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気が付けば、ここに随分な怪文書を幾つも置き去りにしてしまっていて、まるで何事も無かったかのように正気を装って戻るのも気が引けてしまっていた。が、正気に戻ったと言うよりかは、正気にとてもよく似た愛情という包帯でぐるぐる巻きにしてあるだけのつまらぬ狂気を改めて孕み直しただけだったから、何ら問題は無いようにも思う。 近々怪文書は一つの記事にまとめて、黒歴史になりきれないものとして残しておこうと思う。その下に隠しておいた白い文字の正気は、べつに、もういいか。あれはあれで僕にとっては愛であったが、とても大切な記憶ではあるのだが、いちいち執着していても仕方が無いとも思う。 さて、何故ここへ戻ってきたかと言えば、“楽天ブログ”という環境が最も“公序良俗に反する内容を書いてしまい易いから”である。理由としては、どうかと思う。が、ツイッタユーザーがよく利用しているようなウェブログサービスなどを見ても、どうにも惹かれるものが無い。それは単なるノスタルジーが引き起こしているものなのかもしれないが、結局、僕はここにしか居られないのだろう。それは流石に言い過ぎにも程度というものがあるような、そうでもないような、だが、まあ、ここにある愛着は本物だろうと思う。僕はここで、細々とモラルを忘れきった頭を晒し続けていきたい。 プライベッターというサービスもあるから、それを利用すればいいのかもしれないが、この誰の目に触れるかも判らないようなところでとち狂うのが僕の性に合っている。昔から変わらない、奇を上手には衒えなくて、結局は凡人で、それなのに、凡人には白い目で見られる欲ばかりを抱くのだ。ふつうだと言われても、狂っていると言われても、なにを言われても、納得ができない。愛していたいだけだから、きっと誰の何の言葉も響きはしないのだろう。 現在、僕には正式に交際している恋人が居る。名は、冬下日之目とでもしようか。彼は僕の六歳年下で、殆どの初めてを僕に捧げてくれた純粋な青年だ。とても可愛らしくて、太陽のように眩しいのに、どうしてなのかひどく脆い。これまでに交際してきた男達はもれなく年上ばかりだったから、なるほど、年齢差がある恋人同士の年上側というのはこういった気持ちだったのかもしれないと、勝手に解ったつもりになってしまったりもする。たぶん、だいぶ違うのだろうが。女側が年上というのは、なかなかに世間的に目立つと言うか、言葉にできないむつかしさがある。今はもう気にしなくなりつつあるが、交際を始めた頃は酷く気にしてしまっていた。 僕は日之目くんよりも先に死ぬ、絶対にそうだ。だから、煙草を辞めた。日之目くんが見てみたいと言うならばと、髪を伸ばし始めて、髪質を維持する為に自然乾燥をやめてきちんとドライヤーをかけるようになった。くだらない、くだらない。でも、残り三十年もきっと僕らは共に居ない。生涯を共にするとしてもそうであるし、生涯を共にできないのであればもっと短いことだろう。だから、今できることをしたいと思う。君が居なくなれば、僕はまた煙草を喫み始めて、髪を短く切って、君と出会う前のすっからかんのなにかになろう。 まとまりが無い、今日は取り敢えずノートパソコンというものとまた仲直りをする為に書き始めたようなものだから、許してほしい。僕は元気です。きれいなものをよごして、元気に過ごしています。
2021.09.26
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どうにも、歌にはできねえ毎日で、昼までに起きて日の出までに眠るのが精一杯なんてくだらねえ暮らしぶりで、有り難い身体的な健康を享受している。心なんてもんは一生不安さ。生き延びてはいる、参加賞未満と言ったところか。 そう言やあ、指一本としてまるでここに触れていなかったから、もう一年以上の付き合いになる恋人にもここのことだけは伝えていなかったと今思い出した。すると、つまり、僕が恋と錯覚するほどに憧れた詩人(と呼んでいいのでしょうか)が嘗てこのブログサーバーに居て、そのひととまた一言でも交わす為にここに居続けようとしていることだけはあのひとは知らないということか。なにも疾しいこっちゃ無いのだが、如何せん流行り病にひとびとが怯える前の自分の行いがそれはもうきたなくって、身体だけ委ねた男の数が倍以上にふくらんでしまって今に至るから、人間と僕が関わるだけですべてが嘘の様なのである。きっと。疑われて然るべき底辺、それが今の僕。それなのに、過去には執着しているし、よごしてしまった後悔を映すように/よごしてしまった過去を許そうとするように今も言葉を綴り続けている。一向に完成しないが。 忘れた日は無かったなんて法螺もいいところだが、それでは「もういいや」と思った日は無かったと言い換えれば真実になるのだから可笑しいもんだ。僕は今もあなたの言葉を愛しているし、あなたの言葉をまた読みたがっているのです、少年カラスさん。 僕は心の内に弟を飼っている、彼がいつ現れたかはよく覚えていないが、彼とのセックスがよかったことは覚えている。彼は僕の代わりにすべてを嫌悪してくれる、僕が暮らし易いように僕の抱く攻撃的なものを肩代わりしてくれる、僕が善良で無害な人間でいられるように。でも、母の死に就て彼はなにも言えないことに気が付いた、そうか、彼を生み出したのは僕だから当然だ。そして今になって、この詩人への執着にも「くだらないな」としか言えないことを知る。そうか、僕があの言葉達に刺激を受けていた時代にも彼は居なかったからな。 弟は可愛い、とても捻くれていて。僕にしか聞こえない声で喋って嗤う。僕にも見えない綺麗な髪を掻き上げる仕草はとても品が良くて、僕に聞こえる声で放つ皮肉や罵声はその美しさを際立たせる。 でも、平穏な暮らしで弟は必要無い。もう少し憎まないと、弟は生きられない。僕の代わりに憎悪を言葉にする、その行為の肩代わりが彼の存在意義であり、発現の条件でもあるから。歌にならない生活で、この子は、あとどのくらい生きられるだろう。 憎む価値も無いことに気付き始めている、僕のなかで。
2021.05.20
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その人生が仕合せか否かは死ぬときに決めればいいことであるし、私は死ぬことなど無いから永遠にどちらかに傾いてしまうことも無い。死恐怖症に就てインターネットで調べていると、Q&Aウェブサイトで私と同様に死を恐れているひとが居た。死ぬことが怖い、どうすればいい。その質問者への一つの回答が、頭にこびりついてしまっている。「“死”など、都市伝説でしかない。どうして自分がそれに遭うと思っている?」 それ以降、私も死など都市伝説でしかないと思うことにしている。時折、身近な場所で起こる怪異でしかないのだ。それなのに、人間は健康に固執する。身体に悪いものほどに癖になるから、ジャンク・フードを食し、煙草も喫み、夜更かしまでしてしまう。皆々様は死が都市伝説だなんて世界の巨大な秘密を知らないから、消極的な自殺を日々続けている。そもそも、いつか必ず死するのであれば、生きること自体が消極的な自殺と言えるのに。消極的な自殺をしながら、どうして平気な顔をしているのだろうか。 生まれもしないから死ぬことも無いなにかを、概念としてはいつも殺めている私が、死を単なる怪奇現象としか思っていないというのは、それこそ妙な話なのかもしれない。腹のなか、私は何度でも娯楽の清算をしてきた。「一人を殺せば犯罪者だが、百万人を殺せば英雄だ」とは彼のチャップリンが演じたフィクションでしかない人物の科白であるが、アフターピルの服用が殺人に該当するのならば、その嚥下は究極の完全犯罪のように思える。あと何度この胃液に浸せば、私は英雄になれるのだろうか。それとも、やはり死は都市伝説だから、何者も殺めることなど無いまま私も何者にもなれないのだろうか。或いは、殺めてきた概念達に「ぼく達は決してこの世界に産まれたくなどなかったから」と感謝をされて称賛され、私は王にさえなれるのかもしれない。しかし、死は怪奇現象でしか無いのであれば、私は何者にもなれない。錠剤と違って、怪奇現象に遭うかわいそうな人々と違って、私自身はどこへも行けない。 ここは、きっと死の無い世界だ。永遠など存在しないと云われているのだから、死も永遠でない。それは、何度となく心が死んでは蘇ってきた私が一番によく知っている。誰も知らない、この世界の秘密。知ってさえしまえば、こちらのものだ。明日の朝だって、目覚めてしまうのだ。 もう、月に一度の近況報告なんざやめようかな。
2019.09.23
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この周囲を取り囲んでいる世界と謂うものは、冷酷の筈が優しく、汚れていながらも美しく輝いて、どういうわけなのか、魅力的で仕方が無い。しかしながら、どこかどうしようもなく根本的な部分が、壊れてしまっている場所だ。だから、私の愛する男達は少し、世界に似ている。冷酷の筈が優しくて、汚れていながらも美しく輝いて、どういうわけなのか、魅力的で仕方が無い。しかしながら、どこかどうしようもなく根本的な部分が、壊れてしまっている。愛した途端に私の世界を埋め尽くしそうになってしまうのは、おそらくそういうところに起因するのであろうと、くだらないことを無理にこじつけてみていた。そう、何よりも、世界も私が愛おしさを覚える男達も、どちらも、愛されるべきなのだ。そこが、どんなところよりも同じなのだ。と、勝手に思っていた。 そんなことを思わされる、ちっともきらきらとした気持ちになれないこれが“おとなの恋愛”などと呼ばれているものなのであるとすれば、靴底がピカピカ光るスニーカーを大人が履いてはならない理由も解る気がした。もう、許されないのだ。光のなかで、無邪気に笑っていることは。光は、こどもの為にある。彼らが育つ為に注がれる。だから、もう、おとなになってしまった私には許されない。光を浴びて育ち過ぎ、無垢を突き破っておとなになってしまった私には。 人間をやめてしまって動物になれば正当化されるのだろうかなんてことも考えてみたが、あまりに無礼だった。けもの達のほうが、余程に私よりも直向きに生きているのだから。だから私は、けもの未満のなにかになって汚れて、それでも誰かを人間を愛そうとして足掻いて、汗に唾液に涙に精液にまみれながらも恥じることもできずに許されない光の下へ這い出て、手を伸ばそうと思うのだ。そのまま、笑って生きてみようと思うのだ。それはそれで、どこか直向きで。きっと、きれいないきものの姿なのではないかと思う。なんて、単なる理想であり、アートスクールの曲でもあるまいし、おまえには歌へと化けられるような生き方なんかできないよ。それが現実だよ。 きっと、汚れ過ぎたあまりに、私は無垢だ。きっと、そうだ。だからこそ、もっと汚れて傷ついて、人間でなくなればいい。そのほうが、きっと直向きだ。世界に似た男を愛して、世界を愛して、世界に汚されて、あなたにも汚されて、自分でも汚れて、笑って生きていたい。 前々回と前回の日記を書き終えたらここも書くよ……
2019.08.23
