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稽古が終わり外に出る。ほっとする瞬間だ。時計を見る。・・今日は珍しく早く終わったな~。ココロでだけ伸びをして、目をやったはるか前方に、悠斗と慶介の後ろ姿が見える。・・ったく二人して、そそくさと歩いて、・・二人とも、彼女と会うんだな、きっと。そんなことを思うと、ほっこりした気分になり、少し微笑んで歩き始めてから、僕は僕で、ケータイを取り出した。何通かの新着の中から、蒼夜からのものを選んで読む。着信時間は夕方だ。蒼夜→碓氷 おっ疲れ様っ。今何時ですか?また明日になっちゃってる^^;?今日は珍しく、なんとちゃんと大学の講義に出てたんだよー。今からそのお祝い?に久々に会ったトモダチと飲みいってきま~す。またメールするね。元気なメール。講義にも出たのか、えらいえらい。何よりだ、けど。・・・飲み会か~。トモダチってオトコ?オンナ?そんなことどうしても気になる僕。だけどそんなこと思うたびに、ただの恋人としての不安なのか、親子ほど歳の離れた恋人だからの(認めたくはないが親のするような)心配なのか、自分でも分からなくなる。体の関係は多くの女と山ほど持ってきた僕だけど、ちゃんとした恋人関係って、場数踏んでないからな~。しっかり歳をとってきたのに、その部分はほとんど成長してない僕なんだ。・・・そんなことより、早く終わったから、会いたいな~って思ってたけど、トモダチと飲んでるんじゃ、、電話かけるのも気がひけるな、、。それに、昨日の今日だしな・・。年の差なんてない、普通の若者カップルならどうなんだろ~??こういうときもまた年のこと、必要以上に意識しちゃうんだよな。友達と出かけてる先にまで電話して、空気がよめないとか、まさかとは思うけど、ウザがられてもやだしな~。ん~・・・。迷いつつも、ケータイの画面に蒼夜のデータを呼び出して、ふっと夕べの蒼夜を思い出す。夕べは、、ここのとこずっと稽古が忙しくて会えなかったから、久しぶりだったんだ。だから、もちろん、電話で会いたいっていうだけですごく喜んでくれて。迎えにいったときの嬉しそうな無邪気な笑顔。ベッドで見せる大胆で、でも、しなやかなオンナらしい仕種。そして腕の中で眠るあどけない寝顔。色んな蒼夜が僕の頭の中にめぐって・・・。・・・あぁ、やっぱ、ガマンできない。と、電話をかけかけて、僕の中の、オトナの部分が僕を止める。・・昨日の今日だぞ?がつがつし過ぎじゃないか?蒼夜だって他の人間との時間が必要だろ?遊びたい盛りの20歳だぞ?しかも久々に会ったともだちって書いてんだぞ?って。小さく息をついて思う。・・・さらっとしたメールだけにするか。僕はキーを打ち始めた。
2009.11.18
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「・・そ~だな~、、、女の子ねえ。。女の子は、今はちょっと、めんどくさいんだよ~、会っちゃうと。」「めんどくさい?」私は小さくうなずいて言う。「・・・ケースケのことでいろいろ」「俺のこと?何が?」「だからさ~、みんな知ってるでしょ?私たちのこと。だから、久しぶりにちょっと会わせろとか、サインさせろとか言われるし。言われると断りづらいし、だからって、引き受けるの、、ケースケ忙しいのに悪いし」「なんだよ、あいつら、高校のときは散々女ったらしみたいに言って、俺のこと毛嫌いしてたくせに」「だって事実じゃない」「うるせ。・・でも、会うくらい会うよ、サインだってするさ。だから、ミリもそんなこと気にせずに・・」「いいよ、そんなことしなくって」「遠慮しなくていいって、大したことじゃないよ、会うくらい」「・・・」「何?」「でも、私が、会ってほしくないんだもん」「は?」「・・だってさー、みんな大学入ってからすっごいキレイになったんだもん」「は?」「キレイなのっ、みんな。背も高いし、スタイルもいいし・・それに、、」「それに?」「私からなら、横取りできそうだとか、、イジワル言うし、ほんとにそんなことになったら」私はもう別れなくちゃいけないとしても、、私の後が、知ってる人はやだな、って思うのは、勝手かな。。ぼんやり思う私に、ケースケはあきれたようにため息をついて、「ったく、始まった。またかよ。ミリだって相当ワンパターンだよ、、。まあいいよ、何度でも言ってやる。俺、ミリしかないよ。そんなキレイなとか気にされてもさ、普段から仕事でキレイな女なんていっぱい会ってるよ。でも、俺にはミリしかいないんだって。・・って、そうだ、おい、話戻るけどいいか?」「なに?」「・・・次は女子高生にしたらって、、さっきの、なんだよ?」「うわ、ほんと、すごい戻った」茶化す私に、コワい目で見てくるケースケ。「・・・次って、なんなんだよ?」「コワいよ、そんなにらんだら」「答えろよっ。次ってなんなんだ?次なんてないだろ?ずっと、俺たち一緒だろ?離さないぞ、ミリ」強い力で抱き寄せられる。・・・『離さないぞ、ミリ』その言葉に、私は、どうしようもなく震える気持ちを押さえ込みながら、笑う。「わかってるよ~。それも、すぐに否定してもらえると思って言っただけだもん。冗談だよ、冗談」「笑えね~」「ごめん。ごめん。ケースケのココロの中の私がそんなに深刻な状況だなんて思わなかったんだもん」ケースケは、少し笑ってから、私を、優しさだらけの目で見て、もう一度言う。「・・ミリ、愛してる。絶対に離さないからな」胸の奥がズキンてする。こんなに正直に心の奥を見せてくれる、、何よりも、私を愛してくれているケースケに、私は、嘘をついてるんだ。何度も思う。私は、嘘を・・。でも、私は言う。しっかりと見つめて。「・・私も愛してるよ、ケースケ」・・ねえ、これは、、これだけは、本当の気持ちだよ。『離さないで』、とは、、もう、言えないけれど。
2009.11.18
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・・どこまで優しいの?ケースケ・・。頼りないのはあなたじゃない。私なのに。私は、こんなに臆病で。ケースケを苦しめることがコワくて、何もかも投げ出して、私からの愛も、ケースケからの愛も、全て投げ出して、逃げ出そうとしてるのに。「ケースケ・・」ただ、ポツリと名を呼ぶことしかできない私に、「あれ?何言ってんだ、おれ。なんだか混乱してきちゃったな」と笑うケースケ。「訳わかんないよ」と、泣きたい気持ちを笑いに紛らせてうつむいた。「だよな?ごめん」病気の疑惑が解けて、心底ほっとしたらしいケースケは、私の心の中などまさか疑いもせず、簡単に謝って、「あ~~ぁ」大きく伸びをする。「でも、勘違いでよかった~。本当に。」「・・ほんとだよ。・・ひどい勘違いするんだからっ」そういう私に、ケースケは思い出したように、「・・・でもさ、ミリ、お前ダイエットなんてしなくていいだろ?」なんて言う。私は、すぐにイジワルモードで、「え~??なんで?、、あ。そうか。。胸が小さくなったの不満なんだね。ただでさえちっちゃいのに・・」「そんなこといってない。痩せる必要なんてないじゃないか。もっと太ったほうがいいくらいだよ。ちゃんと食えって」「は~い。。でも、ケースケいないと、1人でごはん食べるの、さみしくて~。。。あんまり食欲も出ないんだもん」小さく情けなくそういう私に、ケースケは申し訳なさそうな顔で、「ごめんごめん。だけど、、だったら、誰か誘えばいいだろ?」「誰かって?新谷先生とか?」「まずそれかよ。絶対、駄目、てか、それしかいないのかよっ??」「それって、、人称代名詞ですらなくなってるよっ。」「いいんだよ、そんなこと。あんなの、それ、で、十分なんだ」「ったくもう。」「・・バンドのメンバーは?あいつらと食べればいいだろ?」「毎日~?やだよ」「なんで?」「だって、飲みまくりだもん。」「ミリだって飲むじゃね~か」「そりゃあ飲むけどね、ジュンペーたちの飲み方はハンパないんだもん。帰れなくなっちゃう。それでもい~の~??」私の言葉にケースケは慌てて、「あー、ダメダメ。それはだめだよ。じゃあさ、ほら、・・女友達は?いっぱいいるじゃないか。ヨーコとか、シオリとか、最近会ってないのか?大学一緒だろ?」高校の時の同級生の名をあげるケースケ。確かに、今も同じ大学のトモダチだけど。。
2009.11.17
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でも、ケースケ、あなたはそのこと、知らなくていい。。どれだけ口づけてもまだ足りないという様に続けられるケースケの長いキスを受けながら、私は思っていた。ケースケに知られないように、、私は、病気のことは何も話さずに、離れる方法をしっかりと考えなくちゃいけないって。その方法が決まったら、きちんと、病気のことを調べてもらう。ほとんどクロだけど、、。はっきりと診断されてしまえば、すぐに行動に移さなくっちゃならない。それがどんな方法でも、、・・私はケースケの前から消えるんだ。・・・でも、それまでは、、それまでだけは、ケースケと今までどおり、過ごしたい。たとえ、あと、わずかでも。ケースケがゆっくりと唇を離す。でも体は抱き寄せてくれたままで。私はケースケの腕の中で言う。「・・・だけどさ~」私は、ココロが折れてしまわないように、イジワルな顔して笑う。「そんな、勝手に人のコト病気にして、盛り上がって盛り下がられてもね~・・・」ケースケは子供みたいな顔つきになって、「別に盛り上がってないって。ああ~。よかった」ケースケは夜空を見上げながら安堵のため息をつく。私は、それを、悲しい思いで聞いた。私は、嘘をついてるんだ。こんなに大切なこんなに自分が愛してるこんなに私を愛してくれている人に。そして、バカみたいにたずねてしまう。「・・・病気だったら、どうするつもりだったの?」ケースケは顔は空に向けたまま、目だけをこちらに向けた。少しだけ微笑んで。「どうするって・・・別にこれまでと一緒だよ。そばにいる。ただ、もっとミリを支えようと思うだけだよ」私は、胸の奥の奥で涙を流しながら、表面上は平気な顔をして聞く。「だったら、なんであんな悲壮な顔で聞くのよ?何も変わらないなら」「何言ってんだよ、何も変わらなくはないだろ?ミリが痛い思いしたり、怖い思いしたりするのカワイソウだからだよ。きっと、むちゃくちゃ心配だし。それと」「?」「なんでそんな大事なこと俺に、隠してたんだって、・・・哀しくなったからかも」「・・・」「いや、違うな、そんなに頼りない俺、なのかって、自分に腹が立ったのかな。・・そんな頼んない俺のせいで、ミリが、、俺に必死で隠そうとして、、、美莉に、辛い思いさせてたんだって思ったから、かな」ただ優しく囁くように告げるケースケ。私は言葉に詰まってケースケの胸に顔をうずめた。・・どこまで優しいの?ケースケ・・。
2009.11.16
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「アレはなんだよ?胸が痛んでるんじゃないのか?確か症状の一つにあったよな?」深刻な顔でそう聞くケースケ。私は、とっさに、思いっきり、吹き出すことにした。「あ、なに笑ってんだよ。笑ってごまかそうったって・・・」「違う違う、だって、あれはね~」「なんだよ?」私はちょっと小声になって、「ちょっと、ブラの位置を直してただけだよ」「は???」「気づいてない?ケースケ。私、最近、ちょっと痩せたでしょ?」突然、話が変わって戸惑ったような顔のケースケ。「あ、、ああ、確かに」「ね?密かにダイエットしててさ~、それで体重落ちて喜んでたら、実は、胸が小さくなってただけみたいでさ~。。時々、ブラがずれちゃうんだよね~。買いなおさなくちゃ」ケースケは少し黙ってから、聞く。「本当に・・そんなことだったわけ?」私はけろっとした顔で言う。自分でもよく思いついたな、って思いながら。でも、ま、最近本当にあることだし。「うん。今日も、張り切って階段上ってたら、ずれちゃって。でもわざわざトイレまで行くのもめんどくて。。だから、人波から遅れて、こっそりと、ね、直してたんだ、、、誰にも見られてないと思ったのに。ケースケに見られてたなんて~。エロイな~、ほんと。見逃さないよね、そういうの」「ばっ、、偶然だろ?てか、ちゃんと見てはいないって。もしそれがほんとなら、おもっきり勘違いしてたんだし、、それが、つまり見てない証拠だよ。」慌てた声でそう言うケースケに、私は笑って、「はいはい。でも、そういうわけで、胸なんて痛くなんてないってば。ほんと~に、それにね」「?」私は、噴水の縁から、飛び降りた。「ほら、見てて、こんなに、元気だよ??」側転でもしようかと、あげた私の手を、ケースケは慌てて捕まえながら、言う。「いいってそんなことしなくって。大体、スカートでそんなことしたら、パンツ見えるぞ。」と下品に突っ込んでから、私の機嫌を伺うときのように気弱な目で、「・・・なあ、ホントに違うのか?」気弱になったケースケの声。ココロで安堵の息をつく。・・・もう、大丈夫だ。逃げ切れた。私はにっこり笑って言う。「うん。違うって言ってるじゃない。変なケースケ。そんなに私を病気にしたい?」ケースケは首を全開で振る。「まさか。違う、、なら、、いんだけど」「はい、よかったね、違います。はずれです」「ほんとに?」私は手のひらを前に向けて、宣誓のポーズをとる。「うん。誓って」きっぱり言い切る私。その答えに、ケースケは、噴水の縁にコシを下ろし、大きな息をつき、空を見上げた。「・・・なんだ~。。よかった」また噴水の縁に上がりかけた私の手を捕まえて、「ここ、座れよ」と、横に座らせるケースケ。そして、私の両手を掴んだまま、まだ、何かを確かめるように、瞳を覗き込んでくる。私は、しっかりと見返す。ケースケ、アイシテルってキモチだけ呼び出して。ケースケは、私の瞳に、その思いに引き寄せられるように、キスをした。長い長いキス。そして強く抱きしめられる。「よかった・・・。ほんとに・・・」搾り出すように言うケースケ。涙ぐんでる・・?ただ、黙るしかない私に、「俺、ミリが、、症状揃った、て思うだけで、足元が崩れそうな気持ちになったよ」ケースケが、心底心配してくれたのが分かる。安心させるように、にっこりと微笑んで、「全く見当違いだけど、そんなに私のこと想ってくれて嬉しい。ありがとう。優しいねケースケ。」と言った。もう一度、口づけてくるケースケに目を閉じて想う。・・・見当違い、じゃ、ないんだよ。でも、ケースケ、あなたはそのこと、知らなくていい。。
2009.11.15
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名を呼ばれ、目を見据えられた時点で、ケースケが気づいてくれたことに気づいた。だから私は、しっかりとココロの準備をして、次の、、その言葉を待つ。ケースケは、自分が気づいた事実に、きっとココロを押しつぶされそうになりながら、でも、それを必死で抑えながら、ゆっくりといった。「お前、まさか、、症状が全部・・?」私は、全身全霊を込めてとぼける。「え??」ケースケは私の反応も気にせず深刻な表情のまま続ける。ケースケにとっては、きっと、それはもはや疑問系ではなく、事実確認として。「・・・例の病気、、症状が揃ったんだな」正解。だよ。ケースケ。ココロで小さく思う。だけど、そんなこと微塵も感じさせないようにしなくっちゃ。「は~??」思いっきり呆れ顔で言う私。ケースケは、その私の反応に少しぼんやりした顔になって、「は~って?、、違うのか?いや、でも、そうとしか・・」私は、やり過ぎないように笑って言う。あきれたように。「何言ってんの~?全っ然、そんなことないよ。」「嘘だ」きっと、ごまかされないぞっていう決意の元、怖い顔で言うケースケに、「嘘って言われてもー・・・」逆に困り顔で、言う私。間違いないと思って口にした深刻な事実を否定されて、戸惑いきっているケースケ。体勢を立て直される前に、こっちから、畳み掛けないと。。。私は、口を尖らせて逆に聞き返す。「なんでなんで?なんで、そんなこと思うの~?」「なんで、、って」「ほら、また、聞かせてよ、ケースケの妄想」「ったく、また妄想呼ばわりかよ。」「なんでもいいから、早く」「ここんとこ、ずっと何か隠してただろ?俺に」「何にも隠してないよ」「嘘つけ」「ついてないって、まったく意味がわかんない~」とぼけきる私に、だんだん、確信が揺らいでいくケースケ。でも、私と同じ様に口を尖らせて続ける。「・・だってさ、メールくれなかったり」私は思いっきりため息をついて、「またそのこと?昨日謝ったし、説明したし、今日はいっぱいメールしたでしょ~?ったく~、したらしたで文句言ったくせに~っ」私の反論に、目が泳ぎだすケースケ。でもまだ粘ってくる。「いや、、それは、、そうだけど、、でも、、ほら、、夕べはしたくないって言ったり。あれって、2週間に1回ってのの、せいじゃないのか?俺はてっきりそう、、だ、、と・・」口ごもりだしたら、もう、負け始めてる、よね?ケースケ。基本、私の言うこと信じてくれる人だから。結局、、つまりは、優しすぎるケースケ。本当に、、優しい、、ケースケ・・。私は、泣きそうに、歪みそうになる顔を見られたくなくて、噴水の縁にあがり、歩き始めて言う。「も~、ったく~、全然、関係ないよ。ほんとね~、全く人の話聞いてないのねっ。抱っこだけされたいんだっていったでしょ~?自分だって、いいって言ってくれたくせに」「おい、危ないって、降りろよ」「やだ」きっぱりと断る私に、小さくため息をついて、黙り込んだ。・・そろそろ、終わりかな?と思ったけれど、「・・まだあるぞ」なんて、意外にも、まだ続けてくる。・・・事が事だから、かな。「はいはい。どうぞ」「夢でうなされて、俺に謝ってた」私は、心底疲れた声で言い返す。「知らないよ~、寝てる間のことまで」ケースケは、続けて言う。「それに」「それに~?」噴水の丸い縁の上をぐるぐると何周も歩いて回っていた私。ケースケの前に来たときに手首を掴まれた。、、からケースケの方を見た。ケースケは、その瞬間を捉えて目を見つめて言う。「さっき、胸のトコ押さえてただろ?駅で」見られてたんだ・・・。心の中で唇を噛む。それでも、なんとか、すぐに、「・・・胸のトコ?」首をかしげた私に、「ああ。階段の途中で足を止めて」「・・・?」「俺と目が合う直前だよ」「・・・・」「アレはなんだよ?胸が痛んでるんじゃないのか?確か症状の一つにあったよな?」
2009.11.14
