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誰が考案したものか分からないが、世にも不思議な楽器があった。それは、何年か前に三味線ならぬ「スコップ三味線」なる物が大賑わいを演じたことがある。その名の通り、あの土を掘るスコップのことである。特に有名なのは、青森県の五所川原であったはずだ。もっとも、津軽は民謡の宝庫でもある。「津軽アイヤ節」、「津軽ジョンガラ節」、「津軽山唄」など、どれをとっても激しい情愛と侘びの利いた津軽独特の曲である。この五所川原ではもう20年も前から、グループを組んで勇ましく演奏しているなそうである。確かに、形は三味線によく似てはいるがどんな音がするのだろうかと、その当時の忘年会にわが友人が二本ほど持ってきてそのバチさばきを行った。叩いているには申し分ないが、擦ったり引いたりすると余り耳触りはよくなかった。キーと言う音が、まことに耳障りである。バチは、スプーンだったり栓抜きだったり時にはビールのアルミ缶を足で踏んずけて薄くして叩いた人も居た。一種の余興的なものだが、カラオケで民謡などに合わせて叩くと結構オツな 演奏大会のようになったものだった。民謡ならず、さぶちゃんの演歌となると程々に合ってくれて益々場が盛り上がった。実はこの大将は、我が界隈では民謡の上手い人でよく方々から呼ばれて歩くお人である。その彼が、今月の中頃に数人を従いこの「スコップ民謡大会」に参加してきたと言うことだった。大変な盛り上がりで、今ではその地域の名物なそうで今後も多いに活動して、この年末に全国に発信しょうと意気込んでいた。この演奏に合わせて、歌は勿論のこと踊りも合うとのことのようである。息抜きどころか、もう本格的な演奏大会になっていて一種のお家芸的な面を取り越して、立派な芸術として根を下ろして行くだろうと言っていた。あるスナックでのことだった。スコップが無いと言うことで、この大将は今度は家庭内で使う箒を貸せと言い出した。さすがにこれは、音が出ない。だが口で伴奏を取り、器用にその箒を三味線になぞらえていた。「おい、ママさんよ、なんか音の出るもんがないか?」。「あんたの頭で音を出しなよ」と、笑いながらママさんが言う。「頭かぁ、そりゃねぇだろうて。頭は叩くもんじゃねぇさ、使う物なんださ」。「おう、そう言えやぁあれだな、今年もあと少しだな。今年最後になる使い方もあったな」と、お隣さん。「なにーっ、今年最後になる使い物だ~ぁ?おい、まさか、腰から下の話じゃねぇだろうな?」。「だったら、どないした?かかぁだけが女じゃねぇさ、なー、ママよ?」。「なに言ってんのよ、それこそ奥さんにフライパンでお尻叩かれるわよ」。「おー、そうだ、それだそれっ。そのフライパンが面白い、それ、貸してや?」。「なんと、フライパン三味線か?」。「音の出る物なら、なんだって構わないさ」。「なんと、フライパンでチャンチキおけさか。こいつぁー、おもしれぇかもな。ママ、あるんなら貸してや」と、座が盛り上がった。出されたフライパンの柄の穴に、ビニールの紐を付けて首に掛ける。腹まで下がったフライパンを、栓抜きで叩き始めた。しかも、鉢巻をしてその上で今度は上半身の上着を脱いだ。これを期に、そこにあったあらゆる物が鳴り響いた。箸で茶碗を叩く者、机を割り箸で軽く叩いて音頭を取る者、お盆を叩く者と思い気や今度は具が半分以下になったことをいいことに土鍋のふちまで叩き始めた。まさに、大合唱と言ったところである。そんな訳で、不景気や格差などはどこ吹く風である。結局は、お相伴(しょうばん)してタクシーに乗って午前様になった。翌朝10時過ぎても、鈍痛がしてフトンから出られなかった。「お父さん、起きて、章ちゃんからお電話よ」と、女房。「勘弁してくれと、言ってくれや」。「一晩で、そんなに飲まなくともいいじゃないのよ。これから、毎晩のように続くんでしょ。 年末の稽古にしちゃ~まだ早いでしょうよ」と、やや不機嫌のようである。「フライパン お盆が祟って 二日酔い」、やはり程々が宜しいようで。
