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きょうは「成人の日」。数年前よりは少しはましになったかと思えば、今年もやはり馬鹿な20歳が成人式で暴れて捕まっています。そういう馬鹿は厳罰にすればいいのです。さて、それはそうと、うらんかんろがよくお世話になっている神戸・元町のBar・HEAVENのメニューに、新しいラインナップが登場しました。 従来の元祖「コウベハイボール(氷なし)」(ホワイト・ハイボール)、トロ角ハイボールに加えて、ブラック・ハイボール、レッド・ハイボール、イエロー・ハイボールが加わり、5つのハイボールが揃いました。 それらのハイボールたちを、遊び心たっぷりのマスターは「ハイボール・5レンジャー」と名付けて、チラシまで作っちゃいました(写真左=少し濡らしてしまって、字がにじんですみませ~ん(^_^;)。 ブラックは「トリスのハイボール」、レッドは「レッドのコークハイ」、ホワイトはホワイトを使った「元祖・氷なしハイボール」、イエローは「黄角のハイボール」、そして「トロ角ハイボール」は冷凍庫でキンキンに冷やした黒角を使ったヘビーなハイボールです。 いつものように、HEAVENではノーチャージなのに、おつまみ2品(名物のカレー・ピクルス+1品)が付きます。そして5レンジャーのお値段は430円~700円という涙ものの良心価格です。嬉しいですね。 皆さまも神戸・元町へ行かれたらぜひ、この「ハイボール・5レンジャー」を味わってみてください。何の色気もない店内(笑)ですが、実直なマスターが一生懸命作りますよー!(うらんかんろの本「今宵も、BARへ…」も店内で販売していますので、よろしくね!)。 【Bar・Heaven】神戸市中央区栄町通2丁目10-3 アミーゴス・ビル4F 電話078-331-0558 営業時間は午後2時~9時半頃(平日)、午後1時~7時頃(土日祝) 月・火曜定休(アミーゴス・ビルは、中華街西門を出てすぐ海側へ歩いて30秒、通りの東側にあるオレンジ色のビルです)。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2010/01/11
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関西発祥のBARグループである「サンボア・グループ」については、以前もたびたび取り上げたので、皆さんもよくご存知かと思う。だが、関西にはもう一つ、「Savoy」というBARが核となったBARグループが神戸と大阪にある。 グループの原点であるBar「Savoy」はついては、かつてこの日記でも二度ほど紹介した(05年12月28日の日記 & 06年12月27日の日記)が、1967年(昭和42年)、小林省三マスター=写真右=が創業した。関西のBAR業界の先達として、カクテル文化の定着や後進の指導に大きな功績を残されたが、残念ながら店は2006年12月、多くのSavoyファンに惜しまれつつ約40年の歴史に幕を閉じた。 しかし嬉しいことに、小林マスターの右腕として、34年間Bar「Savoy」を支えてきた木村義久さんが2002年に独立され、Bar「Savoy北野坂」=写真左=を一足早くオープンされた。店は「Savoy」本店が幕を閉じてしばらくした後、店名をBar「Savoy」に戻した。今では「Savoy」グループを支える柱となっているだけでなく、神戸を代表するオーセンティックBARの1軒でもある。 新「Savoy」では、「サン・エキスポ」=写真左下=など小林さんのオリジナル・カクテルを後世に伝えるとともに、木村マスターがサントリー・カクテルコンペで優勝したオリジナル「ソルクバーノ」ももちろん味わえる(写真右=Bar・Savoyの店内)。 小林さんや木村さんは、店で弟子を育てるだけでなく、「独り立ち」を積極的に支援してきた。その結果、Savoyグループは現在、神戸にBar「Savoy」をはじめ、Bar「Puerto」(写真右下)、Bar「Savoy Hommage」(写真左下)、Bar「Savoy Nino」、Bar「SONORA」の5店、大阪にBar「Savoy Osaka」と計6店を擁するBARグループに発展している(このうち「SONORA」と「Savoy Osaka」は、独立した営業をしている)。 SavoyグループのBARは、当然ながら、店ごとに個性的で、特徴が異なる。「Puerto」はワンコインBAR(ノーチャージで、どのお酒も嬉しい1杯500円均一!)、「Hommage」はどこかの家の応接間のように落ち着いた雰囲気で、トークが抜群のMマスターの素晴らしいとカクテルが楽しめる。 「Nino」(写真左下=通りにあるこの看板が目印)はこじんまりしたBARだが、女性店長Iさんの優しい接客にいつも癒される。路地裏の突き当たりにあるというロケーションもいい。 「SONORA」(写真右下)は「Puerto」で人気者だったKマスターが独立した店。飾らない人柄と誠実な接客・サービスが嬉しい。店の内装はSavoyグループでは一番明るく、ラテン系な雰囲気。 大阪にある「Savoy Osaka」は以前この日記でもいち早く紹介(08年8月10日の日記)したが、フードが充実し、シェリーの品揃えもよく、BARとバルの中間のような使い方ができる、嬉しい店だ。Hマスターはまだ若いのに研究熱心で、工夫を凝らしたオリジナル・カクテルも魅力的だ(僕の仕事場からも近くて、お値段もリーズナブルなのも有り難い)。 いずれも店の店主、バーテンダー、バーテンドレスにも共通して言えることは、どなたも気さくで、接客が温かいということ。これはおそらく小林さん、木村さんの後進教育のたまものだろう。 唯一、個人的に残念なことは、グループの店のほとんどが神戸の三宮、元町エリアに集中していることか。できれば、今後お弟子さんが独立される際は、ぜひ大阪や京都にももっと進出してほしい。そして、ゆくゆくは東京へも出店して、「関西にSavoyあり」の存在感を見せてあげてほしいと願う(写真右=Bar・Savoy Osaka)。 なお、小林さんは「Savoy」を閉じられた後、しばらく「Puerto」などのカウンターに週数回立たれていた。最近は少し体調を崩されてるが、現在は、調子が良い時は「Hommage」のカウンターに不定期で接客されているという(個人的にも、早くもっと元気になっていただきたい)。小林さんと再会されたい方は、Hommageに電話でご確認のうえ、お越しください。 【Bar Savoy】神戸市中央区中山手通1-7-20 第3天成ビル4F 078-331-8977 【Bar Puerto】神戸市中央区元町通2-2-7 尾上ビル2F 331-8654 【Bar Savoy Hommage】神戸市中央区下山手通5-8-14 341-1208 【Bar Savoy Nino】神戸市中央区三宮町3-9-4 331-2275 【Bar SONORA】神戸市中央区下山手通2-4-13 永都ビル3F 392-6715 【Bar Savoy Osaka】大阪市西区江戸堀1-1-9 06-6445-2077(営業時間、定休日等は各店へお尋ねください) 【追記1】20100109ネットであれこれ調べていたら、「Savoy」という名前を使ったBARは全国に他にも6カ所あることを知った。このうち秋田、新潟、四日市、福岡(博多)の4つはBARで、厚木とつくばの2軒はライブBAR(ライブハウス?)だった。いずれにしても、神戸のSavoyより歴史が古いということはなかろう。同じ名前を気軽に使うのはいかがなものかと思うけれどねぇ…(もちろん「本家のSavoyもあのSavoy Hotelの名前を勝手に使っているじゃないか」と言われたら、反論は難しいのかもしれないけれど…)。 【追記2】小林省三氏は大変残念ながら2015年10月に天上に旅立たれました。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2009/12/29
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きょう12月17日は僕がよくお邪魔して、個人的にもあれこれお世話になっている大阪・天満橋のBar・Cadboll(カドボール)の10周年記念日である( → 08年12月29日の日記ご参照 )。 だから今週は、カドボールの記念ウイークでもある。店では、マスターの林壮一さんがわざわざスコットランドの蒸留所で樽を選んで買い付けた記念のシングルモルト・ウイスキー「ベンリアック(Ben Riach)」(限定246本で、ボトル販売もOK)をはじめ、貴重な長熟モルトが特別価格で味わえる嬉しいサービスもあった。 うらんかんろは今週14日(月)、16日(水)と2度お邪魔して、ささやかなお祝いも贈った。マスターの林さんについては、以前の日記でも同じことを書いたが、僕がこれまで出会ったバーテンダーでも、間違いなくベスト3に入る方だと思う。 林さんのどこが素晴らしいかと言えば、マスター(バーテンダー)に必要とされるカクテルなどドリンクづくりの技術、酒類に関する知識、接客・サービス、トークなどあらゆる面において、限りなく満点に近いものを兼ね備えているからだ。 加えて店の内装など雰囲気も良くて、料金もリーズナブル。優しい人柄も申し分ない。これ以上のBARは全国を探しても、そう簡単には見つからないだろう(とは言っても、僕も全国47都道府県すべてのBARへ行った訳ではないので、もし異論があればお許しあれ)。 それ故、天満橋という大阪では不利な立地にありながら、店のカウンターは毎夜、林さんを慕い、その美味しいウイスキーやカクテルを求める客であふれる。僕はこの場所で、このカドボールが10年無事続いたことが、心から嬉しい(写真右=10周年記念の「Ben Riach」ボトルは一番左。もちろん1999年樽詰めの10年熟成)。 さらなる10年へ歩み始める林さんに、僕からの一つだけのお願いは、これからは時にはその優しさを封印して、客に厳しいマスターという一面も見せてほしいということ。 カドボールには林さんの優しさに甘え過ぎて、周りの客のことをあまり考えないマナーの良くない常連客もいるが、大声を出して騒いだリ、傍若無人にタバコをプカプカ吹かす客には、時には叱る厳しいマスターであってほしい。 常連度が高すぎて、初めての客が小さくなっているようなBARを時々見かけるが、BARは「みんなで共有する・楽しむ空間」である。常連客も初めての方も、みんなが平等にリラックスして過ごせる場所でありたい。林さんと一緒に、みんなでさらに素晴らしいカドボールにしていきたい。【Bar・Cadboll】大阪市中央区石町2-2-20 電話06-6944-2918 午後5時半~午前1時 日休 地下鉄&京阪電車天満橋駅から徒歩約5分【お知らせ】23日(祝)には、初の試みで「スタンディングBAR・カドボール」が午後3時から8時まで開催されます!こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2009/12/17
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大阪の京橋と言えば、関西人なら、飲食レジャービルの深夜のテレビCM「京橋は~ええとこだっせ、グランシャトーが、おまっせ~」という有名なフレーズもあって、知名度は高い(関西以外に住む人なら、まず、「それって、どこ?」という反応がほとんどだろうが…)。 JR大阪駅からは環状線で10分ほどの場所にあり、京橋駅を中心に発展してきた。うらんかんろの働く中之島西方のエリアから京橋までは、JR東西線か京阪・中之島線で東へ10数分ほど。だが、阪神間に住む僕にとっては帰る方向とは逆なので、なかなか頻繁には行けないのがつらいところだ。 京橋はにぎやかで、庶民的な雰囲気の街。残念ながら、キタやミナミのようなシンボリックな「街の顔」はない。強いて言えば、前述の「グランシャトー」か(だが、実際に行ったという人とは、なぜかほとんど出会わない…(笑))。 安くて美味しい居酒屋や猥雑なキャバクラやスナックがあふれる一方で、時々、驚くほどな面白い店やセンスの良い店にも出会えるエリア。一方で、すぐそばには、大阪ビジネスパークや大阪城ホール、ホテル・ニューオータニなどの近代的なオフィス・ビル、集客施設が隣接する。そんな「何でもありな顔」と新旧の絶妙な対比が京橋の魅力でもある。 さて、いささか前置きが長くなったが、この京橋駅から歩いて7、8分ほどに今回紹介するBARはある。その名は「Bar the Monarch(バー・ザ・モナーク)」=写真左上。モナークとは店主であるKさんの思い入れ深いウイスキーの銘柄にちなむ。 Kさんは、元々、師匠であるHさんが京橋で営むBar・Leigh(リー)で修業していた。Hさんが北新地へ3号店を出され、もっぱら支店に関わるようになってからは、京橋の本店を任され、店長を長くつとめてきた。 そして7年前、京橋の店自体を師匠から譲り受け、めでたくオーナー・バーテンダーとなった。従って、店の内装や造りなどは基本的にBar・Leigh時代からあまり変わっていない。 この間、Kさんは業界のさまざまなコンクールで優秀な成績を残してきた。だから、優れた技術を持つバーテンダーであることは何の疑いもない。Kさんのつくるカクテルも、決して期待を裏切らない。だがKさんの良さは、そんな技術をひけらかさない謙虚さ、そして誠実で穏やかな人柄にあると僕は思う(写真右=マスターのKさんとBarモナークの店内)。 Kさんとは、Bar・Leigh時代からもう10年以上の付き合いだが、僕は彼が怒ったり、言葉を荒げたりする姿はまだ一度も見たことがない。当然、同業者や客がKさんの悪口を言うのも、一度として聞いたことはない。こんなマスターがつくる酒を飲めば、癒されるのは当たり前である。モナークのカウンターでは、僕は心底リラックスできて、ほっこりした気分になれる。 モナークのカウンターで、一番好きな酒は定番の「モナ・ハイ」である。「モナ・ハイ」とはモナークのハイボールの略。ウイスキーは「モナーク」自体はもう廃番で手に入らないので、モナークつながりでシングルモルトの「グレンフィディック」をベースにする(写真左=店にはもちろん今や廃番となってしまった「モナーク」のボトルが…)。 この「モナ・ハイ」用のグレンフィディックは常に冷凍庫でキンキンに冷やされていて、とろけるような状態でグラスの氷の上から注がれる。これが旨くないはずがない(十三トリスの「Tハイ」、カドボールの「カドハイ」に並んで、いまや大阪の3大ハイボールと言ってはいいすぎかな?) 京橋はキタ、ミナミに次ぐ大阪市内の盛り場ではあるが、オーセンティックBARはなぜか少ない(カジュアルなショットBARは多いが…)。大阪城ホールのコンサートの帰りなど、僕は時々、Barモナークに寄って、つかの間の余韻に浸る。この至福のひとときがたまらない。京橋にBarモナークがあることを、そしてKさんがマスターであることを、僕らは感謝しなければならない。【Bar the Monarch】大阪市都島区片町2-7-25 電話06-6358-8210 午後6時~午前1時 日休(祝日は営業) JR環状線または京阪電車・京橋駅から徒歩約7分、JR東西線・大阪城北詰駅から徒歩約5分(料金も良心価格で安心して飲めます!)こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2009/12/16
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以前、この日記でも一度とりあげたあるBARの話を書きます。少し長くなりそうですが、ご容赦を(【おことわり】この日記で使用した写真と日記の内容は関係ありません)。 その店の名前をストレートに出すのは「武士の情」であえて控えますが、とある有名BAR出身のバーテンダーが独立した店のことです。ことしの春、相当の覚悟を持ってそのBARに行きました。以前から思っていたことをマスターに伝えるために…。 数年前に開業したそのBARでは、飲み代(酒代)とは別にいわゆる「チャージ」という料金を500円~700円くらいとります。チャージ自体は、日本では他のBARでもとる店がほとんどなので珍しくはないのですが、この店ではチャージとは別に、10%のサービス料がかかったり、かからなかったりします。チャージやサービス料がいくらかはその時によって微妙に違うので、どれが本当か、私にもよくわかりません。 「今宵も、BARへ--『私的』入門講座20章」でも書いたように、私は個人的には、全世界を見ても日本だけの独自のシステムである「チャージ」という曖昧な料金制度・システム(請求)には批判的で、「チャージ」については「不要論者」です。(チャージについての詳しい論考は、2006年12月2日の日記をご参照)。 客商売の世界なら、「チャージ」という曖昧な名前ではなく、本当にサービスに自信があるなら、堂々と「サービス料」と銘打って取るのが筋だと思っています。まぁそれはさておき、「チャージ」(という名の「サービス料」)を取ること自体は、その店の経営方針なので、私がとやかく言うことではありません。日本では「チャージ」をとる店が多数派なので、「チャージ徴収」を理由にBAR巡りをやめたら、BARでは飲めません。 店側は、「チャージ」をとるからにはそのチャージ料金に見合ったサービスを客に提供するのは当然のことですし、実際、「チャージ」に見合う価値のある店なら、私は「サービス料」だと思って、気持ちよく支払っています(チャージを取りながら、別に10~20%のサービス料をとる店もありますが、これは別の次元の議論なので、詳しくは上記の「06年12月2日の日記」をお読みください)。 さて、この日記の本題ですが、私の以前からの疑問は、今回の日記でとりあげたそのBARが、「チャージをとるのに、おつまみ(付き出し、チャーム)の一品すら、まったく出さない」ということでした。「チャージに見合ったサービスとは何か」は人によって見解は分かれるでしょうが、チャージをとる場合は何か一品を添えるのは、オーセンティックBARでは「最低限の客への礼儀(義務)」だと僕は考えています(私以外のBAR愛好家でも、この点に異論のある人はほとんどいないでしょうし、実際、日本国内のオーセンティックBARの99.9%では何か一品が添えられているはずです)。 このBARのマスターの師匠の店ではちゃんと「おつまみ)」が付いてきます(チャージ500円です)。彼も独立後はしばらく「おつまみ」を出していたのですが、間もなくして「チャージを取りながら、おつまみは一切なし」というスタイルに変えました。そこで、スタイルを変えた理由をマスターに尋ねたいと思ったのです。私「チャージやサービス料をとるなら、何か一品を出すべきじゃないの?」 マスター「ちゃんとした付き出しを作れるスタッフもいないんで…」(3月からはサブのスタッフが増えたので、説得力ある理由ではありません) 私「凝ったものでなくていいんだよ。かわきもの程度で十分だよ。貴方の師匠の店ではちゃんと出していたじゃないか」 マ「中途半端なものなら、出さない方がいいかと…」 私「それなら、ノーチャージ(&ノーサービス料)にすべきじゃないか。じゃぁ、貴方の店のチャージって、何に対する対価なの? ※※※(盛り場の名称)で貴方の店のように、チャージをとりながら、何も出さないというBARがあったら、教えてくれる? 私も※※※で結構いろんなBARへ行ってるけど、そんな店は見たことも、聞いたことないよ」マ「………」 私「私の友人も同じことを言っていたけど、貴方の店は、本当に酒を愛する人を、BARを愛する人を大事にしようとしているのか、それとも(彼の店に多い)金払いだけはよくて文句は言わない同伴客の方を大事にしたいのか、よく見えないよ」 マ「う~ん、僕は…どっちのお客さんも大事に思ってますが…」 私「そう思うなら、酒呑みに対する本当のサービスは何か、チャージとは何かを、もう一度考えた方がいいよ。ここまで言うからには、私も相当覚悟を決めて言ってることを分かってほしいなぁ…」 マ「はい、おつまみの件は、もう少し…考えてみたいと思いますので…」 残念ながら、マスターの口からは説得力のある理由は聞けませんでした。繰り返しになりますが、私は、銀座や北新地のチャージの高い店(たとえサービス料がさらに少し付いても)に行っても、払う値打ちのある、それに見合うお酒やサービスを提供してくれる店なら、いつも納得して払っています。しかし彼の店のような、意味不明の料金を請求する行為は、金額の多い少ないに関係なく、世間の「基準」では「ぼったくり」の範疇に入るでしょう。 彼がもし、「確かにうちはチャージをもらって何も出さない。しかし、このチャージは店の空間使用料や僕の接客料などトータルとしてのサービス料だ」とでも説明する自信があるなら、私にも聞く耳はあるのですが、現時点では、彼は口をつぐんだまま、意味不明なチャージをただとり続けているだけです。 当然、私の中での「Good Bar」の「基準」(条件)には、彼のような店は含まれないので、上記のようなやりとりがあった後は、行く気もなえて、一度も覗いていません。しかし先日、あるBARのマスターが自分の店の営業時間終了後に、その彼の店へ行ったら、「結構はやっていたよ」「おつまみはやはり出なかったなぁ…」と言ってました。 彼の店には、以前から同伴出勤のおっさんや「アフター」のおねえさんらが目立ったので、相変わらず、金の使い方を知らない客が多いということもあるのでしょう。結構なチャージやサービス料をとりながら、一品すら出さないのは、私の知る限り全国でも、最近では彼のBARくらいです(もちろんノー・チャージの店なら、何も出ないということはあります)。 マスターは、おつまみを出す件については、「そのうち考えてみます」と言っていましたが、その後実行に移していないところをみると、本気度は疑問です(さすがにおしぼりは出てきますが、おしぼりくらいはチャージ150円の北サンボアでも出てきます)。 何もとくに変えなくても店が繁盛するならば、彼はおそらく、そのおかしなやり方(営業方針)は変えないでしょう。彼のBARは、客が経営者(マスター)を甘やかして、おかしくしてしまう、典型的な例なのかもしれません。 ここまで言うのは、私が、彼が師匠の店に勤め始めた初々しい頃からよく知っているからで、彼のBARが、どんな客(バー愛好家)からも文句を言われないような、「まっとうなオーセンティックBAR」になることを、そして、彼自身がより素晴らしいバーテンダーになってくれることを心から願っているからなのです。「儲かればいい」のスタンスでは、いずれ客に見放されるでしょう。 彼が今後どうするのか、しばらくは見守るしかありません。彼が「目覚める日」は果たして来るのでしょうか。彼がポリシーを改めて、おつまみを出すようなればまた飲みにいくでしょうし、ポリシーを変えないのであれば、永遠に「別れる」しかありません(「決別宣言」をした後、ここ半年ほどは知らないので、最近は何か一品を出すようにはなったのでしょうか。もし反省して方針を改めたのなら、またお邪魔してもいいかなと考えていますが…。情報をお持ちの方は教えてくださいませ)。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2009/11/29
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前回、「オーナーによる建て替えのため、ことし12月29日をもって一時閉店する」とお伝えした大阪・曽根崎の「北サンボア」の続報です。 本日、北サンボアへいって諸々のことを確認して参りました。マスターや奥様によれば、再開後のビル(?)は2階建てになるそうです。 そして、北サンボアの店内の一部(店に入ってすぐ右、壁側のテーブル席の一部)をつぶして2階への階段ができるそうです。だから、再開後の店は少々残念なんですが、テーブル席が半分ほどに減って、少し狭くなります。 しかし、嬉しいことに、昭和20年代の雰囲気をそのまま残す現在の内装は、可能な限り、再開後の店でそのまま使うそうです! ほんとに、こんなに喜ばしいことはありません。 しかも僕は、1年以上も店はお休みすると思っていたのですが、「来年5月中には再開できると思う」という話です(だから、お休みは約半年間で、仮店舗はつくらないということです)。 どうです? 北サンボア・ファンの酒呑みの皆さん、安心したでしょ? これからも北サンボアを愛してあげてくださいね。 こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2009/11/25
