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湖上遇鄭田 劉長卿故人青雲器、何意常窘迫。三(一作五)十猶布衣、憐君頭已白。誰言此相見、暫得話疇昔。舊業今已蕪、還郷返為客。扁舟伊獨往、斗酒君自適。滄洲(一作海)不可涯、孤帆去無跡。杯中忽復醉、湖上生月(一作新)魄。湛湛江色寒、濛濛水雲夕。風波易迢遞、千里如咫尺。回首人已遙、南看楚天隔。【韻字】迫・白・昔・客・適・跡・魄・夕・尺・隔(入声、陌韻)。【訓読文】湖上にて鄭田に遇ふ。故人青雲の器、何ぞ意(おも)はん常に窘迫(キンパク)せんとは。三(一に「五」に作る)十にして猶ほ布衣、憐む君の頭已に白きことを。誰か言(おも)はん此に相見えんとは、暫し得たり疇昔を話(かた)るを。旧業今已に蕪れ、郷に還れば返つて客と為る。扁舟伊(ここ)に独り往き、斗酒君自から適せん。滄洲(一に「海」に作る)涯あるべからず、孤帆去つて跡無し。杯中忽ちに復た酔ひ、湖上に月(一に「新」に作る)魄を生ず。湛湛として江色寒く、濛濛たり水雲の夕べ。風波迢遞し易く、千里咫尺のごとし。首を回らせば人已に遥かに、南のかた楚天の隔つるを看る。【注】大暦八年(七七三)頃、岳州における作。○鄭田 劉長卿の友人らしいが、未詳。○青雲器 志の高い人。○窘迫 生活が逼迫する。○布衣 庶民の着る麻や葛の布製の服。官位のない民間人をいう。○疇昔 むかし。○斗酒 一斗の酒。唐の一斗は約六リットル。○自適 自分の心のままに楽しむ。○月魄 月の生じたばかりの、あるいは生滅しそうなときの弱々しい光。三日月。○湛湛 深く水をたたえたようす。○迢遞 遠ざかる。○咫尺 ごく近い距離。○回首 振り返って見る。【訳】湖のほとりで鄭田に出遇って詠んだ詩。きみ志高かりき、窮乏すると思いきや。三十なれど仕官せず、頭に白き毛がまじる。きょうは偶然遭ったれど、昔話に花が咲く。旧宅もはや荒れ果てて、郷に還ればみな知らぬ。小舟に乗って独り往き、君は酒のみ謳歌する。滄洲つづくどこまでも、孤帆は去って跡も無し。杯かさね酒に酔い、湖上の空に月がでる。水深くして寒々し、夕ぐれ川霧たちこめる。風吹き波もはやければ、千里もあっというまなり。かえりみすれば君遥か、南の楚天のそらの下。
July 5, 2006
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登揚州栖靈(一作西巖)寺塔 劉長卿化(一に「北」に作る)塔凌空虚、雄觀壓川澤。亭亭楚雲外、千里看不隔。遙對黄金臺、浮輝亂相射。盤梯接元氣、半壁棲夜魄。稍登諸級(一に「劫に作る)盡、若騁排霄(一作霜)■(「融」の「虫」を「羽」に変えた字。カク)。向是滄洲人、已為青雲客。雨飛千●(「木」のみぎに「共」。キョウ)霽、日在萬家夕。鳥處高卻低、天涯遠如迫。江流入空翠、海▲(「山」のみぎに「喬」。キョウ)現微碧。向暮期下來、誰堪復行役。【韻字】澤・隔・射・魄・■(カク)・客・夕・迫・碧・役(入声、陌韻)。【訓読文】揚州の栖霊(一に「西巌」に作る)寺の塔に登る。化塔空虚を凌ぎ、雄観川沢を圧す。亭亭たり楚雲の外、千里隔てざるを看る。遥かに対す黄金の台、浮輝乱りがはしく相射す。盤梯元気に接し、半壁夜魄を棲ましむ。稍く登れば諸級(一に「劫」に作る)尽き、排霄(一に「霜」に作る)の■(カク)を騁するがごとし。是に向いて滄洲の人、已に青雲の客と為る。雨飛んで千●(キョウ)霽れ、日は在り万家の夕べ。鳥は高きに処れば卻つて低く、天涯遠くして迫るがごとし。江流空翠に入り、海▲(キョウ)微碧に現はる。暮に向かつて下り来たるを期し、誰か復た行役するに堪へん。【注】淮南幕中においての作。○栖霊寺 揚州市の西北の平山堂の側にあり。法浄寺。大明寺。○化塔 仏寺の塔。○雄観 雄壮な眺め。○黄金台 戦国時代の燕の昭王の築いたもの。故址は河北省易県にあり。○元気 天地が分かれるまえの混沌の気。○夜魄 月。○排霄■(カク) 大空をかける翼。○千●(キョウ) 千家。多くの家家。○迫 近づく。○向暮 黄昏時ちかくになって。【訳】揚州の栖霊寺の塔に登って詠んだ詩。空にそびゆる仏塔は、ながめ雄壮したに川。楚雲の外に高々と、千里のかなたもみわたせる。遥かに見ゆるは黄金台、陽光まぶしくきらめけり。らせんのはしご靄かかり、壁の半分月てらす。登れば階段はや尽きて、そら飛ぶ鳥になったよう。ここにて我も、はやすでに大空のうえの客と為る。雨飛び千家晴れわたり、夕日は照らす万戸の家。高所の鳥を下に見て、空のはてさえ近く見ゆ。川は地平線で空に入り、海のむこうに神山あり。日暮に塔を下り来れば、旅をつづける気も失せる。
July 2, 2006
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京口懷洛陽舊居兼寄廣陵二三知己 劉長卿川闊悲無梁、藹然滄波夕。天涯一飛鳥、日暮南徐客。氣混京口雲、潮呑海門石。孤帆候風進、夜色帶江白。一水阻佳期、相望空脈脈。那堪歳芳盡、更使春夢積。故國(一作園)胡塵飛、遠(一作故)山(一作異郷)楚雲隔。家人想何在、庭草為誰碧。惆悵空傷情(一作往復)、滄浪有餘(一作遺)跡。嚴陵七里灘、攜手同所適。【韻字】夕・客・石・白・脈・積・隔・碧・跡・適(入声、陌韻)。【訓読文】京口にて洛陽の旧居を懐ひ兼ねて広陵の二三の知己に寄す。川闊くして梁無きを悲しむ、藹然たり滄波の夕べ。天涯一飛鳥、日暮南徐の客。気は混ず京口の雲、潮は呑む海門の石。孤帆風を候(ま)ちて進み、夜色江を帯びて白し。一水佳期を阻み、相望むも空しく脈脈たり。那ぞ堪えん歳芳の尽くるに、更に春夢を積らしむ。故国(一に「園」に作る)胡塵飛び、遠(一に「故」に作る)山(一に「異郷」に作る)楚雲隔つ。家人何(いづこ)に在るやを想ひ、庭草誰が為に碧なる。惆悵して空しく情を傷ましめ(一に「往復」に作る)、滄浪余(一に「遺」に作る)跡有り。厳陵が七里の灘、手を携えて適く所を同じうせん。【注】至徳二載(七五七)春、旅中、京口における作。○京口 故城の名。旧址は今の江蘇省鎮江市にあり。漢末に孫権が此処を治とし、京城と称した。のちに都を建業に遷し、此処を京口鎮とした。唐代には江南道丹陽郡(潤州)の治所であった。至徳元載江東節度使を置き、また此処を治とした。○広陵 淮南道の郡の名、即ち揚州。○藹然 雲や霧がおおうさま。○滄波 青い波。○南徐客 自身をいう。南徐は州の名。南朝宋置く、州の治は即ち京口にあり。○海門 海口。長江の海に流入するところ。○佳期 友との再会の時期。○脈脈 情をこめて見つめるさま。○歳芳 花咲く春の季節。○故国 故郷。○庭草 隋・王冑《燕歌行》「庭草無人随意緑」。○滄浪 漢水。○厳陵七里灘 富春山の漢の厳光の釣台の西にあり。 【訳】京口において洛陽の旧居をなつかしく思い、同時に広陵の二三の知己に贈った詩。川広くして梁も無し、青い波にはもやかかる。そらに一羽の鳥が飛び、南徐にわれは日を暮らす。京口の雲気は通い、海門の石港のむ。帆に風受けて進みゆき、川に映るは夜のともし。友との出会い川阻み、友のいるかた眺めやる。散るは悲しき春の花、はかなき春の夢つもる。ふるさと戦地となりはてて、楚雲のむこうに山そびゆ。家族はどこにいるのやら、、みどりむなしき庭の草。かなしみなげき失望し、川の側には遺跡有り。いつか厳陵が七里灘、手に手をとって遊びたし。
June 30, 2006
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宿雙峰寺寄盧七李十六 劉長卿寥寥禪誦處、滿室蟲絲結。獨與山中人、無心生復滅。徘徊雙峰下、惆悵雙峰月。杳杳暮猿深、蒼蒼古松列。玩奇不可盡、漸遠更幽絶。林暗僧獨歸、石寒泉且咽。竹房響輕吹、蘿徑陰餘雪。臥澗曉何遲、背巖春未發。此遊誠多趣、獨往共誰閲。得意空自歸、非君豈能説。【韻字】結・滅・月・列・絶・咽・雪・発・閲・説(入声、屑韻)。【訓読文】双峰寺に宿し、盧七・李十六に寄す。寥寥たり禅誦の処、満室虫糸結ぼほれり。独り山中の人と、心の生じて復た滅すること無し。徘徊す双峰の下、惆悵す双峰の月。杳杳として暮猿深く、蒼蒼として古松列なれり。奇を玩んで尽くすべからず、漸遠更に幽絶す。林暗くして僧独り帰り、石寒くして泉且に咽ばんとす。竹房軽吹を響かせ、蘿径余雪に陰し。澗に臥して暁何ぞ遅き、巌を背きて春未だ発せず。此の遊誠に趣多く、独り往きて誰と共にか閲ん。意を得て空しく自ら帰れど、君に非ざれば豈に能く説かん。【注】大暦八年(七七三)頃、鄂岳に赴任途中の作。○双峰寺 双峰山の前にあり。湖北省黄梅県の西北の東山寺。○盧七 劉長卿の友人らしいが、未詳。○李十六 李幼卿。字は長夫。大暦年間に右庶子をもって■(サンズイに「除」。ジョ)州刺史に任ぜられた。○寥寥 ひっそりとしてさびしいさま。○禅誦処 坐禅したり読経したりする部屋。○満室 部屋いっぱい。○虫糸 蜘蛛の巣。○無心生復滅 『円覚経』巻上「一切衆生は無生の中に於いて妄りに生滅を見る、是の故に説きて輪転生死と名づく」。○徘徊 ぶらぶらと歩き回る。○惆悵 悲しみ嘆くさま。○杳杳 はるかに遠いさま。○蒼蒼 青々としたさま。○玩具 奇岩などのすぐれた景物を見て楽しむ意であろう。○幽絶 人里はなれ静かなさま。○咽 むせびなくような音を立てる。○竹房 竹林の僧坊。○軽吹 そよかぜ。○蘿径 ツタやカズラの茂った小径。○余雪 消え残った雪。○春未発 まだ春の気配が兆さない。○得意 思い通りになって満足する。【訳】双峰寺に宿って盧七・李十六に贈る詩。ひっそり寂しき禅寺の、部屋は蜘蛛の巣だらけなり。ただ山寺の坊さんと、不生不滅を語るのみ。双峰のもとぶらぶらし、双峰の月なげきみる。遠くに暮れの猿は鳴き、年経た松は列をなす。優れた景物多くして、遠くゆくほど静かなり。暮れた林に僧もどり、石にぶつかる水音す。部屋の外では竹そよぎ、ツタの小径に雪残る。谷のそばゆえまだ明けず、巌かげなれば春もこぬ。この地まことに風雅にて、ひとりで見るは味けなし。ひとり空しく帰れども、君達にのみ聞かせよう。
June 25, 2006
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孫權故城下懷古兼送友人歸建業 劉長卿雄圖爭割據、神器終不守。上下武昌城、長江竟何有。古來壯臺■(「木」のみぎに「射」。シャ)、事往悲陵阜。寥落幾家人、猶依數株柳。威靈絶想像、蕪沒空林藪。野徑春草中、郊扉夕陽後。逢君從此去、背楚方東走。煙際指金陵、潮時過▲(サンズイに「盆」。ボン)口。行人已何在、臨水徒揮手。惆悵不能歸、孤帆沒雲久。【韻字】守・有・阜・柳・藪・後・走・口・手・久(上声、有韻)。【訓読文】孫権が故城の下にて古を懐ひ兼ねて友人の建業に帰るを送る。雄図割拠を争ひ、神器終に守られず。上下武昌の城、長江竟に何をか有せん。古来台■(シャ)壮んにして、事往陵阜を悲しむ。寥落たり幾家の人ぞ、猶依る数株の柳。威霊想像を絶し、蕪沒林薮空し。野径春草の中、郊扉夕陽の後。君に逢へば此より去り、楚を背むきて方に東に走ると。煙際金陵を指し、潮時▲(ボン)口を過ぐ。行人已に何にか在る、水に臨んで徒らに手を揮ふ。惆悵す帰る能はざるを、孤帆雲に没して久し。【注】○孫権城 夏口城。湖北省武漢市の黄鶴山上にあり。三国時代呉の創建。○建業 江蘇省南京市。○雄図 規模が大きくて立派な計画。○割拠 国にまとまりがなく、英雄が各地方を占領して分立する。○神器 玉璽などの、帝位継承にともなう宝物。○台■(シャ) たかどの。物見台。○寥落 おちぶれたようす。○威霊 威力ある神霊。○蕪沒 雑草が覆い隠す。○林薮 草木の生い茂ったところ。○金陵 江蘇省南京市。○▲(ボン)口 江西省九江市の西をながれる▲(ボン)水が長江に流入するあたり。○行人 旅人。○揮手 別れを惜しんで手を振る。○惆悵 悲しみ嘆く。がっかりする。○孤帆 ぽつんと一艘みえる帆掛け船。【訳】かつて呉王孫権が治めた故城の下で昔を懐しみ、同時に友人が建業に帰るのを見送ったときの詩。大きな計画胸に秘め群雄割拠を争って、帝位を示す器ものついには守られずじまい。上に見ゆるは武昌城、下に見ゆるも武昌城、長江城を映せども竟に何をも有せざり。古来たかどの多かれど、陵阜ばかりもとのまま。おちぶれたるはどこの家、数株の柳のこりおり。孫権の霊彷彿と、草木にうもれいと空し。春草覆う野のこみち、扉に差すは夕陽かげ。君はここより更に去り、楚をあとにして東へと。もやの向こうの金陵へ、▲(ボン)口過ぎてくだりゆく。旅人すでにどこらへん、川のへりにて手をふるう。友との別れいと悲し、君のせた船雲がくれ。
June 24, 2006
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奉陪蕭使君入鮑達洞尋靈山寺 劉長卿山居秋更鮮、秋江相映碧。獨臨滄洲路、如待挂帆客。遂使康樂侯、披榛著雙屐。入雲開嶺道、永日尋泉脈。古寺隱青冥、空中寒磬夕。蒼苔絶行徑、飛鳥無去跡。樹杪下歸人、水聲過幽石。任情趣逾遠、移歩奇屡易。蘿木靜蒙蒙、風煙深寂寂。徘徊未能去、畏共桃源隔。【韻字】碧・客・屐・脈・夕・跡・石・易・寂・隔(入声、陌韻)。【訓読文】蕭使君の鮑達洞に入り霊山寺を尋ぬるに奉陪す。山居秋更に鮮に、秋江相映じて碧なり。独り滄洲の路に臨めば、挂帆の客を待つがごとし。遂に康楽侯をして、榛を披き双屐を著せしむ。雲に入りて嶺道を開き、永日泉脈を尋ぬ。古寺青冥に隠れ、空中磬夕寒し。蒼苔行径絶え、飛鳥去跡無し。樹杪帰人下り、水声幽石を過ぐ。情に任せて趣逾(いよいよ)遠く、歩を移して奇屡(しばしば)易はる。蘿木静かにして蒙蒙たり、風煙深くして寂寂たり。徘徊して未だ去ること能はず、桃源と隔たるを畏る。【注】大暦九年から十二年の間、睦州司馬の時の作。○蕭使君 蕭定。字は梅臣。江南蘭陵の人。戸部侍郎に官した。○康楽侯 謝霊運。○双屐 謝霊運が登山の際に履いたという下駄。足が疲れないように登る時には前歯をはずし、下る時には後歯をはずせるような工夫がしてあったという。○泉脈 地下水。○蒙蒙 さかんなさま。【訳】蕭長官が鮑達洞に入り霊山寺を訪問なさるのにお供をした時の作。もみじ色づく山の家、碧のはえる秋の川。田舎の水辺たたずめば、船出の客を待つがごと。謝公におとらぬ蕭長官、ヤブ抜け下駄はき山のぼり。よじてのぼるは雲の嶺、ひねもす湧き水求めます。空に隠るる古き寺、さむざむ響く暮れの磬。苔に覆われ道とぎれ、飛ぶ鳥去っていまいづこ。梢に見ゆる帰る人、石にぶつかる川の音。こころのままに進みゆき、歩けば変わる奇景かな。ツタからまる木生い茂り、霧深くして静かなり。去るのが惜しいこの景色、桃源二度と来れぬかも。
