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ー ‘虹色スミレ’ と ‘よく咲くスミレ’ ー↑上段=よく咲くスミレ、下段=虹色スミレ昨日、買い物があって元町へ行きました。駅を降りてすぐ右手の花屋さんで、可愛いスミレを見つけました。花は少し大きめのビオラくらいで、ポット苗一つが100円。色んな種類があり、もっと欲しいのをグッと我慢して4つだけ買いました。帰りにこの道を通らないため、ビニール袋をぶら下げてお目当てのお店へ…。ー 横浜元町ショッピングストリート ー↑ オーナメントが凝ってますこのリース、ほしいです。以前は「元町商店街」と呼んでいましたが、ホームページを見ると、いつのまにか「横浜元町ショッピングストリート」に変わっていました。未だ11月だからでしょうか、クリスマス飾りは控えめ。目に留まったウィンドーとリースだけパチリ!以前と比べるとお店も変わり、華やかさや高級感は薄れたように感じますが、それでも何気ないなかにもお洒落感があるお店が、まだまだ残っています。
2019.11.28
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ー 霧の岡村公園 ー午前6時25分~7時ごろ歩く人も霧の中↑富士山の方角も真っ白…。↑近所の公園の滑り台も、砂場も霧の中…。今朝の横浜は、6時頃に雨戸を開けると一面真っ白…。車もライトをつけて走っています。子供のころ、この程度の霧はごく普通だったように思います。そういえば、こんなに濃い霧なんて何年振りでしょう。皆様のところはどうだったでしょう?
2019.11.25
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端布を横段に接ぎ合せ、左右の無地の部分に、「背守り」や「紐飾り」に使われる模様が刺してあったのには驚きました。古来「背守り」は、子供達が無事に育つようにと、背縫いの無い一つ身の着物の背紋の位置に、魔除けの意味で縫い付けられたものです。「松」「「菱」「籠目(かごめ)」などの模様が使われました。本来は五色の糸を揃えて縫います。我が家の孫のお宮参りの時の「かけ産着」にも縫い付けました。今では日本人でも知らない人が多い、こんな「模様」を使われた林アメリーさんにお会いしたくなりました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・↑ バニエール(のぼり)中世武士の「幟(のぼり)」ではなく、古い着物に新たな生命を与える作者なりの方法」なのだそうです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・↑ 紅絹(もみ)の燃えるような緋色がため息が出る美しさでした。↑ 「秋」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・↑「 扇子」 (部分拡大)色とりどりの小布を扇型に接ぎ合せ大きな作品に仕上げられていました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・↑ タイトル「打ち掛け」元は打ち掛けだったのでしょうか…。染め模様が立体的に浮かび上がるように、周囲をキルトの手法で刺してありました。↑ タイトル「アメリーヌ 5」1957年ベージュ色の部分は150年前のノルマンディー地方の女性のナイトドレスの麻布。ブルーは布団や座布団として使った後に裏返して利用したもの。↑ 洋服に仕立て直したコーナーもありました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・…↑「楽人の妻」・尾形奈美(乾女)作昭和4年(1929年)帝展入選作(階段の途中に飾られていた日本画)☆尾形奈美明治32年 六世尾形乾山を父として生まれる。画業を志し、昭和4年本作品が帝展に入選。戦後、バーナード・リーチの勧めにより陶芸に才能を発揮、乾女と号し人気をはくす。昭和50年代に当館敷地内に居住。平成9年に98才にて没。これにて乾山系譜は終了となる。(説明書より)↑美術館の建物は「 コ」の字型に配置されていました。奥の部分の2階の窓から、中庭を挟んで入り口方面を写しました。♣︎北鎌倉古民家ミュージアム〒247-0052鎌倉市山ノ内 392-1最寄り駅:JR横須賀線 北鎌倉駅 徒歩2分写真撮影、ブログ掲載の許可を頂き、掲載させていただきました。一昨日北鎌倉へ行ったのは、この展覧会を観るのが主目的でした。とはいえ、内容を詳しく知っていた訳では無く、何の予備知識もなく気軽な気持ちで行きました。ところが、入った途端、半端じゃ無い作品の数と、そのレベルの高さに驚きました。手仕事の確かさ(技術力)、色彩感覚、そのどれをとっても趣味の範囲を遥かに超えていました。帰宅してから、作者は一体どんな人なのだろう?と調べてみて、初めて納得。半端じゃ無い経歴をお持ちの方でした。昨日、和裁教室で写真を見せて話したところ、行きたい人が続出。かくして、私ももう一度行くことになりました。
