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■「園芸家12ヵ月」1月の園芸家:種(2005.01.30)■♪オイラはブロガー~日記才人の投票ボタン~(2005.01.29) ■「わかば」:*学校ビオトープ* (2005.01.28) ■冷蔵庫の中が片づかないわけ (2005.01.27) ■父の麦わら帽子余滴:片翼の鳥 (2005.01.26) ■違いがわかる珈琲の入れ方 (2005.01.25) ■古田選手、真鍋かをり、・・・有名人の日記 (2005.01.24) ■暮しの中の「義経」:「内弁慶」■(2005.01.23) トラックバック(1) ■世界美術館紀行「キルト 愛の物語~シェルバーン美術館」(2005.01.22) ■*ぽっち* (2005.01.21) ■骨正月 (2005.01.20) ■数字がつくる言葉 (2005.01.19) ■お爺さんは、山へエコツワーに・・・ (2005.01.18) ■阪神大震災からなにを学んだのか。 (2005.01.17) ■暮らしの中の「義経」:「一の谷」■(2005.01.16) トラックバック(2) ■♪とんどのワラをおくれんか■(2005.01.15) トラックバック(1) ■漱石様、子規より(2005.01.14) ■*「フェミニズム」*への疑問 への答:女性の上役は好きですか?■(2005.01.13) トラックバック(1) ■「膳處漢(ぜぜかん)ぽっちり」気分は上海・京都の町屋レストラン (2005.01.12) ■大阪しぐれ:新春女遊び・男を捨てに行く話 (2005.01.11) ■トリビアの井戸:十日戎(とおかえびす)■(2005.01.10) トラックバック(2) ■おしゃれ手紙:エプロン (2005.01.09) ■おしゃれ手紙31:アニエスb.再び (2005.01.08) ■恋する雑貨:かたくち (2005.01.07) ■「夏目家の食卓」:久世光彦ワールド■ (2005.01.06) トラックバック(2) ■正月の食器を仕舞う (2005.01.05) ■風呂の松竹梅・・・もらい湯 (2005.01.04) ■恋する雑貨:鳥のワイヤーバスケット(2005.01.03) ■◎ちょっとえこ◎ワインボトルの飾り(2005.01.02) ■トリビアの井戸:正月はなぜ三が日か。(2005.01.01) 水仙のうつむき加減やさしくて ふるさとふいに思う一月 俵 万智■04.12月のおしゃれ手紙■■04.11月のおしゃれ手紙■ ■04.10月のおしゃれ手紙■■04.9月のおしゃれ手紙 ■ 88,888番は、yukiさんでした。ありがとうございましたm(_ _)m■□■テレビしびれて■□■★義経・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。 ★1月15日*成人式今昔*UP
2005.01.31
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『ところで、諸君は種をまく。あたたまった水の上に鉢をのせて、その上にガラスをかぶせ、室内温度が40度を保つように窓をしめて、カーテンで日光をさえぎる。さて、それがすむと、これからいよいよ、種まきをやる連中の、真剣の大仕事がはじまる。つまり、待つという仕事が。』*「園芸家12カ月」/カレル・チャペック*最近、ほんのささいなことでキレる子どもが多い。子どもだけでなく、大人も、すぐキレる。考えるに、最近の人間は、私も含めて、なるべく早くするということばかり考えていないだろうか。たとえば、スイカが食べたいと思えば、種を蒔き、水をやりながら発芽を待つ。『早く生えろ、早く生えろと目でおびき出す。』生えたら、生えたで、早く大きくなれと言い、大きくなったらなったで、早く実が成れと、甘くなれと待つ。それが、今や、夏の果物のスイカが、夏を待つことなく食べることができる。種をまき、育てるということは、私たちに待つということを教えてくれる。**「園芸家12カ月」/カレル・チャペック**チェコの生んだ最も著名な作家カレル・チャペックは、こよなく園芸を愛した。彼は人々の心まで耕して、緑の木々を茂らせ、花々を咲かせる。その絶妙のユーモアは、園芸に興味のない人を園芸マニアにおちいらせ、園芸マニアをますます重症にしてしまう。無類に愉快な本。♪業務連絡♪♪ピンポンパンポン~、ピンポンパンポン~本日もご来店ありがとうございます。88888番にご来店のお客様~ご面倒ですが、お近くの掲示板などコメント欄までおこしくださいませ♪♪ピンポンパンポン~、ピンポンパンポン~■□■テレビしびれて■□■★美しき日々・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。 ★1月15日*成人式今昔*UP
2005.01.30
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♪オイラはブロガーヤクザなブロガーオイラが怒れば嵐をよぶぜみなさん、こんにちわ。嵐を呼ぶブロガー、天地 はるなです。( ̄▽ ̄) 昨日、久しぶりに、「日記才人」の投票ボタンが月間100を越えました。ライコス時代には、毎日のアクセ数は、「楽天」より少なかったけれど、日記才人の投票は、月間100を越えることはあったのです。「楽天」は、ライコス時代より、アクセ数は、格段に多いものの日記才人の投票数は減り100票に後、一歩で泣いていました。それが、今月になって、なぜか、100票を越え、嬉さのあまり、狂気乱舞しております♪+++「冬ソナ」や「ヨン様」(古いけど)など話題のタイトルで書いた日は、明らかにアクセ数が多いことは長年、「ヤクザなブロガー」をやっているとわかるのです。でも、投票数は違います。読んで、「この日記に清き一票」と、投票してもらわないといけません。100票ない月が続いて、がっかりしたオイラ(オイラはブロガーですから)は、マジで、やめようかなと思っていたのです。なんか今月の100票は、自殺を思いとどまらせてくれたみたい人みたい。お礼に、これからは、みなさまの日記に、心を込めて「ブチっ」と投票いたします。今後とも、御贔屓に、あずかりますよう、七重の膝を八重に折り角から角まで、(♪チョン)よろしく、御(おん)願い上げ奉ります~。♪チョン、チョン、チョン、チョン、チョン・・・■いつも読む「日記才人」の日記■_(*_ _)ノ彡☆!バンバン!! 抱腹絶倒な爆笑日記。教官不定期日誌(^▽^)三行半で笑わせる日記。無是頁(中辛)(^-^*)そんな日記を教えてくれた日記。お互い更新日記イラストは、日記メイトの夏みかんさんからもらったイラスト。ありがとうm(_ _)m・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。 ★1月15日*成人式今昔*UP
2005.01.29