June 22, 2006
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關門望華山 劉長卿客路瞻太華、三峰高際天。夏雲亙百里、合沓遙相連。雷雨飛半腹、太陽在其巓。翠微關上近、瀑布林梢懸。愛此衆容秀、能令西望偏。徘徊忘暝色、泱■(サンズイに「莽」。モウ)成陰煙。曾是朝百靈、亦聞會群仙。瓊漿豈易▲(テヘンに「邑」。ユウ)、毛女非空傳。髣髴仍佇想、幽期如眼前。金天有青(一作清)廟、松柏隱蒼然。【韻字】天・連・巓・懸・偏・煙・仙・傳・前・然(平声、先韻)。【訓読文】関門にて華山を望む。客路太華を瞻、三峰際天に高し。夏雲百里に亘り、合沓遥かに相連なる。雷雨半腹に飛び、太陽其の巓に在り。翠微関上に近く、瀑布林梢に懸かる。此衆容の秀でたるを愛し、能く西望を偏へならしむ。徘徊して暝色を忘れ、泱■(モウ)陰煙を成す。曾て是に百霊朝し、亦た聞く群仙会せしと。瓊漿豈に▲(ユウ)、り易からん、毛女空しく伝ふるに非ず。髣髴として仍つて佇想すれば、幽期眼前のごとし。金天青(一に「清」に作る)廟有り、松柏隠として蒼然たり。【注】開元年間に初めて関中に入ったときの作。○関門 潼関門。故址は今の陝西省潼関港口にあり。○華山 陝西省華陰県の南に在り、海抜約二千メートル。○三峰 太華山の芙蓉・明星・玉女の三つの峰。○合沓 かさなりあう。謝●(「月」のみぎに「兆」。チョウ)《游敬亭山》詩「茲の山百里に亘り、合沓雲と斉し」。○半腹 山の中腹。○翠微 山の八合目。○瀑布 滝。○暝色 夕闇。○泱■(モウ) 雲が盛んに湧くさま。○陰煙 くらいもや。○百霊 多くの神々。○瓊漿 仙酒。○▲(ユウ)、 くみ取る。郭璞《華山賛》「爰に神女有り、是に玉漿を▲(ユウ)る」(『藝文類聚』巻七)。○毛女 伝説の仙女。『列仙伝』「毛女はもと秦の始皇の宮人なり。秦亡びて華陰山に入る。道士松葉を食することを教ふ。遂に饑寒せず。西漢に至る時に已に百七十余歳なり」(『太平広記』巻五十九)。○金天 古代伝説の帝王少昊。華岳に封ぜられた神を金天王という。○青廟 清らかなおたまや。【訳】潼関から太華山を望んで詠んだ詩。旅路太華をながむれば、天にそびゆる三つの峰。百里もつづく夏の雲、遥かに連なる山の峰。山の中腹雷雨飛び、山の頂上陽がかかる。関所に近き八合目、梢に懸かる滝の水。いと秀れたる景色かな、ひとえに西をながめやる。暮るるを忘れ徘徊し、色濃きもやがたちこむる。多くの神が集いきて、亦た仙人もあつまれり。仙酒を酌むは難けれど、毛女まるきり嘘ならず。ぼんやり想像してみれば、眼の前になお不思議あり。金天の廟いまも有り、松や柏が生い茂る。
June 20, 2006
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歸沛縣道中晩泊留侯城 劉長卿訪古此城下、子房安在哉。白雲去不反、危■(「喋」の「口」を「土」に変えた字。チョウ)空崔嵬。伊昔楚漢時、頗聞經濟才。運籌風塵下、能使天地開。蔓草日已積、長松日已摧。功名滿青史、祠廟唯蒼苔。百里暮程遠、孤舟川上迴。進帆東風便、轉岸前山來。楚水澹相引、沙鴎閑不猜。扣舷從此去、延首仍裴回。【韻字】哉・嵬・才・開・摧・苔・迴・來・猜・回(平声、灰韻)。【訓読文】沛県に帰る道中にて晩に留侯城に泊す。訪古此の城下、子房安くに在るや。白雲去つて反らず、危■(チョウ)崔嵬空し。伊昔楚漢の時、頗ぶる聞こゆ経済の才。籌を風塵の下に運らし、能く天地を開かしむ。蔓草日已に積もり、長松日に已に摧(くだ)かる。功名青史に満ち、祠廟唯だ蒼苔あり。百里暮程遠く、孤舟川上に迴る。帆を進む東風の便、岸を転じて前山来たる。楚水澹として相引き、沙鴎閑として猜まず。舷を扣きて此より去らば、首を延べて仍ち裴回せん。【注】天宝の初め、東遊の途中、留侯城にての作。○留侯城 故址は江蘇省沛県の東南にあり。○危■(チョウ) 高い城壁。○崔嵬 高くそびえるさま。○伊昔 むかし。○経済才 国を経営し世の民を救う才能、すなわち、政治手腕。○運籌 策略をめぐらす。○風塵 戦乱。○祠廟 留侯廟。○澹 波の立つさま。○沙鴎 俗に染まらないたとえ。【訳】沛県に帰る道中、ある晩に留侯城のそばに宿泊したおりの詩。いにしえしのぶ此の城に、張良いまはいずこにや。白雲去ってもどらぬに、高き城壁のみ残る。あれは楚漢のむかしとか、政治手腕が鳴りひびく。戦に策をめぐらして、漢の御代をば実現す。ツタやカズラが生い茂り、とうとき松は薪にさる。名をば歴史に刻みつけ、ほこらには唯だ苔ぞむす。旅の目的地は遠く、舟をば川にめぐらせる。東の風に帆を進め、岸を曲がれば山見ゆる。楚水波立ち潮引きて、浜のカモメはのんびりと。櫓をきしませてここ去らば、首ながくして行き来する。
June 19, 2006
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秋日夏口渉漢陽獻李相公 劉長卿日望衡門處、心知漢水濆。偶乘青雀舫、還在白鴎群。間氣生靈秀、先朝翼戴勳。藏弓身已退、焚藁事難聞。舊業成青草、全家寄白雲。松蘿長稚子、風景逐新文。山帶寒城出、江依古岸分。楚歌悲遠客、羌笛怨孤軍。鼎罷調梅久、門看種藥勤。十年猶去國、黄葉又紛紛。【韻字】濆・群・勲・聞・雲・文・分・軍・勤・紛(平声、文韻)。【訓読文】秋日夏口より漢陽に渉り李相公に献ず。日望衡門の処、心に知る漢水の濆。偶(たまたま)青雀の舫に乗り、還つて白鴎の群に在り。間気に生霊秀で、先朝に翼戴の勲あり。弓を蔵して身已に退き、藁を焚きて事聞き難し。旧業青草と成り、全家白雲に寄す。松蘿稚子長じ、風景新文を逐ふ。山は寒城を帯びて出で、江は古岸に依つて分る。楚歌遠客を悲しませ、羌笛孤軍を怨みしむ。鼎梅を調ずるを罷めて久しく、門薬を種ゑて勤(いそ)しむを看る。十年猶ほ国を去るがごとく、黄葉又紛紛たり。【注】大暦七年(七七二)秋、漢陽にての作。○夏口 湖北省武漢市の蛇山上にある夏口城。○漢陽 湖北省武漢市漢陽。○衡門 横木をわたしただけの門。粗末な家をいう。○漢水 陝西省の南西端に発し、湖北省武漢で長江に入る。○青雀舫 鷁首のついた舟。○間気 混合の気。○翼戴 天子の補佐。○蔵弓 『史記』《越王勾践世家》「飛鳥尽きて良弓蔵せられ、狡兔死して走狗烹らる」。○焚稿 諌書の草稿を燃やす。忠誠と謹慎とを表す。○旧業 以前の別荘。○松蘿 サルオガセ。○遠客 はるか遠くから来た旅人。【訳】秋のある日、夏口から漢陽に渉り李相公に献上した詩。粗末な我が家日を望み、漢水のほとりもの思う。たまたま鷁首の船に乗り、カモメの群のなかにあり。君のたましい群を抜き、先王支えてがらあり。才能かくし引退し、聞きいれられぬ稿もやす。ふるい別荘草だらけ、一家引き連れ山のなか。幼子松蘿もてあそび、好き風景を詩文にす。山にさびしき城があり、古びた岸に川分かる。故郷離れて楚歌を聞き、孤軍えびすの笛かなし。宰相罷めて時ながれ、門前薬畑あり。故郷はなれて十年たち、黄葉またもはらと散る。
June 18, 2006
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賈侍御(一作郎)自會稽使迴篇什盈卷兼蒙寄一首與余有挂冠之期因書數事率成十韻 劉長卿江上逢星使、南來自會稽。驚年一葉落、按俗五花嘶。上國悲蕪梗、中原動鼓■(「鼓」のしたに「卑」。ヘイ)。報恩看鐵劍、銜命出金閨。風物催歸緒、雲峰發詠題。天長百越外、潮上小江西。鳥道通▲(「門」の中に「虫」。ビン)嶺、山光落●(「炎」の右にリットウ。セン)溪。暮帆千里思、秋夜一猿啼。柏樹榮新壟、桃源憶故蹊。若能為休去(一作若為能去此)、行復草萋萋。【韻字】稽・嘶・■(ヘイ)・閨・題・西・渓・啼・蹊・萋(平声、斉韻)。【訓読文】賈侍御(一に「郎」に作る)の会稽より使して迴り、篇什卷に盈ち、兼ねて一首を寄せて余に与へらるるを蒙る。挂冠の期有り、因つて数事を書して率ね十韻を成す。 江上星使に逢ひ、南のかた会稽より来たる。驚年一葉落ち、按俗五花嘶く。上国蕪梗を悲しみ、中原鼓■(ヘイ)を動かす。恩を報ぜんと鉄剣を看、命を銜んで金閨を出づ。風物帰緒を催ほし、雲峰詠題を発す。天は長し百越の外、潮は上ぐ小江の西。鳥道▲(ビン)嶺に通じ、山光●(セン)渓に落つ。暮帆千里の思ひ、秋夜一猿啼く。柏樹新壟に栄え、桃源故蹊を憶ふ。若し能く為めに休めて去らば(一に「若為能去此」に作る)、行くゆく復た草萋萋たらん。【注】至徳二年(七五七年)秋、長洲の作。○賈侍御 劉長卿の友人らしいが、未詳。○会稽 會稽。○一葉 梧桐の葉が一枚散るのをみて秋の到来を知る。『淮南子』《説山》「小を以て大を明らかにし、一葉の落つるを見て歳の将に暮れんとするを知る」。○按俗 民情を視察する。○五花 馬の毛色の五花文をなすもの。○上国 みやこ。○蕪梗 雑草がはびこるさま。○中原 天下の中心地。もと古代中国の中心地である黄河の流域を指した。○鼓■(ヘイ) 攻め太鼓。○銜命 命令を受ける。○金閨 朝廷。もと漢代の宮門である金馬門の別名。○風物 風光・景物。○雲峰 雲のかかる峰。○百越 江・浙・▲(ビン)・粤。○小江 東小江。曹娥江。○鳥道 鳥しか通えない険しい道。山の尾根。○▲(ビン)嶺 いまの福建省一帯の山嶺。○山光 山の姿。○●(セン)溪 浙江省ジョウ(「山」の右に「乘」)県の南にあり。○柏樹 漢代に御史台に柏を植えた。○故蹊 ふるさとの小径。○為休去 官職を退いて故郷に帰る。○萋萋 草木が盛んにしげるようす。【訳】賈侍御が朝廷の使者として会稽に赴いた帰り、詩を多く書きためたらしいが、ついでに私に一首を贈ってくれた。私はといえば、ちょうどそのとき官職を辞める決意だったので、そこでいくつかの事を書きつらねて十韻の詩をつくった。 川のほとりで君に逢ふ、会稽からの帰りとか。秋に桐の葉散り落ちて、馬上に民の暮らし見る。都も雑草はびこりて、中原ひびく陣太鼓。剣で御恩に報いよか、勅命うけて門を出る風物帰心起こさしめ、詩ごころ起こす雲の峰。空のかなたは百越か、小江の西潮みちる。▲(ビン)の嶺には鳥かよい、●(セン)渓の水山映す。千里かなたに舟は見え、秋の夜長に猿は啼く。御史台に君名誉あり、われは故郷をなつかしむ。もし官やめて帰りなば、行く道はまた草だらけ。
June 16, 2006
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禪智寺上方懷演和尚寺即和尚所創 劉長卿絶■(「山」のみぎに「獻」。ケン)東林寺、高僧惠遠公。買園隋苑下、持(一作捧)鉢楚城中。斗極千燈近、煙波萬井通。遠山低月殿、寒木露花宮。紺宇焚(一作燒)香淨、滄州擺(一作罷)霧空。雁來秋色裏、曙起早潮東。飛錫今何在、蒼生待發蒙。白雲翻送客、黄葉(一作庭樹)自辭風。捨筏追開士、迴舟狎釣翁。平生江海意、惟共白鴎同。【韻字】公・中・通・宮・空・東・蒙・風・翁・同(平声、東韻)。【訓読文】禅智寺の上方にて演和尚を懷ふ。寺は即ち和尚の創る所なり。絶■(ケン)は東林寺、高僧は恵遠公。園を買ふ隋苑の下、鉢を持す(一に「捧」に作る)楚城の中。斗極千灯近く、煙波万井通ず。遠山月殿低れ、寒木花宮露はなり。紺宇香を焚きて(一に「焼」に作る)浄らかに、滄州霧を擺きて(一に「罷」に作る)空し。雁は来たる秋色の裏、曙に起く早潮の東。飛錫今何くにか在る、蒼生発蒙を待たん。白雲翻へつて客を送り、黄葉(一に「庭樹」に作る)自から風に辞す。筏を捨てて開士を追ひ、舟を迴らせて釣翁に狎る。平生江海の意、惟(ただ)白鴎と共に同じうす。【注】淮南幕中の作。○禅智寺 江蘇省揚州市城の東北にあり。また、上方寺、竹西寺とも名づく。○絶■(ケン) けわしい峰。○恵遠公 東晋の高僧、慧遠。はじめ儒教の経典を学び、『老子』『荘子』にも精通した。その後、太行山の恒山で道安にしたがって出家し、のちに、廬山の東林寺を建立した。(三三四年……四一六年)○隋苑 今の江蘇省揚州市城の北にあり。隋の煬帝が築いた。○楚城 江蘇省淮安県をさすか。○斗極 北斗星と北極星。○花宮 仏寺。もと仏が説法するところに天から花がふったというところから。○紺宇 仏寺。○擺 おしひらく。○飛錫 行脚する。○発蒙 蒙昧な衆生を啓発する。○捨筏 衆生を悟らせる。彼岸(悟りの境地)に到ればその手段である舟(仏法)は不要になるのでいう。○開士 悟りを開いた人。高僧。○江海意 川や海にさまよう気持ち。【訳】禅智寺の上方にて演和尚を慕って詠んだ詩。この寺は和尚の創建である。険しい峰の東林寺、その名も高き恵遠公。隋苑のもと庭を買い、楚の町なかで托鉢す。ともしび天の星ちかく、町に通ずるもやの川。遠くの山に月低く、寺の木々みなあらわなり。境内香がたなびきて、水辺の霧ははれわたる。秋には雁が飛び来たり、上げ潮時に目を覚ます。全国行脚いまいずこ、庶民説法待ちわびる。雲あべこべに客送り、色づいた葉は風に散る。高僧したい法を捨て、舟めぐらせて釣りをする。ひごろ川海あこがれて、鴎と共にたわむれる
June 14, 2006
