空想世界と少しの現実

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緋褪色

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カテゴリ: オンナ心
うとうとと心地のいいまどろみを味わい、目覚めると午後の七時半をまわったところだった。本を読んでいて眠くなり、四時半から横になったから結構眠っていたみたいね、私。食事も摂らずに寝ちゃってたんだ。
ベットサイドのテーブルには夕食が置かれたままになっていた。ゆっくりと病室を見回す。
傍らにいる筈の雅夢は居なくて、その代わりに椅子に腰掛けていたのは小沢。視線に気がつくと優しい瞳で見つめ返す。

言葉に頷きつつ、起き上がりながら問いかける。「ね・・とっくに帰ったんじゃなかったの?」薬で少々ぼんやりとした頭で答えると持っていた本をゆっくりと閉じた。起きるまで本を読んでいたのかしら?根気よく待っていたなんて、気遣いのある小沢らしいね。

「伝えたい事がありまして、仕事を終えた後戻ってきたんです」
「ね、来たとき雅夢は居た?」 「いえ、来たときには病室に居ませんでしたよ」
「そう・・なんだ」戻って来なかったのかな。さっき言い過ぎちゃったからかも・・・次第に後悔が心を支配していく。バカだな、後先考えずに言葉を発しちゃって。溜息をついてうな垂れると小沢の声が耳に届く。

「美香さん。彼とは、遠藤さんとはどのようにして知り合ったんですか?」 声に顔を上げると、背中を向け本を棚に戻しながらの問い掛けだった。その行動を見つめていると振り返った彼は、口元に微かに笑みを浮かばせ、立ったままじっと視線を注ぐ。
「ん・・・プライベートだもの、内緒。彼、素敵でしょ?若くてカッコ良くて、とってもやきもち焼きなの」苦笑した後言葉を続ける。

「男って奴は皆やきもち焼きですよ。俺だってそうですし。・・・・・美香さん、どうして選んでくれなかったんです?彼じゃなく、側近の俺を」
不意打ちの問いに、頭の霧が一気に消え去ってしまう!「小沢?何言って・・?」冷静に答えられたのはこの言葉だけ。考える間を遮るように首を振る彼。瞳に浮かぶのは哀しいほどの真剣さだ。
真っ直ぐな瞳は、逸らすことを許さないかのように強い光を放つ。
眠っている間にベットの柵は下げられていたらしく、気がついた時には、彼との間に遮るものは何も無い。どうしよう!・・・この状況はかなり危険かも、逃げられないと本能が警告を発している!

「あの日以来ずっと、貴女に想いを抱いているって知っていましたよね?」
あの日・・・小沢が、病室で泣きじゃくる私を一晩中抱きしめてくれていた。ただ心と体を労わるだけの、優しい抱擁をくれた遠い過去。

あぁ、そんな出来事もあったよ。思い出したくない過去に触れられ、抗議の意味を含めた一瞥の後視線を逸らした。それでも彼は静かな口調で言葉を続ける。

「貴女は俺に何も言わせず、気持ちを受け止めてくれないまま逝くつもりなんですか?そんなのって残酷ですよ!本当に酷い人だ、美香さんは」

切なさの混ざる静かな抗議の声。眼を閉じてうな垂れたままなんて、まるで親に叱られている子供みたいだわ。
雰囲気で彼がベットサイドに歩みを進めたと判り、思わず体を硬直させた!
「眼を開けて、もうこれ以上俺の気持ちを無視しないで下さい、お願いだから。彼が、遠藤さんが気持ちを伝える事を許してくれました。俺、それで居ても立ってもいられなくて・・・此処に・・」
少しかすれ気味の囁き声が小沢の心境みたい。雅夢が・・告白を許したなんて、そんなわけないよ!眼を開けるとすぐ近くに彼の顔。視線が交差し、微かに震えたままの大きな手がそっと右頬に触れる。
・・・あの日と・・同じ温もりだ。もう二度と、想い起こさないように閉ざした筈の記憶が鮮明に蘇っていく・・・

「ねぇっ!いったいどういう事!?出資してる球団会長のお孫さんに手出ししたって本当なの!?こんなゴシップを書かれて、私がどんなに仕事で成果を上げても、貴方がスキャンダルを起こす度に全てがパーよっ!!」
叫んで、持っていた写真週刊誌を狩野に叩きつけた!