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足を止め、まぶしいものを見るように目を細め、何かを考えていたケースケ。そして、「ミリ」静かに名前を呼ばれ、目をじっと見据えられた瞬間に、・・・気づかれた・・・。そう思った。『気づいて、離さないで。』今朝、確かに強くそう思った私。だけど、まさか気づいてなんてくれないだろうって思ってた。・・・気づいてくれたんだ、ケースケ。ココロの奥がじわりとあったかくなる。気づいてくれた。ただそれだけで。嬉しくて、涙があふれそうになる。自分からは言い出せなかったこと。症状が揃ったあの時から、言うか言わないか、ずっと迷ってきたこと、今、ケースケが。。私が認めれば、ケースケは、これまでにもまして、決して私を離すことなど、ないだろう。・・・・・だけど。そう、『だけど』、と、私は思う。私は、ケースケに嘘をつかなくてはいけない。認めるわけにはいかない。絶対隠し通すんだ。もう、決めたんだから。私は、話さずに離れる。今日、バンドの練習をしながら。ココロからの愛の歌を歌いながら。ジュンペーと女子高生の話を聞きながら。私は、ずっと愛のことを考えていた。私とケースケの間にある愛のことを考えていた。そして、症状が揃ってしまった私のカラダのこと。私は、ヒロトとのことで、これまで散々ケースケを苦しめてきた。これ以上、どうして、ケースケを苦しめられるだろう。ヒロトを失って闇の中にいた私をケースケは支えてくれた。明るい未来を予想できる場所まで連れ戻してくれた。それなのに。私にできることなんて、何もない。次から次へと、ケースケを苦しませるばかりで。どんなに大切にしてもらっても、ケースケを困らせるばかりで。話さずに離れなくてはいけない。ケースケにだって、楽しい、明るい、憂いのない恋愛をする権利があるはずなんだから。ジュンペーたちのように。私は、、その相手にはなれない。もう2人の幸せな未来を夢見ることはできない。ケースケは、私を愛してくれている。そのことは痛いほど分かる。私にはケースケしかいない。ケースケと別れることは、身が裂かれるように辛い。私と別れることは、ケースケだって同じように辛いだろう。だけど、それは、一瞬ですむことだから。そして、それで、最後になるのだから。ヒロト。ヒロトが死を選んだときに思ったように。私も、ケースケから手を離す。ケースケを残して、1人でいくつもり。出口がないかも知れない、闇の中に。自殺するつもりはない。母が自分の命と引き換えに遺してくれた私だから。たとえ長くは生きられなくても、その日がくるまでは生きていく。だけど、病気の私の人生に、ケースケを巻き込むわけにはいかない。Hをガマンさせたり、それこそ死ぬほど心配させたり、、ずっと苦しめるわけにはいかない。ヒロトが死んだときのように。ケースケだって、、、また、新しい誰かが癒してくれる日がくるだろう。ヒロトが死んだことは哀しい。いなくなったことは哀しい。でも、私はちゃんと戻ってこれた。ケースケのおかげで、幸せの中に。ケースケにもきっと、そんな日がくるだろう。だってケースケだもん。そんな相手はすぐに見つかるだろう。だったら、何をためらう必要がある?話さないで離れる。それが最良のことなんだ。こんなこと考える私のココロ、病んでいる?だったらそれでもいい。だったらなおさらのこと。私はケースケと別れるほうがいい。そうすれば、もう、永遠には、苦しませないですむ。そう・・・思って帰ってきたんだ。目を見据えられ、気づいてくれたって気づいた。そして、・・・なんでなんでなんで、こんなタイミングで、と思う。神様ってイジワルだ。昨日までなら、、ううん、今朝までの私なら、きっと、認めて、ケースケの胸で、わんわん泣けただろう。でも。もう、そんなことできない。そう、ココまで思いつめてしまった今は。
2009.11.13
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いつのまにか、いつもの噴水のところまで来ていた。だけど、メンテナンス中らしく、今日は水が止まっていた。「なんだ、今日はお休みか」ポツリと呟くミリ。そして、さっきの質問にいつまでも返事しない俺を振り返り、訝しげに、たずねる。「ケースケ?。。否定してくれないの~??まさか、本気でうらやましがってる?」「・・・」「あ~、、やっぱ羨ましいんでしょ?じゃあさ、ケースケも、次は女子高生にしたら?ケースケなら、その気になったらすぐだよね」そこで俺は、さすがに、たまりかねて言う。「・・・次って、なんだよ?」俺の言葉に、ミリは言い過ぎたと言う顔で、唇を噛み、助けを求めるように、噴水を見た。でも、今日は水は止まっていて。・・・次ってなんだよ?ココロでもう一度思う。まるで、、やっぱり、俺の前から、いなくなること前提じゃないか。俺の、、前から、、いなくなる、、ミリ。。?そして、俺は、、足を止めた。止めたと言うより、動けなくなった。やっと、、気づいてしまったから。さっき駅で階段を降りてきたミリの、目が合う直前一瞬の憂いだらけの表情。胸に当てられていた手。そして、この間からの、ミリ。・・そうだったんだ。。。俺は、静かに名前を呼んだ。「ミリ」ただ黙って俺を見ていたミリが小さな声で応じる。「なあに?」俺は、ミリの目を見据えて言う。ごまかされないように。「お前、まさか、、症状が全部・・?」
2009.11.12
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2人で駅から帰るときは、いつも、公園を抜けていく。もちろんヒロトの噴水と、そして、夜の木の香が好きなミリなんだ。公園に入り、少し深呼吸をしてから、ミリが言う。「ね~。メール読んでくれた?」楽しそうに見上げる笑顔。俺は、まずは素直に応じる。「読んだよ~。てか、送りすぎっ」「あは、やっぱり?言われると思った。」「加減ってもんがあるだろ~?」「いいじゃない。今日はたまたまメール打ちやすい状況だったのー」「それにしたってさ。・・・あ、そうだ、、どうなったんだ?」「なに?」「ジュンペー、どうするって?女子高生」「・・・」黙るミリ。俺は聞く。「なんだよ?」「・・別に」言いにくそうに目をそらすミリ。「言えよ」「ん~、、」ミリは手を離して、少し先に行き、振り返って言う。いたずらな笑顔になって。「ケースケが口にすると、必要以上に、いやらしく感じたの~」「女子高生って?」「そう」「バカ。人のことなんだと、、」「ふふ。冗談だって。ジュンペーねぇ、まあ、付き合ってもいいかな、って言ってたよ」「なんだ、意外に冷めてんな」「でしょ?失礼だよね~。相手はきっと必死なのにね。でも、全然知らない人に、告られて付き合うって、、そんな感じなのかな~」ジュンペーは、ミリのこと、ずっと好きだったから。俺とミリが恋人になって、忘れるっていってたけど。もしかしたらまだ。。?だけど、それは口にすべきことでもない。新しい恋を始めてみることで、忘れるつもりでいるのかもしれない。「・・さあ、どうだろうな~。まあいいんじゃね~の?その気になってるなら」「ん~。よく知ろうともしないで振られちゃうよりはいいのかな?ねえ、その子ね、ユウヤが言うには、とっても可愛い子らしいよ?」「へ~」ただ相槌をうつ俺に、ミリはいたずらな目になって、「羨ましい?」「は?」「だって、女子高生だよ~。しかも、可愛くって。ユウヤはすっげうらやましーって言ってた。ケースケもうらやまし~?」「・・・」ニコニコ笑って、ころころ子犬が跳ね回るように、足を運ぶミリ。また俺をからかって楽しんでるんだな?いつもなら、怒って必死で即否定して、ミリにくすくす笑われるとこだけど。俺はそんなはしゃいだ気持ちになれなかった。駅から、心に、、引っかかっていることがある。ここのとこのミリのこと、答えがすぐそこに見えているような気がする。その淡い感覚を見失わないように、俺は慎重に考えをまとめようとしていた。
2009.11.11
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改札を抜けて外に出る。俺は腕時計を見た。・・・まだ、8時か。さすがにミリも、起きてるだろう。今日こそ、ちゃんと話さなくちゃ。と思って、帰るよメールするのすら、忘れていたことに気づく。今朝までのミリのこと考え込みすぎて、今のミリのこと忘れちゃうなんて俺も抜けてるな。・・ミリは、、もう、帰ってんだっけ?俺は、歩き出しながら、ケータイを取り出した。と、同時に、新着メールが。ミリからだ。ミリ→ケースケ: 今帰り道でーす。もうすぐ駅に着くとこだよ~。ケースケは、今日も遅くなるのかな??無理しすぎないでね。・・・もうすぐ駅に着く?俺は、足を止め、振り返る。俺が乗ってきたのとは反対方向から、電車がホームに入ってくるのが見えた。あれか。嬉しい偶然。改札で待っていたら、ミリは、どんな顔するだろう?俺は、改札の方に戻りかけて、、いや、まん前で待ってるのも、、なんだかな、、と思い、駅を出たところにある大きな木の下に立った。電車が発車し、向こう側のホームから渡ってきた階段を降りてくるたくさんの人波。その中に、ミリを探すが、、いない、、な。。やがて階段の人波は途切れる。・・・違ったか。次の電車かな、、。そう思ったときに、階段の端に、ミリの足が見えた。ミリの足。足だけだって分かるさ、ミリってことは。足だけでなく、スカートのすそ、上半身、だんだん、ミリが降りてくる。俺は駅から出てくる人波に逆らいながら、前に出た。・・けど、ミリは階段の途中で足を止めたらしく、なかなか顔が見えない。右手で手すりを掴み、左手は・・?胸のところで握っている。・・・?なんで降りてこないんだろう?俺は、もう少し前に出て、コシを屈め、ミリの顔の方を覗き込もうとした。すると、やっとまた動き出し、一段足を降ろして顔の見えたミリと、すぐに、目が合った。俺と目が合ったとたん、目を見開いて、驚き、次の瞬間には、満面の笑顔になったミリ。それまでの緩慢な動きが嘘のように、小走りになって改札に向かってくる。改札を抜けながら、俺に言う。「ケースケ~」ただうなずく俺。改札を出、定期をバッグにしまいながら、俺のそばまで駆け寄って、ミリは俺に抱きついた。「こらこら、こんなとこで」嬉しいけれど、一応そんなこと言ってみる。ミリはしがみつくように俺の胸にうずめていた顔を離した。腕は俺の体に巻きつけたまま、俺を見上げて言う。「だって、嬉しくて。どうして~?」「俺も、さっき駅に着いたトコだったんだ。ちょうどメールきたから」「そうなんだ~、うれしっ」もう一度、しっかりと抱きつくミリの頭をぽんぽんと叩き、「おかえり」「ただいま~。そっちこそお帰り」「ただいま。・・さ、帰ろっか?」「うんっ」弾んだ声で返事するミリ。そして2人、自然に、手をつないで歩き出す。俺は、隣を歩くミリを静かに見下ろした。その無邪気にはしゃぐ笑顔。俺に会って無防備に喜ぶミリ。俺の前から消えようとしているかもなんて、考えていたことすら、何もかも、気のせいだと思いたくなってくる。だけど・・・。
2009.11.10
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悠斗と別れ、改札を抜け、ホームで電車を待つ。俺はポケットからケータイを取り出した。ミリからのメールフォルダ、朝から来た順にもう一度読んでみる。ミリ→ケースケ:行ってらっしゃーい。あんまり急いじゃダメだよ~?気をつけてね。ミリ→ケースケ:間に合ってよかったね~。私もそろそろ用意しまーす。今日の予定は、ジュンペーんちで、今度は学祭のセットリストを決めてから、スタジオで練習でーす。 ミリ→ケースケ:今から、行ってきま~す。いい天気で幸せ~っ。ミリ→ケースケ:無事に着きました~。てかね、ジュンペーまだ寝てたし。ケンタも寝てたからたたき起こしてやったー。ミリ→ケースケ:ったく、部屋がすっごいお酒くさいよー、せっかく早起きしてきたのに、まずはこの部屋の換気と掃除からですー。私は家政婦かっ。ご飯奢らせてやるんだっ。ミリ→ケースケ:はい、掃除と換気完了です。ユウヤも来たから、セットリスト会議開始です~。ミリ→ケースケ:・・・もう決まったし。なんだ、あっけな~。いつも、オトコのコたち揉めたおすのにねー。せーので出した宿題のリストが全員一致でした~。気が合ってきた?やっと?笑ミリ→ケースケ:スタジオまで時間あるので、今からお昼食べにでますー。とうっぜん、ジュンペーとケンタのおごりですっ。ミリ→ケースケ:今、『銀杏』にきて、ドライカレーを注文しました。私がメールばっかりしてるので、浮気かと、疑われています。単純だな。この人たちは。思わせとこーか?笑ミリ→ケースケ:ねー聞いて、ジュンペー、告られたんだって。バイト先でお客さんにっ。ミリ→ケースケ:追加情報。なんと高校生らしいよっ。女子高生。・・・止めるべきっ??・・・ったく。まだまだあるし。ミリが夕べ約束したとおり、こんなにも。取ってつけたように、メールの嵐。普段の俺だったら、さっきの悠斗をからかえないくらいにデレデレするところだけど。だけど、今は、そんな気分にはなれない。肝心なことは何一つ言ってくれてないんだ。もちろん、メールで話せるようなことでもないだろうけれど。・・・ミリ。一体。。。?ホームに滑り込んできた電車に乗り込み、ドアのそばに立ち、考える。『いて・・・離さないで・・』今朝のミリ。何を言おうとしてた?離さないでって、、何なんだ?俺がミリを離すはずないこと、分かってるはずなのに。悠斗にも言ったように、ミリは、何かを隠したまま俺の前から消えようとしている。そんな、悲壮な覚悟を感じてしまうんだ。俺は焦る。何だ、何だ、何だ?何かを思い出しそうで、思い出せない。目の前に答えがあるような気がするのに。考えろ、俺。絶対に、、ミリを、離したりなんて、できないんだから。
2009.11.09
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「だから、そばにいて。・・・急に、、いなくなったりしないでね」切実な思いの込められた楓の言葉に俺は、しっかりと答える。「ああ。約束するよ」俺は楓の手を取ろうとし、手に握られたネックレスに触れた。そして、言う。「誓うよ。このネックレス2つともに」楓はくすりと笑って、「もう、大げさね」と言うけれど。「貸して。つけてあげるよ」そういうと、嬉しそうに、楓は、「ありがと~。これが悠斗がくれた方だよ。」といって、俺に1つネックレスを渡した。俺は、止め具をはずして楓の首の後ろに手を回してつけた。幸せそうに胸元を見下ろす楓。俺は、真近くで楓を感じて、いよいよたまんなくなって、そのまま楓を抱き寄せた。「悠・・斗・・・?」突然の荒々しさに驚いたような楓の頬に手を添え、ゆっくりと唇を重ねる。目を閉じて、何度もキスをしてから、思い出して、「・・よかった、よく似合うよ」と言う俺に、「もうっ、全然見てないくせにっ」って、ぼやきながらも、俺のキスを優しく受け止めてくれる楓。「いんだよ。今から、それだけ着けてる楓を見るんだから」耳元で囁くと、「どういう意味?」って聞き返す楓。俺は、「こういう意味」いいながら、ひとつひとつ楓のボタンをはずしていく。一瞬、驚いた顔をしたけれど、たちまち俺の言葉の意味を理解すると、あっという間に真っ赤になった。「・・・もうっ」小さく唇を尖らせた後、それでも静かに目を閉じてしまった楓。俺はもう一度唇を重ねながら、そっと楓を押し倒した。「あ、ねぇ・・」一気に始めようとした俺を楓が制する。「・・なに?」動きを止めずに、聞き返す俺に、「箱から、、もう、、ひと、つ、見て欲し、、いモノが、、ある、んだけど・・」途切れ途切れに言葉を口にする楓。俺は、短く、「あとで」とだけ、答えた。動きは止めない。止められるもんか。
2009.11.08
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気がかりなこと吐き出して、少し落ち着いた様子の楓。俺は、夕べのことを思い出して尋ねる。「楓」「・・なあに?」俺は蓋を開けられたまま置かれた箱を指差して、「・・夕べ泣いてたのってさ、その箱のせいだったんだ?」楓は、箱に目を移して、思い出すような目で、「うん。そう、、悠斗に電話もらったときは、、、手紙を読んでたの。お母さんが私に書いてくれた」俺は、箱の中の手紙に目をやる。楓は小さく囁く。「ねえ、、悠斗、その手紙なんだけど、、読んでくれる?」「・・いいの?」「うん。読んで欲しいの。お母さんからね、悠斗に、の部分もあるんだよ」・・・お母さんから、俺に?驚く俺に、楓は手紙を渡した。手紙を読み終えて、俺は、小さく息をつく。楓のお母さんが、この手紙、たった一通の手紙に込めた、親としての愛情の全て。・・・どれだけ、お腹にいた楓を愛し、どれだけの心残りがあったことか。その重みと、最後に添えられた、「楓が愛して、楓を愛してくれている人へ」という言葉から始まるパートを思う。そして、それを俺に読ませることを選んでくれた楓の心も。・・間違いなく、受け止めますよ。俺は、心で楓のお母さんに応え、隣に座ってまたネックレスを眺めていた楓をそっと抱き寄せる。優しくもたれかかってくる楓。俺は楓の頭に頬をつけ、囁く。「・・・大事にするよ、俺、楓のこと。まだ、頼んない俺だけど、きっと幸せにもできるように生きていく。楓には、、俺なんかでいいのかって、正直、思うけど」悟さんに比べ、あまりに頼りなく響くはずの俺の言葉に、楓は、ゆっくりと顔をこちらに向けて、出会った日から変わらないそのイノセントな瞳で、見つめてくる。吸い込まれそうになるよ。何度見つめ合っても。楓。楓は、目を細めて、静かに微笑んで言う。「・・ありがと、悠斗。私だって、悠斗に、、私なんかでいいのかって、正直、思うのよ。いつもいつも思ってる。でもね、私には、悠斗でなくちゃ、、悠斗がいなくちゃ、もう、ダメなの」そういって、もう一度頭を俺の胸にうずめて言う。「だから、そばにいて。・・・急に、、いなくなったりしないでね」その言葉に込められた切実な願い。俺にはよく分かっているよ。
2009.11.07
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そこまで話し終えて、ゆっくりと目を閉じた楓。俺は、右手を静かに伸ばして、楓の左の頬に触れる。涙は流れていない。でも、唇は微かに震えている。記憶の波に飲まれてるんだ。記憶の波、だけでなく、悟さんの愛の記憶に飲まれてるんだ。俺は頬に添えた手をさらに進め、首筋に這わせてからゆっくりと楓の体を引き寄せた。されるがままに、俺の胸に額をつけ、小さく息をつく楓。しばらくは、このままで。このままで、いい。またひとつ、楓の中にある、悟さんとの思い出が蘇った。なんにでも妬くヤキモチ焼きの俺だけど、悟さんとのことには妬かない。妬けない。ただ、、なんていうか、、凹む。妬くとかそういうレベルじゃないんだよな。とにかく圧倒される。悟さんと楓の間にあった、愛、に。幼い頃からずっと一緒に過ごして、ずっとお互いだけを見ていて、それ以上でも以下でもなく、ただお互いだけを迷いなく愛してた2人。悟さんが今も生きていたら、たとえどんなタイミングで楓と出会えていても、俺なんて完全に出る幕じゃなかっただろう。それは、あの、謙吾ですらダメだったんだから。2人の間に入ることなんて。ただ、悟さんはもういなくて。だから、俺が、こんな風に腕の中に楓を抱くことができてるんだ。だけど、こうして時折、楓の中からあふれ出す悟さんとの記憶。もちろん、俺が割って入れるはずもない、2人だけの思い出。だけど対照的に、その思い出は、俺と楓の間にいつも、いとも簡単に割って入ってくる。否応なく。悟さんとの思い出が楓を支配する時には、俺は、こんな風に、ただ黙って脇に寄ってるしかないんだ。っていっても、もちろん、手を離すつもりはないよ。全部受け止めるつもりで、その手を取ったんだから。やがて楓は、俺の胸から顔を離し、俺を見上げて微笑む。少し申し訳なさそうに。俺は微笑む。いいんだよって伝えたくて。楓はそのキモチをちゃんと汲み取ってくれてから、胸にもう一度頬をつけ、小さく続ける。「その日から・・私の中で、自分を責める気持ちは、すっかり消えたの。ただ、お母さんに感謝の気持ちしかないわ」「うん」「だけど、もしも、お父さんが、、」そうだ、お父さんに、会うかどうかの話をしてたんだっけ。楓は続ける。「もしも、、、、私のせいで、お母さんが死んだって知ったら、私、、恨まれちゃうかな、ってちょっと思っちゃったの」「そんなわけっ」俺は勢い込んで言う。「そんなわけないよ、絶対。お母さんが死んだのは哀しいことだけど、楓が生まれたことは喜んでくれるさ、きっと」「そうかな、、お母さんのこと、お父さんから奪ったのは、結果的には私ってことに、、」「ないって!大丈夫だよ、楓。楓のお母さんが愛した人がそんなこと思う人なわけないって」「・・そうかな。。そうよね。・・ごめんね。深く考えて思ったわけじゃないんだけど、なんかそんな風に思っちゃったの。でも聞いてもらって随分気が楽になったわ」明るくそういう楓にほっとして、「・・じゃあ、会いにいけそう?」「うん。でも、、、」楓は、くすりと笑う。「まずは、、誰か分かってから、なんだよね。分かるかどうかもわかんないのに、気が早いよね、私。明日、先生に会ってみて、それから。もっと、・・・考えるわ、いろんなこと、ちゃんと」「そうだな。どんな人なのかも分かるかも知れないし。なあ、俺、ずっとついてるから。」「ありがと、心強い、とっても」その言葉が俺にだって心強い一言になる。悟さんの代わりにはなれないよ、俺。だけど、それは、あきらめでもなんでもない。俺は俺なりに、いつも楓に精一杯でいるんだ。こうして、今、俺に向いている楓の愛に励まされながら。