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サンボア・グループと言えば、関西屈指のバー・グループ(※経営上は各店それぞれオーナーがいる)だが、そのなかでも、創業当時の雰囲気を一番よく残し、僕も一番好きな「北サンボア」(写真)=06年11月18日の日記 参照=が、今年12月29日をもって一時閉店することになった。 「北サンボア」は1930年(昭和5年)に創業。1946年(同21年)、焼け跡の闇市がひしめいていた「お初天神」そばの現在地で営業を再開して現在に至っている。BAR好きに愛されている店の内装は、ほぼ戦後の再開当時のままで、60年以上の歳月の重みがにじむ。 一時閉店は、店舗のある土地のオーナーが、ビルに建て替えることにしたためだ(現在の店は一戸建て)。幸い、「北サンボア」は建て替えられるビルで再開する予定だが、気になるのは、このレトロな雰囲気をとてもよく残したバック・バーや内装がどうなるのかだ。 再開する「北サンボア」がまったく真新しい内装の店になってしまったら、興ざめだ。できればこの雰囲気をそのまま保存したような内装にしてほしい。近くお邪魔したら、マスターにその願いを伝えようと思う。 他にも、再開はいつになるのか、再開までの間、どこかに仮店舗をつくるのかなども気になる。いずれにしても、この歴史と伝統ある「北サンボア」がなくなってしまわず、しかも現在で再開できることは、この上なく喜ばしい。 「北サンボア」の現在の素晴らしい空間を堪能できるのも、あと1カ月ほど(再開すれば多かれ少なかれ、ある程度雰囲気は変わってしまうだろう)。この極上の酒場をまだ知らない人は、一時閉店までの間にぜひ一度お越しください。【北サンボア】大阪市北区曽根崎2丁目2-14 電話06-6311-3654 午後5時~11時 日祝&第2土休 JR大阪駅または阪神、阪急、地下鉄御堂筋線梅田駅から徒歩約5~10分こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2009/11/21
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誰が名付けたか知らないけれど、大阪・北新地には、実力派バーテンダーの「三羽ガラス」と言われている3人がいる。 私のブログでも以前紹介したBar・Kの松葉道彦マスター、そして「エルミタージュ」というBarの田外(たげ)博一マスター(このブログでは未紹介)、そして3人目が、きょう日記で紹介するBar・BESO(ベッソ)の佐藤章喜マスター=写真右下=である。3人は同世代(40代)で年齢も近い。 BESOは北新地に店を構え、ことし10周年を迎えた。私も先般お祝いの週間の際訪れ、ささやかな記念の品を贈った。 店は毎夜、佐藤さんの素晴らしいカクテルを味わいたい客で溢れているが、実は、私が本格的に佐藤マスターと親しくなったのはここ5、6年の話である。 もちろん過去に、関西のカクテル・コンクールで、佐藤さんの見事なパフォーマンスを見たことはあったし、全国大会でも上位に入賞するなど輝かしい成績をおさめていることは当然知っていた。 佐藤さんの店にはすでに、彼のファン=常連客がしっかりついていたので、私のような新参者が入り込む余地はないと思い、時たま顔を出す程度だった。しかしここ数年は、私と友人が不定期で個人的に開いているウイスキー・テイスティングの集いに佐藤さんも参加してくれたりするうち親近感が深まり、以前より頻繁にBESOの扉を開けるようになった(以下の写真3枚は、BESOでつくって貰った素晴らしいカクテルの一例)。 佐藤マスターのどこが凄いのかと言えば、やはり、その独創的で、アーティスティックなカクテルの技であろう。飲んだら凄いカクテルをつくるバーテンダーは数多いが、ヴィジュアルという点でも客も唸らせるカクテルをつくるバーテンダーは、私はあまり知らない。佐藤さんはそんな一人である。 例えば、BESOのハウス・ウイスキーはホワイト・ホースであるが、ウイスキーのハイボールを頼むと、まずホワイトホースを入れたグラスの中に氷を数個入れてステアし、ウイスキーを十分に冷やす。 そしてその氷は捨てて、新しい氷と入れ替え、再度ステアし、ソーダを注ぎ、さっとレモンピール(流れるように美しい所作)。最後にモルト・ウイスキーをひと吹きスプレーする。このモルトはなんと、ホワイトホースのキー・モルトの一つであるタリスカー。ここまで芸の細かいサービスをするBARはちょっとない。 カクテルだって、スタンダードはもちろん、普通のスタンダードではないひと工夫が施されているし、オリジナルも驚きの連続で、デコレーション(飾り)一つとっても、目の前で見事な技を見せてくれる。黒トリュフを浮かべるコニャクベースのマティーニも佐藤さんのオリジナルだが、そんな発想を、誰が思い付くだろうか。 そのマシンガンのようなトークも凄い。うんちくを垂れすぎる訳でもなく、押しつけがましくもなく、客を楽しませる。吹き出る汗をふくのを忘れるくらい話し好きなのだ。体全体を使った激しいシェーキングも、見るものを圧倒する。本当にサービス精神の固まりのような人だ。 東京のバーテンダーにもテクニシャンは多いが、ここまで研究熱心で、凄い人はそういない。佐藤さんはこの業界では珍しい、奄美大島育ちという変わりダネだが、今では大阪を代表する、全国に誇れるバーテンダーだと私は自信を持って言える。 大阪以外の皆さん、大阪へ来たらぜひBESOにお越し下さい。どのカクテルもきっと驚きの連続で、これまで経験したことのないような満足が得られると信じます。【Bar・BESO(ベッソ)】大阪市北区曽根崎新地1丁目2-12 橘ビル4F 06-6345-3848 午後6時~午前2時(土は午前0時まで) 日祝休 ※店名の「BESO」とはスペイン語で「口づけ」という意味だとか。チャージ¥1000【追記】BESOはその後、次の住所へ移転されました。大阪市北区堂島1-3-35 新陽第二ビルB1F 06-4256-6232こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2009/10/31
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先日、あるBarのマスターから、「昔の素晴らしいバーテンダーがたくさん登場するビデオがあるんですよ。ダビングしたので、差し上げます」と1枚の貴重なDVDをいただきました。 早速、家に帰って観ました。食い入るように見つめました。タイトルは「名バーテンダー物語--東京・銀座」=写真右。ニッカ・ウイスキーが電通と毎日映画社に依頼して制作した約1時間ほどの、かなり昔の映像です。テレビで放映されたのかどうかや、どのような形で販促に使ったのかは、まったくわかりません。 この映像には、銀座のBARの中から10軒の名店とそのマスター(バーテンダー)や店長が登場します。サン・スーシーの野村保さん=写真左下、Barクールの古川緑郎さん、舶来居酒屋「いそむら」の磯村信元さん、Bar樽の吉田富士雄さん、Bar山の小板橋幹生さん、Bar SUZUKIの鈴木昇さん、Tony's Barの松下安東仁さん、スミノフの岩瀬庄治さん、KOBAの小林浩さん、セント・サワイ・オリオンズの澤井慶明さんの10人です。 これらのマスター、バーテンダーは知る人ぞ知る、今では伝説的な方ばかりです。すでに鬼籍に入られた方も数多くおられます(今もご存命の方は、このうち何人いらっしゃるのでしょうか? どなたかご存じの方がいればお教えください)。サン・スーシーやクール、いそむらのように、今はこの世に存在しないBarもあります。 うらんかんろは、登場された方々の中では、野村さん、古川さん、磯村さん、鈴木さん、松下さん、岩瀬さん、吉田さんの7人のお店にはかつてお邪魔して、お目にかかったことがあります。 いずれも日本のBar業界の発展に尽くされ、銀座の古きよき時代を知る、素晴らしい人柄の方で、とても「絵になる」バーテンダーでした。映像を眺めていると、初めてお店を訪れた日の思い出がよみがえってきます(写真右=クールの古川緑郎さん)。 映像に出てくる銀座の街の映像やお店に集うお客さんの服装や髪型、眼鏡、女性の化粧などをよく観察すると、ひと昔前の時代を感じさせる雰囲気です。 バックバーのボトルも、今と同じ銘柄でもラベルのデザインやボトルの形がかなり違っています。今なら、さしづめ「オールド・ボトル」と言われ、珍重される垂涎の酒ばかりです(写真左=「いそむら」の磯村信元さん)。 いつ頃の映像なんだろうかとあれこれ考えていると、映像の中にいくつかヒントがありました。クールの古川さんが、「13歳でサン・スーシーで奉公を始めてこの道に入り、もう60年近くやっています」と話しているシーンがありました。古川さんは1916年(大正5年)生まれでしたので、この撮影時は70~72歳だったとしたら、1986~1988年頃ということになります。いずれにしても80年代の後半の映像です(写真右=Bar樽の吉田富士雄さん)。 それはともかく、今ではとても懐かしい名バーテンダーの所作はとても興味深いものです。技術的には、 今の時代のコンクールで優勝するようなバーテンダーの方が素晴らしいものを持っているのかもしれませんが、年季を積んだバーテンダーのシェイキングは個性的で、とても味わい深いものがあります(写真左=Bar山の小板橋幹生さん)。 例えば、サン・スーシーの野村さん。シェイカーを持つ向きが普通とは逆です(トップが体と反対側に来ています)。澤井さんは右腕がリズミカルに上がる独特のスタイル。鈴木さんは伝説的な「片手振り」を披露してくれています。 小板橋さんは、「同じ水割りをつくるにも工夫をしている」として、バーボンとスコッチと国産ウイスキーで、3種の水割りをつくって、違い(例えば、バーボンは氷が少なめ)を見せてくれています(写真右=Bar・SUZUKIの鈴木昇さん)。 映像では、10人が皆さんがそれぞれ、仕事のあり方や「Barとは何か」という哲学を聞かせてくれていますが、それがすべて含蓄のある内容で、今も通じる内容ばかりです。撮影当時の銀座は、第二次カクテルブームだったということで、オーセンティックBarに客が戻りつつある時代だったようで、その名前が知られ始めたスタンダード・カクテルがよく飲まれています。 オリジナル・カクテルを披露しているマスターやバーテンダーも目立ちます。リキュールやフルーツなど今ほど種類がそう多くなかった時代ですから、オリジナルをつくるにも、きっといろんなご苦労があったと思います(写真左=Tony's Barの松下安東仁さん)。 珠玉の言葉の数々を少し紹介すると--。「オーセンティックBarでは、Barでしか飲めないウイスキーかカクテルを味わってほしい。ビールならビアホールで飲んでほしい。Barでビールでは“間”が持たないんです。 女の子がそばにいてほしいならそういう店へ行けばいいんです」「当たり前のことを当たり前にやるのが一番難しい」「国産でもいいウイスキーがあるんだ。それを知ってもらうことを使命にしてきた」(写真右=スミノフの岩瀬庄治さん)。 「珠玉の言葉」の続き--。「この仕事には何年やってもゴールはない。とても奥が深い」「店では毎日毎日違うお客さんと出会う。同じ仕事のやり方が通用する世界じゃない。それがまた勉強で、面白いんです」「欧米では、『バーテンダー』と呼ばれて尊敬される職業だが、日本ではバーテンという(見下した)言い方をよくされる。僕らは、バーテンダーという誇りを持ってずっとやってきた」。(写真左=KOBAの小林浩さん)。 とくに印象に残っているのは、最後に登場した澤井さんの言葉です。「欧米に追いつけ追い越せという気持ちでやってきた。今は80%までは近づいたかなと思うが、あと20%は僕らの世代だけの力では無理。 (後に続く)全国のみんなが頑張ってくれないと」。そう願った澤井さんも先般、鬼籍に入られました(写真右=セント・サワイ・オリオンズの澤井慶明さん)。 個人的には、技術面では今や日本のバーテンダーは欧米を抜いたと言っても言い過ぎではないと思っています。しかし、この映像に登場するあるBarのように、客が来たら必ず、付きだし代わりにジン・トニックを出すような商法は今では客にあまり支持されないでしょうし、また別の店のようにギムレットに、生ではないライムジュースを使うのも、今では受け入れられないでしょう(ただし、80年代後半はまだ生ライムは高級品で、現在のようにどこのBarでも気軽に使えなかったという事情もあります)。 欧米のBarにまだ追いついていないものは何なのか。答えは簡単ではありませんが、日本のBar業界がさらに発展して、「銀座第一世代」のバーテンダーの願いが叶う日が来る日を、Barファンの一人として心から願うばかりです。最後になりましたが、このような素晴らしいバーテンダーに一個人として出逢えたことを、今さらながら本当に幸せに思っています。Bar業界の先駆者たちに感謝です! 【おことわり】この日記で使用した写真はDVDを再生したテレビ画面をデジカメ接写しましたので、若干ピンボケですがご容赦ください。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2009/09/27
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行きつけのBARで何年か修業された後、独立した方(バーテンダー)の新しいBARには、最初は(義理もあって)何度かお邪魔することはあっても、その後は訪店頻度が減ることが多い。うらんかんろにとっては、やはり、元の行きつけのBAR、付き合いの長い師匠のBARの方がより大切な存在であるし、BARに行く時間にも経済的余裕にも、自ずから限界があるからだ。 しかし、この日記で紹介するBar Arlequin(アルルカン)は、その例外的な店である。Arlequinは、読者の皆さんもご承知の通り、拙著「今宵も、BARへ--『私的』入門講座20章」を置いてもらっている3軒のBARのうちの1軒だ(写真左=Arlequinの扉)。 マスターの佐藤慎亮さんはもともと北新地サンボアに勤めておられ、マスターのサブ的な存在だった。北新地サンボア時代は、もちろん知っていた。「腰の低い、礼儀正しい方だなぁ」という印象を持っていた程度で、それほど親しいという訳でもなかった。 だが、独立された新しいお店のロケーションはまさに、僕が会社の行き帰りに通るルート沿いにあった。朝夕、嫌でも店の側を通る。JR北新地駅徒歩1分という便利さもあって、まさにBAR好き・酒好き泣かせの場所だ。 しかも、北新地サンボアより少しお手頃という心憎い料金設定に加えて、普段は午後5時オープン。土日祝も営業していて午後3時オープンという(つまり年中無休)。これで寄らずにおれるか!という店なのである(写真右=Arlequinの店内風景)。 独立された佐藤マスターと接していて再発見したのは、意外とよくしゃべる(話好き)方だということである。一般的に言って、独立するまでは、修業先のマスターに気を遣ってあまり客の前にしゃしゃり出てこないバーテンダーが多い。佐藤さんもどちらかと言えば、静かな、おとなしい方という印象だった。 しかし、他のバーテンダーでも同じ経験をしたことがあるが、独立した途端、「あっ、この人、意外とよくしゃべるんだ」と思わぬ発見をすることがある。Arlequinの佐藤マスターもそんな一人だった(ちなみに、北新地では珍しい北海道=小樽=のご出身)。 Arlequinを一言で言えば、英国パブのような、上品で落ち着いた雰囲気を漂わせながら、北新地にしては良心的なお値段で楽しめる、とても居心地がいいBARだ。内装がレンガなのも、僕の好みに合う(写真左=レンガをつかった趣のある内装)。 カウンターはサンボアにならって一応スタンディングだが、スツールも4脚あるので、疲れた時は座っても構わない。そして2人用、4人用のテーブル席もいくつか用意されているので、実に使い勝手がいい(ちなみに「Arlequin」とはフランス語で道化師の意とか)。 という訳で、最近は会社帰り等に、「少しのどが乾いたなぁ…」という気分の時に、ちょっと軽く1杯という感じで、よくお邪魔する。なによりも、ここではサンボア譲りの、旨い角のハイボール(氷なしスタイル)が味わえる。もちろん、本格的な美味しいカクテルも堪能できる(写真右=壁には、店名にちなんだ道化師のマスクが…)。 Arlequinでは、話し好きな佐藤マスターと僕のBARに対する思いや考え方を話すことが多くなった。そんな頃、たまたまある常連客の方が、(僕がいない時に)拙著「今宵も、BARへ…」を佐藤さんに見せて、「こんな本知ってる?」と言われたという。そして、それがきっかけ(縁)で、今回、Arlequinにも拙著を販売用に置いてもらえることになったのは、とても嬉しい。 Arlequinがこの場所にあり、マスターが佐藤さんであり続ける限り、僕はこれからもお邪魔することになるだろう。だって、これほど格好をつけずに、気も遣わずに「素の自分」に戻れるBARって、大阪広しといえども、数えるほどしかないから、ね。【Bar・ARLEQUIN】大阪市北区曽根崎新地1-5-20 大川ビル1F 電話06-6345-6567 午後5時~午前3時(土日祝午後3時~)。年末年始以外無休。JR東西線北新地駅から徒歩1分、地下鉄四つ橋線・西梅田駅から徒歩3分。
2009/08/17
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拙著「今宵もBARへ…」の販売箇所として、先日、大阪キタの「Cluricaun(クルラホン)」というBARにも新たに置いてもらえる事いなった、と記しました。 読者の皆さんの中には、私がこれまで日記で一度も紹介しなかったBARだったので、不思議に思われた方もいるかもしれません。その通りで、私はこれまでこの「Cliricaun」のことは、匿名では触れたことはあっても、実名は一度も出しませんでした。 酒呑みというのは案外自分勝手な存在で、本当に心地のいい、心から落ち着けるBAR、そして、一人で行っても気兼ねなくくつろげるBARというのは、他人にはあまり教えたくないという傾向があります。私もその例外ではありません。 そんな訳で、私のBAR紹介ではずっと後回しになってきました。でも、この度拙著を置いてもらったことで、もはや隠す意味もあまりなくなりました。そして今回初めて「Cluricaun」を紹介します(「他人に教えたくない…」なんてタイトルを付けながら、紹介するなんてヘンかもしれないけれど…)。 Cluricaunとの出逢いは2002年の秋。たまたま見た雑誌に紹介されていたのがきっかけです。だから、20年、30年付き合うBARが多い私にとっては、意外と付き合いの歴史は新しいのです。しかし今では、わずか7年の付き合いとは自分でも思えないほど濃密な付き合いになり、最近の僕の出没頻度ではベスト3に入っています(ちなみに「Cluricaun」とはゲール語で「天使」の意味だとか)。 雑誌に出ていたCluricaunの写真を見て、私は直感で、「きっと素晴らしい何かがあるBARに違いない」と思いましたが、その予感通りの店でした。店は当初は、双子のマスター羽鳥さん兄弟で始められ、現在では兄の方の羽鳥滋順さんがマスターとして営んでおられます(優秀なバーテンドレスで、サブのHさんと絶妙のコンビで切り盛りしています【追記】Hさんはその後、退店しています)。 Cluricaunの凄さ、素晴らしさは、マスターがダイニングBARでのシェフ経験もあるので、料理の腕が一流であること(だからフードメニューが充実!)、そしてお酒はウイスキー、ワイン、リキュール、日本酒、焼酎など品揃えが半端じゃなく幅広いこと、さらにアーティスティックな感覚に溢れた空間(内装)です。ライティングは普通のオーセンティックBARにしてはやや暗めですが、温もりのある色合いです。 日本酒は、専用のセラーに常時40本ほどベスト・コンディションで用意されています。ワインも専用のセラーがあり、大きさからみると100本くらいは入っていそうです。おまけに羽鳥さんはソムリエの資格も持っているので、選ぶワインの質は確かです。 私が何よりも気に入っていて、高く評価しているのは、リーズナブルな料金設定だけではなく、付き出しを客がその夜何を飲むかによって、洋風または和風とアレンジしてくれるような細やかな心遣いです(しかもその付き出しもとても手の込んだ品!)。ここまで気遣いをしてくれるBARなんて、そうはありません。こういう店を「本物のBAR」と言うのでしょう。 接客もとても洗練されています。プロなら当たり前と言われそうですが、マスターは、話好きな客にはきちんと相手をして、そうでない客には適度な距離を保ってくれます。だから、ここのカウンターで呑む時間は、限りなく心癒されるひとときです。自然とCluricaunを訪れるのは独りであることが多くなります。 私は、Cluricaunではその夜の気分で、お酒を飲み分けます。モルトウイスキーだったり、焼酎や泡盛だったり、時にはシェリーやマール、グラッパだったり。Cluricaunには銘柄では置いていない酒も当然ありますが、(マスターに確認した訳ではありませんが)お酒の種類で置いていないものはないかも…。 こんなに好きなのは一言で言えば、マスターとも、店とも、そこに置いているお酒とも、私との相性が抜群に良かったからでしょう。まだ7年しかない付き合いなのに、私はもうどっぷりとCluricaunに浸かっています。 返す返すも、こんな居心地が良いBARは教えたくなかったのですが、Cluricaunの発展のためには、この店の素晴らしさをもっとたくさんの人に知ってほしいという気持ちもあります。難しいところですね(笑)。皆さんも、大阪キタにお出かけの際は、ぜひこの素晴らしい「Cluricaun World」に包まれて、美酒の数々を味わってみてください。【Bar・Cluricaun】大阪市北区曽根崎新地2丁目2-5 第3シンコービル4F 電話06-6344-8879 午後7時~午前2時 日休 地下鉄四ツ橋線・西梅田駅&JR東西線・北新地駅から徒歩数分(カウンター8席、テーブル席が4人用2つ、2人用1つ、3人用の半個室が1つと使い勝手のいい店でもあります)・こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2009/06/14
