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ここ2ヶ月間、面白いように株安&円高が進んでいる。月曜日、弟が帰宅後開口一番、こんなことを言った。→弟:「明日、米ドル買ってくる!!」 実は、この発言を聞いたとき、そろそろ底かもしれないと直感。何故なら、普段、新聞の経済欄は読まず、買う新聞はスポーツ新聞か競馬新聞で、会社へ向かう電車の中は睡眠という弟が、朝から日経新聞を買って読んでいたから…だから、当日夕方は雷雨だったのね(笑)。 どんなに為替・株が通なヒトでも天井と底は見極められない。上手く取れたらそれはラッキー。そして、幾らFRBが緊急利下げしようとも、各国が協調介入をしても、結果は「市場が全て」。市場は群集心理で形成されているから。だから、「○○は買いだよ~」と各種媒体が煽る頃は既に旬が過ぎているということになる。 で、今はどうかというと…電車の中吊り広告を見ましょう→総悲観論ですな。つまり、今に悲観して損切りをする→株価下落の繰り返し。これは去年までの上昇局面でも3ヶ月に1度は見られたが、今回はそれが我らの想像を絶する規模で動いているということ。 一方、日本マスコミの各種報道では、ユーロ・韓国ウォンなどを買う日本人が増えているとのこと。今は1EUR=約115円で推移している。去年の今頃は1EUR=約170円…この時、ヨーロッパに居ました(涙×2)。 これだけ出したら、買いじゃないの?と思うことでしょう。でも、12月末にヨーロッパに渡航するアタシは今、EURにはしません。8年前の今頃、1EUR=約89円の時代を知っているから…理論上はあと30円の下落余地があるということ。そもそも、数年前まで1USD>1EURだったしね。こんな荒波の中へ出航はしません。 ちなみに、上昇相場に転じる際、激しい下落→底打ち後に反転というパターンが多い。今回はそのダマシがやたらと多いから何時、終わるかとはチャート上では判断できない。よって、【社会指標:素人が関心を持ち始めたら】で判断している。個人的には今は何もせず、乱高下を眺めているだけ…。PS:投資は自己責任の世界ですので、これで買って損をしても、yura2.iは責任を負いません…悪しからず。
2008.10.29
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岡山市が来年4月から政令指定都市になるんだと→「岡山市の政令指定都市移行が決定」 で、区が設置されるわけなんだけど、名称が微妙…。だって、北区・中区・東区・南区なんだもん。何でも、旧自治体の名称は原則、除外して公募した結果だとか(参考:区名移行ちらしpdf版)→個人的にはガックリ(怒)。この名称、全国何処にもあるぞ!! アタシはかれこれ7年間で19回、岡山を訪れている(いや、通っている!?)。その結果、土地勘が地元民並みらしい…。という訳で、個人的に各区の名称をつけるとしたらこんなカンジ。地元民の方、ご意見よろしく♪・北区(旧岡山市北部、旧御津町、旧建部町):岡山区→岡山駅を含む中心街+旧御津町、旧建部町も、これは岡山区でいいのでは?中央区とかだと広すぎる。・中区(旧岡山市高島地区):高島区、操区、中区→個人的イメージは高島=操山。無難な中区でも…と思う。・東区(旧岡山市西大寺地区、旧瀬戸町):西大寺区→旧市名だけど、やっぱり西大寺でしょう!!西大寺裸祭りは全国区だし。・南区(旧岡山市南部、旧灘崎町):岡南区→岡南港があるから。妹尾区にするにはちょっと広すぎる。 それにしても、岡山市が政令指定都市になるとは…実感が湧かん!!ああ、中央東口から6番線ホームへダイレクトに行けた時代が、岡山駅における山陽本線の隣駅が「下り:庭瀬(今は北長瀬)、上り:高島(今は西川原・就実)」だったのが、懐かしい(遠い眼)。PS:記念すべき20回目の岡山訪問は今年12月の予定です。
2008.10.26