2013.11.30
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1、タラバガニはカニではなく、ヤドカリの仲間だった。2、静岡県には「地名」という地名がある。「地名」の読み方は「じな」。3、「蚊」という漢字は、蚊がブ~ンと飛ぶことから、虫偏に「文」がつけられたという。4、岐阜県の「阜」の字の部首名は「ぎふのふ」。5、ドイツ語ではぎっくり腰のことを「魔女の一撃」という。6、イチローは長男ではなく、次男だった。7、「安全第一」の続きは、「品質第二、生産第三」だった。8、「エロマンガ島」という島が南太平洋にある。ちなみに意味は現地語で「これは人間です」なそうだ。9、カマキリのメスは交尾中に、相手のオスを食べてしまう。 財産を狙う、アバズレ女みたいな気がする。10、考える時に、視線が左を向いていたら「直感的右脳人間」で、右を向いていたら「理論 的左脳人間」であると言う。 まぁ、どっちでもいいことだが。11、昭和基地へは50円ではがきを送れる(国内扱いのためであるから)。12、馬は道路交通法では、軽車両に分類される。 と言うことは、四足動物はみんなそうなのだろうか、猫も犬も?13、夜逃げは、夜ではなく昼間に行われる。しかも、8割も・・・・。14、「新幹線」という地名がある。 丹那トンネルの三島側の出口で、正確な住所は静岡県田方郡函南町新幹線となってい る。15、最初のコンビには、1974年5月に東京都江東区の豊洲に開店した『セブンイレブ ン』であると言う。16、カンガルーはバック出来ない。17、「敵に後ろを見せる事など有り得ない」という心意気を表すために、オーストラリア海軍はカンガルーをシンボルマークに採用している。18、フニーターとは、最低限の労働しかしないフリーターのことで、ニートとフリーターの中間的存在である。19、カレセン(枯れ専)とは、50代以上の男性を専門に好む30代以下の若い女性のことなそうだ。 背中に哀愁を漂わせ、さりげない知識や経験を持つ枯れた男(おじさん)。 「癒し」てくれるから愛されると言う。 「彼専用」を略してカレセン(私は彼だけのもの)と言っている場合があるので注意が必 要とのこと。20、肉食女子とは、恋やセックスを求め積極的に行動する女性のこと 草食男子の対語で、恋やセックスを手中に収めるため、自ら積極的に行動する女性を意 味する。21、昭和33年3月3日、東京タワーが開業している。 東京タワーの高さは333mだから、開業の日まで「3」にこだわったものと考えられる。22、家電を売る電気店や、放送局は受信料を払っていない。 その理由は、放送の受信を目的とした受信設備でないためである(放送法32条)。23、遭難事故の捜索隊や、ボランティアは無料ではない。 仮に遭難し、携帯で連絡が付いたとしても救助のために現場へ赴く隊員費用は一人当 たり、夏場で3万円で冬場は5万円もかかる。 その外に、救助隊員の保険料あるいは装備品の費用などがかかる。 増してや、ヘリコプターなど呼べば半端な費用では済まない。 万が一に備え、山岳保険やハイキング保険に加入しておくことが肝要。24、コカ・コーラが最初に発売された時のネーミングは、「脳を刺激する知的飲料水」だっ たと言う。25、月と地球は、年に3センチずつ離れている。 26、日本とハワイは、年に5センチずつ近づいている。27、右半分の顔は「なりたい自分」、左半分は「当の人柄」である。 右半分は願望の顔であるから、デートには出来るだけ右半分を見せよ。 左半分は、「不吉」あるいは「邪悪」な顔とも言われているため、難航する交渉ごとや談 判に向く顔であるため使い分けが必要である。 本日は、これまでであるがタメになったであろうか?
