2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全24件 (24件中 1-24件目)
1
勝つ事のみが求められた今日のバーレーン戦。日頃内容にうるさいサポーター達もどんな形でもいい!勝てれば!!なんていっていたら・・・オウンゴール(^o^)/一気に肩の力が抜けてしまった。攻めても攻めてもゴールまで届かない展開にこれまでの悪い例が頭をもたげ、北朝鮮戦でみたバーレーンの鮮やかなカウンターがチラチラし出す頃に、オウンゴール。もう本当にほっとしてしまった、もうこれだけ・・・。バーレーンは結局カウンターを繰出せなかった。これは日本の勝ち! でもやっぱり決定力不足! 変わらない課題だ。素人の私には何とも言えないけど・・・。でもとにかく勝ち点3取った選手達に有難う(^o^)/ご苦労様でした。一次予選のオマーン戦を生観戦した時の興奮(ぎりぎりゴールの)と寒さを思いだしてしまったヮ。 北朝鮮VSイラン戦は私まで審判に多いに疑問を感じてしまった・・・ 『審判』2002W杯でも、又セリエAでもえっ????って場面を 何度もみた・・・審判も人間!間違える事もある!という事では 済まされないと思うケースも多々ある気がする。
2005年03月30日
コメント(0)
堅い木の芽に雨がやわらかくかかるようになってきたみたい。でもまだ山の樹々は首をすくめたまま・・・。万葉集に梅を愛でる歌は多くあるけれど桜のそれはず~と少ない。 敷島の 大和心を 人とはば 朝日ににほう 山桜花 (本居 宣長)華やかな桜はいにしえの人々には妙にそぐわなかったのかも。馬酔木やわらび、うつぎ つきくさ(つゆくさ)等、ささやかにひっそりと野に咲く花々。今に生きる私達では見過ごしてしまいそうな小さな花に美しい生命を見出し言葉を紡ぐ・・・。その繊細さがなんとも愛しくいにしえに憧れる所以。せめて山桜・・・山つつじが咲き揃う頃、山を歩いていると足元に一片の花びら・・・。見上げると芽吹きだした若葉と込み合う枝々の間に山桜。その上に青空。見上げて初めて気が付く山桜のゆかしさが万葉人にはふさわしかったかもしれない。本居宣長の歌はその時友達が口ずさんだもの。遠い昔。 油断してたのか、ちょっと落胆?したのか1年ぶりに風邪で ダウン・・・。 明日で治るか、ひどくなるのか・・・。
2005年03月29日
コメント(2)
敗戦が決まって眠りについて・・・浅いまま朝を迎えて・・・一日無気力に過ごしてしまった。思えば私にとってサッカーを知ってから初めてのW杯予選。前回、フランスW杯最終予選ジョホールバル(それもイラン戦)から魅いられてしまったのだから。それから遡って色んな書物、修羅場のような戦記を読み漁ったのだけどそれは私にとっては結果を知った後の美しい物語に過ぎなかった。Jリーグ発足前からサッカーに関わっていた人達を知っている。でもTVで見る機会もなかった当時、私には全く未知の分野だった。今頃になって彼等の熱意のほどがわかる。予選を迎える度に何度も何度も悔しい思いをしたんだろうな・・・。そう、本当の戦いは始まったばかり。地獄へ突き落とされる思いをしたり歓喜の雄叫びを上げたり・・・何度と繰り返される事・・・。世界中で繰る広げられている喜怒の嵐・・私もやっと参加している?ひりひりするような痛みと快感、それが予選の戦いだと、ある選手。 美しい結末を迎える為に・・・。私はスポーツが好き。甲子園だってよく行ったもの。しかしこんなに入り込んでしまったのは初めてだろうなあ。そう、Nakataを知ってしまったから・・・。 ☆プロ野球も開幕との事。 岩隈投手、開幕勝利おめでとう!!