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アタシはアイスクリームが大好きである。世界一周旅行中、1カ国1アイスクリームを目標としていた程(汗)。バニラ、ストロベリーという定番から、ライム、バナナ、カシス、キウイフルーツ、さくらんぼ…食べた種類は数知れず。だが、帰国して約1年、どうしても日本でお目にかかれないアイスクリーム…それは「Hocky Pocky(ホーキー・ポーキー)」。NZで食べて、即ハマったんだな→参考:2007.5.20日記「Hocky Pocky」 このアイスクリームはNZ名物。NZ文化圏(NZ+サモア、トンガ)では食せたが、それ以降は全くの無縁。近所でも、国内旅行先でも売っていない(涙)。で、ネットで探したら…あった~!!「タリーズアイスクリーム(ホーキー・ポーキー)」→でも、1リットル×1ダース販売な上、高い…(涙×2)。NZなら2リットルでNZD4(=約260円)なのに~。 ネットで色々と調べてみたら、東京都内のサミットというスーパーマーケットで売っているみたいなので、仕事帰りに職場近くのサミットに行ったが…売っていなかった(涙)。外資系スーパー(コストコ、成城石井とか)では目撃談があるみたい。どなたか、埼玉~東京エリアでHocky Pocky売っている店、教えてください!!→ああ、2リットル丸ごと食べたいよ~(遠い眼)。再びNZに行ったら…主食にすると思う(爆×2)。
2008.10.24
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今年の夏ごろから電車内の中吊り広告で見かけるようになった言葉…「婚活」。何でも、結婚相手を探す活動の事を指すらしい。自分も世間体的には結婚適齢期らしく、親からのプレッシャーが日々強くなっているのを感じる(汗×2)。だが、類は友を呼ぶというか、アタシの交友関係における既婚者は少なく、ご祝儀ビンボーとは無縁だったりする。 仮に自分が婚活をするにあたり、思い浮かぶ手段としては「お見合い」・「合コン」・「結婚相談所」の3パターン。個人的に抱いている感情はこんなカンジ。・お見合い:一度でいいからやってみたい!!・合コン:過去に1度だけ臨んだが、もう勘弁。あのヨソヨソしさ&ぎこちなさが同居する空間…耐えられん!!・結婚相談所:使うのはアリだけど、お見合い後に使う最終兵器かな? 何で、お見合いをやってみたいかというと、相手が自分のことを知ろうとするアプローチを見たいから。そのことを以前、友達に話したら、こんなお見合いシーンを想像していた…~自己紹介後、「あとはお二人で…」というお決まりのシーンにて~相手:「あの~…、ご趣味は??」yura2.i:「そうですね。旅行ですかね」相手:「どういうところに行くんですか?」yura2.i:「国内、海外ともに好きですよ」相手:「今まで行った所でよかった場所は?」yura2.i:「サモアにバルバドス…あとは、ドバイ@UAE、NZは南島とオークランド。それと、ブダペスト@ハンガリーにイースター島。マチュピチュもあったな。そうそう、国内なら宮古島に岡山。京都も捨てがたいし…(以下、略…爆)」相手:「そ、そうですか…(呆然)」(そして、沈黙が場を占有する)→初対面のヒトにそんなマニアックな話はしません!!(爆×2)。これでも、初対面時は意外と表面には出さないヒトなので、宮古島とかニュージーランドとか万人受けするところで止めます。Deep-Talkは仲が深まった後のお楽しみ♪と。 あと、結構披露宴で新婦の友達が新郎に新婦の性格談をする「奥様の取扱説明書」がよくあるけど、これのyura2.i版を自分なりに考えてみた。【特徴】強運の持ち主な上、土地勘にも長けてます。別名「人間ナビ」【効果】アナタの知らない日常が体験できます。乞うご期待♪【注意点】時々、フラッといなくなりますが帰宅本能があるので問題ありません。但し、極稀にそのままずっと放浪してしまうこともありますので、その際は見守りということで。→さて、どうなんでしょ??