2019.11.23
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ー 円覚寺門前の紅葉 ーー 明月院 ー↑ 方丈↑ 丸窓の向こうの景色は未だ緑だけ…。↑ 宗猷堂(開山堂)日が差していれば…。残念!↑ 鎌倉市の花・笹竜胆(ささりんどう)今日は素晴らしい秋晴れ!このあと、雨マークが続きます。このところ朝晩の冷え込みが強くなり、あちらこちらで紅葉が始まっています。先日来、行ってみたいと思っていたところがあり、予定を繰り上げて北鎌倉へ行ってきました。駅を出てすぐ、円覚寺の門前の椛が綺麗で写真だけ撮って素通り・・・。目的の「古民家ミュージアム」へ行ったあと、近くの明月院へ行ってきました。明月院は紫陽花で有名なお寺ですが、紫陽花のシーズンは観光客で溢れかえっています。流石にこの季節は人気も疎らでした。ぽちぽち紅葉が始まっていました。鎌倉市の花だと言う「笹竜胆」が苔の上を這うように咲いていました。鎌倉市役所 → 明月院
2019.11.21
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ー 大温室 ー↑ ベニヒモノキまるで「モール」の様で、そっと触るとモコモコしていました。↑ タコノキ↑ ビカクシダ大船フラワーセンターにもありますが、とにかく大っきいです。ー 新国立競技場 ー2019年11月12日地下鉄大江戸線「国立競技場駅」で降りて、写真は「A2出口」を出たところで撮りました。新宿御苑の道案内には「A5」出口と書いてあったらしいのですが、手前の「A2出口」から地上に出てしまいました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・新国立競技場整備計画(資料)を見ますと、ゲートは6つ、上の写真の付近(千駄ヶ谷駅側)にも、ゲートが3つできるようです。建築面積:72,400平米延べ面積:194,000平米地上5階、地下2階高さ:47.4m席数:60,000席平成31年11月:完成、引き渡し(予定)
2019.11.17
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ー 新宿御苑は石蕗(ツワブキ)が満開 ー↑ 八重咲きの石蕗この季節、新宿御苑の至るところに石蕗が群生して咲いています。中でもこの場所の石蕗は花も葉も立派でした。その中に、ひときわ華やかな花が咲いている株がありました。迂闊にも、写真を撮り、拡大して初めて、珍しい八重咲きの石蕗だったことに気がつきました。↑こちらは一重咲き・・・・・・・・・・・群生の中に、「オオツワブキ」の名札が立っていました。調べてみると、オオツワブキは葉の直径=50cm、高さ=1mにもなるそうです。残念ながら名札が付いていた株は未だ蕾でした。この付近のツワブキは確かに大きかったのですが、ネットに書いてあった程には大きく無く、名札が付いている株だけ「オオツワブキ」なのか、この付近の石蕗が全てそうなのか分かりませんでした。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・↑ 千駄ヶ谷門近くで咲いていた石蕗こちらは、ごく普通に見かける石蕗でした。ー 桜 2種 ー↑ 十月桜(ジュウガツザクラ)マメザクラとエドヒガンの交雑種で、江戸時代後期から栽培されている落葉高木。八重咲きで、秋と春の2回開花する。花期:9〜12月、3~4月。(名札の説明文より)「十月桜」は、三渓園、イングリッシュガーデンなど、あちらこちらで見かけますが、こんなに綺麗に咲いているのは初めて見ました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・↑ 子福桜(コブクザクラ)カラミザクラとコヒガンから生まれたといわれる栽培種。白い八重咲きの桜で、秋から冬にかけて開花。丸い花びらのふちに切れ込みがある。花期:10月上旬〜3月上旬(名札の説明文より)「子福桜」は花が白くて、遠目には梅かと思いました。ー 芝生広場(風景式庭園)の周辺 ー↑ 少し高くなった大温室の前からは、新宿駅西口方面のビル群がみえます。