2005年03月26日
コメント(2)
後半はいつの間にか北朝鮮を応援していた。心のどこかに今晩の日本VSイラン戦の星勘定が合ったかもしれないけど、どうみても日本人と北朝鮮人は同じ人種!どこか同郷のよしみのような感情?特に2-0から1点返してからの攻撃はすごいものだった。傍観しているつもりが身を乗り出していた私に気が付く・・・。在日のアンヨンハッ選手が頑張っているからなお更だったのかもしれない。敗戦が残念だった・・。それにしても噂に聞くキムイルソンスタジアム・・・。ず~とイランのスタジアム、サポーターの報道を見ていたのでとっても礼儀正しく穏やかに感じた。後、3時間余で日本戦のキックオフ・・・。とても落ち着かない。マスコミは煽りに煽ってスポ新には直前まで低レベルな記事が躍る・・・記者としての誇りはないのだろうか?日本代表を一丸となって応援しないといけないのに足を引っ張ってどうする?サッカーマスコミはいつになれば成熟するのだろう。サッカーは11人でするもの。ヒーローも戦犯もないだろうに・・。
2005年03月25日
コメント(2)
TVを付けっぱなしにしていると春高バレーが流れている。つい見入ってしまう。私が最初に『観戦専門』になったスポーツか・・・。~~~いや、野球の方がず~と先か、まっいいや~~~ず~と年上の従兄弟がバレー選手だった。子供の頃、伯母が全国行けるところは応援に駆けつけていた。その影響で当時TV放映があると応援するようになったのがバレーとの出会い。中学の時親友がバレー部で頑張っていて近畿大会決勝までいった。私はもっぱら応援専科。指に絆創膏、全身打ち身だらけで私にはとても出来ない!と思ったものだ。今の選手達はスタイリッシュでホント、スポーツ漫画の主人公のように皆、魅力的だ。日本代表などはもう芸能人と同じ扱い。それはそれで楽しいが、かっての汗にまみれた『運動部』をなつかしく思う事もある。と言いながらも魅力的な選手を見つけるとそこを中心に見てしまうというミーハーな私。白熱するシーソーゲームになると肩入れしていた方が敗れるという事が多い。私みたいな応援なんてきっと迷惑なんだろうな(笑)今のところ女子だけど・・・。日本代表の候補にもなった従兄弟はず~と夫婦で高校のコーチをしながらバレーを続けていた。そして阪神大震災で被災し、その後の復興工事の際の事故でこの世の人でなくなってしまった・・。お別れの時にはたくさんの後輩達が集まってくれていた。春高バレーが始まると従兄弟が関わった高校、出場出来たかな?と探してしまう。甲子園も昨日開幕!今日はいいお天気になった!息子はとっくに高校球児卒業したのにやっぱり気になる(笑)
2005年03月24日
コメント(2)
昨秋続いた台風禍、そして新潟地震と、災害列島の一年だった。まだ復興もままならない、いやまだその被災は続いているというのに・・・又も大地震。ネットで知り合った友人も福岡在。無事と聞いて安心したけど余震に怯える様子は10年前の非日常の記憶を蘇らせる。特にTVから流れるビルのガラスの落ちる様子は私にリアルな感覚で恐怖を蘇させる。新潟地震の時にも恐怖の思いはぶり返させられたけど、今回はもっと突き刺さるような痛さ・・・。今やいつどこで襲ってくるかわからない、自然災害・・・。稀な事でなくなってしまった。何も手に付かない恐怖が波になって伝わってくる。あの「サリン事件」も10年・・・。自然の脅威に立ち向かわねばならないのに、何故人間自身が?!大自然は美しく、恐ろしい。その中で小さな人間は生かされている。なのに何故に愚かしい・・。日本でも世界でも。
2005年03月22日
コメント(2)
久しぶりに京都まで出かけた。花粉症と格闘しながら・・・。相変わらず京都は人が多い。連休だから余計なんだけど。京都と奈良・・・2:8で奈良に足が向いていた私。フィレンツェからわざわざお出まし頂いた絵画、工芸品等の数々、思っていたより多く、見ごたえがあった事が嬉しい。と、いうより現地の美術品、(美術館も)あり過ぎてとても1回や2回では見切れないのだ。最初は見知った絵を確認するだけで終わってしまう。初対面の絵をじっくり味わうようになるにはどれだけの回数が必要なのだろう・・・。帰国してから何かの拍子に絵を思い出し恋焦がれる様になる事もあり今一度みたい(逢いたい!)と思ってもおいそれと行けるものではない。そんな意味でわざわざ出向いた私に丁度よい質と量だったのでろう。