『福島の歴史物語」

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2008.01.08
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 慶応三年十二月二十八日、庄内藩による江戸の薩摩藩邸の焼き討ちを知った大阪城の幕府軍は、倒薩論一色となっていた。もはや誰もが理性を失い、強硬論が声高に主張されていた。
 慶応四年一月一日、この時点で、将軍徳川慶喜は、まだ戦いの意志を持っていなかった。しかし、江戸の薩摩藩邸焼き討ちを理由付けとした幕府軍の強硬論は、ついに彼の意志を潰してしまった。慶喜は全国の諸藩に対し、薩長連合討伐のための出兵の号令を発したのである。
 一月二日、市中騒然としていたこの日、三春藩御年寄役の秋田広記は、大阪城に退いていた慶喜に上洛の報告をするため、大阪に赴いた。今回の全国の藩主に対する召集令は、朝廷からではあったが、幕府を通じて発せられていたためである。
 その夜、朝廷は仁和寺宮嘉仁親王に錦旗と節刀を与え、新政府軍を指揮させることとした。つまりこの時点から、新政府は官軍に、旧幕府は賊軍になってしまったことになる。しかし徳川慶喜は、まだそれを知らなかった。それに、この戦いで重要な位置を占めることになる[錦の御旗」は、薩摩藩の大久保一蔵、公家の岩倉具視らがそれらしい帯地を西陣から買い揃え、京都の薩摩藩邸に隠しておいたものであった。
 三日、秋田広記は大阪城に入り、三春藩主名代として正式に上洛の報告をした。そしてまさにこの日、大阪城の徳川慶喜は、淀城に幕府の本陣を置き、会津藩を伏見街道へ、桑名藩を鳥羽街道へ出陣させた。その総数一万五千、[鳥羽伏見の戦い]が勃発したのである。
 四日、戦況が一進一退する中で、突如、新政府軍の最前線に、菊の御紋の入った錦旗が立った。あの内密に作られていた錦旗が、遂に日の目を見たことになった。このことはあの密勅もまた、公然たる勅となったことを意味していた。これを見た幕府軍は困惑し、劣勢に転じた。この敗戦で騒然としていた大阪城を後に、秋田広記らは、戦争のために閉塞された本街道を避け、住民の逃散などで誰も人の居なくなった異常事態の中を、奈良経由で京都に向かった。
 五日の昼過ぎ、千両松に敗れた幕府軍は遂に淀城に引き、態勢の立て直しを計ろうとした。ところが淀藩は、朝廷の命令を楯に、幕府軍の入城を拒否してしまったのである。その上、新政府側に転じた津藩が幕府軍の側面に銃撃を開始し、彦根藩もこれに同調して発砲したため、幕府軍は総崩れとなって牧方、守口方面に敗走した。これらの大藩が一転、新政府側に転じてしまったのである。
 六日の深更、今度は徳川慶喜が行方不明となった。居る筈の大阪城に居ないのである。将を見失った幕府軍は、混乱の極みにあった。
 十一日、秋田広記らは、ようやく京都に辿り着いた。この戦乱の中、大阪・京都間を七日もかかったことになる。
 十二日、朝廷に対し、着京の届け出をなした。