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朝の出勤前のひととき、時計代わりにみる、NHKのドラマ、「わかば」。*****主人公のわかばの従妹のみかが、学校からしょんぼりと帰って来る。わけを聞くと、学校で飼っているウサギが虐待されたと言う。それを聞いた、みかママが、◆ ビオトープ / Biotop ◆を提案。わかばは、早速、職場に頼んで協力をしてもらい、PTAやボランティアの人たちで、校庭に池を作るという話。*****ビオトープは、「バイオ=生き物」と「トップ=場所」からなる造語。身近に生き物を感じることによって、命の尊さを学ぼうと、学校の校庭に池を作ったりしています。そんな学校での取り組みは「学校ビオトープ」と言われています。私が子どもの頃は、門の前や校庭の隅っこに小川が流れていました。池もあったし、学校のまわりは、すべて田んぼ。水田は、トンボや小さな虫たちの生きる場所でした。その水田で生まれたトンボが校庭を飛び交っていたのです。そんな学校は、虫たちだけでなく、子ども達にも住みやすい場所でした。校門は、あったけれど、塀がなかったので、みんな、自分の家に近い場所を選んで学校に入ったのです。登校時間がくれば校門が閉まる今の学校。それに比べ、かつての学校は、開放されていても安全な場所でした。昔の学校は、子ども達のビオトープでもあったのです。■□■テレビしびれて■□■★ダイヤルM・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。 ★1月15日*成人式今昔*UP
2005.01.28
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夫さえいなくなれば、冷蔵庫は、スッキリするはずでした。なんでも、かんでも大量に買い込む夫さえいなければ・・・。1月17日にニュージーランドに行った夫が11日ぶりに今日帰って来る。本来なら、今日当たり、冷蔵庫の中は空っぽのはずなのに、まだ、食べきれていない食材がいっぱい・・・。理由は、もちろん、夫が買って残した分が多すぎたこと。でも、私も多いに買物をした。娘が来た時、友人が3人来た時、&泊まった時、孫と娘が来た時・・・。その都度、私は、残り物で料理を考えた。そして、その都度、新しいなにかを買った。ジャガイモがあるからと言って、*セロリを買い、オリーブオイルで炊いた。孫には、彼の好物の*魚を買って、煮魚にした。料理は、素材と、持ち時間と食べたいものとの組み合わせ。だから、素材が多いほど、いろんな料理が選べるというわけ。だから、冷蔵庫がからっぽにならないんだ。一昨日、ニュージーランドを旅行中の夫から電話。予定どうり、木曜日にカエルコール。久しぶりに帰って来る、夫のために*鍋用の豆腐やネギや・・・。ああ、また買い過ぎた・・・。ネットが自由に使えなくなるので、早めに、アップしとこ。■□■テレビしびれて■□■★拝啓ブッシュ大統領閣下・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。 ★1月15日*成人式今昔*UP
2005.01.27
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岡山から 誰ひとり、知りあいののない、兵庫県・龍野市に引っ越してからも、うちには、人がよく出入りしていた。龍野に来て間もない頃、正月には、村の気のあった人たちで新年会をやろうという話になった。会場は、新参者のわが家で、以後、何回も続いた。近所の父の知り合いが、鶏をしめ、野菜を持って、うちにやってきた。妹と私は、お酒のかんをしたり、料理を運んだりと、裏方をした。いつの間に、親しくなったんだろう、といつも思っていた。きっと、葬式や、道普請などの機会に、親しくなったんだろう。「この家は、いい。**(父の名前)さんの話が面白いし、それに、奥さんが楽しい。」父の知り合いは、そう言って、いつも、うちの家を利用した。母は、お酒は弱かったけれど、乞われれば、歌い、踊ったので、座持ちがいいと皆が言う。話好き父と、歌や踊りが好きな母は、いいコンビだった。それは、晩年も変わらなかった。そこに、私と妹がいなかったけれど・・・。父が死んで、もうすぐ、3年になる。とり年生まれの母は、1月15日で84歳になった。父の死後、歌うことを忘れた鳥のように、毎日を過ごす母。父という片方の翼を失った母は、飛べなくなった、鳥・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。 ★1月15日*成人式今昔*UP
2005.01.26
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*フェアートレード*で買った、インスタントコーヒーが切れました。夫がインスタントと思って買って来たのが、ドリップ式のものでした。「これだったら、まだいっぱいあったのに・・・」と缶に入ったのを見せると、「もったいないから、ドリップ式を使おう」と夫。キッチンの暖房は、ストーブ。ストーブの上に、ヤカンをかけて置くと、いつもシュンシュンとお湯が沸いています。そのお湯をコーヒーの上にそそぐと、いい香が部屋中に充満します。おいしい珈琲には入れ方があるそうです。香、甘み、こくが珈琲の三大要素。その、香を逃さないために、★ペーパーは、まず、水でぬらす。濡らして、紙のにおいを取るんだそうです。そうすると、ネルに近いような感じになるそうです。紙が乾いたままだと、珈琲の最初に旨みが紙に吸い取られるとか・・・。私の珈琲の三大要素は、場所、カップ、一緒に飲む人、つまり、珈琲には、直接、関係ないんですけど( ̄▽ ̄) 珈琲の 苦みも覚え 大人かな 茶子私もおいしい珈琲入れ方、の練習中です。■□■テレビしびれて■□■★英語でしゃべらナイト・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。 ★1月15日*成人式今昔*UP
2005.01.25
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あの、闘う選手会長、ヤクルトの古田選手が今年からブログを始めたそうです。★古田敦也の公式ブログ★その古田選手会長が、トラックバック数で、目標にするのが、★真鍋かをりのここだけの話★今日、偶然、★中野翠の「驚人日記」★の日記を見つけました。この人の作品は、あまり読んだことがないんですけど、「千円贅沢」は、中野翠流、チープシックって感じで、大いに共感できるとこがあったな。最近の作品、「ガラクタ自慢」も面白そう。それに、イラストが、メチャ、うまい!!★いとうせいこうの自己流園芸ベランダ派★彼は、もともと、園芸にはまったく興味がなかったとか。それが、母親から託された、「折鶴蘭」の鉢植えが、彼に植物に対する興味を与えたそうです。今や、「カレル・チャペック」を師と仰ぐ、「ベランダー作家」になるんだから、すごいよね。中野翠やいとうせいこうは、作家だから当たり前なんだけど、モノを書くことが本業ではない真鍋かをりのブログが面白い!!やっぱり、なにかで成功する人は違うのかな・・・。■□■テレビしびれて■□■「ドキュメント,05 恐怖のネット依存症」仕事もやめてしまって、PCの前から一歩も動かない人たち。背筋が凍るほど、怖かった。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。 ★1月15日*成人式今昔*UP