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90年以上の歴史を持つ関西屈指の老舗BARグループ「サンボア」(SAMBOA)のことはこれまでも折りに触れて何度か書いた(例えば、2005年3月12日の日記)。しかし、うらんかんろがまだ取り組んでいなかったことがあった。サンボア・グループ11店(この投稿当時でのグループ全店。※その後増えて2021年4月末現在では15店になっている)の「詳細な紹介」と「飲み比べ」である。 一口にBARサンボアと言っても、一様でない。微妙に違うのである。他のサンボアでは常識であっても、別のサンボアでは通用しないこともある。そもそもメインのお酒だって、「サンボアだから当然、サントリーの角瓶でしょう」と思っている貴方、そうじゃないという事実に驚かされるに違いない(写真右=堂島サンボア)。 貴方の持っている「バー・サンボアの常識」は当たっているのか。うらんかんろも今回11店すべてを改めて訪れて、初めて知った驚くべき事実がいろいろある。それではテーマごとに紹介していこう。 【メインのウイスキー】 バー・サンボアと言えば「ハイボール」が代名詞。そしてハイボールに使われるウイスキーの銘柄は基本的には、前述したように「サントリーの角瓶」である。 しかし、なぜか京都(寺町)サンボアと木屋町サンボアだけはニッカである(ちなみに、京都サンボアはグループ最古の歴史を持つ店)。前者はなんと竹鶴12年(ハイボールで飲むなんてもったいない!)、後者はスーパー・ニッカを使う(なお、竹鶴12年のコンスタントな入荷が難しくなってきた2015年頃からは、京都サンボアもスーパー・ニッカに切り替えたと聞いています)。 理由は正確には知らないが、BAR業界関係者に聞いたところでは、京都サンボアはサントリーの営業マンとある時、喧嘩別れしてから、ニッカ一本に宗旨替えしたのだとか(個人的にはやはりサンボアを名乗る以上は「角瓶」でやってほしいと思うのだけれど…)。(写真左=北サンボア)。 【氷を入れる・入れない】 サンボアと言えば、ハイボールに氷は入れないというのが定番。グラスに冷凍庫で冷やした角瓶とこれまたキンキンに冷やしたソーダを注ぎ、仕上げにレモンピールをさっとかけるのが正しいハイボールだ(写真右=北新地サンボア)。 店によってはグラスまで冷蔵庫で冷やしておいてくれる店もあるが、ほとんどの店は常温保存のグラスに注ぐ。だからいくらウイスキーとソーダがよく冷えていたとしても、20分以内で飲み干さないと美味しくは飲めない。 なお、「サンボア=氷なしハイボール」と書いたが、前項で紹介した京都サンボアと木屋町サンボアはなぜか少量の氷を入れる。理由はあえて聞かなかった。聞いても、「うちは最後までぬるくならないように、氷を入れた方がいいと思ってるんです」という答えが返ってくるのは予想できる。京都サンボアと木屋町サンボアは、サンボア・グループの「異端児」ということなんだろう(写真左=ヒルトン・サンボア)。 【飲むスタイル】 サンボアと言えば、これまたスタンディングで飲む店ばかりと誤解している人も多い。確かにカウンターがスタンディングの店は多い。堂島。北、梅田、北新地。銀座の5店はそう。しかし、それ以外の6店にはカウンターに椅子がある。またカウンターがスタンディングの店でも店内の別の場所に椅子席もあるので、疲れた場合はそちらに移動することもできる。 ハイボールは基本的にダブル(ウイスキーが60ml)で供される店が多い。これが強すぎるという方は、「シングルでお願いします」と頼めばそうしてくれる。ただし、お値段は半額とはいかず、100~200円お安くなるという程度(写真右=梅田サンボア)。 【付き出し】 「サンボアの付き出しと言えば、そら、南京豆に決まっているでしょうが」と思っている貴方、そうした先入観も大きな間違い。今回11店を回って、うらんかんろもそのバリエーションの多さに驚いた次第。 南京豆だけを出しているところは堂島、北、北新地、京都、木屋町、銀座の6店だけ。その他の5店は、梅田=塩豆、ヒルトン、南、島之内=南京豆とピクルス、祇園=ホット・サンドイッチだった(写真左=南サンボア)。 という訳で、付き出しとチャージ(後述)のコストパフォーマンスで比較してみると、ヒルトンと南、島之内の3店が一番お得感がある。個人的には、ヒルトンのピクルスは結構いける味わいで気に入っています。 【雰囲気】 サンボアだから基本的には英国調でウッディな造りの店が多く、どこもまず落ち着いて飲める。ただし、歴史と伝統に裏打ちされた重みという点では、やはり北、堂島、京都の3店が群を抜く。どの店も内装を見ているだけでも飽きない(写真右=島之内サンボア)。 個人的には、比較的新しいサンボアだけれど、北新地とヒルトンも大好きだ。前者のバック・バーの棚はあの伝説の名バー「コウベハイボール」のものを移築したもので、一見の価値がある。後者は意外といつもすいている都会の穴場で、ゆったり落ち着けるカウンターがとてもいい。 【ハイボール1杯のお値段】 サンボアだからハイボールのお値段は基本的にはリーズナブルだけれども、1杯のお値段は当然、店によってかなりばらつきがある。梅田、島之内=700円、堂島、北、ヒルトン=800~850円、北新地、南、京都、木屋町、祇園、銀座=900~1000円(写真左=京都サンボア)。 グラスの大きさや作り方も微妙に違うから、どの店が一番とは一概には言えないが、コストパフォーマンス的に言えば、堂島、北、ヒルトンが僕のおすすめ(なお、1杯の値段を「消費税込み」にしている店もあれば、「税別」の店もあります)。 【チャージ】 「サンボア=ノー・チャージ」と意外とみんなそう思っている。しかし、今回改めてお邪魔してお勘定をしてみた結果では、多かれ少なかれ何らかのチャージはとられていることを確認した。その額も店によりまちまちだ(写真右=木屋町サンボア)。 150円(北)の店もあれば400円(祇園)の店もある。だいたいが200~300円だ。ただし、どんなに高い店でも銀座や北新地で無意味に法外なチャージをとるBARに比べれば、十分良心的であることは言うまでもない。 【キャパ】 店の広さはまちまち。比較的広い店で言えば北新地、北、ヒルトン、南、銀座。中くらいなのは堂島、京都、祇園の3店(写真左=祇園サンボア)。 梅田、島之内、木屋町は10人も入ればいっぱいになるような小さい店だ。なお北新地と銀座では、広いキャパを生かして時々ライブ演奏などの催しもある。 【その他】 ・北サンボアと南サンボアでは、おしぼりまで出してくれます(北サンボアは、マスターも奥様もいつも笑顔で親切で、とても気持ちのいい接客です)。 ・午後3時開店の北新地と銀座では、6時までは「ハッピー・アワー」として、65歳以上は半額という嬉しいサービスをしています。それ故、開店後の早い時間帯はお年寄りが一人でふらっと来て、楽しそうに飲んでいる姿をよく見かけます(写真右=銀座サンボア)。 ・ヒルトン・サンボアでは、サンボア・グループではただ1軒、ランチもやってます。 ・祇園サンボアの正面玄関には素敵な暖簾がかかっています。暖簾の「サンボア」の文字は、ここの常連だった作家の故山口瞳氏の筆で、とても味わいのある筆致です。一見の価値があります。 ・京都と木屋町のマスターはスモーカー。目の前でタバコを吸われるのがお嫌いな方は行かない方がよろしいかと。 ◆サンボア・グループ(営業時間は各店へお尋ねください)【堂島サンボア】大阪市北区堂島1-5-40 電話06-6341-5368 日祝休 【北サンボア】同北区曽根崎2-2-12 電話6311-3645 日祝&第2土休 【北新地サンボア】同北区曽根崎新地1-9-25 玉美ビル1F 電話6344-5945 無休 【梅田サンボア】同北区角田町9-26 新梅田食堂街2F 電話6312-8987 日休 【ヒルトンサンボア】同北区梅田1-8-16 ヒルトンプラザイーストB2F 電話6347-7417 無休 【南サンボア】同中央区心斎橋筋2-1-10 電話6211-0215 日祝休 【島之内サンボア】同中央区東心斎橋1-6-23 清水町会館1F 6241-9513 日休【京都サンボア】京都市中京区寺町通三条下ル桜之町406 電話075-221-2811 火休&第2水休 【木屋町サンボア】同中京区西木屋町通四条上ル紙屋町367 電話222-2389 月休 【祇園サンボア】同東山区祇園南側有楽町570 電話541-7509 月休 【銀座サンボア】東京都中央区銀座5-4-7 銀座サワモトビルB1F 電話03-5568-6155 無休【追記】2010年以降、サンボア・グループでは新たに4店がオープンして、2022年1月現在、計15店となっています。新しくできた4店を以下ご紹介しておきます。いずれも素敵な雰囲気の店です。【数寄屋橋サンボア】東京都中央区銀座7-3-16 東五ビル1F 電話03-3572-5466 日休(2010年10月開業)。【浅草サンボア】東京都台東区浅草1-16-8 電話03-6231-7994 水休(2011年2月開業)。※オーナーは北新地サンボア、銀座サンボアと同じです。【天神橋サンボア】大阪市北区天神橋3-8-3 電話06-6360-4212 火休(2013年8月開業)。 【神戸サンボア】神戸市中央区加納町4-2-1 電話078-381-8179 定休日は現時点では未定(2021年4月26日開業)。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2009/03/29
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皆様すみません、1カ月近くも日記の更新をさぼってしまいました。 連載「BAR入門講座」を書き終えた後、バーテンダーさんたちとのテイスティングの集いの準備(7日に無事挙行!)や次のブログネタの充電にいそしみ、さらに「BAR入門講座」の販売用(神戸Bar Heavenで20日から)の印刷・製本作業に追われ、久々に取り組んだヤフー・オークションに忙しく、あげくの果てに今冬初めての風邪をひきました(8日にひいた風邪は、症状はかなり改善されたものの、なお現在進行中です)。という訳でとりあえず再開第1回は、前述した「テイスティングの集い」のことを--。 BAR好きの友人と2人で、2~3年に一度のペースで「テイスティングの集い」というのを催しています。懇意にしているBARを営業時間前にお借りして2時間ほど。親しいBARのマスターやバーテンダーさんたち約20人を招いて、僕らがこれまでに買い集めた(主に)ウイスキーを何本か開けて、一緒に楽しもうという無料(太っ腹!)の催しです。 テイスティングの他にも、銘柄名を隠した酒を飲んで何かを当てる「ブラインド・クイズ」(賞品付き!)という余興も楽しみます。参加者の皆さんはそれぞれ手作りの酒の肴やパン、チーズ、ドライフルーツなどを持ち寄ってくれます(今回も!)。僕は自家製のスモーク・チーズを持参しました。 これまでに2004年、2006年の2回開催しました。本来なら3回目は2008年にするべきなんでしょうが、事情があって今回、3年ぶりの開催となりました(3月7日午後3時~)。今回は、6月からイギリスへバーテンダー“留学”するBar・KのT君と、4月から松山へ転勤する共催の友人の送別会も兼ねています。 テイスティングの会では毎回、5~6本(種類)のボトルを開けます。その半数くらいは1960~80年代に造られた、いわゆる「オールド・ボトル」にしています。「オールド・ボトル」はBARのマスターやバーテンダー、それに僕のようなウイスキー愛好家にとても人気のある「ジャンル」です。 なぜ人気があるのか理由は単純です。オールド・ボトルのウイスキーは、同じ銘柄でも現行品では決して経験できない、素晴らしい味わいを秘めているからです(なかにはそうでもない銘柄もありますが…)。 1950年代から80年代前半くらいまでのウイスキー造りでは、大手のメーカー(蒸留所)でも現在ほど大量生産の必要がなかったため、家族的な経営で少量を機械に頼らず手づくりしていたところがほとんどでした。材料も今では得られないような上質なものを使っていた蒸留所もありました。ブレンディド・ウイスキーではモルトも含有量も多く、しかも上質のモルトが使われました。 今では、大手の蒸留所ではほとんどのところがコンピューター制御の機械を使って発酵や蒸留作業をしています。その結果、「均質」という意味ではレベルはアップしたのですが、昔の手作り時代のような個性ある、深みのあるモルトはなかなか生み出せなくなったことも事実です。 「オールド・ボトル」は日本でも90年代半ばまでは街の酒屋さんでも見つけることができました。さすがに今ではほとんど見かけません(ネット・オークションでは、今もそこそこに登場しますが…)。だから、時たま「ウイスキー特級」と書かれたスコッチ・ウイスキーを出張先の地方の酒屋さんで見かけたら、僕はつい手が出てしまいます。 BAR業界で働くプロである以上、「今=現行品」のウイスキーとの比較の意味でも、バーテンダーの皆さんは「オールド・ボトル」の味わいを知っておく必要があります。しかし今ではオールド・ボトル自体の絶対数が少なくなったため、若い20代~30代前半くらいのバーテンダーさんだと「味わった経験がほとんどない」という方も珍しくありません。 僕らがテイスティングの会に出す銘柄に必ずオールド・ボトルを混ぜるのは、参加してくれる若いバーテンダーの方にぜひ、スコッチ・ウイスキーにもこういう味の時代があったということを知っておいてほしいという願いからです。とは言え、僕の持っているオールド・ボトルにも限りがありますので、いつかは限界が来るかもしれません。 そういう訳で僕と友人が今年のテイスティングの会に出したボトルは、(1)ハイランド・パーク21年(70年代オールド・ボトル)、(2)グレンドロナック25年(1968年蒸留)、(3)グレンフィディック18年(1977年蒸留)、(4)キング・ジョージ4世(ブレンディド=70~80年代のオールド・ボトル)、(5)ニッカ50周年記念ボトル(1984年発売)、(6)ラフロイグ・カーディス(2008年「ラフロイグ友の会」会員限定ボトル=17年もののクォーター・カスクのヴァッテド・モルト)の6本です=写真右上。 どれも素晴らしい味わいのウイスキーばかり(自画自賛?!)でしたが、参加者の中でとくに人気を集めたのは(1)と(2)でした。とくに(1)は現在のハイランド・パークでは味わえない、芳醇な香りと深い奥行きに満ち満ちていました。(4)もオールド・ボトルによく見られるアルコール分の低下もほとんどなく、驚くほど凝縮された味でした。(6)はBar・Kの20周年に贈ったものと同じです。 さて毎回催している「ブラインド・クイズ」ですが、会場となったBARのマスターと相談しながら今回は3本(銘柄)=写真左=を出題しました。シングルモルトの「カーデュ」(オールド・ボトル)、インバーゴードン社の「シングルグレーン・ウイスキー」、マルカイ・コーポレーションのオリジナル・ブレンディドウイスキー「鳳」。 あるBARのマスターと相談しながら、出題銘柄を決めたのですが、予想通り、少し難しすぎたのか、1回目はどれも正解者はなし。少しヒントを出しての2回目でようやく正解者(優勝者はなんと全問正解!)が出て、9位までの賞品は無事、参加者の手に渡りました(ちなみに1位賞品は「アンティーク・グラス」でした)。 プロのバーテンダーにとっても、やはりブラインド・テイスティングというのは難しいものです。シングルグレーン・ウイスキーはアイリッシュなどと間違えた方多数でした。本音を言えば僕自身もブラインド・クイズに参加したかったところですが、プロが真剣に悩みながら飲んでいる姿を横目で見ながら、テイスティングをするのもなかなか楽しいものです(嫌な性格だねぇ(笑))。 楽しい2時間はあっという間に過ぎて、お開きに。参加者の皆さんは昼間から美味しいウイスキーをたっぷり味わい、赤い顔をして上機嫌でご自分のお店にお帰りになられました。次回開催は友人がまた大阪へ戻って来る3年後でしょうか。それとも、その頃は僕がもうBARをオープンしているかなぁ…(笑)こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2009/03/16
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本当に好きで、愛しているBAR(酒場)は、あまり他人には教えたくない。そこは自分にとっての癒しの空間であり、くつろぎの場であるから。 仕事のことを忘れて、お酒とBARという空間、空気だけを味わうためにカウンターに座る時間ほどすばらしいひとときはない。 自分の行きつけのBARの雰囲気は荒らされたくない。壊したくない。ずっと守っていたい。会社の人間とは出会いたくない。だから、ブログでその店の話題に触れる場合も、これまでイニシャルでしか書かなかった。 その店は今月めでたく9周年を迎えた。いよいよ10年目に突入である。マスターとその店はこの10年、今や関西はもちろん、全国的にも揺るぎない評価を得るまでになった。 店は地元に根を下ろし、しっかりと基盤を築いた。BARを愛する多くの人々に支持され、常連客のマナーも、ほぼ申し分ない(残念ながら、ごく一部だが、常連であることを「特権」とはき違えている人も見られるが…、そういう人たちはどのBARの常連客にもいる)。 もうそろそろ実名で書いてもいい頃かなぁと思う。大阪・天満橋にある「Bar・CADBOLL(カドボール)」。 大阪に土地勘のない方のために少し説明しておくと、天満橋というのは、大阪の盛り場の中心キタ・エリアからは少しはずれた場所にある。大阪駅(梅田)からは東南へ、タクシーだと10分弱というロケーションだ。 天満橋は基本的にはオフィス街だ、盛り場らしきものもあるが、規模は知れている。そして面白いのは、オフィス街の裏にはマンションや一戸建ての住宅も多く、夜間人口もいる。加えて言うと、天満橋は上町台地に立地しているため、付近には坂道が多く、独特の落ち着いた雰囲気を醸成している。 ちなみに店名の「カドボール」とは、シングルモルト「グレン・モーレンジ」蒸留所のゲストハウスの名前(その土地の地名も同じ)に由来する。グレン・モーレンジに深い思い入れがあるマスターが、開店する際にその名を冠した。 この店を知ったきっかけは、同じ大阪の京橋にあった「L」というBARのトイレだった。壁に「天満橋で独立開業いたしましたので、宜しくお願いします」という張り紙がしてあった。マスターに聞くと、「うちで修業した林というのがやりますねん。一度行ってみてやってください」との答え。そして、私は開店まもないCADBOLLにお邪魔した。 マスターの林壮一さんは「L」におられた頃から、大阪のバーテンダーの中でも一目置かれる存在=実力派だった。そして、独立されてからもさらに腕に磨きをかけ、全国規模のコンクールでも上位入賞を果たすまでになった。 しかし開店以来、私がCADBOLLに通い続ける理由は、そんな単なる技術的なものだけではない。 このブログでも何度か書いたことがあるが、私は「GOOD BAR」の条件として、(1)カクテル等の酒づくりの技術 (2)接客・サービス (3)酒類の品揃えや知識 (4)話術=トーク (5)内装などの店の雰囲気 (6)酒やサービスに見合った料金 (7)マスターやバーテンダーの人柄--の7つを挙げた。 私自身、この7つの条件すべてで満点を付けられるBARに出会ったことは、残念ながらまだない。しかし、CADBOLLはこの9年間の間に、私の中では、7つのすべてにおいて、満点にかなり近い高得点のBARになった(他には例えば、北新地のBar・Kもそう)。 いつも何よりも素晴らしいと思うのは、マスター林さんのホスピタリティー(単なる「接客」ではない「もてなしの心」)であり、言葉を変えれば、「人柄」そのものと言ってもいい。 美味しいカクテルが飲めても、珍しいレアな酒があっても、いくら内装に金をかけていても、BARとは結局のところ、「マスターの全人格」を表すものでしかない。 そういう事実を、私は銀座や北新地の、いかにも高級そうなBARで、これまで嫌と言うほど実感してきた。見かけの雰囲気や酒の技術は素晴らしくても、接客や店主の人柄にがっかりさせられたことが何度あったことか。 CADBOLLは都心からはずれた、足の便の悪い場所にある。しかも裏通りの分かりにくいロケーション。でも毎夜、店には常連客の笑い声が絶えない。そのほとんどは、私同様、林さんの人柄に惚れ込んだ人たちだろう。 最近は、「毒舌と愛(?)に満ちたトーク」に磨きがかってきたとの評判の林さん。私はこれからも、この居心地の良い、癒しの酒場に通い続けるだろう。【Bar・CADBOLL】大阪市中央区石町2-2-20 近松ビル1F 電話06-6944-2918 午後5時半~午前1時 日祝休 地下鉄谷町線・天満橋駅または京阪電車・天満橋駅から徒歩約5分。・こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2008/12/29
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最近はまっているお酒の一つにシェリーがありますが、銀座の老舗シェリーBAR「しぇりークラブ」がこのほど(10月7日オープン)京都に支店=写真左=を出してくれました。 嬉しいことに初代店長は、僕がよく知っている元・銀座店店長のMさん(大阪のアルテミスというBARにもいた方です!)です。Mさんは京都出身ということもあり、まさに「適役」として抜擢されたようです。 関西にも、大阪キタのバル・キンタ、ミナミのヘミングウェイなど本格的なシェリーBARが増えてきましたが、京都にもまた一つ使えるシェリーBARが誕生したのはとても有り難いことです。 ということで先週の日曜、京都へ行く用事があった際、早速、しぇりークラブ京都店へお邪魔して参りました(連れ合いも同行です)。 場所は、祇園の八坂神社と清水寺の間の、石塀小路にあります。「ねねの寺」で知られる高台院もすぐそばです(非常に見つけにくいロケーションにあるので、最初はちょっと迷いましたぞ)。)。 細い路地に面したお店は、一見すると白壁の土蔵と間違いそうでした。でも、京都にはやはりこういう店が似合いますね。しかも、なんと築約100年の蔵を改造したとのことです。 内装は、蔵の太い柱や梁などの木組みはそのまま活用したけれど、内装はかなり手をいれたそうです(写真右上&左=店内は蔵の雰囲気を生かした素敵な空間)。 完成した店は元の蔵の雰囲気を生かしつつ、カウンター(半分は銀座店の3階から運んだそうです!)や椅子はケヤキを使った特注品で、和と洋が調和した素晴らしい空間に仕上がっています。天井も高いのでとても落ち着いた雰囲気で、表の喧噪はここまで聞こえて来ないために、ゆったりした気分で旨いシェリーが味わえます。 久しぶりに再会したMさんは、僕の顔を見てすぐに思い出してくれました(BARのマスターは客の顔をよく覚えているとは言うけれど、覚えていてくれて、やっぱりめちゃ嬉しいなぁ…)。 早速、おすすめのシェリーをいただきました。京都店も銀座店と同じく、一人ひとり何の銘柄を飲んだのか記してくれる「記録簿」(写真右上)があります。次に訪問した時には、前回とは違うシェリーを味わってもらおうというお店の素敵な心遣いです。 日曜日は午後3時オープンというのが、呑兵衛にはとても嬉しい。居心地もいいから、シェリーの旨さも倍増して、杯がすすみます。まだ外は昼間だというのに、あっという間に2人で5杯も呑んでしまいました。 ちなみに呑んだ銘柄は、「Bajo de Guia」(マンサニージャ)「Solear」(同)「Bertola」(フィノ)「El Maestro Sierra」(同)「Jalifa 30 years」(アモンティリヤード)=写真左上から順番に。とくに最後の「Jalia」の旨さは言葉では表現できないほど。 フード・メニューには、美味しそうな料理が並んでいます。タパスもいろいろありそうです。シェフもいるので安心です。 あいにくこの日は、昼間に法事があって、その後しっかり昼ご飯(和食)を食べてしまったので、お腹がまだいっぱいです。フードは次回の楽しみにとっておきましょう。 しぇりークラブ京都店は、シェリーの品揃えも、接客も、雰囲気も、価格も(=原則として何を呑んでも1杯945円均一)どれもに申し分ない店です。何度でも通いたくなる店です。そして、いろんな人に教えてあげたいけれど、あんまり教えたくもない店です。 Mさんからは、「大阪や神戸の知り合いにPRしてください」とお店のカードをたくさん渡されたけれど、さぁ、どうしよう…(笑)。それはともかく、個人的には京都に来る楽しみがまた一つ増えました。【しぇりークラブ京都・石塀小路店】京都市東山区下河原町489-2 電話075-525-2201 午後5時半~11時半(日午後3時~10時) 月休 阪急四条河原町駅から徒歩15~20分(※わかりにくい立地なので、初めての方は近くまで来たら電話することをお勧めします)
2008/11/23
