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Windows の 新しいOSが発売された。 基本ソフトがこう頻繁に更新されたのでは、 たまらない。結果、ハードウエアも新しく しなくちゃならないようだ。 XPのサポートも2年で打ち切られるそうだ。 こんなにマイクロソフトだけ儲けさせて いいのだろうか。 そろそろ、LINUXに乗り換える時期が きたようだ。こわれた自作パソコンの マザーボードをとりかえて、LINUX を導入しようと思う。
January 30, 2007
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最近、古本屋でおもしろい本をみつけた。 「バイク爺さん北米をゆく」という本だ。 71歳の河添祐之助さんという人が、 アメリカ合衆国のニューヨークから サンフランシスコまで、250ccの バイクで40日ぐらいで8500kmを 横断する話だ。若者ならば、別にめずらしい 話じゃないが、バイクの整備もろくにできない 人が思い立って、これに挑戦する苦労や困難は、 すごいものがあると思う。 自分も、リタイヤしたら、スペインに1年間住みたい のと、北アメリカをバイクで横断したいと思っている。 それが、できたらシルクロードをカブで横断したい とも思っている。絵のほうもあるから、スペイン暮らしと 北米大陸横断ぐらいならできるかもしれない。 描いたスケッチを掲載していなかったので、順次掲載します。 1、アルコスの通り
January 29, 2007
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学校の仕事が、ひと段落ついた。 これから、80号を水張りして、 アルコスの馬屋を描く。 いつもは、大きい絵は気が重いのだが、 今回は、ものすごく描きたい気持ちが 高まっている。
January 27, 2007
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昨日は、スキー学習だった。 毎年、スキー学習が初すべりだ。 いつもは、年々衰える体力から、 スキー学習の指導は、気が重かった。 しかし、今年は、ちょっと自信があった。 それは、スペイン旅行で連日歩き回って、 足の筋肉が鍛えられ、体力の自信も 取り戻していたからだ。予想通り、 体力が戻り、久しぶりに生きのいい すべりができたと思う。
January 26, 2007
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北海道新聞の新刊の本が読みたくて、 ぶんぶんクラブというのに加入したら コンピュータ抽選で、ホームベーカリー の機械があたりました。よくわかんないけど、 電気炊飯器のような機械です。 きっと、パンの生地を発酵させたり、 焼き上げたりするんだと思います。 自分は、今から十数年前、懸賞に凝っていた ことがって、いろんなものがあたりました。 グアム旅行をはじめ、時計や現金など、いろいろ あたりましたが、そのとき以来です。
January 25, 2007
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・ インフレの激しいスペインでも、やはりアンダルシアの田舎は、物価が安かった。同じヘレス(シェリー酒)がマドリーでは2倍ほどした。 ・ 今回は、スケッチを30枚ほどし、まあまあ目標は達成した。さらに、大型作品の取材ということでは、大きな収穫があった。 ・ やはり、絵を描く取材には、何都市かを周遊するより、1か所に場所をかまえて、そこを拠点としたほうが、納得した取材ができると感じた。滞在期間が長ければ長いほど、描く観点が観光者のものでなくもっと、深いものになっていく気がする。また、交通機関を利用すれば、移動期間が絵を描けないデッドな時間となるので、できるだけ移動を控えたほうが賢明だ。 ・ スペインの田舎でさえ、社会の変化によって、その表情が変わっていく。経済発展から考えていつまでも、スペインを題材にして描けるかちょっと心配になってきた。 ・ スケッチ旅行は、ひとりに限る。あいまの時間は、たしかにさびしいと感じることもあるが、自分の生活や社会、絵画の方向性などをあれこれ考える時間がしっかりもてることがなによりよいと思う。また、読み応えのある文庫本を繰り返し読むことで、時間は、有効に使える。 ・ ワインでもハムでも、人の仕事にしても、熟成を重ねたものほど価値が高くなる。これからは、経験や試行を重ね、熟成度を高めていく方向を模索する必要がある。