2005.01.24
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「義経」の3回目は、「 源氏の御曹司 」。平の清盛(渡哲也)は、「牛若を仏門に入れるか西国に送るか、選ぶように」と牛若の母、常盤に伝えます。常盤は、牛若に鞍馬寺へ行き仏門に入るようにと言います。「なぜ。鞍馬に行かなければいけないのか」という牛若の問いに、常盤は、答えないまま、鞍馬寺へ送ります。山門での別れ際、常盤は牛若に一本の笛を与えて去って行きます。その時の常盤の着物がステキ♪普通、うちの中にいるとき、内掛けは、裾を引きずっているのに、今回は、短め。下には、水色のパンツルック。ベール付きの笠も、この時代には欠かせない、旅行のスタイル。母、常盤にしろ、牛若にしろ、ファッションがステキ!!!もちろん、当時、あんな格好が出来たのは、わずかの人で、ほとんどは、着たきり雀なんですけどね・・・。牛若は、鞍馬で、遮那王(しゃなおう)という新しい呼び名を授かります。そんなある日、寺を訪れた新宮十郎義盛(大杉漣/のちの源行家)から、自分が「源氏の御曹司」だと知ります。さて、今回の「暮らしの中の義経」は、「内弁慶」。外では、おとなしいのに、うちに帰ると、とたんに元気になって、威張る人のこと。今日、来ていた、うちの孫のちゅん太も「内弁慶」( ̄▽ ̄) ■暮らしの中の「義経」:「一の谷」■ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。 ★1月15日*成人式今昔*UP
2005.01.23
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シェルバーンの創設者は、エレクトラ ハヴマイヤー ウエブ(Electra Havemeyer Webb)。両親は砂糖王と言われたアメリカの屈指の富豪のお嬢様だそうです。王侯貴族のために一生を掛けて作ったものでなく、暮らしを彩った普通の生活用品のキルトに着眼。キルトは、最近では、芸術作品として見直されるようになりました。アメリカ北西部・ヴァーモント州の湖畔にあるシェルバーン美術館は、世界的なアメリカンキルトのコレクションで知られいます。アメリカンキルトは、貧しく、質素そのものだった当時の生活の中、アメリカ人の倹約の精神から生まれもの。貧しくて布も買えない人たちが、ハギレを寄せ集めて、それでも、家族のために、美しいものを作ろうという気持ちが、暖かい。その時々の民衆の声なき声を反映してきたキルトは、歴史の表舞台からは見えにくい、アメリカ民衆の歴史の目撃者であり、語り部。ある、キルトは、友人に贈る為のもので、それぞれのブロックを各自が仕上げて、それを縫い合わせて、一枚のキルトに仕上げるというもの。自分のブロックは、作った人のサインが縫いこまれています。そのキルトが作られた19世紀には、普通の女性は、名前を記す機会はなかったのです。・・・・・・・・・・・・・・・・大量生産、大量消費、大量廃棄という近頃、キルトは、必需品としての役目は終えました。けれども、同時多発テロ追悼のためのキルトが各地で作られるなど、アメリカの心のような形で残っています。テレビを見終わってなんだか、パッチワークキルトが作りたくなった。*最近読み始めた■♪♪フェミニズム日記♪♪■自分の名前で生きていますか? ■□■テレビしびれて■□■★所おすぎ・とほほ人物伝「悲劇の英雄・義経」義経は、美形と思いきや、不細工だったとか。トホホ・・・。静御前の愛は、有名だけれど、他にも30人以上愛人がいたとか。トホホ・・・。★華岡青洲の妻★にんげんドキュメント「おもろいCMつくるんや」CMプランナーって面白そう。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。 ★1月15日*成人式今昔*UP
2005.01.22
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「京都、どこに行ったん?」先日のわが家での、晩ご飯の時、友人のM子が聞く。「『膳處漢(ぜぜかん)ぽっちり』、中華料理のお店。インテリアが素晴らしかったわ~♪もちろん、味も・・・」と一緒に行ったY子と私。「『ぽっちり』って変わった名前やな」と友人。「膳處漢(ぜぜかん)の中庭にある蔵を改造したBarの名前やねん。花街では、舞妓さんの帯留めを『ぽっちり』ゆうんやて」と私がトリビアを話す。「『ぽっちり』ゆうて、スナップのことやんね」と友人のM子が言い、Y子が頷く。「スナップのことは、『ぽっち』ゆうてた」とOさんと私。最近は、ファスナーに押されて、見かけなくなったけど、昔は、スナップのことを「ぽっち」と言っていた。それに、ポケットのことは「おとし」と言っていた。ちゃんと、ぽっちを留めて、おとしに、ハンカチを入れて・・・懐かしい・・・。Y子は翌日の5時までうちにいて、私たちは、とりとめのない話をして過ごした。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。 ★1月15日*成人式今昔*UP
2005.01.21
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「二十日正月」は別名「骨正月」とも言われる。正月用にたくわえた年魚を少しずつ切り取って食べていると、ちょうどこの日に骨から残ることになるからこう呼ぶ。そのため、この日に魚の骨を雑煮に入れて食べるところがある。「民具の歳時記」(河出書房新書)うちでは、15日過ぎても、冷蔵庫の中にモノがパンパンに入っていました。友だちに、食べてもらおう。そこで、19日の夕食は、冷蔵庫の残り物を使って食事をつくりました。★リンゴと白菜があったから、セロリを加えてサラダ。★ドレッシングは、ヨーグルトがあったので、マヨネーズを加えて。★ジャガイモがあったので、セロリと一緒にオリーブオイルで炊いて・・・。などなど・・・。質素な食事でも、友人が3人来てくれて、楽しい晩餐に・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。 ★1月15日*成人式今昔*UP
2005.01.20