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勝手な時間と謂う奴に年齢を重ねられ、おとなの肉体を手に入れたところで、オートマティックにしあわせになるものでも無かった。それは、自分を産み出した人々の見せてくれた夢だった。生きてみたのに、ベルトコンヴェヤに乗せられ一糸乱れず並んで進み、順番が訪れた瞬間に義務や権利と幸福を等しく付与されて完成品として未だ見ぬ世界へ出荷してもらえなかった。幸福な人間を創り上げようとその血をくれた人々は立派だったのに、こうなってしまった今、この贈り物はただただ残酷だ。 それでも、現状を私は愛している。それなのに、大抵の人間は人生に対し、一定以上の物語性が不可欠と考えている様に思う。多くの人間が進んで行った物語をなぞれと言わんばかりに、やれ恋愛だ交際だ結婚だ出産その他諸々、ストーリーに欠かせないイベントを起こさせたがる。欲しがるひとも多いし、私は他人のそれを否定するつもりなど無い。ただ、押しつけないでほしい。私はただ、このまま、揺蕩っていたい。大切なひと達を想いながら、好きな音楽と漫画と映画や写真等の趣味にあちらへこちらへと身体ごと心を揺さぶられるみたいに、溺死しない程度に、ただ、好きなものを浮かべた微温湯で揺蕩っていたいだけなのだ。だって、お母さんみたいにはなれない、おかあさんみたいにはなりたくない。お父さんみたいなひとは居ない、おとうさんみたいなちゃんとした素敵なひとに恋なんかできない。 この状況に加え、できれば愛しいあの娘とふたり、安いアパートで死ぬまで同じように揺蕩いながら暮らしたい。彼女の手料理を食し、彼女の喫う煙草の匂いにまみれ、彼女は酒で私は薬を飲み、苦情が来ない程度の音量で遠くにあるレンタルビデオ店で借りたB級ホラー映画を観て笑い、眠って、なんとなく、なんとなく、生きていたい。歌にも物語にもならないような生活で、今みたいに気紛れに恋をしてみては実らせずに潰して、早死にに失敗し続けて生き延びていたい。 どうせ誰もが居なくなる、私のだいすきなあの娘以外は。でも、あの娘だけはだいじょうぶ。だから、ベルトコンヴェヤがあったのならば完全に途中で転げ落ちてしまったようなふたり、あの娘とふたり、ただ生き延びていたい。駄目になって老いぼれになるまで生きられた暁には、あの娘とふたり「すっかり汚れきったままおばあちゃんになっちゃった」「君は誰が汚したって私にとっては綺麗なままさ」なんて笑い合える日を迎えるまで。 前回の日記を書き終えたらここも書くよ
2019.07.23
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どんなものが失われようとも、生きてゆく私の世界は続いてゆく。私の穴だらけの世界は続いてゆく。失おうとこの世界は生きこそすれど、当然に一部が破損する、罅割れて欠ける。がばあと開いた口みたいな穴は、失ったかなしみで慟哭し続けているみたいだ。けれど、生きてゆくのだ。どれだけ壊れようとも。ただ、その破損した部分は修復しない。また他の、別に存在する無事な部分から新たに空虚に埋立地を拡げる。どこかが壊れる度、生き続ける為に世界を変えて直そうとしてばかりいる。壊れた部分を直すだけでは、生きてゆけないから。違う場所へと埋立地を造り、拡げていく。そんな私の世界の、何と歪なことか! 滅茶苦茶な形をしている! 何も失わなければ、きっときれいな球体をしていたろうに。なんて有り得ないことを考える。 そうやって、どんどん球体という形から離れて、回転する力を失えば、いずれは生き続けることにも限界を覚えるのだろう。かと言って、ここまで来てしまうと、もうどこを埋め立てたところで、球くはならない。生き続けることが限界に達したとき、何が起こるのかを私は知らない。結局として“死”などは都市伝説で、いつか死ぬだなんて誰が決めたと言うのだろうか。私が本当にいつか死ぬ、生きたものだということを、誰が証明できるのだろうか。採取される血液が赤かろうが、処方箋どおりの薬剤が効こうが、それは偶然のできごとで、私が生きているなんて、誰が証明できると言うのだろうか。寧ろ、どうか証明しないでいてくれ。歪な世界をどこまでも拡げて、拡げて、いつかはそれを伝って、冥王星まで行きたいから。そのとき、私は誰を一緒に連れたいのだろう。ひとりぼっちは、さびしい。冥王星だって、惑星ではないと言われて、さびしかったかもしれない。尤も、あんなにも遠くに居るちっぽけな彼が、そんな枠組みに入れられたり追い出されたりしているなんて、知っているか知らないが。私だって、人間でない。惑星でない冥王星と仲良くしに行ったって、いいじゃないか。 前回の日記は、好天さんから連絡が来なくなって少し経った頃だった。その後も、連絡は無かった。そんななか、私はスマートフォンのゲームに金を注ぎ込み、なかなかの金欠状態に陥っていた。何とか金策を思いついたからよかったけれど、危うくアフターピルをもらうどころか、男に会う為の金さえ無くなるところだった。 私は現在、父の下、北関東で暮らしている。兄や好天さんと会うとき、都内へ通院へ行くとき、電車の移動時間は二時間に及ぶ。私の人生のなかで唯一恋仲となった男、仮に唯人とでもしよう、唯人とは十八歳の時分から恋仲となり、いつの間にか関係は解消していたが、親友のままずっと二人暮らしを続けていた。私は唯人の家族と仲が良いと思っていたから、よく唯人の実家へ遊んで泊まりに行っていた。唯人の三人の妹の中で、次女はそこそこ問題のある娘であり、深夜まで唯人の母のその次女に就ての不満や不安を聞いていた。私の親も、唯人の親が不景気の打撃で唯人が大学へ行けずフリーターとして腐っているところを、学費を全額負担して専門学校へ行かせたりなどして唯人に世話を焼いた。しかし、二人暮らしをしていたアパートメントが解体されることとなった途端、唯人の親に「精神疾患を持っていて何もできない、子供を産む気も無い荷物は要らない」と同居をやめさせられ、私は父の下へ出戻る形となった。それが、昨年の五月。約一年前のことになる。 それ以降は「親友と言えど異性と暮らしている」と理解を得られない状況や、唯人の母が性嫌悪の酷い人間だった為になかなか他の男とセックスができないという状況から脱却したこととなったので、ツイッタで男を探した。唯人とは変わらず親友のまま。当時の私は、ただただよごれたかっただけだったから、誰でもよかった筈だった。それなのに、一人の男に恋をしてしまい、まあこれもまた随分と変わったひとだった。拆くんとするが、拆くんの話は後にする。兎に角、私は拆くんに熱を上げて、唯人はいつまでも私に恋をしていたままだったから酷く嫉妬し、喧嘩も増え、同じ部屋に暮らしていて一緒の空間に居たから何とか修復できていたのが別々の場所で暮らしていることで取り返しがつかなくなって、昨年の十二月に唯人と絶縁に至った。拆くんに関しては、今年の三月に関係を解消して、その後、兄……ということである。 約半年。唯人に久方振りに連絡を取った。なかなか酷い啀み合いの末の絶縁だったが、やはり何だかんだ言ってしまったものの唯人は大切な存在だと思ったから、また会って話してみないかと持ち出した。唯人はと言うと、それに賛同しつつ、理由は、私への得体の知れない恐怖の正体をはっきりさせたいし納得の行く別離のし方では無かったからすっきりしたい、というものだった。だから、一度話して、そこで穏便に、終わりを迎えると思った。ぶっ壊れたものは二度と戻らない、ただ、新しく出来上がったものを受け入れられるのならばそれを続けていくだけだ。それを果たして、互いにできるかどうか。十二月は、それができなかったのだ。別々の場所で暮らし、私は他の男に熱を上げ、そんな新しいものに耐え切れなかった。やり直したいと思った私のほうがもしかするとまた耐え切れない気さえしていた、壊れる前の幻を手放せずにいる感が否めなかったから。十二月に終わらせたときはそれで前進した気でいたけれど、おそらく無理に時間を止めただけだったのかもしれない。何にしろ、私は啀み合ったまま一生を過ごしたくないと思った。だから、五月の二十九日、改めて唯人と会った。 当日、開口一番ではなかったが、二番目くらいに「後姿でもすぐに判った、真っ白なお饅頭が歩いてて」と唯人に言われ、こいつと本当に私は啀み合ったのかよく解らなくなった。拆くんは独占欲が強かった為に唯人と親友として手を繋ぐことさえ許されなかったが、もう拆くんは居ないようなものだから、再び唯人と手を繋いで歩いた。唯人は歩くのが速いし、私は遅いし、親友でしかなくなっても変わらなかったから。カラオケで唯人と縁を切っていた半年間のダイジェストを話した後、ラヴホテルへ行ったが、何もできなかった。唯人は私への想いを断ち切りたいから最後に一度だけと頼んで、私は考え込んだ末に愚かしくも「お金くれるなら」と答えた。でも、できなかった。親友に戻ったのは、私にとって唯人は家族のようなものになっていたからだ。親とセックスなんてできる筈が無いのだ。しかし、唯人は結局として、困窮している私に二万五千円をくれた。交通費込みで。私にとって、唯人は文字通り“唯一”恋仲になった人間であり、私に恋心を抱いていてほしい相手であり、愛していてほしい相手だ。他の誰にも恋も愛も求めないが、唯人だけは違う。私を好いていてほしいと、セックスもできないくせに駄々を捏ねた。唯人は、私の我儘を聞き入れた。私にとって、唯人は何気ないことを誰より先に話したいと思う存在だから。二度も失いたくないというのが、本音だった。私が一番でないなんて、許せないというのが、本音だった。 その後、私達は今も変わらず、またどうでもいい話をするようになった。 他に、安くんという男性が居る。私の好みではないのでただの友人でいるが、安くんに唯人と仲直りした話を伝えると、「色んなことを乗り越えて、今の紫苑がいるんだなと思ったよ」と。その次に、「紫苑と出会ってずっと思っていることがあってね。もしも、紫苑に大変なことが起こって、疲れて、どうしようもないことになったら、紫苑一人くらいどうとでもなるから、俺を頼ってほしいんだ。全力で守るから」と言われた。私を一途に想う、とても変わったひとだ。ありがたいと思う。 それと、県さんさんという男性が居る。何かの会話の流れで「失礼なこと言うけど、思ったより俺しおのこと好きだったんだな」と嫉妬心を露わにして口にされた。 唯人、安くん、県さん、ふしぎと愛してくれる男は居る。こんな人間なのに、変わっている。私の人生が変わっているのかもしれない、これなのに愛されるなんて。 ずっと、好天さんからは連絡が無いまま、六月を迎えた。“見限られたから連絡が来ないのならば、それでいい。私はふらふらとあちらこちらとセックスをして使われて汚されて飽きられて捨てられて傷だらけの泥だらけになる為にこうして男と知り合い続けているのだ。だから、どんどん、もっと汚れなくてはいけない。更に次へ進めるようになるだけだ”と、思った。すぐに、撤回した。兄とのセックスも、桃厭さんとのセックスも、汚いと思える。けれど、好天さんとのセックスは、汚くなんかない。あんなにも丁寧に扱われておいて、汚れるわけが無い、あんなに優しい触れ方で汚せるわけが無い。寧ろ、少しばかり汚れを唾液で洗い流されてしまったくらいのものだ。私はきれいになんか、なれないのに。下手に汚れを拭って、セックスを尊く思わせて、それでいて去らないでくれ。汚してくれよ。 そんな中、性的少数者としての同類の男性と知り合った。石灰さんとしよう。石灰さんは天竺鼠を飼育しており、私はそれにつられてすぐに石灰さんの家へお邪魔した。好天さんが居ないからまたセックスしてしまうのだろうと思ったが、あまりにもそそられないものだから、何もさせず、ただオイルマッサージをしてもらって、天竺鼠さんにパセリをあげさせてもらって、家へ帰ってきた。相手の容姿の美醜は関係が無い、兄は不細工の部類であるし好天さんは標準よりずっと太っている。