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入白沙渚■(「夕」のしたに「寅」。イン)縁二十五里至石室山下懷天台陸山人 劉長卿遠嶼(一作渚)靄將夕、玩幽行自遲。歸人不計日、流水閑相隨。輟棹古(一作石)崖口、捫蘿春景遲。偶因回舟次、寧與前山期。對此瑤草色、懷君瓊樹枝。浮雲去寂寞、白鳥相因依。何事愛高隱、但令勞遠思。窮年臥海▲(「山」のみぎに「喬」。キョウ)、永望愁天涯。吾亦從此(一作君)去、扁舟何所之。迢迢江上帆、千里東風吹。【韻字】遅・随・期・枝・依・思・涯・之・吹(平声、支韻)。【訓読文】白沙渚に入り■(イン)縁すること二十五里、石室山下に至り、天台の陸山人を懐ふ。遠嶼(一に「渚」に作る)靄将に夕べにならんとし、幽を玩んで行くこと自から遅し。帰人日を計らず、流水閑として相随ふ。棹(さおさす)を輟(や)む古(一に「石」に作る)崖の口、蘿を捫(と)りて春景遅し。偶(たまたま)舟を回らせて次(やど)るに因り、寧ろ前山と期す。此の瑤草の色に対すれば、君を瓊樹の枝に懷ふ。浮雲去つて寂寞とし、白鳥相因依す。何事ぞ高隠を愛し、但だ遠思を労せしめん。窮年海▲(キョウ)、に臥し、永望天涯を愁ふ。吾も亦た此(一に「君」に作る)より去り、扁舟何れの所にか之かん。迢迢たり江上の帆、千里東風吹きたり。【注】○白沙渚 未詳。○石室山 未詳。浙江省温州市の東にあるものをさすか。○陸山人 楊世明氏の『劉長卿詩編年校注』(新注古代文学名家集、人民文学出版社)によれば、陸羽。(七三三?……八〇四年?)唐の復州竟陵(今の湖北省天門)の人。字は鴻漸。性詼諧(冗談好きで)、女性詩人の李季蘭や僧皎然らと交際が厚かった。茶人として知られ、茶神と称された。粛宗の時、隠居して『茶経』三巻を著した。○■(「夕」のしたに「寅」。イン)縁 よじのぼる。○輟棹 舟を泊める。○捫 手に取る。○瑤草 仙草。○瓊樹 仙境にあるという宝石でできた木。○因依 たよりあう。○窮年 一生涯。○海▲(「山」のみぎに「喬」。キョウ) 海や険しい山。【訳】舟で白沙渚に漕ぎ入り、岸へ着けてそこから二十五里ほど山をよじのぼり、石室山下に辿り着き、天台の陸山人をなつかしく思い出して詠んだ詩。夕闇せまる遠き島、静けさ好み足とまる。時間気にせぬ帰る人、流水ひそと後を追う。舟を停めるは崖のへり、春景色のなか蘿よじる。たまたま舟を回らせりゃ、向かいの山がそびえたつ。仙草の色うつくしく、瓊樹を見りゃ君思い出す。浮き雲去ってものさびし、白い鳥たち身寄せあう。なぜに山奥隠れすみ、遠い友をば思わする。生涯辺鄙な土地に住み、都や故郷ながめやる。吾も亦た此の地を離れ、舟でいずこに向かうやら。はるか遠くの帆掛け船、かなたへ東風吹きわたる。
June 12, 2006
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留題李明府■(「雨」のしたに「言」。トウ)溪水堂 劉長卿寥寥(一昨寂寂)此堂上、幽意復誰論。落日無王事、青山在縣門。雲峰向高枕、漁釣入前軒。晩竹疏簾影、春苔(一作苔生)雙履痕。荷香隨坐臥、湖色映晨昏。虚▼(「片」の右上に「戸」、右下に「甫」。ユウ)閑生白、鳴琴靜對言。暮禽飛上下、春水(一作草)帶清渾。遠岸誰家柳、孤煙何處村。謫居投瘴癘、離思過湘●(サンズイに「元」。ゲン)。從此扁舟去、誰堪江浦猿。【韻字】論・門・軒・痕・昏・言・渾・村・●(ゲン)・猿(平声、元韻)。【訓読文】李明府が■(トウ)溪の水堂を留題す。寥寥たり(一に「寂寂」に作る)此の堂の上、幽意復た誰か論ぜん。落日王事無く、青山県門に在り。雲峰高枕に向かひ、漁釣前軒に入る。晩竹疏簾の影、春苔(一に「苔生」に作る)双履の痕。荷香坐臥に随ひ、湖色晨昏を映ず。虚▼(ユウ)閑に白を生じ、鳴琴静かに言に対す。暮禽上下に飛び、春水(一に「草」に作る)清渾を帯ぶ。遠岸誰が家の柳ぞ、孤煙何れの処の村ぞ。謫居瘴癘に投じ、離思湘●(ゲン)を過ぐ。此より扁舟去らば、誰か江浦の猿に堪えん。【注】乾元二年(七五九)春、江西に赴かんとして呉を離れし時の作。○留題 名所旧跡などを訪れて、その地を詩に詠むこと。○李明府 劉長卿の友人らしいが、未詳。○■(トウ)溪 烏程県(浙江省湖州)の境にあり。 ○寥寥 しずかで、ものさびしい。○幽意 静かな心持ち。○王事 政治。○県門 県の役所の門。○雲峰 雲のかかる峰。○高枕 世の中が平和なこと。枕を高くして眠れること。○漁釣 魚を釣る。○前軒 水堂まえの窓のある長い廊下。○双履 左右のくつあと。○荷香 ハスの花のかおり。○坐臥 日常の行動。座ることと寝ること。○晨昏 朝夕。○虚▼(ユウ) がらんとした部屋。○白 光明。『荘子』「虚室に白を生じ、吉祥止止たり」。「虚室に白を生ず」は、なにもない部屋に差す日の光は白くくっきりと浮かび上がるところから、人も虚心になれば真理をさとることができるというたとえ。○鳴琴 『呂氏春秋』《察賢》「▲(ウカンムリに「必」。フク)子賎、単父を治むるに、鳴琴を弾じ、身堂より下らず、而して単父治まる」。○清渾 清らかなのと濁るのと。○謫居 刑罰によって遠方に流されて、その地で住む住居。○瘴癘 中国の南方の高温多湿地域の人を病気にさせるような悪い空気。○離思 別れの気持ち。○湘●(ゲン) 湘水と●(ゲン)水。いずれも洞庭湖に注ぐ川。【訳】李明府の■(トウ)溪の水堂を詠んだ詩。ひそとさびしきこの屋敷、しずかに誰と語ろうか。職務も終えて日は沈み、門のむこうに青き山。ねそべり見るは雲の峰、廊下からでも釣りできる。すだれに竹の影うつり、庭の苔にはくつの痕。つねにハスの香かおりつつ、湖面あさゆう色かわる。ひとけ無い部屋日がさして、琴つまびきて日を暮らす。ねぐらへ急ぐ暮れの鳥、澄むも濁るも春の川。どなたのヤナギ向こう岸、煙ひとすじどこの村。気候の悪いわびずまい、わかれのつらさ堪えながら湘水●(ゲン)水越えてゆく。ここより小舟去りゆかば、川辺の猿の声悲し。
June 11, 2006
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負謫後登干越亭作 劉長卿天南(一作南天)愁望絶、亭上柳條新。落日獨歸鳥、孤舟何處人。生涯投越(一作嶺)徼、世業陷胡(一作邊)塵。杳杳鐘陵暮、悠悠■(「番」のみぎにオオザト。ハ)水春(一作江入千峰暮、花連百越春)。秦臺悲(一作憐)白首、楚澤(一作水)怨青蘋。草色迷征路,鶯聲傷(一作傍)逐臣(一本無此四句)。獨醒空(一作翻)取笑、直道不容身。得罪風霜苦、全生天地仁。青山數行涙、滄海一窮鱗。牢落機心盡、惟憐鴎鳥親(一作流落誰相識、空將鴎鷺親)。【韻字】新・人・塵・春・蘋・臣・身・仁・鱗・親(平声、真韻)・【訓読文】謫を負ひての後干越亭に登りて作る。天南(一に「南天」に作る)望みの絶えたるを愁ふれば、亭上柳条新たなり。落日独り帰る鳥、孤舟何れの処の人ぞ。生涯越(一に「嶺」に作る)徼に投じ、世業胡(一に「辺」に作る)塵に陥る。杳杳たり鐘陵の暮べ、悠悠たり■(ハ)水の春(一に「江入千峰暮、花連百越春」に作る)。秦台白首を悲しみ(一に「憐」に作る)、楚沢(一に「水」に作る)青蘋を怨む。草色征路を迷はしめ、鴬声逐臣を傷む(一に「傍」に作る)(一本此の四句無し)。独り醒めて空しく(一に「翻」に作る)笑を取り、直道身を容れず。罪を得て風霜の苦あり、生を全うするに天地の仁あり。青山数行の涙、滄海の一窮鱗。牢落として機心尽き、惟だ憐む鴎鳥の親しむを(一に「流落誰相識、空将鴎鷺親」に作る)。【注】○謫 左遷。官職を落とし地方へ流されること。○干越亭 江西省余干県城の東南にあり。○亭上 あずまやのほとり。○柳条 ヤナギの枝。○落日 夕陽。○孤舟 一艘だけぽつんと見える舟。○生涯 一生。○世業 先祖から伝えた財産。○胡塵 異民族が攻めてきて立ちあがる砂煙。○杳杳 奥深く暗いようす。○鐘陵 江蘇省南京市中山門外の紫金山。○悠悠 ゆったりとしたようす。○■(「番」のみぎにオオザト。ハ)水 江西省波陽県城南の■(ハ)江。○秦台 一は今の河南省蘭考県の東北にあり。一は今の山東省無棣県の東北にあり。○白首 しらがあたま。○楚沢 楚の地方の川。楚江は湖北省境およびそれ以東の長江中下流。○青蘋 青いウキクサ。各地を転々とする地方の役人生活のたとえであろう。○征路 旅の道。○逐臣 君主に追放された家来。○直道 正しい道。○風霜 周囲のきびしい状況のたとえ。○牢落 心がうつろなようす。○機心 心のはたらき。【訳】左遷を命ぜられてのち、干越亭に登って感慨を詠んだ詩。出世の望み絶えはてて、亭上ヤナギ枝をのばす。ねぐらへ急ぐ鳥一羽、舟で帰るは誰ならん。生涯越の地に過ごし、先祖の財産胡に取らる。鐘陵日暮れ闇せまり、■(ハ)水の春はのんびりと。秦台しらが悲しめば、楚沢うきくさ怨みあり。ゆく道草に覆われて、ウグイス我に同情す。酔い醒めつくる苦笑い、世間我が身をうけいれぬ。罪に問われて苦難の身、命あるだけ身の救い。涙ながして山みれば、われ一匹のやせ魚。いまや気力も失って、カモメとあそぶ隠居の身。
June 9, 2006
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哭魏兼遂(公及孀妻幼子、與僮數人、相次亡歿、葬於丹陽) 劉長卿古今倶此去、脩短竟誰分。樽酒空如在、絃琴肯重聞。一門同逝水、萬事共浮雲。舊館何人宅、空山遠客墳。艱危貧且共、少小秀而文。獨行依窮巷、全身出亂軍。歳時長寂寞、煙月自氛(一作氤)■(「气」のなかに「温」の右側を書く字。ウン)。壟樹隨人古、山門對日▼(「日」のみぎに「熏」。クン)。汎舟悲向子、留劍贈徐君。來去雲陽路、傷心江水濆。【韻字】分・聞・雲・墳・文・軍・■(ウン)・▼(クン)・君・濆(平声、文韻)。【訓読文】魏兼遂を哭す。(公及び孀妻幼子と、僮数人と、相次ぎて亡歿し、丹陽に葬らる)古今倶に此より去り、脩短竟に誰か分たん。樽酒空如として在り、絃琴肯へて重ねて聞く。一門逝水を同じくし、万事浮雲を共にす。旧館何人の宅ぞ、空山遠客の墳。艱危貧にして且つ共にし、少小秀でて文あり。独行窮巷に依り、全身乱軍を出づ。歳時長く寂寞として、煙月自から氛(一作氤)■(ウン)たり。壟樹人に随つて古り、山門日に対して▼(クン)(く)る。舟を汎べて向子を悲しみ、剣を留めて徐君に贈る。雲陽の路来去し、心を江水の濆に傷ましむ。【注】○哭 涙を流し声を出して人の死を嘆く。○浮雲 はかないもののたとえ。○旧館 (魏氏が住んでいた)もとの家。○独行 志が高く俗に流されないこと。○窮巷 むさくるしい裏通りの路地。○全 損なわずにたもつ。○歳時 歳月。時間。○氛■(ウン) 気のさかんな様子。○向子 向長か。後漢の人。字は子平。性、中和を尚び、『易』に精通していた。損益の理を悟り、のちに遂に家を出てあまねく名山に遊んだという。○留剣贈徐君 信義を重んじるたとえ。春秋時代に呉の季札が使者として北方におもむく途中、徐国に立ち寄ったところ、徐国の君が季札の剣を気に入ったが、口には出さなかった。季札は徐君の気持ちを察し、使いの役目を終えて、帰りがけに再び徐国に立ち寄ったが、徐君はすでに亡くなっていった。そこで季札は自分の宝剣をはずし、徐君の墓のそばの樹に懸けて立ち去ったという。 ○雲陽 江蘇省丹陽県城の南に雲陽駅あり。【訳】魏兼遂の死を嘆く。(彼と未亡人と幼な子と、召使い数人とは、相次いで亡くなり、丹陽に葬られた)古来この世を去る者は、寿命の長さ定まらず。やけ酒のんで樽はから、悲しみを増す琴の音。一門はやく死に絶えて、万事はかなくなりはてぬ。ふるびた屋敷あるじ無く、山の墓にぞ埋めらるる。ともに貧乏苦労して、わかく秀でて文才あり。裏路地住むも高志あり、戦乱避けて身をたもつ。歳月長くひっそりと、空にかすめるおぼろ月。塚のそばの樹年古りて、寺の山門日は沈む。川で向子を悲しみて、今は亡き徐君に剣贈る。雲陽の路行き来して、江のほとりに死をいたむ。
June 9, 2006
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奉寄▲(「女」の左上に「矛」、右上に「攵」。ブ)州李使君舍人 劉長卿建隼罷鳴珂、初傳來暮歌。漁樵識太古、草樹得陽和。東道諸生從、南依遠客過。天清▲(ブ)女出、土厚絳人多。永日空相望、流年復幾何。崖開當夕照、葉去逐寒波。眼暗經難受、身閑劍懶磨。似●(「号」のみぎに「鳥」。キョウ)(一作◆「服」のみぎに「鳥」。フク)占賈誼、上馬試廉頗。窮分安藜★(クサカンムリのしたに「霍」。カク)、衰容勝薜蘿。只應隨越鳥、南▼(「者」のしたに「羽」。ショ)託高柯。【韻字】歌・和・過・多・何・波・磨・頗・蘿・柯(平声、歌韻)。【訓読文】▲(ブ)州の李使君舍人に寄せ奉る。建隼鳴珂罷み、初伝暮歌来たる。漁樵太古を識り、草樹陽和を得たり。東道諸生従ひ、南依遠客過ぐ。天清くして▲(ブ)女出で、土厚くして絳人多し。永日空しく相望めば、流年復た幾何(いくそばくぞ)。崖開きて夕照当たり、葉去つて寒波に逐(したが)ふ。眼暗くして経受くること難く、身閑にして剣磨くに懶し。●(キョウ)((一に「◆」(フク)に作る)に似て賈誼を占ひ、馬に上りて廉頗を試みる。窮分藜★(カク)を安んじ、衰容薜蘿に勝れり。只応に越鳥に随ひ、南▼(ショ)して高柯に託せん。【注】○奉寄 贈ってさしあげる。○▲(ブ)州 浙江省金華県。○李使君舍人 劉長卿の友人らしいが、未詳。かつて舎人をつとめ、現在は使君(州の長官)の李某。○陽和 春の穏やかな気候。○遠客 遠方から来た客。また、遠国の旅人。○絳人 老人。○似●(「号」のみぎに「鳥」。キョウ)((一作鵬)占賈誼 賈誼は長沙に流され、文帝の六年(前一七四年)にフクロウ(地方の俗にそれが止まるとその家の主人が死ぬという不吉な鳥)が彼の宿舎にとまったので、みずからの短命を予感し「◆(「服」のみぎに「鳥」。フク)鳥の賦」を作ったという。○馬上試廉頗 戦国時代の趙の名将。藺相如と刎頚の交わりを結んだ。○窮分 貧乏な身分。○藜★(カク) アカザの葉とマメの葉。粗食。○衰容 衰えた容貌。○薜蘿 カズラ。○越鳥 南の国から来た鳥。○南▼(「者」のしたに「羽」。ショ) 南方へ飛ぶ。○高柯 たかい枝。【訳】▲(ブ)州の李使君舍人にお贈りする詩。建隼鳴珂罷み、初伝暮歌来たる。漁師樵は昔ながら、草樹に春のけはいあり。東道諸生従ひ、南依遠客過ぐ。そら晴れ▲(ブ)女の星は出で、土地に老人いと多し。ひねもす空しく相望めば、流れる年月どれほどぞ。崖は開けて夕陽差し、冷たい川に葉は流る。経書ならうに目は悪く、剣を磨くもめんどうだ。賈誼をうらなうフクロウか、はたまた廉頗を試みる。アカザやマメの粗食して、カズラにまさるやせた顔。われも越鳥見習いて、南の高き枝目指す。
June 7, 2006