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★三寒四温(さんかんしおん)寒い日が三日続くと今度は暖かい日が続き、これが繰り返される冬の気象現象。大陸からの移動性高気圧と低気圧が、交互に通るために発生する日本では寒かったり暖かい期間が長かったり短かったりするが中国や朝鮮半島では、かなり規則的な現象として現れる。★四苦八苦(しくはっく)さんざん悩み苦労すること。四苦は人生で避けることの出来ない、生、老、病、死の4つ。八苦は四苦に愛別離苦などの仏教語の四苦を加えたもの。あらゆる苦しみを総称する仏教語。★第六感視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚以外の第六の感覚。★ラッキー7幸運な7回目という意味。野球の試合で7回の攻撃の際に使われる。投手は疲労がたまってくる、打者は投球に慣れてくる頃で、得点のチャンスが増えると言われところから。★八百屋もちろん、野菜類を売る店のこと。加えて、学問、技芸などいろんなとこに興味を持って広く浅く手を出すこと。人をさす場合も。八百には、800だけでなく、数がきわめて多いという意味がある。*大江戸、八百八町、浪花、八百八橋など。★九死一生死の可能性が九分、生の可能性が一分。すなわち、ほとんど死にそうになったところを、やっとのことで助かることを言う。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・会社の取り引き先からきたチラシに載っていた数字に関する言葉や諺。けっこうあるな。★一攫千金一掴みで大金を手にすること。それほど苦労することなく、一度で多くの利益をあげる時に言う。*私はこれがいいな。(^-^*)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。 ★1月15日*成人式今昔*UP
2005.01.19
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1月17日から11日間の予定でオッチャン(続柄・夫)が ニュージーランドの山に行きました。山に行くといっても別に悟りを開くためとか、そんなんじゃなくて、単にトレッキングなんですけどね( ̄▽ ̄) ニュージーランド(以下、NZ)の、DOC (環境保護省) と呼ばれる公共機関によって保護された*エコツワー*だそうです。自然の保護から、1日の登山者を制限するとかのもそのため。登山靴には、日本の土が付いていてはいけないとかで夫は靴をゴシゴシ洗っていました。もちろん、車などないので、数日間、山小屋を泊まりながら歩いて行くのです。朝食や夕食は、山小屋で出してくれるのですが、お昼の弁当は、自分達で作って持って行くとか・・・。いいなあ・・・。でも、私は絶対ムリ。すぐシンドイって言うもん。と思いながらふと気が付いたのは、40~50人分の食糧を山小屋まで、どうやって運ぶのでしょう???車はないし、飛行機かな・・・。というわけで、お爺さんは、山へ、エコツワーに、お婆さんは、風呂の残り湯で、洗濯をしています。今度の土曜日は、孫のちゅん来る。あっ、その前に、私の友人が泊まりに来る。えこ婆さんは、けっこう忙しいのである( ̄▽ ̄) **エコツワー**環境に気を使ったツワー。環境保護団体などがよく企画していています。私は、京大の演習林に行ったことがあります。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。 ★1月15日*成人式今昔*UP
2005.01.18
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このところ、TVでは、連日、阪神大震災の特集をやっている。あの頃、私は、市街地に残る1万坪の緑地を守る運動に関わっていた。市は、緑地に体育館や駐車場やプールを作るという。私たちは、なにも建てないで、緑地として残してと訴えた。けれども市側は、「土地を遊ばせて置くのはもったいない」の一点張り。でも真の目的は、建物を造って「業者を儲けさせる」ということ。そんな時、あの地震が起きた。そして、神戸の人々が逃げ込んだのは、体育館でも、プールでもなく「何にも価値の無い、遊んでいる」公園だった。木が延焼を止めたという所もあった・・・。それを市側に言っても、「もう決まったことですから」の一点張り。*****サンゴ礁やマングローブ林が開発の手を受けずに自然のままに残っていた地域は波の強さが軽減されたそうで、それで被害がゼロだったわけではないものの、助かった人が多かったということです。いざという時の大自然の相互バランスは計り知れない、それを人間は崩しまくって来たんですね。■同じ世界の中■ *****スマトラ沖地震でも、自然破壊の少ないところは被害も少ないという記事。自然を「金や票」としか思わない政治家、いや政治屋、この事実をどう見るのだろうか。今日、震災から10年目、私たちの緑地がなくなってもうすぐ10年。■□■テレビしびれて■□■★義経・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。 ★1月15日*成人式今昔*UP
2005.01.17
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先週の日曜日に始まった「義経」を土曜日に再放送で見た。「義経」の物語は、今の生活の中の、いろんなところで出て来る。★物語の始まりは、名高い、*「一の谷」*に合戦の場面からだった。**「一の谷」とは・・・。義経の軍勢は、急な山の上にあった。浜辺にいるのは、敵方の平家。義経「この崖を馬で降りれないか。」家来「ムリです。この崖を降りることができるのは鹿ぐらいです。」義経「鹿が降りれるなら、馬も降りれないわけが無い。馬鹿。」と言ったかどうかは知らないけれど、その険しい一の谷を駆け下り、平家を蹴散らすという場面。私の母は、うちに来て二階から降りるとき「この階段、『一の谷』や」と言ってた。「義経」の話はこのように普段にも使われている。他にも★弁慶の泣き所。向こう脛を打ったときの痛さはたまらない。さしもの弁慶でも泣くだろうという言い回し。★母は美人のほまれ高い常盤御前(ときわごぜん)。義経の母親は、伝説の美人、「常盤御前」。なにしろ、平家の大将が恋したくらいの美人だったらしい。常盤って美人の代名詞みたい。常盤貴子の芸名もこんなとこにあったりして・・・。といろいろと想像しながら見ると楽しい「義経」。今日も見よう♪■□■テレビしびれて■□■★義経(再放送)★美しき日々・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。 ★1月15日*成人式今昔*UP
2005.01.16