2008.10.21
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コメントし難い!!というこのシリーズも今回で最後。次回から、とある世界一周旅行者における帰国後の生活に戻ります…。こないだ、こんなアンケート結果が公表された:「子どもになってほしい職業ランキング2008」→2年連続で公務員が1位なんだと これを見た個人的な感想:「自分勝手だな」の一言。何故、そうなのかというと、『わが子は是非とも公務員に』と願望を抱きながら、『公務員、もっと働け!!給料下げろ!!』と言っているから。自分に都合のいいイメージしか構築できない日本社会…幻滅。 公務員の労働生産性の話になると、民間と比較して…ということになるが、何でもかんでも比較するのには無理がある。何故なら、仕事の本質が根本から違うから。・公務:地域の基盤整備(初期投資)をする・民間:基礎を成長させる→民間が成長させることで得た利益の一部を初期投資費用の還元として収めるのが税金。これにより、社会が成長する。 だが、「利益を生み出したモノが偉く、浪費させるモノはダメ」という極端な拝金主義が広まった結果、公務の本質が何時しか、民間の都合のよい論理により摩り替わり、公務員叩き論へ発展した。結果、今の日本はこんなカンジ・公務:基礎が固まったのに、相変わらず種まき(初期投資)ばかりしている・民間:基礎があって当たり前の顔をしている。→どちらも視点が異なっている上、自身にとって都合のいいことしか見ていない。 給与の話になると、よく「公務員は高給取りだ」という話になるが、実際には極端な例を除いては事実無根であることは何度も触れた。個人的に公務員の給与については民間平均より多少、色付けてもいいと思っている。元職だから肩を持つのか?と思われるかもしれないが、そうではない。何故なら、国民の窮地に活動する任務があるから。各種災害時(地震、水害等)、避難所で動いているのは公務員、物資を貰っているのは民間勤務者…。そう、公務員は災害時、家族を置いて住民を守る義務があるのです。 他の公務員職種を考えてみると、こんなカンジ高・自衛隊:戦争放棄しているけど…命賭けてます|・警察官:命賭けて、社会を守ってます|・消防隊:命賭けて、社会を守ってます|・教員系:残業手当はない代わりに本給に数%加算。部活は完全ボランティア。低・行政職:ただの事務屋じゃない。災害時は出動します。土のうも積みます。→リスクがある分だけ、給与は高くなる。 公務員が職業を尋ねられたとき、「アタシ、公務員です」と堂々と言える社会はいつ、来るのだろうか??
2008.10.18
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最近、通勤時間にこの本を読んでいる:「ザ・ファッシリテーター」。 内容はファッシリテーター(司会)の手法を用いて、主人公である女性が会社を立ち直らせるというものである。実はこの手法、前職時代に自然と使っていたことが判明。~時は2007年初頭~ 9月末の法改正を終わらせたと思ったら…年度末も「もう一回♪」(怒×2)。しかも、スケジュールが恐ろしくタイトな上、国から詳細が出ていないという毎度恒例の見切り発車状態での作業。スタッフを見渡すと、誰も危機感を持っておらず、法規改正案や市民周知方法など誰も考えていない。 苛立った自分は課長に直談判をして、経験が最も長い自分が主導するのではなく、残りのスタッフに置かれている状況を共有し、妙案を生み出す方法を採った。全送メールでその趣旨を送ったが…誰も反応ナシ。回覧で回しても同様。挙句の果てには『お前が何で決めるんだよ。方針は課長が決めるもんなんだよ(怒)!!』と言われる始末。 という訳で、追い込まれたファッシリテーターは先輩A&Bの援助を受けて、課長の指示と言う名目上で対応策を周知。そうすると、反応しなかったスタッフは『どうすればいいの??』と180度態度を変える…。彼らにとって、仕事は与えられたものをこなすだけで、遅れた場合の損害等は二の次の模様。