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手元の湿度計を見ると 30パーセント台になっています、スペインで生まれ その後我が家に在住しているフラメンコギター達。スペインに近い乾燥具合になると驚くほど楽器が響いてくれますが、とはいえ限度があって あまりに乾燥しすぎると木には良くありません・・(関東は、夏の湿度と冬の乾燥の繰り返しで 木が割れやすいんです・・)ギターケースの中には、水につけて軽く絞ったティッシュペーパーをビニール袋に入れて加湿しています(ある製作家の方にレクチャーを受けました)乾燥で肌などが荒れやすくなるようにギターも同じく 普段から手入れが必要ですね!近くの野菜直売所では「菜の花」が出ていました旬の食材を楽しみつつ 春もそろそろですね!
2021.02.25
今朝 偉大なジャズピアニスト「チック・コリア」の訃報を知り愕然とした自分自身の楽器のカテゴリー、音楽ジャンル等とは無関係に彼の紡ぎ出す音は まるでギフトであるかのように届いてくる今までも、そしてこれからも素晴らしい音をありがとうございました渕崎昭彦
2021.02.12
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様々な価値観は時代によって変化するもちろん 中には変わらぬものまた「変わらぬべき」普遍的な質の物事というのは確実にある、それらの根底にあるものを大事にしつつ、避けて通ることができない時代の潮流みたいものとどう向き合っていくのか・・自然に受け入れられるものもあれば、時に、自分自身で変革の努力を要する場面もあるかもしれませんし、内容によっては、受け入れないという選択肢もあるかもしれませんねセビージャに滞在していた時代フラメンコギターや踊りのスタイルを評するときに「モデルノ」(現代的)「アンティグア」(古典的?)という言葉をよく耳にした。例えば、多国籍ギター修行者仲間同士で話していても「このファルセータ(ギターのメロディ)はモデルノでカッコいい!」「このコードの使い方は モデルノ過ぎて あまりフラメンコらしくない・・」「そのリズムの弾き方は アンティグアだけど 何だか落ち着くよね・・」の具合のものもあれば「僕は モデルノは軟弱だから弾かない!」「僕は アンティグアは古臭いから弾かない!」という話も少なからず耳にした(時に激論になって・・苦笑)僕はといえば、当時 そこまで語るべきの経験値を持ち合わせていなかった・・と言ってしまえばそれまでなのですが、時代の新旧という視座を主題に語られていく表面的な価値観にある種の違和感を感じていた、大事なのは 「プーロ(フラメンコ的な純粋性)」であるのではないか?※ これについては 話が大変なので いつか機会があったら書いてみますね!そして、かつては、斬新で「モデルノ」だったものが、時を経て 現在は「アンティグア」と呼ばれたり、あるいは 完全に定着して「トラディショナル」と呼ばれているものも多数あるのではないか?とこういう視点で もう一度 パコのアルバムを時代別に順番に聞いてみるとたくさんの発見があるかもしれませんね下に紹介するのは、パコのソロデビューアルバムです。ほぼ完璧と呼んで差支えない圧倒的な技術とスピード、音の粒立ちと抜群のリズム、また 当時のパコのファルセータの考え方はもはや ひとつのフォーマットですね・・・まだリカルドの影響が色濃く残っていますが、フラメンコギターのある意味での新しい幕開け、また、ある種の強烈な影響を与えることになる (あるいは予感させる)一枚ではないでしょうか?当時リアルタイムで聞いていた方は、どんな感想だったのでしょうか?(1967年)タイトルは 「天才」(邦題)です。冷静に考えると 凄いタイトルですね 笑PACO DE LUCIA / La Fabulosa Guitarra de Paco de lucia パコ・デ・ルシア / ラ・ファブロッサ・ギターラ・デ・パコ・デ・ルシア『1点のみメール便可』【フラメンコCD】
2021.02.11
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前回の記事をアップした後様々な記憶が呼び覚まされたのであろうか、セビージャで師事していた師匠が夢に出てきました!何故かは判らないけど彼は流暢な日本語を話し、かたや僕は、相変わらずなヘッポコなスペイン語を話していました・・。今までも何度か経験しましたが、夢の中でも自身の語学力というのは、決して向上しないものなのですね、(演奏はたまに抜群に良くなる時も逆もあるのですが・・・笑)夢と語学脳の相関性或いはメカニズムはどうなっているのか ちょっと面白そうですね!さておき、師のクラスが進むにつれてフラメンコには様々なスタイル、多様の個性があることを知り始めた。カンテ(歌)、踊り、そしてギター。その土地でけでもなければ長い年月をかけて育まれたもの、その一族に脈々と語り継がれてきたもの、そのうえで生まれ始めた、より個人的なもの・・・もちろん、これらはきっても切り離せな相互性があるものであり、いずれも、長い伝統と歴史に根差しつつ、時代の流れと共に、ゆっくりと発展してきているのだそして パコも突然変異的に、そのフラメンコを生み出したわけではなく、伝統に根差したスタイルから始まり、より進化(深化)していくことになるのだがパコのこんなインタビューが残っている「僕の真似ばかりしてはいけない、そんな時間があるのなら、ラモン・モントージャやニーニョ・リカルドを勉強しなさいなぜなら 僕もそうやって勉強してきたのだから・・」と近道や効率性ばかりをついつい求めてしまう世の流れの中で様々考えさせられますね!つづく【中古】フラメンコギターの至芸/ニーニョ・リカルド
2021.02.09
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何かを学ぼうと真剣に決意した時、いくつかの方法があるかとは思いますが、そのひとつとして 「師に師事する」というのがフラメンコギターでは一般的な手法かと思います実際、僕も、それを通じて必要な基本技術はもちろんのこと、多岐に渡るフラメンコの形式やリズム(コンパス)、学ぶためのアプローチや考え方みたいものをじっくり学んでいったわけですが、(本当にじっくりです・・・師にも強く言われましたが急ぐと良いことはないです! 本当に・・・笑)セビージャで師事していた先生とのクラスを通じて、ふと湧き上がってきたのが「師はどのような考え方、過程を辿って現在に辿り着いたのだろうか?僕は、何かしら大事な着眼点を見落としているのではないか?」という自分への問いでした。そんな話から また多くの気づきを得るわけですが、その中の要素のひとつとして最も強く指摘を受けたのは「君は カンテ(フラメンコの歌の意)を知らなすぎるし、聴いている量が圧倒的に足りない、古いカンテをもっと聞くべきだ!クラスを受けて ギターの練習をするだけでは フラメンコは出来ないぞ!」とそして 「あのパコだって,歌伴奏を存分にやったうえで現在があるんだぞ、それぐらいのCDレコードは日本でも売っているのだろうから、聞いてきているだろう?」とも何気ないレッスン中の会話でも、パコの話は常に現れる・・・そして 恥ずかしい話ですが、当時、確かに日本で何枚かは持っていたもののとても「聴いてきた」と言える質のものではなく、「何となく音を流して聞いた気分になっていた」というのが的確な表現かもしれませんね・・・レッスンの後、セビージャの電気屋さんを駆け巡り「小さなCDラジカセ」と、なぜか? スーパーで平積みになっているパコが歌伴奏していた中古CDを発見し購入!恐るべしスペインですね・・・★CD/カンテ・フラメンコの名花/パコ・デ・ルシア/POCF-2003
2021.02.04
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