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2004年08月17日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
台風15号最新情報


小説はすべて短編。
地方紙にエッセイを多く掲載し、”反体制”作家でもある。
波照間1月


小説「水滴」は41頁たらずの、短編です。

1995年下期に「豚の報い」(又吉栄喜)の芥川賞に続き、
1997年「水滴」(目取真俊)が芥川賞を受賞。
同じ1997年「風車祭」(池上永一)が直木賞最終候補、
と、
沖縄文学マグマがフツフツとわき出た時代背景のようです。



ある日突然右足が冬爪(すぶい)のように腫れ、
その親指から無味無臭の水を滴らすという、
奇妙な病気?に罹った。
夜な夜な、この水滴をもとめて負傷した兵士達が、
飲みに現れてくる。

彼らは50年前の沖縄戦で、
南部の壕に置き去りにされた兵士たちであった。
その兵士の中に、”鉄血勤皇隊員”として、
最後まで行動を共にした、同郷の石嶺がいた。

現実と非現実(足の先から溢れる水滴)、
現在と過去(沖縄戦)が奇妙に混在した、



「”イシミネよ、赦してとらせ・・・”
土気色だった石嶺の顔に赤みが差し、唇にも艶が戻っている。怯えや自己嫌悪の中でも茎は立ち、傷口をくじる舌の感触に徳正は小さな声を漏らして精を放った。
唇が離れた。人差し指で軽く口を拭い、立ち上がった石嶺は、17歳のままだった。正面から見つめる睫の長い目にも、肉の薄い頬にも、朱色の唇にも微笑が浮かんでいる。
ふいに怒りが湧いた。
”この50年の哀れ、お前がわかるか”

”ありがとう。やっと渇きがとれたよ”」

「10日が経った。徳正は窓から裏庭の夏草を眺めていた。水が止まってから、兵隊達は二度と現れなかった。・・・
・・・・・・・・
翌朝、門の前で寝ていた徳正を蹴り飛ばすと、ウシは物も言わず畑に出て行った。
”明日(あちやー)からや畑(はる)に出で(いじ)てぃー、働くんど。”
そう自分に言い聞かせて、体馴らしに伸び放題の夏草でも刈ろうと、物置から鎌を取ってきて裏庭に下りた。」


小説の最後で、元の、”テーゲーなありふれた日常”が戻ってきた!
風人は”安堵感”と共に、「水滴」が何故止まったのか?
今でも「水滴」が溢れ落ちているような?
錯覚を拭いきれない!


琉球新報
沖縄の現実=米軍ヘリ墜落後の県警の調査依頼に対し、
正式に米国軍は拒否の声明を出した!!
これが対等な友好国なのだろうか?





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最終更新日  2004年08月17日 22時58分12秒


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