「なま」もまた心に響く季節であり風景でもある。故郷に帰り、久し振りに会う家族や友人との「グィッと一杯の生ビール」も、心にさわやかさをもたらし新しいエレルギーを醸し出すことであろう。「ジョッキーの 乾杯音頭で 晴れた顔」。
2013.07.30
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ところで、日本の場合であるがどれだけの人が「神や地獄」を信じているのだろうか? 確かに、「○○の神」や「お仏様」は信じていると言う人も多かろう。それは、「信仰の自由」であるからいいとしょう。だが、絶対的に信じなさいと言われたならばこれは人によっては苦痛である場合もあるであろう。絶対に、「天国と地獄」を信じなければどんな公務員にもなれないと言われたならば、国民はどうするであろうか?アメリカのテネシー州法 9章第2項(神の存在を否定するもの)。「死後の世界に天国と地獄が存在することを否定するものは、テネシー州においては公職につくことができない」。なんと、神様と鬼や閻魔(えんま)様(さま)を信じなさいとある。良かったですねぇ皆さん、日本に生まれて。日本国憲法第19条(思想及び良心の自由)、「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」。これと比べると、雲泥の差がある。そう言えば、アメリカ大統領が就任する時には必ずと言っていいほどに「神を信じ」とか「神の名において」などと言うセリフを吐く。まぁ、キリスト様を信じるお国であるから止むを得ないのであろう。もっと面白いことに、日曜日に働くことは違法である言う法律もあった。やはりアメリカで、サウスカロライナ州法である。<日曜日及び、祝日と他の特別な日第一章>。「日曜日に働くことは不法である。普通日曜日と呼ばれる週の初日に、必要な仕事とチャリティを除いて一般的な仕事をしてはならない」。う~ん、確かにいいことである。日本人は、とかくセコセコと働き攻めである。私生活や家庭よりも、会社が優先するようである。とは言え、「子供が日曜日に遊ぶためには、免許証が必要である(テネシー州法)や、「車の販売、及びレンタルは日曜日に行ってはいけない(ウィスコンシン州)」となると、幾らなんでも過酷法と言いたくなる。まぁ、安息日と言うことであろうからそれもいいだろうが、随分とクドイ規律であると思った。もっとも、どこかのお国のように断食するところもあるから、これは腹が減らなくてまだいい方であるかも知れない。ところで、これとは全く以って違う話しであるが最近珍しいことに出会った。と言うのは、「少年新聞配達」のことである。見慣れない、まだ中学くらいの少年が我家の玄関で「お早う御座います」と元気な声を出した。多分、マラソンか何かの練習かと思い気やなんと新聞の配達だと言う。これは、「労働法違反」に該当するのではないかと思った。聞いて見たなら、お兄ちゃんが風邪を引き寝込んでしまったのでその代わりだと言う。まぁ、配達を休むわけには行かなかったのであろう。確かに、新聞は未だかと待っている人もいることであろうから。しかし、15歳未満の者は夜の10時以降から朝5時までは労働禁止である。この季節、朝5時と言っても真っ暗である。たまたま、雪が降ったために少し早めに外灯を点けて玄関前の路上に出た。この我家の前の通りは、小中学生の通学路にもなっている。一掃いしょうかと思って、箒を片手にして出会ったと言うわけである。感心もしたが、反対に新聞販売店に疑問を感じた。労働基準法第56条(最低年齢)、「使用者は、児童が満15歳に達した日以後の最初の三月三十一日が終了するまで、これを使用してはならない」とある。意外と、遵守されていないことに驚いた。ついでだが、「18歳未満の児童を解雇した場合は、故郷までの帰りの旅費を出すべし」ともある。また、「業務上に於いて亡くなった場合は、給料六十日分を葬儀代として給付すべし」ともある。意外と親切丁寧に、保護されているわけである。覚えていて、損はあるまい。お国が違えば、やはりその法律も自(おの)ずと違ってくるものであるが、それにしても中には「金魚を金魚鉢で飼ってはならない(イタリャのモンツァと言う町)」などと言う条例もあって、つい笑い出したくなる法律もあるものである。その理由は、金魚が彎曲に見えて実際とは違った見え方をするからだと言う。と言うことは、誰かが金魚になって水槽に入って見てのことなのであろうか?これは多分にして、「動物愛護精神」から生まれた発想かも知れないが、果たして金魚はどう思っていることであろうか、聞けるものであれば一度聞いてみたいものである。そのうち、「モルモットを飼育し、医療用として実験に使ってはならない」などと言う法律がどこかの国で制定しかねないかも知れない。最後には、「全ての動物を狩猟し、またはその他の方法で以って堵殺してはならない」となると、もう人間は何も食することが出来なくなる。もっと極端になると、「根のある植物を採集してはならない」となると、「死ね!」と言われた様な物である。あ~あ、ここまで動物愛護が進展しては生存すること事態が違法と言う事になってしまう。「どうして、そうなるの?」と、欽ちゃんのように質問したくなってきた。バカバカしいが、現実に変な条例や法律があることも事実である。「神様に 従う法律 不自由なり」で、やはり西洋の神様よりは日本の神様の方がいいと思った。