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按覆後歸睦州贈苗侍御 劉長卿地遠心難達、天高謗易成。羊腸留覆轍、虎口脱餘生。直氏偸金枉、于家決獄明。一言知己重、片議殺身輕。日下人誰憶、天涯客獨行。年光銷蹇歩、秋氣入衰情。建徳知何在、長江問去程。孤舟百口渡、萬里一猿聲。落日開郷路、空山向郡城。豈令冤氣積、千古在長平。【韻字】成・生・明・輕・行・情・程・聲・城・平(平声、庚韻)。【訓読文】按覆の後睦州に帰り苗侍御に贈る。 劉長卿地遠く心達し難く、天高くして謗成り易し。羊腸覆轍を留め、虎口余生を脱す。直氏金枉を偸み、于家決獄明らかなり。一言己に重きを知り、片議身の軽きを殺す。日下人誰か憶はん、天涯客独り行く。年光蹇歩を銷し、秋気衰情に入る。建徳知んぬ何くにか在るを、長江去程を問ふ。孤舟百口の渡、万里一猿の声。落日郷路を開き、空山郡城に向ふ。豈(あに)冤気をして積ましめ、千古長平に在らしめん。【注】○按覆 調査確認。○睦州 浙江省建徳県の東北の梅城。○苗侍御 劉長卿の友人らしいが未詳。苗晋卿か。○羊腸 山道などが細く曲がりくねっていること。○余生 やっと助かった命。○覆轍 ひっくりかえった車輪のわだち。○直氏偸金枉 直不疑(南陽の人、郎と為り、文帝に仕え、太中太夫に至った)が、あやまって同舎郎の金を持ち帰り、疑われた。『史記』巻一〇三に見える。作者が、かつて讒言により収賄の疑いをかけられたことをいう。○于家決獄明 于定国(字は曼倩)とその父はともに獄吏(裁判官)であったが、法に通じ公明正大で、裁かれた者が恨み言を言わなかったという。『漢書』巻七十一《于定国伝》に見える。○蹇歩 片足の不自由な歩き方。○建徳 浙江省の県。○去程 旅程。○冤気 うらめしさ。【訳】事情聴取を終え、のちに睦州に帰り苗侍御に贈った詩。真意とどかぬ離れた地、天も高くて謗らるる。わだち留むるつづらおれ、虎口一命とりとむる。あらぬ疑いかけられて、判決やっと無罪なり。一言重さ思い知り、片議身の軽きを殺す。日下に誰を憶いだそう、天涯さびし独り旅。月日は早く身にせまり、秋のさびしさ身にしみる。建徳いったいどのあたり、長江旅程ひとに問う。百口の渡に舟ひとつ、万里に響く猿の声。故郷は沈む日のかなた、山こえ郡城向います。なんぞ恨みをつのらせて、こころ安らかでいられよか。
June 6, 2006
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夕次檐石湖夢洛陽親故 劉長卿天涯望不盡、日暮愁獨去。萬里雲海空、孤帆向何處。寄身煙波裏、頗得湖山趣。江氣和楚雲、秋聲亂楓樹。如何異郷縣、日復懷親故。遙與洛陽人、相逢夢中路。不堪明月裏、更値清秋暮。倚棹對滄波、歸心共誰語。【韻字】去(去声、御韻)・処(御韻)・趣(御韻)・樹(去声、遇韻)・故(遇韻)・路(遇韻)・暮(遇韻)・語(御韻)。【訓読文】夕べに檐石湖に次(やど)り洛陽の親故を夢む。天涯望めども尽きず、日暮独り去るを愁ふ。万里雲海空しく、孤帆何れの処にか向はん。身を寄す煙波の裏(うち)、頗ぶる得たり湖山の趣。江気楚雲に和し、秋声楓樹を乱る。如何んせん異郷の県にして、日びに復た親故を懷ふを。遥かに洛陽の人と、夢中の路に相逢はん。堪えず明月の裏、更に値(あ)ふ清秋の暮べ。棹に倚つて滄波に対し、帰心誰と共にか語らん。【注】○檐石湖 湖の名らしいが、未詳。○親故 親類や昔なじみの者。○雲海 雲と海。また、水が雲につらなって見える遠方。○孤帆 ぽつんと一艘だけある帆掛け船。○煙波 もやの立ちこめた水面。○楓樹 かえでの木。マンサク科の落葉喬木。秋に紅葉する。○如何 どうしたらよかろう。○異郷 故郷以外の地。○清秋 大気の澄んだ爽やかな秋。○倚 よりかかる。○帰心 故郷へ帰りたい思い。【訳】夕暮れに檐石湖の湖畔に宿泊し洛陽の友人を夢見て詠んだ詩。望めど見えぬ天のはて、夕暮れ悲し独り旅。雲海ともにはるかにて、小舟一艘どこへ行く。かすむ水辺に身をよせて、湖と山うつくしき。川霧雲と調和して、楓樹をゆらす秋の風。いかにすべきか他郷にて、親しき友ぞなつかしき。はるか離れた洛陽の、友と逢えるは夢路のみ。空に明るき月いでて、秋の夕暮れすがすがし。青い波路に棹さして、郷愁たれと語るべき。
June 4, 2006
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桂陽西州晩泊古橋村住(一作主)人 劉長卿洛陽別離久、江上心可得。惆悵増暮情、瀟湘復秋色。故山隔何處、落日羨歸翼。滄海空自流、白鴎不相識。悲蛬滿荊渚、輟棹徒沾臆。行客念寒衣、主人愁夜織。帝郷片雲去、遙寄千里憶。南路隨天長、征帆杳無極。【韻字】得・色・翼・識・臆・織・憶・極(入声、職韻)。【訓読文】桂陽の西州にて晩に古橋村住(一作主)人に泊す。洛陽別離久しく、江上心得べし。惆悵す暮情の増すを、瀟湘秋色復(かへ)る。故山何れの処にか隔つる、落日帰翼を羨む。滄海空しく自づから流れ、白鴎相識らず。悲蛬荊渚に満ち、棹さすを輟(や)めて徒らに臆を沾ほす。行客寒衣を念ひ、主人夜織を愁ふ。帝郷片雲去り、遥かに寄す千里の憶ひ。南路天の長きに随へば、征帆杳として極まり無し。【注】○桂陽 湖南省汝城県。○洛陽 河南省洛陽市。○惆悵 嘆き悲しむ。○暮情 ゆうぐれのさびしさ。○瀟湘 洞庭湖の南の瀟水と湘水が合流するあたり。○秋色 秋の景色。秋のけはい。○故山 故郷の山。○落日 ゆうひ。○帰翼 ねぐらへ帰る鳥。○荊渚 楚の地方のなぎさ。○沾臆 涙をながす。○行客 旅人。○寒衣 冬の着物。○帝郷 みやこ。○片雲 ちぎれ雲。○征帆 行く舟。【訳】桂陽の西州まで着いたところで日が暮れ、古橋村の住人の家に宿を借りた時の詩。洛陽別離久しく、江上心得べし。夕暮れはいとものがなし、瀟湘またも秋景色。わがふるさとはどのあたり、うらやましきは帰る鳥。滄海むなしく流れさり、沖のカモメはしらぬ顔。渚に鳴くはコオロギか、舟をとどめてしおたるる。旅人は恋う冬衣、主人はなげく機織りを。都へと去るちぎれ雲、遥かに寄するこの思い。さらに南へ下りなば、行く舟の帆は水の果て。
June 3, 2006
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陪元侍御(一作郎)遊支■(「石」のみぎに「刑」。ケイ)山寺 劉長卿支公去已久、寂寞龍華會。古木閉空山、蒼然暮相對。林巒非一状、水石有餘態。密竹藏晦明、群峰爭向背。峰峰帶落日、歩歩入青靄。香氣空翠中、猿聲暮雲外。留連南臺客、想像西方内。因逐溪水還、觀心兩無礙。【韻字】會(去声、泰韻)・對(去声、隊韻)・態(隊韻)・背(隊韻)・靄(泰韻)・外(泰韻)・内(隊韻)・礙(隊韻)。【訓読文】元侍御(一に「郎」に作る)の支■(ケイ)山寺に遊ぶに陪す。 支公去つて已に久しく、寂寞たり龍華の会。古木空山を閉ざし、蒼然として暮べに相対す。林巒一状に非ず、水石余態有り。密竹晦明を蔵し、群峰争つて背を向く。峰峰落日を帯び、歩歩青靄に入る。香気空翠の中、猿声暮雲の外。留連す南台の客、想像す西方の内。因つて渓水に逐つて還り、心を観じて両(ふたつ)ながら礙(さまたげ)無し。【注】○陪 お供をする。○元侍御 劉長卿の友人らしいが、未詳。○支■(「石」のみぎに「刑」。ケイ)山寺 江蘇省呉県の西の支■(ケイ)山に在り。○支公 晋の高僧支遁は支■(ケイ)山に隠居した。○寂寞 ひっそりとしてしずか。○龍華会 荊楚地方にて四月八日に諸寺が会を設け香湯を仏に浴びせ弥勒下生の徴となす。○林巒 林や峰。○密竹 生い茂った竹。○晦明 夜と昼。○群峰 あちこちの峰。○青靄 あおみがかったもや。○空翠 空高くそびえたつ山の木々のみどり。○留連 去りがたく居続ける。○西方 極楽浄土であろう。○観心 自己の本性を見極める。【訳】元侍御が支■(ケイ)山寺に出掛けた際にお供をして詠んだ詩。 支遁この世にすでに無く、龍華の会もしずかなり。古木は山にそびえ立ち、夕暮れ闇に相対す。林や峰は千変し、川や石とて万化する。昼なお暗い竹ばやし、多くの峰に囲まるる。峰峰夕陽に照らされて、あおいもやにぞ踏み分くる。木々のみどりに香かおり、雲のかなたにサルの声。南台の客たちどまり、極楽浄土おもいやる。谷川たどり帰りゆき、おのが本質見極める。
June 1, 2006
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晩次湖口有懷 劉長卿靄然空水合、目極平江暮。南望天無涯、孤帆落何處。頃為衡湘客、頗見湖山(一作湘)趣。朝氣和楚雲、夕陽映江樹。帝郷勞想望、萬里心來去。白髮生扁舟、滄波滿歸(一作歸滿)路。秋風今已至、日夜雁南度。木葉辭洞庭、紛紛落無(一作不知)數。【韻字】暮・処・趣・樹・去・路・度・数(去声、遇韻)。【訓読文】晩に湖口に次(やど)りて懷有り。 劉長卿靄然として空水合ひ、目は極む平江の暮べ。南のかた望めば天涯無く、孤帆何れの処にか落つる。頃衡湘の客と為り、頗る湖山の(一に「湘」に作る)趣を見る。朝気楚雲に和し、夕陽江樹に映ず。帝郷想ひ望むを労し、万里に心来去す。白髮扁舟に生じ、滄波帰路に満つ(一に「帰れば路に満つ」に作る)。秋風今已に至り、日夜雁南に度る。木葉洞庭を辞し、紛紛として落つること無数(一に「不知」に作る)数。【注】○湖口 洞庭湖の端であろう。○靄然 かすみたなびくさま。○孤帆 いっそうの帆掛け舟。○頃 ちかごろ。○衡湘 湖南省の衡山と湘水。○帝郷 帝都。○扁舟 小舟。○紛紛 乱れ散る様子。【訳】夕暮れに湖口に宿り思うところを詠んだ詩。空水接しもやかかり、川の果てまで見渡せる。南のぞめば空のはて、一艘の舟どこへゆく。衡山湘水旅ゆけば。湖山の景色すばらしい。朝は楚の雲しらじらと、夕陽川辺の木々てらす。都なつかしこの思い、こころ万里にとんでゆく。しらが頭で舟に乗りゃ、青波満ちる帰り路。秋風すでに吹き至り、ガンは南へ日々渡る。洞庭山に葉は散りて、紛々として数しれず。
May 31, 2006
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題王少府堯山隱處簡陸■(「番」にオオザト。ハ)陽 劉長卿故人滄洲吏、深與世情薄。解印二十年、委身在丘壑。買田楚山下、妻子自耕鑿。群動心有營、孤雲本無著。因收谿上釣、遂接林中酌。對酒春日長、山村杏花落。陸生■(「番」にオオザト。ハ)陽令、獨歩建溪作。早晩休此官、隨君永棲託。【韻字】薄・壑・鑿・著・酌・落・作・託(入声、薬韻)。【訓読文】王少府の堯山の隠処に題し陸■(「番」にオオザト。ハ)陽に簡す。 故人滄洲の吏、深く世情と薄(せま)る。印を解きて二十年、身を委ねて丘壑に在り。田を楚山の下に買ひ、妻子自づから耕鑿す。群動心営む有り、孤雲本より着する無し。因つて収む渓上の釣、遂に接(と)る林中の酌。酒に対して春日長く、山村杏花落つ。陸生■(「番」にオオザト。ハ)陽の令、独り建渓に歩きて作る。早晩此の官を休め、君に随ひて永く棲託せん。【注】○王少府 劉長卿の友人らしいが、未詳。「少府」は、県尉。県令の補佐。○堯山 江西省波陽県の西北にあり。○隠処 俗世をさけて隠れ住む場所。○陸■(「番」にオオザト。ハ)陽 劉長卿の友人で、■(「番」にオオザト。ハ)陽県令をつとめた人らしいが、未詳。○故人 むかしなじみ。○滄洲 いなかの水辺。○吏 役人。○解印 官印のひもを解く。役人をやめる。○丘壑 丘と谷。隠者のすむ所。○田 はたけ。○耕鑿 田をたがやして食物を得、井戸をほって水を得る。○群動 もろもろの動物。○収 しまう。○釣 釣り糸。○酌 さかずき。○陸生 陸■(「番」にオオザト。ハ)陽。○建渓 建水。福建省崇安県の西北に発し、東南流して建陽県の東、建甌県の西を経、南に折れて南平市の東南に至り西渓に会して▲(「門」のなかに「虫」。ビン)江となる。○早晩 いつか。そのうち。○棲託 身をやすんじる。【訳】王少府の堯山の隠居所に題し陸■(「番」にオオザト。ハ)陽に寄せた詩。君は水辺の役人で、深く世情とおつきあい。王氏役人やめてから、山にすむこと二十年。楚山の下に畑買い、妻子耕し井戸をほる。動物さまざま遊びきて、頭上の孤雲あちこちす。谷川ほとり釣り終えて、林の中で酒を酌む。春の一日飲み暮らし、山の村では杏花散る。陸生いまは■(「番」にオオザト。ハ)陽の令、建渓に歩き詩を作る。いつか役人やめたあと、君といっしょに暮らそうか。
May 30, 2006
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九日岳陽待黄遂張渙 劉長卿別君頗已久、離念與時積。楚水空(一作共)浮(一作秋)煙、江樓望歸客。徘徊正佇想、髣髴如暫覿。心目徒自親、風波尚相隔。青林泊舟處、猿鳥愁孤驛。遙見郭外山、蒼然雨中夕。季鷹久疏曠、叔度早疇昔。反棹來何遲、黄花候君摘。【韻字】積・客・覿・隔・驛・夕・昔・摘(陌韻)。【訓読文】九日岳陽にて黄遂・張渙を待つ。 君に別れて頗る已に久しく、離念時とともに積もる。楚水空しく(一に「共」に作る)煙を浮かべ(一に「秋」に作る)、江楼帰客を望む。徘徊正に佇み想ひ、髣髴として暫し覿るがごとし。心目徒らに自ら親み、風波尚ほ相隔つ。青林舟を泊する処、猿鳥孤駅を愁ふ。遥かに見る郭外の山、蒼然たり雨中の夕べ。季鷹久しく疏曠、叔度早に疇昔。棹を反して来ること何ぞ遅き、黄花君の摘むを候(ま)たん。【注】○九日 重陽節。カワハジカミを頭に挿し、高いところに登って菊酒をのみ、邪気を払って疫病を防ぐというならわしがあった。○岳陽 湖南省岳陽県。○黄遂 劉長卿の友人らしいが、未詳。○張渙 劉長卿の友人らしいが、未詳。○頗 かなり。はなはだ。○離念 別れているときのつらさ。○楚水 楚江。洞庭湖付近を流れる長江。○江楼 川べりのたかどの。○帰客 帰る旅人。○徘徊 ぶらぶら歩き回る。○佇 たちどまる。○髣髴 ぼんやりとしたようす。○覿 面と向かう。○心目 こころのめ。○駅 宿場。○郭外 城郭の向こう。○蒼然 夕方の薄暗い様子。○季鷹 晋の張翰の字。呉郡呉の人。文章に巧みであった。斉王司馬冏に召されて大司馬東曹掾となった。ときに政事混乱しており、禍を避けるために、「秋風が吹くのを見て、故郷の菰菜やジュンサイのスープや鱸魚のなますがこいしくなった」といって、それにかこつけて官をやめて帰郷した。○疏曠 長い間、あわない。○叔度 後漢の黄憲の字。(紀元七五……一二二年)。法色早に○疇昔 過日。むかし。○黄花 きいろい菊の花。○候 待つ。【訳】九月九日岳陽で黄遂・張渙を待ちながら詠んだ詩。 君らと別れいく年ぞ、わかれのつらさ身にしみる。楚水のうえに靄かかり、江楼君ら待ち望む。徘徊しては立ち止まり、ぼんやり姿目にうかぶ。心の目にて想像し、風波それでも中へだつ。林のそばに舟を泊め、猿鳥宿場に鳴く声す。遥か郭外山みれば、雨の夕ぐれ薄暗し。季鷹と長くあわぬわれ、叔度はすでにいにしえびと。舟でもどるのなぜ遅い、君の摘むのを菊はまつ。
May 28, 2006