2013.11.19
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またまた例の、「もしもしの爺さん」のお話しである。何かを話し出すときに、必ず「あの~ね、もしもし」と話すことへの許可を貰うようにこの言葉が出て来る。これは、昭和の30年代の初めの頃のことだと言う。中学時代に、あるちょっと変な女の児が同級生の中にいたそうである。何でも、背も男勝(まさ)りに高くしかもどこと無く肩幅もガッシリとした雰囲気で、何となく男っぽい感じのする女学生だったと記憶しているそうだ。中学の運動会などでは、女性ではこの女の子には勝つ選手はいなく、遂には東北大会にも出場するという、村始まって以来の大戦果を遂げた女の子だったそうだ。どういう訳か、彼女の場合は保健室が変わっていたと言う。確かに、男子用と女子用との二つになってはいたが、そのどちらにも組しない保健室があったような気がするそうだ。「それがの、何を意味するのかの、その当時はまだ幼かったこともありの、あまり深く考えなかったんじゃ。卒業してズーッと後になっての、そうらしいと言うことを風の便りで知ったんじゃ」。「何をかね?」と、元デカ(刑事)のチョビ髭さんが怪訝な目をして尋ねる。「何をってな、つまり誰の子かと言う事との、性別がどっちかと言うことさ」。「なにーっ、誰の子に金玉か割れ目かだと~?」と、チョビさんが目ん玉を丸くした。「そうなんじゃよ、その前にの、問題があったんじゃよ。夜這い相手が誰かと言うな、それが後で知ってビックリこえたワイナ。誰だと思う?」と、もしもしの爺さんが興味をそそるような風に言う。「誰ってそりゃ、家族以外の男だろうさ、なぁ浅やん?」と、チョビさん。「まぁ大抵はね」と、浅倉さんが何の疑問も無いように応じた。「と思うだろ、あんた方は?」と、どうももう一捻りあるような話し振りである。「なんだと、おいおい、まさかがあるんじゃねぇだろうな、爺さん?」と、チョビさんがいぶかるように言う。「夜這いと言うのは、普通は他人様の家に忍び込んでこそ夜這いだ。ところがの、この子の家庭ではの、早くに旦那の奥さんがの、死んでいないんじゃワ。そんなもんでな、未だ44,5のこの親父がの、年端もない16,7の娘を手なずけたんじゃよ」。「いいじゃねぇの、若いほどさ」と、チョビさん。「まぁな、その若いのもいいがさ、もし仮によ自分の娘だったならどう思う?」。「な、なんじゃと、そ、そんなバカなことがあってたまるかってんだー!」と、チョビさんが後ろにひっくり返りそうになった。「マジかよ!」と、浅やんも呆れた顔で言う。「マジもクソもあるかいな、事実は世の中に一つしかねぇさ。時たまの、親娘二人だけの家族じゃった。しょうがねぇから、近くにあったから使ったまでのことよ。まぁ、親子丼(どんぶり)と言うのかな」。「う~ん」とこの二人が、顔を見合わせながら言いようのない様子で天を仰ぐ仕種をした。「まぁな、自分で蒔いて自分で刈り取ると言う自然の生活よの、な?」。「なんじゃとー、米や野菜じゃあるめぇし、いくらなんでも体だぜ、なぁ、おい?」と、チョビさんが誰に質問するようでもなく吐露気味に言う。「それで、頭の方はイカレて生まれなかったのかな、その子?」。「それがな、とんでもなく優秀な子だったんじゃよ。よく言うじゃねぇか、こう言う場合は相当バカな子か優秀な子かに別れるってな、それが近親セックスの結果だとな」。「それでさ、無事に卒業はしたんだ?」と、私。「それなんだがな、そりゃーなんたって成績はいいやら運動神経も優秀なもんだからな、特等生として高校へ受験無しで中学では推薦したわな。ところがよ、これを断って都会に出て行ってしまった訳よ。それがの、今度の第5回目の同級会のときによ、47、8年ぶりに現れたのよ」。「じゃーなんであれ、懐かしかっただろうねぇ、さすがに?」と、浅やん。「それなんじゃよ、見たことも会ったこともねぇ人間が我々の席にいたんだぜ何となくあるいはなぁとよ、思い浮かべてみたんじゃがどうも思いだせないんじゃよ。それでいてよ、頭の隅のどっかに引っ掛かるんじゃよ。それでの、幹事に聞いて見たんじゃ、ビックリこいたぜ、なんと誰だと思う?」。「そりゃー当然、その優秀児だろうがさ、な?」と、チョビさん。 「男だぜ、おとこ、な?」と、爺さん。「なにっ、おとこ?・・・・・・、女だろうが?」