石灰さんはただ、生理的に“なんだか好きになれない”顔で、雰囲気もそうで、唾液の匂いが受け付けないタイプのものだった。好天さんの唾液の匂いは好きなので、差が解らない。兎に角、石灰さんとはただの友達となった。何もしなくて、よかった。 と言っても、性嗜好が似通っていた為、首を絞めてあげたり絞めさせてあげたり、腹を殴らせてあげたりはした。その程度。 七日は婦人科と心療内科へ行った。そして翌日の八日、兄から「今日えっちする?」と久々に誘われた。約四十日ぶりの悪戯電話のようなLINEだった。好天さんからの連絡でなかった所為で、この日のそれは過去のそれと達と比べるといちばん喜びが小さいものだったが、それでも私は急いで支度をした。シャワーでは左手の薬指の腹と大陰唇右側上部を丁字剃刀で切って出血して何もかも上手く行かず、結局は“十六時以降に”と伝えたとは言え、その目安は前後しても三十分程度というものであろうに私の到着時刻は十七時半になることとなってしまった。駅へ向かって歩きながら謝罪のLINEを送信した。「いいよー」「ごめんね、ありがとう」「待ってる」 駅に到着してから「待ってる」の四文字を目にした。兄は気配りが上手く、怒らず、怒ったとしてもすぐに許してしまう。この言葉も決して急かしているものではないのだと、流石に判ってしまった。そもそもの話が、兄は最低限の返信しかしない筈だ。この言葉は、どう考えたって最低限の域を出ていると思った。きゅんとして、それなのに、気持ちは晴れないままだった。好天さんが、居ないから。名前のとおり、晴れないのだ。 まるで性欲が湧かないと、シャワーの時点からげんなりしていた上に遅刻が決まって、それを加速させるように服も組み合わせが悪くて急遽変更しなくてはならなくなって、更には電車も遅延した。が、遅延に因るずれ込みで、寧ろ逆に到着時刻が早まった。後になってルート検索のアプリケーションを見ても、十七時十七分が到着時刻だったそのルートはどう検索しても現れなかった。不思議なこともあるものだ。 兄の自宅最寄駅に到着した後は洗顔シートを使い、髪を梳かし、色付きのリップクリームを塗り直した。それから、汗を掻かないようにゆっくりと歩いた。私は自律神経の乱れの所為か、ぼたぼたに酷い汗を掻く。だから、気を付けていた。それでも、兄の家への道中にある橋を渡る頃には汗が滲み始め、兄の家の近くに咲いていた紫陽花とその傍らに居た野良猫があまりに絵になっていたから写真を撮った後、兄の家の前に着いたとき、既にぽたぽたと汗が滴っていた。兄は夜に仕事をしているから眠っていたと思って、玄関を開けてくれた兄に「おはよう」と先ず言ったが、着いたことを伝えた私のLINEの通知が何故か出なかったと謝られたので、少し前から起きていたようだった。そのまま私が頼むまでも無く「はい、シャワー浴びて」と。オーバーショーツを色気が無いというくだらない理由で穿かず、そこにただでさえTバックで恥ずかしいのに、更には汗だくで余計に恥ずかしいときでも、兄はそんな私の気も知らずに(知っているか)、ワンピースの裾を捲り上げて私の内腿を撫でた。べたべただろうに。本当はワンピースの下にズボンを穿く予定だったのだがあまりにも合わなくて、ハイソックスを穿いて来たのだった。そのワンピースがまた持っているものの中で一番に丈が短くて、余計にこんな私でも扇情的に思ってくれたのかもしれない。嫌がる私に兄は「いいじゃん、減るもんじゃ無し」といやらしく笑うから、それを本当に言う人間が居るのかと思った。兄は擦りつけることが好きだから、私が鞄を下ろしたり眼鏡やピアスを外したりしている間にすりすりして来ていたけれど、汗だくなのによくやったものだ。 シャワーでは、お湯をかけた後、ボディソープを載せた掌で兄は丁寧に私の身体を撫でた。しっかりと洗ってくれた。それだけ私の汗が酷かっただけなのだろうが、それでもきゅんとした。が、泡まみれになってからは浴槽の縁に手をつかされ、後ろから素股のようなことをされた。きもちよくなってしまって、「なに喘いでんだよ」と笑われた私は色気も可愛げも無いから「なんでもないですー!!」と身体が期待したことを恥じながら照れ隠しをした。その後は私が兄の身体を洗い、石鹸のぬめりでやはり愛撫して、その後また兄は私にシャワーのお湯をかけまくって「これでいいだろ」と、本当にきれいにしてくれた。が、それは誤算なのだ。私は、湯上がりに酷い汗を掻くのだから。 下着だけ身に着けて兄の自室に上がると、思わず「散らかってるね?!」と口を突いて出てしまった。外出が多く、手が回らなくなったそうだ。口でしている間、兄は片手間で洗濯物を畳んだりして片付けをしていた。兄らしいと思った。今日は、オーラルセックスで済ませた。口の中を満たした精液を飲み干した、が、兄は私が吐き出すと思ったのかティッシュを差し出してくれていた。申し訳なかったので、取り敢えず手と口の周りを拭いた。 私の汗が引かないから、兄は空調の温度を下げ、頭から水をかぶったみたいにびしょ濡れの髪の私にバスタオルを差し出した。「んー、なんかいきなり腹減ったなあ」「うん、途中で結構お腹鳴ってたよ」「うっそ笑 それって普通にお腹が動いてるとかのやつじゃなく?」「あれは単なる腸の運動と言うよりかは、お腹へってるときのだったよ」 のんびりとした時間が訪れた。私は「疲れてない?」と気遣われたときに否定したものの疲れているように見えたようで、兄は自分の分だけの食事を用意して、突っ伏していた私のことはそっとしておいていた。そもそも、私は食べなければそれはそれでどうでもいいから、「私も」と言わなかった時点で私の分は用意しないべきだと判断されたのだろう。 やがて、空調が寒かったから、兄に布団の上に乗っかっているものを退かしてもらった。「はい、いいよー」と言いながら私の膝まで布団をかけてくれた。食べ物の香りに包まれて、海外ドラマの音声を聞きつつ、布団のなかでぼんやりとした。そこでふとえぐみのあるものを飲んだ所為で喉がいがいがして咳き込んだところ「大丈夫かー?」と言われた。このひとはもっと冷たい声を出せるだろうにと思うくらい、優しい声で、困ってしまった。「初めて飲ませてもらった気がする」「そうだっけ。まあ、いつも中に出してるもんな」 そう笑い返した兄は最低で、愛おしかった。ここまで記したくらいの会話しか無かったが、私はドラマを観ている兄の邪魔をしたくなかったし、やはり私はただただあの空間で兄と一緒に居る空気を感じていたいだけだから、それでよかった。 二人で眠った後、早めに起きた私は二十一時半を過ぎた辺りから支度をし、兄が仕事用の目覚ましアラームを止めて一瞬だけ起きたときにお手洗いを借りると伝えたら「場所わかるー?」と寝呆けた声で訊かれたから「流石に覚えてるよ」と返した。それから、兄の自室に戻り、鞄を肩にかけた。「お兄ちゃん、仕事までまだ寝てられるんだよね?」「うんー……」「じゃあ、私は終電だから、帰るね」「気を付けてねー……」 その眠たげで優しい声に愛しさを覚えながら、私は兄の家を後にした。最後の最後に玄関の鍵を開錠することに苦戦した。防犯上はいいのかもしれないが、慣れていない身としては開けづらいことこの上無いのだよな、兄の家の鍵は。 十一日、シロップ十六グラムの活動再開を知った。即座にツアーの抽選に申し込んだ。私にとって最愛のおんなのこであり、シロップを聴き始めるきっかけとなったニゲラちゃんにも報告をした。ニゲラちゃんは気象病が酷く、季節の変わり目にも弱く、酒と煙草が無いと生きて行けない駄目人間の為、時折、私に金銭を要求することがある。私はニゲラちゃんのそういう素直さがすきであるし、ニゲラちゃんの自分本位に生きていいのだと自分自身にも私にも言えるところが大切だ。単なる彼女自身のエゴで、人一倍に友人を大切にする彼女が、愛しい。彼女は、私にとって、いつまでもヒーローだ。 十二年前、知り合ったばかりで私が今以上に生きることに苦痛を覚えていた中学生の時分、ニゲラちゃんは「私がスーパーマンだったら、すぐに飛んで行って、傍に居られたのに。そうしたら、トランプでもしていられるのに」と、言ってくれた。ニゲラちゃんは、いつまでも私の最愛のおんなのこで、決して失われないと確信してしまう存在だ。私がどれだけ、よごれようとも。ニゲラちゃんの話は、また何れ。 十五日。また「ムラムラする」という直球な呼ばれ方をされ、急いで腹痛を退治してシャワーを浴びて支度をして、家を出た。一週間前より三十分早く着いたが、やはり汗だくなのは変わらず、「はい、シャワー浴びようね」と言われた。申し訳ない。やはりスカートを捲り上げながら「濡れてるね」と言われて、「ああ、うん、雨あんまり気にならなかったから」と傘を差さなかったことを答えた。主語が無いといやらしく思えるが、そんなことはまるで無いのである。 兄が口を漱いでいる間に私は自分で洗ったが、また兄に丁寧に洗われた。それからまた同じことをしたり、乳房で挟んだりとかしたのだが、どうか浴室に長く居ると私は汗が止まらなくなることを理解してほしい。兄の自室に上がって、行為が終わっても、私はずっと汗が止まらないままだったから。 一先ず、扉を開けて思わず一言。「前より散らかってない?!」「片付け始めたらどっかしら散らからない?」「あ、解る。一旦、一ヶ所に纏めて置いとくんでしょ」「そうそう」 そんな会話をして、また洗濯物を畳まれながらくちでしていた。それから、手での兄の好みのやり方を指示されて教わりつつ、「きもちいい」とたくさん言ってもらった。が、家に辿り着く前、主に電車内で、本当は酷くふらふらして妙に力が上手く入らない感覚があって僅かに不調だったのに気付かれたのか、もしくは相変わらず奉仕してばかりなのを気にされたのか、何度か「疲れてない?」と訊かれた。折れそうになったが、「だいじょうぶ」と答えた。「本当に?」と畳みかけられたから、たぶん、疲れていることはばれていた。「くち疲れたら手でしていいよ」と言われてお言葉に甘えてしまったから。 最後は「あ、いきそ、待っ」と兄の言葉は勿論、私の口も間に合わなくて、半分くらいは手とこぼれ出して兄の腹に、もう半分が途中から口に。前回よりもどろどろで、間に合った分を飲み干した後に手に出された分をずるずる啜った。兄の腹にこぼれていた分も舐め取ったけれど、「待って、待って、くすぐったい笑 くすぐったいってば、ちょっと笑」と笑わせてしまって、なんだか愛おしくなった。 その後は二人でだらけていた、兄は珍しく眠れないようだった。何故か携帯電話のキャリアを訊かれたのだが、答えても「○○か、丁度いいな」と言われただけで、結局あれは何だったのだろうか。片付けは後日になると溜め息を吐いた兄に、私がこれから支度をして帰れば掃除ができるのならば帰ると言ったが、「そういうことじゃないからいいよ」と返されたから、甘えて家に居ることにした。「何時に帰る?」と一応は訊かれて少し凹んだが、おそらく兄としてはとても何気ない質問だったのだろう。それから、ぼんやりとしていると、スマートフォンを眺めていた兄が唐突に笑い出した。「ウケる、ビールを盗んだ豚が泥酔して牛と喧嘩したって」 そんな、あまりにも情報量が渋滞しているニュースを伝えられてしまって、笑いが止まらなかった。「あの、どうしたらお兄ちゃんに喜んでもらえるか学習できるし練習できるからいいんだけど、二回連続で挿れてもらえなかったのはちょっと、凹みました」「ああ、言われてみればそうだなー。挿れてほしいって言えばよかったのに」「いや、あの、お兄ちゃんがよければそれでいいし、その、お兄ちゃんが気分じゃなかったら困るから」「ふーん?」 兄さえよければ、私はそれでいい。その後、二十二日の予定を訊いた。