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この土曜日に高校の同級生が道展の会友賞 を祝って、10人ほどが集まってくれる。北海道 のふつうの人にとって、画家の登竜門といえば、 道展か日展である。その道展で賞を得たとなれ ば、事件に違いない。 本当は、忘年会もかねての開催であったが、 自分がスペイン旅行の予定だったために、新年 会もかねての開催である。本当のところは、自分 の受賞を口実の飲み会開催であるが、それでも 祝ってくれるのは本当にうれしい。 昨日は夕張のレースイスキー場でのスキー 学習だったが、ものすごく寒かった。東千歳は マイナス25℃まで下がり、朝8時の時点でも マイナス20℃もあった。今日も寒いのでマイナス 20℃はいってるんだろう。
January 27, 2012
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泊村というのは、唯一北海道の原発のある村である。 たしかに、原発マネーが投入され、ほかの村より裕福な 財政だろう。だけど、泊村が原発をおかなくてはならなく なったという事情はわかるような気がする。それ以外に 村を維持することができなかったのだろう。そして、泊村 の原発が北海道の電力の34パーセントを支えているの である。 その泊村の産業観光課が3年前より、絵はがき コンクールをやっている。この意図は、絵はがきコンクール を通して泊村のよさを全道・全国に発信していくことだろう。 小さな村としては、破格の懸賞をつけてはいるが、この 試みは、原発後の村の将来のための投資だろうと思う。 泊村1号機ができたのが、22年前である。政府は40年で 原発を廃炉にする方針を出している。また、新しい原発は 建設しない方針だと思う。そうすると、泊村は30数年後には 原発マネーは、入らないことになる。それまでに、村の 生きるすべを模索しなくてはいけない。 これは、人ごとではないはずだ。泊村の原発は、明らかに 北海道民の電気をつくりだすために、建設されたのである。 札幌や小樽などに建設するのが筋だろうと思う。それが、 できなかったから、財政のきびしかった泊村に建設したので あろう。自分は、原発後の泊村の応援を道民はする責任が あると思う。
January 22, 2012
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さっそくスノーシューをはいて、学校の近くの雪原を 歩いた。なかなかいい運動で30分も歩くと、汗が 吹き出てくる。 林と畑の境界を歩いたが、きつねの足跡がくっきりと 残っており、姿を想像すると、おかしくなってくる。 2時間、歩いたがいい運動になった。
January 21, 2012
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昨日、千歳の小中学校の図工美術 教師の研究会で、「第5回北海道現代 具象展」をみにいった。その後、感想 やら近況などを話し合った。 アントニオロペスの画集がうれしくて、 それをもっていったが、みなさんこの 画家についてそもそも知っていなかった。 アントニオロペスは、第2回の個展以後 24年も作品発表していないほど、作品 数は多くはないので、画集が手に入ら ない。1936年生まれで、まだ存命である。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%8B%E3%82%AA%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%9A%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AC%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%82%A2 人物画の話になって、ルシアンフロイト の話をしたら、これもみなさんご存じ なかった。ちなみに、ルシアンフロイトは 2008年に36億円以上で生存する画家 で最高値で売れたほどのイギリスの 画家である。精神分析で知られるフロイト の孫である。昨年9月に88歳で死去した。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89
January 21, 2012
