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今日、ノートパソコンを起動したら・・インターネットが繋がらない。2分くらい放電させた後、無事ネットも繋がったし、ワードも起動したし、USBメモリも繋がったし、ひと安心してシャットダウン。しかし、1時間前に起動してインターネットが再び繋がらない!しかもUSBメモリも認識しない。シャットダウンは出来たものの・・一体どうなっているのか?
2013年01月31日
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さっき、「金の鐘を鳴らして」の33話をUPしていないことに気づきましたよorzちゃんと確認しないとなぁ。
2013年01月29日
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『止めろ!』正義とクラリッサの間に、中川が割って入ってきた。彼の鮮血が正義の頬に飛んだ。「中川さん、しっかりしてください!」「正義、生きろ。」首を切られた中川は、息も絶え絶えにそう言うと正義を見た。「必ず、朝敵の汚名を晴らしてくれ・・」「わかりました。」「頼むぞ・・」中川はそっと正義の手を握ると、数回痙攣した後果てた。(中川さん・・俺が必ずや、朝敵の汚名を晴らしてさしあげます。だから・・そのときまで俺のことを見守ってください。)『マサ、火事よ!』奥の方から火薬のような臭いがしたかと思うと、厨房の扉の下から黒煙がまるで蛇のようにスルスルと出てきた。『この家はわたくしにとって苦痛しか与えなかった!お前を手に入れられない以上、燃やしてやる!』そう言って目を見開いたクラリッサの顔は、狂気に満ちていた。『そこを退け!』正義は自分の前に立ち塞がるクラリッサの頬を殴りつけると、彼女は階段から転がり落ちてピクリとも動かなくなった。『逃げるぞ、アリエル!』『ええ。』中川の遺体を背に担ぐと、正義はアリエルとともに炎に包まれるアルネルン子爵邸から脱出した。この火事によって、近隣の民家5軒が全焼した。正義は命からがら逃げ出したものの、左足に火傷を負っていた。『マサ、気分はどう?』『いいよ。』入院先の病室で、アリエルは正義の左足に巻かれた包帯を見て俯いた。『ごめんなさい、わたしの所為で・・』『何を言うんだ、アリエル。君の所為じゃないよ。それよりも、中川さんの遺体はどうした?』『彼の遺体なら、荼毘に付されたわ。』アリエルはそう言うと、白い布に包まれた中川の遺骨を正義に見せた。『そうか。生きて中川さんと帰ることはできなかったが、魂は共に帰れるな。』『ねぇマサ、ひとつお願いを聞いてもらってもいいかしら?』『ああ、何なりと。』『あのね・・わたしとずっと一緒に居てくれる?』アリエルからプロポーズされ、正義は頬を赤く染め、返答に困った。『・・ああ、わかったよ。』 退院後、正義はアリエルの養父母に彼女と結婚することを話すと、彼らは正義のことを家族の一員として歓迎してくれた。『マサ、結婚おめでとう。』『ありがとう、ジュリアン。』新緑の季節に行われた二人の結婚式には、ジュリアンをはじめ、大学の友人達や教授達、そしてアリスが出席してくれた。『おめでとう、二人とも。あなた達はいつかこうなるとわかっていたわ。』鮮やかな緑のドレスを纏ったアリスは、そう言って新郎新婦に微笑んだ。『ありがとうございます、アリス様。』『アリエル、お幸せにね。じゃぁわたしはこれで失礼するわ。』アリスはそう言って彼らに背を向けると、表で待たせていた馬車へと乗り込んだ。 数日後、正義とアリエルは港でアリエルの両親に別れを告げ、船へと乗り込んだ。『やっといけるのね、あなたの故郷に。』『ああ。』正義はそう言うと、新妻の肩を抱いた。にほんブログ村
2013年01月20日
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1928(昭和3)年、9月。旧会津藩主・松平容保の孫娘・勢津子と、秩父宮雍仁親王(ちちぶのみややすひとしんのう)との婚儀が行われた。戊辰の戦に於いて、“朝敵”の汚名を着せられていた旧会津藩士達にとってこの出来事は、全身が震えるかのような感動的な出来事であった。その婚儀の様子を報じた新聞記事を読みながら、正義もまた、感動に打ち震えていた。『あなた、どうしたの?』『やっと、朝敵の汚名を返上できた・・』『まあ、良かったわね。』アリエルはそう言うと、夫の背中越しに新聞記事を覗き込んだ。『お仕事はもうよろしいの?』アリエルは正義にそう話しかけると、彼は眼鏡を外して目頭を押さえた。『ああ。』『生徒の皆さんには、あなたは体調を崩して休んでいると言っておきますね。』『余計なことを言うな。』『はい、わかりました。じゃぁ奥でスコーン焼いてきますから、お茶にしましょうか。』アリエルはそう言うと、キッチンへと向かった。 正義は溜息を吐くと、朝刊を折り畳んで椅子から立ち上がった。アリエルと結婚してから50年、正義は帰国してすぐ京都の大学で英文学の教授として教鞭を取った。稼ぎは少なかったが、アリエルは不平不満を言わずに自分を支えてくれた。二人の間には一男三女の子宝に恵まれたが、既に子ども達は結婚して独立し、今は夫婦二人暮らしだ。『手伝おうか?』『まぁお珍しい、あなたがお台所に行かれるなんて。』『そんな事を俺に言うな。これからの時代、男女関係なく家事が出来ないと結婚できなくなることがあるさ。』『だから、今のうちに家事を?さすが、わたしの旦那様ですね。』アリエルは嬉しそうに隣でスープを作っている正義を見ると、笑った。「先生、来ました~!」「おう、来たか!」正義は弾かれたようにキッチンからリビングへと出ると、そこには数人の学生達が息を弾ませながら彼を待っていた。『いらっしゃい。』『奥様、お邪魔しております。』『今スコーンを焼いているところなの。皆さんもよろしければどうぞ。』『ありがとうございます!』「お前ら、調子に乗りよって。余り妻をこき使うな。」「いいじゃないですか、奥様が作るスコーンは絶品なんですから。」「まぁ、それはそうだがな。」正義は照れ臭そうな顔をしながら、学生たちとダイニングへと向かった。 テーブルには、6人分の紅茶がグラスに入れて置いてあった。『まだまだ暑い日々が続きますからね。さぁどうぞ。』『ありがとうございます。』正義達の前に、焼きたてのスコーンが置かれた。「あの、先生はどのようにして奥様とお知り合いになられたのですか?」「話せば長いな。まぁ今日は仕事の予定はないし、スコーンでも食べながら話すとしよう。」正義は一口大にスコーンを齧ると、学生達に妻との馴れ初めを話し始めた。―FIN―あとがき『金の鐘を鳴らして』、これで完結です。幸せなアリエルと正義さんの生活をラストに書いてみました。にほんブログ村
2013年01月20日
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『あなたは?』『あなたの母親だと言っているじゃないの。どうして信じてくれないの?』クラリッサ=アルンネルンはそう言うと、アリエルの腕を掴んだ。『やめて、離して下さい!』アリエルはクラリッサの拘束から逃れるかのように身を捩(よじ)ったが、クラリッサは彼女を無理矢理馬車に乗せようとしていた。『お待ちください。突然あなたが母親と名乗り出ても、アリエルは混乱するだけです。お願いですから、落ち着いて三人で話す場所へ行きませんか?』『そうね。ではお二人とも、お乗りなさい。』『わかりました。アリエル、行こう。』正義はそう言ってアリエルに手を差し出したが、彼女はそれを握ろうとはしなかった。『アリエル?』『わたし、行きたくない・・』アリエルの顔は、少し恐怖に引き攣(つ)っていた。『大丈夫だ、俺がついてる。』『そう。マサが言うなら、一緒に行くわ。』アリエルはそう言うと、正義の手を握り、馬車へと共に乗り込んでいった。 二人が大きな邸の前に着いたのは、貧民街の中にある病院を後にして30分後のことだった。『さあ、あちらで暫く待っていてね。お友達からパリの美味しいマカロンを頂いたのよ。』客間へと二人を通した後、そう言ったクラリッサの顔は何処か嬉しそうだった。『ねぇ、わたし本当にあのおばさんの子どもなの?』『わからないよ。アリエルは、彼女が言ったことが真実だと思うの?』『いいえ。わたしは貴族の娘なんかじゃない、ロンドンで仕立て屋を営む、アーリア家の娘よ!』そう言ったアリエルの瞳は、まっすぐだった。『え、ここでは暮らせない?どうして?』『わたしはあなたの娘ではありません。』『あなたがそういうのはわかるわ。でも、実の母子として今からでも一緒に・・』『突然やってきて、あなたのことを母親だと言われてもわかりませんし、わかりません。それに、わたしの両親は、今までわたしを育ててくれたアーリア夫妻です。』『あんな貧乏人の何処がいいって言うの!?どうして誰もわたくしを認めてくれないの!』クラリッサは突然ヒステリックに叫んだ後、紅茶を入ったカップをテーブルから叩き落した。『帰りましょう、マサ。』『では、これで失礼致します。』正義の手を掴み、アリエルは床を拳で叩きつけながら嗚咽を漏らすクラリッサを冷たい目で睨んだ後、そそくさと客間から出て行った。『無駄足だったわね。さっさと日が暮れる前に帰りましょう。』『ああ、わかった。』正義とともにアリエルが玄関ホールへと向かおうとした時、二階の部屋から誰かが出てくる人影の気配がした。「正義?」「中川さん、どうしてここに?」「それは・・おい正義、危ない!」中川の鋭い声に、正義が振り向くと、そこにはクラリッサが今まさに自分にナイフを突き立てようとしているところだった。正義はとっさに身を捩り、クラリッサに足払いを食らわせた。『娘は誰にも渡さない!』『狂ってる。あなたは自分のことしか考えていない!』『うるさい、黙れ!』正義の言葉に激昂したクラリッサは、彼に向かってナイフを振り上げた。にほんブログ村
2013年01月20日
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『・・貴様、また来たのか?』ドアの近くに人の気配を感じた中川は、またあの女が来たことを知り顔をしかめた。『ねぇ、こんな不潔な所よりも、わたくしの家で暮らさないこと?』『お断りだ。』中川はそう言うと、枕を投げた。『あら、元気だこと。その様子じゃ、すぐに退院できそうね。』その女性は、中川の頬を撫でた。『あなたはわたしに恩がある筈よ。あの時、わたしが助けなかったらあなたは死んでいたのよ。』女性は勝ち誇ったような笑みを浮かべると、中川は彼女にそっぽを向いた。『今日は帰るわ。いい返事を待っているわね。』ドアが閉まった後、中川は深い溜息を吐いた。(全く、嫌な女だ・・) 中川はあの女性―アルネルン子爵夫人と出会ったのは、テムズ川が凍結した冬の夜のことだった。渡英したものの、商売の共同経営者に逃げられ、無一文となったところに馬車が突っ込んできた。その馬車には、劇場帰りのアルンネルン子爵夫人が乗っていたのだ。『あなた、大丈夫?』そう言って自分を助け起こしてくれた彼女はあの時天使に見えたが、今になって思えばあれも作戦のうちだと考えれば、納得がいった。あの女に魅入られたときから、中川の終わりのない悪夢は始まったのだ。『わたしと一緒に暮らさない?』 彼女がそう言い出し始めたのは、去年の夏ごろだった。彼女がそう言い出した理由は、子爵夫人が産み、生き別れた娘・アリエルを引き取ろうとしていることだとわかっていた。『あの子には父親が必要なのよ。だから、あなたが父親になってちょうだい。』一方的に理不尽な要求ばかり押し付けてくる彼女のことを、中川は最近辟易していた。視力さえ戻れば、あの女から逃げられるのにーそう思いながらもままならない己の身体に、中川は焦りを感じ始めていた。「中川さん。」 数日後、正義はアリエルとともに中川とともに彼の病室へと向かうと、そこには何もなかった。『すいません、この部屋に居た患者さんは何処へ?』『ああ、彼なら今朝早く退院されましたよ。』『退院?』看護師の言葉を聞いた正義は、アリエルと顔を見合わせた。『あなたのご友人、一体何処へ消えてしまったのかしら?』『さぁ、見当もつかん。盲目の中川さんが一人で勝手に退院するわけがないし・・』正義がアリエルと中川の退院についてそう話しながら病院の外から出ると、突然彼らの前に一台の馬車が停まった。『アリエル、迎えに来たわよ。』『あなたは?』『わたしはあなたを産んだ、実の母親よ。さぁ、お母様と一緒にお家に帰りましょう?』そう言った女性の目は、全く笑っていなかった。にほんブログ村
2013年01月20日
