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はーいねずみ小屋のような寝台列車のベッドで一晩を過ごし 朝の5時 列車はギザに戻ってきましたーーー ギザでツアーの指揮をとってくれるのは、19歳のキロロ君。 カイロ空港に迎えにきてくれたのもこの子だし、ギザ駅からアスワン駅へ 発つときもお世話をしてくれた。 再会となると、愛着が湧いてくるものですね 旦那が私に おっ、キロロはお前の息子にしたっておかしくない年じゃあないか ほんとにそうだ。こういうとき年下の旦那は調子に乗ります それから、ナイルクルーズに出る前に1泊したギザの同じホテルにチェックイン。 昼間は予定が何も入っていなかったのでずっと寝て過ごしました 夕方、キロロ君が迎えにきてくれて キロロお勧めレストラン~~~で、食事を取りました。 キロロ君も同席して3人で食事です。 レストランの敷地に入るとすぐ、窯でフラットブレッドを焼いていました。 食べてみて~。と、味見に一つくれ 写真を撮らせてもらったら もちろん、目の前にあるカゴにチップね・・・・ 旅行会社と契約しているレストランではなく、本当に地元の人ぞ知るという 雰囲気のある場所でした 丸々1匹のチキンを串に刺して、直火で回転させながら焼いています。 メインメニューはチキンしかないようで、後は選べるサイドディッシュという感じ かな。キロロ君が手際よく注文してくれました。 まずはサイドディッシュ。 そして、メインのチキンと デザート 実はお昼過ぎ・・・ものすごい空腹感に襲われ、ホテルのラウンジで ちょっと食べるつもりが すごい量の料理が運ばれてきて、それゆえ夕食時は ほとんど食欲なし。 もったいなかった~~~ このレストラン、野良猫の巣窟でもあるのです。客がチキンの骨やら、食べかすを 与えるから 食いっぱぐれはないよ。 私と目が合った1匹の猫はラッキーだったね。 かすではなく、人間様が食べる特上の部分をお相伴にあったんだから。 しばらくして、もう貰えないと分かると さっさと屋根代わりの日よけ布 をハンモックにして寝てしまいました。 しすぎるくらい、腹ごしらえをして・・・ 向かった先は、ギザのピラミッドとスフィンクスがあるところ。 ライトアップショーを見てきました。 英語バージョンで結構長いショーでした。 だんだん退屈・・・・せめて日本語で言葉の隅々まで理解できたら もっと楽しいものになったかもね。
2010年06月28日
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4泊5日のナイル川クルーズも終わりが近づいてきました。 船は2日ほど前からルクソールに停泊しています。この日は最後の日なので ルクソールのマーケット通りを歩いてみました そう、歩いただけ。足早に。 興味を少しでも示すと勧誘が嵐のようにやってくるので、面倒臭いことになります。 買い物は、もっぱらガイドさんが連れて行ってくれるガイドさん知り合いのお店。 でもそうなると、値切ったりしにくいですよ まさか、という値段で売られたこともありました。大体値札がないからね。 向こうは人を見て、その場で値段を決めてきます。もち、観光者には高く売る この日、旦那がシルバーのジュエリー店で買い物がしたいとの要望で バゲットさんお知り合いのお店へ連れて行ってもらいました。 娘たちに、ヒエログラムの名前入りペンダント。旦那はシルバーネックレスと 永遠の命の象徴、アンクのペンダントヘッド、私は美の象徴 ハスの花の ペンダントヘッドを買いましたが、とっても良心的な値段で助かりました~ すると、バゲットさんが知り合いのタクシー運ちゃんを手配してくれていました。 (どうも知り合いを平等に使って、みんなにお金を稼ぐチャンスを与えている様子) みんなでそれに乗り込むと、泥でできた紀元前4世紀に建造された修道院へ 連れて行ってくれました。観光地では全くない、現地の人が行くところです。 タクシーの運ちゃんの行きつけ修道院のようで、私たちは手厚い対応を受け お茶をご馳走になったあと、お昼時だからといって昼食まで頂きました。 今まで観光地ばかり訪れて、現地の普通の食事を食べたことがなかったので これが最初で最後の飾らないまさにエジプトの庶民食。 修道院ということで、日本で言う精進料理だったですがホッとする味でしたよ~ 白い豆をトマトソースで炊いたもの。エジプトのご飯は、ちょっともち米が 混ざってる感じのモチモチして塩気があります。 新鮮なきゅうりとトマトを切ったものと、塩と水だけでつけた漬物。 驚くほど、塩辛い 見たこともない根菜が塩味の中で不思議な風味を出しています。 修道院で焼いたフラットブレッドも一緒に出てきました。 おみやげまで頂き、有難かったです。 船ともお別れなので、ベッドメーキングをしてくれたエジプト人のお兄ちゃんが 毎日ベッドの上に何らかのタオルアートをしておいてくれたものを公開です~ 楽しませてもらいました。 さて、いよいよ船を後にしようという時 バゲットさんが 船のクルー達にまとめて心づけを渡してくれないかと提案が・・・ 今まで、毎日様々な場所でチップを払い続けてきた私たち。 タオルアートは、タオルアートでチップ渡してきたしね。 最後の最後にもチップが要るの~~ みんながみんな、することではないと思ったけど 友人バゲットのいうことでは 仕方ないな。 旦那、バゲットさんから指定された金額、2千円ほどだけど封筒に包んで 渡したようです。 (くださいと要求タイプの)エジプトのチップ制度には疲れました・・・・・ 日も傾き始めいよいよバゲットさんともお別れのとき 旅行会社から、ツアーコンダクターの人が来て 私達をルクソール駅まで 連れて行ってくれました。バゲットさんは徒歩で私達の見送りをしてくれるため 駅にきてくれました。 旦那がまた、4月ごろ来るからな。ってバゲットに言っていた。 そうなん 実現するか、しないか知りませんが 旦那の頭の中では再会の青写真ができているようでした。 夜7時半の寝台夜行列車に乗ってルクソールを後にし、ギザへ戻りました。
