ワルディーの京都案内

ワルディーの京都案内

2015/06/25
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テーマ: 海外生活(7812)
カテゴリ: ドイツの想い出
  単身赴任時代のローマ旅行(2001年4月13日~16日)の続きです。


サンタンジェロ城

 135年、ローマ帝国の皇帝でいわゆる「五賢帝」のひとりハドリアヌスが自らの霊廟として建設を開始し、アントニヌス・ピウス治世の139年に完成しました。しばらくすると軍事施設として使用されはじめ、403年にはアウレリアヌスの城壁の一部に組み入れられました。

 14世紀以降は歴代のローマ教皇によって要塞として強化され、また、同時に牢獄や避難所としても使用されました。

 16世紀前半の教皇クレメンス7世は、ローマが神聖ローマ皇帝軍により恐ろしい略奪(ローマ略奪)を受けている間、皇帝カール5世率いるドイツ人傭兵(Lanzichenecchi)の包囲に抵抗するため、この機能を使用しました。

 17世紀前半には教皇ウルバヌス8世がサンタンジェロ城の強化に努め、1667年に教皇となったクレメンス9世は、バロック芸術の大家で旧友のジャン・ロレンツォ・ベルニーニにサンタンジェロ橋の装飾を依頼し、橋はベルニーニ自作の2体ふくむ10体の天使像の彫刻で飾られています。

 サンタンジェロ城の名称は、590年にローマでペストが大流行した際、時の教皇グレゴリウス1世が城の頂上で剣を鞘に収める大天使ミカエルを見て、ペスト流行の終焉を意味するとしたことに由来します。その故事を記念して、16世紀にラファエッロ・ダ・モンテルーポ(Raffaello da Montelupo)による大理石製の天使の像を城の頂上に設置しました。1753年からはPierre van Verschaffeltによる青銅製の像が設置してあります。


P1010115(サンタンジェ城).jpg



ナヴォーナ広場 ネプチューンの噴水

 ナヴォーナ広場(Piazza Navona)は、1世紀にドミティアヌス帝が造らせたドミティアヌス競技場が元になっています。

P1010116(ネプチューンの噴水).jpg



ナヴォーナ広場 四大河の噴水(Fontana dei Quattro Fiumi)

 広場中央には、4つの大河(ナイル川、ガンジス川、ドナウ川、ラプラタ川)を擬人化した彫像の噴水型のオベリスク・Fontana dei Quattro Fiumiがある。これらの彫像は、バロック時代ジャン・ロレンツォ・ベルニーニによって造られたものです。

P1010117(四大河の噴水).jpg



ドイツ在住期間:1995年~2001年





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最終更新日  2018/07/12 08:58:14 AM
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