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「中川殿、その目は?」「ああ、これか?これは戦で敵の砲弾が目に当たってな。命拾いはしたが光を失ってしまった。」「そうですか・・てっきり死んだものだと思っておりましたから、こうして再び会えるとは・・」正義はそう言って少し涙ぐみながら、中川の手を握った。「わたしも、そなたに再び会えるとは思ってもみなかった。詳しいことは中で話そう。」「はい。」 中川の病室に入ると、そこは花すらも飾られていない殺風景な部屋だった。「こんなところで、中川殿は暮らしておられるのですか?」「ああ。さっき言ったように、わたしは光を失ってしまったからな。耳と手足はついておるから、何があっても生きてゆける。」中川はそう言ってベッドの端に腰を下ろすと、何かを手探りで探し始めた。「どうしました?」「これを、お前に渡そうと思ってな。」中川はシーツの下から取り出したものは、朱塗りの櫛だった。「中川殿、俺は女子ではありませんよ?」「そうであったな。だがお前に槍の稽古をつけていた頃、お前の姉と並んで槍を振るっている時、女子かと思うほど華奢な体つきをしていた。今はさぞや立派な青年に成長しているだろうな。」そうしみじみとした口調で話す中川の姿を見た正義は、今にも泣き出しそうになったが、それをぐっと堪えた。 彼が失明したことを嘆いても、憐れんでもいけない。それは彼がもっとも嫌うことだと、正義はわかっていた。彼はいつだって誇り高い侍だ。目が見えないことで、中川が特別扱いを受けることを一番嫌う性格だということを幼い頃から家族ぐるみで付き合っていた正義は知っていた。「正義、勉強はどうだ?捗っておるか?」「はい。この前の試験で全科目首席となりました。」「それはようやった。あの世でお前の姉上と兄上は喜んでおられることだろう。」「ええ。」それから、正義は中川と昔話に花を咲かせながら、互いの近況を報告しあった。「では、また来ます。」「ああ、いつでも来い。待っておるぞ。」 病院を出た正義が寒さに身を震わせながら人気のない通りを歩いていると、向こうから貧困層が住むこの通りには似つかわしくない四頭立ての馬車がやって来た。正義は脇に立つと、馬車の窓から見覚えのある女性が顔を出していることに気づいた。(あれは・・)馬車はやがて、中川が入院している病院の前に停まった。(一体あの方は、あの病院に何の用なのだろう?)正義は首を傾げながら、馬車の中からあの女性が出てくるところを見た後、通りを足早に立ち去った。『あの方は?』『今はお休みになられております。』『そう・・』 馬車から降りた一人の女性は、看護婦の言葉を聞くと不安定な階段を慣れた様子で上り、中川の病室へと入った。『良く寝ているわ・・』彼女はうっとりとした表情を浮かべながらそう言うと、そっと中川の頬を撫でた。にほんブログ村
2013年01月18日
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「それで?何故今更になって俺に会いに来たのですか、父上?」「・・お前が会津で辛酸を舐めたことは知っておる。」「そうですか。戦火に包まれた故郷を捨てた人間には到底わからぬでしょうね。」正義の言葉は棘を含んでいた。彼は父親を睨みつけながら、椅子の上に腰を下ろした。「それは、事情があったからで・・」「いいわけなど聞きたくありません!あなたは会津から、俺達家族の元から逃げた!あなたは卑怯者だ!」正義に罵倒されても、正成は何も言わずに黙っていた。「確かに、わたしは卑怯者だ。今更のこのことお前の前に顔を出せる立場ではないことくらい、わかっている。だがこうしてお前の前に顔を出したのは、頼みがあるからだ。」「頼み、ですか?」「ああ。お前、中川殿を覚えておるか?」「中川殿、ですか?」正義の脳裏に、武芸師範であった中川道義の顔が浮かんだ。彼は確か、籠城戦で討ち死にした筈ではなかったか。「中川殿は戊辰の戦で亡くなられた筈。何故、中川殿の話が?」「中川殿は死んではおらぬ。生き延びていたのだ。」「何と・・」正義は中川が生きていることを知り、絶句した。「ここに、中川殿が居る。」正成はそう言うと、一枚の紙切れを正義に渡した。「今度暇がある時にここに書かれている住所へ行くがいい。」「そうですか。わかりました。」「これで、失礼する。」ほんの数分間の、短い父子の会話はあっけなく終わった。(確か、ここだな・・) 数日後、正成から渡されたメモを頼りに、正義はそこに書かれている住所がある路地へと入った。辛うじて人一人が通れる程の広さがある道を歩くと、急に広場のようなところに出た。 中央には噴水があり、その向こうには近くにある工場の煙によって黒くなっている煉瓦造りの建物が見えた。そこには“ヴィトラム病院”と、銅版に刻まれてあった。『すいません・・』『なんだい?』病院内は狭く、冬だというのに熱気がこもって暑苦しかったし、その上動物園のように耳を劈くほどの騒音が絶えず響いていた。正義は看護婦の詰め所で大声を上げていると、関取のような看護婦が巨体を揺らしながら不機嫌そうに正義を見た。『この病院に、ナカガワっていう人が居ると聞いたのですけれど・・』『ああ、あの人かい?あっちの階段を上がってすぐのところに居るからね。』看護婦はそう言うと、再び巨体を揺らしながら奥へと消えていった。 数分後、正義は赤茶けて錆びた階段の手摺りを掴みながら、二階へと上がった。一階もひどい有様だったが、ここは一階以上に酷いもので、病室の前には患者の排泄物らしき悪臭がひっきりなしに漂ってきた。正義はなるべく息をしないように努めながら、奥の病室の前へと立った。「中川殿?」ドアをノックしたが、中から返事がなかった。こんな酷い場所には中川はおらず、父は嘘を吐いたのではないかと正義がそう思い始めたとき、軋んだ音とともにドアが開いた。「その声は・・正義か?」耳元に懐かしい声が聞こえたかと思うと、両目に包帯を巻いた男が正義の前に現れた。彼こそが、正義がかつて尊敬してやまなかった旧会津藩武芸師範・中川道義だった。にほんブログ村
2013年01月18日
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アリスがグスタフに一方的に婚約破棄を告げた頃、正義の下宿先には日本から一通の手紙が届いていた。そこには、母が危篤であるから早く帰国しろという旨が書かれてあった。『どうしたの、マサ?』『母が、危篤だと・・』『まぁ、何ですって!?』アリエルはそう言うと、蒼褪めている正義の身体を支えた。『ねぇ、これからどうするの?日本に帰るの?』『そうするかもしれない。だが、俺にはまだここでやることがある。母上は自分のことよりも、俺の身を案じて帰るなとおっしゃってくれる筈だ。』 母の容態が気がかりだったが、正義は日本に帰国しなかった。英国に留まり、学問を修めることこそが母の為、そして自分の為でもあると正義はそう信じていた。「正義、母上のことは残念だったな。」 翌日、正義は義則と会い、母親の訃報を知った彼から哀悼の言葉を聞いた。「母上は今頃、あの世で姉上や兄上と共に俺のことを見守っておられることだろう。」「そうだな。そういえば、お前のことを近くの書店で尋ねていた男が居たぞ。」「本当か、それは?」「ああ。身なりは和装で、言葉にかすかに会津訛りがあった。それに、右頬に傷があった。」義則の言葉を聞き、正義の眦がかすかにつり上がった。右頬に傷がある会津訛りの男―それは義則が生まれる前に行方を眩ました父・正成に間違いなかった。「それで、お前は何と答えた?」「余り詳しいことは言わなかった。ただ、あの男は少しやつれていたな。」「そうか・・」正義は本を開きながら、試験勉強を再開した。 年明けに始まった四日間の試験で、正義は全科目首席という優秀な成績を修めた。「俺はお前を誇りに思うぞ。」「ありがとう。母上にこのことを報告できなかったのは残念だ。」正義はそういいながら、天を仰いだ。『マサ、また手紙が届いているわよ。』『ありがとう。』日本から来た手紙を正義が目を通すと、そこには父・正成がロンドンで見つかったという内容が書かれていた。『どうしたの?』『いや、何でもない。』正義はそう言って暖炉で手紙を燃やした。 今更父は、何故自分の前に姿を現したのだろうか。父の目的がわからぬ今、正義は父とでくわさぬことを祈りながら、自分の部屋へと引き上げていった。翌朝、正義がベッドから起き上がると、階下でドアを叩く音が聞こえた。こんな朝早くに誰だろうと思いながら正義がドアを開けると、そこには父が玄関先に立っていた。「久しぶりだな、正義。」「父上、一体何をしにきたのです?」正義はそう言うと、正成を睨みつけた。「そなたの前に今頃姿を見せるのも、ずうずうしいと思っている。だが、話をさせてくれないだろうか?」「わかりました。」正義は渋々と正成を家の中へと招き入れた。にほんブログ村
2013年01月18日
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あの舞踏会から数日が経ち、アリスがあれから一体どうなったのか知りたい正義は、ブリュノー伯爵家へと向かった。『アリス様はおられますか?』『アリスお嬢様は体調が芳しくなく、誰ともお会いしたくないとの仰せです。』『そうですか・・では彼女に宜しくとお伝えください。』正義は伯爵家のメイドから門前払いを食らい、溜息を吐きながらブリュノー伯爵家を後にした。あの夜のことは、彼女にとって遊びには過ぎなかったのだろうか。(忘れろ、あの夜のことは。)アリスへの想いを振り切るように、正義は前を向いて歩き出した。 一方、アリスは自室の鏡で赤紫色に腫れあがった頬を見た。『お嬢様、失礼致します。』メイドが部屋に入ってくると、アリスは醜い痣を化粧で隠そうと必死に白粉をはたいていた。『まぁ、こんなお顔になられるまで殴るだなんて・・』『あの人の虫の居所が悪かっただけよ。わたくしは大丈夫だから。』『ですが・・いくら婚約者だからって、お嬢様に手を上げる権利などありません!』『お前は優しいのね。もう自分の持ち場に戻りなさい。お母様に怒られてしまう前に。』『わかりました、では失礼致します。』メイドは頭を下げて部屋から出て行くと、厨房へと戻った。『あんた、何処行ってたんだい?』『アリスお嬢様のお部屋へお花をお届けに。』『さっさと仕事しとくれよ、今日は忙しいんだからさ!』メイドはできたての料理を皿に載せながら、ワゴンを押して厨房から出て行った。『いやぁ、結婚式が待ち遠しいですな。うちの息子がアリス様のような聡明なお嬢さんをもらう事になるとは。』『あら、わたくし達も娘がこんなにも早く結婚するとは思いもしませんでしたわ。』アリスの両親は、突然やって来たグスタフと彼の両親に面食らいながらも、シェフが作らせた最高の料理で彼らをもてなし、いつしか子ども達の結婚話となった。『これから、親戚同士となられるんですね。娘を余り苛めないでくださいね?』『こちらこそ、宜しくお願いいたします。』双方の両親がそれぞれ握手をしていると、アリスがダイニング・ルームに入ってきた。『あら、いらしていたのですか。』アリスは不機嫌さを微塵も隠そうとせずに、そう言ってグスタフ達を見た。『アリス、結婚式のことでグスタフ様とお話を・・』『その必要はありませんわ、お母様。』アリスはそう言うと、グスタフに贈られた婚約指輪を左手薬指から抜いて彼に手渡した。『今この場で、わたくしとグスタフ様との婚約は解消いたしましたから。アグネス、出かけるわ。』『は、はい、お嬢様!』アリスはくるりとグスタフ達に背を向けると、さっさと家から出て行った。『お嬢様、あのようなことをなさっても大丈夫なのですか?』『構わないわ。どうせあの人には女が星の数ほどいるでしょうから。』馬車に揺られながら、アリスはグスタフの面食らった顔を思い出しながら笑った。 今までにない爽快な気分を彼女は今、味わっていた。にほんブログ村
2013年01月18日
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『一体何をおっしゃっておられるのか、わかりかねますが?』正義は怒り狂ったサザーランド教授を前に、冷静な口調で話しながら彼を見た。『うるさい、全てお前の所為だ~!』サザーランド教授は、怒り狂いながらステッキを闇雲に振り回した。『お前が全てを壊したんだ!』この男には何を話しても通じないーそう判断した正義は、余りサザーランド教授を刺激しないよう、慎重に言葉を選びながら彼に話しかけた。『理事長、ここは穏便に・・』『うるさい!』サザーランド教授はそう言うと、巨体を揺らしながら正義に突進していこうとしていた。もはや、彼とはまともに会話できる状態ではないと判断した正義は、サザーランド教授が自分の眼前に来た瞬間、素早く身をかわした。 彼は素っ頓狂な叫び声を上げながら、池の中へと勢い良く入っていった。『うわぁ~!』サザーランド教授は極寒の池で激しい水音を立たせながら、必死に岸へとたどり着こうとしていた。『申し訳ございません、それでは失礼致します。』正義はそう言って頭を下げると、そそくさとその場を後にした。『やめて、離して!』『うるさい、俺の言う事を聞け!』 一方、人気のない森へとグスタフに連れてこられたアリスは必死に彼に抗ったが、グスタフはアリスを離さなかった。『一体あなたは何が目的なの?』『あいつは誰だ?』『あいつって?』『お前と踊っていた奴だよ!一体何処のどいつなんだ!』『あの人は、日本から来た留学生よ。あなたよりも紳士的で、暴力的な態度を取らない人よ。』『何だよそれ・・俺が暴力的な男だって言ってるようなもんじゃないか!』『だってそうでしょう、今あなたがわたしにしていることは何?これでも紳士的に振舞っていると思っているつもりなの!?』『うるさい!』グスタフはそう叫ぶと、アリスの頬を叩いた。じわりと叩かれた頬が少しずつ痛んでくるのがわかり、アリスは彼の前で泣きそうになったが、貴族のプライドがそれを許さなかった。 “貴族の令嬢は、いついかなる時も己の感情をあらわにしてはいけない。”幼い頃から淑女としての心得を叩き込まれ、感情を表に出さないことが唯一の美徳とされた。だから、いつの間にかアリスは感情を表に出さないようにしていた。今、グスタフに罵倒されている間も、怒りを全く顔に出さずに俯きながら。『何とか言ったらどうなんだ!?』『・・ごめんなさい、わたしが悪かったわ。』『それでいいんだ。二度と俺に逆らうな!』嗜虐的な笑みを口元に閃かせながら、グスタフは満足した様子でそう言うと、アリスを森の中へと置き去りした。 アリスは溜息を吐くと、涙を流した。(もう嫌よ、こんな生活・・)人気のない森の中でひとしきり涙を流すと、アリスは馬車が停まっている場所へと戻っていった。いつものように凛とした、冷静沈着な貴婦人の仮面を被って。にほんブログ村