 京都に戻った広記は、嘉膳と話し合っていた。
「ついに、一番恐れていた内戦がはじまってしまいました。大変残念なことでございまするが・・・」
 その日は、京都特有の底冷えのする寒い日であった。
「うむ・・・。で、嘉膳。その方は[鳥羽伏見の戦い]においての淀・津、そして彦根藩の動きを、どう思うか?」
 広記は大きな火鉢に手をかざしながら尋ねた。
 嘉膳はしばらく考えていたが、「結局、三藩ともに、幕府を見限ったのではありますまいか? 特に井伊大老を擁していた彦根藩は、ここで新政府側であることを明確にしておきませぬと、薩長連合という海の中で孤立するのではないかと思ったでありましょうし、やはり天子様の象徴である錦旗に対し、弓矢を向け得なかったのではないかと思われまする」と答えた。とにかくこの情勢について、早急に江戸の屋敷や三春に報告をせねばならなかったのである。二人の間に、しばらく静かなときが流れた。そして広記は、嘉膳に火をすすめながら尋ねた。
「会津や桑名藩の立場はどうなるかの?」
 これが重要な問題であったのである。 
「はい。以前より幕府および諸藩とも、天子様を中心として新しい政府を作るということでは合意しておりました。それが今回の戦いで、両藩とも天子様に反抗・反乱ということになってしまいますと、新しい国家建設に参加出来ないことになってしまいます。ですから幕府はもちろんのこと、会津や桑名藩とて[鳥羽伏見の戦い]で朝廷に弓を引いたつもりはなく、あくまでも薩長連合との私闘であったと認識していたと思いまする。だからこそ、会津・桑名藩一万五千の大軍をもって出陣しながら、錦旗を押したてられた新政府軍の前に、脆くも崩れたのでございましょう。両藩ともに立場は微妙になりましたが、孝明天皇の御代から朝廷の側に立っていた、という主張は成り立ちましょう」
 思わず腕を組もうとした嘉膳は、さすがに広記の前であることに気がつき、思いとどまった。
「うむ。さすれば、淀・津・彦根の三藩は、前もって薩長連合側と話し合いがついていたということであろうか?」
 広記は鋭い視線を嘉膳に注ぎながら尋ねた。
「はい。私は前もってかどうかは分かりませぬが、何らかの話し合いはあったものとは思いまする。ただし、話し合いがついていたとは思えませぬ。現に淀城は鳥羽伏見の初戦では幕府側の本営が置かれた城、また淀藩主の稲葉長門守正邦様は、庄内藩に江戸の薩摩藩邸に焼き討ちを掛けさせた方、完全に幕府側でございました。淀・津・彦根の三藩は、錦旗の翻るのを見て、はじめて薩長連合軍が天朝様の側にあるとの恐れを感じて幕府の側から寝返った、と思いまするが・・・」
 嘉膳も困惑の色を隠せなかった。
「うむ。たしかに淀・津・彦根藩のあの行動は、猪突ではあった。会津や桑名藩も、あの三藩の寝返りは不本意であったろうに」
 広記は、嘉膳の顔を見つめながら言った。
「はい。むしろ恨んでいるかも知れませぬ。ただ私は、今、徳川慶喜様と会津の容保様や伊予松山藩主の板倉周防守勝静様が行方不明になっている、という方が気がかりでございまする。大阪城にいた幕府軍は、算を乱して江戸に戻っているとも聞いておりまする。これは、京畿から幕府勢力の敗退、とみることも出来ましょう。いずれ慶喜様が大阪を去るとすれば、行く先は江戸しかございませぬ。もしかしてすでに、慶喜様は江戸に着かれているのではありますまいか?」
「ということは、幕府は江戸で新政府軍を迎撃するつもりじゃろうか?」
 広記もまた、困惑していた。
「それは考えられまする。慶喜様は容保様がご一緒なるが故に、『関東が一丸となり、奥羽諸藩をまとめれば、天下を二分する力は充分ある』と考えられたとしても、不思議ではないと思いまする」
「そうなると問題になるのは朝廷の動きじゃな。しかし、ことがここまでに至れば、今さら天子様が大政奉還をした幕府の側になる訳がなかろう。しかるに、その徳川慶喜様が、全国の諸藩に対して薩長連合討伐の出兵の命令を出された。これでは幕府による朝廷への、実質的な宣戦布告になるのではないか。さすれば、昨年の暮れ、とは言っても鳥羽・伏見の戦いまでたかだか八日。この間に、こんなに情勢が変化するとは・・・。朝廷に意を通じた三春藩としての立場は、微妙なことになるのう」
「さようでございまする。しかしわが藩としましても朝廷の意に沿った所信の開示でございますから、本質的な間違いはないと思われます。ただ問題は、戦いの帰趨でございましょう。幕府、薩長連合ともに天下を二分する力を有するとはいっても、それは兵員の数としての問題。今まで長崎などで勉強をさせて頂きましたが、薩長のみならず、西国の軍備の質は関東の数段上。戦えば薩長連合の勝利は確かかと思われまする」
 嘉膳は広記に、強い視線を返した。
「うーむ。確かに薩長の動静については、殿の御母堂様の御実家の鳥取藩からも情報がもたらされて来ておる。」
 広記は嘉膳の強い視線を避けるかのように、火鉢に目を落としたまま言った。
「さようでございますか。私どもはその内容については知りませぬが、この戦いは日本の今後を問う戦いになると思いまする。それにしても幕府には、これからの日本を造り変えることは出来ぬと思いまする。なぜなら幕府は、開闢以来自らの支配の正当性の論拠を確立することをせず、天子様の権威をもって代用して参りました。そのために幕府は、天子様を己が意志で支配出来た今まではともかくとして、今回はすでに、天子様の方が、自らを幕府の統制から切り離されたものと思いまする。それに幕府はこれまで朝廷より得ていた白紙委任を、つまりは幕府存立の決め手を自ら捨ててしまったように、私には思われまする」
「うーむ嘉膳、そこまで言うか・・・」
 広記は灰をいじっていた火箸の動きを止めると、嘉膳の目を見つめた。
 嘉膳は端然と座して言った。
「はい。すでにわが藩は朝廷に意を通しておりまする。その朝廷の側、つまり薩長連合の側に立つことが、わが藩を守る意味でも戦争を避ける意味でも、有利かと思いまする。それに第一、朝廷に刃向かえば、逆賊になりかねませぬ。それにしても、ただ今の問題として兵の持たぬ我ら、ここでどう身を守るべきでしょうか?」
「うむ。それもそうじゃ。しかし薩長としても、丸腰の我らを攻めることもあるまいと思うが・・・。もしもの場合は、参与屋敷に当方の意志を説明して頂くことで、どうにかなるであろう。それにしても、薩摩や長州とは、随分と遠い国じゃのう。日本の南の端の国じゃからのう」

