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桜の木、銀杏等、落葉樹の葉が次第に色を濃くしながら、やがて、枯れ落ちて行く。そうして、早晩、活動停止状況となる。動物で言えば、冬眠状態だ。イルミネーションを巻き付けられた木々は、どうだろう、多少は暖かいだろうか。枯れ木が夜のムードを盛り上げる。
2005.11.30
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人間の苦悩、即ち幻にして、実体なき僻事なり。いかでか、これに悩まされるべき。悠然として、乗り越え行くべし。
2005.11.29
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NHK大河ドラマ「義経」、今回、歌舞伎でも有名な、“安宅の関”の場面。弁慶が滔々として読み上げる偽勧進帳、そして、義経を打擲する場面、テレビでは、義経が笛を持っていることで、関守に疑念をもたれるという流れにしてあった。また、疑いが晴れて通過できたというのが通説のはずだが、ここでは、関守は義経一行と見破っており、ただ、弁慶の主君を思う姿に打たれて通させたという、もう一つの話になっていた。いずれにせよ、事実に基づいた語り伝え、芝居になる、感動的な場面だ。
2005.11.28
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夜の帳が次第に色濃くする中、どこかで作っている夕餉の匂いが漂って来る。子どもの頃、遊び疲れて家に戻ると、ほんのりとした夕御飯の香りが待っていたのを思い出す。
2005.11.27
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寒暖計、1度2度の差が、肌身への応え方が大きい。15度以下に来ると、寒い気がするが、16度辺りになると、“今日は暖かい”ということになる。寒暖計の目盛りは、少し改良して、1度1度の間隔を、もう少し細かく目盛ってはどうだろうかと思う。人間の感覚とは、なかなか微妙なものだ。
2005.11.26
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志あらば、必ず、試練有り。万端に亘り、手抜かりがあってはならぬ。甘い考えから脱却し、全面的な取り組みこそ必勝の鍵にて。
2005.11.25
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独裁がいけないとされるのは、民主的手続きを否定し、統治者の独断で、事を行い、真に民衆の望まない方向に行く危惧のためである。しかし、国民に真意を問い、周囲の動きを勘案しながら、結果的に、民衆の望むところに持っていくのであれば、これは独裁とは言わない。実は、民衆のこころに従っているのである。政党の改革のため、政治の改革のため、政治体制の改革のため、悪を悪として対峙し、真剣に取り組む事は、むしろ善政とでも言わなければならない。
2005.11.23
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インターネットでニュースを見るのもいいが、やっぱり、新聞は一目瞭然と見渡せるのがいい。インターネットが普及したら、そのうち新聞はダメになるのでは、と思っていたが、今のところ、インターネットは寸法で引けを取っている。昨今、パソコンも次第に大画面化しつつあるので、新聞の一面並みで、A2版寸法まで来たら、もう新聞は要らないかも知れない。昔、未来構想で、FAX様通信機器の発達で、新聞は配達せず、自宅で出力という話があったが、パソコンが新聞画面並みになれば、こちらの方がいい。あの膨大な、ちらしの類も、パソコン画面で済むことになる。今の新聞販売店は、この地域情報配信を担当するといいかも知れない。***話は変わるが、インターネット、もしくはデジタルテレビ等で、住居の町々ごとに、食品類、本や洋品など、生活必需品等の注文配達が行われれば、消費者も製造・販売側もよいルートが開かれるのではなかろうか。そうすると、例えば、一週間分の献立が決まれば、その分の注文が出せるし、調達側も何かと便利であろう。また、今度の日曜日、来客で、鰻重5つ、午後3時配達、出しておこうと言う具合だ。遅かれ早かれ、きっと始まる消費者通信ネットであろう。
2005.11.22
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若さは何ものにも代え難い力だ。特に女性は、若い時が一番美しい。いわゆる、子どもを宿すタイミングのときだ。男性も、やはり、若いうちが光って見える。しかし、やがて、完成期を過ぎ、いわば山を登り切り、やるべきことを一通りやったという段階が過ぎてから、人は、それぞれの下り坂を迎える。私はもう山を越えたという意識に辿り着くと、人は一気に老いを迎えるようだ。しかし、私は、まだ、これから、また二つも三つも山を登るのだ、と言う意識に生きる人は、そう容易く老いはしない。老いは身体的問題だが、しかし、精神的なものに大いに制御される。ゆえに、人間、最後まで、山を登り行くのだ、と決め、そのように生き抜いて行く人は、心身ともに、否応なしに、その態勢をとるものだ。若さとは、常に挑戦し行く心身を言うのだ。