2013年01月17日
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『初めてにしてはお上手ね。』『実は、初めてではないのですよ。渡英する前に、何度か船上で練習したんです。まぁ、船はいつも揺れてましたから、踊ることで船酔い防止にはなりましたけど。』『まぁ、それは良かったこと。』ワルツのステップを踏みながら、正義はアリスに、渡英前の武勇伝を聞かせた。『あなたがさっきお話なさったレディ・ヤエー銃を持って敵を蹴散らすだなんて、まるでフランスを救ったジャンヌ=ダルクのようね。』『ええ。八重様は俺達に射撃の訓練をつけてくださいました。明治の世となっても、あの方は逞しく生きておられることでしょう。』故郷・会津の話となると、正義は饒舌となり、その瞳は美しく輝いた。そんな彼の横顔を見ながら、アリスはひたすら己の道を貫く彼の生き様を羨ましく思った。そして、半月後に控えている結婚式のことを思うと、彼女は憂鬱な気分になった。 陸軍将校・グスタフは、粗忽で女癖が悪い男で、貴族の爵位と財産が欲しいが為に、アリスと婚約しただけだった。グスタフの家は貧しく、学校も碌に通わせて貰えなかった彼の唯一のとりえは、腕力と喧嘩が強いことだった。だから彼が軍隊に入ったのは、自然の流れと言われれば当然のことだった。 彼が付き合う女達は、一夜限りの関係を喜んでもち、男とわかれば股を開く売春婦達だった。しかし、アリスとの縁談が調い始めたとき、グスタフは女性関係を清算し、アリスを愛すことを誓った。それがうわべだけのものだと思っていたアリスだったが、彼の気持ちは本物だった。 アリスを何とか振り向かせようとあらゆる手を尽くしたグスタフだったが、彼が贈るどんな高価なプレゼントには一度も彼女は見向きもしなかった。だがいつか、彼女は自分に振り向いてくれる筈だとグスタフは信じていた。彼のその自信に満ちたプライドは、目の前に繰り広げられる一組のカップルのダンスを前にして粉々に砕け散った。アリスの笑顔は常に、彼女の前に立っている東洋人の留学生に向けられていた。彼が何かを言うと、アリスは自分に見せたことがない笑顔を浮かべている。(どうして、あいつにだけそんな顔をするんだ?)グスタフの中で、激しい怒りの渦が巻き起こった。『ねぇ、後でこっそりと二人で抜け出さないこと?』『いいですね。』正義とアリスが舞踏会をこっそりと抜け出す算段をしていると、突然アリスの腕を折れそうなほど掴みながら、グスタフが彼女を自分の方へと引き寄せた。『そこで何をしてるんだ、アリス!』『何をなさるの、グスタフ?乱暴な真似は止して!』『うるさい、お前が悪いんだ!』怒りで沸騰したグスタフは、感情に任せて公衆の面前で彼女の頬を平手で張った。『お前は一体何様のつもりだ、こんな男に尻尾を振って!』『何をなさるの、グスタフ!』アリスは必死に抗ったが、男の腕力に叶うはずもなく、彼女はグスタフによって外へと引きずり出された。『アリス様!』正義はグスタフに引き摺られてゆくアリスが消えていった方向へと走っていこうとすると、サザーランド教授の巨体に遮られた。『どうかそこを退いていただきたいのですが、理事長?』『嫌だ。お前の所為で我が家の地位は地に墜ち、エリザベス一世の御世に築き、培われてきた名誉は泥に塗れようとしている・・お前の所為でな!』サザーランド教授はそう叫ぶと、正義を睨みつけた。にほんブログ村
2013年01月17日
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冬の社交シーズンは、夏のそれと同じように貴族達を怠惰や享楽という名の悪魔が誘惑してくる季節だ。 それは、サザーランド教授にとっても例外ではなく、彼は古くからの友人のクリスマスパーティーへの招待状が山のように届いた。彼はそれらの返事を自分で出すのではなく、使用人達―特に自分に忠実に父の代から仕えてくれる執事長にやらせていた。それは大した問題ではなく、サザーランド教授はここ最近5キロほど太ってしまった。原因は、高蛋白質な食事三昧の食生活と酒、煙草漬けの生活を全く改めようとはしないからだった。妻のバーサはそんな夫の生活を改善させようとしたが、結局無駄に終わってしまい、彼女は夫の傲岸不遜な態度に嫌悪感を抱きつつも、数年前に病で逝った。口うるさい妻が居なくなり、サザーランド教授はエデンの楽園で禁断の果実を齧り神に追放されたアダムのように、彼はまっすぐに堕落の底無し沼へと陥っていった。「旦那様、お手紙が届いております。」「ここに置いておけ、後で読む。」「それが・・警察からなのです。」「何だと!?」サザーランド教授は白目を剥かんばかりに驚くと、執事長から警察からの手紙をひったくるようにして受け取った。『大変残念ですが、あなた様の甥御様は精神状態が不安定な上・・』封を切り便箋の上に綴られた流麗な文字を、サザーランド教授は最後まで読むことなく、それを暖炉にくべた。「旦那様?」「済まないが、一人にしてくれないか?」「かしこまりました。」執事長は主の命令に従うと、そそくさと部屋から出て行った。その後、部屋の中から何かが割れる音が聞こえたが、彼は無視して次の仕事―一週間後に控えた舞踏会の招待客リスト作りへと取り掛かるために、自室へと向かった。「お嬢様、こちらのエメラルドのネックレスの方が似合うのでは?」「そうね。たまにはエメラルドもいいかも。エメラルドの方が、このドレスを上手く引き立ててくれるもの。」そう言ったアリスは、嬉しそうに鏡の前でエメラルドのネックレスを胸の前で翳した。「あらアリス様、御機嫌よう。」「御機嫌よう、皆さん。」「エメラルドのネックレス、とても良くお似合いですわ。」「あら、ありがとう。ではまた後でお話致しましょう。」弟のゴシップについて色々と聞きたくて堪らないといったような顔をしている令嬢達の脇を擦り抜けながら、アリスは友人達と談笑している正義の方へと歩いていった。『マサ、お久しぶりね。』『アリス・・』 突然肩を叩かれ、正義が振り向くと、胸元にエメラルドのネックレスを輝かせているアリスを、正義は暫し見惚れてしまった。『どうしたの?』『いいえ。今宵のあなたはとても綺麗だなと思って。』ありきたりなお世辞に、正義は我ながら苦笑したが、アリスは嬉しそうに笑った。『わたくしと踊っていただける?』『もちろん、喜んで。』正義はアリスの手を取り、滑るように踊りの輪へと加わった。にほんブログ村
2013年01月16日
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正義は通り魔の刃を受け、肩を押さえながら灯りの下に照らされた通り魔の顔を見て絶句した。 その通り魔は、アンドリューだった。いつも整髪料でオールバックに纏めている髪はぼさぼさに乱れ、目の下には黒い隈に縁取られており、顔は蒼褪めていた。『お前が、通り魔か?』『うるさい、僕がこうなったのは全てお前の所為だ!死ねぇ!』アンドリューは怨嗟の言葉を吐きながら、正義にナイフを振り上げた。その時、彼は自然に身体が動き、アンドリューに足払いを食らわせ、彼の手からナイフが路上に弾け飛んだのを確認すると、彼の華奢な身体を顔面から石畳の地面に叩きつけ、彼の腕をねじり上げて馬乗りになった。『お巡りさん、こっちよ、早く来て!』バタバタという慌しい数人分の足音が聞こえ、アリエルが数人の警官を連れて正義達のところへとやって来た。『この人が通り魔よ、早く捕まえて!』『さぁ、立つんだ!』『離せぇ~、僕を誰だと思ってるんだ!』警官たちに罵声を浴びせながら、アンドリューは彼らと共に夜の闇の中へと消えていった。『大丈夫、マサ?』『ああ。アリエル、何時の間に警官を連れて来たんだ?』『あなたがアンドリューを押さえつけている間よ。近くに警官が巡回していたから、助かったわ。』アリエルはそう言って安堵の表情を浮かべると、正義の肩に腕を回した。『大丈夫、歩ける?』『ありがとう、俺を許してくれて。君には一生、口を利いてくれないのかと思ったよ。』『ばかねぇ、そんなことしないわ。もうとっくにわたしはあなたのこと、許したわ。』そう言って自分に微笑むアリエルの姿が、まるで天使のように見えた。 翌朝、ロンドンを恐怖に陥れた通り魔が捕まったことは、瞬く間に広まった。『なぁ、犯人はあのアンドリューだってさ!』『本当か!?』『ああ、何でもマサがあいつを捕まえたんだってさ!』『マサが!?』『まぁ、アンドリューの奴、大学を退学してから阿片窟に入り浸っていたからな。薬欲しさに強盗でも働いていたんじゃないの?』『確かに。あいつなら有り得そうな話だよな!』自分の甥のことを笑い合いながらそう話す学生達の一団を理事長室の窓から見下ろしながら、サザーランド教授は悔しそうに怒りで赤らんだ顔を醜く歪めた。(今回のことも、アンドリューが退学したのも、全部あいつの所為だ!)サザーランド教授は、徐々に正義への憎悪を募らせていった。にほんブログ村
2013年01月16日
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正義がドアを開けると、地面には一人の学生が血まみれで倒れていた。年の頃は自分と同じ20代で、アジア系だった。「おい、しっかりしろ!」正義は学生の身体を揺さ振りながら彼に呼びかけると、まだ彼は息をしていた。『アリエル、医者を呼んできてくれ!』『わかったわ!』アリエルはランプを掴むと、医者を呼ぶ為に暗闇の中を走っていった。 医者が到着するまで、正義は学生が胸から出血していることに気づき、傷口を止血した。「聞こえるか?しっかりしろ!」「う・・」学生は、血塗れの手で正義の腕を掴んだ。ゆっくりと彼は目を開けた。「正義・・」「何故、俺の名を知ってる?」「俺のことを、忘れたか?俺は、義則だ・・」「まさか・・」正義の脳裏に、日新館で共に学び、戊辰戦争で共に戦った親友の顔が浮かんだ。「義則、義則なのか?」「ああ、そうだ。久しぶりだな。」「一体どういうことだ?何があったんだ?」「普通に道を歩いていたら、通り魔にナイフで胸を刺された。」「急所は外れているから、大丈夫だ。今医者が来る、それまで諦めるな!」「わかった・・」正義の親友・中田義則はそう言って目を閉じた。 数分後、病院に運ばれた義則は、一命を取り留めた。『マサ、良かったわね。』『ああ。アリエル、医者を呼んでくれてありがとう。』『いいのよ。彼とあなたが親友だったのよね?』『ああ。あの戦争が終わってから消息がわからなくなっていたが、こんなところで再会できるなんて思ってもみなかった。』『よかったわね。』アリエルはそう言うと、正義に微笑んだ。『あのねマサ、この前のことだけど・・』『あれは俺が悪いんだ。君の心を深く傷つけてしまったんだ。許してくれなんて軽々しいことは言えない。』『いいの、わたしあのときどうかしてたのよ。その所為であなたに嫌な思いをさせてしまったわね、ごめんなさい。』アリエルは正義に頭を下げると、彼に抱きついた。『ねぇ、彼はどうしてあんな場所に居たのかしら?』『通り魔に襲われたんだ。』『通り魔?もしかして最近、ロンドン市内で多発してるっていう?』『ああ。何処の誰なのかわからないから、不気味で仕方がない。』アリエルとともに病院から出た正義は、昼間の喧騒と比べ、夜は静まり返ったロンドンの街を歩きながら、何処かの路地裏で通り魔が息を潜めているのではないのかという恐怖を抱き始めた。『どうしたの、マサ?』『いや、なんでもない。』正義がそう言ってアリエルのほうへと顔を向けると、奥で何かが光ったような気がした。『アリエル、危ない!』きらりと鋭いナイフが光ったかと思うと、それは正義の肩先を切り裂き、石畳の路上に鮮血が飛び散った。『誰か、助けて~!』にほんブログ村
2013年01月16日