2009.11.06
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あれは、4年前。私の18回目の誕生日のことでした。誕生日、すなわち、母の命日は、母に対する申し訳なさが、確実にココロに浮かぶ日でした。その日、もちろん誕生日のデートに誘ってくれた悟は、街に出る前に川原で車を停めました。そして、手をつないで堤防を歩きながら私に言いました。『・・楓、お前、オレの子供産むだろ?』『え?』悟は繰り返しました。『俺の子供、産むだろって聞いたんだよ』『・・・何言ってんの?そんな、、子供できるようなこと、、なんて、何もしてないじゃない』真っ赤になって言う私に、『バカ、今すぐじゃないよ。いつか』『・・・いつか・・?』『あ~、じれったいな。俺がいつか父親になるとする。そのコドモの母親は誰だよ?』『私じゃなきゃヤダ』『はい、正解。俺が妊娠させるのは、楓だけだ』『なんか、その言い方、、、恥ずかしいよ』『いいから。ここからが大事なんだ』『うん、なに?』『いつかの楓のお腹の中には俺との子供がいる。でも、出産したら、楓は死んじゃうって言われたら・・』そこで、悟は足と、そして言葉も止めました。私は悟の前に回って、足を止めました。そして悟を見上げて、『どうしたの?』『いや、言いながら、リアルに想像して泣きそうになった』『あは。悟らしくない~。やわなこといっちゃって』『黙れ。え~っと、なんだっけ?』『死んじゃうって言われたら?』『そう、死んじゃうって言われたら、楓は、中絶スルか?』私は、そこで初めて想像してみました。母親の立場から。中絶って。。・・・悟と、、私の、赤ちゃんを、、殺すってこと?、、私は首をぶんぶん振りました。そして、同じ様に泣きそうになって必死で言いました。『自分が死んでも・・産むと思う。』『だよな?妊娠させるかどうかとか、産ませるかどうかとか、俺の気持ちはとりあえずおいとくぞ。泣きそうになるから』私は泣きそうな気持ちをごまかすために、少し笑って、『また。悟らしくな・・』『黙れって。死んじゃうって分かってても、中絶しない。楓は産むことを選んだ。で、産んで、そのせいで死んでしまうとする。その時、その赤ちゃんを恨むか?お前のせいで死ぬんだって?』私は、唇を噛みました。突然、何を思うよりも前に、頬を流れる涙。今いない赤ちゃんを想像するだけでも、殺すなんてできない。ましてや、実際に、お腹にいたら・・?アイシテル悟の赤ちゃん。殺せるはずがない。お母さんだってきっと同じ思いで。アイシテル悟の赤ちゃんがおなかの中でどんどん育っていったら。私は幸せだろう。私はきっと死ぬ間際までそのコのことを愛しているだろう。うらむなんて、、ありえない。私の頭の中に想いが染み渡るのを待ってから、悟は私の頬を伝う涙を指で止めました。『つまり。そういうこと。お母さんはきっと死ぬ瞬間まで幸せだったはずだ。楓、お前を産むことができて。後悔なんて絶対しなかったはずだ。だから、お前だって、生まれてきたことで、自分を責める必要はないんだ。ていうか、そのことで責めたりしちゃだめだ。絶対、お母さんは喜ばない。』悩んでたこと。誰にも言わずに1人で自分を責めてきたこと。心の中だけで。誰にも気づかれていないと思っていたのに。でも、どうして、、どうして悟には分かっちゃうんだろう。。。?『・・どうして。。?』また涙が流れ、また悟がぬぐってくれました。悟は優しく笑って、『分かるよ。楓。楓のことは全部。全部見てるんだから。まだ服脱がせたことなくったって、何もかも、見えてる』私は泣き笑いになって言う。『・・もう、悟のえっち』『えっち~?そんなこと言ったらホントにえっちになるぞ?』『えぇ。。っ』おびえる私に、笑って、『冗談だよ。今までどおり、もっと大人になるの待ってやる。ココロも、、カラダも』そういって私を見る悟の目、さっき言われたこと思い出して、『こっち見ないで~っ』って言う私に、『バ~カ。体は見えるわけないだろ?』からかうようにそう言ってから、悟は真顔になって言いました。『・・楓、お母さんの気持ちにこたえるためには、生まれてきたこと、ただ、感謝したら、そして、幸せになったら、それでいいんだよ』諭すように言う悟の優しい声、優しい瞳。私はただうなずきました。『楓が幸せになれる手伝い、俺が完璧にしてやるから。なあ、楓、俺と幸せになる心の準備できてるか?』『うん。もちろん。もうすごく幸せだし』潤んだ瞳のままでそう答える私に、『よしよしいい子だ』と頭をなぜてから笑って、『さ、じゃあ、誕生日恒例の憂い顔、ここで全部捨てたら、いくぞ。最高のデート用意したんだ。Hだけ抜きだけど。・・・楓、誕生日、本当におめでとう』そういって差し出してくれた、手のひらの大きさ。掴んだ時のそのぬくもりを、私はまだ覚えています。
2009.11.05
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「・・・ということでね、明日、その当時の主治医の先生に会っていただけることになったの」ネックレスをした母の写真。サチさんから聞いた母の初めての恋、と失恋。そして新しい恋と、妊娠。父のことを何も言わずに逝った母。もしかしたら何かを知っているかもしれない主治医の先生にかけた電話。長い話を語り終えた私は、ワインを一口飲みました。「へ~、ちゃんと連絡ついたんだ。その先生に」熱心に聴いていてくれた悠斗も、自分のワインに手を伸ばして言いました。「うん。まだその病院にちゃんといらっしゃって。とても優しそうな声だったわ」「1人で平気?一緒に行ってあげたいけど、俺、明日も・・」私は首を振って、「いいの。悠斗が忙しいこと分かってるわ。ありがと。ほんと1人で大丈夫だよ。でも、また、話は、、聞いてね」「もちろん。聞かせてくれなくちゃやだよ?明日、その先生に会って、お父さんのこと・・何か分かるといいな。お父さんに会いに行くときは俺絶対ついてくよ」そう言われ、少し視線を落とす私に、悠斗は聞きます。「・・会いたくないの?」「ん~、、そりゃあ、できるものなら会いたいけれど、20年以上も前のことだもんね、その人とお母さんのことは。今は、、もうきっと、家族がいるだろうし」私は、足をソファの上に乗せ、ひざを抱え込むように丸くなりました。悠斗は、そんな私を包むように腕をまわして、耳元で言います。「・・・だけど、、楓の言うように、お母さんが、もしも何も言わずにその人の元から去ったなら、やっぱり、何とか穏やかな方法を考えてさ、楓の存在とお母さんの思い、お父さん本人にだけでも、伝えられたらいいのにな、って思うよ。・・・何とか方法考えようよ。何も、何かを要求する話ではないんだしさ」「う~ん。そうなんだけど・・」悠斗を見て、気弱に微笑む私に、悠斗は困ったような顔をして、「何?なんか、俺、見当違いなこと言ってる?ほかに不安なことでも?」「・・・私ね、、、」言いかけて、言えない私。悠斗は私の手を取り、甲を撫ぜ、額に口付けてから言いました。「話してよ。思ってること」私は、もう一度微笑んで、小さく息をついて、話し始めました。思っていることを。「私ね、、お母さんは私を産んですぐに死んじゃって、お父さんは、誰かも分からないしで、生まれたときから両親がいなかったでしょう?だけどね、両親がいない、なんてこと、気にする必要もないくらい、たくさんの人に大切にされて、愛されて、幸せな子供だったわ」悠斗はうなずいて、「楓が、愛されて育ったって事、よく分かるよ」私は、その言葉に目だけで感謝を示し、続けます。「・・それでもね、、やっぱり、、、時には、お母さんは、、私のせいで死んだンだって、自分を責めたこともあった」「そんな・・」言いかける悠斗を目で制して、「だけどね、口には出さなかった。誰にも言わなかった。そんな風に自分を責めるなんて、私を幸せに育ててくれているみんなに申し訳ないって思ったから。それに、ほんとに、たま~にだけだったから、ずっと深刻に悩んでたわけじゃないし。・・・でもね、ずっと、断続的に私の中にその想いはあった。・・だけど、、」いいあぐねる私に、悠斗は小さく言いました。「・・悟さんは気づいてくれた?」私は、びっくりして悠斗を見てから、茶化すような目で、「すごい、鈍感な悠斗とは思えないっ」悠斗は、微笑みながらも、口を尖らせて、おでこを軽くこづきました。私は、少し笑ってから、すっと真顔になり言いました。「・・・そうなの。悟だけは、、気づいた。私が、そんな風に思ってること。」・・話していいのかな、悟のこと。・・悠斗、嫌な思いをするかしら。そんなこと少し考えてしまう私。悠斗は、優しい目で私を見て言いました。「いいよ。聞かせて」いつも私の過去全部を受け止めようとしてくれる・・・優しくて、強い人。嬉しくうなずいて、話しかけた私に、「ああっ、ちょっとだけ待って。」「なあに?」「その前に、俺のこと愛してるって言ってくれない?・・元気なくなっちゃわないように」いつも私の悟との過去をリアルに想像しすぎて凹んでしまう・・優しくて、可愛い人。私は笑って、「もちろん愛してるわ、悠斗のこと。悠斗の、こと、だけ」ゆっくりとそう告げると、悠斗は、「ありがと。俺も愛してるよ。・・さ、今度こそ、聞かせてくれて大丈夫だよ」自信満々に微笑む悠斗のかっこよすぎる表情に、ついうっとりきそうになるけれど、私は気を引き締めて話し始めました。あの日の悟の言葉。あれは、4年前。私の18回目の誕生日のことでした。
2009.11.04
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・・・でも、・・一体、誰の?そんな問いに対する答えなんて、もちろん出ないまま、俺の意識は、目の前にある、楓に引き込まれていく。ネックレスを愛おしそうに見つめるその瞳。俺は思わず声をかけた。「楓・・・」楓はネックレスを見つめたまま返事する。「なあに?」「こっち向いて」すぐにこちらを向いて、「?」の顔をする楓に俺は言う。「・・そんなにそればっか見ちゃダメだよ」「え?」「ネックレス見すぎ。」楓はきょとんとした顔で、「いいでしょ~?だって、すっごく素敵だもん」「ダメ。・・・妬くよ?」俺が真顔でそういうと、楓は、くすっと笑って言う。「モノなのに?」「そ。俺以外の人でもモノでもそんな愛おしそうに見ちゃダメだって」「悠斗がくれたモノでも~?」「もちろん。俺にとっちゃ楓の瞳に写るものは全てがライバルだから」平然という俺に、楓はあきれたように、「一体どこまで本気なの~?」そう言って俺を見つめる。俺は、まじめな顔で、「どこまでも本気だよ」楓は、「困った人ね、悠斗って。じゃあ、悠斗のこと、もっと見つめてからならいい?」やさしく笑って、俺をじ~っと見つめてくれる。あ~、ダメだ、俺、見つめられると、、。きっと今、ケースケに見られたらデレデレすんなって怒鳴られるよな、く~っ、可愛すぎる、楓。ダメだ、俺、、、ああ、どうしよっ、抱き寄せちゃおうか、押し倒しちゃおうか、って、一瞬迷ったすきに、、、楓は、もう一度ネックレスに視線を移してしまった。あ~ぁ。。こっちの落胆に気づきもせず、楓は言う。「ねえ、悠斗」「なに?」「ほんとに、ありがと、これ。すごくすごく嬉しいの・・・なんかね、ステキなのはもちろんなんだけど」「うん」「お母さんがもらったものと同じものもらえるなんて。お母さんと同じキモチになれてるんだ~、今、私きっと。お母さんもきっと、今の私みたいに幸せだったよね」目を細め、本当に嬉しそうな顔をする楓に、俺はさっきのシンクロした気分を思い出して言う。「俺も、なんだか、俺だけでなく、それを楓のお母さんにあげた人の気持ちにシンクロした気がする」楓が意外そうに俺をみて、「ほんとに~?」「ああ」「どんな気分、それって」俺は、無理に捕まえようとするとふわっと消えてしまいそうな微かな感覚を、なんとか言葉にする。「とにかくすごく嬉しそうな顔をしてくれてるのが幸せで、これからはこのネックレスが自分のいないときにもそばにいることが嬉しくて、そして、もちろん、とにかく目の前にいる君を愛してるんだって言う気持ち。・・って言ったら、今の俺の気持ちと全く同じみたいなんだけど、それでも、俺とは違う意識を感じるんだ。そうだな、まるで合唱してるみたいに・・分かるかな?」「分かるわ。もちろん。」楓は、お母さんの方のネックレスに話しかけるように言う。「・・・お母さんも、とても愛されてたのよね、その人に」「もちろんだよ、今の俺の楓へのキモチと同じ様に」楓は、俺の言葉をしみこませるように、少し目を閉じた。俺はココロの中でそっと思う。・・・こんなにこんなに愛してるんだよ、楓。これ以上どうしようもないくらいに。ひとつ息をつき、目を開けた楓。俺は思い当たって聞く。きっとこんなにも楓のお母さんを愛した人なのだとしたら、、。「俺が今シンクロしたのって楓のお父さんなのかな?」楓は、少し表情を翳らせて、「ん~、、それがね、、どうも、違うみたいなの」「違う?」「誰だかわからないっていうのは、共通なんだけど、、、ネックレスをくれた人と、私のお父さんは別人なんだって。。」そこで一度、言葉を止めた楓は、それでも、すぐ、思い切ったように言う。「・・サチさんに聞いた話なんだけどね、聞いてくれる?」「もちろん」俺はうなずく。そして楓は話し出した。そのネックレスのこと。
2009.11.03
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・・・一体、、どうなってんだ?って思った後で、まっさきに考えたのは、うあっ、やっちまった。ってこと。かぶっちゃったんだ~。。あ~あ、俺ってかっこわり。まだ驚いている楓に、言う。「ごめん。かぶった?持ってたんだ」楓は、呆然と2つ並んだネックレスをみつめたまま、まだ口を開けないみたい。俺は続けて言う。思い当たるのは、、。「・・・まさかの、、悟さんと?」楓は、俺を見て、慌てて首を振る。「違うの」・・違うんだ。ったら、誰だよっ。て思う。ぶっちゃけ、か~な~り、高価なもんだし、デザインから言っても、本命にじゃなきゃ絶対渡さないはずのアクセサリー。悟さん以外にもらったこと、、って、まさか。俺は思い当たって聞く。「・・じゃあ、まさか、謙吾かよ?」楓はなんで謙吾の名前なんて?っていう顔をして、言う。「・・違う違う」「じゃあ、誰にもらったの?」「・・・わかんないの」「え?」楓は、問い返す俺を見て言う。「あ、こんな言い方じゃわかんないよね。これ、私がもらったんじゃないの」「じゃあ。。」「お母さんのものなの」「お母さん?」「この箱。お母さんが私にって遺していったものなんだって。昨日、おじいちゃんから受け取ったの」俺はもう一度箱を見る。「楓へ」と記された手紙、古びた文庫本、そしてその箱自体も。お母さんが。。俺は夕べの楓を思い出す。涙声だった、楓。この箱、の、せいだったんだ。「そうなんだ。それにしても。すげー偶然」「ほんとに。」楓はうなずいてから、たずねる。「・・ねえ、これ、、どこで?」俺はショップの名前と場所を告げ、「俺もつい最近まで知らなかったんだ。こういうの疎いから。だけど、どうしても楓の誕生日には身につけるものプレゼントしたくてさ。俺がいいなーって思えるのいくつか瑞希や、母さんがしてたから、聞いたら、俺がいいって言ってるのは父さんにもらったものばかりだって。だから、父さんに聞いて行ってきた」「悠斗のお父さんが、お母さんや瑞希ちゃんに。。。それじゃあ、やっぱり相当高価な。。」今あげたばっかりで、値段の話になるのは、あれだけど、まあ、仕方ないか。「安くは、、ないよ、確かに」楓は軽くにらんで、「も~、、悠斗っ。無理したらヤダって言ったのに」俺は笑って、「失礼なっ。無理じゃないよ。俺だってそれなりに働いてんだから」黙って、じっと俺を見る楓。無言の詰問。厳しいな。「いや、そりゃあ、ちょっとは、、、。でも、いんだよ。俺、今、楓と仕事以外にのめりこんでるものないから」俺は心で思う。ほんとなら、指輪あげたかったんだよ。だけど、さすがに、、気が早いかって、なんとか考えたのが、これで。それにさ、と思う。「それにさ~、楓はただ自分で焼いたものっていうけど、ほんとは、あれ、売り物だったら、かなり値段つくだろ?」個展で見た楓の作品につけられた値段。かなり高かったもんな。フジシマくんの話だと、あれでも、まだまだ抑えられた値段らしいし。楓は聞いてるのかいないのか、ネックレスをじっと見て、「ん~・・・」「なに?」「やっぱり、高価なものだったんだよね。。」「それがどうかした?」俺は聞いたけど、楓は、あ、と何かを思い出したように、ひとつをテーブルの上に置いて、もう片方を愛おしそうに見つめながら言う。「ごめん。私肝心なこと言ってない。ねえ、悠斗、これ、本当に、素敵。本当にありがと~」そういう楓の笑顔の向こうに、会ったこともない楓のお母さんの姿が重なった。同じ笑顔同じ声で。デジャブ。既視感?俺は誰かの意識にシンクロしているような気がした。・・・でも、・・一体、誰の?←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2009.11.02
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写真たてを飾り棚に移動して戻ってきた楓に、俺は、小さな箱を差し出す。「これ俺から、誕生日プレゼント。」俺は時計を見て、「20時間30分遅れ。ごめん」 楓は、驚いたように俺を見て、「え~っ。いいって言ったのに~。プレゼントはっ」確かに。『そばにいてくれるだけで嬉しいから』なんて可愛く言ってくれたけど、やっぱさ。あげたいよ、俺だって。「そういうなよ~。フジシマくんにまでもらったんだろ?俺の時もくれたし」楓が俺の誕生日にくれたのは、陶器でつくられたルームライト。藍色の球体で、そこからもれる柔らかい灯りに包まれて眠る俺は、本当に幸せな気分なんだ。「あれはただ私が作ったものだから・・」「これはただ俺が選んだものだから」そういって、もう一度箱を差し出す俺に、楓は、いいの?って目で聞いた後、うなずく俺に、微笑んで、「ありがと~。」と受け取り、「あけてい?」「もちろん」楓はそっとそのリボンを解く。どんな顔するか緊張するよな、やっぱ。必死でこれしかないって選んでも。箱をあけ、楓は、、、、俺が予想したどんな顔とも違う顔を見せた。死ぬほど、、驚いたみたい、、な?・・・どしたんだろ?聞く前に、楓は、慌てた様子で立ち上がり、サイドボードの上から、小さな古びた箱を持ってきた。ふたを開け、中には、手紙、文庫本や、小さな箱がいくつか。楓はその一つを開けた。そして、その中から出てきたのは、俺が今、楓にあげたばかりのと双子のようなネックレス。両手にひとつずつトップにクロスのついたチェーンをたらして、楓は、俺を見た。・・・一体、、どうなってんだ?