私は塩野七生氏のイタリアものが好きでよく手にする。難解すぎて頭がカチンコチンになる様なものからくだけた(同女史にしては)ものまで。その中でヴェネティア、フィレンツェ、ローマの三都市をつないだ史小説に出てきた器が展示されていた。15世紀、赤と金が施された容器。フィレンツェ、メディチ家の時代。ロレンツォ・イル・マニーフィコの銘が入っている。イニシャルが入っているのだが普通はそんなものは入れない。当時それが入っている為に「瑕物」とされ後の権力者が引き継がなかったらしい。(もう一度図書館で本を借りて読み返えさなくちゃ!)その為、今はっきりとした由来で残り、価値を上げているなんて面白いものだと思う。ミケランジェロの「磔刑のキリスト」小さな十字架であのヴァチカンのピエタの2年ほど前の作成との事。そのせいか雰囲気が酷似する。説明に「アーモンド型の目をして・・・」ん、?アーモンド型の目って表現は日本人に対するものかと思っていたけど・・・・?????ホント、現地でみる機会があるのなら少し知識を入れていかないともったいない!と思ったのだが、現実はなか々そうは行かない。京都に出張頂いたものだけでも一部しか把握できない・・・仕方がないか・・・半ばあきらめの心境。あの本も読み返さなくっちゃ~ロレンツォの容器を持っていたのは誰だったか?なんて頭の中が今、ひっくり返っている。その上、京都の人ゴミ・・・はあ~、疲れてしまった。
2005年03月21日
コメント(2)
一時ほどでもなくなったが(報道が)CNN等では相変わらず、いやより悲惨な状態が流されている。イタリア旅行した時、TVはCNNかニュース(映像しかわからないが)ばかり見ていた。(後は妙にお色気たっぷりのバラエティが多い・・・)CNNはイラク情報、他ニュースはスペインのテロ等近隣国の事件を繰り返し流していた。最初は不安底な国際情勢の真っ只中にいるようでビックリしたものだが、2~3日と経つうちに慣れてしまう。アジアでも情勢不安な国が一杯あるが、ほとんどTVで取り上げてはいない。紙面で読む事があるけれど・・・。日本にいると本当に自分で知ろうとしない限り“平和”だ。今、韓国と「竹島」で、中国とも海上ラインでぶつかっている。ただヨーロッパや中国韓国等と決定的に違う事は陸続きでない事。これが世界の長い紛争の歴史の中で日本独特の世界感を作ってしまっている気がする。今も民間のジャーナリストがイラクに渡って活動している。自分の身は自分で守る覚悟で、日本の世論がいかであっても「伝えなければならない」と。「自己責任」この言葉は私の胸に棘となって刺さっている。
2005年03月18日
コメント(2)
もちろん私の事ではな~いm(__)m息子が最後だから脛かじらせて、と費用一部を前借して行った2週間のヨーロッパ旅行から帰ってきた。まだ、時差ぼけの実感のない内に、機嫌のいい内に色々聞き出す・・。(タイミングを逃すといつ聞けるかわからない・・・)ロンドン経由でオーストリア、ハンガリー、チェコ、ドイツ、フランス等。 ~~~私がいつも行きたい行きたいと連呼していたのに先を越された(`´)~~~ ~~~*****~~~*****~~~*****~~~*****~~~*****~~~ 『チェコ』や『ハンガリー』は物価が安くって入ったレストランで一番いい料理を食べてビールを飲んで1200円!おいしかったよ!! ~~~まあそんなに高級なところではなかったようですけど~~~『オーストリア』では国立オペラ劇場へ。演目は「アイーダ」かいもく話はわからないけど音楽を聞いているだけでもよかったよ。 ~~~2002サッカーW杯で散々聞いたものね~~~驚きは料金!その時空席は300ユーロ~400ユーロ??(無理!)立ち見席があって1F3ユーロ、2F2ユーロでもちろん2F!!手すりにちゃんと一人分づつ説明&英語訳がでる設備付き(@_@) ~~~すご~い!日本の高い~い劇場(どことはいわないが)も 見習ってほしいよ!!!~~~大満足の様子~~~一番よかったのが『ドイツ』でも雪で(欧州もこの時期大寒波)ノイシュバシュタイン城の撮影絶景ポイントまで行けなかった・・。緑の季節に見たかったかなと・・・。 ~~~カーンやバラック(バイエルン・ミュンヘン)のサイン入りボールを 2個も買ってきて・・そんなにサッカーファンだった?