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江中晩釣寄荊南一二相識( 一作西江雨後憶荊南諸公) 劉長卿楚郭(一作國。又作隨楚)微雨收、荊門遙(一作看)在目。漾舟水雲裏、日暮春江(一作江山)緑。霽華靜洲渚、暝(一作夜)色連松(一作杉)竹。月出波上時、人歸渡頭宿。一身已無累、萬事更何欲。漁父自夷猶(一作■(「夕」のしたに「寅」。イン)縁)、白鴎不羈束。既憐滄浪水、復(一作更)愛滄浪曲。不見眼中人、相思心斷續(一作垂釣看世人、那知此生足)。【韻字】目(入声、屋韻)・緑(入声、沃韻)・竹(屋韻)・宿(屋韻)・欲(沃韻)・束(沃韻)・曲(沃韻)・続(沃韻)。【訓読文】江中に晩釣し荊南の一二相識に寄す( 一に「西江雨後憶荊南諸公」に作る) 劉長卿楚郭(一に「国」に作り、又た「随楚」にも作る)微雨收、荊門遙かに(一に「看」に作る)目に在り。舟を漾(ただよ)はす水雲の裏、日暮春江(一に「江山に作る)緑なり。霽華洲渚に静かに、暝(一に「夜」に作る)色松(一に「杉」に作る)竹に連なる。月波上に出づる時、人渡頭に帰りて宿す。一身已に累無く、万事更に何をか欲する。漁父自づから夷猶(一に「■(イン)縁」に作る)、白鴎羈束せられず。既に憐む滄浪の水、復(一に「更」に作る)愛す滄浪の曲。見ずや眼中の人の、相思ひて心の断続するを(一に「垂釣看世人、那知此生足」に作る)。【注】○晩釣 夜釣り。○荊南 唐の方鎮の一。湖北省江陵県。○相識 知人。○郭 外城。○微雨 小雨。○荊門 湖北省江陵県あたり。○漾 ただよわす。うごかす。○春江 春の川。○霽華 雨上がりの花。○洲渚 なぎさ。○渡頭 渡し場。○累 家族。○夷猶 ぐずぐずする。○羈束 束縛。○滄浪 川の名。『楚辞』《漁父辞》「滄浪の水清まば、以て我が纓を濯ふべく、滄浪の水濁らば、以て我が足を濯ふべし」。○断続 切れたり続いたり。【訳】川で夜釣りし、荊南にいるひとりふたりの知り合いに贈る詩。楚の町いまや小雨やみ、荊門はるか目にみゆる。舟こぎだして漂えば、日暮れ緑の春の川。花は、なぎさにしおらしく、松竹闇につつまれる。月のぼりくる波のうえ、渡し場もどり宿るひと。我が身は家族もはやなく、何を目当てに生きるやら。漁師ぐずぐずためらうも、カモメは自由気ままなり。滄浪の水あこがれて、滄浪の歌日々うたう。われは諸君を日々思い、こころひそかにかき乱る。
May 25, 2006
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■(「石」のみぎに「夾」。キョウ)石遇雨宴前主簿從兄子英宅 劉長卿縣城蒼翠裏、客路兩崖開。■(キョウ)石雲漠漠、東風吹雨來。吾兄此為吏、薄宦知無媒。方寸抱秦鏡、聲名傳楚材。折腰五斗間、●(「繩」の「糸」を「イ」に換えた字。ビン)俛隨塵埃。秩滿少餘俸、家貧仍散財。誰言次東道、暫預傾金罍。雖欲少留此、其如歸限催。【韻字】開・来・媒・材・埃・財・罍・催(平声、灰韻)。【訓読文】■(キョウ)石にて雨に遇ひ前の主簿の従兄子英が宅に宴す。県城蒼翠の裏、客路両崖開く。■(キョウ)石雲漠漠として、東風雨を吹いて来る。吾兄此に吏と為り、薄宦にして媒無きを知る。方寸秦鏡を抱き、声名楚材を伝ふ。腰を五斗の間に折り、●(ビン)俛して塵埃に随ふ。秩満ちて余俸少なく、家貧しくして仍つて散財す。誰か言はん東道に次り、暫預金罍を傾く。少(しばらく)此に留まらんと欲すと雖も、其の帰限の催すを如(いか)ん。【注】○■(キョウ)石 河南省三門峡市の東の■(キョウ)石鎮。○主簿 記録や文書をつかさどる官。○県城 県の役所の所在地の町。○蒼翠 あおみどり色。○客路 旅路。○両崖 両側の崖。○漠漠 うすぐらいさま。○吾兄 詩題に見える従兄、子英。○吏 役人。○薄宦 地位が低い役人。○媒 ここでは、目をかけて出世させてくれるような知り合い。○方寸 こころ。○秦鏡 秦の始皇帝が人の善悪や病気の有無などを照らしたという四角い鏡。○声名 よい評判。○楚材 楚の地方の有用な人材。○折腰 上役に頭を下げてお辞儀をする。○五斗 県令の俸禄である五斗の扶持米。『晋書』《陶潜伝》「我五斗の米の為に腰を折ること能はず」。○●(ビン)俛 つとめはげむ。○塵埃 ちりやほこり。○秩 主君から位の順序に従って臣下が受ける俸禄。扶持米。○余俸 余分の俸給。○散財 人に財貨を分け与える。○東道 主人。○金罍 黄金の酒樽。○少 すこしのあいだ。○帰限 帰るべき日限。【訳】■(キョウ)石で雨に降られ前の主簿をつとめていた従兄の子英の宅にやっかいになり、宴をひらいてもらった時の詩。県城みどりに包まれて、旅路の両崖開けみゆ。■(キョウ)石に雲どんよりと、東風雨を吹きよせる。きみは此の地のお役人、コネがないので出世せぬ。こころに秘めたますかがみ、評判高き楚の人材。薄給のため腰を折り、埃にまみれ仕事する。余俸少なき身なれども、人には財を分け与う。主人の家にやどをかり、しばし酒樽かたむけん。しばらく此にとまらんと、すれど帰らにゃならぬ身よ
May 24, 2006
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同郭參謀詠崔僕射淮南節度使廳前竹(一作和郭參謀詠崔令公庭前竹) 劉長卿昔種梁王苑、今移漢將壇(一作不學媚清瀾、能依上將壇)。蒙籠(一作朦朧)低冕過、青翠捲簾看。得地移根遠、經霜抱節難。開花成鳳實、嫩筍長魚竿。藹藹軍容靜。蕭蕭郡宇寛。細音和角暮(一作響)、疏影上門寒。湘浦何年變(一作阮巷何人在)、山陽(一作梁園)幾處殘。不知(一作空餘)軒屏側、歳晩對袁(一作伴任)安。【韻字】壇・看・難・竿・寛・寒・殘・安(平声、寒韻)。【訓読文】郭参謀が崔僕射の淮南節度使の庁前の竹を詠ずに同ず。(一に「和郭参謀詠崔令公庭前竹」に作る)。昔種う梁王の苑、今は移す漢将の壇(一に「不学媚清瀾、能依上将壇」に作る)。蒙籠(一に「朦朧」に作る)冕を低れて過ぎ、青翠簾を捲きて看る。地を得て根を移すこと遠く、霜を経て節を抱くこと難し。開花して鳳実を成し、嫩筍魚竿に長ぜり。藹藹として軍容静かに、蕭蕭として郡宇寛し。細音角に和する暮べ(一に「響」に作る)、疏影門に上りて寒し。湘浦何れの年にか変ずる(一に「阮巷何人在」に作る)、山陽(一に「梁園」に作る)幾れの処にか残する。知らず(一に「空余」に作る)軒屏の側、歳晩袁(一に「伴任」に作る)安に対するを。【注】○郭参謀 劉長卿の友人らしいが、未詳。「参謀」は、官の名。作戦計画など機密事項に関する職。○崔僕射 劉長卿の友人らしいが、未詳。「僕射」は、尚書省の次官。宰相の職。○淮南節度使 淮南道の治は江蘇省揚州市。○崔令公 劉長卿の友人らしいが、未詳。「令公」は、中書令の敬称。○梁王苑 漢の文帝の次男、梁の孝王の庭園。ここに各地から豪傑・文人を招いて大いに遊んだ。○漢将壇 故事があるらしいが、未詳。○清瀾 きよらかなさざなみ。○蒙籠 朦朧。ぼんやりかすんだようす。○冕 かんむり。○青翠 あおみどり色。○捲 まきあげる。○成鳳実 鳳凰は桐の木にとまり竹の実を食すという。○嫩筍 わかいタケノコ。○魚竿 釣り竿ほどの長さ。○藹藹 雲がたなびくようす。○軍容 出陣の装い。○蕭蕭 風が吹く音の形容。○郡宇 郡の役所の建物。○細音 かすかな葉擦れの音。○角 軍隊で用いるつのぶえ。○疏影 枝のまばらな陰。○湘浦 広西省壮族自治区に発し、東北流して湖南省に入り、東北流して湖南省に入り、長沙をへて、湘陰県に至り洞庭湖入る。湘水。帝尭のふたりの娘、娥皇・女英は、帝舜の妃となったが、帝舜が行幸中に死んだのを聞き、ともに湘水に身を投げて死に、のちに、湘水の神となったという。○南遊 南方へ旅行すること。○山陽 江蘇省淮安県。○軒屏 ひさしと土塀。○歳晩 年末。○袁安 後漢の汝南汝陽の人。字は邵公。人となり厳謹にして、州里敬重し、洛陽の令、挙して孝廉と為す。永平年間に楚郡の太守に拝せらる。(紀元?……九二年)。【訳】郭参謀が詠んだ「崔僕射の淮南節度使の庁前の竹を詠ず」という作品に和した詩。(一に「和郭参謀詠崔令公庭前竹」に作る)。昔梁苑植えし竹、漢将の壇いま移す。あたまを下げて通り過ぎ、簾を捲きて看る青さ。遠くの土地に移されて、霜に枯れぬは難きこと。鳳凰の食う実を結び、長さつり竿ほどにのぶ。軍の装い静かにて、郡の役所も広いもの。葉擦れの音と角笛と、まばらな影も寒々し。湘水ながれ元のまま、山陽どこに残りおる。ひさし土塀の側に、袁安に対する年の暮れ。
May 23, 2006
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杪秋洞庭中懷亡道士謝太虚 劉長卿漂泊日復日、洞庭今更秋。青楓亦何意、此夜催人愁。惆悵客中月、徘徊江上樓。心知楚天遠、目送滄波(一作浪)流。羽客久已歿、微言無處求。空餘白雲在、容與隨孤舟。千里杳難望、一身當獨遊。故園復何許、江海徒(一作此)遲留。【韻字】秋・愁・楼・流・求・舟・遊・留(平声、尤韻)。【訓読文】杪秋洞庭中にて亡道士謝太虚を懷ふ。漂泊す日復た日、洞庭今更に秋なり。青楓亦た何の意ぞ、此の夜人の愁へを催す。惆悵す客中の月、徘徊す江上の楼。心に知んぬ楚天の遠きを、目にて送る滄波(一に「浪」に作る)の流るるを。羽客久しく已に歿し、微言求むる処無し。空しく白雲を余して在り、容与として孤舟に随ふ。千里杳として望み難く、一身当に独遊すべし。故園復た何許(いづこ)、江海徒らに(一に「此」に作る)遅留す。【注】○杪秋 秋のすえ。○道士 道教によって不老不死の術を会得した人。○謝太虚 劉長卿の友人の道士。○漂泊 さすらう。○洞庭 湖南省にある中国第二の淡水湖。○青楓 青いカエデ。○催 かきたてる。せきたてる。○惆悵 恨み嘆く。○客中 旅先。○徘徊 行ったり来たりする。○江上 川のほとりの楼。○楚 揚子江中下流域。○滄波 青い波。○羽客 羽がはえた仙人。○微言 おくぶかい言葉。『漢書』《藝文史》「昔、仲尼没して微言絶えたり」。○容与 ゆったりとしたようす。○孤舟 ぽつんと一艘だけある小舟。○杳 はるか。奥深くぼんやりしているようす。○一身 自分一人。我が身。。○故園 ふるさと。○何許 いずこ。どこ。○江海 揚子江と海。○遅留 とどまる。【訳】秋のおわりに洞庭湖中において故道士謝太虚をしのんで詠んだ詩。日々にあちこちさまよえば、洞庭にはや秋はきぬ。青き楓よ何おもう、此の夜かきたつ我が愁い。旅空の月恨み見て、川辺の楼を行き来する。はるかに遠い楚の空や、見渡すかぎり青い波。道士なくなりいくとしぞ、もはや聞かれぬ良き言葉。空にうかぶは白き雲、ゆったり舟に身をゆだぬ。千里のかなたぼんやりと、我が身一つで遊ぶべし。故郷恋しいやまたいずこ、ひとりとどまる海辺の地。【参考】 杪秋洞庭懷王道士 謝太虚漂泊日復日、洞庭今更秋。青桃亦何意、此夜催人愁。惆悵客中月、裴回江上樓。心知楚天遠、目送滄波流。謝客久已滅、微言無處求。空餘白雲在、客興隨孤舟。千里杳難盡、一身常獨游。故園復何許、江漢徒遲留。
May 22, 2006
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雎陽贈李司倉 劉長卿白露變時候、蛬聲暮啾啾。飄飄洛陽客、惆悵梁園秋。只為乏生計、爾來成遠遊。一身不家食、萬事從人求。且喜接餘論、足堪資小留。寒城落日後、砧杵令人愁。歸路歳時盡、長河朝夕流。非君深意願、誰復能相憂。【韻字】啾・秋・遊・求・留・愁・流・憂(平声、尤韻)。【訓読文】雎陽にて李司倉に贈る。白露時候変じ、蛬声暮べ啾啾たり。飄飄たり洛陽の客、惆悵す梁園の秋。只だ乏生計を為し、爾来遠遊を成す。一身家食せず、万事人の求めに従ふ。且らく喜ふ余論に接し、小留に資するに堪ふるに足る。寒城落日の後、砧杵人をして愁へしむ。帰路歳時尽き、長河朝夕に流る。君が深意の願に非ずんば、誰れか復た能く相憂へん。【注】○雎陽 河南省商丘県の南。○李司倉 劉長卿の友人らしいが、未詳。「司倉」は、司倉参軍事。府州において財政経済を主管する役人。○白露 しらつゆ。○時候 時節気候。○蛬声 コオロギの鳴き声。○啾啾 虫・鳥・猿・馬などの鳴き声の形容。○飄飄 あてもなくさまようようす。○洛陽 河南省洛陽市。○惆悵 悲しみ嘆く。○梁園 漢代に梁の孝王が築いた庭園。ここで多くの文人を招いて遊んだ。○生計 くらし。○爾来 ちかごろ。○遠遊 学問・修行などのために遠くの土地にでかける。○一身 自分ひとり。○不家食 役人になり俸禄をもらい、みずから生計を立てない。○且 とりあえず。○寒城 冬の城。○砧杵 きぬたと、きね。○歳時 季節。○長河 長い川。○朝夕 朝も晩も。○深意 深い考え。【訳】雎陽において友人の李司倉に贈った詩。季節変じて露はおり、日暮れコオロギ鳴きやまぬ。洛陽の客さまよいて、梁園の秋ものがなし。貧しき暮らし甘んじて、遠く出掛ける宮仕え。わがみ役人禄をはみ、人の求めに従いぬ。瑣末な論も逗留の、資金のたしになるものじゃ。日暮れさびしき秋の町、きぬた打つ音ものがなし。帰る途中に季節去り、朝晩長い河流る。君の親切ぬきにして、我の心配誰がしよう。
May 21, 2006
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送姚八之句容舊任便歸江南(一作送姚八歸江南) 劉長卿故人還水國、春色動離憂。碧草千萬里、滄江朝暮流。桃花迷舊路、萍葉蕩歸舟。遠戍看京口、空城問石頭。折芳佳麗地、望月西南樓。猿鳥共孤嶼、煙波連數州。誰家過楚老、何處戀江鴎。尺素能相報、湖山若箇憂。【韻字】憂・流・舟・頭・楼・州・鴎・憂(平声、尤韻)。【訓読文】姚八の句容に之くを送る。旧て任ぜられて便ち江南に帰る。(一に「送姚八帰江南」に作る)。 故人水国に還り、春色離憂を動かす。碧草千万里、滄江朝暮に流る。桃花旧路に迷はしめ、萍葉帰舟に蕩く。遠戍を京口に看、空城を石頭に問ふ。芳を折る佳麗の地、月を望む西南の楼。猿鳥孤嶼を共にし、煙波数州に連なる。誰が家にか楚老過ぎり、何れの処にか江鴎を恋ふる。尺素能く相報ぜよ、湖山若箇の憂ひ。【注】○姚八 劉長卿の友人らしいが、未詳。○句容 江蘇省句容県。○江南 長江下流南岸の地域。 ○故人 むかしなじみ。○水国 川や湖などの多い地方。○離憂 別れの辛さ。○滄江 青い川。○朝暮 朝夕。○旧路 むかしとおった路。○萍葉 ウキクサ。○蕩 揺れうごく。○遠戍(エンジュ) 遠い国境の地を守る軍隊。○京口 江蘇省鎮江市。○空城 荒れ果てて住む人の無いさびしい城。○石頭 南京市西方の山。ここに三国時代、呉の孫権が石頭城を築いた。○折芳 良い香りのする花を手折る。○佳麗 景色がすばらしい。○孤嶼 離れ小島。○煙波 もやのたちこめた水面。○楚老 楚の地方の老人。前漢の楚の彭城の人、■(「龍」のしたに「共。キョウ)勝は、かつて諌官等の職に任ぜられたが、王莽が漢を奪うに及ぶや、再び徴に応じて官となることは無かった。病中かつて「豈に一身を以て二姓に事へ、下に故主に見えんや」といったという。死後に一老父が弔問に来て、その死を悼み、どこへともなく去っていったという。のちに、郷里故旧の賢者を指す。○尺素 短い手紙。○若箇 いくらか。【訳】姚八が句容に行くのを見送る。かの地は、かつての彼の任地であり、便ちこのたび江南に帰るのである。 水郷の地に君還る、春は別れのつらさ有り。草もえいずる千万里、朝夕流る青い川。桃の花びら路覆い、ウキクサ分けて舟すすむ。京口守る警備兵、石頭の城ひとけ無し。景色よき地に花手折り、西南の楼月ながむ。猿鳥のすむ離れ島、けむる水面どこまでも。楚老たちよる誰の家、川のカモメもいとおしや。たまには景色詩に詠んで、手紙に書いて送られよ。