2010年06月27日
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6日目は、自由行動の日。 ツアーで旅行してると、絶対こういう日がある。 何もしないでボケーっとしているよりかいいか、って結局出費してオプショナルツアー に申し込んでしまうんですよね~ 前の晩、バゲットさんに案内してもらって、夜のルクソールの街の散策をし 彼との友情をより深めたらしい旦那が・・・ 今日は、どこでもいい。信用してるからお前のいいと思うところへ連れて行ってくれ。 と。 そして、行ってきたのが まずは Deir al madina。 職人の谷です。 王家の谷からそう遠くないここは、王家の谷の墓を築いたり装飾を施したりした職人の 集落や墓があったところ。 その営みは5世紀にわたって続き(BC1500~1000年)、多いときは1000人ほどが 暮らしていたそう。 そのうち築墓に関わった人は全体の1割程度で 後の人はその職人を 支える別の仕事に従事していたらしいです。 女の人は、主にパンやビールを作る小麦を栽培していました。 ここにあるのは、王家の墓に比べると簡素な作りの墓ですが 鮮やかな壁画が 日常の様子を見せてくれます。 それから、ハブ神殿。ラムセス3世の神殿です。 国家の再編成に力を注いだ王で、「海の民」の侵略にとどめをさし イタリヤやリビアへ 退散させたとか。 壁のレリーフで見て取れたのは、王の権威を表すもの。 連れてきた外国人から、エジプトの青年に武道を伝授させているものや 王に刃向かわせないため、外国人捕虜の手を切って 山になったものを数えている また、エジプトの女性にも手を出せないように、男性器も切っちゃいました~ 切り捨てたものが下に落ちてる 神殿の奥のほうには、かつてのトイレ、シャワールーム。 そして、その奥に6つの部屋が・・・。王の複数の妻がここに滞在したそうです。 うちの旦那が、 じゃあ シャワーを浴びたあと 今日はどの妻と共に過ごそうかとここで選べたんだね 確かに。 深く刻まれたレリーフや、イシス神の鮮やかな壁画も綺麗でした。 ランチの後は、カルナック神殿。 エジプトで最大の神殿です。デカイです。回って見るの、疲れますよ~~。 カルナック神殿は、第18王朝以降 歴代の各ファラオによって次々と増設された 幾つかの神殿の複合体です。かつてルクソールがテーベと呼ばれた時代 アモン神をはじめとする神々に王は競って神殿を寄進したそうです。 ここに王として名を刻むことは栄光だったことでしょう。 入り口には、牡の羊が護衛してます。 第一塔門、第二塔門を抜けると エジプトの建築の代表ともいわれる134本の列柱室 があり、圧巻です~~。柱の円周は約15メートル、高さは23メートル。 ハトシェプス女王のオベリスクがありました。 やはりここでも、トトメス3世の復讐あり、オベリスクは傷つけられていたし 壁のレリーフも ハトシェプス女王の所だけ削られていました。 端のほうにひっそりとトトメス3世。 ツタンカーメン王がアメン神の帽子を被った像。若くして亡くなった王なので この像が唯一のものだそうです。
2010年06月26日
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前の晩の10時半にルクソールに到着した「クラウンジュビリー」号。 ガイドのバゲットさんは 添乗でルクソールに立ち寄る用事があると 必ず訪れる友人がいるそうで、夜な夜な下船して深夜のルクソールの町へ 消えてゆきました 5日目の朝 船のロビーで朝7時にバゲットさんと待ち合わせ。 バゲットさんは友人宅に泊まったようで外から戻ってきました。 ちょっと、疲れた感じ 案の定寝たのは明け方の2時、3時だったそうです。 もうそんな若くもないのに元気だなぁ~~。妻子もちのバゲットさん、 一緒にいたのは男友達 それとも・・・。いらぬ詮索がしたくなる私でした。 それから、今日の観光地 王家の谷へ向かいました。 本当は、この日は早朝からおなかが下って(前の日食べた魚ね・・・) 30分間トイレを離れられなかったりしたので、半ば観光は諦め 旦那一人で 行って来てもらおうかとも考えていました。 でも、一度は見てみたかった王家の谷。 こんなことでくたばってなるものか・・・もう二度と見れないかもしれない。 朝食をほとんど取らず、薬を飲んで ハラハラしながら行ってきました。 ルクソールの船着場を横手に見て、車は進んでいきます。 多くの客船が停船していて、行き交う船の多いこと ナイル川クルーズの客船は250隻ほどあるそうです。 車で30~40分もすると 景色は岩ばかりの不毛地帯へ突入。 更に進むと、王家の谷に到着。 ここはカメラ禁止だから車に置いていけば?ってバゲットさんに言われて 素直に置いていったけど、墓の内部さえ撮らなければよかったのです。後悔 1枚のチケットで3つの墓しか見学するこはできません。 私たちは、トトメス3世、サプタハ、タウセルト&セトナクト夫婦の墓を見ました。 サプタハの墓はしっかりと壁画の色彩が残っていて感動ものでした 王家の谷を見下ろすように、小高い岩山の上に ミニピラミッドのようなものが 見えます。 