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アルコスのスケッチのときに読んでいた「孤高の人」の 影響で、登山に興味がわいてきた。それで、夏の登山の 準備もかねて、スノーシューを購入した。冬はどうしても 野外での活動が少なくなるので、歩行訓練もかねて 「スノーシュー」を買った。今度の土日にカメラをかついで、 雪原を歩いてみたい。 また、登山靴も購入した。慣らすためにこれをはいて、 どんどん歩いてみたい。 水彩連盟の画家さんで、「上田哲農」という人がいたが、 この人の中央アジアの人を描いた作品が大好きである。 この人は、登山家としても超一流で、ソ連領のキルギスの 登山を隊長として登ったほどの人である。そこまでいかなく とも、登山と水彩をするような人生にあこがれる。
January 19, 2012
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セゴビアの丘の写真をみていたら、 どこかでみたようななつかしい気持ちが していたのだが、やっと判明した。 それは、水彩連盟の元理事長であった 三橋兄弟治先生の作品にあった。 三橋先生がスペイン風景に魅せられた きっかけとなった120号の作品の風景 なのだ。今みてもそのよさが失われない わけだと思った。
January 16, 2012
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旅行期間中、「孤高の人」という新田次郎さんの 小説上下巻をそれぞれ2回ずつ読んだ。日本だと 絵の締め切りに追われて、ゆっくり読書はできないの だが、ひとり旅の場合は、絵を描く、食べる以外は 時間をもてあますので、読書が最適だ。だんだん 読書にはまりこんで、スケッチの途中絵を乾かして いるちょっとの合間に本を読んでいた。 今回、なぜ登山の本を選んだかというと、今年 ぜひ「恵庭岳」と「羊蹄山」を登ってみようと思う からだ。それに、「孤高の人」っていうタイトルが 妙にひとりのスケッチ行と重なるわけだ。 読書とは直接関係ないけど、アントニオ・ロペス の画集をみていたら、有名な「グランビア」の通り を描いた絵は、現場仕上げしていることがわかっ た。それも、制作期間が7年もかかっている。 アントニオ・ロペスの室内の調度品を描いた絵も ほとんど現物の前で数年もかけていることがわか った。一見、無機質と感じる物でも、長い期間か けていると、そこに描き手の魂が宿るということ がわかった。これは、自分にとっては大きな発見 であった。
January 14, 2012
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昨日の寒さは、普通ではないものがあった。 ランニングしていて、何がつらいかといえば、 寒さである。手袋をはいても、手が痛いほど 寒いし、運動靴の足先も寒い。朝なんか、 マイナス15度より寒いと思う。 スペイン行って、毎日10km以上歩いて いたから3kgぐらい体重が減ってずいぶん 日に焼けたんだけど、この東千歳の寒さだけ はがまんができない。 昼間でも、水道凍結しちゃうので、使うと きだけ元栓をあける。何しろ、スペイン行って る最中、水道の元栓止めていたのに、凍結し てしまっていたほどなのだ。 あと、この寒さはどのぐらい続くのだろうか。。
January 12, 2012
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あとがき 今回は、なんだかんだ無理やりスケッチの枚数をかせごうなんて思ってはいなかった。だから、あせらないで自分の描きたいように描いていた。そして、前回歩いた道をなぞるようなことになってしまった。どうしてなのだろうかと思ったら、前回の行動がかなり最善の行動だったからで、しかも我ながら驚きの行動力だった。 ただ、場所々々で感じることは、自分の腕が以前より上がっていることに気づいた。だけど、体力は落ちているのも自覚した。 今回の旅行は、自分の大好きだった場所が変わって失われいったことを自覚した。かわりに違う魅力も見つけた。このように、自分も変わるのだけど、取材する場所も日々変化する。絵を描くということは、その時間、その場所、自分とが偶然出会うことである。そして、それは二度とないことなんだということがわかった。だから、描く時間が愛おしく感じられた。もうこの風景は二度とないかもしれないし、このような場所を選ぶ自分もないかもしれない。一期一会という言葉があるが、スケッチする、絵を描くということは、「一期一会」の営みだと思った。 今回の旅行は、メインの題材としてアンダルシアとの決別を自覚したものであったと思う。この題材なら、東千歳で十分であることを感じた。 5年ぶりのスペイン行で感じたことをいくつか列挙してみよう。●中国人旅行者は、ものすごく多くなっている。海外旅行は、経済的 要因が大きい。●日本の自動車の割合が以前より減っているように思う。●アンダルシアでも社会資本の整備が進みスペインの素朴な感じが さらに失われてきている。●スペインでもペットボトルの回収や買い物袋の有料化が導入されて きていた。●スペインでも犬を飼う人は増えているが、糞の始末はほとんどしない。●公共交通機関での携帯電話の会話は、スペインではOKなようだ。これ、水道橋の末端からのぞいた風景。