2009.11.01
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「悠斗」ふわりと優しい声。そして、笑顔。ドアを開けて、その二つを同時に受け取り、俺は、一瞬で、心が溶けそうになる。足を踏み入れながら、「ただいま、、っじゃないや。え~と、こんばんは。お邪魔します」冷静を装おうとして、失敗。いつもなんて言っていいかわかんなくなって、出だしがしどろもどろになる。楓は優しく笑って、「おかえり、悠斗。お疲れ様」って言ってくれる。あ~疑似体験。一緒に住んでるわけじゃないけど、いつかはきっと、って思っちゃうよな。「ただいま」もう一度今度はきちんとそういって、楓に、背中に隠していた小さな花束を渡した。楓は、満面の笑みになって、「うわ~っ、キレイ。ありがと~。いいの??」「もちろん。楓に、だから」「嬉しい、あ、あがってあがって」俺の手をとり、導く楓。俺は楓に手を取られたまま靴を脱いだ。楓は、そのまま奥に進もうとするけれど、やっぱりさ、俺としてはしたいことがある。2人の間で伸びた手にゆっくりと力を込めて引き止める。振り返った楓。こちらにしっかり向く頃には、楓にも意味が分かったようで、抱き寄せられながら、ゆっくりと目を閉じた。静かに静かに重ねる唇。この感触。あぁ、サイコー。体中から疲れが去っていく感じだ。ただ、キスだけで、なんでこんなに癒されるんだろう。愛の力ってすごい。ゆっくり離れると、少し上気した顔で、俺を見上げる楓の潤んだ瞳。たまんね~。いっそ、最後まで、、、。って、思ってしまっても、さすがに、来ていきなり押し倒すわけにもいかないし、俺は、気を引き締め、ただ、微笑んだ。楓も、照れたように微笑んで、一緒に奥へのドアを開けた。「お腹は?」ソファに座った俺に、カウンター越しに声をかけてくれる楓。「空いてないよ。ありがとう」「そう。じゃあ、何飲む~?」聞く楓に、「ワインもらう」そう答えると嬉しそうに微笑む楓。嬉しそうな理由。それは酒を飲むってことは、もう帰らないってことだから。オレは念のために確認する。「泊まってい?」恥ずかしそうに、うなずいた楓は、ワインを開けて、ワイングラスを一緒に持ってきた。軽く乾杯してから、オレは、テーブルに立てられた写真に気づく。「あ、これ、この間の?」「うん」楓の実家の庭でフジシマくんに撮ってもらった写真だった。俺と楓、そして、俺の妹の瑞希。「こうして写真でみると、悠斗と瑞希ちゃんてやっぱり兄妹だなって思うわ~。」俺はもう一度写真に目をやり、「そうかな?自分ではよくわかんないや」「そっくりとは言わないけど、どことなく血のつながりを感じるの」「ごめんな、このときは無理いって。」瑞希がどうしても、楓に会ってみたいというから、窯に連れて行ったんだ。この部屋に呼ぶのもなんだか、、だし、俺んちに呼ぶのも、なんだかなんだかだし、街中ってのも仕事柄、ちょっとな~って言ってたら、楓が、どうせなら、いっそ窯まで来て、一緒に作業しないかって言ってくれたから。「ううん。窯でも楽しそうだったしよかったわ」「喜んでたよ。すごく」楓は微笑んで、「なら、よかった。とっても可愛いかったわ、瑞希ちゃん。悠斗が溺愛してるのもよく分かる」「溺愛?そんなんじゃないよ」「そう?でもすごく可愛いって思ってるでしょ?」俺は、どうだろう?って思う。「・・どうだろ?確かに、、仲はいい方かなって思うけど。」「私は一人っ子だし、羨ましい」「悟さんと彩はどうだった?」不意に悟さんの名前を出され、ちょっと驚いたみたいだけど、それほど停滞せずに、「ん~、悟も、彩のこと大切にしてたわ。彩はちょっと、迷惑がってたけど。親より厳しいからってね。でも、それって可愛がってる証拠だよね?」と答える楓。「だな。瑞希は俺の言うことなんて聞きゃしないけど」俺は答えて、その写真を小さなカードスタンドごと、手に取り、あ、と思う。「このスタンドは?」「あ~。これね、フジシマくんがくれたの。誕生日にって」「へ~。なんか、シンプルだけどいいな」「うん。フジシマくんらしいラインじゃないんだけど、そこがかえって面白い」俺は手にとっていろんな角度で眺めてから、「こういうのありそうでないよな」「うん」「だけどさ~」「え?」「この写真は、ダメだよ、ここに飾ったら」「なんで?」俺は楓の頬にさっとキスして、「こういうことしにくいだろ?妹の写真の前だと」楓は少し赤くなってから、「・・してるじゃない。」って口を尖らせた。
2009.10.31
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「慶介」稽古場のあるビルから外に出て、先を行く背中を追いかけ、声をかける。慶介は振り返り足を止めた。「おお、悠斗、お疲れ」俺が追いつくと、並んで歩き始める。「お疲れさん。今日はまだ早くあがってよかったな」「だな。たまにこういう日があると嬉しいよ」空を見上げるケースケに、俺は聞く。「電車?」「ああ。この時間ならうちには、タクより電車の方が早いからな。お前は?」「駅前のパーキングに車置いてんだ。」「そっか」「ケースケ、でも、こんな時間に電車乗ったら、顔さされね~?送ってこうか?」ケースケは笑って、「大丈夫だよ。俺はお前ほど有名じゃね~」「いやいや、そろそろヤバイだろ?」ケースケは、「心配性だな」と呟くと、斜めがけにしたボディバッグから、小さくたたんだキャップと、めがねを取り出して身に着ける。「こんでい?」「ああ。大変身」俺は、ふっと笑うケースケの横顔を見る。稽古中はしっかり集中してるからわかんないけど、素のケースケは、やっぱり若干サゲ気味な感じだよな。「夕べは?」「え?」「美莉ちゃん起きてた?」ケースケは少し目を泳がせてから、答える。「あ、ああ」そんな様子を見ると、おせっかいかも、って重々承知ながら聞いてしまう。ほっとけないんだ。2人が、必死の思いでその手をつなぎあったこと知ってるから。「・・・ケンカってわけじゃないってのは聞いたけど、なんか深刻なことか?」ケースケは、前を向いて歩きながら、少しだけ目を細めて黙っていたが、ポツリと言った。「深刻か、どうか、、ただ、・・・なんか隠されてる気がすんだよな」「何を?」「分かったら、こんなに悩まね~よ」投げたように言うケースケ。俺は、まさかと思いながらも、一応聞く。「オトコ?」「まさか」「だよな」「そんなことじゃないと思うんだけどなぁ、、、もしミリが本気で心変わりなんかしたなら、速攻でフラれそうだし」俺は笑って、「それって、、自信あるのかないのか、どっちだよ?」ケースケも笑って、「さあ、どうだろな」「・・で、隠し事って、なんだろ?ちっとも思いつかね~の?」「全然。。俺、今忙しいだろ?だから、舞台終わるまでは、とにかく言いそうにない感じ。もしかしたら、終わっても」「、、やっぱ、結構大事なことだよな?」「だろうな」「・・聞き出せよ?」「分かってるよ。だけど、うまくいくかどうか」「うまくいかせるんだよ。どうすんだよ、そんな弱気で」「簡単に言ってくれるよ。」「簡単じゃないのは分かってるけどさ」ケースケは、少し声を下げて、「簡単じゃないんだよ。本当に。」「ケースケ?」「ミリのやつ、、なんかさ・・」「なんだよ?」問う俺に、暗い声でいいあぐねる慶介。「・・いや」「言えよ」「・・・変な覚悟してる気がすんだよな」「変な覚悟?」そこでケースケは、ゆっくりと足を止める。俺もつられて足を止めた。俺の方を見てケースケは、真剣な目で言う。「隠し事ごと、、秘密ごと、俺の前から消えようとしてるみたいな」「消える?お前と別れようとしてるってこと?まさかだろ?美莉ちゃんがケースケの前から消えなくちゃならない秘密ってなんだよ」ケースケは、一瞬痛そうな顔で唇を噛んでから、無理に笑って言う。「分かったら、悩まないっていったろ?」俺は不安になって言う。「・・・絶対、離すなよ?美莉ちゃんのこと。」ケースケは少しアゲて、気合を入れた声で言う。「分かってるよ。なんとかやるさ。やるしかないんだから。どんなコトだとしても、美莉もってかれてたまるか」「いいね~、その調子だよ。てか、、・・・ほんと、頼むぞ?」2人が心配で不安げに言ってしまう俺に、ケースケは、少し笑って、また歩き出しながら言う。「はは、悪い悪い。大丈夫だって。悠斗まで悩ませちゃったな。・・なあ、俺の話はもういいよ。楓、待ってんだろ?早く行ってやれよ」俺は焦って、「なんで分かんだよ?」と聞くと、ケースケは、いつものイジワル顔で、「もうデレデレ顔になってるっつーの。そんな顔でばれないと思ってるなんて、図々しんだよ。ほら、早く行けよ。じゃ~なっ。俺も、美莉が待ってる」「はいはい。また明日な」「おー、遅刻すんなよ?」ちょっと吹っ切れたように、軽い足取りで駅に入っていくケースケを見送って思う。・・・きっと、大丈夫だよな?ケースケなら。そして、一度空を見上げてから、・・さ、俺も、楓のトコに急ぐか。と思う、俺だった。
2009.10.30
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「やれやれ、やっと出て行った」そうぼやく僕に、新谷は、「多田先生は、本当に、先生の縁談にご熱心ですね」「ああ。好意なのは分かるけれど、全く、勘弁して欲しいよ」「先生は・・」言いかけてやめる新谷。「何?」「・・・いえ、立ち入ったことなんで、控えます。すいません」僕は時計を見てから、言う。「何でも聞いてくれていいよ?あと3分は休憩時間だ」新谷は笑って、「じゃあ、思い切ってうかがいます。」「どうぞ」「先生は、どうして、多田先生のお話に、全く乗り気じゃないんですか?もう、奥さんを亡くされて20年以上にもなるのに」僕は、デスクの上に、飾った、莉花の写真を眺めてから言う。「まだ、妻を愛してるから、って言ったら、、、引くかい?」軽い口調で言う僕に、新谷は、「いえ、そう仰るだろうとは思っていましたが、・・その通りでしたね」と、微笑む。僕は、小さく息をついて、背もたれにもたれて言う。「月並みかも知れないけれど、正直な気持ちだよ。それ以上でも以下でもない。多田君は、僕のこと寂しいヤツみたいに言うけれど、僕は、強がりでもなんでもなく、1人でいることが寂しいなんて思ったことないんだ。莉花がいないことが寂しいってのは思うけどね。だけど、それは、莉花以外の誰かには埋められるものじゃない。美莉がいたことはかなり慰めになってきたけど、ムスメなんてつまんないもんで、あっさりと家を出てってしまったし・・」新谷が少し微笑の温度を下げる。僕の方も遠慮なく聞くことにする。「君の恋は相変わらず、前途多難かい?」新谷は、少し息を吸い込んでから、「・・そうですね。美莉さんとケースケさんが、完全に円満だとは思えませんが、美莉さんの視界に僕はいません」僕みたいな恋スクナきオトコが、片恋に悩む部下にかける言葉は、簡単には見当たらない。まして、相手が、自分の娘で。ただ、素直な気持ちだけ口にする。「僕は、君に酷なことお願いしてるな」僕は、新谷君が美莉に片想いしているなんで知らずに、頼んだんだ。医師として美莉のこと見守ってくれるようにと。今は、大丈夫でも、いつ、症状が出るかもしれないから。ただ、彼が美莉に惹かれていることを知ったときからずっと、申し訳ないと思っていた。美莉を見守ることは、すなわち、美莉が、彼以外の男を、、、ケースケを愛している姿そのまま見ることになるのだから。「いえ」新谷は、穏やかにいう。「医師としての使命と、僕自身の恋とは別の話です。それに、」少し言葉を切ってから、「美莉さんを見守ることができるのは、そしてもちろん、万一のときに、美莉さんを助けるのは、先生をおいては、僕しかいないと思っています」頼もしい言葉に、僕はうなずく。「だな。そこのとこ、僕も信じてるよ。悪いとは思うが、美莉を頼む。君にしか頼めることじゃない」「はい。光栄です。・・それに、恋のほうも、まだ、あきらめたわけじゃありません。もちろん無理に奪う気はありませんが」僕は少し笑って言う。「ああ。まだ、美莉もケースケ君も若い。君だって。あきらめるにはまだ早い、そう思うよ」新谷は、静かにうなずいて、時計を見た。僕もうなずく。「さ、仕事するか」←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2009.10.29
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・・・まっずいなぁ。。また忘れてた。僕は思う。・・美莉とランチの約束してたんだ。またドタキャンだって、怒られるよ。・・だからって、、もう、仕方ないよな。僕は、自分にため息をついて、新谷に言う。「悪い。2人で行ってきてくれるか?」新谷は微笑んで、「はい。ただ、僕は願ったりですが、、美莉さんは、きっと、、」「分かってるよ、また、何か買わされるな。何が欲しいか、先に聞いといて」と言いながら、顔を見合わせ、2人で笑っていると、「なあ、願ったりって、新谷君の想ってる人って、美莉ちゃんのことなのか?」と割り込んでくる多田。「なんだ、君、まだいたのか?」「まだいたよ。・・なあ、そうなのか?」なじる口調ではなく、ただ問いかける多田。新谷は、まっすぐに多田に答える。「はい」多田は、面白いものでも見つけたような顔で、「へ~、なるほどねえ。青春だねぇ」分かったような分かんないようなことを呟く。そして、思い出したように、僕に、「で、電話の彼女は?何の用だって?病気の方は?」と聞く。「症状は何もないそうだ。君の言うように思い出話かな」「そうか。僕も会ってみたいな。」「頭にいれとくよ」「それにしても」難しい顔になる多田。「ん?」「君、気をつけろよ?」「何を?」「きっと美人だぞ?忘れたか、僕が予言したこと」僕は、楓が生まれた日のことを思い出す。確かに言っていたな。「はは、確かに言ってたな。きっと美人になるって」「ああ」「だからって、何に気をつけるんだよ?」「惚れないようにだよ。だって、美莉ちゃんと同い年だからね、さすがに、それは、、まずい」僕はあきれきって、「ありえないよ。もう、勘弁してくれよ、ったく」「はは」多田は、笑ってから、また、まじめな顔になって聞く。「なあ、」「ん?」「美莉ちゃんはどうなんだ?」「何が?」「症状だよ」心配そうに聞く多田に、僕は答える。「今のところ、なにもなさそうだよ。」多田はほっとしたように、「そうか。よかった」というと、「さ、そろそろ仕事するか」と、言い、ドアに向かいかけてまた、足を止める。「まだ、何かあんのかよ?」そう言ってやると、多田は、僕には答えず、「新谷くんは~、ミリちゃんの彼氏のこと、知ってるのか?」と新谷に聞いている。新谷は、「はい。ケースケさんですね。何度かお会いしました」多田は、顎を撫ぜながら言う。「そうか。しかし、彼は、、なんというか、、、きっと強敵だろう?しかも、もう、一緒に住んでる」「わかっています」まっすぐに答える新谷に、多田は微笑んで、「・・それでも、抑えられない気持ち、か。。相当だな。・・・まあ、健闘を祈る」とにやりと笑ってから、やっと出て行った。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2009.10.28
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『高崎先生宛ウキタカエデ様(女性)よりお電話ありまたかけ直すとのこと用件:お目にかかってお話したいことがございます連絡先:090-・・・・』僕が多田に渡し、さらに新谷へと回されたメモを見ながら、新谷はたずねる。「ウキタさん?」僕が答える前に、多田がさらに聞いた。「ウキタって、たしかユウコちゃんの?」メモを見るなり襲い掛かってきた柚子の記憶をなんとか押しとどめながら僕は言う。「・・・ああ。君もよく覚えてたな?・・・楓ちゃん、名前も覚えてる。柚子ちゃんがつけた名前だからな」多田は目を細め、顎を撫ぜながら言う。「懐かしいな。あの時の赤ん坊か。・・いったい何年になる?」「22年」僕は即答し、ポツリと付け加える。「昨日が、命日だったんだ、柚子ちゃんの」そう、昨日も、ぼんやりと思い出していたんだ。深く考えすぎないようにぼんやりと。「そうか。莉花さんよりは先だったんだもんな」「ああ。」簡単にうなずくだけの僕。「ということは、この楓って言うお嬢さんも22歳になったということか。しかし、、一体何の用だろう?思い出話か?」何の用だろう、思って、僕は、はっとする。そんな様子を見て、多田が言う。「なんだよ?」「思い出話、、、だったらいいけれど」「けど、なんだよ」たずねる多田に、「柚子ちゃんの娘なんだぞ?・・・カードを渡してあるんだ。彼女にも」「例の症状を書いたやつか?」そう、美莉にも渡してある。表に症状を、ウラにはここの連絡先を書いたプラスチックパウチされたカード。「ああ。・・まさかと思いたいけれど」多田先生は、渋い顔でうなずきながら言う。「ん~。なんとも言えんな」僕はしばらく天井を眺めていたけれど、・・「・・とにかく電話してみるよ」とデスクの電話を取り、書かれた番号に書ける。1コール、2コール目で、聞こえてきたのは、懐かしい声。「もしもし」・・・柚子ちゃん。思わず、そう呼びそうになって、堪える。変な沈黙ができてしまう。「もしもし?」訝しげに電話の向こうから再び問われ、僕は慌てて、「もしもし。さきほどお電話を頂きました・・」言いかけたときに、向こうから、弾むような声で、「あ、高崎先生ですね?」と問いかけられる。「はい。浮田楓さんのケータイでよろしいですか?」「はい。そうです。楓です。すいません。お忙しいところ先生の方からお電話いただけるなんて・・」「いえ、それで・・・」あまりに柚子ちゃんな声に、僕は、冷静さを失ってしまう。あ~、情けないな、ほんと。「あの、」電話の向こうの楓は、一瞬いいあぐねたが、すぐに、続ける。「お忙しいところ本当に恐縮なんですが、できれば、一度ぜひお目にかかってお伺いしたいことがございまして」その声に、僕が予想したような深刻さや暗さは感じられなかったが、念のために聞いてみる。「それは、症状がそろった、ということですか?だったら、すぐにも病院へお越し・・」楓は、僕がそこまで言うのを聞いて、慌てたように、「いいえいいえっ、違います。」と言ってから、少し、楽しそうに笑い、「・・そうですよね。症状がそろったら、連絡するようにって書いてありましたもんね。すいません。・・・先生、私、何も症状はないです。ただ、少し、母のことで、お伺いしたいことがありまして、、」僕は、症状がないという、その一言に、ほっとして、言う。「そうですか。それはよかった。かまいませんよ。いつがよろしいですか?」「私はいつでも、ご都合に合わせます。」「そうですか。・・・そうだなあ、、」僕は、スケジュールを見ながら、考える。少し、急なようだけれど、会えるなら早く会ってみたい。「・・明日は?」「明日ですか?」「急すぎますか?明日は昼から空いていますが、明後日から少し不在にしますので、その次となると、来週の後半・・」「いえ、明日で結構です。先生がそれでよろしければ」「じゃあ、明日。どこでお会いしましょう?」「病院に、、」「え?」「そちらに伺ってもよろしいですか?」僕は言葉の意味を量る。そして、言う。「分かりました。では、お待ちしています。13時以降でしたら、いつでも結構です。僕の部屋においでください。受付で聞いていただければ分かると思います。」「はい。ありがとうございます」「では、明日」「よろしくお願いします」僕は、電話を切った。僕の電話中に、多田から、あらまし聞いたらしい新谷が言う。「先生の最初の担当患者さんの、、、、ですか」「ああ、僕にだって、あったんだよ、駆け出しの頃が」「想像できないですね」「いい意味にとっとくよ」笑う僕に、言いにくそうに新谷が言う。「先生、今、明日の約束されてましたよね?お忘れですか?明日は・・」「あ」と思い出す。・・・まっずいなぁ。。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2009.10.27
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「美莉ちゃん彼氏とうまくいってないのか?」そんなこと聞く多田に、僕は新谷の手前、あいまいに答える。「さあ、どうだろうな」「なんだよ。わかんないってことは、うまくいってるんだろ?帰ってくるかも、なんて、父親の悲しい期待だよ。叶うわけない。あ~、寂しいヤツだな、君は」「ほっとけよ」「そんな期待してると、美莉ちゃんにもうっとうしがられるぞ?そうならないうちにだな、君は君で」「いいって、ほんとに」多田はため息をつき、独り言のように言う。「今度のは、本当にお勧めの人なのにな~。」そういって、新谷をちらっと見る多田。あ、なんか嫌な予感。と思っていたら、案の定、「じゃあ、新谷くん、どうだい?」「なんだ、それ。君、新谷君のこと、いくつだと思ってるんだ?」多田は新谷に聞く。「君いくつだい?」「28です」「じゃあ、おかしくないよ、相手は33歳だからね。年上は好みかい?」「。。。。」足を止め、あきれたように見る僕に、「なんだよ」「多田、僕のことは、いくつだと思ってるんだ?」「僕と同い年だろ?」「そうだよ。だから、もう57だよ?僕」「え~、もう、そんなか?お互い年取ったもんだな」感慨深げに呟く多田。僕は首を振って、言う。「。。ちがう、そんなこと言ってんじゃない。あのな~、そんな若い人を僕に紹介しようとしてたのか?」今度は、多田があきれたように僕を見て、「、、ったく」「なんだよ?」「相手の年は最初にはっきりと言ったぞ?いかに僕の話を聞いてないかが、、」「聞いてないよ。断るつもりしかないんだから」「失礼なヤツだな、散々しゃべらせといて。」「勝手にしゃべったんだろ?どうせ止めても最後まで話しきるまでやめないじゃないか」「ひで~な~、君は、ほんっとに。君の事思って言ってるのに」「はっきりいって、大きなお世話なんだよ。」お互い年のことなんて忘れて低レベルの言い争いになる。「先生、多田先生も」割って入り目配せをする新谷。さすがに人目のある廊下で、医者がこれじゃまずいよな。また歩き出す僕たち。「で、どうだい?君は、恋人いるの?」と、新谷に尋ねる、全然めげない多田。「いえ、、」答えあぐねる新谷に、「じゃあ、」言いかける多田。僕は言う。「押し売りは、よせよ。・・彼には、想ってる人がいるんだ」「そうなの?」「ええ、まあ」「なんだ。じゃあ、橋渡ししようか?そういうのも好きなんだ」「お気持ちはありがたいですが・・」「余計なことしなくていいんだよ。早く、仕事に戻れよ」僕は、足を止め、自分の部屋のドアを開けた。デスクを回って座る僕。まずは、不在中に来た伝言のメモと手紙をチェックする。多田君は、まだ話を終わるつもりはないらしく、いつもどおり、どっかりと応接用のソファに座り込んでまだ言っている。「なあ、高崎くん。ほんと、一回考えてみてくれよ。そりゃあ、今はいいのかも知れないよ。まだ、バリバリで忙しいから。だけど、引退したらどうなる?もう遠い未来じゃないんだよ。すぐそこだ。そうなったら、1人で寂しく余生を送るつもりかい?僕は、心配なんだよ、君が。美莉ちゃんだって、きっと、同じ・・・」多田の声はそこで止まった。僕の表情を見て、だろう。「どうした?」多田が心配げな表情で近づいてくる。僕は、見るなり釘付けになってしまっていた、デスクに張られていた伝言の付箋を取って、渡した。「これって・・」手に取り呆然と言う、多田。新谷も、僕に顔を向けた。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2009.10.26