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正義の裏切りを目の当たりにしたアリエルは、その日から口を利いてくれなくなった。アリエルに嫌われて当然だと正義はそう思いながらも、憂鬱な気持ちで大学へと向かった。『マサ、おはよう。』『おはよう・・』『どうしたの、元気ないみたいだけど?』大学構内を歩きながら、ジュリアンはそう言って正義の顔を覗き込んだ。『試験があるから、少し神経質になっているんだ。』『そうか。あんまり根詰めない方がいいよ。』ジュリアンは正義を励ますかのように肩を叩くと、彼より先に教室の中へと入っていった。(全く、何をしているんだ、俺は。)アリエルとアリスとの一件で、正義の強靭な精神力が今にも音を立てて砕け散りそうだった。しっかりしろと自分を叱咤しながら、正義はその日も徹夜した。『マサ、勉強の方はどう、はかどってる?』『まぁな。』『さっきね、君が他の学生達と同じように試験を受けられるって、ノーザンランド教授が言ってたよ。』『それは、本当なのか?』『うん。何でも、ノーザンランド教授や学長が理事長に抗議したってさ。余りにも公私の区別を弁えなさ過ぎている、非常識だってね。』『そうか、それはよかった・・』正義の脳裏に、地団駄を踏んで悔しがる理事長の姿が浮かんだ。『畜生、何だってこんな目にわたしが遭うんだ!』サザーランド教授は自宅でそうヒステリックに怒鳴りながら安楽椅子を壁へと投げつけた。『旦那様、今大きな音が・・』『うるさい、放っておいてくれ!』ゼエゼエと荒い息を吐きながら、サザーランド教授は苛立ちを壁へとぶつけた。今まで自分の思い通りに事が運んでいたのに、急にそれができなくなってしまった。一体何故、こんなことになったのだろう。 今まで誰も、自分に逆らったりしていなかった。自分はあの大学の中ではエリザベス一世のように絶対的な権力を持っており、神以外自分に逆らう者は決して居なかった。それなのに、あの東洋人の留学生が来てからは、何もかもが上手くいかなくなっている。全て、あの学生の所為だ。あいつの所為で、自分の世界が崩壊していっているのだ。絶対に彼を許すものか―サザーランド教授は、怒りに滾ったブルーの瞳で、虚空を睨みつけた。『マサ、起きて!』真夜中近く、正義が勉強を終えてベッドで眠っていると、アリエルが寝室に入ってきた。『どうしたの?』『下に人が倒れているの!』『何だって!?』アリエルとともに正義が一階へと降りると、外から血の臭いがした。にほんブログ村
2013年01月16日
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正義がアリスの秘所へと手を伸ばし、指先でその固い蕾を愛撫すると、彼女は嬌声を上げた。『そんなに、気持ちがいいのですか?』『言わないで・・』アリスは恥らうように頬を赤く染めると、正義の背に爪を立てた。『本当に、抱いてもいいのですか?後悔することは・・』『ありません。』そう言ったアリスの瞳には決意の光が宿っていた。『わたくしが生涯愛するのはあなただけ。どうか、記念に残る夜にしてください。』『わかりました。』正義とアリスはもう、引き返せない道まで来ていた。ドア越しに聞こえる女の嬌声と正義のうめき声を聞きながら、アリエルはそっとドアを少し開け、中の様子を覗いた。ベッドの上で、正義が黒髪の女と獣のように交わっていた。女は正義に背を向けた格好で、アリエルをまるで嘲笑するかのように甘い喘ぎを漏らしていた。(その人は誰なの、マサ?)アリエルは密かに正義に憧れ、実の兄のように慕っていた。だが、そんな彼は今自分ではない女を抱いている。今すぐその場から逃げ出したいが、その場に根が生えてしまったかのようにアリエルは動けなかった。(どうしてこんなことができるの、マサ?)アリエルはそっと一階へと降りていき、自室に入るとシーツを頭から被って嗚咽した。 アリスと激しく愛し合った後、正義の全身からそれまで発していた熱が嘘のようにひいていった。それは同時に、彼が冷静さを取り戻すときとなった。(俺は、何てことをしてしまったのだ!)衝動的に貴族の娘であるアリスと肉体関係を持ってしまった。しかも彼女の叔父は、自分を目の敵にしているエールトン大学の理事長だ。彼女とのことが知られたら、一体どうなるのかわからない。緊張とストレスの所為で急に喉が渇いてきたので、正義が夜着を着ようとしたとき、もう隣にはアリスの姿はなかった。自分が寝ている間に帰ってしまったのだろうか。一階へと降り、キッチンへと向かうと、正義はアリエルが誰かと口論している声が聞こえた。『あなた、一体マサを誑かしてどういうつもりなの!?』『彼を誑かしてなどいないわ。それにあなたはマサの何なの?』『二人とも、一体そこで何をしているんだ?』『マサ・・』正義がキッチンへと入ると、そこにはアリエルとアリスが立っていた。『この子が、わたくし達に言いたいことがあるようよ。じゃぁわたくしはこれで。』アリスはそう言うと正義に頭を下げ、キッチンから出て行った。『わたし、昨夜見たのよ。あなたとあの人が・・裸で抱き合っていたのを。』アリエルの言葉を聞いた正義は、後頭部を金槌で殴られたような気がした。『わたし・・あなたのことが好きだったのに!軽蔑したわ!』『お願いだアリエル、聞いてくれ!』『あなたなんて大嫌いよ!』アリエルはそう叫ぶと、正義に背を向けて去っていった。 他人との信頼関係を築き上げてゆくには、莫大な時間と労力がかかる。しかし、信頼関係を崩壊させてしまうのは一瞬で終わる。その事を、正義は己の身を以って実感した。にほんブログ村
2013年01月11日
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『アリスさん、どうなさったんですか、こんな夜更けに?』アリスの突然の来訪に驚きながらも、正義は彼女がこんな寒い中外套を纏っていないことに気づいた。『少し待っていてください、今温かい飲み物を・・』『いいえ、結構ですわ。』アリスはそう言うと、部屋から出て行こうとする正義の腕を掴んだ。『わたくし、あなたのことをずっとお慕い申し上げておりましたの。』突然彼女からそう告白され、正義は驚愕の表情を浮かべながらアリスを見た。『いつからですか・・』『アンドリュー・・弟に決闘を申し込むと言ってやって来た時からです。』そう言ったアリスのアメジストの瞳が、熱で潤んだ。『マサヨシさん、わたくしは近々、両親が決めた相手と婚約することになるでしょう。』『・・それは、おめでとうございます。』正義がそういうと、アリスは落胆したかのような表情を浮かべた。『その人とはとあるパーティーで会いました。彼は軍人で、専ら戦場での武勇伝を語ることが好きな方です。』アリスはベッドの端に腰を下ろすと、一呼吸置いて次の言葉を継いだ。『わたくしがパーティーを途中で抜け出して帰ろうと馬車に乗ろうとしたとき、その人はわたくしを無理矢理力ずくで犯そうとしました。幸い、馬の様子を厩に見に行っていた御者のお陰で無事でしたが・・それ以来、その人とは結婚したくないという思いが・・』『そんなことがあったのですね。知りませんでした。』アリスの言葉に、正義は絶句し、彼女の手を握った。『今日もあの人が家に来て・・もう恐ろしくて家から飛び出してあなたの所に来てしまいました。』『アリスさん、今晩は少しこちらで休まれてはいかがでしょう?』『ええ、そういたしますわ。』アリスはそう言うと、正義に突然抱きついた。『アリスさん?』『お願いですマサヨシさん、たった一度だけ、一度だけでいいんです。わたくしを抱いてくださいませんか?』『それはできません。どのような事情があるにせよ、わたしはあなたを抱けません。』『これでも?』アリスは不意に勝ち気な笑みを浮かべると、正義の唇を塞いだ。『お願い、わたくしを抱いて。』耳元でそうアリスに囁かれ、正義は本能を思い留まらせていた理性という名の糸が、自分の中でプツンと切れる音が聞こえた。 彼はアリスをベッドに押し倒すと、荒々しく彼女の唇を塞いだ。『好き・・』アリスはそう言うと、正義の背に手を回した。『わたしもです・・』アリスはドレスを自ら脱ぎ、コルセットの紐を緩ませ豊満な乳房を露わにした。それを正義は恭しく吸い上げ、紅い痕を残していった。 正義の部屋で物音がして、一階で寝ていたアリエルは目を覚ました。(泥棒かしら?)ランプを持って彼女が二階へと上がり、正義の部屋のドアをノックしようとした時、中から女の嬌声らしき声が聞こえた。にほんブログ村
2013年01月11日
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サザーランド教授が理事長室の窓から降り出した雪を眺めていると、突然ノックもなしに一人の学生が入ってきたのを見て、眉をしかめた。『君、ノックもなしに無礼じゃないか。』『理事長、ひとつお尋ねしたいことがあります。』ジュリアンは怒りと寒さで上気した頬をサザーランド教授に向けた。『マサに試験を受けるなとおっしゃったのは、アンドリューの件があるからですか?』『君には答えられない。というよりも、答える義務がない。』サザーランド教授は太鼓腹を揺らしながらジュリアンの脇を通り過ぎて部屋から出て行った。 翌朝、ジュリアンは新聞記者の知人に会い、正義のことを話した。『酷いね、それは。サザーランド子爵が極端な差別主義者だということは知っているが、今回のことについては公私を弁えていない。』知人はそう言うと、今回のことを新聞記事にするとジュリアンに約束してくれた。 知人に何度も礼に言いながら、ジュリアンは新聞社を後にした。翌日、ある新聞記事が社交界に衝撃を与えた。それは、とある大学の理事長が溺愛する甥への私怨を晴らす為に、ある優秀な東洋人学生の未来を奪おうとしているという告発記事だった。エールトン大学に在籍する学生や、大学の周辺に商店を構えたりしている近隣住民達、そして貴族達が記事を読めば、たちまち誰のことを言っているのかがすぐわかるような内容だった。『何だ、これは!?』『何だ、と申しますと?』 凍りつくような寒さの中を出勤してきたノーザンランド教授が外套を脱ごうとした時、サザーランド教授が彼女の眼前に新聞記事を突きつけた。『まぁ、良く書けていますこと。』ノーザンランド教授はそう言うと、新聞記事をサザーランド教授の手から取った。『これを複写室に持っていかなければなりませんわね。まぁ、その必要はないと思いますけれど。』怒りでどす黒い顔をしているサザーランド教授を理事長室に残し、そそくさとノーザンランド教授はそこから去っていった。 一方、ブリュノー伯爵邸の音楽室でピアノを弾いていたアリスは、メイドから来客を告げられ、ショパンのエチュードの演奏を中断し、客間へと向かった。『アリス、会いたかったよ。』『またあなたなの、グスタフ。もうあなたとは会いたくないと言ったはずでしょう?』豊かな赤毛を揺らしながら、陸軍将校・グスタフはアリスに抱きついた。『やめて、わたしに触らないで!』自分にキスしようとするグスタフの頬を打ったアリスは彼に背を向け、邸から飛び出していった。 正義は下宿先の部屋で溜息を吐きながら、まだ痛む右腕を擦りながら溜息をついた。窓の外を見ると、周囲の家々の屋根はまるで砂糖菓子を塗(まぶ)したかのように白く染められていた。もうそろそろ寝ようかと思った時、外からドアノッカーを叩く音が聞こえた。正義はランプを持って一階へと降り、玄関へと向かった。『どちら様ですか?』『マサさん、開けてください。わたしです、アリスです。』正義は一瞬ためらった後にドアを開けると、そこには鮮やかな紫のドレスを纏ったアリスが立っていた。『あなたにお会いしたくて突然来てしまいました。』そう言った彼女の顔は、寒さの所為なのか赤くなっていた。にほんブログ村
2013年01月10日
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『まさか理事長、このままミスター・オオタに試験を受けさせないつもりではありませんよね?』 正義が図書館へと向かうのを見送ったノーザンランド教授は、再び理事長室に戻るとサザーランド教授を見た。『わしがそんなことをするような人間に見えるかね、ミズ・ノーザンランド?』サザーランド教授は全く不愉快だといわんばかりの口調で彼女にそう言うと、パイプから紫煙を吐き出した。『あなたが甥御さんを溺愛なさっていることは存じ上げておりますよ、理事長。公私の区別はチキンしていただきませんと・・』『つまり、何だね?わしはミスター・オオタに対しての個人的な恨みを理事長の権限を使って晴らそうと企んでいると?』『ええ。』ノーザンランド教授は、まるでセイウチのように全身に脂肪を蓄えこみ、今にも巨大な尻で揺り椅子を破壊しそうなほど太ったサザーランド教授を見ながら密かに吐き気を覚えた。『わしはそんなことはせん。安心し給え。』『そうですか。ではわたくしはこれで。』『そうだ、今週末のパーティーに君も来るだろうね?とびきりのご馳走を振舞う予定なんだ。』銀縁眼鏡越しにノーザンランド教授の眦がぴくりと動いたが、彼女は平静な表情を浮かべてこう言い放った。『いいえ、遠慮いたしますわ。その日は息子夫婦の家で感謝祭を祝う予定ですの。ではこれで失礼。』彼女は部屋から出て行くまで、サザーランド教授に笑顔を見せなかった。何故なら彼女は、蛇蝎(だかつ)の如く彼のことを嫌っていたからだ。『ねぇ、理事長と一体何を話したの?』夕闇迫るロンドン市内を歩きながら、ジュリアンがそう正義に尋ねると、彼は暫く黙った後、こう言った。『理事長から俺は試験を受けなくていいと言われた。』『何それ!?どういうこと!?』ジュリアンがそう叫ぶと、近くの通行人が彼らの方へと振り向いた。『詳しいことは、向こうで話そう。』正義は好奇の視線が自分達に向けられていることに気づくと、ジュリアンの腕を引っ張り近くのカフェへと入った。『それで?一体どういうことなの、君の試験が取り消されたって?』『俺も訳がわからない。ただ、理事長が以前病院に来た態度を見れば、俺のことを疎ましがっていることがわかる。それにあいつの叔父だ。』『そうだね。サザーランド教授はアンドリューを溺愛しているって聞いた。その噂は嘘じゃないかもね。』ジュリアンはそう言って紅茶を一口飲むと、降り出した雪を窓の外から眺めた。『それにしても酷すぎるよ。アンドリューのことと試験のことは全く関係ないし、今回のことは君には全く落ち度はない筈だ!』彼はすっかり冷めてしまった紅茶を飲み干すと、コートを羽織って足早にカフェから出て行った。『おい、何処へ行くんだ!?』『決まってるよ、今から理事長に抗議に行くんだ!』『お前が理事長に俺の潔白を訴えても、何も変わらない!』『そんなこと、やらないとわからないじゃないか!』そう言ったジュリアンの瞳は、怒りに燃えていた。にほんブログ村