 幕府の軍艦・開陽丸で大阪から逃亡した徳川慶喜は、供に連れだした会津藩主の松平容保や松山藩主の板倉勝静らとともに、江戸の御浜御殿に到着した。そこから江戸城に入った慶喜は、さっそく善後策を練ったが、榎本武揚や大鳥圭介ら主戦論者は、輪王寺宮公現法親王(孝明天皇の弟)を奉戴しての抗戦を主張していた。
 三春の人々の耳にも、この国内の情勢が、いろんな噂として入っていた。しかしそれは、遠くの大事件であり、かかわり合いのないことであった。[鳥羽・伏見の戦い]の噂は一月十二日頃、徳川慶喜の大阪脱出の噂は一月十九日頃、流布された。京都と三春の間の情報の流れには、十日から二週間近くかかっていた。そして町方でも、暗い噂がしきりであった。
 やがて朝廷より奥羽諸藩に対し、[徳川慶喜追討のため官軍が東海道、東山道、北陸道を進撃する。尊皇之大義のため協力するよう]との応援令が出された。広記は、京都御留守居役の湊宗左衛門とともに参与役所に出頭し、この御沙汰書を受け取った。

  [就徳川慶喜叛逆為追討 近日官軍自東海 東山 北陸可令進発之旨被仰
   出候 附而者奥羽之諸藩宣和 尊皇之大儀 相共謀援六師征討之勢旨 
   御沙汰候事]

 さらに二日後、仙台・秋田・盛岡・米沢の四藩に対し、会津藩征討令が出された。
 ──いったいどうしたものか。
 広記も嘉膳も、不戦への対応策を見え出せないでいた。幕府からは薩長連合討伐の命令が出、朝廷からは会津藩征討令という矛盾した二つの命令が出されたのである。嘉膳は、それらの状況報告と藩の意志確認のため、三春に戻ることになった。






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最終更新日  2008.01.08 11:45:41
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