May 20, 2006
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上湖田館南樓憶朱晏 劉長卿漂泊日復日、洞庭今更秋。白雲如有意、萬里望孤舟。何事愛成別、空令登此樓。天光映波動、月影隨江流。鶴唳靜寒渚、猿啼深夜洲。歸期誠已促、清景仍相留。頃者慕獨往、爾來悲遠遊。風波自此去、桂水空離憂。【韻字】秋・舟・樓・流・洲・留・遊・憂(平声、尤韻)。【訓読文】湖田館の南楼に上りて朱晏を憶ふ。漂泊して日復(また)日、洞庭今更に秋なり。白雲意有るがごとく、万里孤舟を望む。何事ぞ別れを成すを愛し、空しく此の楼に上らしむる。天光波に映じて動き、月影江に随つて流る。鶴唳寒渚に静かに、猿啼夜洲に深し。帰期誠に已に促(せま)り、清景仍ち相留む。頃者独往を慕ひ、爾来遠遊を悲しむ。風波此より去らば、桂水離憂空しからん。【注】○湖田館 未詳。あるいは湖南省零陵県の西北の、瀟湘二水の合流する処に在った「湘口館」か。○朱宴 劉長卿の友人らしいが、未詳。○漂泊 さすらう。○洞庭 湖南省北部の淡水湖。○万里 はるかに遠い距離。○孤舟 ぽつんと一艘あるふね。○何事 どういうわけで。○天光 日光。○月影 月光。○鶴唳 ツルの鳴き声。○寒渚 さびしいなぎさ。○夜洲 夜の中洲。○帰期 いつ帰るかという予定。帰る時期。○促 せまる。○清景 さわやかな景色。○頃者 このごろ。ちかごろ。○独往 ひとりで行くこと。○爾來 ちかごろ。○遠遊 遠くへ旅すること。○風波 風と波。○桂水 広西省漓江の別名。○離憂 別れの悲しみ。【訳】湖田館の南楼に上って朱宴のことを思って詠んだ詩。日々にあちこちさすらえば、洞庭今は秋きたる。なにをおもうか白雲よ、遠くはるかに舟望む。なぜに別れを成すこのみ、此の楼に上らせる。陽光波にきらめきて、川面にうつる月のかけ。さびしき渚ツルは鳴き、猿は中洲に夜さけぶ。帰りの時期は迫れども、景色はわれを引き留める。このごろ独り出歩くも、ちかごろ遠出おっくうじゃ。風波此こから遠ざかりゃ、桂水別れつらかろう。
May 18, 2006
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南楚懷古 劉長卿南國久蕪漫(一作漫)、我來(一作生)空鬱陶。君看章華宮、處處生蓬蒿。但見陵與谷、豈知賢與豪。精魂托古木、寶玉捐江皋。倚棹下晴景、回舟隨晩濤。碧雲暮寥落、湖上秋(一作青)天高。往事那堪問、此心徒自高。獨餘湘水上、千載聞離騷。【韻字】陶・蒿・豪・皋・濤・高・騷(平声、豪韻)。【訓読文】南楚の懷古 南国久しく蕪沒(一に「漫」に作る)、我来たり(一に「生」に作る)空しく鬱陶。君は看ん章華宮に、処々蓬(一に「黄」に作る)蒿を生ずるを。但だ見る陵と谷と、豈に知らんや賢と豪とを。精魂古木に托し、宝剣江皋に捐(す)てん。棹に倚りて晴景を下り、舟を回らして晩涛に随ふ。碧雲暮べに寥落、湖上秋(一に「青」に作る)天高し。往事那ぞ問ふに堪えん、此の心徒らに自から労す。独り余(のこ)る湘水の上、千載に離騷を聞かん。【注】○南楚 長江中下流一帯。○懷古 昔のことをなつかしく思いしのぶ。 ○蕪沒 雑草が生い茂って覆いかくす。○鬱陶 気持ちがふさぐ。○章華宮 楚の霊王の宮殿。湖北省沙市市烈士の陵園付近にあり。○処々 あちらこちら。○蓬蒿 よもぎ。○陵 丘。○豈に知らんや賢と豪とを。○精魂托古木 故事があるらしいが、未詳。○宝剣捐江皋 『呂氏春秋』《察今》「楚人に江を渉る者有り、其の剣舟中より水に墜つ。遽に其の舟に刻して曰く、『是れ吾が剣の従つて墜つる所なり』と。舟止まり、其の刻する所の者水に入りて之を求む。舟已に行く、而れど剣は行かず、剣を求むること此のごくきは、亦た惑ひならざらんや」。○棹 舟を進める具。○寥落 荒れ果ててさびしいようす。○秋天 秋のそら。○往事 昔のこと。過去のこと。○労 疲れる。○離騷 楚の屈原が忠誠を尽くして楚王に仕えたが、中傷のため宮廷から追放された憂いをのべた作品。【訳】南楚で昔のことをしのんで詠んだ詩。 南国草に覆われて、我の気持ちはふさぎこむ。君も見るべし章華宮、ぺんぺん草の生ずるを。丘と谷だけ元のまま、賢者豪傑いまは無し。たましい古木にやどらせて、宝剣川に捨てさりぬ。晴れりゃ楽しむ舟下り、夕暮れ波に引き返す。寂しさ誘う青い雲、湖上に高き秋の空。聞くにたえぬは過去のこと、心に憂いつのりゆく。湘水の上われひとり、聞くは屈氏のうらみごと。【参考】『全唐詩』巻一四六南楚懷古 陶翰南國久蕪漫、我來空鬱陶。君看章華宮、處處生蓬蒿。但見陵與谷、豈知賢與豪。精魂托古木、寶玉捐江皋。倚棹下晴景、迴舟隨晩濤。碧雲暮寥落、湖上秋天高。往事那堪問、此心徒自勞。獨餘湘水上、千載聞離騷。
May 16, 2006
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冬夜宿揚州開元寺烈公房送李侍御之江東 劉長卿遷客投百越、窮陰淮海凝。中原馳困獸、萬里棲饑鷹。寂寂連(一作蓮)宇下、愛君心自弘。空堂來霜氣、永夜清明燈。發後望煙水、相思勞寢興。暮帆背楚郭、江色浮金陵。此去爾何恨、近名予未能。爐峰若便道、為助東林僧。【韻字】凝・鷹・弘・燈・興・陵・能・僧(平声、蒸韻)。【訓読文】冬夜揚州開元寺の烈公の房に宿し、李侍御の江東に之くを送る。 劉長卿遷客百越に投じ、窮陰淮海に凝る。中原困獸馳せ、万里饑鷹棲めり。寂寂として宇下に連なり(一に「蓮」に作る)、君を愛して心自から弘し。空堂霜気来たり、永夜明灯清らかなり。発後煙水を望み、相思寝興を労す。暮帆楚郭を背き、江色金陵を浮かぶ。此を去れば爾何をか恨みん、名に近づくこと予未だ能はず。爐峰若(もし)道に便りあらば、為に助けよ東林の僧。【注】○揚州 江蘇省揚州市。治所は江都・江陽二県にあり。蘇州とならんだ観光地。○開元寺 江蘇省揚州市の東にあり。 ○烈公 劉長卿の友人の僧侶。○李侍御 劉長卿の友人らしいが、未詳。○江東 長江下流の南岸地域。江蘇省南部。○遷客 罪によって左遷または遠方へ流される人。○百越 中国の南方の越と呼ばれていた地域(浙南・福建・広東)。○窮陰 陰気がきわまること。冬の終わり。○淮海 江蘇省中部・北部の淮水下流の海に近い一帯。○中原 黄河の中・下流一帯。○困獸 囲われて窮地におちいった野獣。○饑鷹 エサにうえた鷹。○寂寂 ひっそり静まりかえったようす。○宇下 のきした。○空堂 がらんとした建物。○霜気 霜の降るような厳しい寒さ。○永夜 ながい夜。○煙水 もやにかすむ川。○寝興 寝ることと起きること。○暮帆 夕暮れ度の帆掛け船。○郭 まちの外囲い。○金陵 南京。○爐峰 江西省廬山の北香炉峰。東林寺の南に位置する。○東林 寺の名。江西省廬山にあり。東晋の慧遠が建て、ここで白蓮社という結社をつくり、浄土教を布教した。【訳】冬の夜に揚州の開元寺の烈公の房に宿り、李侍御が江東に出掛けるのを見送ったときの詩。越の地方に流されて、陰気きわまる海のそば。中原飢えた獣馳せ、万里に饑えた鷹ぞ棲む。軒下静かに連なりて、君との別れ惜しむなり。広い部屋には寒気降り、ともしび清し、長き夜。出発の後川望み、旅寝の苦労おもいやる。舟は楚の町あとにして、金陵見ゆる川のうえ。ここ去りゃ愚痴いう相手無し、われも名声縁遠い。爐峰仏道便りあり、東林の僧われ救え。
May 14, 2006
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泛曲阿後湖簡同遊諸公 劉長卿元氣浮積水、沈沈深不流。春風萬頃緑、映帶至徐州。為客難適意、逢君方暫遊。■(「夕」のしたに「寅」。イン)縁白蘋際、日暮滄浪舟。渡口微月進、林西殘雨收。水雲去仍濕、沙鶴鳴相留。且習子陵隱、能忘生事憂。此中深有意、非為釣魚鉤。【訓読文】曲阿後湖に泛び同遊の諸公に簡す。元気積水に浮かび、沈沈として深くして流れず。春風万頃緑に、映帯徐州に至る。客と為りて意に適すること難く、君に逢ひて方に暫らく遊ぶ。■(イン)縁白蘋の際、日暮滄浪の舟。渡口微月進み、林西残雨収まる。水雲去つて仍ほ湿ひ、沙鶴鳴きて相留む。且らく子陵の隠を習ひ、能く生事の憂ひを忘れん。此中深くして意有り、釣魚鉤を為るのにはあらず。【注】○曲阿 県の名。江蘇省丹陽県。○元気 天地の気。万物の根本の力。○積水 集まり積もる水。○沈沈 水の深いようす。○万頃 面積の非常に広いこと。唐代の一頃は、一八○アール。○徐州 江蘇省鎮江市。また、江蘇省徐州市。○適意 心にかなう。○方 ちょうど。○暫 ちょっと。○■(イン)縁 からみつく。○白蘋 白い花のさくウキクサ。○滄浪 青々とした水。○渡口 船着き場。○微月 三日月のことか。○残雨 なごりの雨。○収 やむ。○水雲 霧。○且 とりあえず。○子陵 後漢の厳光の字。光武帝が即位して諌議大夫に除したが、富春山に隠棲して、仕官せず、釣りをして暮らした。○釣魚鉤 釣り針。【訳】曲阿の役所の後方にある湖に舟遊びをし、同行の諸公に差し上げた詩。水に浮かぶは天地の気、沈沈としてとどこおる。春風緑吹きわたり、徐州のかたへ続くなり。意にかなわぬは旅のつね、君とかりそめ遊ぼうぞ。ウキクサ白き花つけて、わか乗る舟にまといつく。船着き場には月出でて、林の西に雨もやむ。霧消えたあと湿っぽく、鶴の鳴き声なつかしき。隠者子陵の真似をして、此の世の憂さを忘よう。此の湖にきたれるは、釣りの為にはあらざれど。
May 13, 2006
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湖南使還留辭辛大夫 劉長卿王師勞近甸、兵食仰諸侯。天子無南顧、元勳在上游。大才生間氣、盛業拯横流。風景隨搖筆、山川入運籌。羽觴交餞席、旄節對歸舟。鶯識春深恨、猿知日去愁。別離花寂寂、南北水悠悠。唯有家兼(一作將)國、終身共(一作實)所憂。【韻字】侯・游・流・籌・舟・愁・悠・憂(平声、尤韻)。【訓読文】湖南の使還らんとして辛大夫に留辞す。王師近甸に労し、兵食諸侯に仰ぐ。天子南顧すること無く、元勲上游に在り。大才間気に生じ、盛業横流を拯ふ。風景筆を揺(うご)かすに随ひ、山川籌(はかりごと)を運らすに入る。羽觴餞席に交はし、旄節帰舟に対す。鴬は識る春の深き恨み、猿は知る日の去る愁ひ。別離花寂寂として、南北水悠悠たり。唯だ家と国を兼ぬる有り、終身共に憂ふる所。【注】○湖南 長江の中流、洞庭湖の南の地。長沙市あたり。○留辞 詩をのこして別れる。○辛大夫 劉長卿の友人らしいが、未詳。○王師 官軍。○近甸 都の周辺の土地。○兵食 軍事用の食糧。兵糧。○諸侯 領主。大名。○天子 皇帝。○元勳 国家に対して大功ある者。○上游 重要な地。○大才 優れた知恵。○間氣 世をへだてる。○盛業 盛んな事業。○拯 救う。○横流 水が勝手にあふれ流れること。○揺 うごかす。○山川 山や川の地形。○運籌 はかりごとをめぐらす。○羽觴 雀の形をした杯。一説に、羽で飾った杯。○餞席 送別会。○旄節 節旄。天子から使者に賜う印のはた。○帰舟 帰りくる帆船。○寂寂 ものさびしく、しずかなようす。○悠悠 はるかなさま。○終身 一生の間。【訳】湖南の使としてこの地にやってきたが、還ることになり、別れるにあたり辛大夫に留めた詩。官軍近畿に駐屯し、諸侯に兵糧はこばせる。天子南を顧みず、元勲要地守りおり。才士はまれに世に出でて、盛んに救う世の乱れ。風や光も操りて、山や川とて策に入る。送別会で酒を飲み、帰りの舟に旗立てる。鴬春の去る恨み、猿は日暮れを愁い鳴く。別れに花はひそと咲き、南北に水はるかなり。家と国との将来を、一生の間心配す。
May 13, 2006
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奉和杜相公新移長興宅呈元相公 劉長卿間世生賢宰、同心奉至尊。功高開北第、機靜灌中園。入並蝉冠影、歸分騎士喧。窗聞漢宮漏、家識杜陵源。獻替常焚稿、優(一作清)閑獨對萱。花香逐荀令、草色對王孫。有地先開閣、何人不掃門。江湖難自退、明主託元元。【韻字】尊・園・喧・減・萱・孫・門・元(平声、元韻)。【訓読文】杜相公の新たに長興の宅に移るに奉和し、元相公に呈す。世を間てて賢宰を生じ、同心至尊に奉ず。功高くして北第を開き、機静かにして中園に灌ぐ。入りて並ぶ蝉冠の影、帰りて分かつ騎士の喧。窓には聞く漢宮の漏、家は識る杜陵の源。献替常に稿を焚き、優(一に「清」に作る)閑独り萱に対す。花香荀令を逐ひ、草色王孫に対す。地有つて先づ閣を開く、何人か門を掃はざる。江湖自から退くこと難く、明主元元を託す。【注】○杜相公 未詳。「相公」は、宰相の敬称。○長興 唐の長安城内諸坊の一。今の陝西省西安市城区の東南にあり。○呈 差し上げる。○元相公 未詳。「相公」は、宰相の敬称。○間世 何世代も隔てる。○賢宰 賢明な宰相。○同心 心を一つにする。○至尊 天子。○功 功績。○北第 北側の座敷。○機 心のはたらき。○中園 中庭。○蝉冠 むかし、貴人が用いた、セミの羽で飾った冠。○騎士 馬に乗っている武士。○漢宮 漢の宮殿。○漏 水時計の音。○杜陵 漢の宣帝の陵墓。陝西省長安県の東にあり。○獻替 実行すべきを進言し、とりやめるべきをいさめる。○優閑 ゆったりして、ひまがある。○萱 ワスレグサ。水仙を大きくしたような葉のあいだから黄色や黄紅色の漏斗状の花をつける。この草をたべると憂いを忘れるという。○荀令 荀■(「或」のタスキをふたつふやした字。イク)。後漢の穎川穎陰の人。字は文若。曹操に仕え、尚書令となった。のちに曹操が爵を魏公に進めるのに反対し、薬を飲んで自殺した。○王孫 貴公子。また、王孫草(ツクバネソウ)という植物がある。○開閣 漢の公孫弘は宰相の役所の小門を開いて賢者を招いた。○掃門 門前を掃除する。○江湖 隠居地。○自退 身を引く。○明主 賢明な君主。すぐれた天子。○元元 庶民。平民。【訳】杜相公が新たに長興坊の宅に移転するのを詠んだ詩に奉和し、元相公にさしあげた詩。すぐれた宰相世にいでて、天子に仕えもうしあぐ。手柄は高く屋敷建て、しずかに庭に水をまく。蝉冠の影、帰りて分かつ騎士の喧。窓べに宮の時報聞き、家は杜陵のそばにあり。つねに進言諫言し、独りながめるワスレグサ。荀令花の香を帯びて、貴人はめでる草の色。土地所有して閣開き、みなが門をば掃ききよむ。引退するはゆるされず、天子庶民を託すれば。