このシンボルがあったからこそ、この谷が王家の墓所に選ばれたとか。 かつては人力、時間、財力を費やして建設に当たったピラミッド。 そのころは、太陽神ラーが信仰の全てでした。 時の流れとともに神々が多様化し、神聖な場所を汚さぬよう墓は王家の谷にあるように 隠すように作られ始めたとのこと。 墓の様式が変化して、その代わりに神殿が多く建てられるようになりました。 (私たちに付いてくれたガイドさん、ジョンによる) 王家の谷の見学後、アラバスターの工芸所へ連れて行かれました。 ツアーに組み込まれているこのショッピングプラン・・・。買わなくていいんだけど 買わないといけない雰囲気がいつもムンムン漂っています。 そして、アラバスターの花瓶、小っちゃい壺 その他別の鉱石で出来た置物等 買ったんですがね、後々カイロ美術館で私が買ったようなアラバスターの壺が ツタンカーメンの墓から発見されているのを見たりすると、とっても嬉しく なったのでした。 後々、あの悪夢が起こるまでは・・・・ね。(今度お知らせします) では、お次。 午後からオプショナルでハトシェプスト女王葬祭殿へ。 ハトホル小神殿 付け髭がありますね。 エジプトで唯一の女王です。夫のトトメス2世の死後、付け髭をつけ男装し、 トトメス3世の後見人として国政を行います。 ハトシェプスト女王と、トトメス2世の間には息子がおらず、王位を継承した トトメス3世はトトメス2世の妾の子で、当時まだ幼少でした。 ハトシェプス死後、トトメス3世は有力な王となりますが 母に恨みを持っており ハトシェプスの壁画、銅像を破壊し 墓も闇に葬りました。 王家の谷の小さな墓で誰からも気に止められず、身元不明とされていた 一体のミイラが2007年、あのハトシェプス女王のものと断定されました。 上の写真は、右側、下の写真は左側の壁画が抹消されています。 消された場所はハトシェプス女王が描かれていたところです。 それぞれ、アヌピス神・アメン神にお供え物を捧げているのですが こういう場合 神様を抹消したりは絶対なしです。日本で言うバチが当たる というところ でしょうかね。 この夜は、船のラウンジでエジプトの民謡ダンス、ベリーダンス等があり 見る分には大いに楽しみました。 ベリーダンスのお姉さんにホールに引っ張って行かれ また悲しいあほダンスを 披露させられたのですがね・・・・ そして・・・・お互いガイドと観光者ではなく友人という関係に発展した 旦那とバゲットさん。 深夜、10~12時 バゲットさんの案内でルクソールの船着場界隈の夜の街を 歩き回りました。 自分たちだけではこんな恐ろしい行動は絶対できないので、本当にいい経験をさせて もらいました~~。 夜中だけど、店はバリバリ開いてます。地元の人が利用するマーケット通り。
2010年06月25日
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ぎゃーーーーー 4日目の旅日記を書く前に・・・・大ショック 2日目の旅日記が削除されていました。 なぜこんなことにーー やったのは(身に覚えのまったくない)自分に違いなけど、 かなりの時間を費やして書き込んだから 落ち込みます 書き直そうかとも思ったけど、今のところは情けなくて書く気にも・・・ とりあえず、4日目行きますね アスワンに停泊していた「クラウンジュビリー」号。 さすが大きいだけあって揺れ等も全く感じず、船上の生活はかなり快適です しかし、疲れが出てきたのでしょうか 頭痛が止まりません。 薬を飲み続けます。 朝目覚めると、船は 夜か早朝の内に移動したようです。 コムオンボの港に停泊していました。 港の真ん前に、コムオンボ神殿が見えます。 アメンホテプ1世とトトメス3世が建てた神殿の跡に千年後のプトレマイオス王朝が 再建したものです。ホルス神とワニ神ソベクを祭った神殿。 ローマ、ギリシャ時代の影響を受けた建物となっています。 この神殿には、2つの興味あるものがあります。 ひとつは、古代のカレンダー。 右ほうに並んでいる U の逆形が10を表し、I が1を表しているそうです。 区切られた枠の中で、23,24,25 と日にちが読み取れます。現代カレンダーの原型ですね。 もうひとつは、ここコムオンボだけで見られる古代医療器具の壁画。 今現在使われているものと大して変わらないとか・・・。 エジプト文明ってすごいですね。 そして、これは出産の様子を描いたものです。椅子に体操座り 船に戻って昼食を取りました。いつもここの食事はバイキング形式。 そして、1種類かならず魚料理がありました。 これはナイル川で捕れた魚なのかな 海魚に比べクセが強いような気がして、そこまで好きではなかったけど 肉より魚料理のほうが好きな私。毎回手をつけていました。 このとき食べた魚、ちょっと中が生煮え いつもより生臭いって思ったけど 気のせいだろうと 全部食べたのでした。 食事中、船はまた移動をはじめ、オムコンボの少し北にあるエドフへ向かいます。 ラウンジで、ガイドのバゲットさんを交えて エジプトの歴史の話を聞きました。 エジプトのツアーのガイドさんは、エジプトの歴史を専攻して 4年大学卒業、または博士号まで取って専門知識に長けている人ばかりです。 バゲットさんのガイドは英語なんだけど、私にとってはアラビア語訛りの とっても分かりづらい英語だったので、旦那のアメリカ英語に中に入ってもらい バゲットさん→旦那→私という風に込み入った歴史話を聞いたのでした。 歴史のことについては、かなりペラペラ話すバゲットさんですが 割と日常の普通に使う英単語が分からなかったりするらしく、旦那に英語レッスン も受けていましたよ・・・。 