言い訳は『国が詳細を出さないから出来ないんです』と。→確かにそうだけど、受身姿勢ではいいモノを作り出せないんじゃないの??っていうか、このヒト達って、何をしに職場に来ているんだ!? そんなyura2.iの組織は端的に言うと、こんなカンジだったのです。・首長(市長):市長の椅子に座れて満足。→『日本一子育てしやすい街づくり』を信条としているので、こども家庭課は就任後、即座に増員。だが、障害児を担当する障害者福祉課を障害者自立支援法で市民が混乱している最中、なんと減員。障害児はどーでもいいということですか??同じ子供なのに…。・議員:『目指せ、議長の椅子』とばかりに椅子取りゲームに明け暮れる。→財政難問題があるのに、対策を講じない。議会での一般質問が思い浮かばないと担当課に質問を作れ!!という奴まで居る。・管理職(部長、次長、課長):丸投げしかしない評論家。形なりの分析はするも、自らはノータッチ。→定年まであと○年と毎日指折り数えている。評論はよくするんだけど…実効的対策は示さない。・中間管理職(主幹・主査):上司の目を伺うも、諦めムード。→予算決算、議会開催時は上司からガミガミ言われる。評論どおりに仕上げるヒトほど「よく出来る奴」。ホントに敏腕な方もいるのも事実だが、生き殺しになっている。・中堅(主任):半分投げやりor割り切りで楽しく生活→昇任試験を受けなければ給与も上がらないので、割り切って仕事をしている。だが、クビにされることはない上、職場内ネットワークが構築されているので、居心地は上々だったりもする。・下っ端(主事):様子を伺い中→行政とはこういうものか…と仕事をしながら学ぶも、一部職員には閉塞感が。20代が中心なので、転職を考える層も。全体が見えていないのもあり、一部の事実しか知らないんだな(→自分もそうだったと思う)。 こんな調子の日々な上、不用意に言われる公務員叩き論により苛立ちは助長。身勝手な方針ばかりを示す執行部に振り舞わされているとそれは何時しか、失望→諦めとなった。自分の仕事には誇りを持っていたが、組織のことを考えたとき、自分が如何に無力であるかを実感。 ならば…環境を変えるしかない!!と思い、ファッシリテーションなどをやってみたが全て不調どころか、自分が体調を壊してしまった。これが、ホントの退職理由です。せめてもの救いは、同僚よりもお客さんのほうが自身の退職を引き止めたことかな。→上記の本のようなファッシリテーターと本気で変えようと思っているトップが居れば仕事を辞めなかったかも…。こういう環境で働きたい。
2008.10.15
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F系疾患こと、メンタルヘルス(→ICDコードで精神疾患がFと区分されるので、このBlog内ではF系疾患としています)で退職直前に病休1ヶ月を取得したのが2007.2.19(※参考:2007.2.20日記「今後のこと…」)。今年の6月から完全フルタイム生活に復帰したけど、以前のようには戻っていない。 では、それは何故なのか??…症状としては周知されるようになったんだけど、今回はあまり出ていない回復後の話を書いてみる。 今では仕事にも慣れ、2h/日程度の残業なら問題なくこなしている。だが、自宅に帰ると夕食→入浴→寝床直行という日々。日々の生活を送ることが精一杯。とにかく、仕事上における体力が削がれていることを実感。これはプライベートでも同様。日曜日に出かけるのも億劫になっているので、「ムーンライトながら」で帰宅→そのまま出勤なんて、有り得ない(遠い眼)。昔みたいに無理が利かなくなってきた…。更に、悩みの種の慢性肩凝りが追い討ちをかける。 あと、仕事に関する情熱も程々。前職で「燃え尽き症候群」を併発したこと、発症で得た教訓:【自分のことは自分で守る、組織はヒトを守らない】ということもあり、身体第一で適度にこなしている。そして、頭をフル回転させようとしても、働かない…それどころか、偏頭痛が襲ってくる(涙×2)。「仕事」に対する拒否反応がまざまざと出る。 体重はというと、F系疾患発症前(約2年前)の水準まで戻ってきた。