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一週間前の裏路地散歩で望遠や広角レンズで撮った方がよい場所があると切実に思ったこともあって、35㎜単焦点レンズのほかに18-140㎜のズームレンズ10-24mmの広角レンズを滅多に使わない小さなカメラバッグに入れて出かけた。 とはいえ、広角を使ったのは坂道の途中にある変則六差路を撮った時だけだし、140㎜はその坂を下ってまっすぐのびる道を撮っただけで、あとは全て単焦点レンズで撮ったのである。単焦点レンズだけの不便さにけっこう慣れてきたように思う。 今日の散歩区域は仙台駅の北西、花京院や大町のあたりだ。ときどき陽がかげることもあったが、おおむね青空が見えるとても良い午前中の散歩となった。撮影散歩ということにもだいぶ慣れて、同じ道を行ったり来たりして撮影ポイントをゆっくり探せるようになったと思う。以前は、決めたコースをひたすらまっすぐに辿るような歩き方だったような気がするのである。 仙台駅の近くなので大通りに面して大きなビルが立ち並び、そのビル群に囲まれた区域の中の路地を歩くことになる。なぜか今日は路地の風景よりもビルの間に覘く青空ばかりが気になるのだった。カメラバックに入っている偏光フィルターを使って青空を強調する写真を撮ろうという誘惑もあったのだが、路地の風景を撮ろうと考えていた趣旨に悖るので偏光フィルターを出すことはなかった。 撮影散歩はもちろんカメラの趣味を満足させるためでもあるのだが、医者の指示による病気療養のための散歩でもある。疲れると尿中蛋白量が増えるので疲れない体を作るのが目的で、運動した疲れが完全に回復してから次の運動をするのである。 今日の散歩の歩数はほぼ一万歩だったが、ゆっくり歩いたこともあってさほどの疲れはない。早朝の筋トレ散歩は九千歩くらいだが階段や坂登りなので格段に疲れる。ここ数週間は、筋トレ散歩の後3日間の休み、上半身の軽い筋トレとカメラ散歩をして2日間の休みという繰り返しになっている。本当に効果があるかどうかは次の検査日まではまったくわからない。なんとも心もとないことなのだが、本人に病状の自覚がまったくないので、自分の行いが病気療養になっているのかどうか判断できないのだ。 まあ、当分こんな生活を続けるしかないだろうとは思っている(ちょっと暖かくなったらすぐにでも小旅行に出かけるつもりではいるが)。読書や絵画鑑賞のブログかわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)日々のささやかなことのブログヌードルランチ、ときどき花と犬、そして猫
2025.01.25
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11時30分から2ヶ月に一度の眼科診察があって、5分ほどの診察で12時前には自由になった。眼科医院は、街中の裏路地にあるのでそこから裏路地散歩を開始した。仙台駅と東二番丁、南町通と広瀬通に挟まれた区域を歩く予定だ。前回の朝市を含むブロックの北に隣接する区域である。 この区域には一番町から駅まで続く中央通り(クリスロード)という人通りの多いアーケード街があるのでその近くの路地は楽しめそうな感じがする(人通りが多すぎると写真を撮るのが難しいということもあるが)。 東二番丁と広瀬通の交差点の近くにある眼科医院から南の青葉通まで歩き、東側の次の路地を広瀬通まで北行し、途中で交差する路地に入っては戻るということを繰り返して仙台駅まで行き、そこから青葉通と南町通を西へ向かいながらうろうろと歩きまわった。 中心街のこのあたりの路地はほとんどまっすぐに大通りを越えて続いている。大通りの向こうに続く路地を望遠レンズで看板や電柱の距離感を圧縮して写したら面白いだろうと思ったり、狭い路地では広角レンズで撮ったら面白い写真になるだろうと考えたり、そんな場面がけっこうあった。それを我慢して単焦点35㎜レンズでシャッターを切っていると、なんとなくカメラ修行をしているなあという気分にはなるのだ。 とはいえ、何度も何度も同じ場所に行けるわけではないので、ズームレンズや広角レンズも持って歩くのが良いのではないかと悩み始めている。単焦点レンズ1本だけでのカメラ修行の挫折か、意味ある転身になるのか、全く判断できないので、これは保留するしかない(つまり、なりゆき任せということ)。 ほぼ歩き終わって昼食を採ろうと思ったが、昼時でどの店も満杯だった。予定していた中華料理店では路上に列をなして待っている状態だった。それで、少し歩き戻って、先ほどとても狭い路地で見つけた小さな中華料理店に行ってみた。 お客さんもそこそこ入っていたもののすぐに座れて、おいしい五目ラーメンを食べることができた。裏路地の撮影散歩であまりいい写真は撮れなかったが、おいしい五目ラーメンにすぐにありつけたというのは散歩の功徳ということにする。読書や絵画鑑賞のブログかわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)日々のささやかなことのブログヌードルランチ、ときどき花と犬、そして猫