January 24, 2007
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深夜12時にメトロで空港に向かった。4時までルフトハンザのチェックインデスクで本を読んだ。 「蒼き狼」の3回目である。フランクフルトに8時半に着いた。成田行きの便まで5時間も時間があった。しかし、飛行機は、ものすごく空いていて、窓側の3席が全部あいていた。それで、その3席を利用してずっと、寝てきた。非常に快適な旅だった。ルフトハンザの客室乗務員はものすごく感じがよい。 東京からは、羽田発になっていたが、だめもとで成田にならないか頼んだら、すんなりOKしてくれた。IBEXという飛行機会社とシェアー便だったが、ものすごく小型で40人ぐらいの定員の飛行機に20人ほどが乗っていた。客室乗務員もたったひとりだったが、これもよかった。 帰国して、驚いたが、家族は、知らぬ間に東京ネズミーランドに行ってきたようだ。「お!やるな!」と思った。
January 24, 2007
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マルデクリスタルで朝ごはんをごちそうになった。韓国のちげ鍋にキムチ、ごはん、そのほかのおかずをいただいて、とってもおいしかった。大満足。 オスタルを9時に出て、コンデデカサロ駅までメトロで行った。バスに乗り換え、10時30分のバスでチンチョンに向かった。マジョール広場で写真をとり、アニス酒とにんにくを買った。 郊外に出ようと、歩いていたら「エロスキ・スーパー」というお店があったので、スパークリングワインとパン、生ハムを買った。(4.5ユーロ)スケッチをしながら、ひとり宴会をやった。 午後6時のバスでマドリーにもどり、SOLの肉屋のバルでステーキのコンビナートスを食べた。(5ユーロ)マルデクリスタルには8時半に着いた。
January 23, 2007
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朝6時15分にオスタルを出て、7時のセビージャ行きに乗った。(6.99ユーロ)ボルノスから田舎道を走った。8時50分にセビージャに着いて、TAXIでターミナルを移動し、10時のマドリー行きのバスに乗った。(7.50ユーロ)隣の人は、スペインの若い女の人で横顔がきれいだった。 マドリーのマルデクリスタルに5時15分に着いた。メトロのマルデクリスタル駅のショッピングモールに買い物に行った。ここでおみやげを買った。 マルデクリスタル近くのバルで夕食を頼んだら、えらい量が多くて14ユーロもとられた。
January 22, 2007
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8時42分にオスタルを出て、最後の馬小屋詣でをしてきた。早朝の写真を収めて、満足した。バスセンター前の通りで、市が立つ準備をしていた。9時30分にウブリケ行きのバスでエルボスケに10時20分に着いた。ここは、グラサレマに近いから期待していたが、山がきつくかえって孤立しているような村だった。村を大回りで2時間かかって2周したが、絵にはならなかった。仕方なく、国道を歩いて8km先のプラドデルレイまで歩いた。途中、岩山の頂上付近に羊小屋がみえて、よさそうだったが、番犬に突然吠えられて肝を冷やした。結局16km歩いて、写真をとっただけで、4時のバスでアルコスにもどった。(3.88ユーロ)
January 21, 2007
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Arcosへの最後のアッタクだと思って、朝から気合が入っていた。とにかく、枚数をかせごうと思った。9時にオスタルを出た。旧市街をつっきって、路地を鉛筆スケッチしまくった。5枚ほどを、短時間でがしがし描きまくった。 南の市街で、うちに4度目の電話をしたら、また留守だった。日本では夜の9時なのに、家にだれもいないようだ。 新しくできた橋のたもとで、グワダレーテから望むアルコスの町並を描いた。馬小屋に向かう途中の畑で灌漑施設であるポソを描いた。そのあと、馬小屋に入って、ごそごそ家具などを動かし、いろんな構図の写真をとった。 馬小屋のすぐ脇の道から、畑ごしのアルコスの町並を描いた。 3時半に中華屋によって、お昼を食べ、鉛筆スケッチの絵をオスタルで完成させた。