January 8, 2012
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1月4日(Miercores) 帰国 5:00 起床 隣で寝ているので、荷物をほかの部屋に移動させ、整理した。 6:20 朝食 6:40 マルデクリスタル出発 7:30 バラハス空港到着 空港までのメトロは、通常の券のほかに降り 口で1ユーロの券を購入しなければいけない。2~3年前から始 まったそうだ。 空港でお土産を買い足した。キーホルダー2つとピンバッチを買 った。 9:05 スパンエアーでフランクフルトへ 11:50ごろ到着 13:45発ルフトハンザLH736便をまっていたら、13:30 ごろ日本語アナウンスがあった。Wブッキングしてしまったので、席 が1つ足りなくなっている。次の大阪経由に移動してくれたならば、 ビジネスクラスの席を用意し、若干の謝礼と名古屋までの新幹線料金 をもつという内容だった。アナウンス中に席を立ち、申し出た。そした ら、お願いしますという2つ返事だった。札幌までのフライトのことも 申し出たら、それも用意してくれた。この間のやりとりの間、来た人が 3人もいた。ラッキーだった。 自分の性格は、せっかちでありすぐ行動に移すというのが特徴である。 それが、役立った。 ビジネスクラスは、一度経験しているが、エノコミーと比べると天国で ある。座席がベッドになるし、飲み物、食べ物、サービスが格段に グレードアップする。おまけにあとで、●00ユーロ銀行に振り込まれ るそうだ。おいしすぎる。。(笑) 結果は14:00のLH740便で関西国際空港に向かい、 1月5日10:55 JALの便で千歳に13:00ごろ着いた。 13:50のバスで札幌の自宅に15:00ごろ着いた。これは、朝食です。夕食はもっと豪華。(撮り忘れました)
January 7, 2012
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1月3日(Martes) Segovia 朝起きると、韓国から朝着いた男性が食事していた。韓国の外務省の職員だ そうだ。ものすごく笑顔のいい、いい青年だった。これから、いきなり勤務だそうだ。いっしょに、韓国風の朝食をいただいたが、おなかにおいしさがしみわたるほどほんとうにおいしかった。 以前からJeremyさんに勧められていたSegoviaに行こうと思っていた。Segoviaはバリバリの観光地だけど、交通の便がいいので、 Madridに夕方もどり、お土産とアントオ・ロペス・ガルシアの画集を探そうと考えていた。 宿のPCでMIXIと楽天のブログに旅の概略を投稿した。 9:10にマルデクリスタルを出発し、メトロのプリンシペ・ピオ駅に向かった。10:30発Segovia行きのバスに乗った。(往復13.14ユーロ、片道7.3ユーロ) 11:40にSegoviaに着いた。乗客の半数は中国人のようだった。 町のシンボルの水道橋はすぐに見つかった。水道橋の東側にそって、おおもと がどうなっているか知りたかった。そうすると、水道橋の高さはだんだん低くなり やがて、水路だけとなり、道路と交差しているところで終わっていた。 また、水道橋の高いところの橋のたもとにあるメソン・カンディドという豚の丸焼きで有名なお店に13:00に入った。5分待ってくださいといわれ、案内された。注文したのはグリーンサラダ、子豚の丸焼き、ビール。やがて、30分ほどして皿にのった子豚が運ばれて、それを皿を縦にしてナイフがわりに切り分けた。 1頭を6等分して、自分は後ろ足があたった。食べた感じは、豚というより鳥に近くものすごく柔らかいのに皮がパリパリだった。料金は豚は21.5ユーロで全部の料理で31.6ユーロだった。ここは、世界的に有名店らしく店内には有名人の写真が貼ってあった。そしたら、主人があらわれ、どこからきたのですかときいてくれ、ハポンですと答えたら、日本語のパンフレットをくれて、サインをしてくれた。