六月の二十二日は、かなしい日だから。決まらないようだったから、近くなったときに改めて訊くと言っておいた。 それから暫くして漸く眠りに就けた兄と一緒に眠った。いつもどおりよりも少し早めの時間に目を覚まし、起き上がってぼんやりとしていたら、脹脛の隣で“ぽとん”と音がした。虫が居た。飛んで壁に移ったが、蜘蛛だと怖がって眠っている兄に思わず飛びついてしまった。「んー……?」「あ、えっと、蜘蛛が居て怖かっただけ、ごめん」「そっかー」 もう一度起き上がって位置が変わっていない彼をまた見やると、やたらと巨きくて「やたらでかいよう……」と泣き言をこぼしてしまった。が、よく考えて、スマートフォンのライトを当ててじっと見た後に、正体が判った。「にぃにの飼ってる子達って蟋蟀さん、食べる?」「うん」「ああ……ご飯さんが逃げたのが一匹居ただけだったよ」「うわ、まじかー」 兄の飼っている子達は小さ目のヤモリ科が多いのだから、脱走ご飯が居てもおかしくないのである。爬虫類の餌はすっかり冷凍マウスの印象が強くなっていたが、それは主に蛇のものであるのに、すっかり失念していた。その後、ご飯さんを暫く観察して、お手洗いを借り、また兄の寝顔を眺めてぼんやりして、肺を兄の部屋の空気で満たした。 帰る頃、兄の大きな手に少し触れた。終えた後に起き上がって座っている兄の髪を触ろうとしたときに「だめ、ちりちりしてるから」と断られたから。「お仕事、頑張ってね」「うん、ありがとー。気を付けてね」 兄は結局、優しい。来てすぐに少し咳き込んでいたら「風邪ひいた?」と訊かれ、否定したのに「本当?」と重ねられてしまった。終わった後にも、先日と同じように「大丈夫かー?」とまた訊かれてしまった。身勝手なのに、優しい。人間は、多面体だ。解っている。 十六日は、唯人に少し性格のよくない質問を投げかけてしまった。普段ならば一切として他人と自分を比べることの無い自分の世界に閉じ籠るエゴイストでも、少し弱って他人と比べて惨めな気持ちになって苦しむこともある。唯人には、すべて話してしまえた。どんな醜悪な感情も。「しーちゃんはしーちゃんで持ってるものがある。私には無いものなので胸張って欲しい」「比べんなと叱られそうなもんだが、俺のほうが×××だよな?」「比べんなと言うか比べようがないんですけど。しーちゃんは愛されるべき人間。聞く限りなら比べようがないくらいしーちゃんが上」 誰が誰より優れているなどということは、私のなかにあってはならないのに、その言葉で安心した自分が心底嫌になった。性自認はぶれてばかりなので、唯人の前では“俺”と言ってしまう。 それから、十七日。先述の県さんに会った。やたらと邪魔くさいと思ったら、身長が185cmとのことだった。「しおって思ったより小柄だよね、失礼だけど横も、縦も」と言われた。どうでもいい相手とでも手を繋げるので、手を繋いでいたら「しお、本当に指細いなー。強く握ったら壊れちゃいそう」と言われた。すきなひとに言われたい言葉だと思った。 帰宅後、「少しはドキドキさせられたかね」と問うてみれば、「ますます好きになった」と言われたので、可笑しくって仕方が無かった。自分からすく気の無い相手を惚れさせるのは、何故なのかよく解らないが、面白くって仕方が無い。からかうと面白い。「好きにさせておいて突き放したりして楽しまれると、それはなんかゾクゾクしていいな。俺ツンツンされてるほうが好きだから、すごくいい」 そして、私には兄(と好天さん)が居ると知っていても、他人のもののほうが興奮すると抜かすので、おかしなひとだと思った。 今日会う前、もう少しで完全に落とせそうだと思っていて、あとは直接的に触れさせればいいと直感していたから、カラオケに入ったときに県さんのフェティシズムを感じる部位である太腿を、ワンピースを捲り上げて触らせてあげた。先ず態と、脚の目立つ恰好をして行った。それと、少し髪の匂いを嗅がれた。匂いもすきだと言われた。時々言われる。本人にはよく解らない感覚だ。 少し驚いて困ってしまったのは、県さんが先月の日記に書いたシングルファザーの子と友人だったということを知ってしまったくらいか。愚痴をこぼしていたら「似ているひとを知っている」と言って、シングルファザーの子のハンドルネームを口にした。少し悩んだが、白状した。その子であると。世間は狭い。 十八日。昼寝をしていると、一泊二日の旅行からの帰路に居る父から晩ご飯に就て相談するLINEが来たことを報せる通知の音で目を覚まして返信して、スマートフォンの手帳型カバーと瞼を再び閉じた。すると、また通知の音が鳴り、どうせ父からの承諾の返信だろうと目を閉じ続けたところ、続けて鳴る通知。目を開けて、スマートフォンの画面を見やれば、好天さんからのLINEだった。 最後のLINEが私からの誕生日祝いだった為、好天さんから先ず送られて来たのは「ありがとうな」という言葉、それから「ごめんね、全然送らずに」という謝罪だった。 前日にニゲラちゃんが「私がお願いしておくよ、また会える様に」と、ウェブパンクのLINEスタンプを贈る数分前に言ってくれたおかげなのかもしれない。好天さんは「帰っても会えるじゃん、大丈夫」と言ってくれた。地元へ帰った後はきっと会える頻度が減ってしまうことをさびしがった私に、好天さんは「よしよし。ごめんね」と謝るものだから、謝らないでほしいと心底、悔しくなってしまった。自分の弱さを、露呈してしまう愚かさを、呪った。 だって、好天さんは実家のある地元へ帰ることを、距離が離れてしまうことを話したときに、私に「回数減っちゃうだろうし、寂しくなるな」と呟いた。私が、好天さんのおかげで行動範囲が大幅に広がると前向きな発言をしたところ、好天さんは「よかった、縁が切れてしまうかと思った」なんて言ったのだ。私は何も恐れることなど無い筈なのに、重苦しい自分のさびしさを、好天さんに向けて露呈することで一部を背負わせることになってしまった。もっと元気に振る舞いたかった筈だった。うれしい筈だった。それなのに、ばかだなあ。 二十日。シロップのツアーの東京での2DAYSの一日目に当選した。二日目は一般販売で勝ち取れるかどうか。そして、兄を改めて二十二日に会えないか聞いてみたところ、「土曜えっちしよ」というやはり最低で、それでも救われる返信があった。ほっとした。これで、少しは楽に過ごせると思っていた。 ちょっと、書ききれない、また明日
2019.06.23
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生きる言い訳を見つける為に生きている。生きる言い訳を見つける為に生きる言い訳を見つける為に生きている。生きる言い訳を見つける為に生きる言い訳を見つける為に生きる言い訳を見つける為に……と、さて、この甘ったれたミルフィーユはどこまで重なっていくのだろう。どこまで重ねれば、生きる言い訳が見つかる場所まで積み上がり、登り詰められるだろう。 生きる意味を求めることはやめた、“無い”ことを証明することは不可能であるからにして、おそらく探し求めずとも私の知らないどこかに勝手に存在しているのだろうと思う。“意味”も“理由”も、振り子みたいに近寄ったり遠ざかったりするだけの、似たような言葉だ。けれども、私の場合の“意味”は自分の手の及ばない部分にあり、“理由”は自分で作ることのできるものだ。つまりは、言い訳と同義とも言える。母が父を愛し、父が母を愛し、それで私は産まれた。けれど、私はきっと親以外に二度と愛されない。それでは生きていても仕方が無いと、愛されることに随分と大それた“意味”を見出しかけたけれど、「何故に誰かが愛してくれないからと言って死んでやらねばならぬのだ!」と考え直した。私は愛されたくて生きているのではない、人間や創作物を愛したくて生きているのだ。私には、私が作った“理由”がある。「愛したいから」、それが私の生きる理由だ。 誰が云い始めたかは知らないが、“信じる者は救われる”のだ。思考停止して都合の好い妄想を盲信して現実を見なければ、楽でいられるということなのかもしれない。けれど、私はそれでいい。目に見えない物質でさえ無い“愛”とやらの存在を、それを感じることがしあわせなのだと、信じていたい。愛していたい。生きていたい。 信じて痛い。愛して痛い。生きて痛い。痛い。だから、きっと夢ではないし、実在する。 前回の日記からまたひと月が経った。せめて月に一回は書きに来たいから、こうして書いている。先月の日記の前日、別の男性と知り合ったばかりだった。シングルファザーの子のことであまりに落ち込んでばかりいて、病んだ(笑)日記記事を連投していた。そこに、その男性は何回もいいねをくれた。私が落ち込んでいるとき、必ずと言っていいほど、いいねをくれた。まるで、寄り添うように。私はメッセージを寄越してくる男にしか興味が殆ど無かった、そこまでしてくる相手でないと何も起こらないと思っていたから。私は、よごれたい。だから、そういう目的を持ってメッセージを寄越す男にしか興味が無かった。それなのに、どうしてだか、その男性のことは気になった。落ち込んでいいねをもらう度、その男性のアイコンを見ては「あ、またこのひとだ」と記憶していた。だから、感謝の気持ちも込めて、私からメッセージを送った。いつも落ち込んでいるときに優しいいいねをくれていたことへのお礼を言った。 そこから話が弾んだと言うか、何と言うか、兎にも角にもすぐに会うことになった。そのひとの名を、“好天さん”としよう。先月二十五日、好天さんの自宅最寄駅に到着したのは昼過ぎだったけれど、好天さんから返信が来たのは十六時頃だった。その間、私は駅ビル内をぷらぷらしていたり、友人と通話をしたりしていたので、待つことは苦痛でもなかった。そもそも、昼過ぎまで寝ていると好天さんは前日に伝えていてくれたから、あまり気にしていなかった。 随分と慌てた様子で現れた男性は、まんまるだった。会う前から好天さんの体重を聞いていたから、「へえ、九十キログラムとはこういう見た目なのだな」と思うだけだった。好天さんについて行って、家にお邪魔した。だらだらする予定だったから、持って来ていた寝間着に着替えて、ベッドでふたりでごろごろした。抱き合っているだけだった。けれど、女をベッドに横たわって抱き締めていて反応しない男というのは滅多に居ないものなので、好天さんが必死に我慢している様子を腰辺りに感じていた。真面目なひとだと思った。私の身体はバグ修正が行われないままの為に性感帯が大量にあり、好天さんはそういう部分に触れて私が震えると「あっ、ごめんね、ここだめなんだね」と極力触らないようにしてくれた。そうして、静かに抱き合っていた。けれど、後ろから抱き締められているときに後ろから手をまわされて頬を撫でられて、不意に唇に好天さんの指が当たった。好天さんがどちらかと言えばマゾヒスティックなのは知っていた。時々震えながら、乱れそうな呼吸を抑えながら、私が甘えたいだけ甘やかして抱き締めてあちこちこども相手みたいに撫でるだけの真面目さが、優しさが、誠実さが、可愛くて、私は口をあけて、その指を咥えた。舌で、好天さんの理性を溶かして壊した。真面目さや優しさや誠実さが愛おしいからこそ、それを壊して、セックスした。終わってからは、兄の存在を知っているから何度も謝られた。自分勝手だったと、たくさん愛撫してくれたのに謝られた。 その日、好天さんは泊めてくれた。そうして、八ヶ月ぶりの煙草を喫った。好天さんの愛煙しているハイライト。名前にぴったりの、青空みたいなハイライト。 たくさん話して中身を知り合って、たくさん愛撫して外側を知り合った。