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病院の長い廊下を自分の部屋に向かい歩く僕は、すれ違うたびに頭を下げてくれる患者さんたちに軽く会釈しながら、隣を歩く多田の、話の切れ目を待っていた。「、な、だから、一回会うだけ会ってみろよ」といい終えた多田。僕はすかさず言う。「気持ちはありがたいけど」散々しゃべっていたくせに、僕には一言すら言い終わらせずに、多田はまた、話し出す。「そんな返事はいらないんだ。イエスって言ってみろよ。たまには」僕は、足を止めて言う。「たまには、、ねえ」「お、」同じ様に足を止めた多田は期待を込めて、僕を見る。顎に手を当てしばらく考えるそぶりをし、ためにためてから、僕は口を開く。「ノーだよ。答えは何度聞かれても、ノー。」それだけ言うと、「なんだよ、おい」と、大げさにのけぞる多田を置き去りに、また歩き出す。角をひとつ曲がったところで、病棟の方から来た新谷君と一緒になり並んで歩き出す。多田は後ろをついてきながら、「ちょっと、待てよ、おい、新谷君、君からも、なんとか言ってやってくれ」新谷君は、僕に疑問系の目を向けた。僕は、多田に言う。「しつこいな、一体もう何年その話だよ?」多田は言う、「莉花さんが亡くなってからだから、そうだな、21年だよ」僕は言う。「何も正確に知りたくて聞いたわけじゃないって。ほんと、しつこいって話だよ。もういい加減あきらめろよ」「いいや、あきらめないね。ずっと1人でどうすんだよ?」新谷はその会話を聞いて、理解したようで微笑んでいた。僕の親友である産科医の多田は、僕が妻の莉花を亡くしてからずっと、僕に、誰か新しい相手を、と勧めていた。最近来たばかりの新谷にももうおなじみの光景なくらい頻繁に。「1人じゃないよ。美莉がいるんだから」多田はあきれたように、「美莉ちゃんは娘だろ?それにもう、家出てったんだろ?1人じゃないか」「出てった、、って、結婚したわけじゃないよ。いつ帰ってくるかも知れないし」「な~に夢みたいなこと言ってんだよ?好きな男と暮らしてんだろ?帰ってくるかよ。それとも、美莉ちゃん彼氏とうまくいってないのか?」←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2009.10.25
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目が覚めたときには、もう、ベッドには1人だった。耳をすませてみても、人の気配はない。・・あ~。もう行っちゃったんだ。私は、壁にかかった時計を見た。げ、もうお昼近いんだ。・・よく寝ちゃった。っていうより、寝すぎだ~。。だけど、、眠りについたの、明け方だったもの。私はそっと、寝返りを打ち、もう一度目を閉じる。・・・彼は、タフな人だな。あんな夜明け近くまで、私のこと抱いといて。彼に優しく触れられた記憶が心地よく、また眠りに誘われそうになるけれど。・・ダメダメ。さすがに、ダラダラしすぎだよね。いくら彼がいないからって。と、起きることにした。起き上がったとき、ベッドサイドのテーブルに置いたケータイが光っているのに気づいた。・・メールだ。他にも何通も来ているけれど、やっぱり最初に読むのは、碓氷くんからのじゃなくちゃ。碓氷くんのフォルダに振り分けられたメールを選択して開く。碓氷→蒼夜 蒼夜、おはよう。よく眠れたかい?起きるまで一緒にいてあげたかったけれど仕事だ。行ってくるよ。夕べは最高にセクシーだったよ。寝顔もたまらなく可愛かった。だけどねぇ、、はやく服着なさい。(笑)そこまで読んで、自分が確かに何も着ていないことに気づき、ほんとに見られているわけでもないのに、頬が赤くなってしまう。・・っもう、えっちぃんだから。小さく心で文句を言って、私は慌てて、まとめてソファに置いてくれてあった衣類を身に着けた。男の1人暮らしだから、ドレッサーなんてものはない碓氷くんの部屋。私は、バッグから化粧ポーチを持って寝室を出た。大きな鏡のついている洗面所に向かいかけて、ダイニングテーブルに置かれた手紙に気づく。それはなんてことのないメモで。『鍵かけたら、ポストに落としておいて。気をつけて帰るんだよ。また、連絡する。きっとすぐ。 碓氷P.S.めちゃくちゃI love you.』私は、少し持ち上げてそれを読み、もう一度、キーホルダーも何もついていない鍵の隣に戻した。ここに泊まって私だけ寝坊すると置いてある、メモと、鍵。・・・また、だ。私は小さくため息をついてから、洗面所に向かった。
2009.10.24
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ケースケがケータイを取って渡してくれる。私は起き上がり、受け取った。話している間、ケースケはベッドに腰掛けて、所在なさそうにしてる。話すわけでもないのに、電話の向こうの相手がお父さんだと、ちょっと緊張するみたい。「はいはい、じゃあね」用件が終わって電話を切ると、ケースケが聞く。「なんて?」「明日、ランチしないかって」「ランチ?」「そう。明日のよ?だったら、こんな朝早くかけてこなくてもいいのに、もう。起きてたからいいようなもんの・・」私は、ケータイを枕元に戻して、ケースケに目を移して、言葉を止める。すっごく暗い表情してたから。「それってさ」言いにくそうに言うケースケ。「また、あいつも一緒なわけ?」「あいつって、、新谷せ、」「そいつ」言い終わるのも待たずに言うケースケ。私は苦笑して、「さあ、何も言ってなかったけど多分そうじゃない?いつも大体そうだし」向こうを向いて肩を落とし、ため息をつくケースケに、「まだセンセのこと、気にしてるの~?」「・・断れないの?」うつむいたまま、ポツリと投げ出すように言うケースケ。私は、まじめな顔になって、「本気で言ってるの?」「本気、、、てか、・・・俺の中では、かなり深刻なんだけど」その切羽詰ったような声色に、今度は私がため息をつく番だった。「ごめんね。そんなにガマンさせてたんだ」ケースケは、こちらに半身だけ向いて、伸ばした手で私の頬に触れ、力なく笑って、「いや、ずっと気にしてるわけじゃないんだけどさ、だけど、、こうやって自分が美莉と過ごせない日が続くと、ちょっとさ~、、、、て、、、かっこわりいな、俺」自嘲気味に言うケースケに、私は首を振って、ケースケに背中から抱きついて耳元で囁く。「ほんっとに私のこと好きなんだね~?」ケースケは、肩越しに、ちらっと私を見て、「知らなかったのかよ?」「知ってたけど、時々、思い知るよね」「大好きなんだよ、俺、ミリのこと」「知ってるよ」「あ、、またかよ、」「ごめん。私も、大好きだよ、ケースケ」大好き。目を閉じて、顔が見られないのをいいことに、泣きそうな表情になってしまったまま、ケースケの首にしがみついて思う。ずっとずっとそばにいたい。心でそう思って、すぐに、裏返しに、また思う。ずっとずっとそばにいられたら・・・いいのにって。病気なんて、、間違いなら、、いいのにって。私は、体を離して、ケースケの顔をのぞいて言う。「断るわ。そんなに嫌なら」ケースケは、体をずらして、私を胸の中に抱き寄せながら言う。「いや、いい。ごめん。つまんないこといった」「だけど・・」「いいって。そのかわり、今みたいに、時々、言ってくれよ」「?」「愛してるとか、大好きとか」「・・・そんなんでいいの?」「いいよ。十分。めちゃくちゃ効くんだ。体がどんだけ疲れてても、ミリにどんなに不安になっても」そういって、キスをくれるケースケ。私に、、不安に・・・。「ごめんね、ケースケ。私だって、ほんとにほんとに、、愛してるんだよ?」「・・・知ってるよ」お返しのように、少し笑って優しくそう言いながら、ぎゅって抱きしめてくれる。大好きなケースケの腕の中。ずっとずっとここにいたい。病気なんて、誰か、嘘だって、、言って。だけど、もしも、病気が本当なら、、、・・・話さないで、離れる、、しか、ないの。。?本当は、・・・気づいて、、離さないで欲しいのに。「いて・・・離さないで・・」「え?」ケースケの反応に、思っていたことが口をついて出てしまったことに気づいて慌てる。「あ、っと、時間大丈夫なの?」ケースケは、びっくりしたように、腕時計に目をやり、「やべ、行くわ、俺」とドアの方に走りかけて、もう一度戻ってきて、「行ってきます」って、キスする。何回するんだか。「行ってらっしゃい」「終わったら飛んで帰ってくるから」最後の言葉は、玄関に走りながら、叫んだケースケだった。
2009.10.23
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そっと額に触れた唇に目が覚めた。明かりのついていない締め切られた部屋はぼんやりと暗く、目の前には、ケースケ。「あ、ごめん、起こしちゃったか。そーーっと、したつもりだったんだけど」謝るケースケに、首を振り、私は、目をこすりながら、時計を見る。まだ、、こんな時間。。「ん~。。」小さく息をついて、目をこすってから、ケースケを見る。もう、腕時計してる。出かけるんだ。「あ~?もう行くの?」「あぁ、今日は、稽古の前に、取材はいってっから」「そなんだ~。大変だね。。ふぁぁ。。」あくびをしながら起き上がろうとする私に、ケースケは、やや心配げだった表情を緩め、「ああ、起きなくていい、いい。寝てろよ。まだ早いから。ごめん、絶対起きないと思ったのに」肩を持って優しく押し倒されて、私は、そのまま横になる。「ううん、いいの。嬉し~よ。ちょっとでも会えて」会えてって、変かな。一緒に暮らしてるのにね。「そりゃ、俺もだけど・・・。ミリ?」「なあに?」「よく眠れた?」「うん。ぐっすり」ほんとにぐっすり。久しぶりに。うなずく私に、ケースケはほっとしたように、「よかったよ。なんか悪い夢見たみたいにうなされてたから」「ほんと?」夢・・・?どんなだっけ。。覚えてない、、代わりに、目が覚めてきた私は夕べの自分を思い出す。ううん。それだけでなく、自分の今の体のこと。無意識に胸に向かおうとする手を慌てて止めて、私は無理に笑う。無理にでも笑わなくてはいけない。「・・・覚えてないや」ケースケは笑って、「いいよ、思い出さなくて。」「うん」ケースケは、横たわる私の顔の横に手をついて、「起きちゃったんなら、ちゃんとキスさせて」って言いながら、キスをする。優しくて長いキス。夕べのキスを思い出す私。『キスだけならいんだよな?』ケースケはそう言って、いろんなキスいっぱいいっぱいしてきた。愛情たっぷりのキス。すごく愛されてること実感してしまった。。。とたんに、眠くなっちゃって・・・。今もケースケの唇には、溢れるくらいの愛情が込められていて。そして、長いキスを終えても、額をくっつけて、私の目を見るケースケ。「ミリ・・」小さくそう呼んで、目を閉じたケースケ。私もつられて小さな声になる。「・・なに?」「愛してるよ」目を閉じたまま囁くケースケ。いつも言われなれているはずの言葉。だけど、今は、、、ケースケの揺れる睫を見ていると、なぜだか、切実な思いを感じて、鳥肌が立ちそうなくらい心が、胸が、ざわめく。私は言う。「・・私も愛してるよ」ゆっくりとケースケは目を開けて、信じられないっていう目で私を見る。「今、なんて?」「私も愛してるって言ったの」「・・なんで?」「なんでって?」「なんで、そんなこと言うんだよ」「どういう意味?」「いっつも、そんなこと言わないだろ?」「だっけ?」「言わないよ。いっつも、はいはいとか、どうも、とか、、そっけなくて」「かな~?」「だよ、なんか、、あるわけ?」「なんか、ってなに?」「なんかだよ。だって変だろ?急に」「よく言う~。ケースケが、この間、私もとか、私はもっととか言えって言ってたんじゃない」「そ~だったかな。。。」「もういいよ。そんな風に言われるなら、もう言わな~い」ケースケは慌てて、「うそうそ。違うよ。びっくりしただけだって」口を尖らせる私に、謝ってくる。「なあ、もっかい言ってくれよ?」「やだ」「なんでだよ。驚きすぎて、味わえなかったからさ~」「また今度ね」「そう言うなよ~」なんて言い合ってたら、私のケータイが鳴った。誰からかは、音で分かる。お父さんだ。
2009.10.22
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「ごめん、いい。聞かない。聞きたくない。聞かなかったことにして」慌てて取り消す私。サチさんは、開きかけていた口を閉じ、いたずらな目を私に一瞬向けてから、ちいさく頭を下げて、部屋を出て行こうとしました。が、私は聞き忘れていたことを思い出し、呼び止めました。「あ、ねえ、サチさん」「はい」「私の、お父さんのことで、何か知ってることある?」聞いてから、「・・・ロクでもないってこと、以外に」と付け足す私。サチさんは、少し悔しそうに言う。「いいえ。私も当時からよく考えてみたのですが、一向に」そうだよね。もしも、相手がすぐに分かったなら、さすがのサチさんも、当時ならなおのこと黙ってなかっただろうし。。。「そっか。。だよね」残念そうに言う私に、サチさんは、。「ただ、、」「なあに?」「もしかしたら、柚子さんの主治医でいらっしゃったお医者様は、何かご存知かもしれません。」「主治医?」私は、例のカードを思い出しました。症状がそろったらたずねるようにと書いてあった、その名前をサチさんに告げると、サチさんはうなずいて、「そう、高崎先生でございます」「だけど、もう、随分前の話よ?20年以上も。お母さんのことなんて覚えているかしら?」「覚えていらっしゃると思います。柚子さんと高崎先生の間には、ただの医者と患者以上の、心のつながりがあったように思えます。」ただの医者と患者以上。。?不思議そうに首をかしげる私に、「いえ、単純な男女の関係ということをもうしているのではありません。柚子さんは、その先生のことを信頼されていて、色々と心の悩みも相談されていらっしゃったようですから」「ふうん。それなのに、手を焼かせていたんだ?」「先生のお人柄を信頼しているからこそ、また、先生の腕の確かさを分かっていたからこそ、奔放に生きられたのではないでしょうか」母が信頼していた、先生、か・・。「・・・分かった。連絡とってみようかな。・・・でも、ご迷惑かしら」サチさんは、微笑んで、「いいえ、是非そうなさいまし。高崎先生はお優しい方でした。きっと、柚子さんのお嬢さんである、楓さんにお会いになったら喜ばれるんじゃないでしょうか?それに」「え?」「例のカードでございますが・・。」「うん」「・・楓さんは、何も症状はございませんのでしょう?」「うん、全く」サチさんは、ほっとしたように、「では、なおのこと。楓さんがお元気な姿をお見せしたら、きっと喜ばれると思います」力強いサチさんの言葉に後押しされて、「・・・そうかな。・・でも、そうね。とにかく、できることなら、お会いしてお話聴いてみたいし。連絡してみるわ」と答える私でした。
2009.10.21
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言いたいことを言いきり、息を整えるサチさん。サチさんの気持ちはよく分かります。母のことを大切に思っていた証拠ですから。・・だけど、、言ってみることにしました。「ねえ、、あのさ、サチさんの言ってることはよく分かるの。だけどね、たとえば、なんだけど、、お母さんが選んだ人だから、、、素敵な人だろうな~なんてことは、、全っ然、思わないんだ?」サチさんは、きっぱりと、「当然です。たった数ヶ月、長くても3ヶ月程度のお付き合いで、お相手を妊娠させるような人間は、ろくな人間であるはずがありません」取り付くシマもない様子に、私は苦笑しながら、「ねえ、それ、、お母さんにも言ったの?」「とんでもございません。私にも嗜みがございますから。」たしなみ。。ねえ。。「私、、そのろくな人間であるはずがない人の血が半分流れてるんだけど・・」「楓さんは柚子さんだけのお子様です」「そんな極端な」「いいえ、楓さん、柚子さんは命を賭して、あなたというお子様を設けられました。相手の男は、なんの責任も取りませんでした。そんな男に、楓さんの父を名乗るなんの権利もございません。あなたは柚子さんだけのお子様です」すごいな、、20年以上たっても、こんなにはっきり言い切れるほど怒ってるんだ、と思う私。私はやっとの思いで、いいました。「・・・でもさ、何か、事情があったのかも知れないよ?たとえば、、、」と考えてみて、昨日、思ったことを思い出す。「妊娠のこといわなかったとか。。そもそも、病気のことも内緒にしてたとか」「だとしても、です。」サチさんは、言う。「たとえ、柚子さんが何も言わなかったとしても、何も言わせなかった、いえ、何も言うことができないようなお相手であった時点で、ろくな人間ではないんです」・・うっわ~、、こてんぱんだな。コワイコワイ。と思う私。「でもさ~。そこのとこ、しっかり分からないと、判断できないじゃない」サチさんは、食い下がる私を、ゆっくり睨んで、「なんですか、そんなに肩をお持ちになって。・・・楓さん、、、まさか、父親のことお調べになるおつもりじゃ・・?」「・・そのまさかのつもりなんだけど・・」「がっかりなさるだけじゃないでしょうか?」・・かもしれない。確かに。私はおずおずと尋ねました。「・・・サチさんは、、反対?」サチさんは、小さく首を振り、「いえ、難しいかとは思いますが、お見つけになられてもよろしいかと、ただ」「ただ。。」「お見つけになったそのときには、ぜひ私もその方に、一言ご挨拶させていただきたく思います」ぷっと吹き出す私。よっぽど怖いご挨拶になること間違いなしです。まだ見ぬ父を気の毒に思ってしまいます。「・・分かったわ。、、ねえ、それにしても、サチさんって、すっごくよく見てるのね。おじいちゃんとは大違い」サチさんは、誇らしげに微笑んで、言います。「当然のことです。・・・楓さんのことも、よく見ておりますよ」「怖い怖い」言いながら、気になって聞きました。「・・ねえ、じゃあ、悠斗のことは?サチさん、どう思ってるの?」言い終えた瞬間、何を言われるのも怖くて、「ごめん、いい。聞かない。聞きたくない。聞かなかったことにして」慌てて取り消した私でした。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2009.10.20
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会ったこともないはずの、どこの誰かも知らないはずの、私の父を好きじゃないって言い切るサチさん。私自身、会ったこともない父に、愛着があるわけではありませんが、ただ、サチさんの感情が不思議でたずねます。「どうして?会ったこともないのに?」「会ったこともない、から、でございます」サチさんは、荒くなりそうな語調を勤めて落ち着かせるように、言いました。「会ったこともない、から・・?」言葉の意味を図る私に、「私が、その男のことを好きではない理由。はっきり申しましてもよろしいでしょうか?」というサチさん。その男って・・・。呼び方までぞんざいになっていってます。私は、まだ見ぬ父には悪いけれど、感情をあらわにするサチさんが珍しくて、なぜだか楽しくなってうなずき、「どうぞ聞かせて」といいました。サチさんは、一息に言います。「結婚もしないまま、柚子さんを妊娠させたからに決まっているじゃございませんか。最初の方が、柚子さんをいたわりながら、2年間もお付き合いになって、それでも、子供を産んだら危険だという理由で、泣く泣く柚子さんをおあきらめに、、柚子さん自身も、その方をおあきらめになったというのに。その男は、出会ってすぐに、何も考えずに妊娠させるなんて。」 「て、、」「いえ、大人の男女のことですから、そういうことも、ございましょう。相手だけを責めるわけにはいきません。ただ、その男は、ご病気の柚子さんをあっという間に妊娠させておきながら、結婚するどころか、柚子さん一人に全てをおしつけて、こちらに姿すら見せなかった。私が会ったこともないから、と申しましたのは、そういう意味でございます。結局、柚子さんは、ただ一人で楓さんをお産みになってお亡くなりになって。」・・・なんだか、自分が罪の子に思えてきてしまう。サチさんは、私の表情を読んで、少し落ち着きを取り戻し、「いえ、楓さんがお腹にいらっしゃること、柚子さんはとても幸せに感じておられました。柚子さんは確かに、楓さんを心からお望みになって、間違いなく幸せなお気持ちでお産みになったのです。そこは、誤解なさらないでくださいませ」「・・・はい。」素直にうなずく私に、まだ納まらない様子のサチさんは、言いました。「ただ、柚子さんは、たったお一人で父親が誰かを誰にもおっしゃることもせずに、楓さんを。それはきっと、そんな状況に追い込まれても、その男を愛していらしたからでしょう。きっと最期の瞬間まで。だけど、いえ、だからこそ、その男に、、、きっと本当はそばにいて欲しかったことでしょう。ご出産の時も、最期のときも。けれども、その男は・・・。柚子さんは、平気な顔をしていらっしゃいましたが、一体、、、どれだけ心細かったことか。、、それが一番許せないことです」目を潤ませ、言葉を詰まらせるサチさんでした。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2009.10.19