2013年01月10日
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試験まであと一週間が迫り、正義は寝る間を惜しんで勉強に励んだ。『マサ、居る?』『アルなの?』ドアがノックされた後、部屋にアリエルが入ってきた。『夜食を持ってきたわ。』『ありがとう。もう休んだら?』『そうしたいのはやまやまだけど・・あなたのことが心配なのよ。まだ怪我も本調子じゃないのに、毎日徹夜してるじゃない。』アリエルは正義の前にサンドイッチを置くと、そう言って心配そうな顔で彼を見た。『最近冷えるから、風邪をひかないようにね。じゃぁ、お勉強頑張ってね。』アリエルは笑顔を浮かべると、部屋から出て行った。(今日はこの辺までにしておくか。)凝り固まった筋肉をほぐしながら、正義は溜息を吐いてノートを閉じた。窓を閉めているというのに、外の冷気が隙間から入り、正義は寒さに身を震わせた。 窓の外を見ると、雪が降り始めていた。ランプの火を吹き消した正義は、シーツに包まりながら目を閉じた。『おはよう。』『おはよう、マサ。良く眠れたかい?』『はい。利き手が使えないのがもどかしいです。』『でもあんたは良く頑張ってるじゃないか。大学側だって今回のことを理解してくれる筈だよ。』『そうだったらいいんですが・・』正義はおかみさんの言葉に励まされながら、大学へと向かった。『ミスター・オオタ、後で理事長室にいらっしゃい。今回のことであなたについて尋ねたいことがあります。』 午前中の講義が終わった後、大学の理事の一人であるメアリー=ノーザンランド教授が正義を呼び止めた。『わかりました。』『では、わたくしについてきなさい。』ノーザンランド教授とともに理事長室へと向かった正義は、そこでパイプを吹かしながら揺り椅子に座っているあの老紳士の姿が見え、顔を強張らせた。『理事長、連れて来ました。』『ありがとう、メアリー。もう君は行ってもいいぞ。』『いいえ、理事長。わたくしも理事の一人ですから、彼と一緒にあなたの話をご拝聴致します。』ノーザンランド教授の言葉を聞いたサザーランド教授の顔に赤みがさしたが、彼は平静さを取り戻し、ゆっくりと揺り椅子から立ち上がった。『さてと、君を呼び出したのは言うまでもない、ミスター・オオタ。今回の騒動について・・』『理事長、お言葉ですが、ミスター・オオタは被害者なのですよ。まさか彼に学期末試験を受けさせないと?』『当たり前だろう。利き手が使えないのだから、試験を受けても仕方がないだろう。』まるでお前が悪いと言わんばかりの口調と傲慢な態度で、サザーランド教授は不快そうに正義を見ながらパイプを咥えた。 結局サザーランド教授との話は平行線を辿ることになり、正義に試験を受けさせないと彼は一方的に言い渡した。『心配するんじゃありませんよ。あなたが優秀な学生であることは、わたくし達理事は知っています。それに、サザーランド教授は甥御さんのことで少し気が立っているのです。』『甥御・・アンドリューに、何かあったんですか?』『さぁミスター・オオタ、試験まであとわずかでしょう。今日も勉学に励みなさい。』正義がアンドリューのことについて詮索しようとすると、ノーザンランド教授に上手く話をかわされてしまった。にほんブログ村
2013年01月10日
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数日後、正義は無事に退院した。『どうぞ、お大事に。』医師と看護師に見送られながら、正義は病院の前に停めてあった馬車に乗り込んだ。ほどなくして、それは動き出した。揺れに身を任せながら、正義は三角巾で固定された右腕を恨めしそうに見た。これでは暫く剣を振るうどころか、ペンを持つことも出来ないだろう。学期末試験が数ヵ月後に迫っていることを承知の上で、クリストファーは自分を撃ったのか。 彼の不気味な笑みが脳裏に浮かび、正義は溜息を吐いた。『あんた、怪我したってきいたけど、大丈夫だったのかい?』下宿先へと戻ると、おかみさんはそう言って心配そうに正義の右腕を見た。『ええ。幸い急所を外れていましたが、暫くペンを持つことは難しいと。』『あらまぁ、大変だねぇ。もうすぐ試験だってのに。あんたが銃で撃たれたって聞いて、あたしゃぁ心臓が縮み上がりそうだったんだよ。』おかみさんがそう言った後、アリエルがキッチンから顔を出した。彼女の顔は、蒼褪めていた。『どうしたんだい、アル?』『あなたが銃で撃たれたって聞いて、あなたが死んだのかと思ったの・・』ブルーの瞳を涙で潤ませながら、アリエルはそう言うと正義を抱き締めた。『でも生きていてよかった。』『ごめんね、君に心配を掛けてしまったね。』アリエルを正義が抱き締めると、彼女はすすり泣いていた。『この子、あんたのこと心底心配してねぇ、何日も食事が喉を通らなかったんだよ。あんまり女を泣かせるんじゃないよ。』『わかりました、以後気をつけます。』 週末が明け、正義は大学に復学し、勉学に勤しんだ。彼が何者かに銃撃されていることは大学内で広まっており、その犯人がアンドリューの従者であることも周知の事実であった。だが当のアンドリューは大学を退学して姿を消した後で、周囲は彼らの間に何があったのかを色々と邪推しながら図書館の自習室や教会で様々な憶測を話し合っていた。だが当の正義はどこ吹く風といった涼しい顔で試験勉強に励んでいた。『ねぇマサ、この14ページの訳教えてよ。』『今日の講義を聴いておけば、大体解るはずだろう?どうして俺に頼るんだ?』『言っただろう、ラテン語が苦手だってこと。』『そんなのは言い訳にはならん。』『何だよ、冷たいな~』図書館の自習室でジュリアンと正義は教科書とノートを広げながら今日も試験勉強に励んでいる時、自習室に数人の学生達がガヤガヤ騒ぎながら入ってきた。正義が彼らの会話に耳を傾けていると、どうやら彼らは長州からやって来た留学生達らしい。「お前達、静かにしないか。そんなに話がしたいのなら、場を弁えたらどうだ?」周囲の迷惑げな視線をものともせず、傍若無人に談笑する学生達に正義が一喝すると、彼らの中で長身の一人の留学生がすっと正義の前に立った。「何じゃ貴様、俺らは日本の未来について話しとるんじゃ。」「そうかな?酒場での賭け事での勝ち負けについてが、日本の未来には重要なのか?」「貴様・・」「止せ。場を変えよう。」長身の留学生がいきり立っているのを制したのは、洋装を着こなした華奢な身体をした青年だった。「失礼仕った。貴殿、名は?」「大田正義と申す。貴殿は?」「わたしの名は、西田篤朗。以後、お見知りおきを。」これが、正義と旧長州藩士・西田篤朗との出会いだった。にほんブログ村
2013年01月10日
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「俺ぁ函館で死んだと思ったとき、英国の軍人さんに拾われてなぁ。そいつん家に引き取られて暮らしてんだが、家族とはうまくやってるんだ。だがな、貴族のご婦人方は俺のことを気に入らねぇらしくて、チクチクと嫌味ばかり言ってきやがる。」歳三はそう言うと、壁際にあった丸椅子を引き寄せて腰を下ろした。「ほら、貴族には社交界があるだろ?それが中心で世界が回ってるようなもんだ。他所から来た俺達にゃぁわからねぇが、社交界から追放されたりしたら身の破滅、ってあいつらは捉えてやがる。俺ぁあんまり愛想笑いなんかしたくねぇし、婆の機嫌取りなんざうんざりだから茶会だの慈善バザーだのには一切出なかったんだよ。そうしたら、婆どもは俺のことを“蛮族にはこういった世界はおわかりにはならないから”とか抜かす。あいつらにとっちゃぁ、ちっぽけな島国からやって来た俺達は“蛮族”扱いなんだよ。」「そうなのですか・・わたしもこの国に来てから、ひしひしと密かに差別されていることに気づきました。自分を見つめる彼らの目が、時折珍獣を見るような目つきに似ていることにも気づいて・・」「まぁ、俺は不当な扱いを受けるたびに抗議の声を上げたさ。昔っからそうしてた。武士になりてぇ、強くなりてぇってただそれだけを思いながら生きてきて、どれほど理不尽な目に遭っても歯ぁ食い縛って耐えてきた。」「今も、同じ気持ちなのですか?武士になりたいと願った頃と?」新選組の幹部達は既に鬼籍に入っており、局長の近藤勇は板橋で斬首され、一番隊組長の沖田総司は肺結核で病死している。仲間を失ってもなお、歳三は何故生きているのか―そう思った正義はそれが知りたくて、わざと意地悪な質問を彼女にぶつけた。「今も、そう思ってるさ。」歳三はそう言うと、ふっと笑った。「英国へと向かう船の中、眠っていると夢の中で総司と勝っちゃんが出てきたんだ。俺に別れを告げにな。そん時は辛かったぜ。もう二度と勝っちゃんに会えないってわかったとき、三日三晩泣いたさ。いっそあいつらの後を追おうかと思ったけど、俺はあいつらの分まで生きなきゃいけねぇって思ったら、もうなんだか吹っ切れてな。初心に戻ったんだよ。」「そうですか。」「お前だってそうだろ?いつかは会津に着せられた汚名を雪ぐためにここに居る。」「そうです。だから俺は何があっても負けません。」「そうか。じゃぁもう俺が居なくなっても大丈夫だな。実は言い忘れてたが、近く英国を離れることになった。」「どうなさるおつもりなのですか?」「まぁ、それはわからねぇさ。達者でな。」歳三はそう言って正義の額にキスすると、病室から出て行った。彼女にキスされた額をそっと触ると、そこにはまだ歳三の体温が残っていた。『彼女とはもう話は済んだかい?』『ああ。ジュリアン、迷惑掛けたな。』『そんなことないよ。それよりも、君に手紙が来ていたよ。』『ありがとう。』正義がジュリアンから手紙を受け取ると、そこには二頭のライオンを象った蜜蝋が捺されていた。何だろうと思いながら正義がペーパーナイフで封を切って便箋を取り出すと、そこには流麗な文字でこう書かれていた。“この度弟があなたに多大なご迷惑をお掛けしてしまったことをこの場でお詫び申し上げます。退院なさったら、クリスタル・パレスへ参りませんか?お返事お待ちしております。 Aより”ジュリアンに聞かずとも、誰がこの手紙を送ってきたのか正義にはわかった。『どうした?熱があるのか?』そうジュリアンに言われてはじめて、正義は頬が赤く染まっていることに気づいた。にほんブログ村
2013年01月09日
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「ここは・・?」「病院だ。右肩の傷は急所が外れていたから大事ないとさ。」「そうですか・・」利き手が無事であることを知り、正義は安堵の表情を浮かべた。「あの者は?」「ああ、あの卑怯者なら尻尾巻いて逃げていったぜ。あいつはぁ一生臆病者のままだろうよ。」歳三はそういいながら、溜息を吐いた。「土方さん、本当に助けていただいてありがとうございました。」「いいってこった。それよりも俺ぁあの臆病者よりも、お前を撃った奴が許せねぇ。真剣勝負に飛び道具なんざ使いやがって。」そう言った彼女の表情は険しく、今この場にクリストファーが居たら殺されてしまいそうなほど、彼女の怒りが全身から伝わってきた。『おい、通せと言ったら通せ!』『困ります、まだ安静にしていなければならないのに!』歳三と正義が黙り込んだとき、廊下から人が言い争う声が聞こえたかと思うと、病室のドアが開いた。 中に入ってきたのは、大きな鷲鼻に厳つい顔をした一人の老紳士だった。『貴様か、わしの可愛い甥に傷をつけたのか!?』老紳士はそう言ってつかつかと正義に近づくなり、杖で彼の顔を投擲(ちょうちゃく)した。「てめぇ、怪我人相手に何しやがる!?」『黙れ、東洋の雌猿め!わしの可愛い甥の顔に傷をつけて、タダで済むと思うなよ!』いきり立つ歳三を睨みつけて正義にそう言い放った老紳士は、嵐のように病室から出て行った。「大丈夫か、大田?ったく、何なんだあの爺は!?」『確かあの人・・うちの大学の理事だよ。』『そりゃぁ本当か?じゃぁあのチキン野郎とは親戚ってことは嘘じゃなかったわけか。』『シュロッツ=サザーランドといって、うちの大学じゃぁ差別意識が強い理事で嫌われてるよ。これまで何人も日本人留学生を追い出したことがあるんだ。』『そうか。』 初めて日本を飛び出して海を渡り、大英帝国で暮らし始めていると、いつの間にか英国人が自分達東洋人を無意識に差別しているような気がしたことが何度かあった。下宿先の一家は正義によくしてくれているし、大学で出来た友人たちとは良好な関係を築いているが、それ以外の人間とはどうなのかというと、答えはノーだ。 下町の住人達とは気さくに話し合えるようになったが、それはごく最近のことだ。貴族階級の者と話すときは、何処かぎこちない空気が残ってしまうことがあったが、それは彼らが密かに自分にもうこれ以上近づいて欲しくないというメッセージを正義が受けているからだった。『ジュリアン、土方さんと話したいことがあるんだ。外してくれないか?』『わかった。じゃぁ外で暫く暇を潰しているよ。』ジュリアンはそう言うと、病室から出て行った。「土方(ひじかた)さん、ひとつお聞きしたいことがあるのですが・・」「ん、何だ?」「土方さんは、今まで差別を受けたことがありますか?」正義の問いに歳三は暫く考え込んだ後、静かに頷いた。にほんブログ村