2025.01.18
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昨日雪晴れの景色を撮ろうと出かけて、疲れたけれど快適で楽しかったので、今日もまた午後になって街に出た。単焦点レンズ1本だけで仙台の街の路地を撮るというカメラ修行の続きである。 地下鉄仙台駅の西改札口を出てすぐの朝市近辺の路地を歩くことにした。何を撮りたいとか何処を撮りたいというよりも、とにかく路地を歩き回ってみようというふうに考え出している。いい写真を撮りたいと思って歩くと結果にがっかりするだろうと考えたのだ。これからもとにかく路地という路地を歩いてみようということである(できれば、中弛みにならずに継続できれば!)。 とにかく歩いてみると考えたのは大正解で、あまり写真は撮れなかったが歩いたことにそれなりに満足して帰ってきた。午後遅く出たので夕焼け色に染まる路地裏を想像していたが、雲一つない晴天であまり夕焼け色にはならなかったのが少しばかり残念だった。 今日は、南町通と北目町通、東二番町通と東五番丁通(愛宕上杉通)に囲まれたブロックを歩いた。これからも、こんなふうにブロックを区切って歩こうと計画しているのだが、どこまで行けるやら………。読書や絵画鑑賞のブログかわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)日々のささやかなことのブログヌードルランチ、ときどき花と犬、そして猫
2025.01.11
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昨日は一日中雪が降り続いた。今朝、朝食が終わりかけたころ、「雪掻きはどうだった?」と妻に聞かれたのだが、雪掻きのことはまったく念頭になかった。「やったよ」と息子が言ってくれたのでなんとなくその話は終わった。 これまで雪掻きは私の仕事だった。とくに最近は、雪が降り出すと一日に何度も雪掻きをするようになっていた。積雪量が多くなると私の体力では大変なことになるのを恐れて早め早めにしていただけだ。妻が都合よく考えているように雪掻きが趣味になったわけでもなく楽しいわけでもないのだが、けっこうまめに雪掻きをしていた。それなのに昨日はどんどん雪が降り続くのを見ていたのに、雪掻きのことなどまったく思い浮かぶこともなかったのだ。 じつはカメラを持って出かけることすらも2ヶ月近くなかったのだ。昨年の6月に発病し(病気が見つかって)、まじめに病人をやろうと心に決めて、病人であればなおさら一生懸命終活をやるのだと自分に言い聞かせて暮らしてきたのだが、秋の2回の小旅行の後、「病人疲れ」か「終活疲れ」かあるいはその両方かで気力がだいぶ落ち込んでしまっていた。何もやりたいことがない、何もやりたくない、そんな気分が続いていた。「中弛み」だろうと高を括っていたものの、正月3が日が過ぎたころ異様にぐったりしてしまった。おそらく、何もやりたくないという精神状態のまま逃れられない正月の準備や料理をこなしたせいだろうが、病人としての先行きが心配になるほどだった。 さいわい、この数日、気力が戻り始めた。昨日の雪降りとは打って変わって外は晴天で明るい日差しが輝いているようで、カメラを持って近所を歩いてみようと思いたった。どんな写真が撮れるかはさておき、まあ、カメラを持って出かける気分になっただけでも良しとしよう、そう考えながら家を出た。 陽光の明るさと雪の白さを強調しようと、シャッター速度をやや遅めに設定して何枚か写真を撮った。自宅に帰ってからの写真整理も、明るさや色調、トリミングなど一切の調整(修正)なしで写したままにした。 写真の整理が終わって窓を振り返ると、雪が降り始めていた。カメラを抱えて広瀬川の堤防から雪降りの景色を1枚だけ撮った。読書や絵画鑑賞のブログかわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)日々のささやかなことのブログヌードルランチ、ときどき花と犬、そして猫
2025.01.10
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