体脂肪率も同様。だが、体型が変わってしまったらしく、ウエストがくびれている(汗)。だから、パンツを探すのが大変。大腿に合わすと、ウエストがスカスカだし…(涙)。 これでもまだマシなほうらしく、同時に発症した先輩A、先輩Bに現況を聞いたところ、先輩A:『もうやる気しないんだよね~。幾ら仕事をしても(待遇・環境が)変わらないんだからさ。』先輩B:『仕事上の体力がこんなに削がれていたとは…。約1年間、家でゴロゴロしていたから仕方ないけど…』→仕事に臨む体力と気力が大きく削がれた模様。 F系疾患の怖い点として、脳を破壊する病気であることは知られているが、もっと大切なことは「骨や皮膚と違ってこれは決して修復できないもの」であることなんだな。前職時代、メンヘル研修に言った際、精神保健福祉士が言っていたのが「F系疾患を発症したヒトは、発症前と発症後では性格が変わる」と。つまり、性格A→性格A’になるということ。だから、完全回復は有り得ない。 「F系疾患は怠慢の象徴」と精神論で一蹴する論理もあるが、この病気は実際に病まないとその辛さは分からないだよな…。最後に病んだヒトから一言:『回復してもどんな形であれ、必ず後遺症は残ります』。
2008.10.12
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まず、これを見てください:【公務員給与と民間企業の給与】→一般世間が抱くイメージと異なるんだけど、これがほぼ事実です。 公務員時代、人は「安定しているし、よかったねぇ~」と自分のことを言っていたが、当の本人は「何を根拠に【安定】と見なしていんだろうか??」と思っていた。世の中には絶対がないのにさ。では、実際に公務員は「安定」しているのか?を検証してみましょう。※ソースはアタシの勤務していたところです。1.年齢構造(全部で891人@一般行政職)・主事(1級、~23歳):6人(0.6%)・主事(2級、24歳~30歳):90人(10.1%)←★退職時のアタシはココ・主任(3級、31歳~):362人(40.6%)・主査(4級、試験あり、最速で35歳~):163人(18.3%)・主幹(5級、試験あり、最速で40歳~):145人(16.3%)・課長(6級):66人(7.4%)・次長(7級):37人(4.1%)・部長(8級):22人(2.5%)→パッと見で「頭でっかち」な組織だと思うことでしょう。大体、【課長+次長+部長>主事】ってどういうこと??彼らがPlaying Managerなら文句は言わないけど…Managerばかり増やしてどうする?更に付け加えると、50代以上が異様に多い(→この世代は一学年50人近くいる)のです。ということは…莫大な退職金(平均:2,000万円/人)を最低5年間、延々と払い続けるのです…。2.給料(アタシの基本給/月です)・1年目:100とすると…・2年目:105・3年目:109・4年目:109・4年目の半ば:111(※市町村合併による給料表改定で直近給与は保障されるも、昇給延伸24ヶ月…涙)・5年目:109(参考…6年目:105、7年目:111)→3年目から人件費カットの煽りで殆ど伸びていないのです。それで過剰なまでに増えた仕事…5年目におけるアタシの時給は866円なり。ある意味、ワーキングプアだったのかも??3.財政面 平成18年度の財政力指数は0.77。財政再生団体候補に挙がっているところより遙かにマシだが、人口規模が類似している団体と比較するとほぼ全国ワースト3に入ってくる。1人あたりの教育関連費と市の貯金は全国屈指の低さ。人口減少が既に始まっており、ラスパイレス指数は95.0(例の大阪府は来年度から90.0)。これ以上削れるところが、流用可能財源すらないんですな…。 正直なところ、現時点において雇用を失うことはほぼ皆無であるという点では安定している。だが、労働の対価として得られる報酬は怪しいものがある。在職中、予算を組む際に一般財源がないからということで、市民からの寄付金を積み立てた福祉基金までを取り崩してまで組んでいたのでね…。これ、恐ろしいでしょ!?
