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2年前、広島県安芸高田市の市議会本会議。居眠りする、質問しない、と市長就任直後から議員たちを批判し続けてきた石丸氏が、議場で言い放った。
「恥を知れ、恥を!」
そのニュース映像に私は当時驚いた。しかし、もっと驚いたのは今年、任期途中で市長を辞し、東京都知事選で次点の165万票を得たことだった。
動画サイトやSNS(ネット交流サービス)で支持を広げる石丸氏に興味を抱き、彼や市議会をめぐるネット動画を何本か見た。正直、げんなりした。鋭く対立する石丸氏と多数派議員たちの応酬が展開される。むろん、それ自体は問題ない。自治体行政を執行する首長と、それをチェックする議会は対等で、互いに独立して選ばれる。この二元代表制において意見の食い違いは少しも珍しくない。
げんなりしたのは石丸氏の過剰なレトリックだ。 質問する議員たちは広島なまりで、流暢(りゅうちょう)とは言い難い。一方、京都大卒、大手銀アナリストだった石丸氏は立て板に水。反問権(質問意図の確認で市長側に認められる)で議員にいちいち逆質問し、「主張が矛盾する」「不勉強だ」とまぜっ返す。 議員に足らざる点がもしあっても、反問などせず、一度の答弁の中で簡潔に指摘すれば済むだろうに。
市の財政再建の問題でリストラが必要だと説く石丸氏に、議員が懸念を表明する動画があった。部外者の私にはどちらが正しいか判断する材料も資格もないが、石丸氏に理がある一方、議員も一定数の市民を代表していると感じられる。 石丸氏は議員の論破に熱心だが、その向こうで不安を抱く市民への説得の努力は十分だったのか。
それ以上に気分が悪くなったのは、彼の支持者たちによる多数の切り抜き動画だ。 「アホ発言に失笑」「論破されて逃走」「ポンコツ」・・・市議会動画の一部を切り取り、議員をあざける下品な字幕をかぶせる。 コメント欄は石丸氏への賛辞と議員への非難であふれている。
地元で傷ついた人もいるだろうな・・・私は現地を目指した。
安芸高田市は人口2万6000人、広島駅から車で1時間。中国山地に抱かれた農村だが、マツダ関連の工場がある。
「反論すれば炎上する。何を書き込まれても無視するしかなかった」。石丸氏と対立していた山本優(まさる)議員は言った。同じ会派だった山本数博議員は昨年9月、予定していた一般質問を取りやめた。 「加害を示唆する書き込みがあり、身の危険を感じた。警察にも相談した」と経緯を語る。 質問取りやめに「ざまあ」「被害者ヅラすんな」「職務放棄なら議員辞めろ」とネット上で非難が殺到した。
異常な事態だ。政敵なら罵倒されても、脅迫されてもよいのか。石丸氏は市長時代、自著でこう書いた。「言葉は悪いが、燃やせるものは何でも燃やしてきた。炎上商法と言われても構わない」(「覚悟の論理」2024年5月刊)
なるほど、確信犯か・・・。彼はネットを駆使し、政治に無関心な有権者を引きつける「政治の見える化」を目指してきたという。 だが私には、故郷で市長の立場や議会を利用し、「過剰なレトリック」で政治家としてのセルフブランディングに励んでいたように見える。
石丸氏が去って、安芸高田に何が残ったのか。
「市民はむかし、みな仲良しでした」。市役所そばで45年続く喫茶店「茶房いなだ」を営む山中章生(ふみお)さん(65)は言う。声を落とし、続けた。「石丸さん以降まちに分断が生まれた。石丸派も反石丸派も店に来る。どちらも大切なお客様ですが」
すべては河井事件から始まった、と振り返る。19年の参院選広島選挙区で当選した河井案里氏と夫の克行元法相による大がかりな買収事件で、安芸高田でも関与した市長が辞職。これに伴う20年8月の市長選に石丸氏が立ち、前副市長を破った。 「彼は事件に憤る市民の心をつかんだ。今でも支持する人は多い」と解説する。徒手空拳の37歳が事件で揺れる故郷を切り裂いた。 これを「地元の一体感を損なった」と見るか、「閉塞(へいそく)感を打ち破った」と見るか。
石丸氏に近かった南沢克彦議員は彼を「劇薬」と表現する。「政治へのあきらめが漂い、活力が失われつつある局面で、市民の政治的関心を劇的に高めたが、同時に分断も生んだ。人にはよい面も悪い面もある。まちの活性化には悪い面を攻撃するのではなく、よい面を生かし合うべきだと提案したが、彼は関心を高めることを優先し、貫いた」。それでも南沢さんは、劇薬服用を経て市民がまちにかかわる流れが強まることを期待する。「時間が必要で、今後どうなるか分からない。でも、関心が高まったことで若い人が何人か市議を目指しています」
その安芸高田市議選が、あす10日に告示される。
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