2013.07.17
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カツラを付けなければならない人口は、いったいどのくらいの数なのだろうか? ある程度の年配になってしまえば、少々禿げたところでそう恥ずかしいとは思わないと思う。 これが年若いのにそうなってしまったとなると、やはり気にもなるだろうし本人にとっても深刻なことかも知れない。 このカツラだが、昔は確かに取って付けたようなそんな感じのする幼稚な技術だったが、最近では本物ソックリなものが作られているそうだ。 従って、今では意外とカツラだったなどと見破られることの無いような自然に近いほどに技術が発達したと言う。 それ故に、生涯に渡ってカツラを使って隠し通すことも可能になったと言う。 ところが、どうしてもその姿を白日のもとに晒さねばならない時があるそうだ。 即ち、そのベールを剥がされることになると言う可愛いそうな一瞬があるのだと言う。 これは、ある私の知り合いのお話しであった。 彼は、数年前ある市の公務員を定年退職をしたわけだが、その仕事の内容は死んだ人を燃やす係りの人だった。 要するに、火葬場の番人をしていたわけである。 この方も、実は私がいつもお邪魔する例の健康ラウンド式の温泉場で知り合った人である。 面白いことに、お酒を一滴も飲まない人でそれでいて冗談の好きな人である。 一年中素面(しらふ)で、頭が狂わないかといつも辺りの人達からからかわれている。 お酒で狂ったことは無いが、一度女に狂ったことがあると言って澄ましていた。 さて彼の話しであるが、カツラをして生涯を終わった人は必ず禿であったことがバレル日は、この焼却されるときなそうである。 と言うのは、火葬場では火葬をする場合にはカツラを燃やすことを自粛しているなそうである。 即ち人工毛の場合はその毛に、人毛の場合は人工皮膚の部分にそれぞれ塩化ビニールが使用されている。 そのために、環境問題に配慮して焼却する前にこれらを剥がしてから焼却をするなそうである。 要するに、環境破壊の原因となるダイオキシンの発生を防ぐ観点からなそうである。 「済みません、この方カツラはしておりませんでしたか?」と聞くと言うことは、中々遺族に聞き出せないところがあるらしく本音とは裏腹に、確認しづらいケースが多いなそうである。 本当は、火葬場としてはカツラを燃やすことは遠慮願いたいなそうである。 時には、「お局カツラ」と言うものもあるとのことである。 これは何も今始まったことではないらしく、既に1925年(大正14年)から「お局専用のカツラ」があったのだと言う。 では、どう言う人がつけていたんだろうかと気になってしまった。 基本的には、女性専用の物だったらしい。 意外と若い女性で下の大事な所に毛が生えない(パイパン)と言う、「お局(言葉を変えて書いています)無毛症」と言う病気があるなそうである。 団体旅行などに行って、毛が無いことを知られたくないと言う理由で買い求めるなそうである。 今では男性ホルモンが含有された軟膏を塗るとか、あるいは植毛するとかと言う方法もあるらしい。 ポピュラーな方法として、「貼るカツラ」が結構愛用されているらしいのだ。 貼るカツラには、人毛が植えられて人工肌を肝心なところに貼るタイプと、人毛がネットに植えられているタイプのものとがあるそうだ。 前者は3万円ぐらいで、後者は1万7、8000円前後だと言う。 肝心な所に毛が無いことは、意外と不清潔であるらしい。 どっちにしろ、焼却前に剥がさねばならないと言うとこれもまた楽しみな職業でもあるなと思ってみた。 と言っても、7、80のばぁさんではガッカリするであろうが。 もっとも、大抵は若い女性がカツラをつけているのであろう。 年を取ってからは、何もこんな物を付けて生きねばならないこともあるまい。 ところで、この「毛無しお局」と褥(しとね)を一緒にした場合には男性の方はどう感じるのだろうか? 何となく多分、幼女ポルノめいて罪悪感を感じてしまいそうな気がした。 相手の女性に取っては、意外とモズ痒いような気がするのではないだろうか? やはりこれは、あるべきにしてあった方がお互いにスッキリするのではなかろうかと勝手に思った。 がしかし、最近ではむしろわざとパイパンにする女性が増えたと言う。 もっとも、アメリカでは60パーセントの女性がパイパンにしているなそうだ。 特に、若い女性に多いと言うことである。 自然界の逆を行く、芸能人に似た民族の違いに行き先の危うさを感じさせられる。 「何時にても 少女に帰れる 名器なり」で、どこか羨ましいところもないでもないがやはり自然体がいいのではないだろうか?