と、私。「なんとよ、女が男に化けて来たんだよ、それが?今で言うところのさ、オカマいや、性同一性障害とか言う奴かな、それだったんじゃよ、まったくビックリしたなぁー、これには」。一同も、一瞬言葉を失った。恰幅のいい体に眼鏡を掛け、光沢のある顔に年齢以上に若い姿であったという。今度この席に参上したのは、本来祖父に当たる筈だった父親と母の墓を作るために故郷に錦を飾ったのである。寺に安置して放って置いた遺骨を、新しい墓所を買い取りもう墓石まで建てたと言うことだった。今までに小さい会社であつたが、それを経営しながら三人の子供をも世に送り出したと言う。ヒマ人になり、そこで何としても世にハミ出した両親をもう一度いたわり、その苦労に感謝したく敢えて恥を晒しながらこの懐かしい席に、恥を忍んで出席させて頂いたと言うご立派な理念であった。「これにはよ、さすがに過去を言う奴はいなかったな。反対に、見直さんにゃならんことになった訳よ。長いこと人間をしているとよ、どんな結果をもたらしているかは解らんもんじゃよ、のう」と、爺さんが回顧しながら盃を舐めた。どうなることやらと、話しの行く末に興味とその風聞の面白さを期待していたが、この結果を聞いて我々も感動させられたお話しであった。「逃げた里 月日が迎えた 錦旗」。 ()
2013.11.14
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先だっては、晴天が二、三日続いた。結構な、秋晴れである。紅葉ももう終わりなのかと思うほどに、肝心なモミジや楓(かえで)でそして漆などの比較的に紅色の樹木の葉っぱが落ちてしまった。まだ、黄色や褐色である樹木の葉っぱは残っているようだが、紅葉狩りの王様である紅い葉っぱの無い風景は、何となく寂れたようでいかにも辺鄙(へんぴ)さを漂わせている山々に見えた。天気も良いし、家らく中のお片づけがあるから散歩して来いと女房に命令され、「じゃー、そうするか」とハンドルを握った。わが地方では、ある程度名のある行楽地へと40分も走ってその名所地に着く。「名所、○○手打ちそば」と言う幟旗(のぼりはた)が、風にはためえて何本も揺れていた。せんだっての、あるコンビニを経営している友人の話しを思い出した。「痩せ地だから、ソバしか育たないのさ」と言う、あの稗や粟だけの貧しい地帯の産物の話しが現実化されてそこにはあった。「そんなソバよりは、要はタレが物を言うのさ。ソバなんてさ、たかが雑穀だもんな」と言う、彼の蔑視したような言葉がこの山間(やまあい)の里を駆け巡った気がした。その帰りに、妙な人の姿を発見した。何となく、どこかでお見受けしたような気がしたので速度を弱めて眺めて見た。「なんと?」と、一瞬ビックリして停車した。「なんだ、村さんじゃねぇか?」。「おーぉ、園長か、うちの寺に何か用か?」と、言う。「そうじゃねぇよ、まさかあんたとはな。ついに、坊主になったか?」。「へへへへ、至って似合うだろ、な、この格好?」と、墓石屋の村中大将。「なるほど、坊主に衣装か。で、ホントにお勤めかい?」。「それを言うならよ、馬子にも衣装だろうがさ。まぁさ、こうも葉っぱだらけじゃーな、参拝客に悪いから掃除してくれと頼まれたんださ」。「なーるほど、欅(けやき)に銀杏(いちょう)じゃなぁ、それにご丁寧に桜の葉っぱと来たか。掃いても掃いても、落ちてくるもんな。それにしても、よく似合うぜその鉢巻き。このままさ、お勤めもいいかもな、売れない墓石を相手にするよりは、の?」。「てやんでぇ、ほかに目的があってやっているんだよ」。「なにーっ、なんだ、その目的って?」。「あのよ、この境内にはさ、余っているような建物が本堂を真ん中によ、あと二つあるんだよな」。「それが、どうした。まさか、住み着くわけじゃねぇだろうな?」。「うーん、まぁな、その時の場合にもよるがな」。「で、なんだその目的って言うのは?」。「お、お、それよ。あのよ、810と言うのをやるんだがさ。もっともよ、その上の820もやるがさ」。「なんだ、110番とか104じゃねぇのか?」。「バカ言え、警察や番号案内じゃねぇよ」。「なんだい、その810と言うのは?」。「へへへへ、分からんか、お寺や神社仏閣に適している奴なんだぜ?」。「あーん、神社仏閣だとー?」。「そろそろ年末も来るしさ、それに正月も足早にやって来るわさ。