January 21, 2007
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8時50分にオスタルを出て、バスターミナルに向かう。日本人夫婦ふたり連れが、バスの時刻表の前で長いこと相談していた。きくと、セビージャに行きたいが、バスの時刻がわからないというわけだ。曜日によって時刻がかわるので、平日のやつだから左をみることを教えたら、7時のバスは行ってしまったので、午後3時まで待たなくちゃならない。ヘレスにでてから、セビージャにわたる方法を教えたら、ちょうどヘレス行きが着たので教えてあげた。 自分の乗るBornos行きのバスは、10時50分にやっときた。11時についた。地図が欲しくて、インフォマシオンを探し当てたが、肝心の担当者が席をはずして、なかなかもどらない。スペインの係員はいいかげんな人もおおいから、こんなことで腹を立ててはいられない。 時間がもったいないから、北側の畑地を歩いて、畑の納屋を描いた。遠く南の湖のほとりに黒くうつる建物がみえたので、その方角に歩いていった。すると、湖畔は馬の大放牧場になっていて、黄色い菜の花が一面に咲き乱れていた。本当に気持ちのよいところだった。いい気分で絵が描けた。 5時にArcosにもどった。図書館によって、PCでMixiに経過報告を書いた。 帰りは、中華を食べて帰った。
January 21, 2007
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4、 屋根の色をバーミリオン、インディアンレッド、ロージェンナあたりの赤と黄土系でつくり、のせていく。濃くうつっている木は、バンダイキブラウンを濃い目にウルトラマリン、サップグリーンなどを加え、水をひかえてアクセントを強く入れる。5、 アクセントとなる木の流れや陰を考えて、いろいろなブルー系の色を陰の部分に、にごらないように注意して入れていく。(バジターブルー、セルリアンブルーなど)6、 白くあいた部分に、ビビットな色を水で薄めて、おいて調子を整える。(オペラ、バジターブルー、レモンイエローなど)これを描いたあと、すぐ横の小屋を描いたが、失敗した。渓谷を登って、国道にもどり北に4kmほど歩いたら、夕方になったのでオリーブに囲まれた農家を描いた。町にもどって、5時のバスでArcosに帰った。中華を食べて帰った。 夜、部屋にTVがないので、また親子鷹の後編を読んだ。
January 20, 2007
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8時15分にオスタルを出た。バスセンターに行くと、中華屋のおかみさんが、話しかけてきた。おかみさんは、めかしこんでどっか行くみたいだった。 9時35分のUbirique行きのバスに乗った。(3.88ユーロ)40分ほどで、Ubriqueについた。2年前に、ロンダに行く途中に、寄った町だった。ちょうど、渓谷にかかる橋の谷底に建つ農家をバスから写真を撮った覚えがある。実際に行ける幸せを感じた。ここで、制作途中経過の写真を撮ってみた。1、 鉛筆で薄く、スケッチして、空の部分に水を塗る。その上に、ウルトラマリンやクリムソンレーキ、コバルトブルーなどで空の色をのせていく。山はバンダイキブラウンやセピア、サップグリーンなどで緑の諧調をつくり塗っていく。2、 建物を挟み込むように下の部分の緑を置いていく。サップグリーンを基調にローアンバー系の色で色調に幅をもたせる。3、 遠くにある山は、バンダイキブラウン、ウルトラマリンを基調にクリムソンレーキで赤みを加え、水を多めにして渇筆の調子で岩肌を調節。建物の線をバンダイキブラウンとウルトラマリンを加えた色でデッサン。
January 20, 2007