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『赤ちゃん産んだら、私、死んじゃうんだって・・・』・・・赤ちゃん?私のこと?「・・・ねえ、・・・それは、いつのこと?」私の知りたいことを察知して、サチさんは、注意深く答えてくれます。「楓さんを、身ごもられるよりは、半年ほど前のことでございます」「本当に?」「間違いございません」ということは・・・・つまり、デキちゃったから、ではなく、ただその人との子供を欲しいと思ったときに、病という壁が、、。サチさんは、私に目を向けました。「それからすぐのことでした。そのネックレスを外されたのは。」・・別れちゃったんだ。きっと、病気のことで。子供が産めない。・・違う、産んだら死んでしまうってことで。子供のこと考えたってことは、結婚まで考えたってことだよね・・・?そんなに愛した相手だったのに。可哀相なお母さん。「・・・じゃあ、このネックレスをくれたその人は、私のお父さんじゃ・・」「そうですね。楓さんのお父様は、それを下さった方とは別人かと」「ん~」つかみかけたヒントを失ってしまいました。サチさんは続けます。「結婚となるとそういうことがとても大切になって参りますから。確かなお家であるならなおのこと。・・・もっとも、お相手やお相手のお家から何か言われたのか、柚子さんの方から身を引かれたのかは、定かではございませんが。」黙ってぼんやり考える私に、「どちらにしても、柚子さんはお別れになられた時、まだその方を愛していらっしゃったんでしょうね。一時はお食事もほとんどとられなくなるほど落ち込まれて。。。私も随分、ご心配さしあげましたが・・・。ただ、それも、ほんのしばらくだけで、その後、また、新しいお相手ができたようで、すぐにお幸せそうに」「そうなの?そんなに愛した人と別れたのに。。切り替え早いな、お母さん」驚きをそのまま口にする私をたしなめるように、「前を向いて生きることにだけ、熱心な方だったんです」・・・それは、自分の人生が短いことを理解していたから、きっと、幼い頃から。だから、母は大きな恋を失ってもすぐに次の恋を始められた。そう、悟を失ったときの、私とは違って。「・・・次の、、新しい、、恋、か」呟く私に、「そうです。柚子さんが落ち込まれている時に出会われたその次の恋のお相手が、おそらく楓さんのお父様でございましょう」微妙に変わるサチさんの声色に、私は、笑って言いました。ずっと前から感じていたことを。「サチさんは、私のお父さんのこと、あんまり好きじゃないみたい」サチさんは、表情を変えもせず、「もちろんでございます」と言い切りました。・・やっぱり、ね。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2009.10.18
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「ええ、よく覚えております」ネックレスを見せると、サチさんは、うなずきながら、すぐにそう言いました。懐かしそうに、少し表情を和らげて。写真を見せるまでもなく。「・・柚子さんが、お付き合いされていた方から頂いたものでございます」・・・さすがだな~。陶芸のことしか考えてないおじいちゃんとは大違いだわ。私は、尋ねました。「それっていつのこと?」「あれは、、高校を卒業されて、しばらくしてからのことだったでしょうか。柚子さんは、その当時病状が思わしくなかったものですから、進学はあきらめられて、時々病院に通われる以外は、のんびりと暮らされていたのが、急にイキイキとよくお出かけになるようになって。いつのまにか、そのネックレスが胸元に。いつも肌身離さずつけておられました。だから、よほど、大切な方から頂いたものだろうと、柚子さんの幸せそうな表情とともに、ほほえましく思っておりました。柚子さんが素晴らしい方とお付き合いしていること、私もとても嬉しかったんです。」優しい微笑で話すサチさんの言葉に、少し驚いて、「その人に、会ったことあるの?」・・もしかして、私のお父さんかも知れない人に?勢い込んで聞いた私でしたが、サチさんはあっさりと、「いえ、ございません、でも、その贈り物。しっかりした方でないとそういうものはなかなか贈れません」「それって、、、高価なものだから?」サチさんは、厳として首をふり、「いいえ、値段だけでなく、そういった確かなものを選ぶ目、でございます。そういう目は、なかなか一朝一夕には身につくものではございません。高価なだけでなく、そういう品のいいものを選ぶ目、それは、確実なご家庭でお育ちになられた、健康な精神の持ち主であるからこそ、備わったものであると思います」サチさんなりの見解。だけど、私はそこにある説得力を感じつつ、うなずきます。「なるほどね・・」「柚子さんは、その恋に夢中でございました。あまりに頻繁にお出かけになられるから、お体のこと心配したこともございましたが、お相手の方は、柚子さんに無理をさせることを許さず、いつもいたわられていたようで、お体のほうも、ひどく悪くなることもなく」そこまで言って、サチさんは、何かを思い出したように、「それまでの柚子さんは、幼い頃から、本当に向こう見ずで、体のこと考えもせずに好き放題で、主治医の先生も手を焼くほど困った方でしたから」「お転婆だったんだ」「ええ。底なしの。・・・それでも、その恋をして、お相手の愛情に守られて、どんどん大人に成長されて。誇張ではなく、とてもとてもお美しくなられて、それはそれは幸せそうで」微笑みながら、そういって、でも、その続きを思い出したのか、とたんに表情を曇らせました。そして表情を引き締めてサチさんは言いました。「楓さん。私は、柚子さんのことも、楓さんと同様、赤さんでいらした頃から、お世話してまいりました。柚子さんは、不幸なことにご病気でおられて、色々と行動にご制約はあったものの、いつもとても明るく前向きで聡明な方で、本当に、素敵な方でした。病のことで投げやりになったりはせず、自分らしく生き続けておられました。病のことで、ことさら卑屈になられることもなかったように思います。ただ、」「ただ・・?」サチさんは静かに続けます。「その頃、一度だけ、独り言だったのか、それとも寝言だったのか、ソファで寝転んだまま、ぼんやりと呟かれたのを耳にしたことがございました」「・・・なんて?」サチさんは囁くような声で、その言葉を呟きました。『赤ちゃん産んだら、私、、、死んじゃうんだって・・・』←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2009.10.17
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階段を駆け下り、向かった先は、仏間。鴨居にかけられた母の遺影に目をやります。・・これじゃない。次に私は、仏壇に飾ってある、小さな写真を見ました。・・これも違う。。どこで見たんだっけ・・?私は、逸る気持ちのまま、仏間にある小さな棚に並んだ母のアルバムの中の1冊を取り出しました。そして、・・・見つけた。まず見つけたのは、河原で撮られた母の写真。その胸元には、このネックレス。・・お母さん。これまで、遺影をぼんやりと眺めることはあっても、母のアルバムをわざわざ取り出して見ることは、ほとんどありませんでした。母の小さな頃から、私を産んで死んでしまうたった22歳までのアルバム。ほとんどが、お母さん、と思うには、幼く、若すぎる頃の写真の集まり。ただ、一番最後のアルバムだけは、何度か見たことがありました。少しずつ母のおなかが大きくなっていく写真が収められていたから。おなかにいるのは、私。紛れもなく母と同じ時間をすごせていたことを、私の代わりに記憶していてくれる写真たち。そのアルバムを見る中で、心の片隅に残っていた、ネックレスをした母の写真。確認していくと、服によって見える見えないはあっても、継続的に現れる、このネックレス。その頃の写真の母は、いろんな場所に出かけていて、でも、いつもひとりで写っていて。だけど、カメラ目線で、とても幸せそうに微笑んで。。一人で写っていても決して孤独な写真ではありません。そこには、一人で写る母を、常に愛おしく見つめる撮影者の愛情が込められていました。きっと撮ったのは、このネックレスをくれた人に違いない。でも、、。ページを繰っていくとやがて、どの写真にも、首元に、そのネックレスは見えなくなりました。おなかが大きくなってきた写真の中には、一度も写っていませんでした。これって・・・?「朝っぱらから、何の騒ぎだ?」廊下から、祖父が、仏間で考え込んでいた私に声をかけました。階段を駆け下りたり、棚を開け閉めする音が聞こえたんでしょう。私は、ネックレスを見せて、「おじいちゃん、これ、このネックレス」祖父は、ゆっくりと手を伸ばして、ネックレスを受け取りました。じっくりと眺めてから、「ほぉ、これは、ええもんやな。悠斗君からか?えらい奮発してくれたんやな」ポツリという祖父。がっくりくる私。「違うってば。お母さんの箱から出てきたの。ほら、写真にも写ってる」祖父は、私にネックレスを返し、アルバムを受け取って、見ました。「ほぉ。」そういって、祖父は目を細めて、何かを思い出すような表情になりました。「そういわれてみれば、こんなんしとったような・・・」祖父はちらっと私を見てから、「サチさんに聞いたほうがよぉ分かるやろ」といいました。・・・だよね。おじいちゃんてば、ほんと、こういうこと頼りになんないんだから。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2009.10.16
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朝は、悠斗からのメールの着信音で目が覚めました。悠斗→楓 おはよっ。って、まだ寝てる??起こしちゃったらゴメンな~。でも、どーしても、おはよって言いたかったんだ。夕べは飲みすぎなかった?俺は、あの後すぐ帰って、今はもう仕事に向かってるよ。稽古の前に、取材があんだ。今夜会えるから、寝不足でもめちゃ元気。行ってきます。私は、今の時間を見て、え~、こんなに早いのに??あんなに遅く終わってあれから家に帰って、、でしょ?ほんとうに大変な仕事だな、、と思い、悠斗の体のこと心配になっちゃいました。楓→悠斗 おはよ~。もうお仕事なの??相変わらず大変だね~。今夜、疲れてたら無理しないでね??私も、飲みすぎたりしてないよ~っ。電話の後すぐ寝たよ。・・でも、今、起きたよ。寝すぎかな。だけど、離れてるのに、悠斗に起こしてもらえるなんて、とっても、トクした気分。だって、何も考える前に真っ先に悠斗のこと思えて幸せだったもんっ。悠斗→楓 やっぱ起こしちゃったんだ。ゴメン。元気って言ったろ?今夜絶対行くからっ!俺の幸せ奪わないで。それにしても、メールで起こしたくらいで楓に幸せに思ってもらえて俺も幸せ。てか、俺は、目覚めるといっつも真っ先に楓のこと思うんだけど?楓は、、違うわけだ??・・・スネルぞ?楓→悠斗 あ、またスネちゃった~。ごめんね。いつも悠斗のこと考えてるよ。会えるの楽しみにしてます。気をつけていってらっしゃい。悠斗→楓 ありがと。行ってきます。楓は二度寝かな?おやすみ。・・もうっ、もう起きるよ、って、きりがないから、心の中で返信をして、悠斗を思う私。いつもは寝起きが悪くて、目が覚めても、ベッドでしばらくゴロゴロしている私ですが、すぐに起き上がり、、、そして、ベッドのサイドテーブルの上に置いておいた箱と目が合いました。・・お母さんの箱。私は箱を手に取り、開けました。チラシをはさんだ本と、手紙を、横に置いた蓋の上に置き、中にある小さな箱たちの中から一つを手に取りました。少し目を閉じ、気持ちをまとめてから、静かに開けると、大きさと、持った重さから想像した通り、アクセサリーが入っていました。素敵・・。私はそのネックレスを手に取り、眺めました。一見シルバーに見えるけれど、年を経ても変わらなかった輝き、きっとこれは、ワイトゴールドなんでしょう。そして、トップには、半分だけ小粒のダイヤをいくつもあしらってある十字架。キレイ・・。それに、、、、高そ~っ。こんな高価そうなもの。母は、一体誰から?私は、脇に置いたチラシに目をやりました。夕べ考えたように、このチラシが父を示すものなのだとしたら、こんな高価なアクセサリーとは無縁な人にイメージしていたけれど。・・一体どういうことなんだろう。。夕べは、本とチラシと手紙だけしか見れなかったから、このチラシがとっても重要に思えたけれど、違うのかな。。だけど、どうしても、何かのサインが遺されているように思えるんだけど。だからといって、、。。私は、ネックレスのクロスに無意識のうちに指を何度も滑らせながら思いました。これにだって、お母さんへの、たくさんの愛情を、、感じる。私は、窓際の棚の上にあるたくさんの写真たての中から母を探し、心で問いかけます。・・・ねえ、何か、教えてよ、お母さん。そして、次の瞬間。私は突然あることを思い出して、階段を駆け下りていました。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2009.10.15
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・・・私だって。ミリの心の声が聞こえた気がして、俺は、期待してミリの顔を覗き込む。だけど、ミリは何かを押さえつけようとしているような表情で目を閉じていて。・・・?やっぱり、なんか変なんだ。メールが来なかったこと。暗闇にいたこと。そして何より、シないで寝たいなんて。一つ一つなら、ありえるかもしれない。でも、3つも重なれば、さすがの俺だって、異変に気づく。・・・一体、どうしたんだろ?何かをミリが隠そうとしている。こんなばればれな様子でってことは、まだ、ミリは迷いながら。・・・それにしても、また、かよ?何で話してくれないんだよ。俺、そんなに頼んないかな?いや、、・・・忙しいから、気遣ってくれてんのかな?だとしたら、きっと、今日はもうどれだけ聞いても答えないだろう。Hだってしないっていったらしないつもりなんだ。・・・仕方ないから、乗ってやるよ、その芝居。今夜のトコは。・・だけど、隠し通せるなんて、思うなよ?俺は心の中で呟いてから、目を閉じたままのミリにもう一度言う。「ヤリテ~って、ミリ」ミリは少し呼吸を整えてから、目を開き、言う。「だ~め」俺は、もう、ヤりたくてたまらない気持ちは抑えられていたけれど、一応粘る。「なんでだよ?」「シないって言ったでしょ?キスだけって」頑張ってイジワルに言ってみてるミリ。全部お見通しだよ?だから、俺はその上をいってやる。「分かったよ。だったら、ずーっとキスしててやる。キスだけならいんだよな?」「え?ちょっ」俺はミリに覆いかぶさって、キスをした。優しく、激しく、ゆるく、強く。長く、短く、いろんなキス。俺の愛情、ちゃんと分かるように。俺に隠し事して、まさか、隠しきれるなんてことできるはずないって、分からせるために。中に入る代わりに、しっかりキスだけでだって、分からせるんだ。ミリ、愛してる愛してる愛してる。俺に、何も隠す必要なんてないんだ。ミリが可愛く抵抗しようが、抑えてたはずの俺のモノが堅くなろうが関係ない。ただ、キスをずっとずっと重ねていく。少しずつ、少しずつ、ミリの強張った心がほどけていくのが分かる。俺は唇を解放した。ミリは息を切らせて、俺の胸にしがみつく。「ケースケ・・」しっかり抱き寄せて、俺は聞く。「何?」「・・・眠い」「へ?」って、あっという間に寝ちゃってるし。ちょっとホっとしたら、即寝かよ?どんだけ、寝不足だったんだ?それにしても、、、何悩んでる?ミリ、きっと、ちゃんと、話してくれるよな?そう、多分、舞台が終わってしまえば。ミリの寝顔に、祈るように思う俺。寝顔を見つめたまま、俺も、うとうととまどろんだ時、「ケースケ、、ゴメン。。ネ」微かにしゃくりあげる声。俺ははっとしてミリを見た。目は閉じたままのミリ。・・・眠ってる?だけど、その頬には涙が伝っていて。・・・どんな夢、みてんだよ。・・・夢、、なのか?ただの。俺は不安になって、ミリを悪夢から救ってやりたくて、そっとそっと抱き寄せる。ミリは、少し、目を覚ます。ぼんやりと俺を見て、「ケースケぇ」ってしがみついてくる。「ちゃんといるよ?なんか怖い夢みた?」背中を撫ぜながら言ってやると、「ぅうん。。抱っこぉ」って言いながら、また、眠りにつくミリ。俺はまたやや力を入れてミリの背中を抱き寄せる。「よしよし。大丈夫だからな。俺が、いるから」やがて安定した寝息で眠り込んだ様子のミリ。眠ってるミリに、聞こえもしないはずのミリに、それでも俺は言う。「愛してるよ。俺が、ずっと守ってやるから」何度も祈るように囁きながら、俺もいつしか眠りについていた。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2009.10.14
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私は、あと、どのくらい、この胸の中で眠れるだろう。まだ、何も確定したわけではないのに、そんなことを思い、不安に抗いきれず、ケースケの胸にしがみつく。ケースケはそんな私を抱きしめてくれながら、「ミリ・・」静かな声で呼ぶ。私は、カラダの力を抜いて、目を開けた。ケースケは、小さな声で聞く。「キスは?」そっと顔を上げて、闇の中、ケースケの顔を見る。「え?」「・・キスは、、してもい?」闇に慣れた私の目に写る、愛情と欲望を抱え込んだケースケの目。そんな目で見られたら、何もかも忘れて、自分から、ケースケのこと、体ごと求めてしまいそうになるほど、魅力的で。・・だけど、、ダメだよね。Hは、、ダメなんだよ。。って思いながら、・・ダメ、かな?まだ、何もはっきりしていないのに。なんて、気が変わりそうになる私。だけど、ダメだよね。今度、胸が痛んでも隠し切る自信、ないもん。私は心を決めて、より私らしく見えるように、イジワルを言う。「ダメって言ったら、しないの?」ケースケは少し考えて、「ダメなんて、言わないでくれるよな?」て、すがるように言う。私は微笑んで思う。・・・可愛いな、ケースケ。「キス、、だけだよ?」と答えるだけで、すぐに身を乗り出そうとするケースケに、「ストップっ。私が、してあげる。ケースケは動かないでね」私は、唇を半開きのままで、そっとそっとくちづける。目を閉じたケースケ。私は、柔らかく優しく、唇に軽く吸い付いては、微かな音を立てて離し、何度も何度も重ねる唇。ケースケも応えるように少しずつキスを返してくる。だんだん、荒くなってくる息。「・・・ミリ、、俺」背中に添えてくれていた手を、そっと首からうなじに滑らせて、たまりかねたように、呟くケースケに、私は言う。「動いちゃ、だ~めっ」ピタリと動きを止めるケースケ。・・素直だな。だけど、そうでないと、、。・・・今、私を求めて、ケースケに動かれたら、、拒めない。私だって、熱くなってきてるから。キスするだけで、こんなに。。もっともっとケースケが欲しくなる。全部全部欲しくなる。だけど、、。ケースケの動きを封じ込めるように、私は、また、そっとそっと優しいキスを重ねる。最後に長く丁寧に唇を重ねてから、そっと離れた。余韻を味わうように、目を閉じたままでいたケースケは、もう一度私を抱き寄せた。優しく、だけど、熱く。「ミリ・・」小さく囁くケースケ。返事をしない私に、ケースケは、切ない声で言う。「ャりて~」・・・私だって。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2009.10.13
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私は、ソファに半ば寝転んでケースケがシャワーから戻るのを待った。戻ってきたら、、きっと、ケースケは私を求めるだろう。私だって、できることなら、ケースケに抱かれたい。不安でたまらないから、つなぎとめていてもらいたい。だけど。だけど、怖い。また、あんな風に胸が痛んだら、、どうしよう。それに、、2週間に1回。。。2週間、、たってない。。シャワーから出たケースケは、ペリエの瓶を冷蔵庫からだして、開けながらこっちに来た。隣に座って、一口飲んでから、私に差し出して、「飲む?」私はうなずいて、瓶を受け取り一口飲み、また返す。ケースケは、もう一口飲んでから、サイドテーブルに置いた。ソファの背もたれにもたれて、目を閉じるケースケ。疲れてるんだよね。稽古なんて、毎日肉体労働してるようなもんだし。へとへとっぽい。「大丈夫?」小さな私の問いかけに、ケースケは細く目を開けて、微笑んで私を見る。「ん?」「随分・・・疲れてそう」「そうか?そうでもないよ。心地いい疲労感」そういいながら伸びをするケースケ。「そう?無理しすぎないでね?」ケースケは上に伸ばした手を、そのままゆっくりと下ろし、「ああ。ありがと。でも、ミリ、ミリがいるだけで俺、めちゃ癒されてんだよ?寝顔見るだけでも、ほんとに。・・でも、ごめんな。ミリには寂しい思いさせてる」といって私の肩を抱いた。私は、小さく首を振る。そして、ケースケの手が、それ以上先に進んでしまう前に、ポツリと言う。「ねえ、、今日は、、シたくない、、の」ケースケが、ちょっと驚いたように私を見る。私は慌てて言う。「だって、、ほら、、ここのとこ、起きてたらいつも、て感じでしょ?・・・するためだけにいるみたいだもん」ケースケは、少し心外そうに、「ためだけって、、愛してるから、だよ」私はゆるく微笑んで、「分かってる。分かってるけど、今日は、ただ、抱っこされて眠りたい」「終わったらいっつもそうしてんじゃん」「・・それはそうだけど。。終わってからだと、すぐに寝ちゃうから」「幸せだろ?」「・・・うん。。。だけど。。違うの。もっとただ、抱っこされたいの・・・だめ?」ケースケは優しく笑って、「ダメじゃないよ、全然」意外にも、そう言ってくれる。私は、つい聞いてしまう。「ほんとに?」ケースケは、困ったみたいに微笑んで、「ん~、、5日もしてないから、そりゃ、シたいけどさ~」だよね。やっぱり、、悪いな、、って、心ごと少しうつむく私に、「でも、いいよ、ミリがそうしたいなら。抱っこ、だけ、って、やってみるか」優しく、そういって私を寝室に促した。並んでベッドに入り、ケースケにやさしく抱かれて目を閉じた。言えない思いを、抱えたまま。毎秒ごとに起こるためらいを、完全に隠したまま。そして、思う。私は、あと、どのくらい、この胸の中で眠れるだろう。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2009.10.12