彼は、伝統料理の特別な称号をスペイン国王よりいただいているそうだ。 その後、ものすごく大きなカテドラルやディズニーの白雪姫のモデルとなったアルカサル(お城)を見学した。もちろん、カテドラルやアルカサルの規模には度肝を抜かれたが、Segovia周辺の景色が中世そのままで時間が止まったようにすばらしい趣をもっていた。Segoviaの周辺部はかなり絵になるなあと感心した。また、15世紀カスティーリャ国王の城下町だっただけあって、壁の質感がものすごく気に入った。 16:30のバスでMadridにもどり、Sol(ソル)のコルテ・イングレスというデパートの本屋でアントニオ・ロペスの画集をみつけた。これは、最近作がたくさんのっていて本当にいい画集だった。(32ユーロ)あと、ソローリャの画集も買った。(11.8ユーロ)Solは、人でごったがえしていた。すりにあっても困るので、買う物を買って引き上げた。 21:00ごろマルデクリスタルにもどったら、韓国の彼はベッドで爆睡していた。そりゃあ疲れるわなあと思った。自分も22:00に寝た。
January 7, 2012
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1月2日(Lunes) Madidへ 6:30起床 8:17にカルボナートを出た。 部屋をチェックするので、日曜日に出発しないでくれということだったが、 チェックもしないで、OKだといわれ、店主と握手をして別れた。ここの ペンションは格安なので、本当に助かる宿である。 8:42に大荷物をかついで、下のバスターミナルに着いた。Arcosの 最後の景色は少し薄もやがかかっていて、別れを惜しんでくれている ように感じた。 9:36にUbrique行きに乗り、Villamartinまで乗った。前乗ったとき は2.18ユーロだったのが、新年になり料金が2.27ユーロに改訂され ていた。10:10にVillamartinに着いた。11:25にSevilla行きが出発 した。(6.49ユーロ)12:50にSevillaのアンダルシアのバスターミナル プラド・サンセバスチャン駅に着いた。その後、タクシーでマドリードなど 長距離のバスターミナルのプラサ・アルマス駅に向かった。(5.5ユーロ) Madrid行きは15:00発だった。(21.3ユーロ) 21:00ごろMadridの南バスターミナルに着いた。メトロで民宿マルデ クリスタルに着いたのは22:00だった。こう考えると、Arcosは本当に遠い なあと思う。 着くと主人のJeremyさんは、これから出張だそうだ。5年ぶりにいろいろ話が したかったけど、残念だった。朝早く、韓国の男性が泊まりますと言い残してい った。
January 7, 2012
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2012年1月1日(Domingos) 最後のArcos 南側から馬小屋 10:00家を出発 11:00イワンとイサクの家へ いよいよ最後のArcos取材の日となった。昨日、約束したので、 イサクとイワンの水門の家に向かった。絵を描いていると、イサクが 声をかけてくれた。いつ帰るのと聞かれたので、明日マドリーに帰る よというとさみしそうに、友達だからねと握手してくれた。 旧市街の下の橋のたもとの水門でもう1枚描いた。その後、背後の坂 を登り、ポソの畑の前を通った。そしたら、綿畑は耕されていて、前に 描いたポイントへはいけなくなっていた。 その後、綿小屋の前を通り、ねぎ畑には水がたまっていた。灌漑施設 が整っており、水やりをしたのだろう。このように、真冬の時期でもふ つうに作物が収穫できるところがアンダルシアである。 最後の絵は、馬小屋(メモリアル)をもう1枚と決めていた。正面か ら1枚描き、家に17:00に帰った。馬小屋のわきの道をふりかえる と、空にオレンジの気球があがっていた。帰って、部屋の掃除をした。
January 7, 2012