2013年01月09日
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「ここで会うたが百年目!姉上の仇、討ち取ってくれる!」「止せ、正義!」「何故ですか、叔父上!?この男は姉上を殺したも同然の男ですよ!?」「確かにおいはお前さんの姉上さぁ殺しもした。お天道様から裁きを受けられても、何も言えもはん。」「ならば、俺がお天道様に代わってお前に裁きを下してやる!」鯉口を切ろうとする正義の前に、叔父・権衡(けんこう)が立ちはだかった。「叔父上、そこをお退きください!」「ならん、正義!この人を斬ってはならん!」「何故です!?この男の所為で、兄上と姉上は殺された!姉上だけではない、娘子軍の方や、白虎隊の者達だってこいつに殺されたも同然です!」「だからと言って、憎しみを憎しみで返していいわけがないだろう!?お前の気持ちはもうわかる!俺とて、国を奪われた屈辱を一日足りとて忘れたことはない!だがな、怨みを引き摺りながら生きてゆくと、人の心を失ってしまうのだ!」権衡の言葉に、正義は漸く刀を下ろした。「正義、お前はこれから何をしたいのだ?この人を斬ることではないだろう?そうだろう?」「俺は・・」「なくなられたお前の兄と姉、そしてあの戦争で散った者達の御霊を鎮めるのだ。そして、奪われた会津の誇りを取り戻せ!」「わかりました、叔父上。俺が間違っておりました。」そう言うと正義は、権衡に平伏した。「吉岡様、どうぞこちらへ。」「わかりもした。」 数分後、正義は吉岡弼(よしおかたすく)から官費留学生として英国へ行かないかという話を持ち出され、即答で渡英を決断した。「吉岡様、宜しくお頼み申す。」「あいわかりもした。今日からわしのことを実の父上と思うてくだされ。」吉岡は屈託のない笑みを正義に向けると、彼に右手を差し出した。正義は少し躊躇った後、彼の手を握った。 旅立ちの日の朝、正義は吉岡とともに母達が眠る磐梯山へと向かった。(母上、兄上、姉上・・正義は必ず会津の汚名を晴らし、戊辰の時に受けた屈辱を雪いでみせます。その日まで、俺のことを見守っていてください・・)正義は静かに目を閉じ、母達の冥福を祈った。「もうよかか?」「はい。」磐梯山を去ろうとしたとき、ふと正義は姉に呼ばれたような気がして後ろを振り返ったが、そこには誰も居なかった。(気のせいか・・)再び歩き出そうとした正義のすぐ近くで、姉の声が聞こえた。“強く生きなさい、正義。”「大田、聞こえるか?」「う・・」正義が目を開けると、そこには歳三とジュリアンが心配そうに自分の顔を覗き込んでいた。にほんブログ村
2013年01月09日
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「土方さん、どうしてここに?」「ああ、お前ぇたちがさっき入ったとき、妙に柄が悪い連中がうろちょろしてたんでな、ちょいと様子を見ようと思ったら、こいつがお前ぇを殺そうとしてるじゃねぇか。」歳三は気絶したままピクリとも動かないクリストファーの頭を足蹴にしながら、歳三はバッグの中から紙巻煙草を一本取り出すと、それを咥えて素早くマッチで火をつけた。「それで?この坊やとの決着はついたのか?」「ええ。ですが、こいつは正々堂々と戦わないようです。」「ふん、そうすると思ったぜ。臆病者はいつまで経っても臆病者だ。こいつが英国に生まれてよかったと思え。もしこいつが新選組に居たら、敵前逃亡の罪で切腹だ。」歳三はニコチンを肺の中に入れながら、チラリとアンドリューを見た。言葉がわからなくても、彼女の態度を見る限り自分に悪意を持っていることに気づいたアンドリューは、まるで絞め殺された雌鶏のような甲高い声を上げながら、倉庫から出て行った。「立てるか?」「はい・・」差し出された彼女の手に正義は掴まると、右肩の痛みを堪えながら勢い良く立ち上がった。「これで傷口を縛りな。」そう言うなり歳三はドレスの裾を破くと、彼に手渡した。「かたじけない。」「もうこれ以上ここに長居するこたあねぇ。あんたも行くぞ。」『はぁ・・』ジュリアンは歳三の気迫に押されつつも、正義の肩に手を回しながら倉庫を後にした。 数分後、病院にたどり着くなり、正義は意識を失った。生死の境を彷徨いながら、彼は己の運命を決めた日に戻っていた。砲弾で崩れ、紅蓮の炎と血に濡れる若松城。断髪し、スペンサー銃を構え、敵を迎え撃つ山本八重。燃え盛る城下を見て絶望の果てに飯盛山で自刃する白虎隊士たち。城に入れず、生きて虜囚となり敵の辱めを受けぬよう幼い我が子とともに自刃した西郷頼母一族。薩長軍に奪われた故郷と夥しい人命。兄と姉を会津で、母を斗南で失い、会津の汚名返上を願い、正義は父方の叔父を頼って横浜へと向かった。そこで彼は、ある人物に会った。「よく遠いところから来たな。母上は、息災か?」「母は数ヶ月前に身罷りました。兄と姉の遺灰と共に、母の遺灰は磐梯山に撒きました。」「そうか・・そなたも、苦労したのう。そうじゃ、お前に会わせたい人がおるのだ。」「会わせたい人?それは誰ですか?」「山田さぁ、これが自慢の甥御さぁですか?」薩摩の言葉がドアの向こうから聞こえたかと思うと、洋装姿の男が部屋に入ってきた。「お前は・・」入ってきた男の顔を見た瞬間、正義は険しい表情を浮かべて身構えた。 その男は、会津戦争で姉・律子を殺した官軍の指揮官だった。にほんブログ村
2013年01月09日
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正義はジュリアンの言葉に気を取られ、アンドリューに一瞬の隙を許してしまった。『もらったぁ!』ブルーの瞳をまるで魔物のように爛々(らんらん)と輝かせながら、アンドリューは正義の手から刀を弾き飛ばした。『これで僕の勝ちだね。』『ふん、甘いな。』勝利の笑みを閃かせた正義は、そう言うと素早く刀を拾い上げ、アンドリューのサーベルの鞘を器用に引っ掛け、跳ね上げた。『クソッ!』サーベルを跳ね上げられた衝撃で痺れた手を押さえながら地面に蹲るアンドリューの喉下に、正義は刃を向けた。『どうだ、これでもまだ続ける気か?』『どうして僕がお前のような東洋人ごときに負けを認めなければならないんだ、冗談じゃない!』悔しそうにアンドリューは唇をかみ締めた後、キッと正義を睨んだ。『大体、新しく入ってきたお前は、貴族の僕を差し置いて試験で首席になって・・そんなことを鼻にもかけないその態度が僕を苛立たせているのがわからないのか!?』自分に対して毒づくアンドリューを、正義は哀れだと思った。彼は己の価値を、生まれながらの身分と、親の権力でしか決められない。 会津の上流武士の家に生まれた正義は、父・正成から身分の隔てなく人と付き合うよう教えられてきたし、両親は決して身分の上下でその人となりを判断するような人間ではなかったし、兄も姉もそうだった。だが、アンドリューは違う。彼が正義を激しく憎んでいるのは、己への激しい劣等感の裏返しのようなものだ。そうすること以外でしか、自己を肯定する術がないのだ。『哀れな奴だな、お前は。いつまで自分に背を向けているつもりだ?』『なに・・?』アンドリューが虚を突かれたかのような表情を浮かべた後、ブルーの瞳に怒りを滾らせ、獣のように唸った後、身体ごと正義にぶつかってきた。『お前に何がわかる?いつも優秀な姉上と比べてられてきた僕の悔しさがわかるか!?何も知らない癖に勝手なことを言うな!』『それはこっちの台詞だ!俺が今までどんな想いでこの地に来たのか、知らぬ癖に!』眼前で刃を受け止め、歯を食いしばりながら、正義は姉の最期を看取った時の事を思い出した。 敵の銃弾に倒れ、虫の息となっていた律子は、泣き縋る正義の手を握ってこう言った。“この屈辱をいつか雪ぎ、それをばねにするのです。”この2年間、血を吐くような思いで正義は生きてきた。すべては会津の為、戦場で散った家族と仲間のために生きてきたのだ。『俺は戦で故郷と家族を全て奪われた!逆賊という汚名を着せられ、屈辱に耐え忍んで生きるのがどれほど辛いと思う!血反吐を吐き、もがき苦しみながら俺はこの地で得た知識を祖国に持ち帰り、戦で亡くなった者たちの御霊を鎮める!』正義の全身から迸る、鬼気迫ったものを感じ、アンドリューは恐怖に震えて彼から一歩後ずさった。勝負は正義の勝ちかと思われたその時、一発の銃声が響いた。『マサヨシ!』『手加減しろと言ったのに、何故してくださらなかったのです?そうしてくだされば、わたしはこんな面倒なことをせずに済んだものを。』まだ硝煙が立ち上る拳銃を手にしながら、クリストファーはそう言って口端をゆがめて笑った。『おい、しっかりしろ!』ジュリアンが正義の方へと駆け寄ると、彼は撃たれた右肩を押さえて地面に蹲り、呻いていた。『さてと、あなた方には死んで貰います。』『おい、立会人は手出しをしないというのがルールだろ!?』『坊ちゃまに害をなすものは、わたしが全て取り除いてさしあげなければなりません。あなた方は、目障りな存在なのですよ。』 クリストファーは銃口を二人に向けたまま、薄笑いを浮かべながら彼らの方へと近づいていった。その時、彼の背後にあったコンテナが宙を舞い、彼の後頭部に当たり粉々に砕け散った。『ったく、ふざけた野郎だぜ。』気絶したクリストファーの頭を足蹴にしたのは、歳三だった。にほんブログ村
2013年01月08日
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そして、決闘の日の朝が来た。『準備はいいかい?』『ああ。』『それじゃぁ、行こうか。』朝靄の中、正義とジュリアンはアンドリューから指定された場所へと向かった。『見えてきた、あそこだ。』ジュリアンがそう指したのは、今はもう使われていない古びた倉庫だった。朝の港は人気がなく、猫一匹も見当たらない。正義がジュリアンと二人がかりで倉庫の扉を押すと、それは軋んだ音を立てて開いた。『随分と遅かったんだな。待ちくたびれたよ。』薄暗い倉庫の中から気取った声がして、正義達が周囲を見渡すと、そこにはサーベルを腰に提げたアンドリューの姿があった。彼の隣には、従者のクリストファーが控えていた。『やぁ、アンドリュー。元気そうだねぇ?ちゃんとズルしないでできそうかい?』何処かにアンドリューの取り巻きたちが潜んでいないかどうかジュリアンが倉庫の隅々にまで目を光らせながらそう言うと、アンドリューは怒りで顔を赤くした。『僕を見くびって貰っちゃ困る。決闘を申し込まれた以上、卑怯な手は使わないよ。』『そうか、ならばいい。』正義はそう言うと、愛刀へと手を伸ばした。鯉口を切り、刀身を眼前に翳しながら、正義は目を閉じた。(兄上、俺に力を。)『さて、始めようか。二人とも、背中合わせに三歩歩いて。合図とともに振り向いてね。』アンドリューが何処か勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、正義に背を向けて歩き始めた。そんな彼の態度に少し疑問を抱いた正義だったが、ここで逃げるわけにはいかないので、アンドリューに背を向けて、三歩歩き始めた。『では、始め!』正義がくるりとアンドリューの方へと振り向くと、彼が向けたサーベルの刃先が正義の首の皮を少し掠った。彼は正義の背後へと忍び寄り、彼が振り向いた途端殺そうとしていたのだ。『この、卑怯者め!』『勝つためなら何だってするさ!それがたとえ卑怯なことでもね!』『たわけ!』怒りで瞳を滾らせた正義は、アンドリューの向う脛を蹴った。『よくやるじゃないか、じゃぁ僕も!』アンドリューはうっとうしげに前髪をかきあげながら、正義に突進した。 倉庫内に響く激しい剣戟の音を聞きながら、ジュリアンは暫く経って異変に気づいた。(誰かがここに来る。しかもかなりの人数だ。)一対一の真剣勝負の場に、誰がやって来るというのか―ジュリアンが険しい表情を浮かべながら倉庫の入り口を見ると、そこには斧や棍棒などで武装した数人の柄が悪そうな男達がニヤニヤしながら決闘の様子を眺めていた。 それを見た瞬間、ジュリアンは大きく息を吸い込むと、正義にこう叫んだ。「マサヨシ、これは罠だ!」にほんブログ村