窓の外は、船が動いているため景色がクルクル替わって 私は話はそこそこに 写真を撮るのに夢中になっていました。 この地帯は花崗岩の産地です。ナイル川のすぐそばで、運搬にも便利そうですね。 ギザのピラミッドもアスワンの方から岩を切り出していたそうだから このあたり 一帯が花崗岩だらけなのですね。 さて、午後から気温は急上昇ーーーー エドフでは、船を下りるなり 馬に引かれてエドフ神殿へ。 暑い、暑いなんてもんじゃない 熱いのです。こんなの初めてです。 太陽が肌にチクチク刺さって痛いのなんの。 温度計はなかったけど、バゲットさんによると46~47度はあるだろうとのこと。 どうりで、尋常ではない。 馬乗り時間、15分ほどでしょうか。エジプト国内で最も原型をよく留めている エドフ神殿に到着です。 なぜかって? 1800年代までここはボロ屋が立ち並び、ゴミで埋め尽くされていたため、それに保護されて風化が軽減されたとか。こちらもハヤブサの頭をしたホルス神が祭られています。エジプトの古代神話。 オシリス神とイシス神の息子ホルス。 父オシリスは、自らの弟の企みによって 体をバラバラにされ殺されます。 妻イシスは限りない愛によってオシリスの体をつなぎ合わせ 永遠の生命を与えます。 その息子ホルスが父の仇と戦っている様子もエドフの神殿に描かれています。 見学を終え、神殿を後にするとき・・・なんかフラフラしてきました。 余りにも気温が高すぎて、自分の口の中が冷たく感じる。このままでは、気分が 悪くなってきそう~~~ 馬に引かれて船に帰る途中、日本から持ってきた頭痛薬が底をついたので バゲットさんにヘルプしてもらって、薬局で薬を購入しました。 さて、熱射病になりそうだった私。 船のエアコンでなんとか正気を取り戻しました。 が・・・・ お腹が下ってきました その時は、急激な気候の変化や旅の疲れが出たのが原因と思ってたけど 後になれば、あの1週間止まらなかった下痢は きっとあの魚が原因だったのでしょう。 医者も言っていました。 料理人が汚い手で料理をしたか、もしくは料理に完全に火が通っていなかったの だろうと。 もう頭痛どころではない。日本から持ってきた下痢止め2種類を代わる代わる 飲み続けることになりました。こんなこともあろうかと、多めに持っていって 助かりました 夕方からラウンジでWカップを観戦しながら時を過ごしました。 船は水位の違う川の地点を通過するため、設けられた閘門(こうもん)を くぐります。 仕組み ○入口の水門を開けて船が入る。 ○入口の水門を閉じる。 ○バルブが開けられて、閘室の水が抜かれ、船の位置が下がる。 右側壁の、元の水位の跡を見れば 船がどれだけ下がったかわかるでしょう? ○出口の水門を開けて船が出る。 夜は、あらかじめ購入しておいた くじの当選発表がラウンジにてありました。 なぜか・・・当選者は、ダンスホールまで出て行き 主催者がかける音楽にのせて ダンスをしなくてはならないのです ジュエリーボックスとか、プレートとか 欲しいものは当たらずに あ、これ 使い道ないし 一番いらないかも~~って言った代物が その瞬間、私たちのルームナンバーが読みあげられ見事当選 かなり派手なエジプトのガラベーヤです。 シンプルで、白くて袖が長いのはほとんどの現地の男性が着ていた。 太陽光線を遮る、白い薄い木綿をまとうことは、生活の知恵。 でもこれは、派手なピンクで半袖で、第一 向こうの女性はガラベーヤなんて着ないし。 これは全くの観光者向けの着物みたいです。 私の元にガラベーヤを持ってきた人に、早くこれを着て 着て とせかされ、私と旦那とバゲットさんは3人ともダンスホールに引きずり出され 情けない踊りを踊ったのでした・・・・・。 エジプト人なのにバゲットさんの踊りは阿波踊りみたいだった・・・。 結局、その後 ペンダントヘッドも当たって 2回踊ったのですよ そうこうしている内に、船は夜の10時半にルクソールに到着しました。
2010年06月24日
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3日目です。 その前に・・・今回の旅の概要です。まずカイロ空港からギザへ入り、 ギザ周辺の観光を1日した後、夜行寝台列車で12時間揺られ ナイル川沿いにある アスワンという町まで一気に南下。 アスワンから 客船に乗って、4泊5日でナイル川を北上しながら 観光地を 回りました。ルクソールで夜行寝台列車に乗り、またギザに戻って 2日間観光というコースです。 寝台列車で一番困ったことは、トイレの汚さ・・・ 行きたいけど、我慢してしまうほどの不自由さでしたー。 おまけに、汚物は全て線路に落としていくので、駅で停車中はトイレ使用禁止 となります。 エジプトの衛生面は、まだまだ良くない状況です 公衆で使うトイレは、大体誰かが(女性用トイレだから女性がいます)小銭を下さいと 手を出してきます。この人たちは、一体誰なのか? 時には、掃除をしてトイレを管理しているような人、また時には その辺の人が 早いもの勝ちで小銭を稼げるスポットを手に入れているようにも見えました。 入る前にトイレットペーパーを少しくれるところもあれば、くれないところも あります。 お金がなくても使わせてくれない、ということはないようですが かなり無愛想な 対応をされました~~ とにかく、なにもかもチップの世界。怖い、チップが怖い しまいには ドアを開けてもらっただけで えっ チップをあげないといけないんだっけ などと思う始末です。 さて、朝9時前にアスワン駅に到着しました。 