May 10, 2006
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夏口送長寧楊明府歸荊南因寄幕府諸公 關西楊太尉、千載徳猶聞。白日倶終老、清風獨至君。身承遠祖遺(一作後)、才出衆人群。舉世貪荊玉、全家戀楚雲。向煙帆杳杳、臨水葉紛紛。草覆昭丘緑、江從夏口分。高名光盛府、異姓寵殊勳。百越今無事、南征欲罷軍。【韻】聞・君・群・雲・紛・分・勲・軍(平声、文韻)。【訓読文】夏口にて長寧の楊明府の荊南に帰るを送り因つて幕府の諸公に寄す。 劉長卿関西の楊太尉、千載徳猶ほ聞こゆ。白日倶に老を終へ、清風独り君に至る。身は承く遠祖の遺(一に「後」に作る)、才は出づ衆人の群。世挙りて荊玉を貪り、全家楚雲を恋ふ。煙に向つて帆杳杳たり、水に臨んで葉紛紛たり。草は昭丘を覆つて緑に、江は夏口より分かる。高名盛府に光り、異姓殊勳を寵す。百越今無事、南征軍を罷めんと欲す。【注】○夏口 湖北省武漢市の蛇山上の城。○長寧 この名の地名は各地にあるが、ここでは湖北省荊門県であろう。○楊明府 劉長卿の友人らしいが、未詳。「明府」は、県令。○荊南 唐の方鎮(節度使)の一。治所は湖北省江陵県。○幕府 節度使が執務する役所。○関西 函谷関以西の地。○楊太尉 楊震。後漢の人。字は伯起。官は太尉に至り、関西の孔子と称された。帝を諌めたために、中傷をうけ、毒を飲んで死んだ。(?……一二四年)。○荊玉 荊州は玉の産地。むかし、卞和は楚の山中で宝玉を手にいれた。○全家 一家全員。○杳杳 はるかに遠いさま。○紛紛 多いようす。○昭丘 春秋楚の昭王の墓。湖北省当陽県の東南にあり。○殊勳 すぐれた功績。○百越 中国の南方、浙南・福建・広東。【訳】夏口において長寧の楊長官が荊南に帰るのを見送り、そこで幕府の諸公に贈った詩。関西の楊太尉、千年のちも名は残る。白日ともに年老いて、清風君に吹き至る。遠い先祖の遺徳承け、才は人よりぬきんでる。世間は利益貪りて、君の一家は楚を恋うる。舟の帆とおく靄に消え、水辺に木の葉生い茂る。昭丘草に覆われて、川は夏口で分れゆく。役所に高名しれわたり、みなが殊勳をもてはやす。百越今は安泰で、南征いくさやめんとす。
May 9, 2006
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贈元容州 劉長卿擁旌臨合浦、上印臥長沙。海徼長無戍、湘山獨種■(「余」のしたに「田」。シャ)。政傳通歳貢、才惜過年華。萬里依孤劍、千峰寄一家。累徴期旦暮、未起戀煙霞。避世歌芝草、休官醉菊花。舊遊如夢裏、此別是天涯。何事滄波上、漂漂逐海槎。【韻字】沙・■(シャ)・華・家・霞・花・涯・槎(平声、麻韻)。【訓読文】元容州に贈る。旌を擁して合浦に臨み、印を上(たてまつ)りて長沙に臥す。海徼長く戍無く、湘山独り■(シャ)に種う。政は伝ふ歳貢を通ずるを、才は惜しむ年華の過ぐるを。万里孤剣に依り、千峰一家を寄す。累徴旦暮を期し、未だ起たざるに煙霞を恋ふ。世を避けて芝草を歌ひ、官を休めて菊花に酔ふ。旧遊夢裏のごとく、此の別れ是れ天涯。何事ぞ滄波の上、漂漂として海槎に逐はん。【注】○元容州 劉長卿の友人らしいが、未詳。「容州」は、治所は容県(いまの広西省普寧県)にあり。○合浦 広西省合浦県。○長沙 湖南省長沙市。○戍 守備兵。○湘山 広西省全州県の西にあり。○■(「余」のしたに「田」。シャ) 三年以上経過した良い畑。また、焼き畑。○歳貢 毎年天子に献上する産物。また、地方長官が天子に推挙する有能な人材。○年華 年月。○累 かさねて。○煙霞 山川の美しい景色。○芝草 何か故事がありそうだが、未詳。【訳】元容州に贈る詩。合浦に旗を持ちきたり、退官長沙に隠居する。海辺に長く守り無く、湘山独り野良仕事。何度も推挙されながら、過ぎゆく年がおしまるる。剣を杖つき万里越え、一家ひきつれ山路ゆく。あけくれ朝に召さるるも、自然に心つながるる。世捨て芝草を歌いつつ、役人やめて菊めでる。むかしの遊び夢のよう、天の果てまで別れゆく。どういうわけで波の上、いかだに乗って旅をする。
May 8, 2006
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同姜濬題裴式微餘干東齋 劉長卿世事終成夢、生涯欲半過。白雲心已矣、滄海意如何。藜杖全吾道、榴花養太和。春風騎馬醉、江月釣魚歌。散帙看蟲蠹、開門見雀羅。遠山終日在、芳草傍人多。吏體莊生傲、方言楚俗訛。屈平君莫弔、腸斷洞庭波。【韻字】過・何・和・歌・羅・多・訛・波(平声、歌韻)。【訓読文】姜濬の裴式微が余干の東斎に題するに同ず。世事終に夢と成り、生涯半ば過ぎんと欲す。白雲心已矣(やんぬるかな)、滄海意如何(いかん)。藜杖吾道を全うし、榴花太和を養ふ。春風馬に騎りて酔ひ、江月魚を釣りて歌ふ。帙を散じては虫蠹を看、門を開きては雀羅を見る。遠山終日在り、芳草人に傍ひて多し。吏は体す荘生の傲、方言楚俗訛。屈平君弔ふこと莫かれ、腸断えなん洞庭の波に。【注】○姜濬 劉長卿の友人らしいが、未詳。○裴式微 劉長卿の友人らしいが、未詳。○余干 江西省余干県。○世事 世の中の事。○已矣(やんぬるかな)(やみなん) もはやしかたがない。絶望のことば。、滄海意如何(いかん)。○藜杖 あかざの茎で作った杖。軽く丈夫で老人用。○榴花 安石榴花。ザクロの花。○太和 最良のもの。○江月 江上を照らす月。○帙 書物を保護するための包み。○虫蠹 シミやシバンムシといった本の害虫。○雀羅 雀を捕る網。○荘生 戦国時代の思想家、荘子。漆園の傲吏といわれた。○楚俗 楚の地方の人々のあいだの気風や風習。○屈平 春秋時代の楚の屈原。もと楚の太夫だったが、君主の意と合わず、放浪のすえ、汨羅に投身自殺した。(前三四三年……前二七七年)。【訳】姜濬が裴式微の余干の東の住まいを詠んだ詩に唱和した詩。この世の事は夢と消え、人生半ば過ぎんとす。雲の自由もかなわぬし、海の広さに何思う。杖つき吾が道全うし、ザクロの花にいやされる。春には馬上酒に酔い、月夜に魚を釣り歌う。帙を開けば虫が食い、門の前には雀羅あり。ひがな遠山見て過ごし、あたりに匂う香り草。役人荘子の傲りまね、方言は楚の俗語なり。君弔うな屈原を、腸ちぎれてしまうから。
May 7, 2006
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題蕭郎中開元寺新構幽寂亭 劉長卿康樂愛山水、賞心千載同。結茅依翠微、伐木開蒙籠。孤峰依青霄、一徑去不窮。候客石苔上、禮僧雲樹中。曠然見滄洲、自遠來清風。五馬留谷口、雙旌薄煙虹。沈沈衆香積、眇眇諸天空。獨往應未遂、蒼生思謝公。【韻字】同・籠・中・風・虹・空・公(平声、東韻)。【訓読文】蕭郎中の開元寺に新たに幽寂亭を構へたるに題す。康楽山水を愛で、賞心千載に同じ。結茅翠微に依り、伐木蒙籠を開く。孤峰青霄に依り、一径去つて窮らず。客を候つ石苔の上、僧を礼す雲樹の中。曠然として滄洲を見、遠きより清風来たる。五馬谷口に留め、双旌煙虹薄し。沈沈として衆香積もり、眇眇たり諸天空。独往応に未だ遂げざるべし、蒼生謝公を思ふ。【注】○蕭郎中 劉長卿の友人らしいが、未詳。○開元寺 この名の寺は各地にあるが、ここでは湖南省岳陽市にあった寺か。○幽寂亭 未詳。蕭郎中の住居。○康楽 康楽公に封じられた謝霊運。南北朝の宋の詩人。陳郡陽夏(河南省)の人。山水詩にすぐれ、陶淵明と並び称せられる。(三八五年……四三三年)。○賞心 景色をめでる風流な心。○結茅 庵をかまえる。○翠微 山の八合目付近。○蒙籠 木が茂って薄暗い所をいうのであろう。○青霄 あおぞら。○候 待ち迎える。○雲樹 雲にとどかんばかりの高い木。○曠然 広いようす。○滄洲 田舎の水辺。○五馬 地方長官の乗る五頭立ての馬車。○旌 はたのぼり。○沈沈 盛んなようす。○眇眇 はるかに遠いさま。○蒼生 草木が生い茂った所。○謝公 謝霊運。【訳】蕭郎中が開元寺に新たに幽寂亭を構えたので、それを題に詠んだ詩。山水めでる謝康楽、自然好むはみな同じ。庵を結ぶ八合目、木を切り山を切り開く。空にそびえる峰一つ、一本道はどこまでも。苔の上にて客を待ち、山では僧に挨拶す。からりと開け水辺見え、遠くから風吹きよせる。馬車を留め置く谷の口、二本の旗に虹かかる。香は盛んにたなびきて、はるか空へとたちのぼる。独り行くことかなわねど、草木も君を待ちわびん。
May 6, 2006
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初至洞庭懷■(サンズイに「覇」。ハ)陵別業 劉長卿長安■(ハ)千里、日夕懷雙闕。已是洞庭人、猶看■(ハ)陵月。誰堪去郷意、親戚想天末。昨夜夢中歸、煙波覺來闊。江皋見芳草、孤客心欲絶。豈訝青春來、但傷經時別。長天不可望、鳥與浮雲沒。【韻字】闕(入声、月韻)・月(月韻)・末(入声、曷韻)・闊(曷韻)・絶(入声、屑韻)・別(屑韻)・没(入声、月韻)。【訓読文】初めて洞庭に至り■(ハ)陵の別業を懐(おも)ふ。長安千里●(「貌」にシンニョウ。バク)(はるか)に、日夕双闕を懐ふ。已に是れ洞庭の人、猶ほ看る■(ハ)陵の月。誰か堪へん郷を去る意、親戚天末を想ふ。昨夜夢中に帰る、煙波覚め来つて闊し。江皋芳草を見、孤客心絶えんと欲す。豈に訝らん青春の来るを、但だ傷む時を経て別るるを。長天望むべからず、鳥と浮雲と没す。【注】○■(ハ)陵 陝西省西安市の東北にあり。○別業 別荘。○江皋 沢。○芳草 香りのよい花が咲く草。○孤客 ひとりぼっちの旅人。○青春 春。【訳】はじめて洞庭湖へやってきて■(ハ)陵の別荘をなつかしんで詠んだ詩。長安千里かなたにて、日々に宮中おもいだす。われは洞庭やってきて、■(ハ)陵のかたの月眺む。ああふるさとぞなつかしき、身内はわれを思うらん。ゆうべふるさと夢見しが、目覚めりゃ霞む水のはて。水辺に咲ける香り草、ひとり旅するさび。しさよ今年も春は来たものの、長の別れは辛きもの。望むべく無きそらの果て、鳥や雲さえ姿消す。
May 5, 2006
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北遊酬孟雲卿見寄 劉長卿忽忽忘前事、事願能相乖。衣馬日羸弊、誰辨行與才。善道居貧賤、潔服蒙塵埃。行行無定止、懍坎難歸來。慈母憂疾疹、室家念棲莱。幸君夙姻親、深見中外懷。俟子惜時節、悵望臨高臺。【韻字】乖(平声、佳韻)。・才(平声、灰韻)・埃(灰韻)・來(灰韻)・莱(灰韻)・懷(佳韻)・臺(灰韻)。【訓読文】北遊して孟雲卿に寄せらるるに酬ゆ。 劉長卿忽忽として前事を忘れ、事願能く相乖(そむ)く。衣馬日に羸弊し、誰か行と才とを弁ぜん。善道貧賎に居り、潔服塵埃を蒙むる。行行定止する無く、懍坎帰来すること難し。慈母疾疹を憂ひ、室家莱に棲むを念ふ。幸ひに君夙に姻親、深く見る中外の懷。子を俟ちて時節を惜しみ、悵望して高台に臨む。【注】○孟雲卿 河南洛陽の人。嵩陽に居り、耕稼を業とした。天宝中、家を辞し挙に応ずるも第せず。永泰の初め、進士に及第し、校書郎を授けられた。大暦の初め、荊州に流寓し、のちにまた広陵に漂泊す。(七二五年?……?年)。○忽忽 ふっと消えるさま。○羸弊 つかれてぼろになる。○潔服 きれいな服。○懍坎 くぼみに落ちるのをおそれる。○疾疹 進行のはやい病気。○室家 すまい。また、妻。○莱 草の茂った荒れ地。○俟 待望する。○悵望 うらめしげに眺める。【訳】北方へ出掛けて孟雲卿に贈られた詩に答えた詩。過去の出来事ふと忘れ、心中願いままならず。着物も馬もくたびれて、行才ともに人しらず。善人とかく貧賎で、きれいな服も塵まみれ。どこまでつづく流浪の身、失敗おそれ帰られず。母は病を心配し、妻は荒れ地に住む気にす。幸い君は早婚で、人の心の奥を知る。時を惜しんで子の帰り、高台のうえ待ちわびる。
May 3, 2006
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嚴子瀬東送馬處直歸蘇(一本有州字) 劉長卿望君舟已遠、落日潮未退。目送滄海帆、人行白雲外。江中遠回首、波上生微靄。秋色姑蘇臺、寒流子陵瀬。相送苦易散、動別知難會。從此日相思、空令減衣帶。【韻字】退外靄瀬會帶【訓読文】厳子瀬の東にて馬処直の蘇(一本に「州」の字有り。)に帰るを送る。君を望めば舟已に遠く、落日潮未だ退(ひ)かず。目は送る滄海の帆、人は行く白雲の外。江中遠く首を回らせば、波上微靄を生ず。秋色姑蘇台、寒流子陵瀬。相送れば苦しみ散じ易く、動もすれば別れて会ふこと難きを知る。此より日に相思し、空しく衣帯を減ぜしめん。【注】○厳子瀬 後漢の隠者厳光が釣りをしていた所。厳陵瀬。今の浙江省桐廬県の西南、富春山のふもとを流れる銭塘江中にあり。厳光は後漢の余姚の人。字は子陵。若き時、光武帝と同じく遊学す。光武帝位に即くに及び、諌議大夫に除したが、富春山に隠れ官に就かなかった。○馬処直 劉長卿の友人らしいが、未詳。○滄海 大海。青海原。○回首 ふりかえってみる。○微靄 うすもや。○姑蘇台 江蘇省蘇州市の西南の姑蘇山上にあり。春秋時代の呉の建。○子陵瀬 厳子瀬の別名。○動 ややもすれば。ともすると。【訳】厳子瀬の東で馬処直が蘇州に帰るのを見送ったときの詩。君乗る舟は遠ざかり、夕陽に潮はまだひかず。青海原に見送りて、雲のかなたへ君は去る。遠くこうべを回らせば、波に生じる薄いもや。姑蘇台あたり秋げしき、流れ冷たき子陵瀬。見送る辛さ消えやすく、別れて会ふはむずかしい。これより日々に君思い、我が身空しくやせ細る
May 1, 2006