私もマゾヒストだけれど、好天さんに対してはサディスティックな気持ちが湧いて止まらなくって、可愛く鳴く好天さんが愛しくて仕方が無かった。 どうせ、二度と会えないと思いながら、翌日の昼に解散した。 二十八日、好天さんはゲーム仲間とのオフ会帰りの午前二時にLINEをくれた。とてもばかばかしい内容だったけれど、ものすごく楽しかった。二時間ほどやり取りをしていた。どうせ、二度と連絡なんか来ないと思っていたから、嬉しかった。午前四時頃に眠って、十時頃に目を覚まし、好天さんに「おはよう」と送ろうとした。すると、私がぱたぱたと文字を打っている間に好天さんから先に「おはよう」と来て、先を越されて悔しかったのと、タイミングがあまりにもばっちりで、しあわせな気持ちでいっぱいになった。 この日は父と外食をし、レストランで食器の鳴る音を掻き消すように、私の行動を肯定した。私はただ“愛すること”が好きなのだ。庇護欲も強い。だから、メンヘラや屑を見つけると、愛さなくてはならないと思って、人数関係無く愛を注いでしまう。父はそれを「それは世間一般の言う“男遊び”とは違う。紫苑さんは遊んでいない、きちんとそれぞれの相手に真剣なんだから。“遊んでいる”なんて言って、自分を下げなくていい。その言葉を使っても、自分に嘘を吐いていることにしかならない、本当は遊んでなんかいないのだから」と言った。そうだ、私は誰に対しても真剣なのだ。遊んでいるつもりが、本当は無い。 無いんだ。 その翌日、二十九日。昼前に兄から「今日えっちしよ」とLINEが来た。朝からわけもわからずに薬に頼りたい気分でいたから、とてもありがたかった。「返事なかったら電話して」と言われていたから、自力で家の前まで辿り着いた後は予想通り返信が無く、電話をかけた。家に上げてもらった後、「俺シャワー浴びようと思ってたんだよね。……背中流してもらおっかな?」と言われて、洗いっこをして、行為に及んだ。やはり、何だか様子が違った。妙なまでに普段より発情していて、首に軽く噛みつかれて痕がついた。達するのも早くて、何事かと訊いたら「久々だから」と。たしかに兄との行為は十八日ぶりだった。「たしかに十八日ぶりだけど」「うん、俺もあれからしてないもん」 偶然に相手が見つからなかっただけだと、解っている。けれど、兄だけにすると言っておきながら私は、こんなにも不誠実で。兄も好天さんも誠実なのに。私は、こんなにも。遊んでいなくたって。薬が欲しい。 兄に会ったのに、気分が晴れなかった。そのまま苦しんでいたら、二十七時に好天さんからLINEが来て、通話したいと言ってくれた。すぐに好天さんは眠ってしまったけれど、薬が無くとも落ち着けた。好天さんとの次のデートは、子供の日に決まった。 また翌日、三十日。朝から好天さんと通話をして、テレフォン・セックスをした。「気持ち悪くない?」と好天さんは自分が喘いでしまうことを気にしていたけれど、寧ろそれが聞きたくて私から「聞かせて」と頼んだのだった。 そうして夜になってから、落ち込んだ。性依存の症状の一つである自己嫌悪に、すっかり呑まれてしまっていた。恋心を抱いて愛する相手を性欲の対象にすることは何も不自然でも悪いことでも無いと理屈として理解していても、どこかでそれを“大切にしていない”というふうに感じてしまう。すきなひとの前では性自認が女性に固定される一方で、幼児退行することがある。こどもでいたかった、性別なんか関係が無いそれでいたかった。女として抱かれることも、こどもみたいに戯れることもしたい。その両方ができて漸く満たされるのかもしれない。こどもの私が、女の私を怖がっていた。嫌がっていた。だから、好天さんに“仕事を終えて余裕があれば”と通話を頼んだところ、丁度休憩に入ったところだったらしく、五分で予告無しに通話がかかってきた。何度も謝った、大切にできなくてごめんなさい、と。相手の性欲を満たすことだって大切にすることの一環にもなろうに、何度も謝った。「俺は大切にされてないなんて思ってないよ。すごく大切にされてるなあと思ってるよ」 そんな穏やかな言葉に安心しながらも、大切にできていないのではないかという自分への疑念が晴れないままだった。どうして私はこうなのだろう、愛情が性欲に満ちている。「身体さえあれば成立してしまうもん」「そりゃそうだけどね? 物理的な話でしょう? すきだからしてくれたんでしょ、あんなに」 私の愛情は、きたない? こどもはきれい?「だいじにできてないなあって思うんだったら、思った瞬間から頑張ればいいんだよ」 嗚呼。「俺がしてほしいって、してくださいって言ってるんだから、ね? それでいいんだよ。大切にされてるよ、俺」「ううーん……うん……うう」「んー、じゃあ、次からはえっち無しにしよう。俺ちゃんと我慢す」「嫌だ!」「んもう、どうするの。ふふ」 いつだって、大切にされるのは私のほう。身体を愛でることが好きで仕方が無くて、他の返し方がわからない。それでも、喜んでくれるのか。そう問えば「うん。うれしい」と、好天さんは優しくて、けれど、嘘の無いような声で、答えた。 そうして“令和”のイントネーションが“昭和”ではなく“明治”と同じであることを受け入れられないまま、子供の日。令和早々桃厭さんから久々にメッセージが来たけれど、それはどうでもいいとして。やはり好天さんは一時間以上遅刻して来たけれど、気にせず家へお邪魔した。好天さんは、今回はコンドームを買って来ていた。数年はセックスする機会が無かった為に前回は家にコンドームが無くて、私の腹に射精するしか無かったのだ。私の為に、態々買ってくれた。うれしかった。兄の避妊しないところも愛おしいけれど、好天さんの誠実さも、愛おしかった。 そうして、二人で昼寝をしたり煙草を喫ったり、また泊めてくれるとのことだったから夜遅くにサイゼリヤへ行ってふたりして間違い探しに夢中になったり、帰宅してからは好天さんがタブレットで音楽を流しながらそれに合わせて歌っているのを聴きながら、その腕に抱かれていたり。 そして、初めて他人に果てさせられた。私は快楽を得るのは容易いのに、他人の手で果てることができなかった。相手に申し訳なくなるので、長々としてもらいたくもなかった。けれど、好天さんは「俺もしたい」と言って、ずっとずっと頑張ってくれた。その後、やはりセックスをした。「すきと言って」と言われて、ああ何でも無い関係でもセックスしながら伝えてもいいのかと、そんな恋人の真似事みたいなきもちのわるいことをしてもいいのかと、心底ほっとした。声が枯れるまで抱かれて、“すき”と喘いで、汗がぱたぱた降るまで腰を振った。二十七時。 翌朝、好天さんが煙草を喫っている隣で、私は酷く落ち込んでいた。また、性依存の話。「俺達はセックスする為に産まれてきたようなものだから。繁殖するように、種を絶えさせないように」「それなら、必死に避妊してばかりいる私は何なのかな」「きもちいいようにできてるから。で、俺達は人間で、考える力がある。繁殖するかどうか選べるだけの知能がある」「理屈では解るのに、納得できない。どうにも好天さんを汚してる気がしてしまうんだ」「それはセックスをきたないことだと思ってるから仕方ない」 納得できない幼い私の心ごと、好天さんは抱き締めてくれた。どうしたらいいか判らなくて、泣いた。すると、好天さんは私の耳を噛んで首を舐めて口に指を捩じ込んで、私は自己嫌悪の種類に依っては快楽を覚えるスイッチが切れてしまう、けれど。「この自己嫌悪じゃスイッチ切れない、から」「いいじゃん」「ふは、そうなんだよ、ね。マゾだから、滑稽で、興奮する」 大嫌いな快楽を与えられて、かと思えばあやすように抱き締められて頭を優しく撫でられて、けれどまた下着をずらして指まで挿れられて、それなのにまた指を抜いて反対の手で頭を撫でて。自己嫌悪が安堵に際立たされて泣きそうになっては、またそれを快楽で押し流されて。気が狂れるかと思った。 私は好天さんの前では完全にこどもっぽくなってしまうようになって、天邪鬼な発言が増え、喜びを表現する際に真逆のことを言うようになって、好天さんは「文句を言われた」と傷付いてしまった。それで自己嫌悪で落ち込んだりもした。けれど、好天さんは「もういいから、ほら、おいで」と言って、私を自分の方へ引き寄せようとした。ものの、私の傷だらけになっていた手首に気を遣っていると私がどうしても動かせなくて「なんでここだけ重力強いの……!」と言われたり、「痛いことになっちゃうから! ほら!」と、必死に私の腕にだけは手が触れないようにしてくれていた。 そうして、昼にまた、一駅分だけ一緒に電車に乗って、解散した。 八日、シングルファザーの子から正式にお別れしようと言われた。が、そこからまた会話を続けるものだから、九日の朝になって「君は本当にさようならする気があるの?」と問えば「無い」と答えられた。甘えたなのだ。けれど、それも簡単に終わった。何日だったかも正確に記憶できていないけれど、終わったことなのだ。あの子は、ただの夢だった。 十二日にはコミティアへ向かう電車の中で好天さんからLINEが来て「今日休みにしたった」と言われて冗談のつもりで「飛んで行っちゃうぞ」と言ったら「来れるならおいで」と返って来たので、イベント後にオフをするつもりだったひとに「大事な用事ができた」とその先約を蹴った。結果として、そのひとにああだこうだと言われながら絶縁されたけれど、それもまたどうだっていいことだ。イベント後にお手洗いへ行ったところ月経が訪れていて、二時間かけて自宅へ戻るのは困難な月経痛を覚えていた為に好天さんの家へ尚のこと転がり込んだ。好天さんは、セックスができなくともいいと言ってくれるひとだから。 汗だくになって不快だったから、ブラジャーとキャミソールと序でに靴下も、好天さんが洗濯するタイミングでお邪魔したようだったので一緒に洗ってもらった。昼食を摂りに行こうというときになって、私の上着は薄手でノーブラで着るのはあまりによろしくないということで、代わりに好天さんが可愛いネイヴィーブルーの私にはだぼだぼのニットを着せてくれた。またサイゼリヤで間違い探しに夢中になって、カルボナーラを食べて、その後はカラオケへ行った。好天さんの歌唱力はとんでもないものだった。上手過ぎる。わけがわからなかった。薬師丸ひろ子を歌ったら「可愛い」と言われたり、個室内で擽られたり悪戯されたり、甘えたり甘えられたり、そこから徐々にエスカレートして行った。ただ甘やかすだけのキスのつもりが、やがて唾液を飲まされて、私もお返しに好天さんの髪を撫でていた手をずらしてその耳を撫でてあげると、好天さんはすっかり蕩けて「紫苑ちゃんのも、ちょうだい?」と唾液をねだられて、最高の気分になってしまった。 が、カラオケから好天さんの自宅へ戻る途中で、今日は泊まることができないことが判明した。そして、タイミング悪く、落ち着いていた月経痛がぶり返したのと昼食の消化具合に因る吐き気が始まった。家へ帰り着いてまたぶっ倒れてしまったけれど、好天さんはとても頭の切れるゲーマーである為、友人とのゲームの約束があってそちらへ意識を向けていたのもあったりして少し冷たかった。私が悪い。通話を二時間も押して待ってもらってしまった。体調が落ち着くまで、取り留めの無い話を聞いてもらった。私は面倒だと思ったときに平然と相手にとって心地が好いであろう嘘を吐いてやり過ごすことがあるから、好天さんもそうなのではないかと疑っていると伝えれば「基本的に素直な人間だから」と否定してくれた。まあ、そうだな。やり過ごそうとするのであれば、きっと無理矢理にでもこのとき優しくしてくれていた。けれど、距離を取っていた。きっと少し面倒に思われていた。 帰りは駅まで送ってくれて、駅前の喫煙所で煙草を喫ってから、改札口の近くまで行った。