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ブログを長年(と言ってもまだ4年ほどですが)やっていると、酒やBAR巡りを主なテーマにしているために、BAR業界の方が覗きに来てくれることがよくあります。 そのなかには、もちろんなじみのBARのマスターやバーテンダーの方が多いのですが、まったく会ったことのない、見知らぬ土地に住む方もいます(日本全国、いや全世界とつながっているインターネットの世界ですから、当然と言えば当然です)。 コメントをくださったりするうちにヴァーチャルな世界で親しくなって、まだ見ぬ土地でBARをされているマスターやバーテンダーのことに想像をめぐらせます。どんな方なのかなぁ…、どんな感じの店なのかなぁ…、店がある街はどんな雰囲気なのかなぁ…と。そして、いつかそのお店を訪ねて、本人に会ってみたいという熱い思いが募ってきます。 HPやブログをされている方も多いので、はっきりと店の名や住所を書かれている方もいますが、参考情報程度しか書かれていないケースや、「**地方(県)でBARをやっています」としか記されていないケースも結構あります。でも、そんな場合ほど、何とか見つけて訪ねてみたいと思うものです(写真左=今回目指した店の目印はこれ)。 先週末、東京へ出張がありました。その際、以前から一度訪問したいと願っていた千葉県内のBARにお邪魔する計画を立てました。東京や横浜のBARにはあちこち出没しているうらんかんろですが、同じ首都圏でも千葉県のBARにはいまだ一度も行ったことはありませんでした。 ただし、僕が訪ねようとしているBARは船橋市にあるということと、僕のブログによくコメントをくださったその店のバーテンドレスの方のハンドルネームが「エストレヤ」ということの2つしか手掛かりはありません。でも、インターネットの世界は不思議です。キーワードをあれこれ考えながら手を尽くして調べていると、ひょんなことから運良くたどりつけることがよくあります。 今回も店は偶然、僕がいくつかのキーワードで検索していたら、見つかりました。「Bar・Cooperage」。店名は「(ウイスキーの)樽職人」という意味でしょうか。先方は僕が訪ねることは知りません。でも訪ねてみて定休日とかだったらがっくりくるので、事前(約1週間前)にお店に電話して休みではないことは確認しておきました(念のために、ウイスキーマガジン・ライブでエストレヤさんご本人と会ったというブログ仲間のバブデ・ピカソさんにも「確認情報」をもらいました。ピカソさん多謝!) JR総武線の各停にのんびり乗って船橋に到着。駅前は、想像していたより大きく、にぎやかです。駅から南へ地図を片手にテクテク歩きました。最近はヤフーやグーグルで、詳細な地図が簡単に入手できるので楽です(いま賛否両論が沸き起こっている「ストリート・ビユー」は嫌いなので利用しません)。 駅から歩くこと約7、8分。Bar・Cooperageがあるビルの前に着きました。ここがエストレヤさんがご主人と2人で営んでいるというBARです。2階への階段の上がり口には、おしゃれなサインポールが立っていました。ここから店のドアを開けるまでの短い時間は、本当にワクワク、ドキドキする時間です。 木のドア(写真右上)を開けると、予想外に広いゆったりとした店内が目に飛び込んできました。温かい感じのライティング。カウンターはL字形に長く延びていて、なかには店長らしき男性と女性の2人がいました。カウンターには3人連れの先客が一組。 「一人なんですが、いいですか?」。僕はそう女性のバーテンドレスの方へそう断って、カウンターのほぼ真ん中の席に腰を下ろしました。赤い縁の眼鏡。以前、ご自身のブログで触れられていたから、目の前のバーテンドレスがエストレヤさんに間違いありません(写真左上=Cooperage店内風景)。 初めての店では、たいていまずジン・リッキーかスコッチのハイボールを頼みます。ジン・リッキーやハイボールの美味しい店に、「あまり外れはない」という僕流の一つの物差しです。頼んだジン・リッキーは、もちろん「外れ」ではありませんでした。バランスがとれてキリッとした旨さ、心地よい酸味が疲れをいやしてくれます(写真右=2杯目にいただいたバーボンの美酒「Richmond Reserve」)。 「エストレヤさん、うらんかんろです。はじめましてー、やっとお邪魔することができました!」と、ここで自己紹介。当然ですが、「えっ! うらんかんろさん?!」と驚きを隠せないエストレヤさん。「わざわざ訪ねてくださって、本当に有難うございます。でも、よく分かりましたねー。(ブログには)店の名前も住所も書いてなかったのに…」と当然のご質問です。 「エストレヤ、船橋、バー、バーテンダー、バーボンなどとキーワードを入れていったら、そのうちにだんなさん(=たるおさん)のブログにたどりついたのです。そこにはエストレヤさんのブログがリンクされていたし、これはもうビンゴ!だと」と得意げに語る僕。もちろん、ブログをやっていたからこそこうした嬉しい出会いが生まれたことは言うまでもありません。インターネットに感謝です(写真左=店内風景)。 エストレヤさんはたるおさんと結婚されたとほぼ同時に、このCooperageをオープンされました。お店は今年12月でまる8年。お客さんは地元の方が中心だそうです。船橋は東京へ通勤している方が多いので、土日にもこのカウンターで癒しの時間を求める方が多いとか。だから定休日は月曜日です。お喋り好きで明るいご夫妻のおかげで、落ち着いた店内なのに、とてもアットホームでなごやかな雰囲気です。 エストレヤさんは「もっとオーセンティックなBARを想像されていたうらんかんろさんの期待を裏切ったかもしれませんね」と謙遜されていました。いやいや、オーセンティックBARを名乗って、店の調度に惜しみなくカネをかけ、バカ高いチャージをとるBARに限って、ロクな店はないのです。 Bar・Cooperageの「温かい接客」と「居心地の良さ」こそ、オーセンティックBARのお手本であり、オーセンティックを名乗る資格は十分ですよ。その証(あかし)に、僕はジン・リッキーの後、3杯も飲んでしまいましたぞ。 2杯目は、バーボンにとても詳しいエストレヤさんが一番好きだという「リッチモンド・リザーブ」の8年ものをストレートで。まるで重厚なシングルモルトのような、奥行きある旨さです。ブッシュが大統領でいる間はバーボンを敬遠していた僕ですが、民主党のオバマが次期大統領に決まったことを祝って、これからはバーボンもしっかり飲みましょう(笑)。 3杯目。「テンプルトン・ライ」(写真右上)。ポットスチル蒸留による100%ライ・ウイスキー。あのアル・カポネが好きだった酒だとか。話のタネが一つ増えました。そして最後は、東京へ引き返すためのクールダウンとして、カクテルの「レッド・アイ」をお願いしました。 名残は尽きないけれど、お別れの時間が近づいてきました。玄関の外まで見送りに出てくれたエストレヤさんと、再会を誓って固い握手(写真左=エストレヤさんとの嬉しいツーショット!)。 これでいままで1軒も知らなかった千葉県に、僕の「なじみのBAR」が出来ました! Bar・Cooperageが船橋でますます愛される酒場になることを祈って、乾杯! そしてこの夜の素晴らしい出会いに乾杯!! エストレヤさん、たるおさん、心のこもったおもてなし、本当に有難うございました。【追記】訪れる約1週間前、定休日を確認するために自宅からCooperageにかけた電話の話。ナンバー・ディスプレーに表示された市外局番を見て、エストレヤさんは「関西に住む方からの電話だなぁ…」とは思っていたそうです。これは鋭い!一本とられちゃった。でも、「昔うちに来てくれて関西に転勤した人がまた訪ねてきてくれるのかなぁ」と予想していたそうなので、やっぱり僕の訪問は「大きなサプライズだった」とか。【Bar・Cooperage】千葉県船橋市本町4-40-12 インペリアル山下ビル2F 電話047-425-8885 午後7時~午前3時 月休こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2008/11/10
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麻生首相が、高級料理店で食事をした後、連日のように一流(高級)ホテルのBarで飲んでいることに対して、野党やマスコミから批判する意見が出ています(僕のブログでは、政治と宗教と営利を目的とした勧誘などのテーマは原則としてNGにしているので、ここでは首相の政治的信条については触れません)。 ホテルのBarで飲むことについて、首相は「ホテルのBarは別に高くない」「(首相が)居酒屋で飲んだら営業妨害って言われるだろ?」「聞いてんだよ、答えろよ!」と記者にムキになって反論しました。いささか大人げない物の言い方は好きではない僕ですが、この件に関しては首相を弁護したいと思います。 一流ホテルのBarは、例えばスタンダードクラスのウイスキーなら、街場のBarで1杯700~900円くらいで飲めるところが、少なくとも1杯1000円~1300円くらいはするでしょう。カクテルも一般論として街場のBarよりは割高です(おそらく200円~500円くらいはアップ)。 1杯いくらか分からないと不安でしょうが、街場のBarとは違って、ほとんどのホテルBarでは、1杯の料金を記したメニューを用意しているので、明朗会計です。また、「本日のおすすめウイスキー、カクテル」などと銘打ってリーズナブルな料金で提供してくれたり、軽い付き出しが最初からサービスで付いてたりするところもあります。さらに、ホテルBarでは生演奏を聴かせてくれるところも多いのですが、ジャズのライブハウスなどとは違って、ミュージック・チャージを別にとるところはまずありません。 なお、世界中でも日本だけに見られる「チャージ」という不可解な料金ですが、ほとんどのホテルで500円~1000円くらいはとられます。しかし、今朝の某新聞に載っていた「記者の体験ルポ」によれば、首相が愛用するホテル・オークラのBar「ハイランダーイン」では、なんとチャージ料はなかったとのこと! これには僕も少々驚きました。 もっとも、この「チャージ」については、街場のBARでもとるところがほとんどなので、ホテルのBarだけを非難することはできません(銀座や北新地のBARでは、1500円~2000円!もの法外なチャージ料をとる店だってあります→そういう店に限ってロクなサービスしかありません)。 ただし、一流ホテルのBarでは「チャージ」以外に、消費税とは別に必ず10~15%くらいの「サービス料」がかかってきます(この「サービス料」は街場のBarでは、「チャージの二重取りだ」と客に嫌われるのであまり見られませんが、銀座や北新地の「勘違い高級Bar」では堂々とこの「二重取りシステム」を導入している店も目立ちます。情けないことです)。 従って、「チャージ(+サービス料)」のトータルについては、街場のBarより高いホテルもありますが、街場のBarとほとんど変わらない良心的なホテルも少なくありません。店の雰囲気は、高級ホテルだから当然とても落ち着いた、ゆったりした空間のところが多く、大声で騒ぐ柄の悪い客もまずいません(素晴らしい夜景というおまけが付いているBarもあります!)。 結論としてトータルで考えた料金(お値打ち)では、一流ホテルのBarは街場のBarと比べて、決してそう高くなく、場合によっては街場のBarと同じか、よりリーズナブルなところもあると言うことです(上記のホテル・オークラのほか、僕の経験だと、大阪のロイヤルホテルのリーチ・バーや、リッツカールトンのザ・バー=僕のベスト1=などは考えようによっては、街場のバーよりリーズナブルかもしれません)。 一流ホテルのBarは、決して一般人が飲めないような特別な場所ではありません。だから、この飲む場所だけで首相を批判するのは、ちょっと可哀想だと同情します(もちろん首相がどんな銘柄を飲んでいるのかは別にして、ですが…)。 ただし、本当に庶民の声を肌で感じたいと思ったら、時には街場のBarに予告なく訪れて飲むなんて冒険も(もちろんSPの同伴は必要でしょうが)してみてはいかがでしょうか、麻生さん。「営業妨害と言われる」とのご心配ですが、僕は、「首相が訪れてくれるなんて名誉なことだ」と喜ぶ店主も多いと思いますよ。 【おことわり】写真は日記内容とは直接関係ありません。悪しからず。 【追記】ちなみに、僕はホテルのBarで飲む頻度は少ないです。その理由は料金の問題(本文でも書いたように、街場のBarではホテルより高い店だってあります)ではなく、僕が街場のBarのマスターやバーテンダーとの、ざっくばらんな会話が好きだからです。 当然ですが、ホテルのBarにはマスター(店主)はいません。チーフ・バーテンダーはいても、従業員であることには変わりありません。次の時に訪れても、持ち場が代わっていることもあります。だから会話を交わしても、どうしても当たり障りのない内容が中心になってしまい、残念ながら「ざっくばらん」とはいきません。それが僕が街場のBarの方が好きな最大の理由かもしれません。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2008/10/26
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神戸で時々お邪魔していて、以前にも日記(07年8月1日)で紹介したBar Keithの(いささか古い話で恐縮ですが)支店、「Keith-Inn」がオープンして今月で1年になります。 支店と言っても、場所はBar Keithのすぐお隣で、店内の一部がつながっているので、見方によったら、Keithが広くなったという感じもします(でも一応、入り口は別々になってます) Bar Keithと言えば、温かい雰囲気のウッディな内装。そして、スコットランドの蒸留所をたびたび訪れているマスターのIさんが、シングルモルトにとても詳しいことでも知られています。 カウンターに座り、Iさんのスマートな接客と物腰柔らなトークに包まれて飲んでいると、心からくつろげる夜になります。オープンして今年3月でまだ9年ですが、はや老舗のような風格も感じます。 そんなKeithがつくった支店Keith-Innは、オーセンティックな本店とは少し違って、パブのような雰囲気を漂わせる店内です。そして、店の自慢の1つは本格的で、多彩なフードです(写真左=向かって左が「Keith-Inn」、右手が「Bar Keith」)。 店のフードは、元ホテルのバーテンダーだったIさんの友人の、神戸の某有名レストラン・シェフが監修したというだけあって、味は保証付きです。充実したメニューの中でも、僕がとくにお勧めしたいのは「スープ・カレーのバゲット添え」。 札幌で人気のスープ・カレーですが、関西のBarでメニューにしているところは少ないでしょう。Keith-Innのスープ・カレーは本場・札幌にも負けない、絶妙の旨さです。あまりに美味しいので、僕はバゲットのお代わりまでしてしまったほど。 Bar KeithやKeith-Innには、Iさんの人柄を慕って、関西在住の有名人(名前は内緒)もしばしば訪れるとか。皆さんももし神戸を訪れる機会があればぜひ、居心地の良い、「姉妹酒場」の扉を開けてみてください。【Keith-Inn】神戸市中央区中山手通1-15-7 東門エースタウンビル1F 電話078-393-0690 午後5時半~午前2時半 第1・3日休 こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2008/09/28
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大阪キタの中心地・梅田に「北京」。でも中華料理屋さんじゃありません。これがれっきとした伝統ある立ち呑みBarなんだから。 私は結構昔からお邪魔している。場所がいい。梅田のJR高架下の食堂街。ということはJR大阪駅からは徒歩1分、阪神、阪急、地下鉄の梅田駅からも数分という好ロケーション(写真左=立ち呑みBar「北京」)。 完全立ち呑みで、キャパは15人ほど。8畳くらいの広さの狭い店内には、まぁるい変形馬蹄形のようなカウンターが1つだけ。客全員がマスターを囲んで、袖をすり合わせながらワイワイ飲む雰囲気。 天井にはレトロな扇風機が回る。店内は狭いけれど、完全禁煙だから空気はとてもきれいです。酒は、ビール、ウイスキー、ワインのほかジン、ウオッカなどのスピリッツ系は何でもござれ(とくにワイン類が充実!)。焼酎や日本酒は少しだけ(写真右下=「北京」の店内)。 「キャッシュ・オン・デリバリー」だから、客はまず千円札を1、2枚自分の前の金属製の皿に置く(これって欧米のパブのシステムと同じだね)。マスターは、客の注文した飲み物を届けるたびに、そこからカネを引いていく。 お値段はとにかく安い。たとえば角の水割りは300円(ソーダ割りだと50円アップ)。種類が豊富なフードメニュー(アテ)も250円からと手頃。だから、予算は2000円もあれば十分。 充実のフードの中でも、とくに人気があるのは「エッグ」(写真左下)。耐熱皿に生卵を入れ、コンロでグツグツ温めて(半熟状態で)出される。それに塩を適当に振って、お箸でかきまぜながらいただく。混ぜているうちに卵は余熱でだんだん固まってくる。皿はまだ熱いので、外側が適当におこげになってくる。 この「エッグ」が最高に旨い。めちゃ酒に合う(僕はいつも必ず頼む)。こんなにシンプルで、料理とも言えないような料理なんだけど、奥が深いねぇ。他にも「タコぶつ」(洋風のドレッシングが旨いんです)「めざし」「ピリ辛こんにゃく」「冷奴」も人気。 なんで大阪・梅田なのに「北京」なのか。前から、ずーーっっと疑問に思っていた(いつも超満員だし、これまでなかなか聞けていない)。今回、思い切ってマスターに尋ねてみた。マスター曰く。店のオープンは昭和25年(1950)。初代マスターの父は戦前、満鉄(満州鉄道)の職員として中国大陸に長く暮らした。とくに北京に7年ほどいたという。で、日本に引き揚げてきてこの店を開いた際、迷わず店名を「北京」にしたという。 もともとこのJR高架下の食堂街は、終戦直後、仕事を失った鉄道職員の家族の暮らしを助けるために、旧国鉄が開発し、斡旋したのだという。「今も昔からやってる店の人は、ほとんどが元々鉄道関係だった人」(マスター)なのだそうだ。 「店が客を育てる」とはよく言うけれど、「北京」の常連客の飲み方は概してスマートだ。安いからと言って、1杯で長々と居座ったりしない。ささっと飲んでさっと引き揚げる。そんな客が多いから、混んでいても客の回転が早い。スマートな飲み方を身につけることはBarに通うための基本ルールだが、ここでは、それが他の客から学べる。 先代の思いがこもった立ち呑みBar「北京」は、きょうも常連客や旅の疲れをいやす人たちで満員。こんな素敵な酒場はホント、他人にあんまり教えたくないんだけどね。【立ち呑みBar 北京】大阪市北区角田町9-10 JR高架下・新梅田食堂街 電話06-6311-2369 午後4時半~11時 日祝休>・こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2008/09/13
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お盆休みでしばらくご無沙汰してすみません。元気で生きていますので、ご安心を。 戦災に遭わなかった京都には、今も町家が数多く残って、実際、そこが人々の暮らしの場になっている。それ故、町家を生かしたBAR(酒場)も多い。 そんな数多い町家BARの中でも、最近僕がとくに気に入っているのが、河原町通三条近くにあるBar「K-家」である(「けーや」と読みます」)。 中庭(箱庭)のある町家をそのままBARにした店。初めて行った時は、まだオープン直後で、正直言ってまだあまり内装は整っていなかった。 それが今や、ほぼ完璧に町家を生かした、落ち着いた空間になっている。大きな空間には、カウンターあり。テーブル席あり、個室あり。 最初に訪れた理由は一つ。僕が銀座で馴染みだったBar「T」出身のK君が、故郷に戻って、独立して開いた店だったから。 K君は、銀座の「T」時代はあまり話をする機会はなかったのだけれど、数年前に開いたこの「K-家」のマスターになってからは時々お邪魔して、よく話すようになった。 「K-家」の良さは、落ち着いた雰囲気に抱かれた居心地に尽きる。「隠れ家」という訳ではないのだが、こんなに心地いい町家Barを、京都では僕は他に知らない。 師匠のUさんの影響もあって、「K-家」にもオールドボトルやレアなモルトがたくさんある。さらに、師匠仕込みのカクテルも進歩著しい。今後ますます期待ができる「K-家」である。 今回はちょっと持ち上げすぎたかもしれないけれど、まぁ皆さん、騙されたと思って、京都を訪れた際は、ぜひ「K-家」におこしやす。【K-家】京都市中京区六角通御幸町西入ル 075-241-0489 午後6時~午前3時 火休こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2008/08/24
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会社のそばには、仕事帰りにちょっとひと休みできるような酒場がずっとなかった。酒呑みには、それがいつも不満だったが、1年ほど前、会社から2分ほどの距離に、居心地の良い素敵な小バコができてからは不満が満足に変わった。 実は、この酒場が出来た直後から時々店の前を通るたびに、気になっていた。店の看板の名前に、あの神戸の老舗BARにして、一昨年末惜しまれつつ長い歴史を閉じた「Savoy」を冠していたから=06年12月27日の日記。 その名も「Savoy Osaka」。僕は意を決して(というほど大げさなもんじゃないけれど)、ある日、会社帰りに一人で訪れた。カウンターが10席ほど。店内の奥に6~7人が入れるスタンディング・テーブルのスペースがある。 店はマスターのHさんが一人で切り盛りしていた。店名の由来を聞けば、当然の答えが返ってきた。Hさんはこれまで2軒の店で修業をし、そのうちの一軒が「神戸Savoy」だった。大阪で開店する際、神戸SavoyのオーナーだったKさんの得て、店名に「Savoy」を冠した。 神戸にはもう1軒、Savoyの伝統を継ぐ「Savoy 北野坂」というBARがある(こちらは一番弟子だった方が営む)。「Savoy」は関西では、「サンボア」と並ぶ由緒在る酒場。大阪にも「Savoy」の伝統を守る店ができ、本店のDNAが受け継がれていくのはとても喜ばしい。 もう一つ嬉しいことには、「Savoy Osaka」はオーセンティックBARの顔を持ちつつ、スペイン系の酒(シェリーなど)やフードが充実していること。これはマスターがかつて修業したもう1軒の店(エル・ポニエンテ・カルボン)の影響が大きいという。 フードが充実しているのは、小腹がすいた時などほんとに有り難い。僕の大好きなハモンセラーノ(生ハム)やアヒージョ(エビやキノコ、砂ずり等のガーリックオイル煮)もある。 さらに嬉しいことに、この手の酒場にしては最近珍しい「ノーチャージ」。あまり懐を気にせずに飲める幸せが、会社からこんなに近くで味わえるとは! 願わくは人気が出過ぎて、「いつ行っても満席」なんて店にならないでね。【Savoy Osaka】大阪市西区江戸堀1-1-9 電話06-6445-2077 午後5時~午前1時 日休&第3土休こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2008/08/10
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先日、再び出張で福山(広島県)を訪れた。今回は1泊だったので、電車で20分ほどの距離にある、尾道の老舗・名Bar「暁」にお邪魔するつもりでいた。 尾道の「暁」と言えば、1945年開業、映画の街・尾道を舞台にした映画にもたびたび登場している、全国的にもとても有名な老舗Barである。以前から、一度は訪れてみたいと願ってきた。そして僕は、今回の出張で実現させようと計画した。ところが前日の夜、念のために電話してみても、応答がない。嫌な予感がしてネットで情報を調べてみると--。 何人かの方が、「暁の閉店」を惜しむ記事を書かれていた。読めば、店を閉じたのはことし2月末で、マスターの体調不良が理由だという。ただし完全な閉店ではなく、「一時閉店」なのだとか。 「こんなことなら、もっと早く行っておくべきだった」。悔やんでも悔やみきれない事実だった。しかし、ネット情報をもう少し詳しく読むと、暁には福山に支店があり、そちらは営業しているとある。それなら行かない手はない。あの暁の支店なら、雰囲気が悪い店のはずがない。尾道・暁の再開見込みについても、少しは情報が得られるかもしれない(写真左上=暁・福山店)。 で、福山の支店の営業を電話で確認した後、早速お邪魔した。電話に出たのは年配の女性だったが、店にいたのは年配の(マスターらしい)男性と女性の2人。 来意を告げて、「尾道の店の再開の見通しはどうなんでしょうか?」とその男性に尋ねる。すると、なんとその男性こそ、尾道「暁」マスター・佐藤軍治さん(66)で、女性は奥様だった。「体の具合がいまいち良くなくてねぇ…。またよくなったら再開しようとは思ってるんだけどねぇ」とマスター。聞けば、病気の後遺症で片足が不自由なのだという(確かに、歩くのが少し辛そうでした)。 しかし、福山の「暁」の雰囲気は、写真でもよく分かるように、尾道の本店にも勝るとも劣らない。オープンは1966年で、その後83年に現在地に移転したという。壁という壁はほとんどがウイスキー棚でボトルがぎっしり。その数は3千本以上とも。 しかも天井には、尾道店と同じように、たくさんのノベルティの灰皿が針金で止められ、ディスプレーされている=写真右。なぜか帆船の模型もぶら下がっている。その数と迫力に、ただただ圧倒されるのみ。 「尾道の店の飾ってるボトルは、ほとんどがホコリをかぶっていますが、こっちの方は一応きれいですよ」と笑わせてくれるマスター。何十年も前のボトルがごろごろ。これだけ集めるのにかかった時間と情熱を考えると、言葉を失う。 ご存じのようにマスターは2代目。尾道の本店のボトルはほとんど、亡くなった初代マスターのお父様が集めたという。「最初はサラリーマンをしていて、オヤジの仕事を継ぐことになるとは思いませんでした」としみじみ語るマスター。 福山の支店は、これまでもっぱら奥様が中心となって営んでいたが、今回、夫婦で営むことになった。だからかどうか分からないが、店内にはアットホームな温かい雰囲気に溢れ、居心地がいい(写真左=マスターの佐藤軍治さん)。 スコッチのハイボールを1杯頂いた後、せっかくだから、暁のオリジナル・カクテルをお願いする。ネーミングにひかれて前から飲みたかった「沈黙の艦隊」=写真右=を。 2種類のウオッカにブルー・キュラソー、グラスの底に緑色したマラスキーノ・チェリーを沈める。このチェリーは潜水艦を模しているんだとか。潜水艦に見えるかどうかは、貴方の想像力次第。度数は結構高いのに、爽やかで、きりっとしていて、意外と飲みやすい。ちなみにオリジナル・カクテルには、店の名にちなんだ「暁」というのもある(こちらは「パルフェタムール」というリキュールを使う)。 あまりの居心地の良さもあって、マスターや奥様と話し込み、気が付けば1時間半以上お邪魔していた。今回、尾道の本店には行けなかったけれど、この福山で、佐藤マスターと会えたのは幸運で、何よりも嬉しい(写真左=トイレの壁には、柳原良平さんが来訪時に描いたアンクルトリスの色紙も)。 マスターどうか無理せずにしっかり体を治されて、体調が戻ったら尾道の本店もぜひ再開させてくださいねー。あの暁・本店は、尾道にとっては「文化財」のような存在で、Bar愛好家には「宝」のような酒場なのだから。【舶来居酒屋・暁(福山店)】広島県福山市入船町2丁目5-5 電話084-923-2104 午後7時~午前2時 日休 新幹線福山駅からタクシーなら南東へ5分ほど。徒歩なら15~20分くらいです。【追記】その後、尾道に行く機会がありましたので、閉店中の「暁・尾道本店」を撮ってまいりました=写真右。こういう歴史と伝統のある店がこのまま消えてしまいなんて、想像したくもありません。「どなたかが後を継いでもらえたら」というのが、僕も含めBarを愛する人間の共通の願いだと思います。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2008/06/29