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12月31日(Sabados) 馬小屋から南側水門へ 6:00起床 本当は、Grazaremaまで足をのばしたいのだけど、 乗り継ぎが何度も必要なこととバスの時刻は不規則なので、日帰りは無理か もしれないし、運が悪いと2日までにArcosにも着けなくなるので、 それはあきらめた。 土・日はアルコスで勝負しようと思った。 9:30家を出発。西側の馬小屋をおり、前に気になっていた廃屋を描い たが、日陰になっていたため、絵の具が乾かなくて彩色を断念した。 背後はみかん畑で下にはニワトリが放し飼いにされていて元気がよい。 旧市街の橋のたもとの水門の工場と、川をはさんだアルコスの白い町を、 快晴のなか、汗を流しながら2枚描いた。 さらに、遊歩道を歩き、前目をつけておいた水門のある民家を描いていた。 そしたら、小学校4年ぐらいの男の子が話しかけてきた。このうちは、ぼく のうちだよ。弟もいるよ。やぎやがちょう、馬やろばを飼っていることや、 名前がイサクとイワンの兄弟だそうだ。記念に紫と赤いひもを通した5円玉 をあげた。 そして、明日もまたくるよ、と言ったら、まってるよといってくれた。 これらのやりとりは、スペイン語や日本語なのであるが、人間は心を開けば 気持ちが通じるものだ。 そろそろ帰ることを意識して、土産物を物色したが、いいものはなかった。 そして、ほとんどのお店が閉められていた。6:00に帰った。
January 6, 2012
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12月30日(Viernes) Ubrique 6:00起床 9:10家を出発 9:41 Ubrique行きのバスに乗る(4.86ユーロ) 11:00ごろ Ubrique到着 大きな岩山に挟まれた偏狭な土地だけどけっこう大きな町である。 さっそく町を俯瞰するところまで登り、絵を描く。 以前、行ったことのない町の中心部を歩く。Ubriqueはスペインでも 名高いレザークラフトの町だということがわかった。目抜き通りを歩いたら、 ほとんどすべてのお店が革製品のお店だった。よくみると、いい製品なの に日本で買う値段の3分の1ほどの価格である。しかも、セール期間らしく どの店も2~3割ディスカウントの札がかかっていた。次回、スペインに来た ければ、ここでかみさんのご機嫌取りをすべきと真剣に選んだ。かみさんの バッグ2つと自分のビジネスカバン1つ合計198ユーロだった。 (2万円ぐらい) 3:30のバスで家に着いたのが5:00ぐらいだった。着いてすぐ、 手の指の爪切りを探したが、しまっている店が多くなかなかみつから なかった。中国雑貨を扱う店に0.6ユーロであった。31日、1日 とまたお店が閉まるので食料の買い出しをした。(7.50ユーロ) また、切手も5枚買ったのだが、ちょっきり0.8ユーロの切手がなく、 寄せ集めて0.85ユーロにして、それを5組買った。何とも、スペイン らしいおおざっぱがおもしろかった。 家で、バスの車窓からみたPrado del Reyや Ubirique付近の絵を思い出しながら、はがき5枚描いた。
January 6, 2012
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12月29日(Jueves) Villamartin 6:30起床 絵の具をパレットに補充(ウルトマリン、ヴァンダイキブラウン、セピア) 8:25 家を出る。 9:41 Ubrique行きのバスでVillamartinへ到着 10:30(2.19ユーロ) 中央広場から東へ歩く。12:00ごろ丘の上から農家を描いた。 さらに南側の丘の上の農家を描いた。 畑のど真ん中に大きな納屋の廃墟を写真におさめた。 来た道を引き返し、3:30にバスターミナルに着いた。 Villamartinは交通の要所らしくArcosよりバスの便が 多く、Sevillaにも10本以上も便が出ていた。 4:30発のバスは、6分前に出発したが、整備工場でタイヤに空気を 補充し、ターミナルにもどり4:48に出発した。5:30ごろ家に着いた。 「孤高の人ー下」を読み終えた。
January 6, 2012
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12月28日(Miercores) 南側から馬小屋へ 6:00起床 食事をしたが、ビールを飲み過ぎたので二度寝してしまった。 なしろ、ビールが1リットル1.10ユーロなので、ついつい飲み過ぎてしまう。 9:30に自宅を出、家の前の通りを南へ歩いた。サンタマリア教会の真裏で 1枚描いた。途中、通りの名前にUbriqueとかVillamartinだとか Bosuque など近郊に町の名前がついていておかしかった。 グアダレーテ河は湖を起源として、Arcosの町が乗る恐竜のような峰を迂回 するように大きく蛇行して流れている。その川筋の要所に水門のある建物が おかれている。北側の斜面を降りきったところも水門となり、堰がつくられ 親水公園のようになっていた。