2013年01月08日
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『ああ、そうだが?』『くれぐれもアンドリュー様に危害を加えぬよう、お願いしますよ。行きましょう、アンドリュー様。』『ああ・・』従者の出現で、アンドリューは傲慢そうな顔をして正義を睨みつけると、そのまま行ってしまった。『手加減しろ、と言っているのか?全く、主も主なら、従者も従者だ!』正義がそう吐き捨てるような口調で言うと、ジュリアンはそっと彼の肩を叩いた。『あいつらのことは気にしない方がいい。それよりも明日の決闘に備えて体力を蓄えておこう。』『ああ。ジュリアン、今夜も稽古の相手をしてくれるか?』『勿論だよ。』 その夜、下宿先にほど近い公園内で正義はジュリアンと稽古に明け暮れていた。『君には全く敵わないなぁ。』『常日頃、いつなんどき敵に襲われても戦えるよう、鍛錬を怠っていない。武士にとって油断は最大の敵だ。』『みんな君のことサムライって言っていたけど、本当だね。この国にも昔、敵から自国を守る為に何艘もの船を率いて、剣を交えて戦った男たちが居た。でも産業革命が起きて、そういう気概ある男たちが居なくなってしまった。とても嘆かわしいことだよ。』『まだ悲観することはない。俺の故郷は戦争に敗れ、逆賊扱いされているが、その汚名を雪ぐ為にも、こうして西洋のありとあらゆるものを学んでいる。』そう言って愛刀を振るった正義は、兄と姉が散った戊辰の戦のことを思い出した。 薩長同盟が成立し、それまで会津藩の味方であった薩摩藩が新政府側に寝返り、薩長が官軍である「錦の御旗」を盾に、会津藩を朝敵・逆賊として扱った。そして、薩長の者達は会津の城下に攻め入り、極悪非道の限りを尽くした。鶴ヶ城の籠城戦では、婦女子も男と混じって果敢に戦ったが、新政府軍のガトリング・ガンをはじめとする新兵器の前では全く歯が立たなかった。正義の兄・正直(まさなお)は、白河口との戦いで槍を手に敵と戦い討ち死にし、姉・律子は娘子軍に加わり、中野竹子とともに銃と刀を手にした新政府軍相手に薙刀を振るって戦ったものの、敵の銃弾を受け18という若い命を散らした。その時正義は白虎隊に志願し、寄合一番隊に所属して新政府軍を蹴散らした。だが戦況は薩長に軍配が上がり、正義達は国を奪われた。『その刀は?』『兄上の形見だ。もうここまでにしよう。明日、宜しく頼んだぞ。』『わかってるよ。じゃぁ、また明日。』 公園の入り口の前でジュリアンと別れ、正義が下宿先の裏口へと向かおうとすると、街灯の下から一人の女性が現れた。『あなたは?』『このたびは、弟が迷惑をお掛けしたこと、姉であるわたくしが代わってお詫び申し上げます。』アリスはそう言うと、正義に向かって頭を下げた。『アリス様、わたしは・・』『失礼ですが、先ほどあなたがご友人とお話されたこと、聞いてしまいました。あなたは、とても誇り高い方なのですね。』アリスは真摯なアメジストの瞳で正義を見た。『弟には決して手加減なさらないように、お願いいたします。あの子には誰かが厳しい現実を知らせなければなりません。では、わたくしはこれで。』アリスはそう正義に伝え終えると、近くに待たせてあっただろう馬車に乗り込み、やがてそれは闇の中で蹄の音を響かせながら去っていった。にほんブログ村
2013年01月07日
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『何あの人、変な人ね・・』今しがた正義が去っていった方向を眺めながら、令嬢はそう呟いて溜息を吐いた。『お嬢様、何処へ行かれるのです?もうすぐバーノン夫人のお茶会が・・』『そんなものには興味はありません。わたしは少し弟と話がしたいの。』また乳母がしつこく自分に迫ってくるところを見た令嬢は、弟の寝室のドアを叩いた。『何だよ、一人にしておけって言っているだろう!』『わたしよ、アンドリュー。』『姉上・・』寝室のドアを慌ててアンドリューが開けると、そこには気難しい顔をした姉・アリスが立っていた。『数日前のパーティーから、あなたに関する妙な噂は聞いていたけれど、まさかあなた、決闘を断るつもりなの?』『そんなことは・・』『あなた、いつも面倒なことはお父様や使用人達に押し付けて、自分はいつも安全な場所でのうのうとしている。そんな生き方は、いい加減おやめなさい。』アリスは情けない弟をじろりと睨みつけると、寝室から出て行った。姉に図星を指され、アンドリューは悔しく歯噛みするしかなかった。 アンドリューに正義が決闘を申し込んだことは、大学内のみならず、社交界中にまで広まった。『なぁ、あれは・・』『あれが、日本から来た・・』『凛々しい顔をしているな。まさしくサムライといった感じじゃないか。』正義がいつもどおり大学の構内を歩いていると、彼のことをジロジロと見ながら学生や教授達がヒソヒソと囁き合っていた。『マサヨシ、アンドリューからの返事は?』『まだない。それよりもジュリアン、昨朝奴の邸に一人のご令嬢が出てきたのだが・・』『ああ、それは姉のアリス様だよ。弟とは正反対で、竹を割ったような性格で、馬術や剣術にも優れている方だ。』『そうか。凛とした方だったな、アリス様は。卑怯なアンドリューとは大違いだ。』『誰が卑怯者だって?』 神経を逆なでするような声が聞こえ、正義とジュリアンが振り向くと、そこにはアンドリューの姿があったが、今日は珍しく取り巻き達を引き連れてはいなかった。『おや珍しい。いつもは集団でつるんでいるお前が、一人で居るなど。』『そりゃぁ、決闘を申し込まれて一人でマサヨシのところに来なかったら、周囲からますます臆病者呼ばわりされるしね。』ジュリアンは意地の悪い笑みを浮かべながら、エメラルドグリーンの瞳を光らせながらアンドリューを見ると、彼は怒りと屈辱で身を震わせていた。『へぇ、言ってくれるじゃないか?じゃぁ、明日の正午、この場所で落ち合おう。君の立会人は、ジュリアンでいいよね?』『勿論、大切な友人の決闘には立ち会うさ。それで、君の方の立会人は?取り巻き連中の誰か?』『アンドリュー様の立会人は、わたくしがなさいます。』廊下から玲瓏とした声が聞こえ、アンドリューの傍にいつの間にか長身の学生が立っていた。『貴殿は?』『わたくしはクリストファー、アンドリュー様の従者です。あなたが、日本から来たサムライですか?』そう言った学生は、敵意の籠もった目で正義を睨みつけた。にほんブログ村
2013年01月07日
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あのパーティーの一件以来、アンドリューは正義にしつこく絡むことはなくなった。だが、取り巻き達を従えて正義に陰湿な嫌がらせをすることは止めなかった。『またか・・』図書館で今日の講義内容を纏めたノートを見ようと正義が鞄の中から取り出そうとすると、そこにはノートはなかった。アンドリューか彼の取り巻きたちが、正義が席を離れた隙を狙って鞄の中からノートを抜き出したのだ。(子どものような幼稚なことをする・・それが、貴族というものか?)『どうしたの?』『いや、なんでもない。』『アンドリューの奴、まだ懲りてないのか。』ジュリアンは呆れたように溜息を吐くと、正義にノートを手渡した。『これを何処で?』『中庭の噴水の近くにあったよ。ねぇマサヨシ、誇り高い君ならあいつらを許してはおけないだろう?どうしてやり返さないの?』『子どもじみた真似を返すようでは、向こうと同じだ。それに、俺には考えがある。』『考えって?』『ジュリアン、俺の故郷には“什の掟”というものがある。その中に、“卑怯な振る舞いをしてはならぬ”とある。俺は卑怯者のアンドリューを堂々と勝負し、打ち負かす!』そう言った正義の瞳は、闘志に燃えていた。『坊ちゃま、お客様が・・』『誰も通すなって言ってるだろう!?』アンドリューがそうヒステリックにメイドを怒鳴りつけると、寝室のドアが開き、正義がアンドリューを睨みつけながら寝室に入ってきた。『何だよ、勝手に入ってくるな!』アンドリューが正義に怒鳴りながら顔を上げると、白い手袋が彼の顔面に弾け飛んだ。『貴様に決闘を申し込む、アンドリュー=ブリュノー!貴様のような卑怯な輩にはもう我慢ならん!男として正々堂々と雌雄を決めよ!』『この・・東洋の猿が!』『俺が猿ならば貴様は犬以下の存在だ!』正義はそう言うと、アンドリューの罵声を無視して寝室から出て行った。『朝から迷惑を掛けたな、これにて失礼仕る。』メイドに頭を下げると、正義はブリュノー邸から立ち去ろうとしていた。 その時、奥の部屋から一人の女性が現れた。艶やかな黒髪を幾筋も編みこんで結い上げ、象牙のような白い耳朶には涙型の紅玉の耳飾りがぶら下がっている。『お嬢様、お待ちください!』『お黙りなさい、もうお前を必要とする年はもう終わったのよ。』女性は自分に追い縋る乳母に冷たい言葉を投げつけると、ドレスの裾を摘んで正義の脇を通り抜けた。その時初めて、女性は正義を見た。『あなた、弟の知り合い?』『いいえ、某は弟君に決闘を今しがた申し込んで参りました。それでは、御免。』にほんブログ村
2013年01月07日
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見間違いではないのかと、正義はもう一度その女性の顔を見た。やはり紛れもなく、彼女は歳三だった。函館で戦死したと知り合いの新選組隊士から聞いたが、何故彼女はロンドンに居るのか。「土方さん・・」正義がそう歳三に声を掛けようとした時、アンドリューが歳三を睨みつけながら彼女に怒鳴った。『うるさい、部外者の癖に口出しするな!』『なんだてめぇは?ああ、思い出したぜ、確かまだ家から金貰ってなかなか自立できないチビちゃんっていうのは、お前ぇか?』歳三がそう言って笑うと、彼らの様子を遠巻きに見ていた貴婦人たちがくすくすと笑い出した。彼女に侮辱され、アンドリューは怒りで顔を赤く染めながら、歳三に掴みかかろうとした。『女に手を上げるなど、卑怯だ!』『こいつは僕を侮辱した!罰を受けて当然だろ!』『ハン、これだから穴の青いガキは困るんだよ。殴りたかったら殴れ。』激昂するアンドリューとは対照的に、歳三は冷静沈着そのものだった。新選組元副長として、数々の修羅場を潜り抜けてきた彼女にとって、アンドリューのことなど歯牙にもかけぬ存在なのだろう。『お子様はさっさとベッドでねんねしな。ママが居ないと眠れないんだろう、ん?』歳三はアンドリューの顔を覗き込みながらそう彼に囁くと、颯爽と彼に背を向けて去っていった。「待ってください、土方さん!」慌てて正義が彼女の後を追い、その腕を掴むと、彼女は憮然とした表情を浮かべた。「何だ、てめぇは?何故俺の名を知っている?」「覚えておられませんか、土方さん!会津藩士・大田正成の次男坊、正義でございます!」「大田・・」自分を見つめる歳三の顔が、何かを思い出すかのような表情をした後、正義に笑顔を浮かべた。「確か、籠城戦で敵のど真ん中に突っ込んでいったっていうあの大田か!?てっきり会津の戦で死んだと思ってたが・・生きていやがったのか!?」「ええ、そうです。土方さんもよくぞご無事で。」正義は涙で瞳を潤ませながら、歳三を抱き締めた。「てっきり函館で戦死されたとお思いでしたのに、何故英国に?」「話せば長くなる。だが一度死んだ身だ。これからは好きなように生きてやるさ。だからお前だって英国(ここ)に居るんだろ?」「また、会えますよね?」「ああ、また会えるさ。だから何があっても生きろ。俺が言いてぇのはそれだけだ、じゃぁな。」歳三はそう言うと、そっと正義の頬に唇を落とした。「お元気で。」 自分の元から去っていく歳三の姿が遠くなるまで、正義はいつまでも見送っていた。 翌日、アンドリューは大学を休んだ。『坊ちゃま、何処かお加減が悪いのでは?』『頭痛が酷いんだ。少し横になればよくなるさ。』『まぁ大変!ワトスン様をお呼びしませんと!』『うるさい、僕を一人にしろ!』癇癪(かんしゃく)を起こしたアンドリューは、枕をメイドに投げつけるとシーツを頭から被った。にほんブログ村
2013年01月07日