~~~ ★★☆☆☆★★☆☆☆★★☆☆☆★★☆☆☆★★『フランス』では憤まんやるかたなしのようで思い出しては怒っていた(-_-;)物価が高いのは覚悟していたけど、治安が一番悪かったとの事。ルーブルは素晴らしく大きく見知った絵を確認するので精一杯^^;「モナ・リザ」の前は黒山の人だかり。でも確かに惹きつけられるよ。ナポレオンの戴冠式の絵はお留守!(残念でした)「ミロのビーナス」はまずおしりから(後ろ姿・・)目に入った・・ ~~~あー見たい!何度デッサンした事か~~~ベルサイユ宮殿も行った(と私に自慢・・)。本で知ったレストランは値段も安くムール貝をお皿に山盛り!!大満足!!そして帰国後も尚腹立たしい事!モンマルトルにあるサクレクルー寺院へ行った時の事。入り口までの狭い階段にセネガル人達が立ちはだかり「ミサンガ」を押し付けてきた。「ノー」を繰り返してもカネイラナイと。通してくれず屈強な男達に強引に手に巻かれてしまうと、ボスが出てきて「彼には払って!」 ガンとして無視してたら不穏な空気になってさすがに前出の仲間達が止めに入ったとか。(ここでは有料の入り口までの乗り物がある。ケチらずに利用すべし!)モンマルトルだから画家が多いが勝手に描いて代金を要求してくる!こちらは断ったら「この絵ではダメ?」っとあっさり引いてくれたが。後でツアー仲間に確認したら何人か被害に合っていた・・・ミサンガやスリはイタリアでも散々注意をされたけど何ともなかった。まさかフランスで・・・本当に悔しい!! ~~~私はモンマルトルという名に憧れていただけにショック~~~♪♪♪でもいいなあ~行きたいなあ~ 先を越されたしまったので・・彼がまだ行っていない所を狙おう♪♪♪
2005年03月16日
コメント(2)
昨夜たまたまTVでW杯ヨーロッパ予選を見た。「イタリアvsベラルーシ」イタリアのホームゲームでスタジアムはパルマ「タルディーニ」久々にトッティのご尊顔をじっくり見た^^やっぱり綺麗だな、でも正面は好みでない、デカく見える・・・(トッティ様失礼シマシタ)あ、ガッちゃん(ガッツォーゾ)クリアミスで失点!!!デ・ロッシやネスタ(好み^^)・・・馴染みがあるのでやっぱりイタリア中心で見てしまったけど、リードされればすぐ返すベラルーシにも心が傾いたりで飽きずにみていた。セリエAではあまりぽんぽんとゴールが続く事はないのでスピードとゴールで面白かった!イタリアは4ゴール決めて勝ったけど、3失点が問題になるだろうなあ。カテナチオ(鍵を掛ける)の国だから・・・。ジラルディーノは自分のホームスタジアムで代表初ゴール!本当によかった!それにしても代表戦というのにスタジアム、端の方に少し空席が見えた。このタルディーニはそんなに大きな器ではない。サンシーロ(ミラノ)やオリンピコ(ローマ)に比べたら・・・。日本での代表戦では考えられない事だ。日頃サッカーにさほど関心にない人々も巻き込んでその日だけはスタジアムも場外も熱狂だ。もっともイタリアは日々サッカーに明け暮れている国。リーグ戦、チャンピオンリーグ、そして代表戦、どれにもテンション上げていたら身が持たない事だろう(笑) でも上げているのがイタリアって国。(イタリアだけじゃないなぁ、ヨーロッパだけじゃないなぁ)又、日本代表の最終予選が近づく。サッカーが生活に根付いていない国に在する私にとって非常に心臓に悪い時間がやってくる・・・。楽しみなはずなのに早く過去の出来事になってくれ~と目を閉じたくなる。チケット、抽選が外れて残念!!でもどこかホッとしている自分がいる。
2005年03月15日
コメント(2)
ヴァチカン((ローマ)の華やかな一画を占める若き日のミケランジェロの「ピエタ」の尚美しい様に、美なるものがそれからの旅の比重を増していきました。 ~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~ 十字架から下ろされたキリスト、抱くマリアの嘆き・・・。 マリアが若く美しいのはイタリア男性の願望の表れらしい。 美しいマンマに抱かれたい・・・幾つになっても・・・ マザコン度は日本などよりず~ときつく家族のあり方として 当然のようですね(笑) 思い出した感動がちよっと、別な連想に流れてしまった(苦笑)
2005年03月14日
コメント(2)