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「うん。生きてたい。ずっと」そう答えて俯いたミリの心に、その時の俺は気づけもせず。ほっと、息をついて、「・・・あんまり心配させんなよっ」って言ったんだ。ミリは、言う。「勝手に心配してるんでしょっ?」俺は、「だって、最近、メールだって、全然くれなかったろ?あれは、なんでなんだよ?」ミリは一瞬詰まったけれど、すぐに立て直して、「・・・あれ?話変わってない?」と、茶化す。俺は言う。「変わっててもいいから答えろよ。俺、気になってんだよ」「・・・」目をそらすミリ。「あ、目そらすなよ。怪しいな」そういうと、また、いたずらな目を俺に向けて、「怪しい?怪しいって、なになに?慶介はなんでだと思ってんの?その妄想聞かせて」なんていってるし。「妄想、、って。」「ほら、早く。」俺はひとつため息をついて言う。「・・・俺のこと好きじゃなくなったのかな、、とか」「へ~」「へーって」「他には?」「他に好きなヤツが・・」ミリは俺の顔を、心底、イジワルな目で見て、あきれたように言う。「ほんと、ワンパターンだな。そんなに信用ない?」「・・ないのは信用じゃなくて、自信なんだよな。。俺。」「よくいうよ、ほんと。そんなにかっこいいのに」「でも、ミリ、俺のかっこよさで好きになってくれたわけじゃないだろ?」「俺のかっこよさって、、自分で素で言わないで」と、軽く突っ込んでから、「ん~、、でも、かっこいいとこも好きだよ?」「・・・答えになってなくね?」美莉は柔らかい目で俺を見て、「ねえ、ケースケ。じゃあさ、私が本当に、ケースケのこと、好きじゃなくなって、他に好きな人ができてたら、ケースケはどうすんの?」なんて聞いてくる。イジワルなやつだな、ほんとに。俺は口を尖らしついでに、ミリにキスをする。ミリは黙って受け止めてくれてから、笑って言う。「そっちこそ、答えになってないよっ」俺はもう一度キスをして、「そんなこと考えたくもね~ってことだよ」駄々をこねるように言う。「自分で、言い出しといて~」くすくす笑う美莉。「黙れっ」俺は、いつものミリに安心しながら、何度も何度もキスを重ねる。・・・やべっ、ヤリたくなってきちゃったな。。だけど、、稽古で大汗かいたし、このままじゃな。。俺は、少しカラダを離して、言う。「なあ、10分。いや5分待ってて。シャワー浴びてくっから。汗かきっぱで気持ちわりぃんだ」「どうぞ。ごゆっくり~」あっさり言うミリに、「・・・一緒に、どう?」って言ってみるけど、「ヤ~だ」って、マッハで断られてしまった。ちぇーっ。腐りながら、風呂に向かいかけて、肝心なこと聞き忘れてること思い出す。もう一度振り向いて、聞く。「ほんとはなんで?」「なにが?」「メール、なんでくれないんだよ」「あぁ。」ミリは一度視線を落としてから、こっちをまっすぐ向いて言う。「ただ、バンドの練習が忙しかっただけだよ」そんなこと?「ほんとに?」「うん、あと、ケータイを家に忘れて出て行ってたりとか。あ、そ~だ、つい昼寝しちゃったり。出かけなかったから、なんにもメールすることなかったりとか、ね」どれも、、ミリなら、ありうる。「なんにしても大した理由なんて。。それに、ケースケ忙しいから、別になんとも思わないかなって思ってたし。・・でも、気にさせてたんなら、ゴメンね」申し訳なさそうに、俺を見るミリ。、、信じていいのかな?筋は通ってるようで、でも、どことなく釈然としなくて、だから、もう一度、念を押そうとしたんだけど、、、俺が口を開くより先に、ミリは「そんなに怒ってるの?」って、哀しげな目で聞いてくる。俺は、その目に少し焦って、「いや、怒ってるわけじゃ」と、言いかけるのも遮り、ミリは、「も~。そんなにスネルんなら、明日っから、いーーっぱいメールするから、ね?許して、お願い」手を合わせて、可愛く縋る目で、言ってくる。ったく、その目。反則。・・可愛すぎんだよ。完全に、思考回路がオチてしまった俺。にっこり笑ってやるしかなくて、だから、ただ「楽しみにしてるよ」なんて、言い置いて、シャワーに向かったんだ。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2009.10.11
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「うん。生きてたい。ずっと」ケースケに答えながら、本心からそう思う。生きてたい。ずっと。ケースケのそばで。5日前までは、当たり前のことだと思っていた、ただの現実。今は、もう、ムリかも知れない、儚すぎる夢。最初に痛みを感じたあの日から、5日間。誰にも何も話せずに過ごした私。ただただ、カードを何度も眺めるだけで。まず、お父さんにちゃんと言わなくちゃって思った。症状が、全部そろってしまったんだから。今日こそは、今日こそはって思いながら、でも、、、どうしても、連絡できなかった。ケースケは、ずっと仕事だったから、ほとんど話していなかった。いつもなら寂しいはずの時間も、今の私には都合がいい。ケースケと、目を合わせる勇気がないから。もちろん、Hだってしていない。だから、かどうか、、、今のところ、あの時感じたほどの痛みはない。でも。私は、いつも無意識のうちに胸に手を当てている。胸の奥、深いところに、何かが埋まっているような、微かな重さ。油断したら、また、鋭さが顔を覗かせそうな、胸の、柔らかい痛み。思えば、ずっとずっと、ここにあった痛み。ケースケがドラマでラブシーンを演じたのを見たときも、痛んだ。だから、その胸の痛みは、嫉妬のせいだと、思い込もうとしたりした。でも、大きな波がきて初めて、やっぱりそうだったんだと、病気のせいだったんだと、認めざるを得なくなった。ケースケには、、いいたくない。。今は、、まだ。初めての舞台を目前に控えて、ここのところ、緊張しているのが分かるもん。今、私のことで心配なんてかけられない。それも、尋常でない心配なんて。・・・せめて、舞台が終わってから。終わったら話す?話せる?私は一人、首を振る。・・・分からない。ウソ。多分、、話さない。。ううん。話せない。怖いから・・。何かが。もしも、もしも、話せたとしても、2週間に1回しか、Hできないんだ。ケースケは、、、なんて言うだろう。。・・・私、フられちゃうのかな。そんなこと、ないって思っていても。そんなはず、ないって分かっていても。でも、くっきりした病気の影と、その不安に、私は、自分が少しずつふさぎこんでいくのが分かる。バンドの練習も、キャンセルしてしまう。大学も、休んでしまう。誰のメールにも電話にも返事すらできなくなってしまう。ケースケにすら、メールもできなくなってしまう。気がつけば、食事を取ることすら忘れて、明かりもつけずに、暗闇の中で、そのことばかり考えている。一つだけ確かなこと。私は、ケースケを苦しめる。話しても、話さなくても。・・・離れても、離れなくても。大切なケースケを、大好きなケースケを、確実に苦しめることになる。話して離れない。話して離れる。話さずに離れない。話さずに離れる。一番、苦しめずにすむ方法は。。?・・・話さずに、、、、、、、、離れる?そんなことを、思ってしまう、既に弱り始めている私。そして、話さずに、ただ、離れることを、自ら死を選んだ、彼を思い出す。私は、かつてヒロトがロープを下げた場所の下に立ち、その場所を見上げていた。ぼんやりとヒロトのこと考えていたら、急にケースケがいて、・・・びっくりした。すっごい心配げな顔で立ってたから、慌てて表情を戻したけれど。何もかも、ヒロトのこと、、って、ことで、何とか、、ごまかせたかな。。結果、ヒロトのこと、隠れ蓑にしたみたいで、後ろめたいけど。それでも、まさか、病気のことになんて、思いも及ばないだろう。今は、ただ、それでいい。それだけで。とりあえずは。だって、、話すのか、話さないのか、心が全然決まらない。決まるまでは、完璧に、ごまかすしかない。必死でなんでもない顔をするんだ、私。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2009.10.10
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ダイニングとリビングに通じるドアを開けて、俺は、、、思わず立ちすくんだ。暗闇の中には、ミリ。ヒロトが死んだ場所の下に立ち、見上げていた。俺の気配に気づき、ミリは、こちらを見る。とっさに声も出ない俺に、ミリは言う。「ケースケ」ぼんやりと何かを考え込んでいた場所から、自然と戻ってきたような表情で。そして、ゆっくりと表情をかえ、続ける。「おかえり~」にっこりと笑うミリ。俺は、息を吐き出してから、とりあえず言う。いつものように。「ただいま」そして、急いで、ミリのそばに行き、頭と腰に手をかけて、抱き寄せた。ミリは、俺の胸に小さくため息をついてから、ぎゅっと頬を胸に押し付けてくる。素直なミリ。おとなしいミリ。俺は、急速に不安になって、慌てて電気のスイッチを押す。明かりのともる部屋。「何してんだよ?電気もつけずに・・。こんなとこ、見上げて」ミリは、少し、カラダを引こうとするが、俺は、手に力を込めた。「・・・何もしてないよ。」あきらめて俺の胸の中にいるままで言うミリ。「何もってことないだろ?」美莉は少し笑って、「だね。・・多分、、、ヒロトのこと思い出してたの」命日のこと、思い出す俺。また揺れている・・・?「・・・また、ヒロトのとこに行きたいって?」「まさか。そんなこと思わないよ。ただ、ここで死んじゃったんだなって思ってただけ」俺は美莉の後ろ髪を撫ぜながら聞く。「なんで?」「え?」「なんでそんなこと思うんだよ?」「いけない?」「・・気になるよ」「・・ただ、思い出しただけだよ。心配しないで」ミリは俺の胸を押して、顔を上げ、笑顔を見せる。「心配、、するよ。」気弱に言う俺に、ミリは、いつもどおりの笑顔で、「なんでよ~?気にしすぎだよ。ほんとに何でもないってば」屈託なく言うミリ。「なあ、、まさか、死のうなんて・・」「まさか」即否定のミリ。確かに、、見つけたときも、緊迫した空気ではなかったけれど。「ほんとに?」「うん。死にたくなんて、、ない」微笑んで言うミリ。俺は、瞳を覗き込んで、「そっか。信じていんだな?」問いかける。そして、その問いに、「うん。生きてたい。ずっと」と小さく答えた、ミリの本気な目。俺は、その言葉に、やっとほっとしたんだけれど。その時の俺には、本当の意味が全く見えてなかったんだ。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2009.10.09
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「・・・気持ちよくしてやるから、そのままいい子にしてるんだぞ?」耳から入るイヂワルモードのケースケの言葉。並行してカラダに与えられる、たくさんの快感。約束させられるまでもなく、もう、、・・・抵抗なんてできない。私は目を閉じた。それを最初に、その日は、いつものオフと同じ様に、一日中、ケースケに抱かれてた。ベッドで、リビングで、キッチンで、お風呂で、廊下で、玄関で、家中のあらゆる場所で。そして、その日最後に、ベッドで抱かれたときのこと。「ぅんっ、・・・もう、・・・ユルしてっ、、、イっ・・」―ちゃうって、言おうとして、いえなかった。!私の意識は、そこで突然、フリーズした。ケースケは、何も気づかずに、「オレも・・」って、いつもどおり、私を強く抱きしめて、最後まで。しばらくして、荒い息のまま、「あぁ、やべ、最高だった。ミリぃ」言って、私の額に優しく口付けてくれてから、ゆっくりと身を離すケースケ。私は、目を閉じたまま、息を整える。ゆっくりゆっくり息を整える私に、ケースケが、言う。「ごめん、、ちょっと、ヤりすぎた?痛かった?」私はぼんやりと、目を開けて、ケースケの顔を見る。不安げな心配そうな顔。・・・ホントのこと、言ったら、、きっと、、、。私は、自分でも驚くほど、冷静に、嘘をつく。そう、首を横に振って。笑顔さえ浮かべて。「ううん。全然・・。」ケースケは安心したように、微笑んで、もう一度私に口付ける。額に掛かった髪をかき上げてくれる。満ちたりた笑顔で、優しい目で私を見て、「愛してるよ、美莉」「・・・知ってる」そう答えた私に、ケースケはがっくり頭を落として、「・・・美莉」「なに?」「違うだろ?その答えは・・」「え?」「知ってるってさ~、、」「だって、知ってるもん」ケースケはコドモみたいに、唇を尖らせて、「そういう時はさ~、私も、とか、私はもっと、とか言えよっ」・・・可愛すぎる。さっきまで、あんなに男っぽく私を襲ってたくせに。私は、微笑んで、言う。「ごめん、次から、そうするね」ケースケは、その言葉にも何か言いたそうだったけど、あきらめたように息をついて、「ま、いいや。さ、シャワー行こっか?」たずねるケースケに、私は首を振る。「なんで?一緒に浴びようよ」私は、気力を振り絞って言う。「だめ。。今は動けない、よ。。」「抱っこして連れてってやるって」粘るケースケに、「だ~め。それに、もう、今日はおしまいっ」と言う私に、ケースケは、笑って、「ちぇっ、分かったよ。でもさ。今の、動けないくらいよかったってこと?」嬉しそうにたずねる。私は、何も言えずに、ただうなずく。「俺も、めちゃくちゃ気持ちよかったよ。愛してるよ」またキスしてくれるケースケ。「あ~、だめだめ、またしたくなるといけね~から、先、浴びてきていい?」私はもう一度うなずいた。ケースケは優しく微笑んで、額にキスを落としてくれる。「ミリ・・?」なかなか動き出さないケースケに、呼ばれ、「なに?・・・シャワー行かないの?」「行くよ。けど、離してくれないと」言われて気づく。ケースケにしがみつくようにしている私。「ごめん」慌てて離れる私に、ケースケは、ふと何かに気づいたように、「大丈夫か?ほんとに?」てたずねる。私は首を振って、「全然。ほんとに、ただ、、気持ちよかったよ」そういうとケースケは満足そうに、うなずいた。浴室のドアの閉まる音。流れ出すシャワーの音。私は、そっと起き上がり、シーツを体に巻きつけて、リビングに行く。サイドボードの上に置いたバッグから、カードケースを取り出し、中からパウチされたカードを手に取る。寒くもないのに、ガタガタと震える指。私は、何度もそのカードに目を通す。そして、カードを両手で包むようにもち、祈るように唇に近づけて目を閉じた。最中に起こった、突然の突き刺すような胸の痛み。これまでは、、まさかと、思おうとしてきたこと。でも、もう、ごまかしようがない。・・・カードに書かれた症状が、全てそろった瞬間だった。
2009.10.08
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それが起こったのは、5日前。ケースケとの、、最中だった。ここのところ、芝居の稽古で忙しいケースケの貴重なオフの日のコト。前夜、ケースケの帰宅はあまりに遅かったから、メールだけ送って、先に寝ちゃった私。翌朝、心地いい感触に目覚めると、目の前にはケースケの寝顔。私を抱きしめてくれている。猫のように、目を閉じ、ケースケのカラダに頬ずりをしかけて、え?、と思う。寝てていいのかな?遅刻じゃない?って、慌てて起こそうとして思い出す。今日はオフって言ってたっけ。ふ~っと息をついて、ケースケの寝顔を幸せに眺める。無防備な寝顔。起きてるときは、かっこよすぎるケースケ。モデルだけでなく、役者の仕事まで始めて、たくさんのファンの人だっているみたいだけど、だけど、それでも、この寝顔だけは、私だけのもの。・・・ケースケ。大好き。いつもはうまく言えない言葉。心で思っただけなのに、ケースケの目が開いて、びっくりする。ケースケは、私と目が合うと、眠そうな目で微笑んでから、条件反射のように、引き寄せて、キスをした。「・・おはよ、ミリ」セクシーな寝起きのハスキーな声。何度聞いても、くらってきちゃう。「おはよ~。お帰り」「お帰り~?夕べからいたよ?」「分かってるけど、帰ってきたの知らないもん」ケースケはもう一度、微笑んで、「だな。ごめんな、寂しくさせて」私の髪に頬ずりしながら言う。私はケースケにしがみつく。「ほんとだよ~。だから、ぎゅってして?」言い終わる前にもう、しっかりと抱きしめられている。そして、私は、その押し当てられる感触に、言う。「・・・ちょっとぉ・・」抱きしめるついでに、私のおでこや髪に口付けていたケースケが、そのままの状態で、「ん?」て言う。私は、少しケースケの胸を押し、自分の体を引きながら、「なんか、カタくなってるんだけど・・」言いにくそうに言うと、ケースケは、私の腰に手を当てて、もう一度しっかり抱き寄せて、押し付けるようにして言う。「だめ?・・・だって朝だし」「もうっ」あきれる私に、「それに、何より、ミリをこうして腕の中に抱いてるし、ずーっとずーっとしてなかったし、さ」言いながら、ケースケは巧みに私の体を移動させ、ソレをソノ場所に当ててくる。「ちょっと、。。やダっ」「・・・なんで?」「なんでって・・」理由なんて、、ないけど。でも、、起きてすぐだよ?なんて思う間もなく、パジャマ代わりに着たキャミの中にケースケの手が入り込んでくる。「な?何でかなんて、言えない。言えるはずない。だって、俺とシない理由なんてないもんな?」耳元で囁くように告げてから、唇をそっと首筋に滑らせるケースケ。「ぃやん、、ちょっと、、ダメ」本気でない抵抗なんて、ケースケ相手には全然意味がないって分かりながらも、だからって、そのまま素直に受けるなんて、、やっぱり、ハズカシイ。そんな気も知らずに、「そんな可愛い声だしたら、逆効果だぞ~?」私に押し当てたまま、そう、服も着たまま、ゆっくりと動き、動かし始めながら、イジワルな声で言うケースケ。いっつも私には、弱甘なケースケのくせに、Hになると、形勢が逆転しちゃうっ。「・・・っ」もう、声になんない。。。起き抜けから完全に感じちゃってるなんて、ハシタナイ。。だけど、だけど、、気持ちよすぎて。。ケースケは、抵抗をやめた(正確には抵抗できなくなった)私に、「いい子だ」と、耳たぶを甘噛みしながら、言う。「・・・気持ちよくしてやるから、そのままいい子にしてるんだぞ?」←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2009.10.07
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「了解。じゃ明日な」という悠斗の声に後ろ手で手を振り、稽古場を出、ミリの待つ家に急ぐ。タクシーに乗り込んで、自宅を告げてから、ケータイを取り出した。・・・メールも着信も、やっぱり、ない。いつもなら、毎日、何通か、メールは来てたのに。他愛ないメール(「かわいい猫をみかけたよ」、「いい天気で幸せだよ」、「セットリストが決まったよ」)ばっかだったけど。だけど、それでも嬉しかったんだ。なかなか一緒にいられなくても、ささやかな同じ想いを共有できているようで。だから、俺も、仕事の合間を縫っては、メールを送り返してた。他愛ないメール(「かわいいお子さんの写真みせてもらったよ」、「雨だけど頭痛大丈夫?」「新しいシーンの稽古に入ったよ」)ばっかだったけど。それが、、それなのに、ミリからのメールが、ここんとこずっと、ない。気になる。今はまだ、家に帰って、ぐっすり眠っているミリ自身を見て、隣に潜り込み、抱き寄せてしまえば、それで、安心できるんだけど。夕べだって、俺が抱き寄せたら、「ケースケ。。抱っこ」って、寝ぼけたまま、しがみついてきたミリ。可愛すぎ。可愛くてたまんなすぎて、さらにさらに抱きしめた。俺は、そのままヤっちゃわなかったガマン強い俺をほめたいくらいだ。・・・メールが来なくなったのって、いつからだっけ・・・?俺は、ミリからの最後のメールの受信日を確認する。・・・この間のオフの前の日、、か。ミリ→ケースケ : 明日は、明日は、オフだね~。一日中一緒にいられるのすっごく楽しみだけど、今日はもう待てない。。ごめんねぇ。。。眠いの~。。だから、寝ちゃいます。明日の朝ね。おやすみぃ。もう一度最後のメールを見て、俺は無意識に微笑んでいる。ほんとに寝ちゃってた可愛い寝顔のこと、思い出して。俺は今、初めての舞台の稽古中。せりふを覚えるのと、初めての稽古と、緊張で、なかなか落ち着いて考えられなかったけれど、、、メール来なくなって、随分、たってるな。・・・オフの日、、は、、何したっけ?って、考えなくても分かる。朝から晩まで、シてたっけ。いつもどおり。前の晩に寝顔見ながら、ぜーったい、朝からスルぞって。思ったとおりに。その日の記憶をたどってみる。・・・特に、、何も、、思いあたらないな。。ミリがメールしなくなる理由なんて。。だけど、メールは確かに、来なくって。・・・なんでなんだろ?気になる。気になるけど、『なんでメールくれないの?』なんて、やわなメール、、できるわけないよな。待たせてばかりなのは、俺の方なのに。俺は頭を振って、こっちは、いつもどおりにメールする。慶介→美莉:起きてる?今から帰るよ。返信は、、ない。やっぱり、ねちゃってるのかな?当然のように、おやすみメールもなしなんだよな。・・・あ~、考えんのやめて、ちょっと仮眠だ。俺は無理やり目を閉じた。。。ら、しっかりぐっすり眠り込んでいたみたいで、次の瞬間にはマンションの前に到着していた。寝起きの頭を振り振り玄関にたどりつき、「ただいま」いいながらドアを開けて中に入る。奥に明かりがないのを見て取り、やっぱり、寝ちゃってんだ、と思う。・・・もう、何日、ちゃんと話してないだろう?きっと寂しがっているはずの、哀しがっているはずの、ミリの心を思いながら、ダイニングとリビングに通じるドアを開けて、俺は、・・・立ちすくんだ。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2009.10.06