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「起きんか。つけるぞ。」こんな声が毎年1月15日の早朝、村のあちこちから聞こえてきました。まず、松の木を心棒にして櫓(やぐら)を組みました。櫓が組み終わるとそこに正月の注連縄や門松を一緒にして火をつけ燃やします。「とんどの櫓を組むのと火の消し役は村の消防団やった。それに火をつける時は、つけ役と消し役で争うんや。まわりのもんは、それを見てはやしたてるんや。」またどこの家でもお粥(かい)を炊きました。粥を炊く火はとんどの火を家まで持って帰ってそれで炊きました。とんどの時の竹の燃えかすを各家に持って帰り、それを家のすきな(縁の下)などに入れると魔よけになるという言い伝えもあります。♪とんどのワラおくれんか一把(いっぱ)か二把(にわ)か三把か四把か五把か六把か、七把か八把か九把か十把か・・・。(繰り返し)とんどの藁(わら)をもらってまわる時に子どもたちが歌が残っています。「向野のれきしと生活」より・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・●先日、七草粥の日に「小豆粥」を炊くことを書いたけれど、この日も「小豆粥」を炊く習わしだったらしい。ただし、「小豆粥」が食べられるのは、「金持ち」だったとか。●今日、私もお粥を炊きます。でもこれは胃をいたわってのこと。( ̄- ̄;)★とんど ★小豆粥・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。 ★1月14日*14日のトンド*UP
2005.01.15
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僕はもうダメになってしまった。毎日わけもなく号泣しているような次第だ。それだから新聞雑誌へも少しも書かぬ。手紙は一切廃止。それだから御無沙汰してすまぬ。★いつか、よこしてくれた君の手紙は、非常に面白かった。★僕が昔から西洋を見たがっていたのは、君も知っているだろう。それが病人になってしまったのだから残念でたまらない。だが君の手紙を見て西洋へ住めたような気がして愉快でたまらない。もしかけるのなら僕の目のあいているいちに今一度よこしてくれぬか(気ままな注文だが)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・●近く、うちに来る友人と一緒に読む雑誌っを整理していたら、昔の「太陽」が出てきた。有名人の手紙特集。●夏目漱石と正岡子規の友情は、有名だけれど、この手紙は、病状にあって漱石に宛てたもの。(ここでは、読みやすくひらがなにしているけれど、カタカナが多い。)●この頃、漱石はロンドンにいて、病気の子規に絵葉書や手紙を送ったらしい。その手紙や絵葉書を子規はどんなに心待ちにしていたか。そして、「西洋」に行くことが出来ない、病気の我が身を嘆いたことか・・・。●子規はこの手紙の1年後に死亡。●「悪筆でも今年はマメに手紙を書こう」と年頭に思ったのだけれど、メールの返事もまだ。 トホホ・・・。枕べに友なき時は鉢植の梅に 向ひてひとり伏し居り 正岡 子規・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。 ★1月11日*田打ち正月*UP
2005.01.14
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「部下を持ち、多くの人を統率する立場にたつことを、わずらわしいと感じている人もまた多い。そしてそんなふうに感じる人は、どうも男性よりも女性に多いように思われる。」のは、なぜだろうか?それは、いまだに、家事労働が女性のものとみなされていることではないだろうか。TVを見ていると、決まったように、結婚したての女優に、「おうちでは、お料理なんか、されますか?」と聞く。はたして結婚したての男優に「おうちでは、お料理されますか?」と聞くだろうか?この違いは大きい。俳優たちにさえもこういった質問がある、いわんや、一般人をやである。「女性は、普通に働いてなおかつ、家事もしなければ一人前とはいえない。」こういった、不文律がある限り、部下を持ち、多くの人を統率するという激務は、避けるようになるのは、当たり前のことではないだろうか。「女性の登用促進」と言わなければならないほど、まだまだ、社会は男性優位だと思う。女性だから登用するなんていう必要はないけれども、せめて、平等にして欲しい。平等とは、入社時から、男性社員も「お茶くみやコピー」をすること。結婚しても姓を変えないでいいようにすること。家に帰れば、交代で、家事をすること。子どもが生まれたら、半年は夫も育児休暇をとること。いやいや、もっと前に・・・。子どもが小さい頃、「あんたは、男の子だから、泣いたらダメ」とか「男の子だから、勉強しなきゃ」とか、「女の子のクセに、そんなことをして・・」とか、いう男女別の育て方をやめること。そこで初めて、同じ土俵に立つというものではないだろうか。私の周りには、声高に、フェミニズ*を唱える人はいないけれど、男女を越えた新しい形の夫婦が何組もある。泊まりに行ったら、朝ご飯は、男性が作ってくれたり、一緒にボランティアをしたり・・・。けれど、決まってこういう人たちは、人の上にたつ人ではない。彼らは、人の上にたつ喜びよりも、身近な人の役にたつ喜びを感じているようだ。今日、偶然にも、「松田解子: 女の人だって」こんな日記が・・・。(-人-)合掌**フェミニズム**フェミニズム(Feminism)は、女性の権利と利益の向上を求める主張、運動のこと。近代に特有の思想であるとも指摘されている。フェミニズムを唱える人が「フェミニスト」である。女性解放論者、女権拡張論者、女権論者。婦人解放論者と言い表すこともある。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。 ★1月11日*田打ち正月*UP
2005.01.13
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「京都の町屋で食事できる、おしゃれな、とこ教えて。」「女遊び」 の二日目、突然の私と友人の、ワガママな希望に即座に応えてくれた京都在住の浜辺 遥嬢。しかも案内役までかって出てくれて、はるばる、東京から来た友人も満足。浜辺 遥嬢が連れて行ってくれたのが「膳處漢(ぜぜかん)ぽっちり」 (京都・中京区)。元呉服問屋を改良して作られた創作中華料理店。この店、外から見ると、普通の古いビル。が、しかし、しかし、しかし、中に入ると一転して豪華なインテリア。予約なしで行ったので、「少しお待ちください」と通されたウエイティングルームの椅子で待つ。テーブル、椅子、欄間、板戸、中庭が優雅な雰囲気で、待っている間も退屈しない。「上海(しゃんはい)にいるみたい・・・」と私たちはため息をついていました。(行ったことないけど・・・。)トイレの戸にも美しい手書き文字(もちろん毛筆)で「厠 おとこはん」「厠 おなごはん」と遊び心が・・・。