不可思議の海岸線が長くなる為に・・・

不可思議の海岸線が長くなる為に・・・

2004/12/26
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テーマ: 京都。(6368)
カテゴリ: 日本旅行記
京都旅行178話目です。
◇京都競馬場へ行くにはまだ時間があったので、 東福寺 へ訪れました。
2004年の紅葉はまだでしたね。
拝観はせずに、橋からの眺めを見て帰りました。
今年は訪れる人も少なめでしたね。

電車で伏見へ訪れました。
ここは京都へ訪れ始めて始めの方で訪れたので、懐かしく思いますね。
その時は、 寺田屋 伏見桃山城 へ訪れました。
まだ訪れたときがない所があるので、訪れる事にしました。

御香宮神社 は場所がわかっていましたが、訪れた時がなかったのですね。
伏見桃山駅から東へ真直ぐですね。
あの時と変わらず立派な門ですね。
水戸黄門のお父様 の寄進らしいので、そう思えますね(笑)。
境内は縦に細長いですね。
通り横には、 伏見城跡残石 などがあります。

自分がここに訪れた理由は、新撰組ではありません。
新撰組関連で訪れる人もいるみたいですね。

数年前に絵を書きなおしたらしいです。
でも、塀が高くてあまり見えません。
残念!


本殿の前には 御香水 が湧き出ています。

自分も汲んで頂きました。
水の味はわかりませんけどね。

拝殿の 石庭 を見に行きました。
拝殿受付で拝観料200円を払い、中に入りました。
テープですが、御香宮神社の歴史と 石庭 の話などが流れていました。
石庭ですが、あまり大きくはないですね。
四角い石に傷があるのが、鳥羽伏見の時代の戦いの跡だそうです。

少しゆっくりをして、 御香宮神社 を後にしました。




御香宮神社  うんちく ☆☆☆


初めは、『御諸神社』と称したが、平安時代貞観四年(八六二)九月九日に、この境内から「香」の良い水が涌き出たので、清和天皇よりその奇端によって、『御香宮』の名を賜った。
豊臣秀吉は天正十八年(一五九〇)、願文と太刀(重要文化財)を献じてその成功を祈り、やがて伏見築城に際して、城内に鬼門除けの神として勧請し社領三百石を献じた。
その後、徳川家康は慶長十年(一六〇五)に元の地に本殿を造営し社領三百石を献じた。
慶応四年(一八六八)正月、伏見鳥羽の戦には伏見奉行所に幕軍が據り、当社は官軍(薩摩藩)の屯所となったが幸いにして戦火は免れた。
十月の神幸祭は、伏見九郷の総鎮守の祭礼とされ、古来『伏見祭』と称せられ今も洛南随一の大祭として聞こえている。
御香水は伏見の七名水。
 (御香宮神社HPより)




◇本殿の絵がもう少し見やすければよかったのですけどね。
京都は名水が多いので、旅行中に寄れるので楽しみですね。
伏見ですが、まだ訪れてない所があるんですね。
徐々に訪れたいと思います。
京都旅行は、少し終わりになります。






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Last updated  2004/12/27 07:59:06 PM
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