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師走である。「師走でせわしい」などと言うとあまりにもありきたりで面白くもなんともないのだが、じつのところ最近は師走に関係なく「せわしい」のである。 仕事ももろもろの用事も依然とほとんど変わらない量なので、しだいに退化していく処理能力のせいだろう。そう思っていたし、それを言い訳にもしていた。 しかし、「せわしさ」にはもう一つ原因があるらしいと気づいたのは数日前である。職業人として生きていたときには、仕事の進み方はひとえに私だけに依存していた。若いときには実験室にこもってばかりいたし、机に向かって論文を書くという仕事が次第に増えていっても、やはり私が仕事を進めるままに時は過ぎていたのである。 退職したとき、あまり社会性のないそれまでの生活を変えようと思って地域の仕事を引き受けた。職業人のときとは比べようがないほど暇なはずなのに、忙しい感じはむしろ増えたように感じたのである。結局、それは自分の時間感覚で仕事や用件が進まず、いつも仕事が残っている状態が続くためなのだ。その間は「仕事があって忙しい」という状態が続くのである。短気な性格がその感情を加速してもいる。 12月初めに、昨年の9月から続いていた国と市を相手の交渉事がようやく終了した。国と市からその話を持ち込まれたときに、交渉の進め方と結末のありようを想定したのだが、実際に私の想定通りにとくに困難も波乱もなく、つまらないほどに淡々と事態は進んだのある。ところが、その遅々たる事態の進行中は仕事を抱えているという感じが消えないのである。こちらから発信すると国と市は返信をすり合わせる時間が必要で、早くて二週間、場合によっては一ヶ月ほど待たされることになる。 いろいろな仕事や用件にいろいろな人たちと関われば、相手の決断や行動をじっと待たなければならない、そんなことはまったくのあたりまえのことなのに、それが私の「せわしさ」の原因の一つだと気づくのに、こんなに年を取らなければならなかったということにだいぶ落胆してしまった。元鍛冶丁公園から一番町へ。(2022/12/11 14:24~18:29) 冬支度で元鍛冶丁公園まで歩いたら、いくぶん汗ばんできた。思った以上に暖かい。 遅刻して元鍛冶丁公園に着くと、集会は公園の奥のステージで行われていた。雨を避けてステージにかかる屋根の下でやることはあるが、日中の公園入口での集会を遠慮したのだろう。20人ほどが集まっている。一番町。(2022/12/11 14:31~14:39) ネットでツイッターを眺めていたら「日本はアメリカの最後の州にされるのではないか」という趣旨の記事に、「アメリカの州になったら、オスプレイは住宅地の上を飛ばないし、沖縄の基地はもっと分散されてとってもいいこと」という皮肉の効いたリプライと「州には絶対にならない、日本はアメリカの属国、植民地なのだから州に昇格させるのはアメリカの利にならない」という真面目(?)なリプライが続いていた。 駐留米軍の将校と日本政府の官僚から成る「日米合同委員会」の決定が日本の憲法や法律よりも強い効力を持っているというのは、いまや公然たる常識となっていて、日本がアメリカ軍に占領された植民地であると言うのはたんなる比喩のレベルを超えているように思う。 しかし、福島のことを考えると、アメリカの植民地である日本の中の更なる植民地としての東北という考えに突き当たる。8年前に『辺境から始まる 東京/東北論』という本を引き合いに出して、そのことについて次のような文章を書いていた(「「3・16 No Nukes みやぎ」 (1) 錦町公園のイベント・集会!」。 日本という国において、東北はどのような位置を占めているのか。例えば、小熊英二さんは、太平洋戦争以前の「植民地と勢力圏を中心としたアウタルキー(自給自足)経済」が敗戦によって破綻した後、国内でアウタルキー経済を目指した時代に東北が「米どころ」になった、と指摘する [赤坂憲雄、小熊英二(編著)『辺境から始まる 東京/東北論』(明石書店、2012年)p. 315。] 。文字通り、戦後の東北は旧植民地の代替機能を負わされたのである。 あるいは、山内明美さんは、東北の置かれた歴史的状況について、天皇制における大嘗祭を取りあげて次のように述べている。