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『なんだ、お前達。わたしに何か用か?』正義がそう言って学生達を睨みつけると、その中からプラチナブロンドの巻き毛を揺らしながら、一人の学生が現れた。『昨日はよくも僕を虚仮にしてくれたね。』『何だ、誰かと思ったら貴様か。一体何のようだ?』『君にひとつ忠告しておこうと思ってね。日本から来たばかりで、僕がどんなに偉いのかわからないだろうけど、僕を敵に回さないほうがいい。』彼の偉そうな口ぶりや傲慢な態度からして、彼は貴族で、名家の出なのだろう。家柄ばかりを鼻にかけ、集団でしか個人を嬲(なぶ)る事しかできない卑怯者―それは、正義がもっとも嫌う人種だった。『僕と仲良くなったら、君に充分なメリットがー』『断る。貴様のような輩と親しくする必要はない故。』『へぇ、そう・・そんなこと言うんだ?』向こうは正義が自分に従う筈だと思っていたのか、彼の言葉を受けて僅かに怒りで顔を歪ませ、ブルーの瞳を怒りで滾らせた。『僕はアンドリュー=ブリュノー。僕を虚仮にしたこと、覚えておくがいい!』プラチナブロンドの巻き毛を揺らしながら、その学生は取り巻きたちを従えて教室から出て行った。『変な奴だったな。』正義がそう言って隣に居るジュリアンを見ると、彼の顔は蒼褪めていた。『君、さっきのはヤバイよ!』『何がだ?』『あのブリュノーは学長の息子なんだ!彼に睨まれたらこの大学には居られないよ!』『あんな親の威を借りた子狐に、何が出来る?』正義はそう言ってジュリアンの言葉を本気にしなかった。 だが翌日、正義は教授に呼び出され、信じられない話を聞いた。『実は君が書いたレポートが盗作だという疑惑が掛けられている。』『そんなはずはありません。一体誰がそんなことを?』『それは・・』教授は口ひげを撫でながら、何かを言いたそうにしていた。その様子を見ながら、自分に盗作疑惑をかけたのはアンドリューだと正義は睨んだ。 結局正義の盗作疑惑は晴れたが、彼は怒りで腸が煮えくりかえそうだった。脳裏に、アンドリューが勝ち誇る顔が何度も浮かんでくる。あんな卑劣な男には負けられない―正義の中で、アンドリューに対する敵愾心が激しく燃え上がった。 数日後、とある貴族の邸で盛大なパーティーが開かれ、正義ら官費留学生達もそこに招待された。初めて出る社交場に、正義は緊張で顔が少し強張っていたが、ジュリアンのお陰で楽しい時間を過ごせた。アンドリューが現れるまでは。『おや、誰かと思ったら、日本から来たおサルさんじゃないか?』アンドリューのあからさまな嫌味に、取り巻きたちがくすくすと笑った。『猿は親の威を借る狐よりも賢いし、人間の言葉を解すぞ。なんだ、その顔は?侮辱を受けたと思うのなら、正々堂々と勝負を申し込んだらいい。』毅然とした態度で正義がそうアンドリューに言い返すと、彼は取り巻き達に目配せした。『てめぇら、男の癖に集団で留学生いじめたぁ、感心しねぇなぁ?』アンドリューの取り巻き達が正義の腕を掴もうとしたとき、良く通った女の声が大広間に響き渡り、彼らの前に漆黒のドレスを纏った女性が現れた。(土方さん!) その女性は紛れもなく、京でその名を轟かせた新選組元副長・土方歳三その人だった。にほんブログ村
2013年01月06日
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正義が教室の中に入ると、既に席についていた学生達がジロジロと自分の顔を見ていることに気づいた。(何だ?)まるで珍獣を見るような目つきで自分を見つめている学生達の殆どが英国人であった。 この時代、まだ日本人への強い差別意識が欧州ではあり、夢を抱いて日本へと留学してきた留学生達の一部は、厳しい現実に心が折れて帰国した者達もいた。正義は好奇に満ちた視線をひしひしと肌に感じながら、教科書を開いた。『ねぇ、ここ座っていい?』突然頭上から声が聞こえて正義が上を向くと、そこには先ほど自分とぶつかった学生が立っていた。『どうぞ。』『ありがとう。さっきはすまなかったね。君、名前は?』『マサヨシだ。貴殿は?』『僕はジュリアンって言うんだ、宜しくね。』若草色の瞳を輝かせながら、青年は正義に向かって右手を差し出した。『宜しく。』最初の授業はラテン語の授業だったが、予習をしてきた正義はすらすらと教科書を音読し、皆を驚かせた。『君、凄いね!』『何が?』『さっきのだよ!僕、ラテン語はちんぷんかんぷんなんだ。』図書館で正義が宿題をしていると、自分の隣に座ったジュリアンが少し興奮した様子で話しかけてきた。『渡英前に教科書に一通り目を通したんだ。』『凄いね。』正義は羊皮紙の上にペンを走らせながら宿題のレポートを書き終え、その間ジュリアンは難解なラテン語の本と睨めっこしていた。『じゃぁ、また明日ね。』『ああ。』廊下でジュリアンと別れた正義が帰ろうとしたとき、向こうから数人の学生達がやってくるのが見えた。彼らは先ほど、自分をジロジロと見ていた者達だったことに正義は気づいた。『誰かと思ったら、日本から来た奴じゃないか?』『何だ貴様?』金色の巻き毛を揺らしながら、勝ち気そうなブルーの目で正義を睨みつけた学生は、彼より少し背が低かったので、正義は彼を見下ろすようなかたちで彼を見た。『君、生意気だね。教授に目をかけられたからっていい気になるなよ。』『いい気になどなってはいない。貴様の相手をするなど、時間の無駄だ。』正義はそう言ってその学生の脇をするりと通り抜けた。『あいつ、アンドリュー様に向かってなんという口の利き方を!』金髪の学生の傍に控えていた長身の学生が、今しがた彼が去っていった方向を睨みつけながら忌々しげにそう吐き捨てた。『放っておけばいいさ、いずれ彼は僕を蔑ろにしたつけを払うことになるんだから・・』金髪の巻き毛を揺らしながら、従者を従えた学生はそう言って廊下の角へと消えていった。『おはよう。』『おはよう。』翌朝、正義がジュリアンとともに廊下を歩いていると、正義のことを指差してヒソヒソと何かを囁いていた。(一体どうしたんだ?)正義が教室に入ると、教壇の前に陣取っていた学生達が一斉に立ち上がった。にほんブログ村
2013年01月05日
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(誰か来た様だ・・) 正義が窓を開けて外を見ると、丁度馬車から一人の女性が降りてくるところだった。肌は透けるように白く、深緑のドレスに包まれた華奢な身体はまるで折れそうだ。 一体こんな家に何の用なのだろうか―正義がそう思いながら鍵盤に指を滑らせていると、ドアノッカーが叩かれた。『どちら様?』『アリエルに会いに来ましたの。』『またあんたかい。さっさと帰んな。』アリエルの母親・ノエルはまるで犬を追い払うような仕草をしながら、ドアを半開きにしたまま女性を睨みつけた。『では、また来ます。』『二度と来るんじゃないよ!』そう言ってノエルは女性に向かって唾を吐きかけた。唾をかけられた女性は怒りで一瞬赤くなったものの、くるりとノエルに背を向けて馬車へと戻っていった。『あの人は?』『ああ、あの女は子爵様の愛人さ。何でも、アリエルが昔生き別れた自分の娘にそっくりなんだとさ。何度も引き取りたいって言ってきて、しつこいったら。』『そうなんですか・・』夕食をアリエル達と囲みながら、正義は彼らの話に耳を傾けていた。『明日は大学だろう?必要な物はちゃんと揃ってるかい?』『はい。』『そうかい。明日は早いだろうから、お休み。』『わかりました。そういたします。』 夕食の後、正義の部屋のドアをアリエルがノックしてきた。『ねぇ、あなたの故郷のことを聞かせて。』『わかった。会津は、自然豊かなところでね。大きな湖があるんだ。』正義はアリエルに、会津がどんなに美しいところなのかを語った。『一度行ってみたいわ、あなたの故郷へ。』『いつか連れて行ってあげるよ、約束する。』『ありがとう、嬉しいわ。』正義の言葉に、アリエルは弾けるような笑顔を浮かべた。 翌日、正義は筆記道具が入った鞄を提げながら大学へと向かった。(ここが、今日から俺が通う学び舎か・・)ゴシック様式の荘厳な校舎を見上げながら、正義がゆっくりとその中へと入ろうとしたとき、一人の学生とぶつかった。『貴様、人にぶつかっておいて謝らぬとは、無礼千万。』『すまない、急いでいて・・』正義が抗議の声を上げると、その学生は彼に謝罪し、ぶつかった弾みで茂みに転がってしまった鞄を拾い上げて正義に手渡してくれた。『かたじけない。』正義は彼に礼を言うと、始業の鐘が鳴る前に校舎の中へと入った。『待って、君、名前は?』そう問うた学生の声は、正義には届かなかった。『ほう、君が日本からやって来た官費留学生かね?』授業が始まる前、自分に推薦状を書いてくれた教授の元を正義が訪れると、彼はじっと正義を見た。『君のような学生なら、首席で卒業できるかもしれないな。まぁ、頑張りたまえよ。』『ありがとうございます。』 教授の言葉に正義はパァッと顔を輝かせながら、教室へと入っていった。にほんブログ村
2013年01月04日
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1870年、ロンドン。この地に、一人の少年が日本からやって来た。彼の名は大田正義(おおたまさよし)。戊辰戦争時に会津戦争で辛酸を舐め、官費留学生として渡英した旧会津藩士の子息の一人だった。(ここが、エゲレスか・・) 日本を出発してから1年半、スエズ運河を経由してテムズ川沿いにロンドンを象徴するビッグ・ベンと呼ばれる国会議事堂と、テムズ川を引っ切り無しに行き来する船舶の多さに驚いた。戊辰戦争が終わり、漸く明治という新しい時代を迎えたものの、政治は薩長が握っており、佐幕派であった会津は逆賊として疎まれ、蔑まれ、僻地である斗南へと強制移住された。会津戦争下において、籠城戦で命を落とした母と姉の顔が、正義の脳裏に浮かんだ。彼らの死を無駄にせぬため、そして何より会津の為に必ずこの英国で勉学に励み、逆賊の汚名を雪(そそ)ぐ―その決意を胸に、正義は一歩歩き出した。 テムズ川から少し離れたところに、正義の下宿先があった。『すいません!』ドアノッカーを叩いて英語で正義がそう言うと、中から一人の女が出てきた。『来たのかい。さぁ、入りな。』『失礼いたします。』女と共に家の中へと入ると、キッチンにはシチューの美味そうな匂いが漂ってきた。『アル、お客さんにお茶をだしな。』『はぁい。』女に呼ばれて正義の前に現れたのは、14,5歳位の少女で、ブロンドの髪を結い上げており、濃紺のワンピースの上に白いレースのエプロンをつけていた。『この子は長女のアリエルだ。アル、今日からこの家で暮らすマサだよ、ご挨拶しな。』『初めまして、アリエルです。』『マサです、どうぞ宜しく。』そう言って正義が少女に手を差し出すと、彼女は笑顔を浮かべてその手を握った。『ねぇ、マサは何処から来たの?』『日本からだ。』『トウキョウから来たの?』『違う。アイヅから来たんだ。』『アイヅって何処なの?聞いたことがない場所ね?』『俺が生まれ育ったところだ。風光明媚な場所なんだ。』『そう、後であなたの故郷のことを教えてね。』『わかった。』『ええ、約束よ。』アリエルはそう言うと、キッチンへと向かった。『マサと何話してたんだい?』『何でも。ただ挨拶してただけよ。』『そうかい。あの子、礼儀正しいねぇ。アル、遠くから来たお客様だから、失礼のないようにね。』『わかってるわよ、母さん。』アリエルのコバルトブルーの瞳が、きらきらと宝石のように輝いた。 正義がリビングに置いてあるピアノの前に腰を下ろすと、外から馬車が停まる音がした。にほんブログ村
2013年01月03日
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旧会津藩士たち大田正義(おおたまさよし)(20)旧会津藩士・太田正成の次男。戊辰戦争時、白虎隊・寄合一番隊に所属し、新政府軍と戦った後、官費留学生として渡英する。大田正直(おおたまさなお)(23) 正義の兄。槍の名手で、白河口の戦いで討ち死にする。故人大田律子(おおたりつこ)(18)正義の姉。戊辰戦争に於いて中野竹子率いる娘子軍に加わり、戦ったが敵の銃弾に被弾し戦死。故人中田義則(なかた よしのり)(20)正義の親友。戊辰戦争後、官費留学生として渡英し、正義と再会を果たす。官費留学生たち西田篤朗(にしだ あつろう)(25)元長州藩士。金田与太郎(かねだ よたろう)(23)旧薩摩藩士。斉谷敬一郎(さいたに けいいちろう)(24)旧土佐藩士。貴族たちジュリアン=ハーコート (20)正義の親友。“サムライ”である彼の凛とした生き方に惹かれる。クラリッサ=アルネルン (34)アルネルン子爵夫人。アリエルをクラリッサが“実の娘”と信じて疑わず、彼女を引き取ろうとしている。アンドリュー=ブリュノー (20)大貴族・ブリュノー家嫡子。気位が高く、正義に対して嫉妬と敵意を抱く。アリス=ブリュノー (24)アンドリューの姉。竹を割ったような性格の持ち主で、馬術や武術にも通じている。アリエル (15)正義の下宿先で暮らす少女。シェリル=ローゼンシュルツ (19)ローゼンシュルツ王国皇太子。クリストファー=スペイシク (23)アンドリューに付き従う従者。クラウス=ローリング (36)日本文化研究家。教授たちバーノン=スチュアート (72)正義達が通うエールトン大学学長。メアリー=ノーザンランド (60)エールトン大学理事。シュロッツ=サザーランド (80)エールトン大学理事。アンドリュー、アリスの叔父にあたる。東洋人に対する差別意識を持っている為、正義達と悉(ことごと)く対立する。土方歳三(ひじかた としぞう)(36)新選組元副長。後に欧州で“ブラック・レディ(黒衣の貴婦人)”と呼ばれる。
2013年01月02日
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新年明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いいたします。2013 元日 千菊丸
2013年01月01日
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