水門は実際に人が住む人家であり、その周辺 で馬やヤギ、ガチョウなどを飼っている。ここは、絵になるなと思った。 川筋の遊歩道を進むと、旧市街を降りた南側の橋のたもとにでる。ここも、 堰が設けられ、水門の建物があった。ここで1枚描き、さらに大きな柳にはさま れた遊歩道を1枚描いた。 さらに川筋の遊歩道を歩くと、西側の馬小屋にたどりついた。この馬小屋にも 水門があり、ここで釣りをしていた。河にはけっこう大きな魚が泳いでいる。 馬小屋から町に続く坂を登りきったところに、柵があったが、柵のわきに 小道があり、町の西側の公園のとりつき口に続いていた。 夜、洗濯していたら、洗面所のスイッチがショートしてブレーカーがおりた。
January 6, 2012
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12月27日(Martes) Bornos 6:00起床 今日こそ、Bornosに行きたいと思った。 8:30に家を出発。8:55ターミナル着。 9:37 ヘレス発Ubrique行きのバスに乗る。(1.23ユーロ) 9:58 Bornos着。 インフォマシオン(観光案内センター)に行き、地図をもらった。 南側のグアダレーテのLAKEまで歩いた。湖畔は、観光地の ようによく整備されていた。東側に進むと、湖畔は馬の放牧場 になっていて、おじさんがポンプで水をあげていた。 湖畔をさらに進むと5年前描いた石造りの馬小屋がみえた。 昔は、黄色いなの花畑だったが、湖畔の水位があがり、 吃水線が馬小屋のすぐそばまでせまっていた。すっかり様子が かわってびっくりした。そこで、1枚描いた。 畑にぬかるんだ湿地帯をあるいた。途中、死んだ羊が3頭放置 されていた。ちょっと気持ちがわるかった。 糸杉のある白い塀のある農家でもう1枚描いた。また、Borunos の町の入り口付近の納屋を1枚描いた。 帰りは、ヘレス行きのバスで4:41発で家の近くのバス停に4:50 に着いた。スーパーで買い物をした。お土産にヘレス(シェリー酒) を3本買った。2本が3ユーロで1本が7.8ユーロだった。あとで、 マドリーのスーパーでみたら、ここの2倍の値段がついていた。 日本だとマドリーの10倍の値段がする。
January 6, 2012
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12月26日(Lunes) 南側から馬小屋へ 3:30起床 朝、停電になり動かなかったエアコンが復活してくれて 暖かくなった。前日デジカメで撮ったバスの時刻表をノートに書き うつした。今日は、Bornosへ行こうと思う。 8:30に家を出、バスターミナルに8:55に着いた。まもなく、日本の 女性が現れた。バス待ちの間に言葉をかわし、26日も休日運行だ ということを教えてくれた。その人は、今日で一週間目で自分と同じ 1月4日に帰国するそうだ。10:00のバスでヘレスに向かい、コルドバ まで鉄道で行くそうだ。結局、9:30予定のVILLAMARTIN行き のバスは来なかった。 仕方なく、旧市街をあがり、南側のグアダレーテ河の橋をわたり、 馬小屋に向かった。馬小屋付近は、ものすごくかわっていた。 河は護岸整備され、遊歩道や堰が設けられていた。馬小屋は 新しく建て替えられ、PEDRO ANTONIOという人のメモリアル パークとして、2010年9月に建て替えられたというプレートがあった。 ちょっとがっかりしたが、記念に堰の上から一枚描いた。 その後、西側の小道を進み、以前描いた「綿小屋」を描いた。 右側にあったサイロのような残骸を少し移動させて、画面に入れた。 旧市街に向かう道を歩き、畑のなかの「ポソ」をスケッチした。 前回、失敗したが今回はうまくいった。 途中、さっそうと馬に乗った青年と会い、挨拶をかわした。写真に 撮ってほしそうだったから「FOTO OK?」と話しかけたら、にっっこり 笑って「OK」だということで、撮させてもらった。 6:00に部屋に帰った。
January 6, 2012
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12月25日(Domingos) Arcosの北側 9:30に家を出、馬小屋に行ったが、道路の入り口に柵が巡らしてあり、入れなかった。仕方なく、旧市街にあがって、サンタマリア教会の展望台から眺めた。やっぱり、様子がおかしいと思った。バスターミナルでBornos行きのバス時刻を調べた。 家にもどり、12:30に北側を見て回った。昔、描いた廃屋はさらに崩壊が進んで、母屋だけが残っていたが、室内に放火のあとがあって、いい気持ちはしなかった。