天皇の代替わりの最も重要な儀式である大嘗祭の悠紀に、はじめて東北が登場したのは、1990(平成2)年の秋田県である。それ以前には、東北が大嘗祭に伴う斎国に選定されたことはなかった。あえて天皇儀礼という観点から言ってみるならば、天皇の身体の一部へ東北が摂取され、東北が名実共に天皇の領土としての食国になったのは、20年そこそこの歴史なのである。 [同上、p.256] つまり、太平洋戦争後、食料生産の植民地に過ぎなかった東北は、平成に入って始めて天皇制における日本国の一部になり得たということである。だから、昭和が終る頃、大阪人のサントリーの社長が「東北は熊襲の産地、文化程度も極めて低い」と発言したのは日本国(国民)のありようから考えて当然と言えば言えるのである(熊襲と蝦夷を間違える佐治恵三の低い文化程度はさておいて)。 だとすれば、原発事故後、それをなかったことにしたい政府は、福島を日本に含めない(含めたくない)という思想をベースに動いていると想定することは容易で、しかるがゆえに、福島の人々よりも東京電力が大切だという政治行動に繋がっていると言える。(2014年3月16日) 東北に住む私たちは、日本という国とアメリカという国に対しての二重の植民地の闘いを強いられているということだろう。青葉通り。(2022/12/2 18:42~18:47) 今日のデモの集会の開始時間は午後2時15分、デモは2時半出発だった。これに参加するときは、昼飯抜きである。胃腸が弱くて、食後に変調が生じることが多いので、用件の時間帯によっては朝食や昼食を抜いて出かけることが多い。 今日も家族の昼食だけを作って、私は何も食べないで家を出た。一食抜いてもあまりお腹が空いた感じがしないたちなので、夕食までそのままということが多いが、今日は蕎麦で遅い昼食とした。片平に勤務地があった頃、よく通った蕎麦屋さんでその当時とても好きだった「天とじそば」を食べた。 家でも「天とじそば」を作ってみるのだが、半熟の溶き卵で海老天をとじるのがうまくできなかったのだが、お店で食べながらその作り方が分かったような気がした。デモに参加すると料理の勉強にもなるのである。読書や絵画鑑賞のブログかわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)日々のささやかなことのブログヌードルランチ、ときどき花と犬(小野寺秀也)
2022.12.11
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コロナ禍による死者数が尋常ではない。第7波の蔓延時には過去最高の死者数となったが、第8波ではその数を超えそうな勢いで急激に増加を始めている。 とはいえ、政府も県も市も、あたかもコロナ禍が収まったかのようにどのような防護策も講じることはない。世間は、まるで何ごともないかのように経済活動に励んでいる。 誰かが、「若者が感染して、父母が苦労して、祖父母が死ぬ」とネットで表現していたが、私にもそんな印象が強い。第7波が収まりかけたころ、地域で二つほどの行事を考えたのだが、第8波が始まって断念した。行事の開催も断念もそれを決定するのは(形式的ではあるが)私の責任となっているのでたぶんに気の弱い私の消耗も尋常ではないのである。なにしろ、地域行事の参加者は「真っ先に死ぬ祖父母」の世代が多いのである。 そんなこんなで、行事はほとんど中止になっているのになんかドタバタとしていて疲れるばかりである。元鍛冶丁公園から一番町へ。(2022/12/2 18:19~18:32) 元鍛冶丁公園のケヤキにはまだいくぶん散り残っている葉がついている。仙台は急激に冷え込んで、ほぼ完全に冬の服装で出かけてきた身には、冬に先回りされて散り損ねた葉っぱが哀れに思えるのである。 集会では電力料金の値上げなどが話題になっていた。また、この間(11月25日)の福島原発被害南相馬訴訟の高裁判決に触れて、「元の生活を返せ」いわき市民訴訟の仙台高裁での控訴審が11月29日に結審したこと、また仙台地裁での女川原発再稼働差止訴訟も11月28日に結審したことなどの報告があった。とくにいわき市民訴訟は勝利判決を書いた裁判長が同じだということも紹介され、少しばかり期待感が喚起される話だった。一番町。