頼めば店内を案内してもらえるというのを知ったのは家に帰ってから。残念・・・。少しして通されてテーブルに着き「膳處漢(ぜぜかん)のお弁当」を注文。(値段が一番安かったから・・・1600円)かわいいお茶道具に続いて、出て来たのがスープ。このスープ美味い、美味い、美味すぎる!!!味も美味しく盛り付けもいい感じ。けれども、この店の最大の売りは、店自体のインテリア・デザイン。京都にいながらにして、まるで上海にいるようなエキゾチックな感じが味わえる。目も、おなかも満足の絶対、もう一度行こうと思う名店。***京都府京都市中京区錦小路通り室町西入る天神山町283-2 075-257-5766■膳處漢(ぜぜかん)の膳所(處)とは■その昔、都の御厨所が滋賀県大津市にあり、「陪膳(おもの)所」と呼ばれていました。それがいつしか、膳所(ぜぜ)と呼ばれるようになりました。京都と北京の佇まいがよく似ており中国宮廷料理の流れを汲む北京の台所に見立てて「膳處漢(ぜぜかん)」と名付けました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。 ★1月11日*田打ち正月*UP
2005.01.12
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「Yさんから年賀状が来てたわ」とA子がニコニコと話す。Yさんとは、私も知り合いの仲。50代なのに、結婚していない気のいい男性。「Yさんは家庭に恵まれない人や。Yさんの兄さんいうのが、困った人で・・・」とA子が続ける。「家庭内暴力で、Yさんも親も困ってたわ。Yさんに相談されて、男友達のFちゃんと私が相談したんよ。それで、兄さんを捨てに行こうということになってな。兄さんの飼ってた鶏と一緒に軽トラの荷台に積んで、西成まで捨てに行ったことがあるわ。( ̄▽ ̄) 」「(^▽^)それから、兄さんはどうしたん?」と私たち。「さあ、どうなったんやろ( ̄▽ ̄) 」とA子。男を捨てに行ったんやて西成まで。( ̄m ̄*)ぷっ。鶏と一緒に軽トラに積んで。_(*_ _)ノ彡☆!バンバン!! 1月9日、女ばっかり集まって新年会。これを「女あそび」と言っている。毎年、おかしなことを言ったりじゃれたり。2年ぶりに東京から参加のM子も言ってた。「久しぶりに関西弁が聞けて、楽しかったわ。」***「大阪しぐれ」は私が大阪で笑ったり感心したりしたことを書いています。***・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。 ★1月11日*田打ち正月* UP
2005.01.11
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♪商売繁盛で笹もって来いと賑やかな十日戎(とおかえびす)。なにかをどんどん叩く音と「たのんまっせ!」の大合唱が聞こえてきます。これは耳が遠いといわれるえべっさん独特のお参りの仕方で、まず本殿で手を合わせて「商売繁盛、よろしゅう頼んます」とお願いした後、裏へ廻ってかかっている金属の大きな板をバンバン叩き、「わかってまんな!商売繁盛でっせ!」と念押ししているんだとか。へぇ~!また、十日戎の前の日の九日を「宵戎(よいえびす)」、後の十一日を「残り福」というのは、神仏を「迎える、祀る、送る」ということですね。へぇ~!へぇ~!へぇ~!!!ちなみにえべっさんの耳が遠くなったのは、商人たちが勝手な願い事ばかりするからだといわれています。へぇ~!へぇ~!!商売繁盛笹もってこい!えべっさんガイド・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。 ★1月7日*七草・菜を叩く* UP
2005.01.10
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■おしゃれ手紙31:アニエスb.再び■里山の仕事にお気に入りの「クロワッサン」のエプロンをして行ったのですが、ドロドロに。大きさといい、色、形と申し分ない大のお気に入りだったのに、「クロワッサン」でも、もう、扱っていないというし・・・。やっぱり、もう一枚、いえ、もう2枚買っておくべきだったと、後悔先にたたず。「アニエスb.」にも当然ながら無い。えっ、何ですか?「アニエスb.」のお客さんて、料理も出来ないの?それとも料理人がいるのかしら?プンプン。と悔し紛れに思う私。料理は上手じゃないけど、大好き。冷蔵庫の中にあるものを思い浮かべて、あれやこれや、メニューを考えるのは楽しい。だからエプロンも大好き。こだわりたいのです。「アフタヌーンティ」にはありました。でもエプロンが7,500円だなんて、高すぎると思いません?次に行った所は「天王寺MIO」というファッションビル。ここで、やっと、まあまあの妥協の品を手に入れたのです。フリーマーケット「K」のこと、うちの薔薇が咲いたこと、私の小さな庭のことなど書こうと思っていたのに、エプロンのぼやきになってしまいました。「グローヴィ」によろしく!さようなら。 天地 はるな・・・・・・・・・・・・・・・・・・●「おしゃれ手紙」は、以前私が、友人と公開手紙という形で書いていたものです。●「おしゃれ手紙」の相手、友人と一緒に浜辺 遥嬢と京都に・・・。相変らず、元気で美しい。●もうすぐ終わる、「おしゃれ手紙」。次の相手を募集しています!!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。 ★1月7日*七草・菜を叩く* UP
2005.01.09
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浜辺 遥さま養子に出した「のびのび人形」の「グローヴィ」君。よいこのしてくれてるみたいなので、なによりです。またまた、話が「アニエスb.」になって申し分けないのですが先日、行って来ました。といっても、今回は娘のレイ(19歳)が主役。私は、お供ですけど・・・。彼女のシャツを見にあちらこちらとウロウロしたのですが、「やっぱり『アニエスb.』やなぁ。」と「アニベー」好き好きミーハー親子は納得。試着させてもらっている間、彼女のバッグを持って、待っていると、娘がなにか困惑の表情。どうやら、お店の人と間違われたらしいのです。この日の彼女の格好は、黒いTシャツ、ごく普通のGパン、髪は「Puffy」みたいなふわふわカーリーヘアで、耳に小さなピアス。ものすごーくシンプルな格好なのに、おしゃれな「アニエスb.」の店員さんに間違われるのは若さというアクセサリーのせい?買物は脇役だけど、支払いはしっかり私が主役。心も財布も軽くお店を後にしました。と言いたいのですが、不満がひとつ。あたりまえだけど、「アニエスb.」のお店には、エプロンが無いのです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・●「おしゃれ手紙」は、以前友だちと私が後悔手紙という形である所に書いたものです。娘の年令などは、当時。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。 ★1月7日*七草・菜を叩く* UP