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9時にオスタルを出た。再び、馬小屋を中心に攻めてみようと思った。馬小屋に行く途中にまた、中華屋の親父さんとあった。道路の掃除をしていた。彼は、片言ながら日本語が話せる。インターネットカフェの場所をスペイン語で訊いたら、日本語で図書館の場所を教えてくれた。図書館しかみんなが使えるパソコンがないそうだ。 馬小屋に着いたらさらに、馬小屋の破壊がひどくなっていた。扉は、こなごなになっていたし、小屋の屋根の一部が落ちていた。この調子だと、1年後には絵にもならないかもしれない。いいタイミングに来れたのかもしれない。 川を渡ったところから馬小屋全体を描いた。畑をぬって歩き、学校のところでUターンして、南市街に入り、スーパーでハム、パン、ジュースなどを買って昼食をとった。1月5日に目をつけた十字路の店屋を描いたが、日陰で乾かなくて途中で切り上げた。 旧市街を歩いて、鉛筆スケッチして、オスタルで色をつけた。中華によって、夕食を食べた。
January 20, 2007
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9時40分にオスタルを出て、北側の県道を歩いた。廃屋で2枚描いた。さらに、北側の畑の一軒屋と斜面の農家で2枚絵を描いた。道の脇で死んだ犬の死骸を2頭見かけた。 午後3時半ごろ、スタジアムを通りかかったら、4時半からサッカーの試合が始まるところだった。並んで、入場券を買った。大人で非会員なら15ユーロだった。会員なら5ユーロだそうだ。観客は、全員がArcos.CFのサポーターだった。終始、Arcosが押し気味に試合をしていたが、1-1で引き分けだった。退場者が双方合計3人の荒れた試合だった。
January 20, 2007
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9時にオスタルを出て、10時20分のRonda行きのバスに乗って、Villamartinに10時50分に着いた。(1.95ユーロ)街について、東側を歩いた。街を降りたところの放牧地に変電所があった。そこで2枚描いた。 さらに、東側を1時間歩いたら、雄大な丘陵地帯があり、羊が放牧されていた。まだ10代の若者が牧夫となって、ついていた。羊の群の向こうに、一軒の農家がみえたので、描きたくなった。だけど、道に大きな犬が寝ていて怖ろしかった。だけど、やっぱりあの農家にたどりつきたくて、勇気を出して、脇を通り抜けた。 6時のバスでオスタルに6時半に着いた。途中、Bornosの街もいいなあと思った。7時に中華を食べに出かけた。 「蒼き狼」は、読み終わった。
January 20, 2007
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1.グワダレーテに映るArcos 2.パレードを見る 3.仮装のパレード
January 19, 2007
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オスタルを10時に出た。これまで歩いたことのない北東側を歩いた。公園の下でArcosの町並を2枚描いた。そして、南側の斜面の農家と畑を描いた。 湖に下りて町に入ると、途中仮装したオープンカーに乗った人が、飴をなげてよこした。そういえば、今日は主顕節の前夜祭だった。南側の町にまわると、西日に照らされて町は輝いた。それを 支えている断崖絶壁の岩は夕日で朱に染まっている。渓谷を彫り込むように流れる碧のグワダレーテ河が、その白と朱の対比した風景がミラーのように映していた。パレードが始まる1時間ほどを 道路のベンチに腰掛けて、眺めていた。ベンチのある裏手の丘に学校があり、6時にパレードが始まった。 帰りにまた馬屋に寄った。ちょうど、月夜で馬屋が月に照らされていた。馬屋の左手の斜面を登った。道が狭くなり、竜舌蘭で道がさえぎられた。竜舌蘭を通りすぎるときに、ジャンバーが裂けてしまった。道は、排水の排出口と変わり、道がぬかるんできた。草にしがみついて、なんとか登りつめた。 中華を食べて、インフォマシオンの広場に行ったら、焼き栗を売っていたので、17個入りのが 2ユーロだった。スペインの焼き栗は、大きいので食べ応えがある。 部屋にもどると、部屋をツインに移された。なぜか、照明が割れたそうだ。
January 19, 2007