そこで「さびしいよう」と言って抱きついたところ、好天さんは私が思っている以上に他人の目を気にする(とこのとき漸く理解した)為、「もう呼べないなあ」と言われて物凄く傷ついて泣きそうになってしまった。冗談のつもりだった、らしい。けれど、解らない。兎にも角にも申し訳なさばかりで、洗濯してもらった靴下だけはどうしても乾いていなかったから好天さんの家に置いて、次に取りに来るという約束にしてよかったと思った。 この日よりも先に、好天さんからLINEで、実家へ帰ることになったと聞かされていた。生活があまりに苦しいとのことだった。金銭面で困窮すると人間は心が荒むもので、好天さんにとってゲームこそが心の支えなのだ。私は気休めにもならないのに、気晴らしの邪魔をした。精神面で不調でないときにまた会おうと言ってくれた。 私は元来、他人の趣味の邪魔をすることが嫌いだから、この日のことをとても気にしていた。何日も悪夢に魘された。好天さんに「もうお前とセックスしたくない、もういい」と言われたり、好天さんがLINEでご友人に私のことを愚痴って嘲ってご友人からの返信の内容も「そんな奴、早く切っちゃえばいいのにw」というものなのを傍観していたり、そういう夢ばかり。 だから、十八日未明に突然「今日来られる?」と言われて決定した十八日のデートには、ハイライトのカートンを買って行った。お詫びのつもりだった。到着前に「今日は泊まって行きなね」と言われていたから、心底ほっとした。デニムを穿いて行った。デニムだけを身に着けた裸体というものは男女問わず美しいものだから、その状態で暫く過ごしていた。そうして、昼寝する前、好天さんの精液を飲ませてもらった。初めて飲ませてくれて、しあわせだった。 が、折角の休日なのに何もしないで過ごすのは勿体ないからと、何をするか提案を迫られた。「俺が嫌なことを思いつけたら、次は俺の番で考えるから」という謎のゲームと化し、「映画は? ホラーだけど」と言ったら、「やるじゃん、俺の嫌なことじゃん」と。落ち着きが無い為、じっと映画を観ていることができないらしい。その上、怖いのは苦手だと知っていたので、上手く行った。結果、カラオケへ行った。ジョイサウンドにしようとふたりして思っていたのに、機種を選べないほど店側は余裕が無かったようで、結局ダムだった。今回は前回よりずっと緊張が解けていて、上手く声が出せて、たくさん歌えた。たのしかった。退室時刻が二十二時前だった為、二十三時には閉店してしまうサイゼリヤへは行けなくて、ガストへ行きたいと言ったら「ハンバーグ食べたくなった!」と好天さんに採用されてちょっと遠いガストへ歩いて行くことになった。「歩くの平気?」と訊かれて、寧ろ好きだと答えた。「ガストはねー、山盛りポテトを頼まないと駄目なんだよ。頼まないと金額に0が三つくらい付け足されるからね」「私は辛口チゲしか食べない……」「はあ~ん? しょうがねえなあ、俺が頼んでやるよ!」 こどもみたいな冗談が愛しかった。徐々にひと気の無い道になり、聳える団地がやたらと怖くて「振り向いたら駄目だと思うね」とか怖いことを言われて半泣きで好天さんに私はしがみついて暫く歩いていた。けれど、たのしかった。ガストでは、好天さんが豆腐とうどんとピアスがあまり好きでないことを知ったりした。うどんは忘れたけれど、豆腐はどう足掻いても味が染み込まないから嫌で、ピアスは他にまだ変えられる部分がある筈なのに早くもピアスという改造に走るのかということだった。だから、好天さんは体型のコンプレックスがあって、ピアスを開けない。変えるべき部分を変えられていないから、と。食べ足りないと言うから、帰りにコンビニエンスストアへ寄ることにした。 誰も居ない深夜の道で、好天さんに「喫う?」と促されて、人生で初めての歩き煙草をした。初めてのわるいこと。流石にポイ捨てはできないでいたら、好天さんが私のフィルタ寸前で燃え続ける吸殻を受け取って、代わりに路上に捨てた。優しいアウトローなのだよなあ……。コンビニエンスストアで食べ物を物色している好天さんの隣に居たら、好天さんがふと私の耳元を覗き込んで「なにつけてるのー? あ、天使? 可愛いね」と私のピアスを褒めた。ピアスが好きでないと、聞いたばかりだったのに。その後、食べ物を幾つかとアイスバーを買った好天さんは外装のゴミが幾つか出ていたので、それを入れる袋とかを私が持ったり色々して、気の付く子だと褒めてくれた。「知らない道で帰ってみていい?」と言われたことが、とてもうれしかった。そういう何気ないあそびが、たのしいのだもの。 帰宅後はまたセックスをした、懇願して痕をつけてもらった。「お兄さんに会えなくなっちゃうよ?」と言われても、それでも頼んだ。好天さんに、誠意を示したくて。兄とのことは、やめたい気がしていた。終えた後は好天さんは疲れ果てて動けないでいたものだから、私がコンドームを外して色々と拭って下着を穿かせ、「介護……」と言われつつ布団をかけてあげて、二人で眠った。 翌朝、何を言ってしまったのか忘れる辺り情けないのだけれど、好天さんを少し怒らせた。好天さんは度々私の天邪鬼な発言に「文句を言われた」と言う為、それはどういう気持ちなのかと聞いて話していて、「自分が悪いんだと思ってしまう」とのことで、それは逆に被害妄想が過ぎると思った。「被害妄想ひどすぎじゃない?」と、恐らく声色も悪かったし、言い方も明らかに悪い。それで、不愉快にさせてしまった。けれど、好天さんは語気を強めるだけで怒り方はおとなしくて、冷静に何が嫌で怒っているのかを説明してくれたからすぐに状況を理解できた。反省しようとしたけれど落ち込んでしまい、後ろから抱き締められていた身体を好天さんから少し離した。すると、好天さんはすぐにまた抱き寄せてくれて、抵抗する私を「もういいから」と言いながら無理に自分のほうへ振り向かせた。「ちゅーしてくれたら許す」とねだられて、「そんなことで許されることではないよ」と気にし続ける私に、兎にも角にも好天さんはキスをさせて、その場の空気を収めてしまった。怒り続けても、それを気にし続けても、仕方が無い。折角一緒に居るのだから、好い気分でいるべきなのだ。 暫くしてからまた飲ませてもらった。それから、好天さんはゲームをして、私はその身体に抱きついていた。Tシャツの中に顔を突っ込んで、お腹の素肌にもっちもちと頬擦りをしていた。それがまた終わったら、セックスをした。たくさん噛まれてうれしかったのに、どうにもそれだけで挿入されたから、なんだかこわくなって、終えた後に好天さんが眠っている間にひとりで泣いていた。 好天さんが起きた後、すべて話した。無理をさせていないだろうかと先ず聞いた、マゾヒスティックなのに噛むなんて苦痛でないのかとか。それはそうでもないようだった。その後、”痛みを与えることが手っ取り早く濡らす方法だから、それだけで済ませるばかりの行為になって処理に使われるだけの存在と化して、その目的でしかもう会ってもらえなくなるのではないか?”、“痛いことは確かに好きだが結局として欲しいのは相手からの快楽であるからにして痛みでなくとも好天さんみたいにたくさん長い時間をかけて愛撫してくれれば痛くなくとも構わないのに、好天さんの前戯もどんどん短くなって何もしてくれなくなってしまうのではないか?”、“したいと言ってくれるのは嬉しいけれど、こわかった。だから、もう来ないほうがいい。これで話は終わったから、嗚咽が落ち着いた後はすぐに着替えて帰る”と。好天さんは、もう来ないだとかすぐに帰るだとかに対しても、そのときは「うん」としか答えなかった。けれど、私が話し終えて言葉が途切れたのを見計らって「もう来ないの?」、「呼んでも来てくれないの?」と問うた。会いたい、来たい。そう言った。「俺から挿れたいって言ったのはね、二回連続で女の子のほうから『挿れて』って言わせたくなかったからなの。昨日の夜は『挿れないの?』って言わせちゃったから」 気遣われていただけだった。そう、四回もしていたこと、その上に四回目は噛まれるだけですぐに「挿れていい?」と訊かれたし、好天さんは「すぐいっちゃうの勿体ないくらいきもちいい」と言ってくれるのに四回目はすぐに果ててしまったから、こわかったのだ。なあんだ。優しいだけだった。 夕方には帰ることになっていたのにすっかり夕方になっていて、夕食を一緒に摂ることになったのに食べるものが決まらなかった。「コンビニで買って電車で食え!」と冗談で言われてしまったのだけれども、また落ち込んでしまって、「帰る度にそれだと俺もしんどいよう」と言われてしまった。違うのだ。帰るのがかなしくて落ち込むわけではない、突き放されるような冗談が苦手なだけなのだ。たぶん、解ってもらえたと思う。それから、回転寿司へ行った。道中の蚊柱が凄まじくて悶絶していたけれど、好天さんは「俺、人目気にするんだけど」と。どれだけ虫が顔にぶち当たってしんどくとも真顔を貫いていた(らしい)。 三皿くらいしか食べずにデザートも残したけれど、それでよかった。注文した豚骨ラーメンが来るのをわくわくして待っている好天さんが可愛かったから。デザートのとき、好天さんは「大学芋すき?」と訊いて、食べたことが無いと答えたら食べさせてくれて、美味しかった。クレームブリュレアイスもあーんしてくれて、美味しかった。私がミルクレープを食べきれるか不安だと言ったら「半分こする?」と言ってくれて私は照れくさくて顔を覆ってしまって、「じゃあ、残ったら俺が食べるよ」と気を遣って言い直してくれて態と残した、美味しかった。好天さんは知能指数140で中高生の国語を教えられる教育職員免許状を持っているが、子供が大嫌いで、回転寿司屋が大賑わいだった為に子供への不快感の示し方が凄まじかった。好天さんは色々な面でデリケートなのだなあと思った。 悪い印象ばかりを積み上げている気がして、帰る前はずっと不安だった。まだ嫌わないでと言って、貸したモバイルバッテリーを改札越しに返してもらって、帰った。 この日の好天さんはたくさん甘えてくれて、うれしかった。本来であれば完全に甘やかす側に徹するし、私がなにかを食べる度に「おいし?」とこどもに向けるような優しい声色で問いかけて「美味しい!」と答えると「うん、よいことだ」と返すし、ずっとくっついていたがると「可愛い~、甘えんぼさんだあ」と言うのに、そんなひとが、甘えてくれた。 好天さんは、「たのしい?」、「しあわせ?」と聞いてくれる。そして、私を抱き締めながらたくさん「落ち着く」、「しあわせ」と言ってくれる。 だから、誠意を示したいのに。今日は兄から珍しく「今日は仕事休みになったんだぜ」とLINEが来て、好天さんにつけてもらった痕が残っているから、体調が芳しくないと言って(事実ではある)何もできなくてごめんなさいと謝った。きっと、あそびにいきたいと私が言うと思って、言ってくれたろうに。 どうしてなのかわけもわからずに、兄がやはり、すきだ。好天さんのことも、愛しくて堪らない。どうしたらいい? 恋愛対象になる人間にしか殆ど関心が湧かないから、どうやら二三人にLINEをブロックされて絶縁されたけれど、どうでもよかった。一人にはぎゃんぎゃんなにか言われたけれど、それもどうでもよかった。そんなことより、私は、愛してしまう自分と向き合っていたいから。放っておいて、いいよ。
2019.05.23