2005.01.08
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「いいな、このかたくち・・・。」以前、うちで、お茶を飲んでいたら友人がこのかたくちを目ざとく見つけて、言った。「ポトフを入れたり、そうだお粥を入れてもいいやん♪」このかたくち、ものすごく大きいんです。どのくらい入るかと計ったら「一升」入りました。これは本来、樽からお酒や醤油を出すときに使ったものらしい。酒や醤油を商う商店が使っていたのかも知れないですね。お正月に雑煮のダシ汁を作って、これに入れておき、使うときに必要な量をナベに取ります。他の正月の食器にような華やかさはないけれど、ぼってりと肉厚の存在感のあるかたくちは、実に堂々として昔の生活を忍ばせて私は好き。昔で思い出したけど、今日、会社で、昔の人、お局が「今日は小豆粥たべなぁあかん」と言ってた。七日には「七草粥」が一般的だけれど、本来、小豆粥なのだそうだ。そういえば、小豆って「小正月」のぜんざいに使ったり、祝い事の赤飯に入れたり・・。お祝いに関係のある食べ物みたい。だから「七日正月」と言われる、今日、小豆のお粥を食べるのか・・・。それに年中、茶粥という人もいて、お粥にウルサイ土地柄の人が言うんだから「間違いない!!」。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。 ★1月7日*七草・菜を叩く* UP
2005.01.07
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お正月には久世光彦のドラマを見る。これはもう、長年の習慣になった。「夏目家の食卓」は、夏目漱石(本木雅弘)とその妻鏡子(宮沢りえ)の日常を描いたドラマです。漱石といえば明治を代表する文豪。けれど、人間漱石は、癇癪持ちの食いしん坊。その食いしん坊ぶりは、**「文豪・夏目漱石は「夜におきだして、「何かを食わせろ」とせがむ。トーストの薄いのを三切れ持っていくと「こんなに薄くちゃいやだ」と駄々をこねた。そして、「何か喰いたい」と訴えて息を引き取った。」『文人悪食』/ 嵐山光三郎**という筋金入り。押しかけ女房として漱石の元に嫁いできた鏡子は、漱石がかんしゃくを起こしても病で倒れても、すべてを受け止め、必死に支えて行きます。ドラマの中に漱石の代表作、「我輩は猫である」を思い出させる黒猫(福猫だそうだ)や猫の衝立が出てきたり、「坊ちゃん」に出てくる「ばあやのキヨ」が登場したりしてニヤリとさせる。そうそう、漱石の学生時代からの大親友、正岡子規も漱石と一緒にスイカの盗み食いをしている場面で出てくる。「夏目家の食卓」というタイトルどうり、このドラマ、やたらめったら、食事のシーンが多い。それは、このドラマの演出が久世光彦がだから。久世光彦といえば「寺内勘太郎一家」という人気番組を作った人。あのドラマ、いつもみんながちゃぶ台を囲んで食事をしていましたものねぇ。(これまでの向田邦子ドラマも食事をする場面が多かった。今年の向田邦子のドラマ「冬の運動会」は、久世さんの演出じゃなかったから、そのてんもの足りない。)「漱石の食卓」もそんな「寺内勘太郎一家」を思わせる光景があちこちに・・・。例えば、母屋と漱石の書斎を結ぶ跳ね橋のような渡り廊下。つまみ食いをしていたのを見つけられて書斎に逃げ出ようとした漱石がお手伝いさんに廊下をあげられてしまい、ずるずると落ちたり。根っからのテレビマンの久世さんならでは演出があちこちに。漱石の家は、みんなのサロンと化して、作家や教授など「高等遊民」がたむろす場所になる。その中でみんな、飲んだりくったり、議論したり、歌ったり、踊ったり(裸踊)・・・。その中に、芥川竜之介もいる。あっ、これ「蕭々館日録(しょうしょうかんにちろく)」!!そうだ、「蕭々館日録」は久世光彦が「我輩は猫である」に影響されて書いた小説だもん。それにしても本木雅弘の漱石は、ピッタリ。宮沢りえ(お茶のCMでモックンとコンビだ!)も、明るく、ノンキでそれでいて、漱石を支える妻・鏡子を熱演。(彼女は、悪妻として名高いのだそうだ。)岸田今日子の「ばあや」に「高等遊民」の岸辺一徳、(この人が出るとなぜか面白い)他にも豪華でシブイ配役ははまり役ばかり。原作は、孫の半藤末利子のエッセイ「夏目家の糠みそ」と妻・鏡子の「漱石の思い出」。けれども、みごとに久世光彦ワールド!!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。 ★1月6日*六日年越し* UP
2005.01.06
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明日から仕事、という4日は、正月用の食器を仕舞いました。雑煮用の椀、茶碗、皿、お盆、湯のみ・・・。一日から使った分だけは仕舞っていたのですが、使わなかったのも、仕舞います。その中で一番気をつけるのが重箱。うちには重箱が3つあります。★椿の花の重箱。(約18cm*16)赤い塗りに赤い椿と緑の葉の小ぶり三段重。お花見にも持って行く。もらったもの。巻き寿司を入れておく。★菊の花の重箱。(六寸五分=19.7*19.7)黒に黄色やオレンジ色の菊の花が咲く重箱。これは、一段しかない。前はきっとあったのだろうけど。9月9日の「重陽の節供」は別名、「菊の節供」ともいわれ、その頃山に行くときはこれにお寿司を入れて行った。正月の餅を入れておく。★ナンテンの重箱。(六寸五分=19.7*19.7)黒い地にナンテンの枝と実と葉が曲線で抽象的描かれている。ナンテンは「難」を「天」にといって災いをよけるものと言われる。菊の重箱と同じ場所で拾ったもの。これには、正月のお節料理を入れておく。どれも皆古いもので、色もあせてきています。でも買い換えられない。娘たちは、重箱の扱いが苦手のようだから、どんなにいいものを持っていても譲れないから・・・。重箱の始末は大変と言う人も多いけれど、お正月の怠けきった体のちょうどいいリハビリ。本格的に働く前の準備運動のようなもの。重箱の片付けが終わって今日から何ごとも無かったかのような台所は、祭りの後の一抹の寂しさに似ている。なにげない毎日が今日から始まる。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ■□■テレビしびれて■□■★冬の運動会~向田邦子原作~出演、岡田准一。◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。 ★1月1日*寝正月* UP
2005.01.05