色んなコラムを訪れていて・・・ふとよみがえった思い出・・。『ロンダニーニのピエタ』それはスフォルツァ城の(というより城塞のままの)中にあった。部屋というにはあまりにも荒削りな一画・・・。外から漏れるあかりがやわらかいスポットとなっているのみで何もない空間にひっそりと佇んでいた。初めて行ったイタリアでの一番最初の「対面」でした。ヴァチカンの「ピエタ」の美しさは本で知っていたけれど、ここは全く予備知識なしの「対面」でした。フリーな旅だったので本来なら予定になかったコース・・・「最後の晩餐」へ行く前に寄れば?と薦められていったのです。ミケランジェロ晩年、最後の作品、未完成のまま・・・。この像をみつめているとあのミケランジェロの皺深き肖像がぴったりと心に迫ってきます。薄明かりの中世の空間から晩秋の雨にぬれる城外へ出た時、ああイタリアへやってきたんだって実感したものでした。あれから二度この国を訪れたけどただ一度の対面のみ・・・まだ心を惹いています。
2005年03月14日
コメント(0)
彼岸の入りまでまだ数日・・・ひっそりとした故郷の墓地へ参った名残の風花が舞い、目覚めかけた諸々達も思わず又寝入ってしまった事だろう誰もいない、懐かしい人々の背も見れない花を手向けるとそこだけ甘い春が来たようこの時ばかりは心が子供に戻る夕陽にきらめく海原を見返りながら帰路の車内
2005年03月13日
コメント(0)
季節の変わり目を感じ始めるといつも心ときめく。冷たい空気の中にほのかな温かさを感じだす早春がとりわけ好きだった。枯れ草の中に天を真直ぐ見つめている小さな青い瞳の「おおいぬのふぐり」を見つけた時の弾むような気持ちは大人になった今も変わらない・・・。「みつはしちかこ」氏の少女の視点のままの漫画が大好きで・・。なのになのに・・・(泣)いつから地球はこんな事になってしまったの!(怒)春は恐い! 外へ出られない!!フランスへ転勤して行った友人が日本からアレルギーの薬を持参していった。どこへ行っても追いかけてくると・・・。秋が待遠しい。暑気の中で一瞬、頬をさし過ぎてゆく風を感じる時。空の色の移ろいの様、山々の衣装比べの見事さ。晩秋はいにしえの人々を思うに似ていとおしく心ひそやかになる。彼の「額田王」も「春秋の歌」で「秋山われは」と詠んでいる。でも私はやっぱり一番に春を焦がれている。なのに環境が私を拒む・・。夏は遠い憧れの日々・・・ン十年過ぎて・・もう私を寄せ付けない。
2005年03月12日
コメント(2)
もう二年ほど通っている教室が先生のお身体が優れない為休講になってしまった・・・。歴史好きな私が古典で味わってみたいとなんの前知識もなく飛び込んだ教室だった。その世界では有名な先生のようで名を慕って参加されている方が多い。その上当たり前だけど平家の、そして清盛のファンが多い。私なんてしばらくは口を出せなかったっけ(今もだわ)講義中、余談も多くそれが楽しみで通っている部分もある。先生はお寺のお嬢さんだったそうだけど仏教徒ではないと仰る。ある時日本に興味を持つイタリア人と会談されたそう。宗教談義となり敬虔なカソリック信者の彼と無宗教の先生とは全く話がかみ合わず、それはそれで面白かったと笑っておられた。無宗教とは仰っているが「平家物語」の世界に流れる背景はあきらかに当時の仏教の世界。よく観音菩薩様の話を口にされる事がある。「貴方につらい、ひどい仕打ちをする方があれば、それは観音菩薩様よ。貴方にとって・・・」と。観音菩薩とは誰にも優しく温かいっていうのは間違っているのよと。これ以上は先生のように巧く言えない。で、どう思っても先生が無宗教などとは思えないのである。「平家物語」について何も教室で話す事がない私はある体験を語った。父の野辺送りを済ませた晩、近所のお年寄り達が集まってきて何やら準備をしていた。そして深夜浜辺まで皆で繰出し舟に乗る・・・。月も星もない真っ暗闇を沖まで漕ぎ出す・・。そして小さな小舟に灯篭と位牌を乗せ波間に浮かべる。読経が済むともう絶対振り返ってはいけない!と言われ船は元来た入り江へ漕ぎ戻った。実際こんな風習があるのも初めて知った上に闇の波間が恐くってとても父を思う余裕もなかった。ただ後で思うに平家の人々は幾月日の昼も夜も波間に揺られていたという事に思い至った時、どんなにか恐ろしかっただろう、心細かっただろうと胸が苦しくなったのである。今も暗闇の波間を西に向って遠ざかるほのかな灯りが目に浮かぶ。西方浄土はあの果てに必ずあると信じられてくるのである。先生は「恐い!」と実感出来た貴方は平家を語れるよと言って下さった。教室の再開が待ち通しい。
2005年03月10日