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泣くときに獅噛みつくように抱き締める為の、大きめのぬいぐるみが欲しい。今居る子達は小さ過ぎて、泣きながら抱き締めたら涙で溶けだしてそのまま私の身体の中へ染み込んで形が無くなってしまいそうでこわい。だって、きっとこの子達はとても優しいから、私のかなしみに同調しようとして私と一体となってしまう。そうして、私の心へと潜ろうとしてしまうだろう。それは、どうしたって避けたいことだ。あまりにも、小さい。私のなかへと忍び込んでしまえるくらいには。忍び込んだところでかなしみに対峙したら怯えて逃げ出してしまうであろうくらいには。 かと言って、大きめの子を迎え入れたとして、私が泣くときだけにその子を抱き締めていたら、きっとその子はかなしみしか知らない子になってしまうよなあ。それは、かわいそうだよなあ。愛でられるべく造られたのに、かなしみしか教わらないなんて。それならば、しあわせなときにも抱き締めてあげるべきなのかなあ。けれど、それでは混乱してしまわないかなあ。かなしみとしあわせの両方を教わってしまえば、きっと、どちらの存在もより際立つ。かなしみに怯えさせたくないなあ。しあわせに飢えさせたくないなあ。それならば初めから、かなしみしか知らない子にしようか。くるしい、かなしい、つらい、さびしい。それだけを知っている子にしようか。他に何も知らなければ、くるしいを苦しく思わない、かなしいを悲しまない、つらいもつらくないし、さびしいなんて感じはしない。 やめよう。そんな、呪いのようなことをしてはいけないね。ひとりぼっちでいたらいい。それが私にとっては何よりの最善策なのだ。今がおかしい。それだけの話。誰かが居てくれている、今がおかしいだけの話。 先月の記事からひと月が経過した。兄との関係がどうなったかと言えば、エイプリル・フールの月曜日に「えっちしよ」という悪戯電話よりもレベルの低いLINEが来て、それでも嬉しかったから日時を訊けば「今日」と返ってきた。私はあなた専用のデリヴァリー・ヘルスでは無いと思いつつ、そして日付を気にしつつ、支度をして兄の家の最寄駅へ向かった。 先月の記事でも述べたとおり、私は男性が苦手だ。そして、別れる度に慣れはリセットされ、一回目に散々慣れさせても二回目にはまた怯える。筈だった。しかし、兄と合流した瞬間「あ、お兄ちゃんだ」としか思わなかった。ちっともこわくなんかなくて、そのまま家へ行った。私を迎えに来る道中にたこ焼きを買って行こうとしたらしく「希望ある?」と訊かれ、特に食べようとも思わなかったので否定したところ「明太チーズマヨだな」と返って来て、なかなかに下手物を食べるのだなあと思った。帰宅したら兄はまずそれを食べ始めた、が、部屋に入った瞬間「あっ洗濯物畳んでねえや」と言っていたので暇を持て余していた私はその一部を畳んでいたりした。 漸く食べ終わった兄とする前に、そのとき雑菌に因って膣内が炎症を起こしていること、その原因が洗い過ぎであること、洗い過ぎた理由は前日である土日に他の男とラヴホテルで散々したからだと、正直に白状した。その“他の男”とは現在、再び連絡を取るか迷っているところだ。“女に他の女の話を態とすることで嫉妬させて興奮する”という、何故に事件に巻き込まれないのか不思議な性嗜好を持った男だからだ。そして、セックスが下手で痛かったからでもある。口が上手いだけの男だったからだ。植物にそこそこ明るくて、人間としては素敵なのだが、男としては壊滅的なのである。私が桜と勘違いして送った写真を「桃ですね~」と訂正してくれたので、桃厭《ももあき》さんとでもする。桃厭さんと事に及んだんは、兄に捨てられたと思ったからだった。それを正直に兄に白状したけれど、兄は気にせずにそのまま私を抱いて(やはり避妊せずに)、終わったら眠りに落ちて、お仕事へ行く時間まで眠っていた。眠る前は、「やっぱりにぃにとするほうが気持ち好い」と言ったら「そう?」と少し嬉しそうに返されたり、捨てられたと思いながらも兄に毎日LINEしていたことを「ストーカーだと言われなくて安心した」と話したら「毎日LINEするくらいストーカーなんかにならないって、酷い奴は家とか職場に来る」なんて“ああモテるのだな”と妬いてしまうことを思わされたり、その間に兄はどんどん眠たくなり始めて、「何も趣味が合わない私なんかが懐いてごめんね、私と居ても楽しくないでしょう」と言ったら、口がもう動かなくなりそうになりながら「そんなことない」と兄はもごもごと答えてくれたのを最後に、本格的に眠った。ぎりぎりまで眠ってもらって、私が帰れる最終列車が行ってしまう時間まで寄り添っていた。兄は深夜に働いているが、流石に仕事へ出ている間に他人が自宅に居ることは耐えられないらしく、私はぱらつく雨のなか池袋まで行き、一人でラヴホテルに泊まった。退屈だったから桃厭さんとLINEした後、眠った。貸出サービスをしていた筈の私が使っているシャンプーとコンディショナーは取扱いが終了していて、髪も洗えぬまま翌日に新たな次の為のアフターピルをもらう為に婦人科へ行った。 その後、六日後の七日。LINEでナヴィゲイションしてもらいながら、また兄の家に御呼ばれされて行った。最後の最後にナヴィゲイションに逆らって夜桜に飛びついたら道を通り過ぎてしまい、さて兄の家への道中に郵便局などあっただろうかと訊いてみたら「それは行き過ぎだぜ」と。顔を合わせた兄は、やはりちっともこわくなかった。「今日は制服デートね」と言われて、ロリータ・コンプレックス気味の兄に女子高校生の制服を着せられた。おとなしく着る私もどうかと思う。「会いたかった?」と訊かれて肯定したら、「そっか」と優しく笑うなんて、あまりに狡い。その声で指示されたら、私は容易く淫らな姿でもカメラに納めさせてしまう。今年で二十六歳になる身を学生服姿に包んで、脚を開いていたって。兄は釦を一つずつ外しては一枚撮るという、なかなかの拘りを見せていた。行為の前、何故か兄は自分の身体の部位ではどこが好きかと私に訊くので、わけもわからず“足”と答えた。爪先だ。それと、髪か。あの質問は何だったのだろうな。行為中も兄は「疲れない?」、「もしかして俺、横になった方がいい?」と気遣ってくれたけれど、兄の好きなようにしてくれたらいいと思っていた。 眠って起きた後、ふとした会話の流れで私が毎日相変わらず送っているLINEをきちんと読んでくれていることを知り、嬉しかった。嬉しかったから、下手に落ち込んでもいられないと思い、私は「にぃに。最後にもっと触って」と、あちこち撫で回してもらった。それから抱き合って、口付けをして、撫でてもらった。 帰り道、途中まで送ってくれる最中。兄はちゃらちゃらとした見た目だが、職業上ピアスが開けられないと言う。それならばアーマーリングをつけてはどうかと提案したが、合わせづらいから駄目とのことだった。私のは可愛いよと、その日につけていたものを見せると「知ってる。前もつけてたでしょ?」と。そうだ、エイプリル・フールにもつけていたさ。どうして、そこまでよく見てくれているの? 三回目の逢瀬(笑)の前日、不運にも私は同い年の雰囲気が可愛らしい男の子と知り合っしまっていた。シングル・ファザーで、たった一人の我が子を溺愛している。しかし、平気で他人を見下し、人当たりの良さで必ず自分にとって有利か或いは誰よりも優位な立場に必ず立ち、他人を掌の上で踊らせることも利用することも愉しんでしまう。同僚に対しても「使えないし、誰にも話しかけてもらえないし、早く辞めればいいのにね。可哀想」と、その直前まで会話していた声から一変して、まるで冷たくて細かい砂粒みたいにさらさらと胸の奥に詰まって凍てつかされるかと思う様な声で言い放った。そこで、私だって以前のアルバイト先ではちっとも仕事が覚えられなかったし学生時代は孤独で誰にも話しかけてなどもらえなかったから変わらない底辺だ、と返した。すると、「でも刑務所、入ったこと無いでしょ?」と随分と極端なことを言う。意味も解らずに無いに決まっていると答えたら「じゃあ底辺なんかじゃないよ。俺、前に刑務所の看守やってたんだけどさ。あいつら人間じゃないよ」と。背骨が、簡単に砕けるような氷になってしまった気分だった。 私は平気で直接攻撃してくる人間にしか会ったことが無かった。こんなにも、グロテスクな心を持った人間を知らなかった。吐きそうになりながら、そのグロテスクな姿も愛おしくて、嫌になった。 けれど、その子は兄の存在が気に入らなかったりと、一時的に私への好意を見せた。私が自分の過去の(碌なもんではない)恋愛に関する話をすると、すぐに嫌がって離れようとした。それで十日の水曜日、「自分は昔のことを全て知りたいが、知ると心が壊れる。(それならばつらいと思うであろうことはぼかすと伝えると)自分はおかしいからぼかされることも嫌だ。人間を独占したい、支配したい、コントロールしたい。自分だけのものにしたい。できないのならば要らない」と言われて連絡を断たれそうになった。それならば、すきにしたらいい。そう答えても「できるわけがない。人間は居なくなる」と答えられたから、そっくりそのまま返してやりたくなった。「上辺だけの付き合いならば居なくなろうと傷付かないと理解していてもそれができないことが解った」と、聞く耳を持たない。君のものにしたらいいと言っても、やはり「会っていないときは自分のものではない、そう考えるだけでおかしくなる」などと狂ったように喚き散らして、LINEが途絶えてしまった。けれど、翌朝には落ち着いて、通話してくれた。それなのに、私はその子が居なくなるだろうと見越して、兄にセックスしたいとLINEしてしまっていた。忘れたくて。それを兄が、通話中に快諾する返信をしてしまったのだった。その子は「行っておいでよ」と言ってくれたから、私はおとなしく行った。 十一日はナヴィゲイション無しで、兄の家へ記憶だけで辿り着くことができた。猫が二匹まったりとしていた。家に上がると、真っ先に「俺、寝起きでさあ。まだシャワー浴びてないんだよね。俺の身体、洗ってくれる?」と言われ、洗った。それから、また制服を着た。兄との行為は私が兄に奉仕することが多い筈が、今日は兄にたくさん触れられた。この時点で、何だかおかしい気がしていた。 終えた後、やはり兄は眠るべく「ほら、おいで」と私を隣に横たわらせてくれた。眠るまでその子の話を聞いてもらおうとしたら、いつもは軽いノリでどんな話も受け流してくれる兄が「うん、興味無いな」と遮って斬り捨てられてしまった。何が起こったのか解らないでいる内に、兄は「もういいから、俺だけにしとけって。俺以外の男とすんな」と私を叱った。だって、桃厭さんのことは何とも言わなかったのに。けれど、そう、あれは兄が私に勘違いさせて起こったことだったから、許してもらえただけだった。それに、桃厭さんのことがあった後に会った日、私はたしかに「もうお兄ちゃんだけにする」と言っていた。けれど、信じてくれていると思っていなかった。あまりに今更だったから、それならば兄の他の遊び相手達は一途なのかと問えば、「んや。大体一回きり」なんて、何も言えなくなる答え。私をどう思っているのか聞けば「やたら俺に会いたがる変な子」。その子とも、してはならないと言われてしまった。「他の男が触った女を抱きたいとは思わないね」なんて。 兄が眠った後、スマートフォンを手に取ると、その子から「すてるなら、はやめにして」と酷く弱った内容のLINEが来ていた。そう、この子は、とても脆い。嗚咽を聞いたことは無いが、苦しんでいる。私と出会う前から。 二十一時を過ぎた頃には着替えて、帰る前にまた兄に撫で回してもらった。抱き合って触れ合っていたら耳を食まれて、そんなことは滅多にしないひとだから驚いてしまった。セックスの間も、内腿に何回もキスをされた。「自分の与える快楽だけを感じていればいい」、「この身体は俺のものだ」と念押しされているかのようで。束縛が気持ち好くて、苦しかった。 