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昨日6月6日(金)は、うらんかんろの最も馴染みにしている酒場の一軒、大阪キタのBar「K」の20周年のお祝いでした。「K」と言ってもイニシャルではなく、店名そのものが「K」なのです。 「K」とはオープン直後からなので、もう20年近い付き合いです。マスターの松葉道彦さんは当初、この「K」のスタッフとしてスタートされました(写真左=Bar「K」のマスター、松葉さん)。 そして持ち前のセンスに加えて、血のにじむような努力を重ねて、数々のバーテンダーのコンクールでも優勝するなど、今では(まだ40代前半ですが)大阪、いや関西、西日本を代表するバーテンダーとなりました。 店の場所が会社の帰り道にあったので、Bar「K」には昔からよくお邪魔していました。スタッフはその都度入れ替わりがありましたが、松葉さんはスタッフとして、その後店長としてずっとこの店を守ってこられました。そして3年前、念願かなって「K」の経営者となりました(ご参照→05年6月7日の日記)。 「K」は、オープン当初はサントリー社系のBARで、メインのウイスキーはサントリーの角瓶でした。そのため、最初のオーナーが角瓶のイニシャルから「K」と名付けられたと聞いています。 今では、サントリーとは直接の関係はなくなりましたが、当初の縁もあって、店名はそのまま引き継いでいます。3年前に店名を一新する手もあったのですが、松葉さんは、「このKが自分の原点ですし、もうお客さんにも親しまれていますから」と、変えませんでした。 松葉さんが「K」のスタッフになったのは、店がオープン直後の20代前半の頃です。だから、彼とももうずいぶん長い付き合いになります。初々しい頃から知っていて、師匠のTさんに怒られながらも、どんどん成長していく松葉さんを見るのは楽しみでもありました。 松葉さんの素晴らしさは、オールラウンド・プレーヤーであるところです。バーテンダーに必要な条件と言えば、カクテル等をつくる技術、酒類の知識、トーク(話術)、接客(ホスピタリティ)などが挙げられると思います。 どれをとっても今では、松葉さんは超一流です。とくにトークは絶妙洒脱で、日本全国あちこちのBARを巡り歩いている僕ですが、いまだ、彼ほど話術が巧みなBARのマスター(バーテンダー)には出会ったことはありません(強いて言えば、銀座の「Bar保志」のマスター、保志さんが匹敵するくらいでしょうか…)。 この夜の20周年のお祝い。僕は同じく馴染みにしている友人と一緒にお邪魔しました。僕らはそれぞれ、とっておきのウイスキーをお祝いに持参しましたが、奇しくも両方とも「ラフロイグ」でした。 僕は、5月に「ラフロイグ友の会」の会員限定で発売されたばかりの「Cairdeas」ボトル(「Cairdeas」=カーディス=とはゲール語で「友情」という意味)。複数の17年物のクォーター・カスクを選び、バッティングしたとのことです。 一方の友人は、80年代の「オフィシャル10年」。この時代のオフィシャルは熟成感たっぷりで、現在のオフィシャル25年物に負けないくらいの奥行きがあります(写真右上=左からラフロイグ「Cairdeas」、同80年代の「オフィシャル10年」、3杯目に頂いた同「オフィシャル40年」!)。 どちらのボトルも極上の味わいであったことは言うまでもありません。新旧のラフロイグは、「K」の20周年と新たな旅立ちを祝福するうえでも、ふさわしいお祝いになったのではないかなと信じています(写真左=帰りにいただいだ20周年記念の革製コースター)。 僕にとっては、まるでホームBARのように居心地のいい「K」がこれからもますます発展していくことを祈らずにはいられません。松葉さん、心から有難う。20年間の友情に感謝です。これからも宜しくお願いしまーす。【Bar・K】大阪市北区曽根崎新地1丁目3-3 好陽ビルB1F 電話06-6343-1167 午後6時~午前1時 日祝休こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2008/06/07
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先日再び広島県の福山へ出張する機会があり、念願だった老舗BAR「さくま」にお邪魔してきました。 BAR「さくま」と言えば、中国地方のBAR愛好家で知らない人がないほどの老舗の1軒です。マスターの佐久間さんはことし77歳ですが、とてもそんな歳には見えない現役バーテンダーです(今も自転車で通勤されているとか)。 オープンしたのは大阪万博の前の年の1969年とのこと。ただし当時は現在とは別の場所にあったそうで、20年ほど前に現在の船町に移転されたといいます。 初めて訪れた「さくま」は、ゆったりとした空間の中に、長いチークのカウンターに12席ほど。さらにテーブル席が3つあります。木やレンガを基調にした、あったか~い(温かい)雰囲気です。 関西のバーテンダーにも佐久間さんは有名人です。僕が大阪キタの行きつけのBar「K」や「C」のマスターにも親しい存在です。「福山へ行ったら、佐久間さんによろしくね」。何人かからそう言われました。 佐久間さんはNBA(日本バーテンダー協会)中国地区本部や倉敷支部の幹部をされています。毎年倉敷で開かれる支部主催のカクテル研究会には関西のバーテンダーも参加し、懇親しているそうです。なるほど親しい訳です。 大阪から出張で来た僕らを佐久間さんは、「遠いところを有難うございます」と歓迎してくれました。もちろん関西のバーテンダーの話題でも盛り上がりました。 聞けば、佐久間さんはもともとは熊本の出身とか。理由は聞き忘れましたが、なにかの縁でこの福山に腰を落ち着けることになったそうです。 1杯目。ジン・リッキーは生ライムがしっかり絞り込んであって、とても爽やかでした。2杯目はスコッチでハイボールを頼みました。すると、佐久間さんはウイスキーを入れる前に、先にソーダを注いでいます。 「どうしてソーダを先に? 普通はウイスキーが先というのが多いですよね」と聞きたがりの僕は当然尋ねます。「この方が(ソーダの)泡がこわれにくいんですよ」と佐久間さん。なるほど、長年の経験からくるこだわりなんですね。 帰りの新幹線の時間を気にしつつ、「最後にもう1杯、モルトでも」と思っていると、佐久間さんは「これ、おすすめです」と棚から出してきてくれました。 94年のラフロイグ12年のボトラーズもの=写真左。オフィシャルにはない、ひと味違ったラフロイグです。「意外とまろやかで旨いですね」と僕。美味しいモルトと老バーテンダーが創り出す温かい雰囲気に酔いしれた福山の夜でした。佐久間さん、ほんとに有難う!【Barさくま】広島県福山市船町3-3・2F 電話084-925-7212 午後6時~2時 火休こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2008/05/31
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先日、大阪キタにある馴染みのBAR「C」にお邪魔しました。すると、このお店のマスターHさんの下で修業中のバーテンドレスさんFさんが「あした、お誕生日でしたよね?」と言いました。 「なんで知ってんの?」とびっくりする僕。バーテンドレスさんは、常連様の誕生日くらいきちんと記録(記憶?)してますよと言わんばかりに、ただにこにこと笑っています。 その後、僕の前にやってきたマスター。「せっかくだから、何かお祝いに差し上げますよ」と何かのモルトを(僕に見えないように)テイスティング・グラスに入れ始めました。 そして出てきたのは何と2杯(種類)も! マスターは「ブラインドで当ててみて」と目で話して、何を出したかは言いません。 「う~ん、何だろう」と口に含む僕。「一つはボウモアには間違いないと思うんだけど…」とまず第一印象。「とくに、60~70年代前半のボウモアだよね? こんなにオレンジやパッション・フルーツ系の味わいが効いているのは…」とつぶやきながら、マスターの顔色を探る。 マスターは、ただにやにやして僕のテイスティングを見ている。その表情から、僕はどっちも同じ銘柄かなと推理した。「アイラには違いない。でもこれだけ柑橘系が効いていて、奥行きもあるのはボウモアしか知らないなぁ…」。 悩んだ末に、「一つはボウモアのダンビーボトル12年かボトラーズのピアレス(いずれも60年代)、もう一つはオフィシャルの70年代ものかな」と推理したが、マスターが「これです」と持ってきたボトルたち(写真左上)を見て、僕は腰を抜かしそうになった。 何と1本は、ボウモア蒸留所200周年を記念して発売された、ファン垂涎の「バイセンテナリー・ボトル」(1979年発売の15年もの=すなわち1964年蒸留)と、もう一つは陶器ボトルの限定ボトル(何の記念ボトルか、何年ものかをメモするのを忘れてしまったけど、貴重なもの!)。 こんな心憎いプレゼントってある?! 普通には飲めないボトル。もし運良く飲めたとしても1杯4、5000円くらいするような貴重な銘酒。それを惜しげもなくプレゼントしてくれるなんて! こんな幸せな夜は年に何回もないだろう(写真右=3杯目も貴重なボウモアを飲んだ。モリソン・ボウモアが所有する前の時代の…)。 僕はこのBARに通い始めたのはオープン直後からで、もう9年近くになる。今では僕の「ベスト5BAR」に入る店であり、マスターHさんの素晴らしい技術もあるけれど、何よりもその人柄と心憎いまでのホスピタリティに惚れ込んだからに他ならない。 常連の誕生日はきちんと記録している。そして、その人が来るたびに確認している。さらにそんな動作が、弟子であるバーテンドレスにまできちんと伝わっている。これぞ本当のサービス! この素晴らしい気配りに乾杯! Hさん、本当に有難う! 心から感謝します! 予想もしなかったプレゼント=極上の銘酒に酔いしれた夜でしたよ!こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2008/05/24
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いささか古い話で恐縮だけれど、大阪キタの名Bar「K」で修業したバーテンダーのK君が、バレンタイン・デーの2月14日、念願の自分の店を開きました。 K君はまだ30代前半ですが、「K」で長年研鑽を積んだ結果、バーテンダー・コンクールで何度か上位入賞を果たしたほか、ソムリエ資格まで取った努力家の一面も持っています。 「K」を辞めた後、しばらく大阪ミナミのBar「O」の店長としてさらに修業を重ね、その後、いくつかの店を経た後、今回の独立に至りました。独立する店の場所については、彼なりにこだわりがあり、キタやミナミであちこち、長い時間をかけて探したそうです。 苦労の甲斐があって、ようやく北新地の一角の路地(横丁)に、素敵な物件を見つかりました。「新地にまだこんな隠れた路地があったのか!」と誰もが驚くような場所でした。 長屋の1軒で、元小料理屋らしき店は、元の店の外観や雰囲気の良さも少し残しつつ、素晴らしい空間に生まれ変わりました。古木を活用したような内装には温かい空気が流れます(写真上左&右)。 K君は、店を「エリクシールK」と名付けました(写真左下=バック・バーにはこんなオールド・ボトルも!)。「エリクシール」(どこかの化粧品会社にそんな商品がありましたね)とは、中世の錬金術から生まれた言葉で、「霊酒」「秘酒」を意味するそうです。 「K」は彼のイニシャルとお世話になったBar「K」にかけているのは言うまでもありません(写真右=元料理屋さんの灯りがBarの灯りに変身!)。 宮崎出身のK君ですが、もうすっかり大阪に溶け込んで、大阪人以上に大阪っぽいバーテンダーの顔になっています。さぁ、これからは晴れて「マスター」です。【Bar ELIXIR・K(エリクシール・ケイ)】大阪市北区堂島1丁目2-9 電話06-6345-7890 午後6時~午前4時(土日祝は ~午前2時) 隔週火休(チャージ料<500~700円?>のほか、別に10%程度のサービス料がかかります)。 【追記】この日記はもともと08年の4月にオープンした際、このBARやマスターに期待を込めて記したものです。しかしその後、いくつかの不可解に思える理由もあって、私自身は09年4月以降、このBARに出入りしておりません。この日記の本文は掲載当時の文章をほぼ生かしていますが、現在のこのBARの状況(料金、接客、サービス等)を反映しているものではありません。その点を十分ご理解いただいたうえで、お読みください。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2008/04/18
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四半世紀以上の付き合いである友人が、神戸・元町に念願だったBarを開くことになりました。正式なオープンは今月20日頃の予定ですが、先日関係者だけのプレ・オープンがあり、友人の仲間たちが数多く集まりました。 友人は、今はなき神戸の伝説的なBar「コウベハイボール」の熱烈なファンでした。「コウベハイボール」が1990年に店を閉じた際、マスターのKさんに店を譲ってほしいと懇願したという逸話まで残っています。 それから18年。サラリーマン人生に一区切りを付けた友人は、とうとう夢を現実のものに近づけました。当然ですが、ハイボールにはこだわっています。先年、大病を患った友人は「来る人が癒しを感じてもらえるような居心地のいい場所にしたい」と語っています。 店は、神戸きっての観光名所・元町の中華街(南京町)の西門を出て、浜側へ歩いてすぐのところ、雑居ビルの4階にあります。 内装工事は、カウンターの設置以外はほとんど友人の仲間がボランティアで手伝いました。工事期間中、僕も一度ペンキ塗りの手伝いに行ったこともあって、とても愛着のある空間になりました。 コンクリートむき出しだった内部は、数ヶ月の格闘の末、見事なBarに変身しました。「やれば出来るもんだね」というのが僕も含めた仲間の気持ちです。 この素晴らしき空間の名は「Bar・Heaven」。氷を入れないハイボールはコウベハイボールのマスターKさんに、友人が直接手ほどきを受けました。友人は、コウベハイボール同様、S社のウイスキー「白札(ホワイト)」を使って1杯500円(!)という、今どき考えられない値段で出すと言います。 こだわりついでに言えば、あのコベハイボールで有名だった付き出し「カレー・ピクルス」も再現するそうです。プレ・オープンで食べたピクルスは、試行錯誤を重ねただけあって、かなり近い味に仕上がっていました。 この酒場が神戸の人たちや神戸を訪れる多くの人たちに愛されることを心から願っています。皆さんも神戸・元町(中華街)を訪れた際には、ぜひ一度足を運んでみてください。【Bar・Heaven】神戸市中央区栄町通2丁目10-3 アミーゴスビル4F 電話078-331-0558 営業時間は当面、午後3時~9時頃(平日)、午後1時~7時頃(土日祝)とのこと。水曜定休(08年10月からは月&火定休に変わるとのことです)【追記&訂正】Bar・Heavenは4月18日に正式にオープンしました! 当初、この日記でハイボール1杯400円と書きましたが、すみませんm(__)m 間違いです。 1杯500円(付きだし付き)です。本文は修正済みです。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2008/04/03
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マスターのYさんと初めて出会ったのは、7年前(2001年)の確か12月。大阪市内であった、あるウイスキーの試飲会の場だった。その場にいた知り合いのバーテンダーさんから紹介された。 「曽根崎でバーを開きましたので、ぜひお寄りください。よろしくお願いします」。彼はそう挨拶した。オープンは3カ月前の9月だったという。初対面の印象は、「礼儀正しい、好青年」という感じだった(でも、若く見えた彼の実際の年齢は、僕が思っていたより上だった。失礼!)。 「じゃぁ、そのうちいつかお邪魔します」と言って、別れた。数カ月後、彼の店に初めて訪れた。店の場所は、あの曽根崎心中で有名な「お初天神」(正式名は「露天神社」という)の境内の中にあると言ってもいいビル。 店内はカウンターだけ10席ほど。椅子の背後は一人がようやく通れるほどのこじんまりした空間だった。神社の境内に飲食の雑居ビルがあるなんて不思議に思えるが、商売の街・大阪はそういう面白さに溢れている。店の名前も、だから「TIME天神」(写真左)と名付けたという。 「TIME」の名は、Yさんが修業した師匠の店名「Bar・TIME」からもらった。「Bar・TIME」と言えば、関西のBAR愛好家ならほとんどが知っている苦楽園の名店。マスターのUさんは関西のバーテンダー業界の重鎮でもある。 その「TIME」で修業したYさんだから、接客やカクテルの技術など素晴らしいのは当たり前だろうと思ったが、実際、店にお邪魔してそれは間違いではなかった。以来、僕は彼の酒場に通い続ける。 僕は何よりもYさんの、その柔らかい人柄が好きだ。人柄がそうだから当然、店内の空間もあったかい。カウンターに座ると、いつもなぜかホッとする。帰宅の途中、ほんの30分でもここに座って1杯飲んで帰ると本当に心が和む。だからか知らないが、この酒場には一人客の比率が高い。 この「TIME天神」の魅力はほかにもある。店から毎月送られてくるDM(ダイレクト・メール)には、Yさんこだわりのオリジナル・カクテルが綺麗な写真付きで紹介されている(写真右上)。研究熱心なあまり、ブラディーメアリーに使うトマトまで、家の近所に畑を借りて自家栽培してしまうようになった。そんな客を喜ばせる努力と工夫に思わず唸ってしまう。 1月のDMは「じゃばらカクテル」(写真左)だった。「じゃばら」とは、冬の一時期、和歌山県北山村でしか採れないという柑橘系果物という。ズブロッカ・ベースで、じゃばらのジュース、コアントローというレシピ。 じゃばらはユズを一回り大きくしたくらいの雰囲気。これが、これまで経験したことのない柑橘系だった。強いて言えば、グレープフルーツとユズを足して2で割ったような…。TIME天神では、そんな新鮮な体験がしばしば味わえる。 午後4時半オープンというのも、2杯飲んで2000~2500円という料金設定もサラリーマンとってはとても嬉しい。オリジナル・カクテルだって、材料費や手間を考えれば信じられないようなお値段。帰り際、「お勘定を」とお願いすると必ず、デミ・カップの温かいコンソメスープが出てくる。飲んだ後の胃にはこれが優しくて、ほっこりする。 でも、何度も僕は書くけれど、この「TIME天神」を気に入って、通い続ける最大の理由はマスター・Yさんの人柄だろう。彼とあれこれと話をしながら、カウンターでくつろぐ至福の時間はなにものにも代え難い。この和みの空間が末永くあり続けるよう、心から願っている。【Bar・TIME天神】大阪市北区曽根崎2丁目5-20 お初天神ビル2F 電話06-6367-7116 午後4時半~午前1時 日祝休こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2008/02/02
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以前にも日記(07年1月7日)で書きましたが、大晦日でもって店を閉じることになった大阪ミナミの「モリタ・バー」に28日の夜、最後のお別れに行ってきました。 店にはマスターの、盛田秀朗さんとの別れを惜しむ人たちが相次いで訪れていました。盛田さんは故郷の広島県三次市へ帰られて、一転して農業に打ち込まれます。 ご存じのように昨今、農業を取り巻く環境はよくありません。肥料・飼料の値上げ、生産者価格の頭打ち…等々。だから、「専業では食べていけないので他に何か仕事もしなくては…」と言います。 「当分は自分が食べる分をつくるだけで精一杯ですよ」と謙遜されていましたが、研究熱心な盛田さんのことですから、農業でもきっと素晴らしい作物を育てて、成功されることを僕は疑いません。 それはともかく、最後のモリタ・バーで何を飲もうかと迷っていたら、壁にかけているボードに「盛ハイ 900円」とあったので、早速頼みました=写真。「最後になってようやく完成しました」と笑いながら、つくってくれたハイボールは、デュワーズ・ホワイトラベルの12年をベースにしたものです。 「(デュワーズのキーモルトである)アバフェルディ蒸留所に2度も訪れた僕としては、やはりハイボールはデュワーズ。それも、最近オフィシャルの正規品が輸入されるようになった『12年もの』を使って」と言う訳です。 デュワーズはもともとソーダとの相性がいいとはいえ、盛田さんがつくるとひと味違います。嬉しいことに、この「盛ハイ」はモリタ・バーを受け継ぐ次のお店でも、定番メニューとして残るそうです。 「盛ハイ」を飲んだ後、僕はサイド・カー、マンハッタンという定番のスタンダード・カクテルを頼み、名バーテンダー・盛田秀朗の手になる最後のカクテルを、じっくりと慈しみながら味わいました。店には1時間半ほど居て、そして、固い握手でお別れしました。 これまで、BARとの出会いのなかで数え切れないほどのバーテンダーと知り合ってきましたが、盛田さんは、僕の「バーテンダーはやはり最後は人柄」という持論をそのまま体現したような、素晴らしいパーソナリティの方でした。 モリタ・バーは、まもなく6年9カ月の歴史を閉じようとしています(まだ盛田さんを知らない方がいるなら、営業は31日の除夜の鐘がなるまでです。本日30日も営業していますよ。急げ!)。 モリタ・バーが消えても、盛田秀朗という素敵なバーテンダーのことを、僕は一生忘れないでしょう。彼と出会えた幸せに乾杯! そして彼の第二の人生にも乾杯!【モリタ・バー】大阪市中央区心斎橋筋2-6-17 三津寺辻ビル4F 電話06-6211-1134 こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2007/12/30
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大阪キタのBarアルテミスで長年、店長として活躍したMさんが念願かなって独立、このほど北新地のはずれに、すてきなスペイン・バルをオープンさせました。 アルテミス時代のMさんは、シェリーに詳しいバーテンダーとしては、関西屈指の方でした。当然、シェリーの品揃えも関西のBARで群を抜いていました。 Mさんはまた、オロロソ・シェリーをグラスに注ぎ入れるヴェネンシアという技を披露できる「ヴェネンシアドール」という資格(しかもスペイン政府公認資格!)を持つ数少ない日本人バーテンダーの1人でもあります。 アルテミスはどちらかと言えば、オーセンティックBARでしたが、Mさんは「いつかシェリーをウリにした気軽なバルを持ちたい」というのが以前からの夢でした。店長を10年つとめた後、「そろそろチャンス」と独立されたのです。 新しいお店は、願っていた通りの「気軽なバル」です。キャパはややこじんまりしていますが、シェリーの品揃えの充実ぶりはもちろん、フード(タパス=小皿料理)の種類もたくさんあって、2軒目、3軒目でも十分楽しめるスポットです。 店の名前は「バル・キンタ(Bar Quinta)」。「Quinta」は「五番目の」とかいう意味のスペイン語ですが、ご本人は「語呂が気に入っただけで、とくに意味はないんです」笑っています。 気さくで親切なMさん。店の雰囲気も、アルテミス以上にアットホームで、オープン間もないというのに、昔からのMさんファンで賑わっています。もちろん一人で訪れても、居心地は抜群です。もし大阪・北新地あたり行かれる機会があれば、皆さんもぜひ一度覗いてあげてください。【バル・キンタ(Bar Quinta)】大阪市北区曽根崎新地1丁目11-6 昭和ビルB1F 電話06-6345-1911 午後6時~4時(土曜3時~0時) 日祝休
2007/12/17