また新しいツアーコンダクターの 青年が迎えに来てくれていて、大きな客船が行き来してごった返している ナイル川のアスワン港まで連れて行ってくれました。 私たちは「クラウン・ジュビリー」という客船に乗り込み、 ここからの船の旅のガイドをしてくれるバゲットさんをツアコンの青年から紹介して もらいました。 それからの5日間というもの、バゲットさんは私たちのガイド、友人、保護者 いろんな役を担ってくれました。 バゲットとまず最初に行ったのはナセル湖とアスワン・ハイダム。 ダムはナイル川の氾濫を防ぐのに作られ、このダムによってつくられたナセル湖は 長さ550kmもある、海のような人口湖です。 このダムの下流に当たる船着場から小さな小さなボートに乗って ナイル川に浮かぶ小島、フィラエ島へ向かいます。 イシス女神に捧げられたフィラエ島には、イシス神殿の跡があります。 「クラウンジュビリー」に戻って昼食を取り、今度はアスワン港近くを、 帆船に乗って周遊しました。 植物園です。白い幹のロイヤルパームツリーが見える。 ここは、かつてアガサクリスティーが滞在して執筆に勤しんだホテルです。 「ナイル殺人事件」なんてのもここで書いたのでしょうか そして、どこに行ってもお土産屋さん。船の船頭さんと、もう一人乗り込んでいた 男の人が商売道具を広げて船上セールスが始まりました。 こういう状況になると、もう仕方ない。観念して買い物します 「クラウンジュビリー」号 この日の観光はここまで。 船に戻って、ラウンジで アメリカ VS ガーナ サッカーWカップを観戦です。 自国の無残な負け方に怒りまくった旦那でした・・・。 ラウンジから見えるナイル川の景色。なんか雰囲気があります
2010年06月23日
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6月21日から10日間、旦那と2人でエジプト旅行へ行ってきました。 娘たち2人は、学校もあるので舅と一緒にお留守番。 でも、こうなった一番の理由は、娘たちの分まで旅費が回らなかったから・・ 大きくなってから、自分で行くか もしくは未来の旦那さんに連れて行ってもらってねぇ どの道、いまの娘たちは エジプトに行くより遊園地に行くほうが 楽しいと思います~ 兎にも角にも、旅の始まりは嫌な兆しではじまったのでした この旅は、旦那が旅行会社を選び、契約し 主導権を持っていたので 私はおんぶにだっこ。すべてを任していました。 旅 初日、朝5時半にうちを出発。 最寄のハンティングドンの駅からひとまず ロンドンのキングスクロス駅まで列車で向かいます。 駅にて・・・いつも窓口で切符を買うのですが、早朝のため閉まっています。 当然 切符発券機にて買うことになりますが 旦那のクレジットカードを受け付けない。 (イギリスの自動販売機は、アメリカのクレジットカードを受け付けない物が 多いのです) そんなら キャッシュで支払うしか手はないけど、旦那 そんな額のキャッシュを 持ち合わせていないのです。 早朝は窓口が開いていないから、何か不便がありそうで 前日旦那に確認したんですよ そしたら、そんなことは分かってる、子供じゃないんだから黙っとけ って 突っぱねやがった。 ほらみたことか・・・。 偶然、私が持っていたおこづかい(DUTY FREEでちょっと お買い物するかも って自分のへそくりを持ち合わせていたんですよね~) を全部はたいて列車の券を買ったのです。 旦那がお金を発券機につっこんでいる間、旦那の手荷物のリュックから水が流れ出て いるではないかー 旦那が早くドリンクを取り出せと慌て出し、見ると リュックの中で、しかも私のノートパソコンも入っているリュックの中で 針でつっついたような小さな穴の開いた旦那の炭酸オロナミンC系ドリンク缶が シューシュー音を立てて中身を噴射してます ・・・・持っていたタオルで濡れたものを拭き拭き 駅の売店で 似通ったドリンクを買い求めた旦那。 日ごろ買う値段の3倍くらいしてる~~ そこで、ふと この旅の先行きに嫌な気配を感じた私 2時間後に実現してしまいました。 キングスクロスから乗り換えた地下鉄で、ヒースロー国際空港に向かう際 旦那がインターネットで確認した所要時間より30分長くかかり 着いたときには 飛行機離陸時間の20分前。 もう受け付けてもらえず、9時15分の便に乗り遅れてしまったのです~~~ しかも、私たちが乗るはずのユナイテッド航空は、イギリス・エジプト間 1日1便しかなく、一瞬 目の前真っ暗・・・・・。 それもこれも、旅の計画に余裕を持たせなかった旦那のせいだ。 ツアーに参加するのに 置いて行かれたらどうなるんだろう 不安の募る中、なんとか ユナイテッド航空と提携しているエジプト航空にて 午後3時45分の便で発つことになりました。 6時間の空港での待ち時間・・・ 旦那はすっかり割り切って レストランのバーでビールを飲みながら サッカーWカップの観戦を始め、結構楽しんでる様子 だが 未だ旅行会社の人と連絡が取れず、エジプトのカイロ空港まで迎えに出てくれる はずであろうガイドの人もどうなるんだろう。 私たちの姿が見えないと、当然引き返してしまうだろう。 もし、うまく会えなかったら・・・最悪、カイロ空港で一晩ごろ寝かー この悶々とした気持ちを抱えたまま、(旦那は結構大きく構えていた・・・実は 心の中は大パニックだったりして) ロンドン→カイロ 約4時間のフライトを終え 着陸したと同時くらいに、旦那がガイドからのメールを発見 ロンドンより+2時間の時差があるため、エジプト時間は夜10時。 ガイドの人、夜分申し訳ない、 空港に迎えにきてくれていました。 