そこでよ、御祓(おはら)えとかよ御神籤(おみくじ)の準備をせんにゃなるまいて。だからってさ、普通にやったんじゃ詰まらんて。いろいろ考えたらさ、いいことを思いついたんだよな」。「それが、810か?」。「そうよ、810即ち<入いれ>とも読むだろ?合格祈願とかさ、入社合格とかな、あるいは公務員試験合格とかよ、いろいろあらぁーな」。「じゃーあれか、820はハズレか?」。「ピンポン、へへへへ、分かっているじゃねぇかよ」。「なにーっ、ハズレじゃ、誰も拝みに来やしねぇじゃねぇかよ」。「と、思うだろ、ところが違うんだよな。例えばさ、危害や厄害とかさ、危険とか病気とかな、そんなものからハズレると言う寸法さ」。「ハハーン、まるで鋸(のこぎり)の両刃見てぇだな。押してダメなら引いて見ろで、坊主丸儲けを考えたな。それであれか、その二棟の余っている神社を分けて使おうと言うわけか?」。「へへへへ、そう言うわけよ。和尚も、こりゃー面白ぇと喜んでいるぜ」。「なーるほどな、不景気なほど神頼みが流行ると言うからな。しかしそれにしても、あんたは偉い!こんなアイデァ家なのにさ、なんで出世しねぇんだ?」。「バカ言え、ただ単に懐(ふところ)肥やしたってよ、あの世にゃ何にも持って行けねぇさ。だからよ、他人(ひと)のため世のため社会のために生きるのさ」。「ほほー、こりゃー気高いお心持ちでお偉いさんだな。それにしてもよ、どっちにしてもお布施が入るとは考えたな?」。「お頭(つむ)とお金とよ、何だかは一生使うもんだと言うじゃねぇかよ」。「そりゃそうだ。で、その一方の何だかと言うおチンチンは使っているかい、どうなんだ?」。「てやんでぇ、御仏に仕えるもんが、そんな不浄なことをやれるかえってんだ。おっ、こうしておられねぇ。その二棟のお休み寺のよ、掃除をやらなきゃならねぇ。またさ、墓石センターのある山で会おうぜ」と言って、彼は境内の奥へと急ぎ足だった。「おい、再挑戦、成功祈るぜー!」。それにしても、よくもまぁこのようなアイデァが出るものである。可笑しくもあったが、妙に感心させられた散歩の日だった。余り長続きはしない方だが、年末年始の行列が目に浮かんだ。「仏像も 笑顔になるや アイデァマン」。 白い着物の上に、黒の纏(まとい)を着た坊さんらしい人が街道筋の庭を掃いていた。
2013.11.10
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今では、どの新聞にも大抵は「投書欄」というのがある。では、この投書はすべて誰が書いても採用されるのかと言う問題がある。ところが、これは違うとの事である。その新聞社の特徴いや、主張の趣旨があって「超重要項目」が存在する。「文章力」は勿論、「主題」や「論旨」などがそれである。いくら文章が卓越していても、その新聞社が主張する「論旨」でなければ採用されないと言う、「裏事情」があるなそうである。あるわが友人が、ある新聞社の特定の「読者欄」に掲載する「お得意さん」であった。彼は、色々なこうした新聞社にペンネームを替えながら投稿をし続けていた。ところが、最近になってからはどうもその「ネタ」も少なくなってきた。一度どこかのマスコミや、週刊誌などに投稿した記事を載せるわけにも行かなかった。最近にではニュースなどは、パソコンなどでいち早く公開されて24時間タイムという時代に突入した。夕刊にやっと間に合い、今度は朝刊にと追い込まれる激しい報道合戦に明け暮れなければならない。だが、投書やコラムなどは比較的予定の組める範囲にあった。そうした中、「コラム」や「投書欄」などに常連客のように投稿してきた彼は、一度二度ならずその「起稿」を怠ってしまったらしい。とは言え、時にはその「投稿採用」する新聞社から、反対に「原稿ネタ」を提示され、それに従って起稿することもしばしばであったらしい。もっとも、その「社の精神」に基づき「反対」とか「賛成」とかがあるそうで、それに従った線で書き下ろした形をとることが一般的だと言う。例えば、「自衛隊海外派遣」や「教育基本法」とかあるいは「消費税の増税」とかのテーマがあったとする。こうしたテーマには、やはり「賛成、反対」の両派があることも事実である。こうした基本理念に従い、「寄稿」または「起稿」された作品が選ばれるのは当然のようである。