コメント(4)
何気なくつけたTVに映し出された美しい海に吸い込まれてしまった。フランス、コルシカ島・・・そこに住む日本人画家の「松井守男」氏のドキュメンタリーでした。渡島して最初にお友達になったという漁師の方の自宅に彼の作品が並ぶ。白い余白が一杯のしかしシンプルで優しい色調のコルシカの海。素早く描いたのであろうその作品だけど激しい波の様もしっかり表現されていた。パリで長い不遇の後、最後(遺言)のつもりで書いた作品が評価され、コルシカの海に魅せられて安住の地をみつけられたそう。最初は中々コルシカの人々に受け入れられなかったと・・・。今はすっかり友人になってしまったご近所の方々は語る・・・。「我々に握手しょうと出した手にナイフを握っているやつらと出会って来たんだ。いつもよそ者から侵略されて続けてきたんだ。簡単によそ者に心を許せるはずがないよ」彼の書いた絵が地元の人々を感動させる・・「キリストだ!」と。クリスチャンではない彼が描いた像に人々は涙する。復活祭の教会にその三部作が掲げられて人々が十字を切っていた。(ただ4作目のキリスト像は私には面差しが東洋人にみえる・・ フフ・・彼の自画像ぽい???)もう故郷にはご両親も今はなく何の心残りもないと穏やかに語る氏。しかし居間から見えるコルシカの海は忘れられない知多の海を彷彿とさせ涙が留めなく流れるにまかせる事があるという。「名も知らぬ遠き島より流れよる椰子の実ひとつ・・・」藤村の名作が脳裏をめぐると遠い目をしておられた。松井氏を通して外国、フランス、その中のコルシカの人々の気質が心に落ちたしばしの私でした。
2005年03月09日
コメント(0)
冷たい風の中にも空に春の色香がただよいだすと奈良の明日香の郷に行きたくなる。電車の車窓から二上山が見え出すとワクワクと弾む。早春の頃が一番いい。今はのどかな遺跡をめぐりながらいにしえの貴人に心馳せる。きっと血にまみれたであろうその地にも野のすみれが咲き私は遠い想像の世界へ導びかれてしまうのだ。いつも眺めるだけの二上山に登った事が一度だけある。小さな駅から歩き出すと現世など置き去りにして飛鳥のあの時代、貴人達、とりわけ大伯皇女大津皇子の哀しい姉弟に心捉われてしまっていた。天武帝の尊ばれる皇女皇子として世にでながら母を幼き頃に無くした事が悲劇となってしまった二人。姉、大伯皇女は大津にとって姉であり又母であり、そして・・大伯にとって大津は恋人でさえあったのだろう。斎宮を勤める大伯に逢う為に伊勢に下ってきた大津を又見送らねばならなかった大伯・・・。 「わが背子を大和へ遣るとさ夜深けて暁露にわがたちぬれし」大伯皇女が飛鳥の都に帰って来た時はもうすでに大津皇子はこの世の住人ではなかった。そんな憂愁の思いで山を歩いているとひょこっと頂上に出た・・・。そこはそれまで浸りきっていた飛鳥の霧夢を吹き飛ばしてしまうぐらい明るい空間が広がっていた。現代の子供達が駆け回っているような(実際は誰もいなかったけど)カラっとした広場・・・。そして隅にささやかな大津の墓所がある。あちこちにある貴人達とのそれとのなんと違う事か。ちょっと拍子抜けの思いを抱いて山を下っていくと緑深い池に出た。そこでしばし大津皇子に心馳せながら水面を眺めていると今現代に生きる自分を実感したのだった。ここから先はもう実生活の人々の領域に入って行く。 「うつそみの人なる吾や明日よりは二上山を弟背と吾が見む」 大伯皇女飛鳥から入日の残照に包まれる二上山が車窓に近づき遠ざかる頃、現実現世(うつしよ)への帰還を感じる。今は春!訪れたいものである。黄泉の国の貴人達が目覚めない内に。
2005年03月08日
コメント(4)
昨晩はついにスカパーをつけなかった・・・。こんな事は初めて、いや随分前にもあったかな。ローマ時代外人枠関係もあって出場が大変厳しい頃に。今のチーム状況、監督ゾフの思考回路等色々予測して結果、見ない選択をした。対戦相手はレッジーナ、俊輔クンがいる。でも彼だけを見る事になるかも?と思うと辛すぎて・・・弱気な私。情けないと思う。貴方は今ケガを克服しつつありコンディションも取り戻しつつあると見えた。けれど監督は使わない(`´)貴方は決して他の選手に劣っていないのに・・・。悔しいよ~~きっと貴方が一番悔しい!。でもね、私の仲間みんな貴方のいつだって前のみ見つめるメンタリティを信じているさ!こんなジレンマ、いつだって慣れないけどみんな待っているさ!!