2005.11.21
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女子マラソンの、Qちゃんこと、高橋尚子選手、久々のマラソン(東京国際女子マラソン)で優勝の復活を果たした。その後どうなっただろうと心配していたが、一時の不運を乗り越えて、やっぱり挑戦している。脚に肉離れを起こしているそうだが、人間的に好感の持てる選手だけに、完璧な復活を期待したい。
2005.11.20
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今日ももう、終わりを迎える午前零時前、満月が、丁度、天頂辺りにあって、煌々たる光を放っている。一方、火星は、やや西に傾き掛けている。晩秋の澄み切った空は、もう冬の予感を感じさせる。私の立っている地点から、地球の丁度真裏(南米・アルゼンチン辺り)の上空には、正午を迎えようとする太陽が燦々と輝いていることだろう。
2005.11.16
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午後11時半頃、満月手前の月と火星が、仲良く並んで、天頂にあり。
2005.11.15
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パソコンも、起動しないと、押し黙った、ただの石同然だ。魂を失った物体である。いつも大活躍していた本体も、ディスプレイも、ただの箱となって立っているばかりだ。一方、急遽、代役に引っぱり出された昔のパソコン、ちょっと、動きが鈍く、よたよたしているとはいえ、さながら、ミイラが息を吹き返したが如く、嬉しいな、嬉しいな、と頑張っているのである。
2005.11.14
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昨夜、パソコンを、正規に終了をせず、大元の電源スイッチOFFで終わらせたが、今日、電源を入れてみたら、Windowsが起動せず、その手前で再起動を繰り返すような状態になっていた。通常、この終わり方で駄目になったことはなかったが、カスタマーサービス関係に問い合わせたところ、指示による確認操作の結果、再インストールするしかないという回答。犯人として、ウイルスも考えられる由。ガクリ。再インストールとなると、バックアップしてなかった最近の収納データが蒸発してしまう。保護するには、該当のハードディスクを修理店に持ち込んで、データを取り出す処置ができればと言う結論。当面対応として、やむなく、押入に仕舞ってあった以前のパソコン(ノート型)を引っぱり出して急場を凌いだ。定期的に、データのバックアップをしないと、こんな目に遭うという反省材料となった。
2005.11.13
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鴉が声を掛け合い、群れを成して、どこかに飛んで行く。次の餌場に移って行くのであろうか、「さあ、こっちだぞー、行くぞー!」と仲間を呼び集め、また、互いに声を掛け合っているように見える。
2005.11.12
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政府は、イラク南部サマワに駐留中の陸上自衛隊を、来年9月の小泉首相の任期満了に向けて、来年前半に撤退させる方針を出した由。平和行動の任務を果たして、戻って来るのだ!!日本の平和への寄与を世界に宣揚するものといえよう。戦争を起こし、他国を侵し、敗れ去り、その悲哀を味わった日本が、今度は、暴力でなく、平和への前進をもって、世界に寄与できる立場になったことを示すものだ。
2005.11.11
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どう行動したかが問題だ。その領域に立ち入らない限り、そこは、永遠に閉ざされた領域である。どれだけタッチしたか、努力し、戦ったか、それなくして、得るものがあるはずがない。それが道理というものだ。
2005.11.11
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あの麗しの国、フランスのイメージも、このところの全国規模に広がる暴動のため、えっ?あのフランス?と目と耳を疑うほどだ。アメリカにしても、テロによる摩天楼の神話にけちがつけられ、ハリケーンによる未曾有の被災で、えっ、あのニューオリンズ?とイメージが根こそぎ倒される痛手だ。イギリスにしても、テロに抗し切れない現実を見るにつけ、かつての肩で風切った時代のイメージが色褪せて映るのである。何が故か、と思うにつけ、これは大国の慢心によるものではないかと慮る。“奢れる平家、久しからず”ではないが、世界をリードして来た、かつての自信が、いつしか慢心となり、弱者を放擲する結果を生んではいないか、心して省みなければならないように思われる。
2005.11.10