初めての妊娠で喜びを感じながらも、仕事を続けながらの出産に対し不安を抱えていた。だけど何より気持ちを苛立たせ、孤独に導いたのは子どもを望む私と望まない狩野との関係。
「こんなだから仕事もこなくなっちゃうのよ!いつまでヒモ生活を送っているの!?」罵倒に耐えられなくなった狩野は、飲んでいた缶ビールをテーブルに置き、背中から見つめている私にもはっきりと判るくらい、肩で大きく溜息をつき椅子から立ち上がった。
それを腕を組み、立ったまま見守っていた私。


「うっせーな!たかだかキス写真を撮られただけだろ?そんなにキーキー騒ぎ立てんじゃねーよ!ガキじゃあるまいし。胎教とやらに良くないんじゃねーのか?まっ、俺の知ったこっちゃねーけどな!いっとくが子ども産んでも育児に協力しろとか言うなよ!ガキなんて面倒くせーだけなんだから!」 吐き捨てるような彼の言葉が胸に突き刺さる!リビングから出て階下に向かおうとする背中に「ちょっと待ってよ!話はまだ終わってないわ!」声を投げかけ階段の踊り場で烈しい口論が始まった。

狩野に未練のある自分。とっくに私への愛情を無くしていた彼は、自身の苦しさを紛らわす時だけ体を抱く関係になっていた。こんな口論なんて虚しいと十分過ぎる位判っているのに。「もう一度私を愛して欲しい」って素直に言えたならよかった。
追いかけるだけの自分が惨めで情けなくて。そんな矢先に判った懐妊。それでも狩野は私に関心も興味も示さない。それが悔しくてたまらなかった。

「私がいながらどうして浮気するの?そんなに魅力の無い女なの??ねぇ!答えてよっ!!」問いに無視して階段を降りかける腕を掴み、強く振り払われて、バランスを崩し私の体は階下へと・・・・・そしてそのまま意識を失って、目覚めた時は病院のベットの上。

脳裏に蘇る、感じた強い痛みと恐怖で一瞬体がビクッと震えるっ!!一番望んだ命を守れなかったあの瞬間、亡くした命の重さに、後悔に一瞬で心が支配されてしまう!
「ハッ・・ァ・・・ック・・ッ!」堪えていても徐々に呼吸が乱れていく!苦しくて思わず布団を強く握り締めた!泣きたくなどないのに、意思とは裏腹に瞳からは涙が零れ落ちてくる。重責と孤独がきっかけとなり、時折過呼吸の発作が起きてしまう。それを知っていて対処できるのも小沢だけだったなんて。今更ながら、自身の孤独を感じてしまう。
「美香さん、いつもの必要ですか?」 冷静な小沢の問い。無言のまま首を振って応えるのが精一杯だ・・・

彼の指が繊細に瞼をなぞった後、優しく抱きしめられる。拒絶など出来なかった。微かにタバコの香りのするYシャツが、そっとそっと何度も堪えた様な溜息をつく。
聞きながら想う。私はこの人に愛されずっと守られてきたんだね。今まで貴方の気持ちに気がつかない振りをしてきた事を、これで許してもらえる?小沢?腕の中は、吐き出した二酸化炭素を吸引するには十分ではないけれど、心ごと抱かれている安心感と温もりは少しずつ呼吸を落ち着かせてくれている。ありがとうね・・・
感謝しつつそっと背中に手を回す。それに応じるかのように、彼は更なる力を込めて体を抱きしめる仕草。耳に届くのは、無理に切なさを押さえ込んだような吐息。

ずっと・・・大人のフリをしてきたね、私達。不器用で素直じゃなくて。雅夢のように感情をストレートに出していたならば、二人の関係はきっと変わっていたのかもしれない。

ねぇ雅夢、どうして彼に告白の機会を与えたの?誰より焼もちやきの貴方が。さっきの言い合いで私のことが嫌になっちゃった?だから病室にも戻って来てくれなかったの?
考えれば考える程当たっている気がして、涙が次々と溢れ出してくる。こんな私は嫌い!雅夢以外の男に体を委ねている事も、過去の記憶でメソメソ泣いているのも許せないんだから!精一杯の強がりを見抜いたように、暫くの間無言で髪を撫でる仕草の後、口を開いた。


「・・・美香さん、貴女はもっと人に甘えたり我侭言ってよかったんです。どんなに魅力的でも隙を見せない女性は男って敬遠してしまうんです。これまでの貴女がそうでしたね」
ぎゅっと抱きしめたまま諭すような声。言葉で反応出来ずに、無言のまま小さく頷きを繰り返し意思を送る。
「誰にも心を許さず、寄りかからずにいる美香さんは、同姓からはカッコいい女として見えても、男はね可愛げのない印象を抱くんです」
可愛げが無い・・か・・「そう・・だったかな?」呟きに 「そうですよ。でも今、俺の腕の中の美香さんは無防備過ぎて、逆に戸惑ってますけど」
口調は冷静な小沢。だけど触れ合ったままの体から伝わる体温と心拍は、自らの心音と同様抑え切れないほど早く感じられた。


オンナ心 諍いへ





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Last updated  2009/08/09 04:26:13 PM
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