機内アナウンス エジプトへようこそ。只今 夜10時。外の気温40℃ こんなことは、普通はないんですよ。1986年以来。と、無事落ち合うことの できたガイドさん。 夜のカイロは蒸し風呂のように暑く、深夜というのに人が溢れ 公園や道路端の芝生に数百人 いや、数千人の人々が 夕涼みに出ていました。 ホテルに向かう途中の道路は車でごった返し、この国ではデコレーションと化した 車線の白いラインは無用の長物です。 車は空いたスペースはどこでも入り込み走行するので、 3車線なのに5台くらい横並びで走っています ガタガタ走る車の中から撮った一枚はブレていたため 車の多さ分かり難いですね。 午後11時半でしたが、営業中の自動車修理工場、果物屋さん、ちょっとした食料品店 全部個人営業の小さな店ですが 沢山ありました。 もう、既に 私の知っている国々とは違ってる。 明日、太陽の下で見るエジプトはどんなのか 次の日のお楽しみです。
2010年06月21日
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エジプト行きを月曜日に控えた最後の週末。 やることがいっぱいです 私たちが留守中の、舅と娘たち分の食料品の買出しもしなくてはいけないし 少しでも舅の負担を減らそうと 少し料理を旦那と共に作っておいて 冷凍庫に保存して行こうと決めたもので そちらのほうもやらなくては・・・。 (留守中 みんなの食事のことが心配だと私の94歳になる祖母に話したら、 この、料理を作って冷凍保存の案をくれました。なるほど。 ボケるどころか、私より頭が回ってます) あ、出発の前に ランドリーに行ってみんなの洗濯物も片付けておかないと。 そうだ、今日は日本のWカップの中継もあるーー。見たい 先週見逃した「龍馬伝」の再放送見たい朝の連ドラも見逃した、再放送何時ー(ゲゲゲの女房、面白いから娘たちと一緒に毎日見ています) 頭がパニックです なにせこれから9日間もうちを空ける訳ですから色々あるのです。 それなのに.....次女のお友達が遊びに来ることになったり、 旦那は旦那で 仕事場の同僚をうちに招いてディナーをすることにしています。 まあ、私が料理をする訳ではないですけど お手伝いくらいはさせられそう が、直前になって 仕事場の同僚 キャンセルです。 理由も聞かされないまま、「今日駄目になったから」とだけ電話があったのです。 その人の為だけに買い物をして準備を進めてきたので ガッカリするやら でも、自分たちだけでその食事を楽しめると思うと 気を使わなくていいし、 時間制限もないし 正直ホッとしました。 その料理ですが 今日のメニューは ステーキ アスパラガスのロースト ポテトグラタン ホタテのバター焼き すべて旦那の手作りです うちの旦那、料理が大好きで 自分でも料理の才能があると豪語していますが ニンニクに関する事は指が臭くなるから出来る限り自分でしない(と、なると私の役目) 味見は決してしない(これも私の役目) この2つを鉄則として、レシピにしつこいほど忠実に作っていきます。 そこに落とし穴が レシピは、何時でも正しいとは限りません。時には驚くようなものが仕上がったり するのですが・・・この味見をしないというのは、例えとんでもないものが出来て しまっても 知らずに食卓に上ってしまうのです 大体は、味見をしてくれと私にお呼びがかかるんですが 今日はなぜか ポテトグラタンはそのまま食卓に~~ 見た目、よだれを垂らしそうなくらい生クリームソースがとってもおいしそうで 食べる前から大きな期待が寄せられていた1品でした。 みんなルンルン気分でバクッと一口・・・・。 なんじゃ、これはーーーー 塩漬けです。 塩グラタン。 塩辛より塩辛い。 これでもレシピ通りなのですよ。 私は味見派人間。味見をしまくるせいか、味見で腹が膨れるときも・・・ ほとんど目分量で料理をするので、自分の舌で確かめながらでないと 調味料の分量がはっきりしないんですよ~。 が、しっかりレシピに頼る人は 味見をしなくてもある程度確信はあるもんね。 今日みたいなことも稀にはあるが。 たっぷりあったポテトグラタン・・・。全部残りはゴミ箱行きとなりました。 仕方ない、健康を害する食べ物と化してしまった以上は。 見た目はばっちり美味しそう
2010年06月19日
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やっとのことで・・・今日で仕事納めです そう、アメリカの学校は明日から夏休み 給食は昨日まででしたが、今日は私たち給食の準備をする者たちにとって キッチンを最後に大掃除する日。 すべての物を磨き上げ、冷蔵庫を空にし、出ているもの全部 ビニールの袋をかけてカバーするか、倉庫にしまいこみ 業務用巨大食器洗い機の掃除をしたりと・・・大変でした 朝8時から、午後2時まで 6時間休憩も昼食もなしのノンストップ大掃除 いつも仕事場で10時半には昼食にありついているから、エネルギー切れで 終わったときには もうフラフラ~~ みんな私に比べると10歳位年が若い・・・ そのくらいの時はエネルギーあるからいいけどねぇ 私の年になると、スタミナがーーー助けてくれ・・・ 折からに、マネージャーは辞めたばかりでしょう~ 誰もテキパキと指示を出してくれる者はいず、とりあえず一番古株の人が リーダーシップを取ってくれましたが その人も今日で辞職します 1週間前に入ってきた新人の子が、8月の30日から始まる新学期から マネージャーポジションを取ることが決まりましたが 今までのこの職場の伝統、経験の長いものから順繰りにマネージャーになるという 慣わしは断たれました。 ある程度経験を積んだ人が次々とみんな辞めていって、 後継者がいなくなったのです。 新学期、不安はたくさんあるけど なるようにしかならないし そう、その前に 夏休みです うれしいです 来週の月曜日から9日間エジプト旅行です。 日本にも3週間帰ります。 憂さ晴らしします。 この間、次女に縫った学校のコスチューム、インドのサリーです まあまあの形になり、よかった、よかった。 本人その気 写真では見えないけど、眉間の上にビンディー(実は家にあったネイルアート用キラキラ シール)もつけている。 ぐっとインドぽくなって大成功~~あるのとないのとは大違い。 でも、学校に着いたらポロッと落ちたそうな。
