不可思議の海岸線が長くなる為に・・・

不可思議の海岸線が長くなる為に・・・

2007/05/21
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カテゴリ: 日本旅行記
◇春の20周年「青春18きっぷ」を全部つかっての旅行です。
夜行バスで東京までいき、電車を乗り継いで福島県会津若松できました。
赤い電車で、新しく変わっていました。
車窓からは、山並みに雪が少しありました。
四国では珍しいので、ずっと見ていましたね。
今年は温いので、雪はだいぶん少なめなんでしょうね。
福島会津a01駅

駅に着くとレンタサイクルの看板があったので、借りる事にしました。
街中には、古い建物がすこしあるみたいですが、少し見ただけで素通りしました。
なぬかまち駅の所まで移動すると 阿弥陀寺
鶴ヶ城の遺構・御三階(ごさんがい)
江戸時代の建築で、明治初年まで鶴ヶ城本丸にありましたが、明治3年にこの地に移されました。
外観は3階ですが、内部は4層になっており、2階と3階の間に天井の低い部屋があります。
3階に上がる梯子がないと上がれないように、上に上げる仕組みになっています。
戊辰戦争の戦火で阿弥陀寺が消失したために、長く本堂としてしようされてきました。
玄関の唐破風は城内本丸御殿の玄関の一部を配したものです。
鶴ヶ城の遺構として唯一残る貴重な建物です。

城の一部なら訪れた甲斐はありますね。
内部は多分見る事はできないと思います。
福島会津b01阿弥陀寺

阿弥陀寺 の境内に新撰組の 斉藤一の墓 の看板がありました。
こんな所に新撰組関連のがあるとは思いませんでしたね。
斉藤一は時代劇などでは変わり者として演じられていますが、どういう人だったのか興味ありますね。
72歳まで生きたそうですから、記録も残っていてもいいと思いますが、あまり語らないのも武士かもしれませんね。
ここも訪れられてよかったと思いましたね。
福島会津b11斉藤一墓

「野口英世青春記念館」ですが、ここがと思う所ですね。
野口英世が右手の火傷の手術をした病院です。
ですが、なんだか寄りたくない雰囲気がありましたので、寄りませんでした。
一階が喫茶店で、二階が資料館らしいです。

蒲生氏卿墓 を見に行きました。
信長に才を認められ信長の娘を娶る。
知勇兼備の将で、秀吉からも警戒されたとも言われる。
利休七哲の髄一に数えられた数奇大名の面影は、鶴ヶ城の一角に復元された茶亭麟閣にしのばれる。
利休切腹後、利休の次子千少庵ゆかりのものを保護し千家再興に道を開いた。
零名を「レオ飛騨」と称した氏卿は東北切支丹の先がけであった。
氏卿は黒川といったこの町を郷里(滋賀県日野)の森の名にちなみ「若松」と名づけた。

これほどの大名でも、ぽつんと墓があるだけなんですね。
昔から支配したわけではないから、こんな感じなのかな?
他の墓は、ほかの場所にあるみたいですね。
「秋月登之助」の墓も離れた境内にありました。
福島会津c01蒲生氏卿墓




東北旅行1会津若松 で訪れた所





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Last updated  2007/05/21 09:05:20 PM
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