兄には、嘘を吐いた。「じゃあ、お兄ちゃんだけにする。その代わり、もっといっぱい遊んでよね!」と。すると、兄は「うん」とはっきり答えた。兄は「もっとかまって」だとか「次はいつ会える?」だとか、確約のできないこと等ははぐらかしてしまう。けれど、「うん」としっかり答えるときは、本当のことなのだ。嘘ではないのだ。それを、過去三回で学んだ。私より余程に誠実で、私は何と最低なのだろう。 動けない。 その子には、プロポーズをされていた。「会ってみて、いいと感じたら、結婚してほしい」と。兄には十一日に「一途でいたらワンチャン付き合えたりするの?」と訊いたら「無いねー」と答えられている。未来は無い。けれど、その子には子供が居る。その大切な子供の母親に、私がなると言うのか。学習障害を持ち、頭が悪い私が。傷だらけの腕をぶら下げ、精神疾患を内包する私が。 そんな真剣な話をしようとしていた中、何度もやはりその子は嫌になって逃げようとしたりしつつ、落ち着いて来たと思っていた。が、一昨日になって、前妻が忘れられなくてつらいと言って、また私から離れようとして、現在「私は居てはだめ?」との質問への回答待ちなのだ。だから、名前をつけていない。居なくなれば、ただの夢として片付ける。そして、完全に兄のものになる。 けれど、もしも、あの子が居なくならないで、居てくれたとき。いつか、ぬいぐるみを買ってもらおう。そうしたら、かなしいときもしあわせなときも、抱き締めていよう。あの子とお話をしているときにも抱き締めていよう。かなしみと、しあわせと、ありったけの愛を教えてあげられる。そうやって色んなきもちを教えよう、混乱するかもしれないけれど、きっとかなしいだけやしあわせなだけよりも、楽しい筈だから。 なあんつって、有り得ないのだけれど。居なくなるのだよね、あの子も、兄も、皆。 けれど、こうして私がぬいぐるみを欲するように、二十五歳なんて所詮は子供だ。あの子だって、まだこどもなのだ。ひとりになってはいけないし、守られなくてはならない。守る立場にある人間を守ってくれる人間は、そう居ない。何かを守れるのならば守らなくていいと、他人は勿論、自分でもそう思ってしまう。それを知っている筈だ。だから私に、君を守る権利と大きめのぬいぐるみを、くれよ。
2019.04.23
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鮭のおにぎりが、とても好きだ。鮭のおにぎりとならば、結婚したいと思える。初夜には、誰にも想像がつかないようなわけのわからない交尾をして、彼の子供を孕もう。やがて出産に至ったその日には、少量の米粒を私の体内に残しながらも膣から転がり落ちる、小さな鮭のおにぎり達。自分の体液にまみれていることなんてちっとも気にせずに、自分で産み落としたそれを私は抱き上げる振りをして、そのまま躊躇いも無く口のなかへと放り込んで食べてしまうことだろう。それ等の父親である私の夫は、その様相に愕然とするかもしれない。激怒するかもしれない。或いは、気が狂ってしまうかもしれない。何れにしろ、私を許すことは無いだろう。だから、そんな夫が腐ってしまう前に、私は最後に夫までもを食べてしまうのだ。きっと、美味しいことだろう。わけのわからない交尾をした相手なのだから、一等に美味しくなくてはつまらない。それから私はまた、新たな夫を探し求めるのかもしれない。それとも、何処も彼処も、満たされると言うのだろうか。 葱の味噌汁を夫にすることも考えた。しかしながら、彼は冷めてしまうといけないし、孕んだとしたならば、私は火傷を負うことだろう。臓物の内壁だけを火傷するというのは、一体どんな感覚なのだろう。外と面していない内側だけがぼろぼろだなんて。それでも心とは違って、切り開いてしまえば手の届く場所なのだ。容易く、暢気で、居た堪れない。そうして、鮭のおにぎりと葱の味噌汁、水道水の三つで、生かされている。こんなよくわからない世界の隅っこにすらしてもらえない場所で、鮭のおにぎりとのわけのわからない交尾の夢想が、生かされている。居た堪れない。 本当は、食欲なんてまるで無い。私は阿婆擦れだ、話していて退屈ではないと思えて声が好みの相手であれば、誰とでも寝られる。相手が身体しか求めていなくたって構わない、と言うより、私もそのようなものなので、他人のことを言えない。けれど、本気で恋をして、愛する相手が居るときは別だ。そのひとだけにしたいと、心から願ってしまう。 先週も、男と会った。「自分は一人っ子だから妹が欲しかった、“お兄ちゃん”と呼んで」と言うので、ここでも“兄”としよう。兄とは知り合ってすぐに、会うとに決めた。知り合って二日後に会った。何故ならば、兄は優しい振りがとても上手だったから。いざ会おうという話になったとき、兄は初め「紫苑ちゃんはどこに行きたい? 俺はカラオケとか、ダーツとか好きなんだけど。あ、水族館もいいなあ」と、健全な遊びの計画を立てようとしてくれた。それが本気だったかかは判らないが、このひととはしたいと思った。たぶん、この時点で私は兄に恋をしていた。自覚は無かったけれど。“したい”と思ったのもあったが、私は阿婆擦れのくせに、酷く男が苦手だ。文面でのやり取りや通話は平気なのに、実際に直面してしまうと怖くて顔が上げられず、全身が震えて、碌に言葉を発せなくなってしまうのだ。触れ合って慣れて行けば何とかなるのだが、その為には二人きりになれる個室が必要になるわけで。だから、大抵の男とはカラオケ、もしくはそのままラヴホテルへ直行してもらうことにしている。兄にも、それを伝えた。と言うか、先ず「会うって、不健全なやつだと思ってた」と言ったら「え? 俺は別にどっちでもいいよ、健全なのでも不健全なのでも」という言葉が返ってきたから、私の方が下心があって見っともなくて、その次の日の心療内科の診察で散々泣いた。兄の優しさを、私の下心が反故にしたのだと。私は兄を、大切にしたいと、本気で思っていた。 兄は爬虫類を飼育している。好きだと伝えたら、二枚、写真をくれた。そういう優しさも好きだったのと、あまりに可愛かった為、見たくて仕方が無くて、家に連れ込まれても文句は言わないなどと抜かした。結果、兄の自宅にまでお邪魔した。身体だけが目的の筈だったし、兄と合流する直前までは私をペット扱いして遊んでいた男に散々なことを言われて捨てられていたから色々と面倒になっていた。けれど、性行為を終えて少し休んだ後、兄が不意に立ち上がったと思ったら、ケージから一匹の爬虫類をハンドリングしながらベッドに転がったままだった私の元へと連れて来て見せてくれた。「この種はねえ、大体がすばしっこいんだけど、こいつだけ凄く鈍くて。ほら、ゆっくりでしょ」 そう言いながら私に見せつつ、ハンドリングする手つきはとても優しかった。その後も、他の子達を見せようとしながら、ケージから出そうと声をかけていた。少し怖がりで、結構に噛みついてくる子をケージから出そうとするときに、何度も威嚇されながら兄は「本当に、可愛いなあ」と。あまりに愛おしそうな声で、穏やかな声で言うから。その声を聞いた瞬間「ああ、私はこのひとがすきなんだ」と自覚してしまった。 その後は、兄が壁に寄りかかって生物関係の本を読んでいるところに、私が腹辺りに抱きついてぼうっとしていた。お腹がぷにぷにだった。兄は背が高くなければ、顔も整っていないし、どちらかと言えば細く締まった肉体をしているわけでも無い。そして、初めは「目立つし、余計に怖がらせるかと思って」と黒髪の肩までの髪のウィッグをかぶってきてくれていたけれど、実際は腰まで伸びた赤毛だった。背中の真ん中を過ぎるとブリーチの痕跡があって金色で、そんなことよりも、何よりも、本人曰く「ただの癖っ毛」らしいが、髪がふわんふわんと綺麗にウェイヴしていて、とても綺麗だった。 兄のスマートフォンで爬虫類の写真を見たり、あと、兄は「可愛いものが、可愛いことをしている」という認識らしく、動物の交尾の動画を蒐集しており、それを見せてくれた。少し反応に困ったものの、確かに亀のそれは可愛らしかった。それに、兄の声が本気にしか聞こえなかったので、否定的なことを思う隙も無かった。「腹減ったら言って、何か作るから」 移動が大変だろうと気を遣って泊めてくれる兄はそう言って、兄が食べたくなったタイミングでいいと伝えた。それから、焼きそばと、小松菜の煮浸しが出てきた。小松菜は苦手な筈だったのに、とても美味しかった。元から世話焼きなのだなと、何となく思った。初めの会話で「私は他人を頼ることが嫌いだから」と言ったら「俺もきらーい」と言っていたし。たぶん、ぜんぶ自分でこなせるひとだ。 その後もくっついたり、何なりで、夜になって、兄は寝不足だったから二十一時に寝た。流石に眠たくなくて、ぼうっとしていた。その日に捨てられた飼い主の他にも、バイストフィリアである私と価値観がぴったりの男とホテルへ行ってあまりにも気持ちの好い思いをしてしまったのにその男からも連絡が来なかったり、飼い主の前に私を所有物として優しくしてくれていたひとも私が何となく察して「飽きた?」と訊いたら正直に肯定したので関係を終わりにしたりで、ああ誰も彼も居なくなるのだと思い、泣いていた。兄は寝ぼけながら抱き締めてくれた。 翌日はまず歯磨きをしてから、また結局朝からして、お昼頃に兄の作ったスパゲッティを食べた。兄はパソコンに向かっていたから邪魔をしないよう、私はころころしていたのだけれど、そのうちに眠ってしまった。私は他人の家や他人の居る場所で眠れない筈なのに、兄の傍では平気だった。「寝てたねー」と言われて、少し恥ずかしかった。 帰る少し前に雷雨が酷く、「少しましになるまで居る?」と訊いてくれたから、もう少し居ることにした。帰ることがとてもさびしくなって、どんなに優しくてもこのひとだって居なくなってしまうのだと思って、泣いた。兄は私を抱き締めながらスマートフォンをいじくっていて、私は「また会ってくれるよね、また通話してくれるよね、また来ていいよね」とぐじぐじ言っていた。どれにも「うん」と答えてくれた。 やがて雨は上がって、私は着替え始めたけれど、兄は下着姿が一番好きらしくて、まさかの帰ろうとした途端に最後にもう一度することになった。それも、兄が一番興奮する形で。この趣味ばかりは理解できない、と思ったけれど、私もそれがとても気に入ってしまって、少し困ったことになった。 四回の行為の内、兄が避妊してくれたのは一回だけ。それも、初めは避妊せず、途中からだった。二回目からは“そういうひとなのだ”と解ったから「アフターピル、鞄に、入ってるから、」と自分から誘った。一回目から時間が大して経っていなくて薄いだろうと踏んで、そのときは使わなかった。翌朝の歯磨き後の行為でやっとアフターピルを服用した。最低だと思ったけれど、最低だと思う度に胸が締め付けられてドキドキして仕方が無くて、昔からメンヘラか屑にしか恋ができない自分を恨んだ。「お兄ちゃん、最低」と言いながら犯されると、最高に興奮してしまう。果たして最低なのはどちらか。 で、駅まで送り届けてもらって帰宅して、一週間。一切LINEが来ないわけで。「うん」はぜんぶ嘘だったのかもしれない。けれど、信じたい。嘘だなんて思った途端に、きっと、私は死んでしまう。 今は。本当は、食欲なんてまるで無い。兄の作ってくれたご飯が、食べたくて。
2019.03.23
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2013.05.03
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