2008.10.10
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体調悪化、組織への不信感、諦めきれなかった世界一周旅行という夢etc、複合的な要素が絡み合った結果、公務員を辞したわけだけど、よくよく思い返せば「人生感が変わる宿」に行ったことが最初のターニングポイントだったと思う。~時は2005年3月~ 職に就いてから3年…仕事も慣れ、激しい残業とは無縁で生活も安定していた。このまま、公務を続けようかなと思っていた。そんな中、岡山の友達のところへ遊びに行くことになり、車で案内されたのは鞆の浦@広島県。※参考:埼玉⇔岡山 妙な往復履歴Vol.10 2005.03.19-22 鞆の浦に着いて、船に乗って沖合いの仙酔島へ。目的は人生感が変わる宿「ここから」内にある江戸風呂。自分の温泉好きと岡山玄人度を考慮した結果、こうなったんだと(笑) 大好きな瀬戸内海を見ながら、時間の流れを忘れ、穏やかな瞬間を過ごした後、友達に岡山駅まで送ってもらう。東京行きの夜行快速「ムーンライトながら」の始発駅である大垣駅に間もなく…という時、何か1つの時間軸が終わった感を覚えた。 で、その後の歩みはというと、平穏とは間逆なベクトルとなる。…9週連続週末をヒキコモリ(2005.05-06)、月100hの残業生活が1年半続いた結果、F系疾患の診断を受けて病休突入(2007.02)&退職(2007.03)し、心身ボロボロのまま世界一周旅行(2007.04)へ、 その7ヵ月後に帰国も、通り魔事件には危機一髪(2008.03)&追突事故に遭い(2008.05)、再就職早々、おたふく風邪(2008.08)を病んでしまう…。→ホントに人生感が変わってしまった(汗) 江戸風呂から3年半…時折、もう1度行ってみたいなと思う時がある。とてものんびり出来たということもあるんだけど、過去の邪気を払うという訳ではなく、新たな未来を創るために。でも、ホントに変わりそうだからある意味、怖い。次の時間軸はどうなんだろうか…。→ちなみに、今度行くときは泊まりの予定。夕陽に染まる瀬戸内海を眺めたい…。
2008.10.07
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ハード面に続いて今回はソフト面。皆さんの職場環境を思い出しながらどうぞ♪<ソフト面>・遅刻は半ば黙認(!?)→タイムカードがないので、始業と同時orやや遅刻は裁量の範囲内。・繁忙時でも有給申請が通過する→年度末の制度改正時、堂々と有給を取っては海外に飛んだヒトには…唖然(※決裁者には時期変更権がある。法的根拠あり)。アタシも海外には7回/5年間、行ったけど、全て繁忙時を避けて行きました。・地元の話しかしない→行政だから地域のことを考えるのはいいんだけど、余りにも地元過ぎるので「井の中の蛙」状態。在職年数が増す程、周りが見えなくなる。よって、普段の行動範囲も狭くなる。在職中に中東、南米に飛んだのはアタシが初めてだったらしい…。・仕事は擦り合い→法規改正とか面倒なことは率先してやりません。如何に自分が楽をするか、これだけ。だから、【管理職はベルさっさ、若手が深夜残業】という不思議な構図が成り立つ。※参考:2007.3.26日記:職場復帰一週間経過、2008.10.1日記:退職時のイザコザ(2007.3.31の回想録)・部長クラスのお仕事は3ヶ月に1度→議会答弁時だけマジメにやります(でも、その内容は担当課が作った答弁書の日本語チェック…怒×3)。他は…ハンコ押すだけ。部下が苦しんでいても、定時でご帰宅。これで年収はアタシの2倍以上。・変な慣例がある→これは何処でもあると思うが…。部署における飲み会の時は例え、会費制であっても「課長以上:10,000円、課長補佐クラス:5,000円、係長クラス:3,000円」の寸志を出すのが慣わし。他にも色々とあるんだけど、際どい内容になるので自粛。・執務室の環境→デスクワークと窓口エリア分けが出来ていない。来客者同士で喧嘩もよくある光景。だから、集中力を要する仕事が難しい。自分は銀行のようなスタイルを目指したが…未完に終わる。 これらが色々と増幅されて、世間に広まっていった結果、例の公務員叩きになるのです。あの報道は確かに間違いではないんだけど、極端すぎるんだよね。もし、皆がそうだったら、住民票を取得するだけで一苦労なはずなんだけど…