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光が西の空に呑まれて、次第に色濃くするダークブルーを背景に、くっきりと、上弦の月が浮かび上がって来る。冷えて行く大気が沈殿する夕暮れの空は、地上の喧騒に比べ、黙りこくったような静寂の色を見せる。
2005.11.09
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昨日が立冬。ぼちぼち冬のような日が来ますよ、という意味だと思う。庭の草木も、いよいよ厳しい季節に向けて、身を引き締め、準備体勢に入る。冬に負けず、冬を生き抜く戦いだ。
2005.11.08
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インターネットの映画で、久方ぶりに、映画“禁じられた遊び”を観た。ルネ・クレマン監督作品の名作だ。戦争孤児になった5歳の女の子と、遭遇した男の子との間の、あどけなく、しかし、可愛そうな運命の物語だ。反戦映画とされるが、そうと思わないと言う意見もあるようだ。しかし、少なくとも、戦争で親を失った子供の不幸、保証のない先行きを訴えており、少女を預かった家の隣の息子が戦場から脱走して帰宅する辺り、戦争の不条理と無意味さを語ってはいまいか。この映画のバックグラウンドに流れるナルシソ・イエペス奏でる名曲“ロマンス”の効果は見逃せない。曲名は、この映画の題名で呼ぶ方が一般的だ。映画の始まりと共に、この曲が流れ、アルバムをめくるように、出演者、製作、演出者の名前の紹介が続く。この段階で、何か、これから始まるドラマの予感を伝えるようなムードが盛り上げる。“ロマンス”はスペイン民謡だそうだが、この映画にぴったりである。あどけなく、穢れを知らない、純粋無垢な子供たちの姿を追う場面で、流れるこのメロディー、ナルシソ・イエペスの純なギターの響きが、まさに、その世界を物語って響く。これほど映画を効果的に引き立てるBGMもそう多くはないと思われる。ルネ・クレマン監督といえば、“太陽がいっぱい”、これも映画のドラマ性と展開で、屈指の名画といえよう。テーマソングも大ヒットした。
2005.11.07
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夏場だと、5時と言っても、まだまだ明るい時間だったが、今日辺り、5時付近には夕闇が迫り、あっという間に、暗くなる。来月の冬至に向かって、昼がどんどん短くなっている。
2005.11.06
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山野を訪ねずとも、街中の木々も、色を変え、季節の移り変わりを報じている。都会の雑踏の中で、忘れ去られたように、葉の色づいて来た太い樹木が、心なしか、寂しそうに立って見える。
2005.11.05
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ちょっと前のことになるが、小泉総理が、自身の靖国参拝に関し、中国がそれを牽制する発言をしていることについて、報道人のインタビューに応え、“中国は日本を牽制する教育を行い、自身の靖国参拝もその牽制材料としている”というような話をした。私は、決して靖国参拝を是認するものではないが、この発言は、中国が、教育方針等により、日本に対する競争心を煽っていることを鋭く指摘する一矢の報いとして、私は評価する。過去はもう変更ができない。したがって、少なくとも、未来に亘って、国際関係は、常に、誠心誠意、フェアな精神で、真っ当な姿勢を貫いて欲しいと願うものである。もはや、国益重視の時代は過ぎた。今、人類に横たわる、大きな問題の数々を思えば、これから、人類が国境を越え、民族を越え、過去の恩讐を越えて、如何に共存共栄して行くかを真剣に探り行かねばならないのだ。地球的規模で考え、行動することが、すなわち、自国を守ることになることを、万国の為政者は、深く深く自覚しなければならない。
2005.11.04
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芸術の秋、文化の秋、実りの秋、いわば、秋は、成果を生み出し、あるいは確認する時と言えよう。人間もまた、宇宙が膨張しているように、常に、前進、前進、成長を期すべきだ。
2005.11.03
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穏やかな日差しの中、可愛らしい人間の生活の色漂う道には、懐かしい童話の世界の息遣いさえ伝わってくるようだ。そこには、嘘のない純粋な人間の生活の響きがあるからだ。
2005.11.02
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東京証券取引所がシステム障害で、午後1時半まで取引が出来ないという前代未聞のトラブルが発生した。取引量の増大で、システムを拡張した際のプログラムミスが原因とのこと。このところのインターネットによる個人投資家の激増で、システムもアップアップに違いない。ユーザーが多いだけに、今後、特別な対応処置が望まれる。
2005.11.01
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