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送沈少府之任淮南 劉長卿惜君滯南楚、枳棘徒棲鳳。獨與千里帆、春風遠相送。此行山水好、時物亦應衆。一鳥飛長淮、百花滿雲夢。相期丹霄路、遙聽清風頌。勿為州縣卑、時來自為用。【韻字】鳳(去声、送韻)・送(去声、送韻)・衆(去声、送韻)・夢(去声、送韻)・頌(去声、宋韻)・用(去声、宋韻)。【訓読文】沈少府の任に淮南に之くを送る。惜しむ君の南楚に滞り、枳棘徒らに鳳を棲ましむるを。独り千里の帆と、春風遠く相送る。此の行山水好し、時物も亦た衆(おほ)かるべし。一鳥長淮に飛び、百花雲夢に満つ。相期す丹霄の路、遥かに聴く清風の頌。州県の卑と為ること勿かれ、時来れば自から用を為さん。【注】○沈少府 「少府」は、県尉。県令の補佐役。○淮南 貞元十道、開元十五道の一。治所は江蘇省揚州。淮河以南、長江以北の湖北広水、応城、漢川以東より海に至る地域。○枳棘 カラタチとイバラ。○時物 時候の風物。○雲夢 むかし洞庭湖あたりにあった大湿地。○丹霄 朝焼け・夕焼けの空。○頌 人の美徳を褒め称える歌。【訳】沈少府がお役目で淮南に赴任するのを見送る。君が南楚にとどまりて才能生かす場所無きは、空を飛ぶべき鳳凰がカラタチにいるようなもの。千里のかなた向かう舟、春風ともに君送る。道中景色すぐるらん、観るべき物も多かろう。鳥は淮水目指し飛び、雲夢に花咲きみだる。朝焼けのそら吹きわたる、風さえ君をたたえよう。下卑た官吏になるなかれ、才能いつか認めらる。
April 30, 2006
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石梁湖有寄(一作懷陸兼) 劉長卿故人千里道、滄波一(一作十)年別。夜上明月樓、相思楚天闊。瀟瀟清秋暮、嫋嫋涼風發。湖色淡不流、沙鴎遠還滅。煙波日已遠、音問日已絶。歳晏空含情、江皋緑芳歇。【韻字】別(入声、屑韻)・闊(入声、曷韻)・發(月韻)・滅(入声、屑韻)・絶(入声、屑韻)・歇(入声、屑韻)。【訓読文】石梁湖にて寄する有り。(一に「陸兼を懷ふ」に作る)故人千里の道、滄波一(一に「十」に作る)年の別れ。夜上る明月の楼、相思ふ楚天の闊きを。瀟瀟たり清秋の暮べ、嫋嫋として涼風発す。湖色淡くして流れず、沙鴎遠く還た滅す。煙波日に已に遠く、音問日に已に絶えたり。歳晏れて空しく情を含み、江皋緑芳歇く。【注】○石梁湖 河南省許昌市にあり。○陸兼 劉長卿の友人らしいが、未詳。○故人 旧友。○滄波 青い波。○瀟瀟 ものさびしいさま。○清秋 さわやかに清みきった秋。旧暦八月。○嫋嫋 風の音の形容。○煙波 もやのかかった水面。○音問 便り。○晏 暮れる。○江皋 かわのほとり。○緑芳 香りの良い草花。○歇 なくなる。【訳】石梁湖にて感懐を詠じ友人に贈った詩。友は千里のかなたにて、波を隔ててはや一年。月夜に楼にのぼりきて、君のいる楚をながめやる。ものさびしきは秋の暮れ、風はさやさや吹ききたる。湖面は淡く波しずか、鴎は遠く姿消す。君との距離は日々遠く、すでに便りも絶えはてた。君おもいやる歳の暮れ、川辺の草も枯れ尽きる。
April 29, 2006
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自▲(「番」にオオザト。ハ)陽還道中寄■(コロモヘンに「者」。チョ)徴君 劉長卿南風日夜起、萬里孤帆漾。元氣連洞庭、夕陽落波上。故人煙水隔、復此遙相望。江信久寂寥、楚雲獨惆悵。愛君清川口、弄月時櫂唱。白首無子孫、一生自疏曠。【韻字】漾・上・望・悵・唱・曠(去声、漾韻)。【訓読文】▲(ハ)陽より還る道中にて■(チョ)徴君に寄す。南風日夜起こり、万里孤帆漾ふ。元気洞庭に連なり、夕陽波上に落つ。故人煙水隔て、復た此に遥かに相望む。江信久しく寂寥、楚雲独り惆悵す。君を愛す清川の口、月を弄び時に櫂唱す。白首にして子孫無く、一生自から疏曠。【注】○▲(ハ)陽 江西省北部の県名。○■(チョ)徴君 未詳。「徴君」は、朝廷から招かれても仕官せぬ学徳たかい人。○孤帆 一艘の帆掛け船。○元気 天地の雲気。○洞庭 湖南省北部の淡水湖。○煙水 もやのたちこめた水面。○寂寥 ひっそりとしてさびしいさま。○楚雲 楚(湖南湖北両省)の上空の雲。○惆悵 がっかりして悲しむさま。○弄月 月を観賞する。○櫂唱 舟歌であろう。○疏曠 漢の東海の蘭陵の人、字は仲翁。わかくして学を好み、春秋を明らむ。宣帝の時、太傅となり、兄の子の受も時を同じくして少傅となった。五年つとめたのち、そろって病気を理由に官を退いて帰郷し、日々、一族の者や客人たちと楽しんだ。「子孫が賢く財産が多いと、その志を損なうことになり、愚かで財産が多いと、その過ちを増すだけだ」といって、子孫のために田畑や資産を残すべきではないさと説いた。【訳】▲(ハ)陽から還る道すがら、■(チョ)徴君に贈った詩。日々に起こるは南風、舟の帆に受け今日も旅。洞庭湖にはもやかかり、波にきらめく夕陽かな。君はかすめる川の果て、ここより遥かながめやる。暫くたよりも届かずに、独り寂しく嘆きおる。きみ懐かしむ川のそば、舟歌うたい月めでる。年老いたれど子孫無く、疏曠とおなじやもめかな。
April 28, 2006
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送史判官奏事之靈武兼寄巴西親故 劉長卿中州日紛梗、天地何時泰。獨有西歸心、遙懸夕陽外。故人奉章奏、此去論利害。陽雁南渡江、征驂去相背。因君欲寄遠、何處問親愛。空使滄洲人、相思減衣帶。【韻字】泰(去声、泰韻)・外(去声、泰韻)・害(去声、泰韻)・背(去声、隊韻)・愛(去声、隊韻)・帶(去声、泰韻)。【訓読文】史判官の事を奏しに霊武に之き兼ねて巴西の親故に寄す。中州日に紛梗し、天地何れの時にか泰らかならん。独り西帰の心有り、遥かに懸く夕陽の外。故人章奏を奉じ、此を去つて利害を論ず。陽雁南のかた江を渡り、征驂去つて相背く。君に因つて遠きに寄せんと欲す、何れの処にか親愛を問はん。空しく滄洲の人をして、相思して衣帯を減ぜしむ。【注】○史判官 劉長卿の友人らしいが、未詳。○霊武 寧夏霊武県の西北。安史の乱の際、粛宗はここで即位した。○巴西 四川省綿陽県の東。○親故 親戚や昔なじみ。○中州 中国の中央部。○故人 ふるい友人。○章奏 天子にたてまつる文書。○利害 利益と損害。○陽雁 北から南へ飛来する雁。○征驂 遠く行く車。○滄洲 田舎の水辺。○減衣帯 着物や帯がゆるくなる。やせ細るたとえ。【訳】史判官が天子に奏上するため霊武へ行くのを見送り、ことのついでに巴西の親戚知人によせた詩。国の中央混乱し、泰平の御代まちどおし。西の長安帰りたし、夕陽の沈む方望む。君は章奏たてまつり、天子に利害もうしあぐ。雁は南にやってきて、君の車は逆に行く。君に手紙を託せども、無事に着くかはおぼつかぬ。われは田舎の水辺にて、気をもみながらやせ細る。
April 27, 2006
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觀李湊(一作■(サンズイに「秦」。シン))所畫美人障子 劉長卿愛爾含天姿、丹青有殊智。無間已得象、象外更生意。西子不可見、千載無重還。空令浣沙態、猶在含毫間。一笑豈易得、雙蛾如有情。窗風不舉袖、但覺羅衣輕。華堂翠幕春風來、内閣金屏曙色開。此中一見亂人目(一作眼)、只疑行到雲(一作行雨到)陽臺。(洪邁取末四句作絶句)【韻字】智・意(去声、●(ウカンムリに「眞」。シ)韻)。還・間(平声、刪韻)。情・輕(平声、庚韻)。來・開・臺(平声、灰韻)。【訓読文】李湊(一に「■(シン)」に作る)画く所の美人の障子を観る。愛す爾の天姿を含み、丹青殊なる智有らんと。無間已に象を得、象外更に意を生ず。西子見るべからず、千載重ねて還ること無し。空しく浣沙の態をして、猶ほ含毫の間に在るがごとくならしむ。一笑豈(あに)得ること易からん、双蛾情有るがごとし。窓風袖を挙げず、但だ羅衣の軽きを覚ゆ。華堂翠幕春風来たり、内閣金屏曙色開けたり。此の中一見人目(一に「眼」に作る)を乱り、只だ疑ふ行きて雲(一に「行雨到」に作る)陽台に到らんかと。(洪邁取末四句作絶句)【注】○天姿 生まれながらの美女。○丹青 赤や青の絵の具。転じて、絵画。○西子 春秋時代、越の美女。呉王夫差の愛妃。西施。○浣沙 今の浙江省諸曁県の東南に在り。西施が布をさらした所。○含毫 筆をなめる。文章を書こうと考え込むさま。【訳】李湊が画いた美人の障子を観て詠んだ詩。天賦の麗質このましく、なんとみごとな色づかい。なにもなき紙かたちを得、浮き世離れし生き生きと。美女の西子も今は無く、生まれ変わるもありえない。むなしく浣沙の姿態をば、筆に描き留めようとする。まことえがたきこの笑顔、二つのまゆになさけあり。風に袖こそなびかねど、衣の軽さ見て取れる。りっぱな建物あおい幕、春の風いま吹き来たり、内閣金の屏風には夜明けの光さしてくる。ひとめこの絵を見た者はたちまち心うばわれて、雲陽台に到るかと錯覚おこす出来のよさ。
April 26, 2006
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別陳留諸官(一作公) 劉長卿戀此東道主、能令西上遲。徘徊暮郊別、惆悵秋風時。上國■(「シンニョウに「貌」。バグ)千里、夷門難再期。行人望落日、歸馬嘶空陂。不愧寶刀贈、維懷瓊樹枝。音塵●(ニンベンに「尚」。ショウ)未接、夢寐徒相思。【韻字】遲・時・期・陂・枝・思(平声、支韻)。【訓読文】陳留の諸官(一に「公」に作る)に別る。恋ふ此の東道主の、能く西上を遅らしむるを。徘徊す暮郊の別れ、惆悵す秋風の時。上国千里■(バグ)(はるか)に、夷門再び期すること難し。行人落日を望み、帰馬空陂に嘶(いば)ゆ。愧ぢず宝刀を贈るを、維(ただ)懐ふ瓊樹の枝。音塵●(ショウ)(もし)未だ接せずんば、夢寐徒しく相思ふ。【注】○陳留 河南省開封市。○東道主 客をもてなす主人。○徘徊 うろうろする。○上国 都に近い諸国。○夷門 戦国時代、魏の都の大梁の東門。今、河南省開封県城内の東北隅、そこにある山の名にちなむ。○瓊樹 玉のように美しい木。また、人の高潔なたとえ。○音塵 音信。○夢寐 寝ていて夢をみる。【訳】陳留の役人たちに別る詩。此(ここ)の主人のはからいに、西へ上ぼるを遅らしむ。町のはずれの夕暮れに、別れぞつらき秋の風。都のかたはいと遠く、夷門再び会い難し。旅立つ我は夕日みて、さびしき土手に馬ぞ鳴く。刀贈るをはじずして、ただ高潔な諸君おもう。音信もしも不通なら、夢にむなしく君思う。
April 25, 2006
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出豐縣界寄韓明府 劉長卿迴首古原上、未能辭舊郷。西風收暮雨、隱隱分芒■(「楊」の「木」を「石」に換えた字。トウ)。賢友此為邑、令名滿徐方。音容想在眼、暫若升琴堂。疲馬顧春草、行人看夕陽。自非傳尺素、誰為論中腸。【韻字】郷・■(トウ)・方・堂・陽・腸(平声、陽韻)。【訓読文】豊県の界を出でて韓明府に寄す。首を回らす古原の上(ほとり)、未だ旧郷を辞すること能はず。西風暮雨収まり、隠隠として芒■(トウ)を分かつ。賢友此に邑を為(をさ)め、令名徐方に満つ。音容想ひ眼に在り、暫らく琴堂に升るがごとし。疲馬春草を顧み、行人夕陽を看る。自から尺素を伝ふるにあらずんば、誰が為にか中腸を論ぜん。【注】○豊県 治所は今の江蘇省豊県。○韓明府 劉長卿の友人らしいが、未詳。「明府」は、唐以後、県令の称。○隠隠 はっきりしていない形容。○芒■(トウ) 二つの山の名。いずれも安徽省■(トウ)山県の東南にあり、河南省永城県と界を接し、二山相距つること八里。むかし漢の劉邦は、世に出るまでこのあたりに隠れ住んでいたという。○令名 よい評判。○徐方 徐(九州の一。山東省東南から江蘇・安徽二省の北部)の地方。 ○音容 声と容貌。○琴堂 県の役所。孔子の弟子の●(ウカンムリのしたに「必」。フク)子賎は役所で琴を奏でるだけで、世の中がよく治まったという。○尺素 手紙。○中腸 胸中。【訳】豊県の県境を出たところで韓明府に贈った詩。古い原にてふりかえり、故郷いまだに捨てられず。西風吹きて雨はやみ、芒■(トウ)ぼんやりかすみ見ゆ。良友この地よく治め、その名世間に知れわたる。声顔ともになつかしき、役所いながら民おさむ。疲れた馬は草をはみ、旅人ゆくて夕日あり。みずから手紙おくらずば、こころのうちを誰に言う。
April 24, 2006
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送邵州判官往南(一作皇甫冉詩) 劉長卿看君發原隰、駟牡志(一作去)皇皇。始罷滄江令、還隨粉署郎。海沂軍未息、河■(「六」のしたに「兄」。エン)歳仍荒。征税人全少、榛蕪虜近亡。新知行宋遠、相望隔淮長。早晩裁書寄、銀鉤佇八行。【韻字】皇・郎・荒・亡・長・行(平声、陽韻)。【訓読文】邵州判官の南のかたへ往くを送る。君を看れば原隰を発し、駟牡志(一に「去」に作る)皇皇たり。始めて罷む滄江の令、還つて随ふ粉署の郎。海沂軍未だ息まず、河■(エン)歳仍ほ荒れたり。征税人全く少に、榛蕪虜近く亡(に)げん。新たに知りぬ宋に行くことの遠く、相望めども淮を隔つること長きを。早晩書を裁ちて寄せよ、銀鉤八行を佇(ま)たん。【注】○邵州判官 未詳。邵州(治所は邵陽県、すなわち今の湖南省邵陽市に在り)の刺史で、かつて判官を務めた者。○原隰 高原と低湿地。○駟牡 四頭だての馬車をひく雄馬。○皇皇 大きなようす。○粉署 尚書省。漢代に胡粉を壁に塗ったのでいう。○海沂 黄海と沂水のほとり。山東省と江蘇省の一部。○河■(エン) 黄河と■(エン)水のほとり。山東省西北部。○歳仍荒 その年、農作物がよく育たぬこと。凶作の年。○征税 租税をとりたてる。○榛蕪 草木茂り荒れ果てる。○虜 捕虜。○宋 河南省商邱県あたり。○裁 みごとな詩文を錦繍にたとえるので、詩文を仕上げるのを「裁」といったものか。○銀鉤 草書の筆勢がみごとなこと。○八行 律詩。【訳】邵州の刺史で、かつて判官をつとめていた友人が南方へ出掛けるのを見送った詩。きょう君馬車に駒つなぎ、高原湿地あとにする。滄江の令やめたのち、尚書の郎となられよう。黄海あたりまだいくさ、山東あたり飢饉とか。税をとるにも民離散、捕虜も林へにげかくる。いまさらながら宋遠し、淮水なかを隔ており。いずれ律詩を詠み贈れ、達筆の詩を待ち望む。【参考】 送鄒判官赴河南(一作劉長卿詩) 皇甫冉看君發原隰、四牡去皇皇。始罷滄江吏、還隨粉署郎。海沂軍未息、河畔歳仍荒。征税人全少、榛蕪虜近亡。所行知宋遠、相隔歎淮長。早晩裁書寄、銀鉤佇八行。
April 23, 2006
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