↑ 尖塔がある建物は、NTTドコモ代々木ビル広い芝生の周囲には、巨樹が伸び伸びと葉を茂らせ木々は色づき始めていました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ー 中の池付近〜上の池(日本庭園)へ ー上の池のほとりでは、白鷺が置物のようにじーっと水面を見ていました。風が吹くと日差しが水面のさざ波に反射して、光の群れがさーっと移動して行きます。何とか写せないかと頑張りましたが、スマホではこれが限界でした。♣︎新宿御苑豆知識(新宿御苑パンフレットより)徳川家康の家臣・内藤氏の江戸屋敷の一部がそのルーツと言われています。明治に入り、農事試験場を経て、明治39(1906)年に皇室の庭園となり、戦後昭和24(1949)年に国民公園として一般に公開されました。園内には、風景式庭園、整形式庭園、日本庭園と異なる3つの庭園が巧みにデザインされ、明治を代表する近代西洋庭園といわれています。・広さ=58.3ヘクタール(約18万坪)・周囲=3.5km
2019.11.14
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ー 新宿御苑・日本庭園 ー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・【懸崖作り花壇】・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・【大作り花壇】「大作り」とは、一株の菊を半円形に仕立てて、数百輪もの花を咲かせる技法のこと。新宿御苑独自の技術で、全国各地の菊花壇展で見られる千輪作りの先駆けになった新宿御苑を代表する花壇。裾野の輝(花数 627輪)裾野の月(558輪)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・【一文字菊、管物菊 花壇】一文字菊は、花びらの数が16枚前後の一重咲きの大輪菊。天皇家の菊の御紋章に似た花の形から「御紋章菊」とも呼ばれている。管物菊は、筒状に伸びた花びらが放射状に咲く大輪菊で糸菊とも呼ばれている。作り始め:大正14(1925)年・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・【伊勢菊、嵯峨菊、丁子菊花壇】一株を6輪に枝分けする「一六作り」の技法で仕立てた物を植え込んでいる。御苑では昭和30年ごろから栽培が開始。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・【肥後菊花壇】肥後菊は、古くから肥後(熊本)地方で作られた一重咲きの古典菊で、主に武士の精神修養として発達。栽培方法や飾り方は、江戸時代に熊本で確立。秀島流の厳格な様式にもとづいている。作り始め:昭和5(1930)年。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・【江戸菊花壇】江戸菊は、江戸時代に江戸で発達した古典菊。花が咲いてから花びらが様々に変化し、色彩に富んでいるのが特徴で花の変化を鑑賞する古典菊。新宿御苑の菊花壇のなかでは、最も古い歴史がある。作り始め:明治11(1878)年。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・【大菊花壇】菊の代表的な品種で、花びらが花の中央を包み込むように丸く咲くのが特徴。作り始め:明治17年(1884年) 昨日は雲一つない快晴!友人と京浜急行横浜駅ホームで待ち合わせ、新宿御苑の菊花壇展を観に行って来ました。新宿御苑に午前11時ごろ到着。先ずは目的の菊を日本庭園を一回りする形で見学してきました。ここの「菊花壇展」は、歴史もありますし、菊を展示してある「上家」も立派。菊の花も段違いの素晴らしさでした。三渓園の菊花展で、出品されている方が「ここの菊は愛好家が育てたもの。新宿御苑はプロが育てたものでレベルが違いますよ」と言って笑っていらしたことを思い出しました。菊を全て見終わって気がつくと12時半。1時間半歩き回っていました。お腹がペコペコで、レストラン「ゆりの木」でランチ休憩。「彩り野菜のカレーライス菜園風(850円)」がとても美味しかったです。元気が出たところで、改めて園内を一回りすることにしました。昨日は一日中雲一つない青空が広がり、芝生広場には、あちらこちらで寝転んで青空を見上げている人がいました。さぞ気持ちが良いだろうと羨ましく思いました。流石に寝転ぶのは憚られましたが、紅葉が始まった苑内をのんびり気ままに歩いているだけで気分が晴れ晴れしました。余談ですが、昨日は「横浜」から京急快特に乗り、「大門」で、都営大江戸線(光が丘行)に乗り換え、「国立競技場」下車(横浜からの所要時間約40分)。徒歩5分で新宿御苑の「千駄ヶ谷門」に到着しました。これまで、新宿御苑=新宿駅下車と思い込んでいましたが、マルリッキーさんに教えて頂いたこの経路は、乗り換えもスムースですし、駅から新宿御苑(千駄ヶ谷門)まで近い。おまけに新宿駅のあの雑踏を通らなくて済みますので、とても楽です。横浜方面から行くにはお勧めのコースです。
