蜘蛛が嫌いという人は多い。
そういうお方は写真はパスして下さいませ。
銀輪散歩の途中の何処かで身体に付いたものか。
昼食の店の中で右腕を何やらが這う感じ。見ると小振りの蜘蛛であった。掌に這わせてタオルの上に移動させて、撮影したのが下の写真。
(蜘蛛) ジョロウグモ・Wikipedia
これは多分女郎蜘蛛かと。成虫はもっと大きく体の虎模様も鮮明であるから、これは亜成体、まだ成虫になり切っていない若い女郎蜘蛛なんだろう。まあ、蜘蛛のことはよくは存じ上げませんので、別の種類の蜘蛛である可能性も否定できません。
何れにしても、動き回るので撮影は困難。ピントの甘い写真になってしまいました。
万葉集には1首だけ蜘蛛が登場する歌があるが、これも蜘蛛そのものではなく、蜘蛛の巣である。
風まじり 雨降る
夜
の 雨まじり 雪降る
夜
は
術
もなく
(中略)
伏廬
の 曲廬
の内に
直土
に
藁
解き敷きて
父母
は 枕の方に
妻子
どもは
足
の方に
囲
みゐて 憂へ
吟
ひ かまどには
火気
吹き立てず
甑
には 蜘蛛の巣かきて
飯炊
く
ことも忘れて
(後略) (山上憶良「貧窮問答歌」 万葉集巻5-892)
さて、蜘蛛に関するエピソードが日本書紀允恭天皇8年2月の条に出てくる。
八年の春二月に、藤原に 幸 す。 密 に 衣通郎姫 の 消息 を 察 たまふ。 是夕 、衣通郎姫、天皇を 恋 びたてまつりて 独居 り。其れ天皇の 臨 せることを知らずして、 歌 して曰はく、
我が 夫子
が 来べき 夕
なり ささがねの 蜘蛛の行ひ 是夕
著
しも
(歌意)
私の夫の訪れそうな夕である。笹の根元の蜘蛛の巣をかける様子が、今、はっきり見える。
この歌は少し形を変えて古今集にも登場している。
衣通姫の、独り居て、帝を恋ひ奉りて
わが背子が 来べきよひ也 さゝがにの
蜘蛛の振舞ひ かねてしるしも
(古今集巻14-1110)
(歌意)
わたくしのいとしい夫がきっといらっしゃる夕暮だわ。蜘蛛の動作が前もってはっきりそれを示していますもの。
蜘蛛が巣を張る動きをすると、恋しい人の訪問がある、という俗信があったよう。古代中国でも蜘蛛が衣につくと親客の来訪があると信じられていて、蜘蛛のことを「喜母」とも呼んだそうな。
従って、体に付いた蜘蛛は邪険にしてはならないのである。
ということで、写真撮影の後は手に乗せて庭の植え込みの方に遷坐賜ることと致しました。
さて、ヤカモチには如何なる親客の訪問がありますのやら(笑)。
蜘蛛に噛まれた人は少ないと思うがヤカモチは子供の頃、自宅近くの小川に入って、魚かザリガニかを獲っていた時に大きな蜘蛛に突然右手人差し指を噛まれるということがありました。強烈な痛みと大きな蜘蛛が指に喰らいついているという状況に相当慌てふためいたものか、蜘蛛を掴んで引き剥がそうとしたら、頭部分だけが指に喰いついたまま残ってしまうということがありました。
蜘蛛にまつわるこのような話も歌も知らない子供の頃のことでありますが、仮に喜母のこと知っていたとしても噛みつかれたら「わが背子が来べき宵なり」なんぞとは言っていられない。引きちぎるしかないでしょう。
どうも不粋な話になってしまいました。
本日の記事は、昨年11月5日の記事へふぁみり~キャンパーさんが下さったコメントに対しての返事コメントで書いた内容を少し膨らませたものであります。当該コメントを読まれた方には先刻ご承知ということになりますが、悪しからず、です(笑)。
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