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店名をスコッチ・ウイスキーの名前からとるBARは少なくない。しかし、日本でも有名なブレンディド・ウイスキー「Dewar’s White Label(デュワーズ・ホワイトラベル)」にちなんだBARは、おそらく大阪・堂島にあるこのBARと東京・赤坂の「White Label」くらいだろう。 大阪の「Dewar House(デュワー・ハウス)」は、スコッチの名門デュワーズ社の宣伝のための酒場だった。昭和34年(1959)の創業というから今年で49年目。僕も社会人になってからだが、もう20数年来お邪魔してきた、大阪でも屈指の老舗BARである。 デュワーズ社の主力銘柄「Dewar’s White Label」は、アバフェルディ、グレンキンチーなどをキーモルトにした、実に飲みやすい味わい。日本国内のBARでも最もポピュラーな銘柄の一つだろう。 そんな伝統ある酒場のことを、ブログで取り上げることはすっかり忘れていた。ところが先日、会社帰りに久しぶりに訪れると、2代目のマスターからショッキングな話を聞かされた。 店はビルの地下にある。そのビルのオーナーが代わって、老朽化したビルを建て替えるので、「今月いっぱいで立ち退くように言われ、仕方なく近くにある系列店の一角に移転する」という。 移転後に建て替えられるビルへの再入居を望んでいるけれど、入れるかどうかは不透明だという(ビルは今年中に取り壊される予定だが、新しいビルがいつ建つかは何も聞かされてないとか)。これはぜひとも全国のBARフリークに伝えなければならないニュースだ。 先代のマスターで、気さくで優しかったYさんは10年ほど前に亡くなり、今は奥さんと2代目のマスターが店を守る。BAR「Dewar House」の名物はいろいろある。 まず、先代マスターが名機ニコンSPで撮り始めて以来、今も奥さんに受け継がれているお客さんの写真(これが何とモノクローム!)のアルバムはなんと160冊にもなった。 アルバムに登場する人(客)はなんと約4万人という!!(アルバムを見ると、今では有名人になった方もたくさんいる。そう言う僕も、2度ほど撮ってもらってアルバムに収まっている)。 そして、昭和30年代にタイムスリップしたようなレトロな雰囲気の店内。さらに缶詰をメインにしたフード(オイル・サーディン、コンビーフ、ソーセージ等々)がまた旨い。最後に、北新地のすぐそばなのに、デュワーズのショットが1杯400円!という信じられない価格。 先代マスターが亡くなっても、このポリシーは変わらない。変わらない時間と空間。老舗の有り難さを感じる瞬間だ。古き良き老舗の姿をこの目に焼き付けたい方は、今月28日(金)までにぜひ、ぜひお越しください。【Dewar House】大阪市北区堂島2-1-39 B1F 電話06-6345-4645 午後6時~11時 土日祝休(仮移転の店は、現在の店から北東へ徒歩約2分、大阪駅前第一ビルB1Fに)。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2007/09/13
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銀座のBARで、しばしばお邪魔するBARは数多くあるけれど、今回取り上げるBARとは、もう10年近い付き合いになる。 モルト好きの人なら知らない人は少ないと思うが、銀座7丁目に「Talisker(タリスカー)」(写真右=ビル外壁のこの「サイン(灯り)」が目印)という名のBARがある。僕は、1998年のオープン間もなくから、結構通っている。 最初は、BARに詳しい友人に連れて行ってもらった。マスターのUさんとは最初からフィーリングが合った。木を生かした温かい雰囲気の内装。バック・バーの棚のモルトの充実ぶりには驚いた(おそらくは銀座で一番?)。 帰り際、Uさんは店の名前のロゴの入った特製のグラスをお土産にくれた。初めての客へのそんな心遣いは、とても嬉しくて感激した。グラスは今でも大事に使っている(薄いガラスのタンブラーでとても使いやすい)。 Uさんは21歳でこの道に入り、六本木や赤坂の有名なBARで修業した後、独立した。まだ41歳の若さだが、実は知る人ぞ知る「モルト通」で、日本でも屈指のモルト・コレクター。 20代初めからスコットランドの蒸留所やイタリア(実は稀少なスコッチ・モルトが出回っていることで有名)などにたびたび足を運んだ。そして、彼が旨いと思うシングルモルトやブレンディド・ウイスキーをこつこつと集めてきた。そんな努力の結晶でもある「財産」が今の店の基礎になっている。 今では、おそらく日本のBARでも屈指のコレクションを持つマスターになったが、お店にはその半分も並べていないというから凄い。「たぶん、彼が生きている間は商売に困らないくらいのコレクションを持ってるよ」と言うバーテンダーもいるくらい(写真左=Taliskerの店内)。 僕は行くたびにいつも、Uさんから美味しい、とっておきのモルトを選んでもらい、モルトについての初歩的な知識をあれこれ教えてもらった。基本的にはシャイなUさんだけれど、ほんとはとても気さくでおしゃべり好き。そんなところが大好きだ。 最近は、東京出張に行っても忙しくてなかなかお邪魔できず、年に1度くらいしか顔を見れないけれど、ドアを開ければいつも覚えていてくれて、笑顔で迎えてくれるのがとても嬉しい。Uさん、これからもどうか宜しくお願いいたします。 追記1:「Talisker」から育って、独立したバーテンダーも多い。都内のほか静岡や京都で店を構えている。Taliskerつながりで、いつかBARホッピングをしてみるのも面白いかもしれない。 追記2:「モルト博士」で知られるUさんだが、実はバーテンダーとしても一流です。「マイ・スタンダード・カクテル」(柴田書店刊、共著)ではその素晴らしい技を披露しています。【Bar・Talisker】東京都中央区銀座7丁目5-12 藤平ビルB1F 電話03-3571-1753 午後6時~午前2時 日祝休(※旨いからと言って調子に乗って何杯も飲むと、お値段は張りますのでその覚悟で)こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2007/09/08
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「サンボア」BARについては、これまでにも何度か取り上げた(例えば、05年3月12日の日記)が、大阪・京都・銀座に計11軒を店を持つ老舗BARチェーンである。その特徴は、時空を超えたようなレトロな空間と、氷を入れないハイボール(これは、今では「サンボア・スタイル」と言われるまでになった)。 そんなサンボア・グループの中にあって、異色の存在が「祇園サンボア」(写真左)。他の店は濃いマホガニーの英国パブ調の扉が多いが、この「祇園サンボア」はお茶屋のような雰囲気の扉。そして、その扉の前に「サンボア」と記した暖簾(のれん)が。 右から左へ読ませる「サンボア」の文字は、この酒場を愛した作家の故・山口瞳さんの筆になるもの。山口さんは京都を訪れるたび、足繁くこの「祇園サンボア」に通ったという。 その山口さんが、初代マスターが80年代前半に亡くなった際、二代目を急遽継いだ奥さんに贈ったのがこの暖簾だ。暖簾は常連をつなぎ止め、奥さんを助けた。そんな山口さんに感謝を込めて、暖簾はきょうも店を守る。 「祇園サンボア」は祇園の中心部から少し離れたエリアにある。初めての人はまず迷うし、場所柄、客の常連度は7割を超える。おまけに一見、小料理屋のような風情だから、扉を開けるのに勇気が要るが、祇園にありがちな「一見さんお断り」の店ではない。 初めての方は、常連の中で、自分だけ浮いてしまわないかと不安になる。でもいったん「祇園サンボア」の世界に足を踏み入れると、そんな思いは杞憂だと知る。 三代目マスターのNさんは、貴方をとびっきりの笑顔で迎えてくれる。うなぎの寝床のような細い店内は「十三トリス」にも雰囲気が似ている(老舗に共通する何かがあるのかも…)。でもここは京都。店の奥に坪庭を見つけると、ちょっと嬉しい気持ちになる。 僕はここではいつも美味しい「ハイボール」。他のものはほとんど飲まない。お邪魔するのはBAR巡りの最初か、最後と決まっている。付き出し代わりに供される「ハムサンド」(写真右)がまた旨い(ほかのサンボアでは「ローストした南京豆」が多いかな…)。 「ハムサンド」は、BAR巡りのスターターとしてはアルコールから胃を守るのに最高の脇役。そして、その夜の「締め」には、小腹がすいている頃なのでちょうどいい。 帰り際、マスターはいつも店の表まで出てきてくれる。「また、ぜひお越しを」と深々としたお辞儀で見送ってくれる。そんな酒場は、京都だって少ない。心憎いくらい優しく、丁寧な接客。だから、僕はまた来たくなる。【祇園サンボア】京都市中京区祇園南側有楽町570 電話075-541-7509 午後6時~午前1時(日祝は午前零時まで) 月休 こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2007/08/26
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ニッカの珍しいモルトウイスキーには、(1)市販しているもの(2)オンライン・ショップでしか売っていないもの(3)蒸留所だけで販売しているもの――の3種類しかないとずっと思っていた。 ところがもう一つ、ニッカの味わいを日々造り上げているブレンダーたちのオリジナル・ウイスキーが飲めるBARがあるということを知った。 東京・南青山のニッカ・ウイスキー本社地下1階にある「ニッカ・ブレンダーズ・バー」=写真左。ここではニッカの誇る素晴らしいブレンダーたちのオリジナル・モルトが飲める。 それも12種類も(竹鶴・現社長自らがつくったオリジナル・モルトも!)が飲める。メニューにはそれぞれの味わい、調合意図が細かく、丁寧に説明されているので、自分の好みに応じて選べる。 しかもお値段もとても良心的。店内の雰囲気もとてもいいし、従業員の皆さんの接客も申し分ない。もちろんモルト以外にも、ニッカの誇る上質のモルトやブレンディドたちが、普通のBARの半値近いお値段で味わえる。 ついでに思ったのだけれど、大阪に本社があるサントリーはなぜ本社に直営のワインショップ(1階)と会員制のレストラン(地下1階)だけをつくって満足しているんだろう。 1階にはビア・パブはあるが、直営ではない。お酒を売る会社が、自社ビル、それも本社の地下にアンテナショップ的なオーセンティックBARにつくらなくてどうする!と思うんだけれど。 近くに北新地というドル箱の大歓楽街を抱えているので、遠慮しているのだろうが、店主に気を遣うより、自社製品を飲んでくれる客に目を向けるべきだろう。長い目で見れば、その方がウイスキーの消費アップにつながる。 そして、ニッカの直営で、ブレンダーのオリジナル・カスク(モルト)が飲めるアンテナショップ的なBARも、関西(とくに大阪に)にはない。ニッカさん、関西にもニッカ・ファンはたくさんいるのに、悔しいよー。 もしこのブログを、ニッカやサントリーの関係者が見ていたら、ぜひ社長に提案してくださいな。お願いしまーす。【Nikka Blender’s Bar】東京都港区南青山5丁目4-31 ニッカ・ウイスキー本社ビルB1F 電話03-3498-3338 午後5時~11時半 日祝休こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2007/06/29
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ブログの友人、パブデ・ピカソさんが「理想のBARってなんだろ」というテーマで先日日記を記されていました。 まがりなりにもBAR通い約30年の歴史を重ねる僕ですから一応、「理想のBAR像」は持っています。ピカソさんの日記のコメント欄では、僕が考える理想のBARの条件として、以下のようなコメントを記しました(コメントで記した表現とは少し変わっていますが…)。(1)人柄のいいバーテンダー(マスター)がいる(2)そのバーテンダーはトークがうまい、話していて楽しい(3)そのバーテンダーは腕(美味しい酒やカクテルをつくる技術等)がよくて、酒に関する知識も豊富なこと(4)従業員も含めて接客(マナー)が丁寧で親切(5)シングルモルトも含め酒類の品揃えが充実していること(6)値段が良心的であること=チャージはないに越したことはない。あっても500円まで(7)小腹がすいた時、満たしてくれる(ささやかでもいいけれど)美味しいフードがあること(8)店の内装は落ち着いた雰囲気で、温かいライティングであること(9)BGMはジャズやソウル、ロックで、なおかつ静かめの音楽であること(できれば週に1度くらいは生演奏が聴けたらなおいい)。 9つの条件に、優先順位はあるようなないようなものです(強いて言えば番号順かも)。せっかくだから、僕も「理想のBAR」像について、ここでもう少しじっくり考えてみたいと思います(ピカソさん、書く「ネタ」をくださって有難う!)。 (1)の人柄。これは僕にとっては一番大切な条件です。10年、20年と通い続ける行きつけのBARは、ほぼ例外なしにマスターの人柄がいい店ばかりです。そうでなかったら、とうの昔に縁を切っていたでしょう。 しかし一方で、「人柄」は万人に共通する条件ではないかもしれません。人柄がいいか良くないかはマスターと客との相性みたいな部分も大きく、僕があるマスターに好感を抱いても別の客はそうは思わないケースもある訳で、難しいところです。 BARのマスターには、いわゆる「ひとくせ」ある方、偏屈な方、無愛想な方もなかにはいます。僕は苦手ですが、そういうタイプのマスターが苦にならない客も実際にいます。「頑固が名物」で、かえって人気のあるBAR(マスター)だってあります。だから、そういう「ひとくせマスター」のいるBARでも常連がいて、20年、30年と客が続いているケースも多いのです。BARという空間の面白い部分かもしれません。 (2)のトーク=話術。技術は一流だけど、物静かで寡黙なマスター(バーテンダー)もいます(とくに首都圏に多いような気がします)。「おしゃべりなバーテンダーは格好悪い」「むやみに客に話しかけるべきではない」という業界関係者もいます。でも僕個人は、トークの上手い、話していて楽しいマスターの方が好きです。 関西、とくに大阪では物静かなマスターは一般的に言って、好まれません。客もマスターにトークを求めます。自然と、マスターと客との「距離」が近いBARが多くなります(マスターに“いじられたい”客が多い?)。 大阪では、トークが上手いマスターのいるBARはいつも賑わっています(例えば、キタのBar「K」やBar「C」など)。漫才師の才能は必要ありませんが、トークは、とくに大阪のバーテンダーには必須科目です。多少のボケやツッコミができないとやっていけません(厳しいですねー)。 (3)はプロなら当たり前のことかもしれません。ただ、ベテラン・バーテンダーのつくるカクテルが必ず美味しいかは、断定的には言えません。中堅や若手のバーテンダーでも今日では、日々研鑽を積んで素晴らしいカクテルを生み出しています。最終的に美味しいかどうかは客である貴方が決めればいいことだと僕は思っています。 酒の知識に関して言えば、最近では、プロのバーテンダーも顔負けの素人の客がいます(僕も負けそうなくらいのマニアが…)。だから、プロがごく一部の知識を知らなかったとしても、恥ずべきことではありません。時々、カウンターで知識をひけらかすタイプの客がいますが、僕は「そういう客になりたくない。いつも謙虚で、プロには敬意を表する客でありたい」と思っています。 (4)は当然のことですね。言葉遣いも含め、接客がぞんざいな店には二度と行きたいとは思いません。客のいる目の前で、断りなくタバコに火を付けるマスターなんて、論外だと僕は思っています。大声で喋るグループ客や店内で携帯を平気で使う客には、すぐ注意をしてくれる店であってほしいです。 (5)はどの程度まで求めるのかという点がポイントです。モルトの場合、欲を言えばキリがありませんが、個人的には、シングルモルトのオフィシャルは少なくとも40銘柄は置いてほしい。カクテルも一応、スタンダードと言われるカクテルの7~8割はつくれる材料(リキュール等)は揃えておいてほしいです。2月25日の日記で書いたようなBARでは困ります。 (6)は(一部の金持ちは除いて)酒呑みなら誰しも同じ思いでしょう。ただ、「安かろう悪かろう」でも困ります。旨いモルトや美味しいカクテルには、それなりの対価が必要です。 また、何をもって「良心的」と言うのか、その客観的基準も難しいところです。ウイスキーなら一般的な小売り価格が分かりますから、それが一つの目安となります(市価の4倍、5倍もの料金を取る店を「良心的」と言うのは難しいでしょう)。 しかし、カクテルは技術料が当然入るので、客観的基準はあってないようなものです。要は、貴方がその料金に見合う「値打ち」があると思えば何ら問題ないのですが、それを判断できるまでには年季(経験)も要るので、BARに通い慣れていない方には正直言って難しいところかもしれません。 もっとも、僕の「懐」も無尽蔵ではありませんから、やはり良心的な店ほど足が向きます(オーセンティックBARを名乗りながら、チャージを3千~4千円も取って、会社役員や個人事業主のような金持ちしか相手をしない店もごく稀にありますが、そういう店には「BAR」を名乗ってほしくありません)。 (7)BARには本格的なフードは要らない。お酒を楽しむ場所だから、基本は「かわきもの」でいいと思う。空腹はBARに行く前に満たしておくべきだろう。でも、そんな僕でも、小腹がすいた時にBARに美味しい、温かい料理があれば嬉しい。贅沢は言わないが、カツサンドや簡単なパスタ、ピンチョス(バゲットの上にいろんなフードを乗せて一口で食べる品)のようなメニューがある店はとても有り難い。 (8)店の雰囲気は、個人的には英国調=パブ調のウッディな内装の店が理想です。ライティングは温かい暖色系で。でも、モノトーンを基調にした、やや暗いライティングの店にも長年通い続けているところがあります(マスターの人柄が最高やし!)。どちらの店も、落ち着いた雰囲気である点は共通しています。 (9)BARに合うBGMは、個人的にはやはりジャズやソウル、ロックのやや静かめの洋楽がベストだと思います。ジャズならピアノトリオや優しいヴォーカルものが一番好きです。邦楽はなぜかあまりマッチしないと感じるのは、やはりBAR文化が西洋起源のものだからでしょうか。 ただし、たまには(週に2~3回くらいは)生演奏の聴けるBARというのが究極の理想です。そんな店をいつか開けたらいいなぁというのが夢なんですが、こちらの方はさらにハードルは高そうです。 僕自身、上記の9つのすべての条件を満たす「理想のバー」にはまだ出合っていません。しかし、長年通い続けている行きつけのバーは、上の条件のうち、6つ~8つは満たしている店が多いことも事実です。いつか9つのすべてを兼ね備えたバーと出合いたい。そんな願いを抱いて、僕は今夜もバー巡りを続けています。【おことわり】3枚の写真と日記の内容は直接関係ありませんこちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2007/06/07
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大阪ミナミの鰻谷エリアは、BAR業界において常に先進的で、革新的であったと僕は思っている。かつて、全国のおしゃれで、スノブ系のBARの先駆けとなった「Be-in」(あの空間デザイナー・杉本貴志氏の出世作)が生まれた場所でもある。 おしゃれなBAR(当時は、「Cafe Bar」という呼び方が一般的だった)が、街のあちこちに登場し始めた1970年代後半から80年代前半の頃。 ミナミの鰻谷界隈では、先に挙げた「Be-in」のほか、K2、Marble、Just a Little Bit、Dada、Emma、Luccino、Encore、Vulva…と、次々とオープンした。それまでになかった雰囲気にあこがれて、僕も友人らと次々と訪れた。だがその中で、今も名前も場所も変わらずに残っている店は、数少ない。 今回紹介する「Rue du Bar」はそんな1軒。コンクリートの打ちっぱなしのビル。1階はブティック。そのビルの中に入り、店の脇の細い階段を下りる。地下1階にもブティック。さらにその店の脇の細い階段を下りる。すると、突然とてつもなく高い(2.5mほどある!)鉄の扉が現れる。 その扉を開けると、天井の高い、広くゆったりとした店内。カウンター席は少なく、どちらかと言えば2~4人掛けのテーブル席がメインの酒場。ライティングは程良い暗さ。恋人たちにとっては、これほど和(なご)める空間はないだろう。だから当時も今も、2人連れの客が多い(僕は、今は独りで行くとちょっと恥ずかしい)。 歳月を経た僕にとっては、今は、単なる懐かしい空間(酒場)かもしれないけれど、この店が残っていることがただ嬉しい。いわゆるオーセンティックBARではないけれど、僕はこの心地よい酒場のカウンターに座り、感じる空気や時間が今も大好きだ。 大阪ミナミへ訪れる機会があれば、ぜひ「Rue du Bar」の謎めいたエントランスと店内の空間を堪能してみてほしい(ビルの前に置かれた「立て看板」=サイン=が目印です)。【Rue du Bar】大阪市中央区東心斎橋1-19-6 B2F 電話06-6251-6661 午後6時~午前2時 無休こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2007/06/01
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近畿地方にあって奈良という街は、大阪、京都、神戸に比べて、歴史は古いけれども、経済力に乏しいこともあって、埋没しがちである。盛り場の規模も小さいので、BARの数が少ないのもある程度はやむを得ない。 だからと言う訳でもないが、奈良に行きつけのBARはほとんどないと言うか、奈良のBARには詳しくない。 しかし、数は少ないけれど、奈良にも「いい酒場」はある。そんな1軒に先日、奈良県内への日帰り出張の帰途、お邪魔してきた。 近鉄奈良駅の南側に小西町というささやかな歓楽街がある。その一角のビルの2階。以前から、このBARの存在は知っていたが、訪れるのは初めて。Bar HAYAFUNE(ハヤフネ)=写真左。店名はマスターの苗字に由来する。 初めてのBARの扉を押す瞬間は、いつだってワクワク、ドキドキする。そして店内に足を踏み入れ、マスターや店内の第一印象がいいBARに、まず「はずれ」はない。 この「HAYAFUNE」もそうだった。スキンヘッドのマスターは一見こわもてだが、話してみると実に気さくで親しみやすい(余談だが、話していて偶然、マスターと出身中学が同じとわかってお互いびっくり。僕の方がだいぶ先輩だけれど…)。 店内はカウンター10席ほどのこじんまりした空間だが、ダークブラウンの木のカウンターやバック・バーは落ち着いた雰囲気で、すぐになごめる(写真右=Bar HAYAFUNEの店内)。 聞けば、普通の勤め人だったが、モルト好きがこうじて脱サラし開店したのはまだ5年前とか。でもマスターの所作には、そんな最近とは思えない落ち着きが感じられる。 この日は「とりあえずビール」という訳でもないが、まずはマスターおすすめの志賀高原の地ビール「House IPA」(「IPA」とはインディアン・ペール・エール」の略だとか)をいただく。苦み控えめでほのかに甘く、フルーティ。日本の地ビールのレベルも上がってきたと実感させる逸品だ。 2杯目には、アイラモルト「Ardbeg(アードベグ)」のオフィシャル「Almost There」。熟成年数の若い個性的なモルトを詰めた最近話題のシリーズ、「Very Young」「Still Young」に続く第3弾である。「最近入ったばかりなんですが、これもおすすめですよ」とマスター。 味わいは、このシリーズの流れをくむスモーキー&スイート、そしてパワフル。アテに頼んだホタルイカの缶詰との相性も抜群だ。 締めの3杯目。マスターに「シェリー系モルトで何かおすすめを」とお願いしたら、「これなんかシェリー香が効いてて、旨いですよ」と、SMS(スコッチ・モルト・ソサエティ)のボトルを1本(写真左)、バック・バーの棚から選んだ。 SMSのボトルには通常、銘柄名はなく、識別番号のみ。マスターによれば、「(中身は)2000年ボトリングの13年もののハイランド・パーク」なのだという。 SMSのモルトには「当たりはずれ」もあるけれど、これは文句なしに旨い! マスターはSMSの会員となっているほか、ウイスキー・マガジンの販売代理店もつとめるなどモルトへの愛は人並みではないと感じた。 いい酒場で、いい酒と素敵な人柄のマスターに出合うと、心から幸せな気分になる。日帰り出張の疲れもしっかりいやされて、僕は心地よく家路につけた。【Bar HAYAFUNE】奈良市小西町1-7 西口ビル2F 電話0742-26-3485 午後5時~午前2時(土祝は~午前零時) 日曜休【追記】Bar HAYAFUNEは残念ながら、08年7月に大阪ミナミへ移転しました。住所は、大阪市中央区東心斎橋1-4-1 大和ビル10号館B1F 電話06-7651-8007です。店のコンセプトは奈良時代と変わらず、さらにグレードアップしたような店ですので、レアモルトが好きな方はぜひ一度覗いてみてください。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2007/05/24