2013.07.06
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おかしな物で、「県名と県庁所在地が違う県がある」ことに皆さんは疑問を持たないだろうか?これは言うまでも無く、当時明治を作った新政権の意地悪な差別と区別のためであったようだ。当時は、官軍と佐幕派(朝敵)とに分かれて戦争をして最後の勝利者は、ご存知のように薩摩を中心とする官軍が勝利を収めた。その結果明治維新政府は、官軍に属した藩と佐幕の藩と日和見をした藩とに分け、一瞥して分かるように差別化を図ったのである。即ち、官軍派は県名と県庁所在地を同じ名称にし、敵藩にはそれぞれ違う名称を付けさせたのである(廃藩置県)。中には、例外もある。例えば、山形、福島、和歌山、福井などがそれである。徳川御三家の水戸は茨城県に、尾張は愛知県となった。紀州和歌山は、新政府に対し「反意無きこと」を伝えてあったので後に「忠勤藩」に入れてもらえたと言う経緯がある。地図を取ってよく見ると、おおむね日本海側が新政府への忠勤藩が多く、太平洋側はどちらかと言えば朝敵側(佐幕派)と言う風に思える。中でも、会津若松や米沢などは故意に県庁所在地から外され、その勢力を分散されたようである。そのほかに、県名と同じであっても県庁所在地でない「市」が三つある。それは、南から言うと沖縄県の<沖縄市>があっても県庁は「那覇市」である。山梨県に<山梨市>があっても、県庁は「甲府市」である。そして最後は、栃木県の<栃木市>があっても県庁所在地は「宇都宮市」である。面白いことに、四国の四県のうち二県だけが県名と県庁所在地が違うのだ。愛媛県の松山藩と香川県の高松藩は、どちらも「朝敵」であった。そのために、この両県は県名と県庁所在地が違うのだ。まぁ、これは歴史の致し方ない事情によるものであるがそれとは別に、何となく寂しい思いをすることがある。それは、「平成の大合併」による市町村の地名が残ったが、「大字(おおあざ)・小字(こあざ)」が省略されて何となくひっくるめられて「なんぼ」となった故里にされたような気がする。おまけに、合併によって故里の名が消えて新しい地名に変ってしまった所もある。「故里が消えた!! そんなバカな??」と、つい叫びたくなるような衝動にかられたことがあった。もう二度も三度も合併により変り、今では番地のみが微かに残っているような我が故里である。「郡や字(あざ)」が消え、「○○丁目などに変ってしまい」その面影さえも消え伏せてしまった。あまりにも「ハイカラさん」になり、チャンバラ遊びをして飛び跳ねた掘や野原が消えてしまった。更に農地整理によって実家の田んぼや畑が、一箇所に整理されたことは良いがそのお陰で思い出の場所が消えてしまったのだ。農道などが拡幅され、小中学校に通った畦道が無くなり大型耕運機が行き来できる道となった。遠くから見て、あの高いポプラの三本の木が我家の目印だった。それも、農地整理で無くなった。いや名目はそうであったが、実は周囲の民家に枯葉が吹き飛びその清掃に留意して切り倒したとの事のようだ。今では住民が増え、お隣が近くなって毎日の挨拶さえも面倒になったと、八十を越えた長男兄貴が苦笑していた。明治も昭和も遠くなり、永六助さんがいつだったか「町名が危ない!」とおっしゃったことがあった。それが、ズボシになってしまった。産まれた所も、今住んでいる他県も「朝敵の佐幕派」であるが今となってはむしろ、県名と違って何となく進歩したような県庁所在地名に思えて優越感が沸く。それだけに、愛着が一入(ひとしお)である。皆さんも、もう一度故郷や今住んでおられる地域について研究して見てはいかがかな?きっと、新しい自分と地域感を発見できるかも知れませんからね。「差別名 いつしか馴染む 明治の遺恨」。
2013.07.03
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