(2022/12/2 18:33~18:38) 現在、岸田政権は原発稼働の延長、原発の新設を決定しようとしている一方、敵基地攻撃能力のための防衛費をGDPの2%とこれまでの倍額にしようと画策している。あげくに完璧な攻撃的武器であるトマホーク(アメリカが不用なった中古品らしい)を大量に購入しようとしている。完全な「専守防衛」政策の放棄である。 安倍、菅、岸田と日本国憲法を無視する政策が次々と打ち出されている。それにしても奇妙なのは、憲法を無視して政策を決定しているのにその憲法を変えたいと躍起になっていることである。これから導き出せるのは、彼らは自分たちの政策そのものが憲法に反する国家反逆的(典型的な「反日」的)な行いであることを自覚していて、憲法を変えることで何とか正当化したいと必死になっているということではないか。 いずれにしても、「知育」に失敗したような政治家にトマホークのような殺傷力の高い玩具を与えたら何をするか知れたものではない。「防衛的先制攻撃」などいう自己矛盾の甚だしい無茶苦茶な論理で戦争を始めることしか想像できない。 以前(8年ほど前)にエマニュエル・レヴィナスの本から引用しながら平和と戦争について書き記したことがある(「4月4日 脱原発みやぎ金曜デモ」 デモは不参加、ブログはでっち上げ!)。戦争オタクのような政治家が、〈倫理〉の哲学者のレヴィナスの本を読むなどということはありえないだろうが、紹介しておく。「悪しき平和といえども、もちろん、善き戦争よりも善きものではある! ただし、それは抽象的な平和であって、国家の諸権力のうちに、力によって法への服従を確たるものたらしめるような政治のうちに安定を探ろうとする。かくして、正義は政治に、その策略と計略に訴えることになる。(……)そして場合によっては、全体主義国家のなかで、人間は抑圧され、人間の諸権利は愚弄され、人間の諸権利への最終的な回帰は期限なしで延期されてしまうのである。」 [エマニュエル・レヴィナス「人間の諸権利と他者の諸権利」(合田正人訳)『外の主体』(みすず書房、1997年) p. 201] まるで、日本の現状そのままではないか。「日本人は平和ボケしている」と力説するナショナリストたちは、中国や韓国、北朝鮮の脅威を声高に吹聴しながら、それらの国々を挑発することに余念がないし、彼らをあからさまな別働隊とする政府・自民党といえば、対外的には「集団的自衛権」を行使できるように、国内的には「秘密保護法」によって反戦活動を押さえ込もうと「策略と計略に訴え」て、戦争準備に勤しんでいるような「悪しき平和」に日本はある。 そんな平和であってもいかなる「正義の戦争」よりも正しい「善きもの」だ、という私たちの声を圧殺して、このまま進めば日本は「全体主義国家のなかで、人間は抑圧され、人間の諸権利は愚弄され、人間の諸権利への最終的な回帰は期限なしで延期されてしまう」ようになりかねないのである。 レヴィナスは、平和の実現を国家論や政治論という形ではなく、人間の倫理の問題として語り進めるのだ。「しかも、平和は単なる非-攻撃性ではなく、こう言ってよければ、それ固有の肯定性・積極性をそなえた平和である。そこにはらまれた善良さの観念はまさに、愛から生じた没-利害を示唆している。それゆえに初めて、唯一者ならびに絶対的に他なる者はその意味を、愛される者ならびに自己自身のなかで表現できるのだ。」 [同上、pp. 302-3] このようなレヴィナスの言論が反戦活動や平和運動にあまり直接的に役立つとは思えないが、それを担う個々の人々の精神にはきっと大切な意味をもたらしてくれるだろう、とは思える。青葉通り。(2022/12/2 18:42~18:47) デモは終わったが、なにか不思議なほど元気が残っている。この頃は疲れて臥せってしまうことが多くなっていたので、ちょっと嬉しい。 夕食の仕込みも終わっているので、帰り足がとても軽い(スキップする年ではないが………)。読書や絵画鑑賞のブログかわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)日々のささやかなことのブログヌードルランチ、ときどき花と犬(小野寺秀也)
2022.12.02
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