2019.11.13
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先週末、いつも行くドラッグストアの入り口横に置いてありました。看板(?)には、花の直径は最大12cmになると書いてありました。横に置いてあるポット苗の花の大きさは、普通に売っているパンジーと同じくらい…。値段はビックりの、一株437円(税込)直径12cmのこの花が咲いている様を追い浮かべました。私と同じように、足を止めてしばらく眺めている人がいましたが、これも私と同様に黙ってお店に入って行きました。昨日行ったら未だそのまま並んでいました。さーて、果たしてこの花を、この値段で買った人が何人いたのでしょう・・・。フマキラー(株) お知らせ 2013年10月1日 ↓スイス シンジェンタ社と共同でフラワービジヌスに参入
2019.11.10
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☆架空通貨・池井戸 潤・講談社・2003年3月15日 第1刷発行・2000年3月発行の 「M1(エムワン) 」を改題♣︎辛島武史。35才。一部上場の総合商社で証券アナリストとして働いていた辛島は、自社の旧態依然とした体質に嫌気がさし外資系企業に転職すべく退職した。ところがその企業が日本から撤退することになってしまい、これを機に辛島の人生の歯車は大きく狂ってしまった。妻とは離婚、現在は私立高校の社会科教師をしている。♣︎黒沢麻紀辛島の教え子。父親が経営する黒沢金属工業の倒産を、何とか自らの手で回避出来ないかと必死で奔走している。♣︎安房正純=田神亜鉛社長。 黒沢麻紀の母親から学校に、父親が経営する会社が行き詰まり、麻紀を転校させたいという電話があった。麻紀は辛島が副担任をしているクラスの生徒である。辛島の前職を知っていた麻紀から、理由を告げずに社債のことなど不可解な質問を受けたばかりだった。会社が不渡りを出したのだろうか。2回目の不渡りを出すと銀行取引が停止され、資金繰りが行き詰まり倒産する。電話が通じず、辛島は麻紀の家に向かった。麻紀は父親が押し付けられた田上亜鉛の社債を期限前償還してもらい、2回目の不渡りを回避できないかと考え、社長の安房正純に会おうと出かけたようだ。田上亜鉛の本社がある田上町は、中央自動車道を経由して東京から400キロ。麻紀を追って辛島が到着したのは、町全体が亜鉛産業一色に塗りつぶされた企業城下町だった。鈍色(にびいろ)の屋根と、煙突の煙で黄色くかすむ空、そして工業廃水で濁った川、町全体が亜鉛になってしまったように煤けた町だった。安房社長に会えるまで帰らないという麻紀を置いて行く訳にもいかず、辛島もしばらく残ることにした。町には、住民が「田上札」と呼ぶ「田上亜鉛協力振興券」が出回っていた。社債を引き受けた額に応じて「田上札」を配布し、社債の償還期限の5年後に円に替えてもらうことにはなっているという。中央に田上亜鉛の挿し絵が入っており、一万円札は茶色のトーンで、千円札は青みがかっていた。偽造ができないように精巧な作りになっていた。田上札は半年前から出回るようになり、仕入れ代金や、下請けや旅館、商店の支払いも田上札が使われていた。受け取らされる町の人々の表情は暗く半ばヤケ気味だった。もし5年後に田上亜鉛の社債が償還されなければ、たちまち町全体が立ち行かなくなるのだ。*池井戸潤メモ1963年生まれ。1988年慶應大学卒業、三菱銀行入社。1995年退職、コンサルタントとして再出発。1998年 『サーキットの死(88年)』『神が殺す(97年)』に続く3度目の挑戦作品『果つる底なき』で、第44回江戸川乱歩賞受賞。2000年、受賞後の第1作として『M1』を発行。2003年『M1』を『架空通貨』と改題。この作品は、未だ作風もジャンルも定まっていない、池井戸潤の初期の作品。
2019.11.10