January 6, 2012
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12月24日(Sabados) 霧のアルコス 9:00家をでたが、あいにくの霧で絵が描けそうにない。午前中は、クリスマス前後にバルやスーパーが店を閉めてしまうのに備えて買い出しに出かけた。11:30に再び、霧の中を出かけて、切手を買いに出かけた。霧で絵が描けないので、生徒に水彩の絵はがきを描こうと考えた。 旧市街を通って、南側のところに鳥の丸焼きを焼いていたので、それを買ってきた。(9.50ユーロ)1羽まるまる切り分けてくれる。ものすごく量が多く1日で食べ切れなかった。帰って、絵はがきを15枚描いた。
January 6, 2012
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5年ぶりのスペイン・スケッチである。 旅行の目的は、もちろんスケッチもあるのだが、 自分の絵の方向性を決めるきっかけとなった アルコスの馬小屋がその後どうなったのか、 確かめたかった。5年前に訪れたときは、すでに 相当荒らされて、崩れかけていた。また、グーグル アースでの衛星写真で少し様子が変わっていて それが気がかりだった。 また、2週間絵を描くことを通して自分のこれから の絵の方向性を自分なりにゆっくり考えてみようと 思った。 12月22日(Jueves)スペインへ 4:00起床 5:53のバスで千歳空港に出発。 7:45 ANAで中部国際空港へ(1時間55分) 11:10 ルフトハンザ航空でフランクフルトへ(12時間30分) 17:55 スパンエアーでマドリーへ(2時間30分) 21;36マドリーのオスタル(民宿)マルデクリスタル到着 ルフトハンザの機内で隣だった人はイタリア人でイタリア のレーシングバイク・ドッカティのメカニックだそうだ。 静岡に出張の帰りだそうだ。これから、ドイツのフランクフルト からイタリアのボローニャまで列車で7時間かけて帰るそうだ。 機内では、イタリアのその彼と話していたが、新田二郎の 「孤高の人ー上」を読んだ。 マルデクリスタルにも5年ぶりだった。玄関のいいところに 自分の絵2枚がかけてあった。 12月23日(Vierunes)Arcosへ 6:00起床 食事 7:00出発 地下鉄でメンデスアルバロ駅に向かい 8:20南バスターミナルへ到着 10:00セビージャへ(21.30ユーロ)16:50到着 タクシーでサンセバスチャンターミナルへ(7ユーロ) 18:00 バスでアルコスへ(7.85ユーロ)20:20到着 ペンション・カルボナートに到着。部屋が3つあり バス・トイレ・台所のある部屋を10泊150ユーロで契約。 食事を食べに町に降りたが、中華屋さんの店がなくなって いたので、食材を買って帰った。(16.73ユーロ)
January 6, 2012
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スペインから帰国しました!また、帰りはフランクフルトからビジネスクラスに乗れちゃいました!明日から旅行記UPします。
January 5, 2012
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Everybody , A happy new year!! Yesterday,I did arrive MADRID. Today I will go to Segovia. 10 nights,I did stay in Arcos de la Frontera. I did go aroud Arcos and paint pictures. I did go the horse house, but there is not it here. The horse house build up new memorial park. I am very sad. But I did discover new Arcos. I did find 2 water gate houses. I did go 3 towns(Bornos,Willamartin,Ubrique). I did paint 25pictures.
January 3, 2012
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