2005年03月07日
コメント(0)
イタリアの女性記者がイラクで開放された喜びが一転、米軍の誤射報道が世界を駆け巡った。そのニュースに関連してイタリアでの女性記者支援デモの様子がTVで流れたけれど、思わず日本人の痛ましい事件を思い出してしまった・・。ちょうど米国によるイラク戦争開戦のニュースが流れた頃、イタリアへ旅行した。イタリアの各都市、ローマでもフィレンツェでも「Amore Pace」の虹色のフラッグが家々の窓という窓から掲げられていた。各国観光客はそれでも一杯で只、日本人は大変少なかったと思う。危険を察知するとサっと閉じこもってしまう海に隔たれた日本人と鷹揚な大陸の国々の人々との差なのか・・・。周囲が他国と陸つなぎという長い歴史は戦いの歴史、今もどこかに戦争を意識しながら日々の生活があるのだろうな。私達日本人は60年前の不幸な記憶がどんどん薄れていく中で世界中から届くニュースは忘れてはいけない!と警告しているよう。(もちろんイラクで犠牲になった方々の事も・・・祈)TVをつければイラク戦争のニュースばかりという中で一番多かったのはアメリカ人観光客だった。アメリカ人で一杯というホテルもあった。老齢期に入って奥様孝行の為に初めて外国旅行をしているというおじ様とカタコトながら楽しくお話したっけ。日本の事は京都すらご存知なかったけど。アメリカ人にとってイラク戦争とはなんだったんだろう?思ってしまう。日本の不幸な時代、破滅に突き進んでいた時代に「風と共に去りぬ」作成や豊かな文化が変わらず造られていた余裕に驚くと共に日本のその時代の人々を痛ましく思う。日本とは違った意味でユーラシア大陸と海で隔てられたアメリカ、私達は欧米人とひとくくりで表現する事があるが、住む大地で随分違ってしまうものだと思った。今も鮮やかに平和を願う虹色のフラッグが目に浮かぶ。窓から掲げる必要のなくなる事を切に願う。Amore Pace
2005年03月06日
コメント(0)
昨年暮れからず~と行きそびれているヨーロッパ。いろんな都合で中々踏み出せない。毎度の事ながら自分でもあきれている。大抵3週間前にやっと予約を入れる状態だから。ヴェネティアで3泊ぐらいしたいなあって思う。せめて2日間ぐらい翌日の予定を考える事なく街をブラブラしたいと。あの海から街が浮いてみえる蜃気楼の様な風景をベンチに座って眺めていたい・・・。そしてフィレンツェへ・・・。アカデミア美術館やまだ訪れていない数々の美術館、2度行っているけどまだまだ行くべき所が一杯あるの。それにカルチョ・・・。でもNakataはやっと体調を戻してきたばかりでまだチーム(監督?)の信頼を得ているとは言いがたい状況・・。フィオレンティーナじたいが低迷・・・。(ああ~バティやルイコスタのいた頃の美しいビオラはいずこ)名画とサッカーがセットで見れる!なんて思った自分が甘かった(泣)「せっかく行くのなら他の国へいったら!」家族があきれて言う・・・。そう行きたいところ一杯あるよ。でも好きになれば必ず又行く私。それにNakataがイタリアにいるあいだはね・・・。でもそろそろスペインにも行きたいとチラチラと地図を・・・。ピカソ美術館もあるし、やっぱりラテン系が好きなのかな?コスタ・デル・ソル(合っている?)地名にも惹かれるなあ(笑)
2005年03月05日
コメント(0)
又々宝塚!ホント久しぶりです。(前記の仮面ロマネスクは7,8年前?)アダム・クーパーといい、濃い内容の舞台が続いて嬉しいです。この作品は他組で以前にも観ているのだけど、とにかく内容が濃い!音楽が素晴らしく又、夫々の人物の内面が深く描かれていてストーリーを知っていても涙してしまう。その時の自分の心情によってのめり込むシーンも変わってくる。エリザベートの孤独、皇后と皇太后に挟まれた皇帝の悲哀、母の愛に飢える皇太子、子を失う母の慟哭、皇帝夫婦のすれ違い・・。高貴な世界の話なので庶民な私に重ねるのはあまりに違いすぎると思いながらも人間の底辺、哀しさに時代も身分もないと・・・。と、いいながら彼のダイアナ元妃(英国皇太子の再婚話ニュースを聞き)を重ねてしまった。オーストリア帝国のあった歴史の時代と急激に世界が変わっていった今と単に歴史物語と思えず今もその様式の亡霊が続いている事の悲劇を知らされる事があるから。王様のお話は私も大好き(笑)お伽話と違って歴史は残酷だけど今は21世紀!庶民いや一般人にも楽しい様式であってほしいと切に願う。トート(死)は歴史上の華やかな登場人物の裏に必ず寄り添っていたのだろうなあとしみじみ思ったのでした。21世紀には出番なしだよ~。