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タクシーの後部シートに並んで座り、夜の中を揺られて運ばれていく。いつものように、タクシーの中では、寄り添うわけでもなく、肩を抱かれるわけでもなく、そっけないくらいにお互いにそれぞれに近い方の窓に目を向け、外を流れる景色を見ながら。ただ、そっと、手だけを握られて。手だけで十分。時々、少し力を入れて、確かめたりして。これから始まる2人の夜に、ゆっくりと近づいていく。カーステレオからは、運転手さんの趣味なのか、ジャズ。耳を傾けるわけでもなく、ぼんやりとその音の中に漂っていると、碓氷くんが、そっと動く気配。見ると、胸ポケットからケータイを取り出していた。耳に当てることなく、ただ、ふっと笑って、ボタンを押している。・・・メールか。と思う。だからって、・・・誰から?なんて、特に気になるわけでもない。大切に思ってくれてること、ちゃんと知ってるから。ケータイをポケットに直して、そのままいつもどおり、沈黙に戻ると思ったんだけれど、碓氷くんは、珍しく口を開いた。「水野、まだ僕たちのこと、反対してんだ?」ポツリという碓氷くん。私は、「メール、水野くんだったの?」碓氷くんは、笑って、うなずく。「なんて?」碓氷くんは、もう一度ケータイをポケットから出して、そのメールを見せてくれる。水野→碓氷 : 俺と千夜の大事な娘なんだぞ-。。「これだけ?弱っ」笑う私に、碓氷くんは、「だな。いつもずけずけいうくせにな」「碓氷くんはなんて返事したの?」返事の変わりに、黙ってメールを見せる碓氷くん。碓氷→水野 : 僕にも大事な恋人なんだぞ-。。あきれる私に、碓氷くんは、「出てくるときなんか言われる?」「ん~、ま、たまにはね、今日は、たまたま2人とも家にいたから」「なんて?」「お母さんはね、私の、好きにしなさいって」「水野は?」「行っちゃダメって」「本気で反対なのかな」「まさか。だって親友なんでしょ?碓氷くんが素敵なこと分かってるはずじゃない」「ん~。。いいとこだけじゃなくて、悪いとこも知ってるもんな。。、やっぱり、ムスメの相手となると、面白くないんだろな」「それって、父親のヤキモチってやつだよね」「悪いことしちゃってるな~」なんていいだす碓氷くんにちょっと焦る私。「・・・だからって、会うのやめるなんて、言わないよね・・?」碓氷くんは、微笑んで、「言わないよ。いや、言えないよそんなこと、もう」うっとりくる瞳でみつめられて、ドキドキしてしまう。「・・一度、ちゃんと、水野と話すよ」私を安心させるために言ってくれた言葉だと思うけど、私は少し不安になってしまう。「ねぇ、、水野くんと、、ケンカしないでね?」碓氷くんは、すがるように言う私の手を取り、もう一方の手の上に乗せ、ぽんぽんとあやすように叩く。「しないよ~。僕にも水野にも大切な蒼夜だから、蒼夜が本当に居心地悪くなるようなことにはなんないさ」←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2009.10.05
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碓氷→蒼夜 :道、順調だったよ。あと5分くらいかな。碓氷くんのメールに、慌てて髪をとかし、バッグに必要なモノを集めて入れる。間に合った~。部屋を見回して、忘れ物がないか確かめて、電気を消し、階下に下りた。と、まだリビングから聞こえてくる話し声。私は、足音を潜めて、、・・このままこっそり出てっちゃおうかな~なんて思ったときに、ドアが開いて、水野くんが出てきた。「あ」「あ」お互いに、同じ声が出る。水野くんは、さっきのワンピから着替えた私を見て、言う。「あれ?何で着替えたんだよ、こんな時間に・・」言いながら、手に持ったバッグに気づき、「あ~っ!まさか、今から?」「うん。もう、そこまで来てるって」「あの、バカっ。何時だと思ってんだ。ソヨ、行っちゃだめだよ~。こんな時間に」「え~っ」「ダメだったらダメ。」「絶対いくもんっ」2人でもめてると、母が出てきて言う。「どうしたの?」水野くんはにがり顔で、「今から、テツヤのとこに行くって言うんだよ」「え?一人で?」「ううん。稽古の帰りに迎えに来るって、もうそろそろタクシーで着くの」母はほっとしたように、「じゃあ、いいじゃない、行かせてあげなさいよ。蒼夜だって、もうオトナなんだから」「千夜~、君、心配じゃないの?」「あのね~。ハタチの恋してる女の子に、しかも、始まったばかりのこの時期に何いったって聞かないわよ~。それに、私は蒼夜を信用してるわ。蒼夜に向き合ってる碓氷くんもね」そういって母はこちらを向いて、「行ってらっしゃい。碓氷くんによろしくね。」って行ってしまう。「千夜・・」頼りにしてた味方をあっけなく失って、がっかりしてる水野くん。可愛そうな背中に、さすがに、申し訳なくなって、「・・・行っちゃダメ??」って聞くと、水野くんは、こちらを向いて、「ダメって言っても行くんだろ~?」って頼りなく聞いてくる。「・・だって、会えるの久しぶりなの。。でも、、水野くんがダメっていうなら」水野くんは、少し期待したような目で、「行くのやめてくれる?」って。私は、微笑んで、「うん」「ほんとに~?」すっごい喜んでるとこ悪いけど、「でも」水野くんは、不吉な目で私を見て、「でも?」「その代わり、私の部屋に泊まってもらうね」「ちょっ、ソヨ、君、テツヤと、、それじゃ、この家の中で。。?それは、それは、、、もっとヤだな。ってか、ダメだよ。絶対、ダメっ」ふふ。パニクると面白い水野くん。俄かパパながら、なんとか、威厳を保とうとあれこれ言ってくるけど、私の対応次第で、すぐにひよってダメパパになる。それが分かってるから、どうしても、こんな風にイジメたくなっちゃうんだよね。何も答えずに、上目遣いにジーっと見てると、「もう、いいよ。行って~」あきらめたように言う水野くん。ごめんね。にっこり笑って、「ありがと~」って言ってると、電話が鳴った。碓氷くんだ。「もしもし?」「着いたよ」「わかった、すぐ出るね~」私は、水野くんに目でだけ謝って、靴を履いて外に出る。門の前には止まったタクシー。碓氷くんは降りて車のドアの横に待っててくれた。ほんとは駆け寄って抱きつきたいとこだけど、さすがにガマン。相手は、、オトナだしね。ゆっくり歩いてって、にっこり笑う。「お待たせ~」「こっちこそ。いっつも待たせてる。ゴメンな」そんな言葉だけで、抱きしめられたみたいに心があったかくなれる。「ううん」首を振る私。愛おしそうな瞳で私を見てくれる碓氷くん。碓氷くんだって、私のこと抱きしめたいのガマンしてるの、分かる。でも、さすがに、タクシーの運転手さんがいるしね。・・・?「どうしたの?」私は思わず尋ねる。だって、あんまりにも見つめられてるから。碓氷くんは、優しく微笑んで、「いや・・」って言いながら、何かを確かめるように私の頬に手を添える。私は、その手をとって、「いこっ」碓氷くんは、「ああ」私の肩を促してタクシーに乗った。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2009.10.04
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・・・芝居かぁ。。『ぜ~ったい、蒼夜ちゃんなら、いい役者になれると思うんだ』たった今言われた岬さんの言葉が耳に残る。ベッドに寝転んで、目を閉じ、そのことについて、考えてみる。お母さんが女優で、碓氷くんも俳優で、二人ともきらきら輝いてて、素敵なお仕事だと思うけど。大変さも知ってるからな~。・・・第一、自信ない。だけど、私は、今、ただ、ぼんやりと大学に通うだけで。。そういえば、将来なんになりたいって夢って、もったことなかったな~。ん~。。。ひとつだけあった愛せる人を探すっていう夢。それはもう叶えられちゃったし、(碓氷くんのこと相当愛してる)碓氷くんは、とっても、私を大切にしてくれるし。だけど、碓氷くんは忙しいから、寂しい時間は多い。だから、なんか、一人の時間を充実させるうち込めるものを、探したいみたいなとこはあるんだけど。。・・・役者、かあ。。。ぴんと来ないな。。そうだ、お母さんにも、聞いてみよう。そう思って、階下に下りていく。リビングのドアを開ける前に聞こえてくる、ナカヨサゲな笑い声。私は軽くため息をついてから、そっとドアを開ける。その音に気づいて、ソファで肩を並べて笑った顔のまま、こちらを向く2人。何がおかしいのか、笑いすぎの涙までぬぐってるお母さん。ったく~、最近ずっとこうなんだから。人の気も知らないでイチャイチャ。いくら二人は新婚だからって、20歳にもなる娘もいるのに~っ。って完全にヤキモチ?ヤツアタリ?水野くんが、「蒼夜。まだ起きてたのか?」なんて聞いてくるから、「お邪魔~?」なんて言っちゃう。水野くんは慌てたように、「まさか、とんでもない。大歓迎だよ。ここ、おいで」と、横にずれ、母との間をあける。って、その間に座れっての?やだやだ。いったいいくつだって思ってるのかしら。なんていうと、新米パパさんは、傷ついちゃうから、にっこり笑って、「私はこっちでいい」と、向かいのソファに座る。やっと笑いがおさまったらしいお母さんが、「やだ、蒼夜。あなた、今日、一日、そのカッコでいたの?」私はルームウエアのワンピを見下ろして言う。「いけない?」母は顔をしかめて、「もう。一日中おうちにいて、ずーっと、パジャマなんて、、あぁ、もう、考えられないっ」理解できないというように身震いまでする母は、いつどこにでかけてもおかしくないほど、どこでカメラをむけられてもおかしくないほど、高級な衣類を身につけ、化粧もばっちりキメキメ。「パジャマじゃないし。一応着替えたもん。それに、ただ家にいるのに、こんな時間まで、そんな格好してるほうがどうかと思うけど」「あら、何言ってるの?愛してる人の前にいるのよ?身だしなみ、でしょ?」いとしそうに水野くんを見ていう母。でれでれの水野くん。やってらんない~。「はいはい。そ~ですか。」と不機嫌に答えちゃう私。「な~に、プリプリしてるのよ。いくら彼に会えないからって」「テツヤ、まだ、稽古?」水野くんが口を挟んでくる。時計を見上げて、「そろそろ終わってもいい頃だけどな」「うん。もう稽古は終わったって。さっき少し電話で話した」「そうか」うなずく水野くんに、「ねえ、『スペース・ボーイ』でしょ?いいな~、碓氷くん出られて」羨ましそうに言う母。水野くんは、「千夜も出たかった?」「私は、ムリよ~。役がないもの」「前にやった役で出ればいいんだよ」「よく言うわ。もう20年以上も前よ?年もそうだけど、あの衣装。。私にだって羞恥心があります。今更あんな衣装着れないわよ」「いやいや、まだ、大丈夫だと思うけどな~」水野くんは笑ってそういって、母に、「バカ」ってこづかれている。付き合ってらんない。私は軽くため息をついてからたずねる。「お母さんも、その芝居やったことあるの?」「ええ。もちろん。最初によ、ね?」水野くんが、「ああ、懐かしいな。あの頃が。俺らの劇団で初演をやったんだからな」「そうね。懐かしい。まだ、若かったわ~」遠い目になる母。「確かにみんな若かったな。テツヤが初めて主演したんだっけ。その役を、今度、広川悠斗がするんだ」「で、あなたがやった役を、大場慶介がするんでしょ?」悠斗君と慶介くん。2人とも少しだけ話したことがある。碓氷くんは、私たちが一緒にいれるのは2人のおかげだって言ってたな。って、それよりも。私は驚いて言う。「ええ?水野くんが?水野くんも、芝居してたの?」「そうだよ。すぐに、やめたけど」「だって、ひどかったもの」はっきり言う母に、怒る様子もなく、ニコニコ笑う水野くん。「ふ~ん」私の演技力はどっち似かな?なんて思う。「ねえ、お母さん」「なあに?」「私って、女優に向いてると思う?」母は目を丸くして、「ええ?興味もってくれたの?そりゃあ、向いてるわよ。私の娘だもの。ねえ、やりなさい。絶対にうまくいくわ。」先走る母に、「ちょっと、ちょっと、そんな気、ないってば」母はがっかりしたように、「なんだ。だったらどうしてそんなこと聞くのよ?」「あ~」水野君が何か気づいたように、「岬さんになんか言われたんじゃない?」「そうなの?」問いかける2人に、簡単にうなずく私。「なんて?」「とにかく、向いてると思うからって、話聞いてくれって」「へ~、岬さんがねえ」感心する母に、水野くんは、「彼は、人間的にはスキャンダラスな人だけど、見抜く目を持ってるからね。蒼夜がやる気なら、俺も応援するけどさ・・」「けど、何?」「あの人、蒼夜自身に、違う意味でも興味もってンじゃないかって、気になるんだよな」「まさか。碓氷くんがいるのよ?」そういう母に、きっぱりと、水野君が、「いたって気にするような人じゃないから心配なんだよっ」私は、思わず、笑ってしまう。水野くんが、「何?」て聞くから、答える。「考えすぎっ」同じ様に呆れ顔を水野くんに向けていた母がうなずく。「ほんとに」水野くんは、私と母にあきれられて、しどろもどろになりながら言う。「なんで、当たり前だろ?このくらい。心配するよ。だって、蒼夜は、その、、まだハタチだし。。あんなスケベオヤジに、大切な娘を、、あ、、あれだぞ、蒼夜。その、、あれだぞ。俺、まだ、テツヤのことも認めたわけじゃないんだからな。時々、ほら、、なんだ、、その、、お、、お泊りしにいったりしてるみたいだけど、そういうの、本当はダメだからね。」「え~ぇ?」口を尖らせてそういうだけで、水野くんはさらに焦って、「あ、な、なんだよ。その言い方は。ダメって言ったらダメ。デートは昼間だけ。ね、公園かなんかで。そう。そうしなさい。」「あなた」水野くんを、優しくたしなめるようにいう母。あきれたように笑っている。「なんだよ」「いまどきそんな。。。聞くわけないわよ。第一、相手は碓氷くんなのよ?」「うん。その通り」うなずく私に、水野くんは、「ったく。。もう寝なさいっ」って言った。階段を上りながら思う。結局お芝居のことちゃんと相談できなかったし。ま、いいか。ベッドに戻って、目を閉じる。あ~、なんか、ウトウトきちゃった。碓氷くん、また、かけるって言ってたけど、、待てそうにない。から、もう寝るよってメールして。。ふわっと眠気がきかかったときに、着信音。碓氷くんからだっ。飛びつくように、ケータイをとって、「もしもしっ」「蒼夜?」「うんっ」「寝てた・・声じゃないな」微笑を含んだ声で、言う碓氷くん。「うん。寝そうになってたけど」「まだ、起きてられる?・・そうだな、30分くらい」「もちろんっ」「うちに泊まる用意しといて。迎えに行く」「いいの?」「いいよ。・・会いたいんだ」何より嬉しい言葉。電話を切って、意味もなく立ち上がってしまう。窓ガラスに映った自分を見て、思う。・・まずは、、着替えなくっちゃ。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2009.10.03
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外に出て、僕は空を見上げた。衝撃が大きすぎて、すぐに歩き出すこともできず、壁にもたれて。今夜は月がきれいだ。こんな明るい場所でもくっきりと。星は、ここではほとんど見えないけれど。『初めまして~。楓です。いつも悠斗がお世・・』ケータイ電話から流れてきた声。息が止まりそうになった。いや、実際、ちょっと固まっちゃったし。もう20年以上も前のことなのに。もうすっかり忘れていたはずなのに。その声は、彼女にあまりにも似すぎていた。声まで、未だに覚えていた自分の深層に驚く。・・・ユウコ。目を閉じて、ユウコを思う。たった3ヶ月だけの恋人。それから、ずっとずっと胸の真ん中にいた恋人。歩き出した足は、その場所に自然に向かってしまう。久しぶりに。『私は、もう2度と会うつもりないわ。さようなら』ユウコの最後の言葉。何度、反芻しただろう。その言葉通り、本当に会えていない。もしかしたら、どこかで会えるかも、なんて、道を歩くたびに、思っていたときもあったっけ。見合いをして、結婚する、なんて言ってたユウコ。そんなこと、信じられなかったけれど。でも、どこかで、幸せになっていてくれれば。・・・それでいいんだと。。。・・思えてるのかな、、僕。。。いや、まだ。。?そんな僕の心の揺れを察知したかのように、ポケットの中で震えるケータイ。取り出すと、蒼夜からのメールだった。蒼夜→碓氷 : まだ飲んでるの~?ほどほどにネ。私はもう、寝ますヨー。おやすみなさい。大好き^^。 ソヨ。蒼夜。今の僕には、蒼夜がいる。ユウコと別れて以来、誰も愛せなかった僕の胸に、新しい風を送り込んでくれる蒼夜。ふっと笑みが漏れる。ただ似た声を聞いただけで、緊張し、強張ってしまっていた心がほどけていく。ユウコとのことは、過去になったはずだった。そう、蒼夜に出会ったことで。もう、振り返るわけには行かない。蒼夜を悲しませることなんて、望んでないんだから。ただ、似た声を聞いただけで。感傷的になってる場合じゃない。僕には、守るものがある。僕は、足を止め、もう一度空を見上げる。そして、タクシーを拾う。うん、それでいい。僕は自分に思う。あの場所には行かない。タクシーに乗り込み、行き先を告げて、ケータイのキーを押した。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2009.10.02
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「もしもし?」今度は1コールですぐに出てくれた楓。「楓?俺。ごめん、何回も」楓は、微笑声で、「ううん。どうしたの?」「どうもしない。声聞きたくなって」という俺に、さすがの楓も苦笑声で、「さっき切ったばっかりなのに?」「だよ。いけなかった?」「まさか。いけなくなんてないよ。私だって、かけたいの我慢してたの」なんて可愛いこといってくれる。俺はほっこりした気持ちになる。もっとリアルに楓を思いたい。「いま何してた?」たずねる俺に、「庭で星を見てるの」と答える楓。俺は目を閉じ、楓の実家の庭を思う。都会とは違って、たくさんの星が見えるんだ。星空に包まれた楓。「いいな。俺も見たいよ~」星よりも、、楓のことをだけど。楓は、「今度一緒に見ようね」「ああ」「悠斗は?今どこなの?」「まだ、稽古場。ちょっとテンション下げるために、みんなで飲んでた」楓はくすくす笑って、「下げるためなの?また、上がっちゃわない?」俺は、岬さんと碓氷さんを思い、「若干、そういう人もいる」「やっぱり。」「俺は違うけど。・・おっと」もたれていたドアが開き、慌てて、よける。出てきたのは碓氷さんだった。「おぉ」俺を見ていう碓氷さん。「あ、すいません」ケータイを少し離していう俺に、碓氷さんは、何かに気づいたように、耳元で、「彼女?」と聞いてくる。うなずく俺に、手を差し出し、「ちょっと換わってよ。お祝いの言葉、一言だけ」「あ、ほんとすか?ちょっと待ってくださいね。」と返事をして、楓に言う。「楓?碓氷さんがさ、ちょっと話したいって。」「碓氷さん?って、俳優の?」電話の向こうで楓が言う。「だよ」「え~。緊張するね」「はは。そんな必要ないよ。優しい人だから。換わるよ?」「は~い」楓の返事を確認してから、碓氷さんにケータイを渡す。碓氷さんは、受け取って、「もしもし?碓氷です。初めまして」にこやかに話しかける碓氷さん。あんまりじろじろ見てるのも、なんか悪いから、壁に貼ってあるポスターに目をやってたんだけど・・。あれ?と思うほどの沈黙に、俺は碓氷さんを振り返る。なんか、、固まってる?俺の視線を感じたのか、碓氷さんは、気を取り直したように言う。「楓さん、誕生日だったんだってね。おめでとう」気のせいか若干引きつったような表情で。「それだけ、一言言いたかったんだ。悠斗は、いい男だよ。仲良くね」そういった碓氷さんはもういつもどおりだった。碓氷さんは、「ごめんな、割り込んじゃって」と、微笑んで、俺にケータイを返して、背中を向ける。俺は碓氷さんの様子を気にしながら、電話に出る。「もしもし?楓」「うん。おめでと~って言ってもらっちゃった」「うん。聞いてた」「フジシマくん、たしか、碓氷さんのこと好きだから、自慢しちゃおっと」「はは。じゃあ、また、電話するな。遅くにごめん」「ううん。あんまり飲みすぎたらダメなんだよ~?」「分かってるって。もうすぐ帰る。」そう言ってから、ふと思いついて言い加える。「って、楓だって飲んでんじゃない?」「あは、ばれちゃった?星見酒だよ。」「俺といるとき以外は、飲みすぎ禁止だよ?」「は~い。もう寝ます。お休み」「おやすみ」そういってケータイをポケットに直しかけたとき、目を閉じて壁にもたれたままそこにいた碓氷さんが、ポツリと呟くのが聞こえた。「・・ーコ・・」・・・?「碓氷さん?」俺が声をかけると、碓氷さんは、ぼんやりと目を開けた。「ああ、ごめん。割り込んじゃってさ。僕、先に失礼するよ」碓氷さんは、出口の方に向かう。俺はその背中に声をかける。「あの、ありがとうございました。楓、喜んでましたよ」碓氷さんは振り返って、「そうかい?なら、よかった」と微笑んでから、出て行く。俺はそれを見送ってから、稽古場に戻った。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2009.10.01
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