2010年06月17日
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いよいよサッカー ワールドカップの幕が上がりました ここ、イギリスは もちろんサッカー王国。 国中をあげて応援合戦が始まっています。 道行く車には、イングランドのフラッグがはためき 店では お気に入り選手のユニフォームレプリカや タオル、帽子 応援グッズ 様々な物が出回っています。 わたし的には あんな得点の入りにくいスポーツ、見ている間に退屈してしまい すごい苦手です バレーとか一瞬も目を離せないようなスピード得点競技が大好き さて、今日はイギリス時間午後7時半より イングランド VS アメリカの 試合がオンエアされました。 この日のためにうちの旦那がもくろんでいた事とは・・・ 公共の応援合戦の場、近所のパブへ、アメリカの国旗を体にまとい乗り込むと いうものです 酒を飲みながらの観戦、 熱が入りすぎてボコボコにされるんじゃない~ ・・・馬鹿にしながらも、旦那に頼まれて国旗を買う役を担った私 国旗のほうは、去る木曜日にアメリカ駐留基地内の店で売っていると 確認したから、当日 午後にでも買いに行けばよし と、今日娘を引き連れて いそいそとその店に出向くと あれ、すごいスピードで全部売れたよ でも、木曜日には、店に陳列しないで 奥にあるからって言われたので 奥のを確認してもらえたら・・・・ あー、もう奥のも全て表に出して 全部売り切れたよ どうやら、旦那と同じ考えの血の気の多いアメリカ人がかなりいたようで 私はすっかり重要アイテムを買い逃してしまったのです 電話でうちにいる旦那にその旨を伝えると、機嫌が超悪くなり・・・ 最後の賭けで 私と娘は、近くの町のショッピング街を歩き回って アメリカの国旗たるもの売られてないかウロウロ ウロウロ・・・。 あるわけない 特に今の時期、そんなもん売ってたら非国民と思われるでしょうよ 苦し紛れにフェイスペイントを買って帰りましたーー すると、結構まんざらでもなく 旦那はそれを(アメリカ国旗を)顔にくっつけて いそいそパブへと出かけて行きました。 大急ぎでペイントしたのは私ですおばけ 絶対アメリカ、アメリカが勝ちますようにーー なんて、試合前、応援していた娘たちは 旦那がうちを後にしたら フェイスペイントにもう夢中 姉と妹でフェイスペイント合戦 妹は変なメガネのような物を顔に描いてみたり テレビで放映されている試合なんて一目も見てません。 どーでもよくなったようです 私は急ぎの仕事があったので そっちに神経を集中させて1-1の同点で終了したことだけ確認しました。 急ぎの仕事というのは、久々に出た娘の学校のコスチューム登校です 今回は次女がインドの衣装を着なくてはいけなくて、今日生地を苦労して探しました~ 正式に仕上がったらUPしますね
2010年06月12日
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6月に入って、日本の夏もだんだん間近に感じられ始めた頃でしょうか? ここイギリスの夏はひんやりしていて、汗をかくような日は 真夏でも多くありません。 8月に入れば、なおさらひんやりしてきて 秋の気配・・・ だ、もんで この国で夏の日除け帽の必要性はないです。 さて、去年 手作り帽子づくりにハマってしまった私。 自分の帽子は数年前に作ったものがあるので、去年作った数々の帽子たちは 夏に日本に帰国した際に、おみやげとしてみんなにもらわれていきました 先週末、ふと自分の帽子を出してみました。 3、4年前に作ったもので そろそろくたびれてきた感じ 今年用第一号は自分の帽子を作ってみました~~ 6月の下旬、旦那と2人でエジプト旅行に行く予定なのですが お隣の定年ご夫婦は、家族旅行でもう何回もエジプトを訪れているため どんな様子か聞いてみると とにかく日差しが強いので 日焼け止めと帽子は欠かせないとのこと。 それもあって、つばの広い今年バージョン帽子です。 でも 調子に乗ってスイスイ作っているとやっぱり落とし穴がありますねーー よくやる失敗・・・頭周りとつば周りの長さが合わず、結局継ぎ布をして 誤魔化しました 継ぎ布は、裏布と同じベージュにして目立たせて その上にアップリケを縫いつけ ワンポイントのように 写真1枚目の、娘に作った帽子も同じ誤魔化し方をしてますねー どれだけよくやらかすことか、バレバレです 本当につば広で、太陽光線から逃げるのにはうってつけの帽子となりましたが その代わり、とっても前が見えにくいのでした
2010年06月10日