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あまり他人に教えたくないBARというのは、BAR好きの人なら、1軒や2軒はあるはず。大阪ミナミにあるこの「J」という酒場も、僕にとってはそんな大好きな「隠れ家」の一つ。 80年代後半くらいからの付き合いだから、通い始めてもう結構長い。このBARに知り合いを初めて連れていくと、たいてい驚く。 「ビルの5階にあるんだけど、エレベーターは4階までしかなくてね。申し訳ないけど、あとは非常用のはしごを登るから」と言うとみんな目を丸くする(もちろん冗談!)。 実際は、4階から外階段のらせん階段を1階分上がる。頭上には屋根はなく、都会の狭い夜空が見える。そして5階にたどり着くと、そこには和の雰囲気を漂わせた素晴らしい空間が広がる。 暖簾をくぐると、小さな坪庭が出迎えてくれる。店内は、空間と言っても4人掛けのテーブル席が2つ。カウンターは6席ほどという実にこじんまりしたもの(でも幸い、僕はまだ満席で追い返された経験が一度もない!という不思議な酒場)。 ミナミの騒がしい喧噪も、ここまでは上がってこない。程良く暗い、温かいライティングも、気分をなごませてくれる。 僕が通う他の行きつけのBARと唯一違うのは、この店のオーナーといまだ面識がないまま20年近く通っていること。 カウンターの内側の店長(?)が数年おきに違う顔になるから、個人的にあまり親しくなることも少ない。 もっとも、あまり親しくなりすぎると、友人と密会する「隠れ家」としては使いづらいから、そんな付き合いでもいいのではないかと思っている。 日記でBARを紹介する時は、いつも最後に店の住所や電話番号などを付記するのだが、今回は、大好きな「隠れ家」の雰囲気を守りたいがゆえに、あえて記さない。 どうしても行きたい方は、ご自分で探して行ってほしい(ミナミのどこかのBARのマスターに尋ねてみれば、教えてくれるかも)。でも、苦労して探して行くだけの値打ちはある酒場だと、僕は信じている。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2007/04/12
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僕が時々お邪魔するBARの1軒に、大阪キタの「アルテミス(Artemis)」という店があります。そのアルテミスの店長の萬川達也さん(写真左)が、今月20日をもってお店を辞めることになりました。 アルテミスの特徴はシェリーです。シェリーの品揃えでは関西では1、2を争うBARです。そして、萬川さんはそのシェリーを扱う日本でも数少ない公認「ヴェネンシアドール」です。 「ヴェネンシアドール」とは、ヴェネンシアという名前の1mほどもある、細長いい金属のひしゃくのような道具を巧みに使って、シェリーをグラスに注ぐテクニックを持った人のことを言います。萬川さんは、その「ヴェネンシアドール」の公認資格を本場スペインで取りました。 シェリーを入れたヴェネンシアを肩越し高く振り回し、頭上20~30cmほどの高さから自分の腰くらいの高さで手に持っているグラスに一気にシェリー(とくにオロロソやアモンティリアードが多い)を注ぐのです。注がれるシェリーは中空で空気に触れ、まろやかな味わいに変化します。 ウイスキーやカクテルも充実しているアルテミスですが、ここにに来るお客さんの約7割はシェリーを頼みます。そして、萬川さんの「ヴェネンシア」の技を見るのが楽しみで、遠くからやって来る人も多いのです(写真右=アルテミスでは極上のシェリーが味わえた)。 僕は萬川さんが10年ほど前、アルテミスに来られた頃からの馴染みです。気さくで親切な人柄も大好きですが、その落ち着いた振る舞いもあって、オーナー・バーテンダーだとずっと思っていた時期もありました。 その萬川さんがことし初め、「実は、3月で店を辞めようと思ってるんです」と打ち明けてくれました(いつもは届く年賀状が来なかったので、何かあったのかなと思っていたところでした)。 今後の展開について、萬川さんは「まぁ、10年も頑張ってきたのでそろそろ独立してもいいかなぁ…と。とりあえずスペインやフランスなどヨーロッパに1カ月ほど行って、帰ってきてから新しい自分の店を開こうと思っています」と語りました。 新しい「自分の店」について、萬川さんは「オーセンティックBARというよりスペイン・バルのような気軽な、肩の凝らない店にしたい。もちろん引き続きシェリーにも力は入れますよ」と夢を語ってくれました。フードも得意な萬川さんだから今から楽しみです(写真左=アルテミスの店内)。 萬川さんがいなくなってもアルテミスは残ります。しかし萬川さんのいなくなったアルテミスには当分、足を向ける気持ちは起こらないでしょう。それを考えると、少し寂しくなります(どういう雰囲気のBARになるんでしょうか…)。 でもここは、新しい旅立ちを祝福しましょう。アルテミスでの萬川さんのパフォーマンスを目に焼き付けたい方は、ぜひ20日までにお越しください。萬ちゃん頑張れ!【Bar Artemis】大阪市北区茶屋町1-5 茶ビン堂ビルB1F 電話06-6377-0707 午後4時~午前1時 月休※残念ながら、アルテミスは現在は閉店して、別のお店に変わっています。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2007/03/15
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あちこちのBARに通っていると、時々、予想外のことに出合う。一応BARという看板を掲げているからには、「○○○は当然あるよね」と信じてその店に足を踏み入れるのだが、その「(僕にとって)当然と思っている○○○」が覆されることもある。 最近、ちょっと面食らったことをいくつか紹介すると。あるカクテルが飲みたくて頼んだ。それはコーヒー系リキュールを使うスタンダード・カクテル。しかし、そのBARでは「すみません、コーヒー系のリキュール、うちの店、ちょっとないんですよ」という返事だった。 カカオ系のリキュールで代用できないかと思ったが、それもないと言う。BARでの基本アイテムだと思っていた僕は、それ以上言葉が出ず、「う~ん、じゃぁ、別のカクテルにします」。 別のBARでのこと。今度はココナツ系のリキュールを使うカクテル。名前を言うと、「ピーニャ・コラーダ」という結構有名なカクテルなんだけど、聞いた答えは「ココナツ系のリキュール、すみません、1本もないんです」というものだった。 そのお店は、カクテル・コンクールでも優秀な成績をおさめていることで有名なバーテンダーのいる店だったから、少々驚いてしまった。ないものねだりする僕が悪いのか、それともそのBARの基本的品揃えの問題なのか(それとも、たまたま仕入れを忘れたちょっとした気の緩みだったのか)。 さらにもう一つ。神戸のあるBARでのこと。僕の大好きなカクテル、「モヒート」(グラスの底でミントの葉を潰し、上からクラッシュド・アイスを詰め、ラム&ライム・ジュース、シロップを加え、ソーダで割る)を頼んだ。ミントの葉は、さすがに最近のBARではほとんどの店で置いているので、心配ない。 「モヒート」は、そのミント葉を潰して香りを生かすのがポイントなのだが、その際、ペストルという名の「すりこぎ」のような木の棒で叩いて潰す。これまでに飲んだBARでは、バーテンダーは例外なくそのようにしていた。 ところがそのBARでは、「すみません、ちょっと時間がかかりますけれど…」と言って、バー・スプーンのスプーンの部分の裏側で押して潰していた。当たり前だけど、出来上がるまで結構時間がかかり、待たされた。 ペストルを持っていないBARにも初めて出合った。そこいらの普通のBARではなく、神戸では結構名の知れた店だったので、少々驚いた。ペストルはカクテルBARには「マスト・アイテム」と信じていたからだ(違うのですか?)。 僕が要求する(期待する)BARのレベルが高すぎるのか、それとも、そのBARが少し怠慢なのか…。僕のブログを訪れる方には、BARによく通っている方が多いのですが、皆さんはどう思いますか? 【おことわり】写真は今回の記事のテーマと関係ありません。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2007/02/25
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京都には、不思議で、趣のある空間を持つBARが何軒もある。例えば、よくあるのが古い町家を再生・活用して営んでいるBAR。 「町家BAR」には、看板もなにも出ていないBARも多い。店につながる長い路地が自慢のBARもある。かつてのお茶屋を利用したBARには、扉が3枚もあって、何度も押さないとお店にたどり着けない処もあった。 京都は行くたびに、今でも新しい発見がある。京料理も美味しい処はたくさんあるが、「アフター」のBARでも面白い、個性的な店とよく出合う。それが「千年の都」の奥深さかもしれない。 ところで、「京都の盛り場で一番好きな場所はどこですか?」と聞かれたら、僕はたぶん迷わず、「先斗町」と答えるだろう。大阪の法善寺横丁にも似た石畳の路地が大好きだ。 先斗町は同じ石畳でも、道幅は法善寺横丁の3分の2くらいしかない。すれ違う人と肩が触れ合うくらいの狭さである。その両側に飲食の店がひしめき合って並んでいる。 法善寺横丁と少し違うのは、南北に伸びる路地の西側に、東西に伸びる細い路地がいくつもあること。この東西の細い路地にもまた、素敵な飲食の店がたくさんある。 今回紹介するBar「クラブ・デゼール(Club Desert)」(写真左)は、先斗町のそんな細い路地にある隠れ家的な酒場。場所が分かっていないと、まず見つけられないだろう。 京都で年に数回はBAR巡りをする僕だが、この店に行く頻度は、正直言ってそう多くはない。ドアを開けるには少し勇気の要る酒場だが、いつ行っても、不思議な匂いを感じる、なごみの空間であることは確かだ。 店には、オフィシャルのまともな洋酒類はない。マスターこだわりのレア・ボトルやオールド・ボトルばかり(ただし、種類はそう多くありません)。いわゆる普通のスコッチ・ウイスキーは1種類しかない(写真右=例えば、こんな見たこともないレアなウイスキーばかり)。 それが不満なら、このBARに来ない方がいいだろう。独特の雰囲気をにじませるマスターは一見、愛想が悪そうだが、実はとてもフレンドリー。遠来の客にでもごく普通に応対して、歓迎してくれる。 だから、くれぐれも「飲みたい銘柄がない」と言って、マスターに怒らないでほしい。マスターは一生懸命、それでも美味しい酒をリーズナブルなお値段で僕らに提供したいと思った結果が、今の品揃えだから…。 先斗町の通りの喧噪も、ここまでは聞こえてこない。もし京都に来る機会がれば、どうか、この素敵なこだわりの空間をしばし堪能してほしい。【Club Desert】京都市中京区先斗町13番路地、ビル2F 電話075-221-8486 午後7時~午前4時 第3日曜休こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2007/02/08
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神戸に行く機会は、公私ともに結構多い方だ。月に2回は訪れているかなと思う。買い物にも便利で、素敵なBARや食べもん屋さんもたくさんあるし、第一、歩いているだけで楽しい街、それが神戸だと思う。 うちの会社のオフィス(支店)は、三宮や元町のちょうど中間くらいの場所に位置し、しかも旧居留地に真ん中と絶好のロケーションなのだが、残念ながら、会社の周りには、おしゃれなカフェはあっても僕の大好きなBARは少ない。 遊びで行くときはもちろんだが、仕事で行く時も、用件が早めに終わって日も暮れてということになれば、「きょうは直帰します」と本社へ連絡して、そそくさと夜の街へ消える。 一人で飲み歩くのもいいのだが、寂しいときは突然、知り合いに「三宮(または元町)まで出て来てるんだけど、ちょっとどう?」と電話したりする。友人を待つ間、時間をつぶすのにちょうどいいBARがあれば最高だが、そんなBARが三宮にはある。 三宮駅から徒歩数分、東急ハンズの東側に南北に伸びる「東門筋」という飲食店街の通りがある(神戸で「ひがしもん」と言えば大抵の人は知っている)。その通りの中ほど、南から北へ歩けば、左側にある「Azabu Bar」(写真左&右上)というこじんまりした酒場が、僕のお気に入りの「待ち合わせスポット」。 店の造りはBarというより、アイリッシュ・パブ風。1階はスタンディングのカウンターと少々のテーブル席。2階にはテーブル席があるというが、僕はいつもスタンディングのカウンターで飲むのが好きなので、実は、2階には一度も足を踏み入れたことがない。 「なぜ神戸なのに、アザブ(麻布)・バー?」と誰しも疑問に思う。オーナーは普段、店には出ておらず、店はスタッフだけで(バーテンダーさんがいつも数人)仕切っている。 ある時、バーテンダーさんにそんな疑問をぶつけてみたら、「いやぁ…、オーナーは若い頃、東京の麻布に暮らしていて、思い入れがあったので店の名前にもらっただけらしいですよ」と拍子抜けするような答えだった。 それはともかく、店の雰囲気はとてもいい。スタッフの接客・サービスもほぼ及第点だし、落ち着いた雰囲気で、お値段もリーズナブル(ノーチャージ!です)。年中無休というのも嬉しい。 さらに感激するのは、ここではウイスキーのハイボールを頼めば、サントリーの角瓶で氷を入れない「サンボア・スタイル」でつくってくれる(もちろん、「氷入りで」と言えばそうしてくれます)。 「なぜ?」と尋ねたがりの僕がまた聞くと、「神戸が発祥の地のサンボア・バーに敬意を表して」とバーテンダー氏。(大正時代末に第1号店が生まれたサンボア・グループは神戸が発祥の地だが、今はなぜか1軒もない)。 店名は「麻布」だが、いたって庶民的なこの酒場。皆さんも、三宮で待ち合わせの節にはぜひ一度ご利用を。目印は店の前に立つ「ビフィーター・ジン」のシンボル、近衛兵の大きな人形(写真右上=これは「東門筋」を北から下りて来て撮ったので、通りの右側に見えます)です。【Azabu Bar】神戸市中央区下山手通1丁目4-10 電話078-322-1189 午後5時~午前1時 定休日なしこちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2007/01/19
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年の初め、ことしもいろんなバーテンダーの方々から年賀状をいただきました。なかには遠隔地にあるためなかなかお邪魔できないのに、毎年律儀に賀状を下さる方もいて、ほんとに恐縮します。この場を借りて心から御礼を申し上げます。 さて、そんなバーテンダーからの年賀状を見ていて、思わず絶句した1枚がありました。僕がこの5、6年ほどずっと行きつけにしている大阪ミナミのバーのオーナー・バーテンダーさんからのものでした。 そこには次のように記されていました。「さて、私事ではございますが、一身上の都合により、本年末をもちまして閉店し、故郷広島へ戻ることとなりました。短い間でしたが、皆様から頂いた沢山の思い出を大切に、新しい一歩を踏み出そうと思います」。 僕は、頭をガァーンと殴られたような気分になりました。そのバーとは、ミナミの三津寺筋にある「モリタ・バー」(写真左)。そして賀状の主は、そのオーナー・バーテンダーである盛田秀朗(ひであき)さんでした。 広島へ帰ってバーを開くのだろうか? 「新しい一歩」とは何だろう? 年賀状に描いてあった、のどかな田園地帯の小川で釣りをする男性の絵はなにか意味ありげにも思える。僕の頭には不安が駆けめぐりました。 僕はこれまで、自分のお気に入りの行きつけのBARで、あまり他人に荒らされたくない店については、ブログで紹介する際も、店名やバーテンダーさんの実名は出さず、原則としてイニシャルでしか書きませんでした。 「モリタ・バー」もそういうBARの1つでした。僕がブログでしばしば、「大阪ミナミのBar『M』」として、バーテンダーの人柄や接客、サービス、居心地の良さをいつも誉めていた店が、他ならぬこの「モリタ・バー」でした(写真右=カクテルの技も素晴らしい盛田さん。とても「絵になるバーテンダー」です)。 盛田さんは大阪ミナミの老舗BAR「Whisky」で修業された後、2001年に独立・開業されました。30代の若さながら、その確かな技術に裏打ちされた接客とサービスで、お店は短期間でミナミでも最も評価の高いオーセンティックBARの一つとなりました。いつも上質な客が集う、雰囲気の良い店としても知られるようになりました。 その「モリタ・バー」がなくなることは、僕にとって、片腕を引きちぎられるくらい辛(つら)い事実です。新春早々、5日から開店した「モリタ・バー」に僕は早速お邪魔して、盛田さんにじっくりお話を伺うことができました。 結論から先に言うと、盛田さんは「バーテンダーをやめて、実家のある広島の三次(中国山地にある町です)に戻って、農業をする」と言うのです。ご本人は「親にせがまれていやいやというのではなく、昔から、いつか農業をやってみたいという夢があったのです。だから決して後ろ向きの決断ではないので…」と、明るい表情で語ってくれました。 バーテンダーとしては、NBA(日本バーテンダー協会)大阪中央支部きっての実力派の盛田さんですが、「バーテンダー仲間にも、ごく一部の親しい人にしか事前には決心を伝えなかった」と言います。年賀状で初めて彼の決断を知り、僕のように絶句しているバーテンダーさんもきっと多いに違いありません。 もし僕が相談を受けたとしたら、もちろん、「考え直してくれよ。もったいないじゃないか」と強く翻意を促すでしょう。でも、この夜聞いた彼の固い決心を知ると、とても説得する自信はありません(写真左=今年最初につくってもらったカクテル「ボルガ・ボートマン」。酸味と甘味のバランスよくて、旨い!)。 「モリタ・バー」が消えることは、この店をこよなく愛する僕にとっては、「断腸の思い」と言う以外、言葉が思い当たりません。他の常連客も同じ気持ちでしょう。唯一の救いは、盛田さんが「店は内装などはそのままの状態で買ってくれて、引き続きバーをやってくれる人を探します」と言ってくれたことかもしれません。 「モリタ・バー」の名は消えても、盛田さんのスピリットはこの店の空間に残り、受け継がれていくでしょう。あと1年。僕はこの「モリタ・バー」にできる限り足を運び、名残を惜しみたいと思っています。 皆様も大阪ミナミにお越しの際には、ぜひ、「モリタ・バー」に足を運び、盛田秀朗という素晴らしいバーテンダーの姿と至上の空間を脳裏に焼き付けていってください。【モリタ・バー】大阪市中央区心斎橋筋2丁目6-17 三津寺辻ビル4F 電話06-6211-1134 午後6時~午前1時(日祝は~午前零時) 月曜休こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2007/01/07
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神戸を代表する老舗の酒場が、あす(28日)を最後に約40年の歴史を閉じる。 三宮のBar「SAVOY(サヴォイ)」。オーナー・バーテンダーの小林省三さん(75)は、世界カクテルコンテストで優勝したほどの素晴らしい腕を持ち、関西だけでなく、日本全国のバーテンダーにその名を知られた方だ。 物腰柔らかく、気配りあふれる接客、そして時折放つジョークの数々。これぞバーテンダーの教科書のような人で、その立ち振る舞いがすべて「絵になる」素敵なプロだった(写真左=「マティーニ名人」で知られる小林さん。流れるような所作も美しい)。 阪神大震災で受けた大きな被害(店は「震度7」のエリアにあった)も乗り越えて、店を再建した小林さんだったが、ことし奥様を亡くされてから、めっきり元気がなくなった。体調を崩し、店を休むことも多くなった。 弟子のバーテンダーの皆さんたちや常連客らが励まし続けたが、それでも店に幕を引く決断をしたのは、一緒に店を切り回していた“戦友”のような奥様の存在を失ったことで、体力や気力が奪われてしまったのが大きく影響したのかもしれない。 長年お世話になった小林さんに御礼を言いたくて、僕は昨夜(26日)、「SAVOY」にお邪魔した。小林さんは、店のフィナーレで連日たくさんの客の相手をしているためか、やや疲れた顔をしていた。 僕は、やはり最後にもう一度、「SAVOY」のカウンターで、小林さんのマティーニが飲みたいと思って、お願いした。道連れで同行してくれた友人ももちろん、マティーニを頼んだ(写真右=2杯目にいただいた「Sun Expo」は70年大阪万博でのカクテルコンテストでのグランプリ作品!) 「店がなくなってしまうなんて、ほんとに悲しいです。残念でなりません」と話しかけた僕に対して、小林さんは「いやぁ…これは僕の一事だから…」「もう、潮時だしね…」と言葉少なに語った。 小林さんほどの人脈があれば、探せばいくらでも後継者は見つかっただろう。お弟子さんは何人も育って、「SAVOY」の名を付けた「2号店」もあるのに、小林さんはそういう選択はせず、一代限りで幕を引く決断をした(その決断に、赤の他人の僕がどうこう言うべきではないだろう)。 小林さんはこの先の予定について、はっきりとは語らなかった。「元町でちょっと教える仕事もあるし…」とポロっと漏らしていた。店はなくなっても、またどこかで小林さんに会えるなら、とても嬉しいのだけれど…。 店を去る時、僕は小林さんの手を両手でしっかり握って、「元気でね。また戻ってきてよね。待ってるから…」と伝えた。小林さんはただ、「ありがとう、ありがとう」と言って、笑顔で僕の手を握り返すだけだった。その笑顔を見て、僕はもう少しで泣きそうになった。 こうして、老舗BARの灯がまた一つ消える。2代、3代と続くBARもあるが、バーテンダーに寿命がある以上、BARは永遠ではない。永遠であり続けるためには、その歴史を紡いでいってくれる後継者たちが必要だ。 「SAVOY」が一代限りで消えることは、寂しすぎる、悲しすぎる現実だが、僕の記憶の中では、小林さんの思い出とともに、「SAVOY」は永遠に生き続ける(写真左=「SAVOY」の玄関。このプレートも見納めかと思うと悲しい)。 「SAVOY」閉幕まで、きょうを含めてあと2日。もし、神戸の老舗BARの最後の輝きを見たいという方は、ぜひきょう、あすの2日間のうちにお越し下さい。【Bar SAVOY】神戸市中央区北長狭通2-1-11 玉廣ビル4F 電話078-331-2615 午後6時~午前0時こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2006/12/27
