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ケンタロー (la joie de vivre)さんKeyword Search
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8月は、お盆と鎮魂の月
東京の都会生活にある私は、お盆や鎮魂のへったくれもない身なんですが。
おそらく、お盆は今自分があることのもと、自分のルーツのご先祖様をうやまう。
もう一方、1945年8月15日の終戦、今の自分があることの犠牲に思いをはせる。
そんな、二重の意味をもつ8月だと思うんです。
若いころは、まったくそんなことには、思いをいたすことは、すこしもなかったんですが。
こんなことは、歳のせいですかね。
八王子にくらして40年は経過したと思うんですが、
都会生活者は、八王子にただ寝に帰ってくるだけで、地域に思いをいたすことはなかったんですが。
こんな冊子が、地域の図書館で目につきました。
八王子市老人クラブ連合会の50周年記念誌「八王子 昭和の語り部」(2013年刊)です。
八王子といえば、江戸幕府の西の守り手としての「千人同心」が示しているように、
どちらかといえば、時の政治体制を守ることをポリシーとしてきたきらいがあると思うんです。
実際にも、保守政治の基盤ともなってきましたから。
ところで、この記念誌ですが、
私などのように40年とはいえ、最近の新参ものとはちがって、古くから八王子に暮らしてきた年配者の人たちが、その八王子で暮らしてきたところの思いを語っているんですね。200人以上のエッセーです。
そこに記されていたのは、戦争のなかでの苦労と、その終戦の苦労の思いでした。
切々としたくらしの真実がつづられました。
共通して、「戦争などということは二度と絶対にしてはならない」、これが高齢者の思いなんですね。
これは、保守だとか革新だとかを問わず、国民の底からの体験であり、発言だったんですね。
わたしなども、当時の八王子市民がこうむった苦労に、いくぶんなりとも思いを馳せます。
ところがです。
この冊子の巻頭部分には、この地域の有力者が何人かあいさつを寄せています。
それをみて、むかついたのは、誰とは言いませんが。
今現在の政治家で、軍事費建て増強を推進している政治家が、
『先輩達の知恵や勇気を、豊かさと引き換えに背骨の細くなってきた今の日本に、私達世代に、大いに喝をいれていただく存在であってほしいと願います」
こんな文章を寄せているんですね。
わたしは、国民の心と、政治家の言動とは、まったく中身が乖離していると思います。
今回の熊本大震災にたいしてもそうですが。
国がやっているのはポーズを演じているだけで、心や行動は被災者の苦難とは乖離している。
政治家とは、被災者国民にもっともらしいポーズをとるだけで、
政治家の実際の関心というのは、まったくそこ被災者の苦難とはかけはなれている。
被災者は、大変な事態で救援を頼む側ですから、ギャップを感じてもそれは言えないんです。
このザルで救うような対応に、もっともな建前論に実際に実を入れさせるのは、外からの指摘であり、国民の圧力なんですね。
放っておいたら、よろずかっこだけのザルです。
ここに目を向けた、国民のしっかりした支援の力が必要です。