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これだけ、言っといて写真を見せないのは、ちょっと酷なので、ちょっとだけ見せます。・・・・・・・・・・・・笑
January 18, 2007
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4時半ごろ起きた。「親子鷹」後巻は読んでしまった ので、井上靖の「蒼き狼」を読み始めた。 7:30分にオスタルを出て、馬小屋を描いた。 やはり寒くて縮みあがった。合間に、「蒼き狼」 を読んだ。 乾かなくて、仕方なく馬小屋の二階の蹴破られた扉 から入ってみた。これが、ものすごくよかった。 はっきり言って、興奮した。手が震えてうまく写真が とれなかった。古い調度品や農機具の残骸が乱雑に おかれて、すばらしい配置だ。ねずみの糞や、ツバメの 巣なんかもあって、思わず頬ずりしてしまうぐらい よかった。これをみれただけで、Arcosに来た甲斐が あった。 そのあと、馬屋の上の用水を描いた。さっきの馬小屋の 興奮のあとで、さっぱり絵がうまくかけなかった。 Arcosの象徴みたくなっているサンタマリア教会の 鐘楼を描いたが、これもさっぱりだった。 この日は、やっぱり馬小屋の中身を見れたことにつきる。
January 18, 2007
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朝9時にオスタルを出た。まず、向かったのは 馬屋である。馬屋は、そこにあったが、一面に 落書きがあり、騒がしい喧騒のなかで、じっと 耐えているようだった。入り口の分厚い扉も 蹴破られていて、いたましい姿だった。 子どもがバイクで降りてきて、いたずらをして いくのだろう。なんか、さびしい気分で、川を わたり、南側の畑道を歩いた。そしたら、綿畑 の小屋をみかけた。ここで、スケッチをした。 また、馬小屋を通り、バスターミナルに行き 周辺地域のバスの時刻表をノートに書き写した。 インフォマシオン(観光案内所)のある公園で 日本人のカップルが洗濯物を干していた。 聞くと、洗濯したら乾かなくて、セビージャに 移動しないで、洗濯物を乾かす日にしたそうだ。 もっと聞くと札幌在住で製薬会社勤務で、正月休み を利用して12日間スペインをぶらぶらしている そうだ。自分も札幌人だって言ったら、びっくりさ れた。 中華でまた定食を食べて、スーパーでハム、パン、 果物、ヘレス1本を買って、洗濯してねた。
January 17, 2007
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12月31日の午後7時にようやく年賀状書きがおわった。 それから、荷造りして家を出たのが夜8時半だった。 9時半に恵庭の実家について、紅白をみた。 なぜ、Arcosなのかというと、大作用の題材として Arcosの「馬屋」にまた、ぜひ訪れて、腰を落ち着け じっくりと次の展開を試行してみようと思った。 今回は、馬屋取材を中心にArcosの周辺をスケッチする 目的だった。 元旦は、5時半に起きて、父と母に年始のあいさつをして、 お雑煮をいただいた。恵庭6時32分発の電車で千歳空港駅 に向かい、7時45分9時20分成田空港に着いた。 ルフトハンザ空港でチェックインをすると、ミュンヘン経由 だったのだが、フランクフルト経由ならもっと早く着きます といってくれた。もちろん、二つ返事で了解した。それに、 おまけがついていた。「ビジネスクラス」!!だそうだ。 これは、びっくりした。二つ返事をさらに、五度ほど繰り 返した。おまけでも、「ビジネスクラス」はすごい! 椅子はベッドになり、機内食は豪華だ。アメニティグッズも 持ち帰っていいのか躊躇するぐらい立派だ。ジャージー姿の 自分には、外見では似合わないだろうが、乗客が少ないから 違和感をもってみるものも少ない。子母澤寛「親子鷹」前巻 を読んだ。 1月1日午後8時半ごろ、マルデクリスタルに着いた。 着くと去年バルセロナにもっていっていた絵がマルデ・ クリスタルに飾られていた。大事にいい場所に飾ってもら っていた。 1月2日は、5時半に起床して、Jeremyさんと雑談を してから6時50分にマルデクリスタルを出た。南バスターミナル9時発のセビージャ行きに乗った。(17.5ユーロ)午後3時半にバスターミナルに着き、TAXIでアンダルシア方面のバスターミナルに移動した。(4.60ユーロ)午後5時発のArcos行きに乗り、午後7時10分に着いた。(6.99ユーロ)以前泊まったオスタルCarbonato(1泊9ユーロ)に7時35分に着いた。 シャワーを浴びてから、バスターミナルに降りて、中華を食べに行った。(定食5.5ユーロ)11時に寝た。