2005年03月04日
コメント(2)
ニューヨーク近代美術館『MoMA』の特集がBSハイビジョンであり。第一夜は誕生の歴史のお勉強でした。昨秋のリニューアルオープン時の映像で始まる。長い列を見て「えッここでも並ぶの?」って思ってしまった・・・^^;ウッフィツィ美術館(フィレンツェ)で3時間並んだ時の事が思い出されて。スペインから駆けつけた方や、日本の若者の姿も。素晴らしいシンプルな空間にゴッホやマチスそしてもちろんピカソも・・・。日本が暗い時代に突き進んで行こうとしていた時代に造られていった事実に当時の日本の無謀さを思い知らされる。今も色あせない「風と共に去りぬ」を見た時にも思ったが・・・。あの空間にもし自分が立てたとしたら・・思うだけで身震いする(笑)日本の方の設計との事でした。日本からみて東の彼方に心はせてみました。たまには・・・(苦笑)でもシルクロードの彼方の世界で果敢に挑む姿を脳裏から消せやしない。Nakata・・・。頭の中で地球儀がひと回りしているよ~~。
2005年03月03日
コメント(0)
座ったのは3Fの3列、8000円也。後ろの何列かだけが6000円かな?確か空席あったゾ!と、ぼやきはこれぐらいにして・・・・。ジェラール・フィリップの映画(見てみたい!)は見ていないし、「スキャンダル」も見ていないので「仮面ロマネスク」(by宝塚歌劇)が非常に参考になりました。感謝です。登場人物のキャラがよくわかりましたので・・・。でなければプログラムを見なきゃ???な事多しだったと思います。アダム・クーパーに盛装は似合わない!? ブラウス&タイツ姿にこそ求めるもの(見たいもの)ありですね。脱いでいくところはどこまでいくんだろ?なあんて(別に深く期待はしてしませんでしたが)TVでわかぎえふさんだったかな?思わせぶりな感想を仰っていたので。2部のツゥールベール夫人とのシーンは美しかったですね。星奈さん(宝塚歌劇)でしたっけ、素敵だった事を思い出しました。あの柔らかく清らかな色気・・・それにしてもメルトゥイユ公爵夫人、「仮面ロマネスク」もこのままでやってほしかったなって思いましたね。今の花ちゃん(花總まり)ならこれぐらいの方が面白いし悪女が主役になるうる。でもやっぱ、宝塚では無理か・・・外の世界でやってもらおう!!血のりの新鮮でしたし、火も使えるんだ~。どういう基準なんでしょうね。オペラが入るのもダンス劇には空間に奥行きが出来て効果的でした。フィナーレで発音のよいブラボーの掛け声がかかった時にはどこか外国でステージを鑑賞している気分になりました。新築されたホールがシンプルな中にも壁に空間ボックス席があったりでオペラ座とかはこんなのかなって。雨あがりの夜の街、心地よい気分で歩きました。電車にのるのがいやでしたね。あ、とってもよかったんです。クーパーさん有難う(笑) 友への手紙より
2005年03月02日
コメント(0)
春は名のみとはいえ、空の青さが煌いています。うん、うん、思いっきり深呼吸して明日を見ようと思えるぞ!自分の心に留まった事を書いてみようと思う。自分自身の確認の為に・・・。好きな事、興味ある事、怒り、悲しみ&嬉しい事も。遠い日の旅の思い出、これからの旅への夢(海外) 続くかな^^;きっとこれは誰か?へのラヴレター。
2005年03月01日
コメント(0)
全24件 (24件中 1-24件目)
1


![]()