こうした色分けされた投書やコラムが、いかにも読者もそう思っているのだからと言う理由で、一般社会の読者もそうであるが如きに編集されるのが一般であるということであった。さて彼は、私ともかなり古い友人ではある。今彼は、俗に言うところの「半身不随者」である。もっとも、古い言葉で言うならば「かたわ(片輪)」ということであるが、これは「放送語やニュース」などでは「禁止語」になっている。今から13年ぐらい前に、彼は地方紙の新聞記者だった。深夜の2時ごろ、ある距離のある地方都市に取材に行った帰り道に、工事中だった道路の4メーターもある深い穴に車ごと突っ込みこうした体になってしまった。誰かが、工事中という看板を路肩下に投げ飛ばしそれが原因でその標識を見失いっての事故だったと言う。長い3年以上の療養治療期間が過ぎ、やがて更にこれもいつまでと言う期間の無いリハビリ生活に入った。当然ながら、その新聞社を依願退職という形で離れなければならなかった。まったく収入の道を絶たれた彼は、やがて不自由な足を従い過っての社にお願いに赴いた。それは、社員ではなく飽くまでも「投稿料」を目的とした原稿起こしのことだった。何度もお願いし、やがて同意を受けたのは「社が主張する範囲の投書」であった。彼は、勇んで喜び書き続けた。やがては、「コラム欄」に出筆依頼も舞い込んできた。それは、天にも昇る心地だった。だがある時に、どうしても譲れない投稿文を発見しこれに反対する記事を書いて応稿した。一度だけなら良かったが、これが泥沼的な文壇口論になり始末が付かなくなってしまった。その結果、暗に彼は応稿をしないよう釘を刺されかくして、外のコラムへも影響する結果となった。どちらかと言えば、彼の反論の方が的を得ていたのである。だが、社の精神とは反対の論者に回ってしまったことだった。そこで彼は、「では、社が勝手に原稿を荒書きして、自分に流して清書させ掲載した記事を、公表しても良いか」と開き直った。いわゆる、「ヤラセ」の告発である。驚いた編集部は、社に持ち帰り編集部全体で論議された。そこで出てきた結論は、月4回のところのコラムや投書及びエッセイ部分を半分にするという返事だった。あとの半分については、彼が推薦する「起稿者を選び、その原稿を持参して来い!」と言う回答だった。そこで彼は、久しぶりに我家を訪れたと言うわけである。もっとも、私のブログのことは十分知ってのことだった。「どうにか、協力しろ」との事であるが、私は気の利いた文筆家ではない。ところで、過っては「あるある何とか大辞典」ではないが、「ヤラセ番組」で大いに騒がれていた時代もあった。新聞社が裏原稿を提示して、それが全くの第三者なる投稿者を装って掲載すること事態が「ヤラセ」であり、言語道断とも言うべき行為ではないだろうか?こんなところにも、「ヤラセ」なるものが存在するとはと呆れてしまった。過って、内閣府との共催だったシンポジームで、出席者が足りないことを理由に謝礼金を出して何とか辻褄合わせをした新聞社があった。しかも、後でこっそり出席(参加)料を払っていたと言うことらしい。政府関係のフォーラムなどのヤラセを批判しながら、一方では自ら公平と真実の報道を掲げながらそれを脱線し、それで報道機関と言えるのだろうか?政府や官庁を批判しながら、新聞社が派遣員やバイトを募ってこうした類の集まりに裏から金を払っていたと言うニュースもあった。それが、どの新聞にもその事実が報じてられていなかったが、黙り通せなくなり遂には謝罪文を掲載するハメになったと言うお粗末な顛末(てんまつ)もあった。言わば、身内の不祥事みたいな関係からか、それとも世論が燃えたぎらない前のあわただしい処置とも思える失態だったのだ。なんら、「ヤラセ」と変わりはないことではないか?これとは関係は無いが、ヒョンなことから彼から知った新聞社の裏側であるが、こうした事実がしばしばあるとすればむしろ彼に協力してそれを暴いてやりたい気持ちにもさせられた。いったい、報道の真実性はどうなっているのだろうか色眼鏡で紙面を見ねばならない。報道が、真実を曲げる場合もある気がした。視聴者にとっては、「週刊誌まがいの報道合戦」では困るのだが。「バレたなら 謝罪文載せて 舌を出し」。そんな、軽い購読者にさせられたくないものである。
2013.11.06
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