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神戸・三宮にあるそのビア・パブのドアを開けるまでは、不安が消えなかった。「ほんとに来ているんだろうか…」。ちょっとワクワクしながら、入り口に通じる階段を登った。そして、ドアを押し、真っ先にカウンターに座る人たちを見た。いた! 忘れもしない、あのロバさんの顔が…。 17年ぶりの再会だった。少し太ったような感じだけれど、あまり変わっていおらず、元気そうな様子。「ロバさん、お久しぶりです。いつも店にお邪魔していた**です」。 少し戸惑った表情を見せたロバさんだったが、「よく来てくれたね。元気?」と、相変わらず少したどたどしい日本語で歓迎してくれた。 僕は心底、本当に嬉しかった。ロバさんとはもう一生会えないだろうと思っていたから(写真左=17年ぶりに再会したロバさんと僕)。 出会いはもう20数年前になる。神戸で仕事をしていた頃、僕はBAR好きの友人に連れられて、元町界隈のいわゆる「外人BAR」によく出入りしていた。なかでも僕が一番お邪魔する回数が多かったのは、中華街の少しはずれにある「サンシャイン」というBARだった。 「サンシャイン」はデンマーク人船員のたまり場だった。夜、店内にはいつもヒゲもじゃの船員たちが集い、アクアヴィットの杯を重ね、賭けダーツに興じていた。デンマーク語が飛び交う店内にいると、まるで日本にいるのを忘れるような空間だった。 同じくデンマーク人のロバさんは、その「サンシャイン」のマスターだった。元デンマークの船会社の船員だったが、寄港した神戸が気に入って居着いてしまい、日本人の奥さんをもらった(写真右=店の写真は1枚も持っていない。成田一徹氏の切り絵に描かれた「サンシャイン」が唯一、店内の様子を伝える)。 だが、コンテナ船の荷の積み下ろしの機械化が飛躍的に進む中、80年代後半になると、朝入港し、夕刻には出港というのが当たり前になってきた。昔は岸壁で一晩船体を休める間に、船員たちは陸に上がり、お気に入りの酒場で航海の疲れを癒した。 技術革新は船員たちの陸に上がる時間も奪ってしまった。そして、ミナト神戸の「外人BAR」からは、外国人船員たちもが急速に姿を消していった。当然の如く、「サンシャイン」は苦境に陥り、折しものバブル経済の過熱による地上げ攻勢もあって、1989年、ロバさんはやむなく店をたたんだ。 この日僕は、「ほんとは、店をずっと続けたかったんでしょう?」と聞いた。ロバさんは「船が港に一晩とまってくれないから、(閉店は)仕方なかったよ…」と応えた。ロバさんは「いい時に店を売ったよ」とも言ったが、その表情は少しさびしそうだった。 「デンマークに帰ろうとは考えなかったんですか?」と僕。「もう30年以上も神戸に住んでるし、ね。もうここ(神戸)の方がいいよ」とロバさん。この日、ロバさんの本名も初めて聞いた。ロバート・ローセン(Robert Laursen)。デンマーク語だと「ラウルセン」とでも読むのかな? 年齢もことし70歳だと知った(店を閉じた時は、まだ53歳の若さだったんだ!)。でも、70歳には見えないロバさんはいたって元気そう。このパブに毎週水曜日夕に訪れて、神戸在住のデンマーク人や昔の「外人BAR」の経営者仲間との旧交を温めているという。 ロバさんがこのパブ(写真左)に毎週水曜に出没しているという「特ダネ」を僕に教えてくれたのは、あの「チャーリー・ブラウン」のマスター、キディ(故人)の奥さん、律子さんだった。律子さん、ロバさんとの素敵な再会を取り持ってくれて、ほんとに有難う! 日本人客を取り込んで、今もしぶとく生き残っている「外人BAR」もある。「サンシャイン」は続いてほしかった酒場だったが、ロバさんは自分自身で、「ミナト神戸が華やかだった頃の象徴」の幕を引く決断をした。 時代の流れの中で、新たに生まれるものもあり、消えていくものもある。またの再会を約束して、僕はそのパブを後にした。「サンシャイン」は姿を消したけれど、このBARを愛したすべての人たちの脳裏で、思い出は永遠に生き続けていくだろう。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2006/12/14
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【前おきを少々】本日の日記は少々長いです。覚悟してお読みください。少しでも読みやすいようにと、小見出しを挟みました。また、我が愛する多くのBARのマスターやバーテンダーにとっては、少々きつい内容となっています。けれど、これはBARを愛してやまず、バーテンダーという職業を心から尊敬する一人のBARファンの言葉と思い、お聞き願えれば幸いです(以下、本文へ)。 人は何のためにBARへ行くのか 僕にとってBARがない人生も、BARがない街も、考えられない。だから、BARは僕にとって、永遠に居心地の良い場所であってほしい。酒呑みはなぜBARに行くのか? 単に酒を飲みに行くためでも、酔っぱらうためでもない。 僕が思うには、酒呑みがBARに通うのは、バーテンダー・バーテンドレスと会って話をしたいがためであり、彼らのつくる美酒を味わいたいがためである。そして、非日常空間で日常を忘れ、日々の疲れを癒したいがためである。 モルトウイスキーを片手に、そんな「独り言」を頭の中で反芻しながら、買ったばかりの月刊誌「男の隠れ家 2007年1月号」(あいであ・らいふ刊)を、家のリビングでパラパラとめくっていた。 思わず目にとまったやりとり すると、ある文章に思わず目が止まった。1月号は「東西146軒、男のくつろぎの空間 大人の酒場」と題したBAR特集である。今や女性もどんどん一人でBARを楽しむ時代に、「男の…」と限定する表紙のコピーのセンスにはがっかりさせられるが、内容はそれなりに充実している。 目が止まったのは、その特集のなかで、BARをこよなく愛する二人、切り絵作家の成田一徹氏と作家の森下賢一氏による対談。二人はBARという空間での楽しみ方をあれこれ語り合っているが、その末尾あたりに、次のようなくだりがあった。若干長いけれど引用させていただく。森下 ただチャージといって、諸外国にはない、座っただけでお金を取られるシステムはバーが普及する障害になっている。残念だね。成田 同感です。バーは僕にとっては「ハレの日に行く場所」ではなく、ごく日常の一部。できるだけ安く飲める“お得感”が大事ですね。森下 その点では、日本のバーはまだ“特別な場所”なのかな。ただ最近は都市部ではなく、郊外にもいい店は増えていて、そういうバーではチャージをとらない所も多い。ご近所にそんなバーがあれば、純粋にお酒を楽しむことができ、きっと人生に幅が生まれますよ。 いまだ国際スタンダードになれぬ訳は… このくだりを読んで、僕も思わず、「まったく同感、同感。その通りだ」と相づちを打った。日本でバーが、いまだ国際スタンダードにはなれず、なお「特別な場所」と思われ続けている最大の原因は、僕もこの「チャージ」という不可解なシステムにあると思っている。 欧米のBARには、僕の知る(訪れた)限り、ホテルのBARなどごく一部を除いてこのようなシステムはない(パブでは、キャッシュ・オンがほとんど。任意のチップがあるのみ)。 BARでは酒代がかかる。これは当たり前である。美味しい酒やカクテルにはそれなりの対価が必要だ。お値段は、美味しい酒を造った人への感謝であり、旨いカクテルをつくってくれるバーテンダー・バーテンドレスの技術への感謝(対価)である。 その値段に見合う、納得できる酒やカクテルであれば、僕は正当な対価として喜んで、支払う。例えば、ジン・リッキー。普通のBARでは、まぁ、700~800円くらいから1500円くらいの間だろうが、もし、素晴らしいバーテンダーがつくる訳(わけ)ありの、特別なジン・リッキーなら2000円払っても惜しくない。 不思議で、不可解なシステム しかし、日本のBARでは酒やフードの代金とは別に、もう一種類、「チャージ」という料金を取るところが多い。誰が始めたのかは知らないが、成田氏や森下氏同様、僕も以前から、この「チャージ」という、日本独特の料金システムを不思議に思ってきた。 だが、なかには「チャージ」を取らないBARもあるから話はややこしい。つまり、「チャージ」はBAR業界に必要不可欠な課金ではなく、経営者の裁量で、取るか取らないかや、いくらにするかを自由に決められる料金なのである。 しかし「チャージって何か?」と尋ねられると、これまた答えるのは難しい。「席料」だという言い方をする経営者もいる(一見都合のよい言い方だが、スタンディング=立ち呑み=でもチャージを取るBARもある)。そもそも、BARが席を用意することに客が対価を払う義務はあるのか、理はあるのか。僕ははなはだ疑問だ。 「チャージ」はそれともサービス料、すなわちおしぼり代やミネラル代、氷代? あるいはグラスが割れた時の保険か? バーテンダーの技術料か? トーク代か(チャージに見合うトークができる人は、そういないぞ…)。 一般的にはチャージ=サービス料かと思われがちだが、なかにはチャージを取りながら、10%~20%のサービス料を別に取る店まであるから、またよく分からない。経営者によって、チャージというものの概念(定義)がばらばらなのが原因だろう。余談だが、雑誌では「ノー・チャージ」と紹介しておきながら、会計の際に客からちゃっかり300円ほどのチャージを取っている老舗BARもある。取りたければ堂々と取ればいいのに、裏でこそこそやる商法はいただけない。 BAR側にも言い分はある 昔、名古屋のあるBARに行ったときのこと。名古屋ではチャージを高めにしてその分、1杯の値段を安く設定している店が多いが、この店もそうだった。チャージは2000円だったが、1杯の値段は600~700円からという設定にして気軽にお代わりしやすくしていた。「なぜこんなシステムに?」と聞くと、「名古屋のお客さんは1杯で粘るんですよ。だからある程度チャージをもらわないと商売あがったりで…」とそのマスター。 大阪のあるBARのマスターはこう言った。「チャージをある程度高くしないと、客層が荒れるんですよ」。確かに、ノー・チャージだと、懐がさびしい若者が多く集まって、店の雰囲気を変えてしまうかもしれない。 しかし、チャージを取らないBARはその分サービスを手抜きしているのか。チャージを取らない店は必ず客層が荒れるのか。それはまったく違う。例えば、大阪ミナミのBar「M」などは、接客も行き届いているし、客層だって、ばか高いチャージを取るBARと比べたらよほど良質である。 チャージを取って何も出さぬ店 チャージを取るBARでは通常、「お通し」という1品のおつまみを出す。この「お通し」に何を出すかや、どういう工夫をしているかで、そのBARのこだわりやホスピタリティ、すなわちサービス度も分かる。大阪キタのBar「C」などは、毎回とても手の込んだ素晴らしい「お通し」が出る(ちなみにこの「C」はチャージ500円で、サービス料はとらない)。 なかには、チャージを取らないのに1品を出すBARもあるが、これは客としては少し心苦しい。一方で、チャージやサービス料を取りながら1品も出さないというBARもあるが、これには、ただ経営者の神経を疑うしかない(この店の場合、いったい何の対価なのだろう?)。 僕は、BARは基本的にはお酒やカクテルの味やクオリティで勝負すべきで、チャージというサービス料が必要なら、お酒やカクテルの価格に反映させるべきだと思う。サービスに見合うお値段なら僕は喜んで対価を払おう。そして、どうしても「チャージ」というサービス料が必要ならば、1000円までに(できれば500円以下に)抑えてほしい(1品くらい用意するのは普通だろう)。 チャージに見合う満足が得られるなら… チャージ=サービス料だったとしても、1000円を超えるチャージを取るBARには、基本的に僕はあまり行かない。そのBARやそのマスターがどんなに有名でも、技術がとても素晴らしいという噂があっても、あまり興味はない。銀座や北新地などには、1500円~2000円もの高いチャージを取るBARもある。 かつて、銀座でチャージがバカ高いBARにお邪魔したことがあるが、マスターは一見の客に、格別愛想が良いわけでもなかった。マスターから話しかけてくることも、お会計の時まで一度もなかった。いくら技術は凄くてもその高いチャージ(別途サービス料10%!)に見合うとは、僕にはとても思えなかった(僕は、2杯頂いて7000円近く支払った)。ただし、チャージが少々高くとも、その額に見合う納得できる接客やサービス、味とクオリティがあるBARならば、例外的に時々お邪魔している店もある。 論外とも思える高いチャージを取る店に限って、接客やサービスが悪いことが意外と多い。常連だけにこびへつらい、マスターは気の利いたトーク一つすらできないということも多かった。「肩書きで飲む」客ばかりを大事にするBAR(こういう店に限ってチャージは高い)もあるが、そういう店には一度は行くことはあっても、「次」はない。 その1杯に正当な「対価」反映を 結論として、僕が思うのは、BAR(バーテンダー)は、提供するお酒のクオリティとカクテルなどの酒づくりの腕や知識、トークを含む接客、内装などの雰囲気づくりで勝負してほしいということだ。 それに対する対価(技術代と材料費、接客のレベルの高さなど)は、その商品である1杯、1杯の値段に反映させてほしい。日本のBARは限りなく、「チャージ」などという不可解な言葉と料金システムから解放されるべきだと思う。 もちろん経営者としての気持ちも分かる。おしぼり代だってかかる、グラスも割れることだってある、日持ちのしない在庫だってある、光熱費もかかる、トイレの電球だって切れる、従業員にボーナスも出さねばならない。考えれば、BAR経営は大変だ。僕もその辺は理解できる。 ならば、10~15%くらいのサービス料を堂々ととればいいと思う。サービスに、なによりも自信があり、サービス料を客からもらっても当然だという自負があれば、ゆめゆめ「チャージ」とは称さず、はっきり「サービス料」と言って徴収すればよい。 「チャージ」という説明不能な、曖昧な言葉に頼っている限り、日本のBARは永遠に国際スタンダードにはなれないと僕は信じている。【おことわり】1枚目の「男の隠れ家」の表紙写真以外の5枚の写真は、記事内容とは直接関係ありません。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2006/12/02
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「サンボア」と言えば、大正の初めに神戸で創業し、現在では大阪、京都、東京に計11店を構える老舗のBARチェーン(経営はそれぞれの店の独立採算。創業地の神戸店は今はない)。 なかでも有名なのは大阪の堂島サンボア(1918年創業)や京都の寺町サンボア(同)。最近では、神戸ハイボールのバック・バーを移築した北新地サンボアや、初めて東京に進出した銀座サンボアもBARファンには人気がある。 そんなサンボア・グループはどこも気さくで、くつろげる店が多いのだが、「なかでも一番くつろげる店はどこかなぁ…」と、BAR好きの友人と話してみたら、お互いやはり「北サンボアかなぁ」という結論になった。 大阪キタ・曽根崎のお初天神から東へ数分。このあたりは細い路地が入り組み、BARやスナック、居酒屋、キャバクラなどが密集する歓楽街(写真左=北サンボアの外観)。 同じキタでも梅田の阪神百貨店の裏側(南方)やマルビルの東側あたりにあった、終戦直後の闇市跡のごちゃごちゃした怪しげな飲食街は、再開発の末に15年ほど前にすっかり姿を消した。 ゆえに、この曽根崎かいわいが戦後の、昭和20~30年代の大阪の盛り場の雰囲気を残す唯一の、貴重な場所かもしれない(写真右=北サンボアの店内。映画に出てきそうな酒場です)。 だが昨今、この辺りにも再開発の波は及び、小さい店がどんどん消えてゆく。先日も老舗の鰻屋が店を閉じた。ただただ、寂しいと言うしかない。 そんな場所の一角に、「北サンボア」は在る。創業は昭和5年(1930)。大阪空襲で被害を受け、一時休業に追い込まれるも、戦後すぐの昭和21年(1946)には焼け野原に店を再建。そして今日に至るまで、味にうるさい「なにわの酒呑み」を楽しませている。 店は内装や調度品は、ほぼ再開当時のまま。丁寧に磨きぬかれたカウンターや真鍮のバーが、落ち着いた雰囲気を醸しだし、歴史と伝統を感じさせてくれる。 サンボア・グループだから、名物のハイボール(写真左)の作り方(氷は入れない)、味わいも、値段も他の店と変わらない。カウンターはスタンディング・スタイルというのも、ほとんどのサンボアと同じだ。 しかし、2代目マスターのOさんや奥さんの年季の入った優しい接客は、やはりこの北サンボアならではの味わいだ。いつ行っても笑顔で温かく迎えられ、ほっこりさせられる。 大阪出身で、東京在住のある友人は昔、「ここ(北サンボア)に来ると大阪に帰ってきたなぁという感じがする。ここでは格好をつける必要もないしね」と語っていた。 店は今3代目の息子さんも手伝う。堂島サンボア同様、店はいつも常連で溢れている。それも年輩客の比率がとても多い(写真右=店内には、今はなき神戸サンボアのマッチも飾られている。必見!)。 年輩客を大事にするということはGOOD・BARの条件である。高齢化社会が駆け足で進む日本。BARは若者や中年だけが独占する場所ではないはずだ。 BAR業界のこれからの生き残りのカギの一つは、高齢者の客をいかに大切にするかだろう。僕はそう信じて疑わない。【北サンボア】大阪市北区曽根崎2丁目2-14 電話06-6311-3654 午後5時~11時 日祝&第2土休 JR大阪駅または阪神、阪急、地下鉄梅田駅から徒歩5~10分こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2006/11/18
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社内の友人から、「面白いBARというか、酒場に連れていってあげましょう」と誘われた。最寄りの駅はJR神戸線の「立花」という駅(ローカルな話ですみません)。 立花というのは阪神間の尼崎市にある。普段は用事でもない限り、まず降りることはない。僕らは駅を降り、南東方向へゆっくりと歩き出す。 居酒屋や商店の並ぶ駅前を抜けるともう、すぐ住宅やマンションが立ち並ぶエリアになる。灯りも少なく、暗いうえに人通りもほとんどない。 「こんなところにBARが、ほんまにあるんですか?」と僕。「あるんです。僕も最初は見つけられず、30分も周りをぐるぐると探し歩いた」と友人。 7分ほど歩いた後、友人は、ある一軒家のガレージの門扉を勝手に開けた(写真左=暗くてすみません。目を凝らして見てください)。看板も何もない。郵便受けにかろうじて、店名を書いた紙が張ってある。 門扉からガレージの車の横をすり抜けて、めざす酒場の玄関にたどりつくには、さらに15mほど歩く。暗くてよく見えないが、相当大きな町家のようだ。 「猫町西村」という風変わりな店名。その名はオーナーの名前、そして店内に棲むマスコットの猫(2匹います)に由来しているのだろう。 住宅を開放した酒場だから、靴を脱いで上がる。8畳ほどの部屋3室が酒場になって、それぞれの部屋には大テーブルが置いてある(写真右=大テーブルを囲めば、みんなすぐ友達に)。 3つの部屋の仕切りは取り払われているから実に広々とした感じ。そのうちの1室にはグランド・ピアノが鎮座している。ミニ・コンサートでも開けそうな素敵な空間。実際、コンサートや詩の朗読会や紙芝居の集いなどが時々催されるという。 優しそうなママさんがこの酒場を仕切り、仕事から帰ってきた娘さんも手伝う。お酒はビールと焼酎とワイン。なぜかウイスキーは「ごめん、ウイスキーはないのよ」と言われた。 お腹がすいていれば、ママさんの心のこもった手料理が食べられる。この日は「おでんの盛り合わせ」。美味しいから焼酎も進む。 普通のおうちの応接間みたいな雰囲気だから、実にリラックスできる。知らないお客さんともすぐ仲良くなれる(写真左=グランドピアノを早速弾かせてもらいました。感激!)。 聞けば、このおうち、築100年は経つという。尼崎って戦時中、何度も空襲を受けたはずだが、この家は奇跡的に焼け残ったのだとか。 楽しそうに飲んでいる僕らの周りを、マスコット猫の「ももちゃん」(写真右)がウロウロ。もう1匹の、黒ネコの「はなちゃん」は台所の椅子の上で寝ている。 「ももちゃん」の体格は、うちの「うらん」より二回りくらい大きいが、人慣れしているせいか性格はおだやか。撫でても全然怒らない。 居心地がいいので、僕らはつい長居する。営業時間は一応10時までなのだが、「いいのよ、盛り上がったら、いつもすぐ11時くらいになるんだから」とママさん。 僕らは11時すぎにさよならしたが、ほかの3人のお客さんはまだ残っていた。ママさんや娘さんも「呑みの輪」に入ってきた(いったい何時まで飲んだのだろう)。 帰り際、門扉からもう一度玄関方向を眺めた。やっぱり、これは「一見には絶対来れない、入れない店」だと痛感。グランド・ピアノもたっぷり弾かせてもらって、ご機嫌な僕。「またお邪魔しますね」という約束はきっと果たそうと思っている。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2006/11/15
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京都や神戸のBARの話題が最近多かったので、気分をちょっと変えて、大阪の老舗BARのことを少し。 ミナミに「Key Point」というBAR(写真左)がある。昔、BAR巡りを始めた頃に出逢った店の一つだ。カウンターだけ10数席ほどの小さな酒場。 初めてお邪魔した時は、先代のKさんがされていた。Kさんはかつてのテレビの人気番組「11PM」にレギュラー出演(1960年代のこと)したりと、バーテンダーという職業の存在感を高めた功労者でもあった。 一見怖そうな顔だったが、話してみると実に温かい人柄で、素敵なおじいちゃんという感じだった。「満州で、あのラストエンペラーの、溥儀帝にカクテルを作った」というのが自慢の一つだった。店は代がわりし、今はとても顔立ちが似た息子さん(と言ってももう50代だろうが…)がカウンターをしっかり守っている。 しかし、店内の造りや雰囲気は昔のまま。昔懐かしい広告やノベルティの数々がレトロな空間を形づくっている(写真右=先代が集めたミニチュア・ボトルのコレクションは圧巻)。 昭和33年(1958)の創業。ミナミの道頓堀近く、しかし戎橋の喧噪からはちょっと距離を置いたあたりに店はある。「Key Point」は格別、特徴のある店ではないと思う。普通のお酒を、普通に出してくれる酒場だろう。 接客は馴れ馴れしくもなく、格別冷たくもない。客の懐に飛び込んで来るマスターの多い大阪では、そういう意味では少し異質なBARかもしれない。 お値段も普通。フードもそこそこに揃っている。立地もいい。だから、ミナミで待ち合わせ前にちょっと一杯という時に重宝する(写真左=見るからにオーセンティック!)。ただ先日、久しぶりにお邪魔した時は、居心地の良さからつい長居しそうになった。老舗にはそんな「魔力」がある。 皆さんも、もしミナミで、老舗の酒場でゆったりと飲んでみたくなった時は、「Key Point」のことをぜひ思いだしてほしい。【Bar Key Point】大阪市中央区西心斎橋2-4-11 電話06-6211-8283 午後5時~11時 日祝休【追記】残念ながら2007年10月6日をもって閉店されました。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2006/11/03
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東京でBAR巡りをし始めた20数年前には、まともな東京の「BARガイド」など、まだ1冊もなかった。 だから、BAR好きの友人やカウンターで出会ったBAR好きの酔客に教えを乞うたり、バーテンダーさんから老舗を1軒ずつ教えてもらったりしながら、「マイ手帳」に店のリストを増やしていった。 手帳は用紙が差し替え式(今どき「化石」の「8穴タイプのシステム手帳」!)になっていたので、ホルダーを更新しながら、用紙を追加しながら、現在でも(20年以上も!)大切に使っている。 その手帳の最初の方のページには、当時、銀座で回り始めた店の名前が並ぶ。「クール」「サン・スー・シー」「スミノフ」「うさぎ」「蘭」「あんて」「ルパン」「モンド」「カーネル」「よ志だ」「ダンボ」「ダルトン」「JBA・BAR」…。 名を挙げたBARのいくつかは、今はもうその姿がない。バブル期の地上げで店を追われたところ、後継者難で店を閉じたところも、そして「クール」のように一代限りで見事に幕を引いたところもある。それぞれである。 そんな銀座のBAR巡りのきわめて初期に出合った一つに、「いそむら」(写真左上)という店があった。これぞ銀座という格調高い老舗の1軒だった。そう頻繁にお邪魔したわけではないが、印象深いBARの1軒だった。 BARというよりも、英国の伝統的なパブのような、落ち着いた雰囲気。とくに「日本で初めてギネスを扱った酒場」というのが「いそむら」の自慢の一つだった。 そんな「いそむら」が半世紀近い歴史(1954年開店だったという)を閉じたという話を伝え聞いたのは3年ほど前(写真右=昔もらった「いそむら」のマッチ。他の老舗のマッチとともに額に入れて飾っている)。 「あぁ、また老舗が消えるのか…」と残念がっていた昨年末、ある雑誌で、マスター「磯村さん」のお弟子さんの藤本さんが、店の内装などをほとんどそのまま引き継ぎ、店名だけを「舶来居酒屋・ふじもと」と変え、再出発したという嬉しい記事を読んだ。 店の名前は変わっても、「いそむら」のスピリットは「ふじもと」に受け継がれた。なによりも老舗の店そのもの(内装)が残ったことが嬉しい。新装のBARでは、どんなに素晴らしくても老舗の味わいは望むべくもない。 「いそむら」時代から、名物のカツサンドも健在という。「舶来居酒屋」という冠を付けたのは、若い世代にも、老舗の良さを感じて、味わってほしいというマスターの心意気の表れだろう(写真左=看板は「ふじもと」と変わっても…)。 今度出張の機会には、生まれ変わった老舗BAR「ふじもと」にぜひお邪魔して、あの「いそむらスピリット」を肌で感じてみたい。【舶来居酒屋・ふじもと(旧Barいそむら)】東京都中央区銀座8丁目5-15 SVAXビルB1F 電話03-3571-6957 午後5時~午前2時(土曜は午後10時半まで) 日祝休(お値段は“銀座料金”。予算は2杯で5千円くらいは覚悟を)。【追記】理由はよく分かりませんが、残念ながら2007年2月末で閉店されたとのことです。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2006/10/25
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