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うちにいる2匹のフェレット、ユキとココ。 今朝、朝一番 娘たちが 「ユキがケージに入っていない」と騒ぎ出しました 家中探しましたがいません。 外に逃げたようです 最近、気温が上がってきて 昨夜も家の数箇所の扉を開け放っていました。 でも、扉を開ける前に舅がケージにユキとココが入っているか確認したはずです。 いや、私のこの目で舅が確認しているのを見ました。 そのとき、舅は2匹とも中にいるな って言っていました。 そしてケージに布が被せられ、フェレットの就寝時間。 ん~、となると 舅の誤認ですね・・・・。 2匹ともいると認知したが、実は1匹しかケージに入っていなかった。 そして、家のどこかでウロチョロしていたユキは、昨夜の内に 開け放たれた扉から逃走したのです。 舅が娘たちに話しているのが聞こえて来ました。 昨夜、お前たちのパパに 2匹がケージに入っているか聞いたら 入っているということだったので その言葉をそのまま信じて 扉を開け放ったんだよ。 これは、私が見た状況と違う のど元まで出た、 お父さん昨夜自分で確認してたんじゃ・・・・ いいや、 嫁がいらんことを言ったらいけん 知らんふり、知らんふり とりあえず、旦那の仕事場に電話して ユキがいなくなっていると報告して、 尋ね人ならぬ尋ねフェレットのチラシを作成しプリントアウトして 持って帰ってもらうことになりました。 長女は泣き出すし、嫌な1日の始まりとなったのです。 日中、舅が近所を探してくれたようですが 手がかりなし。 旦那が帰ってからは、100枚以上のチラシのコピーをこの界隈に配って回りました。 数十枚ずつ、コピーしては配りに出かけ・・・を数回繰り返しているうちに 家の裏手に当たる道路を挟んだ家から電話あり。 「昨夜、9時ごろ うちの庭に来てましたよ。」 でも、捕獲はされておらず 目撃情報だけでした。 4回目の外出をみんながしているとき、私はうちで夕食の準備をしていました。 老年の夫婦がうちのドアベルを鳴らし フェレットを探しているんじゃないの この近所の21番のお家で保護されているよ。 すぐ迎えに行きました。 小型犬か、猫のお出かけ用の小さなケージに入れられて えさまで頂いていたユキ。 とっても親切な夫婦にお世話になっていました。 ふと庭を見ると、ユキが遊んでいたそうです。 うちの裏手にある、500メートルほど離れたところにある家でした。 私が自宅に近づくと みんなは既に帰宅していて 旦那、娘たちがうちから飛び出してきました ユキもうちの中で大はしゃぎ。クックック~~~と歓喜の声をあげて ココを追いかけ回します。 フェレットはすっかり野生の本能を失われている動物なので 一人でえさを捕って生きていくことはできないのです。逃げ出したら野たれ死に するしかない運命です 逃走から一晩経って気づいたので かなり遠くへ行っていてもおかしくないと ほぼ諦めていた矢先のことで・・・・本当によかったです~~ 冒険から帰ってきたユキ。 運のいいフェレットです。
2010年06月07日
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またまた1週間が風のように過ぎていきました アメリカへ行っていた旦那は木曜日に帰ってきましたが 旦那の留守中に私は車検を受けに行ったり、自動車税の支払いをしたり、 野暮用だらけの1週間 野暮用もスムーズに事が運べばいいんですが、思うようにいかないと だんだんストレスへと・・・。 車検は、あーだのこーだのと3度も出直して 結局最後は3時間近く修理工場で待って やっと仕上がりました。 それに加え 娘たちはこの1週間学校が休みで、うちにいたもので 食事の用意が必要でした。 この育ち盛りの娘達が、食うわ食うわ・・・ 学校へは、お弁当を持たせているんだけど どうやらうちにいると 暇なのも手伝ってか その何倍も食べているように思います 仕事場でも、今までのマネージャーが先週一杯で辞めたため 新しいメンバーで、ぎこちない仕事の流れが毎日続いています・・・。 その仕事を終えて、野暮用に毎日時間を取られていると帰宅時間も遅くなる。 夕食を作り終えたら、新たに翌日娘たちと舅が食べる分も何か用意しないと いけなかったので、本当に疲れました~~ そして、この忙しさに拍車をかけたのは日本行きのチケットを探しでした。 友人たちから、チケット高いよ~~ とは聞いていたから、驚きはしなかったけど 相場が去年と全然違う 原因の大部分は、不景気のため航空会社がロンドンと成田間のフライト便数を 減らし、供給が需要に追いつかなくなって値段が跳ね上がったとのこと・・・。 それでも、友人から紹介してもらった日本系の旅行会社数社に電話をかけまくり 私が行き当たった範囲の、最安値分をキープ。 今なら私と娘達3人分ギリギリ空席があるというものでした。 それでも、一人当たり 去年私が帰国した時のチケットの1.5倍強の値段です 去年はJALを利用したため、日本へ着くと成田→羽田→広島空港 の煩わしさがあったものの、 今年はANAなのでそのまま成田→広島へ帰れるのが唯一のなぐさめ チケットを押さえられてほっとしているのも束の間、支払いのクレジットカードが 通らなくて、2日に渡って旅行会社の人とやりとりをしました。 (本当に親切に対応してもらって感謝です・・・) なんとか、なんとか すべて丸く収まった次第です ともあれ、今年は旦那は一緒に帰国しないので 私と子供でのんびり3週間の滞在 となります。7月28日~8月18日まで。 楽しみですーーちらつく日本食 早くも、持っていく荷物の事とか気になってきましたよー
2010年06月06日
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