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目出度い柄といえば鶴亀があるけれど、やっぱり、一番は松竹梅。うちも、お雑煮用の蓋つきや、蓋つきのご飯の茶碗も松竹梅です。普通の白いご飯も、ちょっと小ぶりの蓋のついた茶碗で食べれば、お正月のもの。 ご飯茶碗は、この湯のみを拾ったとき一緒に拾ったもので5個ありました。写真を写そうとしたけど何回やってもぼやけて・・・。( ̄- ̄;)今年の課題は、デジカメが使えるようになることかも。そう思っていたら、こんな話を本で読みました。**********あるとき、隣のおじさんが「みんなあ、風呂の松竹梅ということを知っとるか」といわれたことがあった。みんな何のことやらという顔をしている。おじさんは、にこにこして話はじめる。「風呂入りに来た何人もの人は、順番を待つ。そいで松。風呂がぬるいと焚けという、それが竹。風呂が熱いとうめてもらう、それが梅。松竹梅というのはそういうこっちゃ。わはっはっは。」「昭和の子ども、田舎の暮し」新田 鉦三**********今のような水道やガスがなく、風呂の水汲みや薪わりなど、風呂を焚くには大変な労働が必要でした。そこで、昔は、もらい湯をするところが多かったのです。私も、小学校3年くらいまでは、家の風呂が壊れていて、もらい湯をしました。「こんばんわ。風呂をよばれにきました。」という挨拶に始まって、風呂の湯加減を聞かれたり、待つ間に、いろんな話を聞いたり・・・。私より少しい大きい子どもが新聞のマンガを読んで笑っているのを見て、「ああ、私も早く、読めるようになりたいな・・・」と思ったり。もらい湯は、温かな思いやりや言葉が飛び交う豊かな時間でした。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。 ★1月1日*寝正月* UP
2005.01.04
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年末に、こんなワイヤー細工の黒い鳥の籠を買いました。これは本来は卵を入れておくもの。でも、卵は、冷蔵庫に入れるしなぁ・・・。迷ったんですけど、まあ、いいか、「鳥年だもの」(相田みつを風)。買ったからには、大事にしないとね。私がいう大事にとは、使わないで大切にしまっておくのではなく使いたおすということ( ̄▽ ̄) 卵の代わりに、ジャガイモやリンゴや蜜柑なんかを入れることにします。その前に花瓶としてひと働き。毎年、湯桶に花を活けるのですが、今年はこのバスケットに・・・。「鳥年だもの」(相田みつを風)( ̄▽ ̄) 中にガラスのビンを入れて年末にこれまた衝動買いをした薔薇を入れる。これだけでは、寂しいので、ウラジロを2枚入れて・・・。ウラジロが羽根みたい・・・。ウラジロの葉っぱの形は鳥の羽のようという「羽状複葉」。鳥の絵の皿、鳥の形のバスケット、よく見れば、いろんなとこに鳥がいて、鳥の好きな私は嬉しくなってくる。この他にも、ポットの形も注ぐところが「くちばし」に、持つところが「シッポ」に見えるのは、私だけ?鳩尾(みぞおち)に寄せてもろ手を合はすとき 影は一羽の鳥とならむか 田宮 朋子大好きな「パリのキッチンスタイル」にも、このかご載ってます。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。 ★1月1日*寝正月* UP
2005.01.03
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お正月はよい!!いつもは、棚の奥深くに眠っている、重箱や皿や箸や、茶碗や、湯飲みや・・・。松竹梅、鶴、などのメデタイ絵の食器たち・・・。そんな「正月の食器」たちが晴れがましい顔で、テーブルの上を彩る。今年はトリ年なので、チドリの皿も仲間に入れよう。夫が買って来たワインをお屠蘇の代わりにテーブルに置きました。飲めないけど、こういうハレの日ってお酒が必要だもの。お雑煮を食べて、ふと思ったんです。ワインのビンをこのまま置くのって、ちょっと寂しいいかなって。おまけに、うちのワインは、ラベルが安物っぽいし・・・( ̄- ̄;)そこで、「年の箸」の袋に注目☆(`ー´)箸袋の金銀のみずひき、これが使える。さっそく、みずひきをはずして、ワインボトルにかけると、おお!!ピッタリ!!!!次に、裏庭のピラカンサの小さな枝をとって来て水引の穴に通して。ほんとは、松の方がお正月らしいかも。まあ、ここはあるもの利用のエコということに。かくして、ワインボトルは、水引とピラカンサのお化粧をして、すましてテーブルの上にいます。捨てるとこだった、箸袋の水引が、ごみになる前に、もうひと働き♪これぞ、新春リサイクル。今年は、トリの話の他に、◎ちょっとえこ◎な話も書いてみたいな。ちなみに、ここで使ったピラカンサは、飾った後、土に埋めてごみの減量を考えていたところ芽が出て今では、2階の屋根まで届く木になったものです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。 ★1月1日*寝正月* UP
2005.01.02
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みなさん、明けましておめでとうございます。今年はトリ年にちなみ、まず「トリビア」から。さて、今日は一日。正月の三が日の初めです。では、なぜ、正月は三が日なのでしょうか。一日でも二日でも、五日でもいいのに・・・。それは、この行事が祈りと関係しています。へぇ~!!かつて正月は、神仏と深く関わりのある行事でした。そこで、最初の一日は、神仏を迎えるために、二日目は、祀るためにそして三日目は送るためといわれています。へぇ~!!へぇ~!!これは、お盆も同じですね。迎え火を焚く14日、祀る15日、そして送る16日となっていますから。大晦日が特別な日なのは、「神仏を迎える日」だからかも知れませんね。というわけで、今年最初のトリビア、合点していただけましたでしょうか?ガッテン、ガッテン、ガッテン!!!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・♪ピンポンパンポン~、ピンポンパンポン~。本日もご来店いただきありがとうございます。当店は、年末年始、休まず営業いたしております。なお、今年はトリ年ということで、トリに関する商品をトリ揃えて営業の予定です。本年も、どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m♪ピンポンパンポン~、ピンポンパンポン~。■□■テレビしびれて■□■★紅白歌合戦 *SMAPはなぜ、でなかったのか。*・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。 ★12月22日*松迎え* UP
2005.01.01
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