2008.10.04
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前職退職時、表向きは円満退職なように書いたんだけど、内心はそうでもなかった。病休明けなのに全く配慮してもらえず、挙句の果てには退職当日にちょっとしたイザコザがあったので…以下、ご覧下さいな。~時は2007/3/31(土):退職当日~ 本当であれば自分の勤務最終日は金曜日である前日(3/30)。しかし、病休明けで仕事が裁ききれない中、先輩Aは病休、先輩Bが病休間際まで追い込まれ、執務室レイアウトも関係し、同じ担当で一番元気なのはそんな自分…残務整理のため出ることに。 翌日から施行される法規改正(→病休中、課内で殆ど手を付けていないって!?…おいっ!!)を前日までになんとか終え、やっと自分の残った仕事を先輩B+自身の後任(異動で来る課長補佐&主任)に引き継ぐべく、懸案事項等の書類を作っていたところ、明日から異動することになっている主任Cが来た。主任C:「あれっ、昨日で最後じゃなかったの(!?)」yura2.i:「昨日の夜はレイアウト変更とかで、引継関係が出来なかったんですよ。今は引継書類を作っているところですよ」主任C:「お前なんかが引継書を作る必要なんかないんだよ!!、ヒラの分際なんだから。作るのは係長以上なんだよ。生意気な!!!」 数年間、一緒に仕事をしてきたスタッフに最後に言われたこの言葉…心配の言葉を掛けておきながら、最後にこれですか(涙×3)。このヒトの、勤め先のスタッフ全員の真性を見た気分でしたよ。自分がどれだけ、仕事を被ってきたのか、分かって貰えなかった事に怒りを通り越して、悔しさ・悲しさが込みあげて来たんだな。→【何だったんだ…自分の5年間は。使い走りの道具だったのか(!?)】 でも、自分は大人ですから、ちゃんと引継書類(先輩B、後任の課長補佐&主任)を作って帰りましたよ。帰りの車の中では涙が自然と出てきたんだけど、起因する感情が分からない。だから、こういう日記を書いたんだと思う(→参考:2007/3/31の日記「後片付け」) ちなみに、自身の退職後、所属部署はこうなりました。・2007/4/1(病休×1、正規雇用職員×+1):人事異動でyura2.i(退職当時は主事=ヒラ職員)の後任に課長補佐と主任。↓・2007/4/10(病休×2、正規雇用職員×+1):先輩Bが病休突入。これでyura2.iの仕事を知る人間は役所(職員は1,500人以上いる)内不在となる(→一応、いるんだけど、5年近く遡らなければならないので、戦力にはならない)↓・2007/05頃(病休×2、正規雇用職員×+3、パート×+1):人海戦術で乗り切る方針を決める。yura2.iと一緒に仕事をしたことがあるパートさん(→一番仕事を知っている人だったりする…恐×2)を呼び戻し、別の部署から併任人事として1人(主事)、出先機関から1人(主任)集めるも混乱は変わらず。留任スタッフもyura2.iの仕事内容は殆ど知らない(※)ので、上部機関に教えてもらったりと恥も外聞もない状態。※自分の在籍中、病休の先輩A&B以外は殆どタッチしてくれなかった=後継者を作る努力を怠った。更にはなんと、職場スタッフ(主事D)からyura2.iにヘルプメールが来る顛末。あの~、アタシはアイランドホッピング中なんですけど…。↓・2007/6頃(病休×2、正規雇用職員×+4、嘱託×+1、パート×+5):更に、課内別担当から1人(主任)、嘱託職員1人、パート4人を追加し、落ち着きを見せる。↓・2008/03(正規雇用職員×+4、嘱託×+1、パート×+5):病休から先輩A、先輩B復帰も職員数はそのまま。部署の雰囲気は相変わらず(→参考:2008/1/4日記「病休者友の会」)↓・2008/04/01:異動発表あるも、職員数はそのまま。→これでも、「引継書類がいらない」と言えますか??そして、こんな職場、働きたいと思いますか??アタシは、もうイヤです。5年間お世話になった建物は見たくない!!それにしても、幾らのコスト増だったんだろう??…病休×3人を出す前にさっさと人員増しておけば、ここまでの修羅場にならなかっただろうと思うのは自分だけ!?
2008.10.01
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