January 17, 2007
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いま、スペインでは、13日の午後8時40分です。 2日から12日まで、アルコスにいました。 3.4.5日と毎日馬小屋に通い続けました。 5日は主顕節のパレードを見ました。ちょうど、 ARCOSの街が白く輝き、岩が赤く色づいて、それを グワダレーテ河が映していて、その前を仮装した子供達を のせたトラクターがねりあるくのは、本当に筆舌に尽くしがたいものでした。 6日に北40kmほどの村VILLAMARTIN に行ってきまいた。羊の放牧地が雄大ですばらしいところでした。かえりに、ちょうど地元のARCOS・CFのサッカー の試合をスタジアムで見ました。やっぱり、このチームは アマチュアではないと思います。3Aのチームらしくて、 コンサドーレのような位置づけなのでしょう。前半は、技術も高く、白熱していましたが、途中から選手が熱くなり荒れてきて、3人退場し1-1で引き分けでした。 7日は、ARCOSの北側の丘陵地帯を遠くに見える白い納屋を目印に歩いて、描いてきました。 8日は、また、馬小屋に行って、描いてARCOSを1周しました。 9日は、東側の町UBRIQUEにいきました。ここは、 グラサレマに近く高原にあるのに、大きな街でした。 以前、バスで通って、よだれを流しながらとおりすぎた 小屋があったのですが、念願かなってそこでスケッチすることができました。街は、ほとんどみませんでした。 10日は、VILLAMARTIN行きのバスに乗って、 11km離れたBORNOSという街にいきました。 ここでも、納屋をかきましたが、湖のほうに馬の放牧場が あって、そこの馬小屋がすこぶるよかったです。菜の花が さいて、一面黄色ですが、馬小屋が黒く風格にあるシルエット をつくっています。背景が湖ですがその向こうが丘陵地帯に なっています。 11日は、ARCOSを南側から攻めてみました。新しい橋が できていたので、ARCOSの裏側をかきました。そして、 また、馬屋にいって、取材をして、ARCOSを畑のしたから かきました。 12日は、東に40kmほど離れた、エル・ボスケという村に 行きました。街をぐるぐる2周(8km)回ったのですが、 絵になるところがなかったので、8km離れたプラド・デル・レイまで国道を歩きました。途中いい羊小屋があったのですが、犬がいて、近づいていけなかったです。この日は、ひたすら歩きました。 13日に6時にオスタルを出て7時のバスに乗り、セビージャ に行き、10時のバスで16時15分にマドリーに着きました。 あらましは、こんなところですが、動画もとってきましたし、 製作経過の写真もありますので、続編を楽しみに・・笑
January 14, 2007
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It·s at 5:40 p.m. 10th Jan.2007 in Spain.I am in Arcos de la Frontera now.I did arrive here at 2nd Jan.I have made 25 pictures.I did go to 3 villages near Arcos.(Bornos,Villamartin,Ubrique)I did Take Pictures of in-side hourse house.It·s very good.It·s warm and fine everyday.I will leave here 12th Jan.Good-bye. See you again.
January 10, 2007
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