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最近、小泉純一郎前首相のこの言葉が頭から離れません。wikipediaの小泉純一郎の項目を見てはじめて知ったんですが、小泉全首相て1980年ぐらいから「郵政民営化」を唱えはじめているらしいです。1972年が初当選だからその政治家生命のすべてを「郵政民営化」にかけたと言ってもいいような経歴です。当時は、国鉄や電電公社の民営化以前でもあり、巨大公共機関である郵政の民営化は荒唐無稽な暴論と考えられており、特定郵便局が自民党の票田であり、全逓信労働組合が野党にとっての票田となっていたことから、郵政は、いわゆる聖域であると考えられていた。大蔵・厚生族議員として地歩を築き、政策通で知られたが、子分をつくらない一匹狼的な行動をとり、言いたいことを直言し、与野党政治家の既得権益を害する郵政民営化論を主張することもあって永田町では「変人」と評されるようになる。wikipedia - 小泉純一郎小泉前首相のことを「パフォーマンスの天才」「ポピュリズムの権化」と評する人が多いですが、確かにそういう側面も否定できません。でも少なくても郵政民営化に限ってはパフォーマンスやポピュリズムという安易な言葉であらわせられるようなものでは決してありません。小泉は相変わらず自説を曲げず「郵政民営化できなければ大臣を辞める」と発言、国会答弁で「新進党が郵政三事業民営化法案を出したら賛成する」と郵政民営化を主張したときは、与党から野次を受け、逆に野党から拍手を受けることもあった。wikipedia - 小泉純一郎自分は何をする人か。というのを明確に知っているのでしょう。この人にとれば郵政民営化ができればなんだっていい。どうやらこの人にとっては総理大臣の椅子ですらその手段でしかない。事実、郵政民営化を成し遂げた後、まだまだ居座ろうと思えばいくらでも居座れた、戦後の政治史にさらなる名を刻むことはいくらでもできた。それでも彼は総理の座を退いたのです。そしていかに再登板が取りざたされようが決して表には出ようとしない。「俺の役割はすべて終わったのだ。」といわんばかりの去就です。※余談ですが以前安部総理が総裁選の前にTVで「総理になりたいですか?」という問いに対して「総理総裁の椅子は政治家すべてが目指すもので…」と言い訳じみた前フリを言っているのを聞いて「ああ、この人は総理になりたいんだ。総理になって何かがしたいわけじゃない。その信念がない以上小泉さんの後継としては厳しいだろうな」と思ったのを覚えています。冒頭の言葉は森元首相の「(解散すれば)今までお前を支えてくれた人や世話になってなった人も落選して路頭に迷うのだぞ。それでもいいのか」に対して言った言葉だそうです。私なりにあの言葉を意訳するとするならば「俺は郵政民営化に自分の命すら懸けている。他人の命など知ったことか。」『非情の宰相・小泉純一郎』というタイトルの本が書店に並んでいるのをみたことがありますが、確かに非情で身勝手な男だと思いますが、それすら超越する信念。それが男にとって大事なモノなんだと思います。郵便局に張ってある『10月1日から民営化』の表示をみるたびに「あの男、ついにやりやがった」と思ってながめる毎日です。
2007.09.19