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ー 朝の岡村公園 ー11月8日 日の出:6時08分、 日の入:16時43分↑ am:6時25分↑ am6:30↑ am:6:42晩秋〜冬の夜明けの空は、ため息が出るくらい美しいです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ー Oさんの椿と磯菊 ー何という名前の椿なのでしょう。茶道をなさっているOさんの庭には他にも珍しい椿が咲いています。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・↑ 石蕗
2019.11.08
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朝晩、急に冷えるようになり、あれだけ咲き誇っていた夏の花たちが一気に元気が無くなりました。ジニア、ルドベキアタカオ、サルビアコクシネア、トレニア…。思い切って抜きました。残ったのは小菊とハマギク、それに、なぜかルドベキアタカオの一株だけ…。庭が一気に寂しくなりました。↑ ハマギク↑ ルドベキアタカオ他の株は、ほぼ咲き終わり、焦げ茶色のま〜るい種がいっぱい!なのに、この子だけ10月になってから咲き出しました。ずっと葉だけ茂っていて、今年は咲く気がないのかと思っていました。これから寒くなると言うのに、どうするつもりかしら?
2019.11.05
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2019年11月4日 am6時30分岡村公園から見た 今朝の東の空です。本日の日の出:6時05分、日の入:16時47分ずいぶん日が短くなりました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・アンデスの乙女(園芸種)・マメ科 センナ属(別名:花センナ)Sさんは、四季折々に様々な花が咲く木を植えて、生垣にしていらっしゃいます。この花は、先日掲載した「銀木犀」のすぐ隣で咲いていました。花の間からインゲン豆に似た長い鞘状の豆が何本もぶら下がっています。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・大雨にも、相次ぐ台風にもメゲズ、お隣りのNさんの秋桜が元気に咲いています。フェンス越しに写させていただきました。
2019.11.04
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紅いルビー色のスワロスキービーズでハートのペンダントを作りました。 介護の日々・・・・・。頑張っている従姉妹へのささやかなプレゼントです。
2019.11.03
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三渓園のヒイラギモクセイは大木で、花も葉も細かいところは良く見えなかったのですが、今日、偶然、和裁教室の帰り道に咲いているのを見つけました。葉は柊の葉に似たギザギザがありました。ヒイラギモクセイは、ヒイラギとギンモクセイの交雑種と推定されている種なのだそうです。ー ヒイラギモクセイ(柊木犀)ー撮影:2019.11.1庭木図鑑 植木ペディア → ヒイラギモクセイ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ー Sさんの ギンモクセイ(銀木犀) ー撮影:2019.11.2 am6:50近所のSさんの家に、銀木犀の木が有りました\(^^)/ラジオ体操の帰り、繁々と金木犀の葉を眺めている私に、Sさんが何をしているのと声をかけて下さいました。訳を話すと、銀木犀なら家にあるとのこと! 善は急げと帰りに写させて頂いてきました。花は終わりかけていて少なかったのですが、確かに銀木犀でした。葉の形は、ギザギザのない金木犀と同じ形でした。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・↑ 岡村公園の金木犀ネットサーフィンして調べた限りでは、「ヒイラギモクセイ(柊木犀)の葉は鋸歯(ギザギザ)がある」と書かれていました。ところが、マルリッキーさんが指摘して下さって気がついたのですが、三渓園の「ヒイラギモクセイ」だという木の葉に鋸歯(ギザギザ)が無いのです。もしかしたら、あの木は「ヒイラギモクセイ(柊木犀)」ではなく「ギンモクセイ(銀木犀)」なのでしょうか?果してどちらなのでしょう ^_^;三渓園の「ヒイラギモクセイ(?)」
2019.11.01
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