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車を買ったのですよ。ちょっと前に。私は「車は走ればいい」という考えなのでそれまでやっすい中古の軽の車に乗ってました。人に説明する時は「チョロQみたい」とか言ってたような車でした。私はそれでよかったのですが、それを買い換えようと思ったきっかけは何の気なしに菜々子に「なんかマリオカートのドンキーコングみたいだね~ 体と車の大きさがあってない(笑)」といわれたのが地味にかなりショックだったのです。うぅ、ドンキーコングはイヤだ。あれは美しくない・・・。 きっかけがそこだったので今回は見た目重視。「男の夢は羽のある車」「なんかスポーツワゴンは霊柩車っぽいからイヤ」「理由はないがなぜかスバルの車がイイ」とか漠然と考えて、まぁそれに合うのはスバルのインプレッサのセダンかなぁとインターネットを探していたわけです。 本当は新車がよかったのですがまぁなんやかんやで中古車の購入も視野に。それで気に入ったのがなんと米子にあったのでさっそく見積もりのメール。すぐに返事が返ってきました。「毎回こんなに丁寧に返してたら仕事にならんだろう」というぐらい丁寧なメールでした。そして最後の署名の欄を見てびっくり。 「Oえもーん!!!」(あんまり隠せてない・・・) なんとその昔、一緒に大学祭実行委員をやっていたOえもんでした。山陰スバルに就職したと聞いていたけどまさか米子で、よりにもよってメール返してくるとは。 懐かしさをかみしめて米子のスバルにいくとOえもんが驚いてました。「あれ、気づかなかった?」「ネットでは苗字しか出ないのに、SEIJIだなんて気づけんよ」 いやー もー 感心した。 いや、感動した。 なんか、今まで何人かの営業の人の話をきいていて思っていたのは「うぅ、、、みんな説明もうまい、質問には的確に答えてくれる、知識も豊富、接客も心遣いも完璧、、、でもなぜ買う気にならないんだ・・・ 新車が欲しいのに・・・」と不思議に思っていたのですよね。でもOえもんにあってよくわかりました。優秀な営業マンって何か。 Oえもんは私の思考を完全にシミュレートしてたのですよ。 つまり、 「要はSEIJIは走りとかそういうのは気にしないんでしょ?」「SEIJIがする改造っていったら燃費がよくなる、とか、目に見えて快適になるとかでしょ?」「そういう意味ではこの車はSEIJIには向いてない」「これなんか、どうかなSEIJIの好みにあってると思うのだけど」 いや、まったくその通りだわ。 確かに古い友人ではありますが、あの時から私は大きく変わっています。それなのにたった数分、私と会話しただけで、私の嗜好、価値観、予算、考え方、諸事情などを完璧にとらえてそれに沿った提案をしてくるのです。あまりに完璧に私のツボを抑えているので「うぅ、、、商売人の口車に乗せられるほど気に入らないことはないのだけど、、、君の言うことは全て魅力的な提案であるとしか言えないな、、、」と苦笑してました。いや、本当にその通りだったのでまっこと感心しました。 それでわかったのですよね。今までの営業の人とOえもんが違うところ。今までの営業の人っていろんな情報や知識を教えることで私に「決めさせようとした」のですよね。それでOえもんは私の意向をくんで「決めてくれようとした」、んで私は車は走ればいいというぐらい知識も関心もないような男だったので要は「決めて欲しかった」のですよね。 後藤よしのり氏の本にこう書いてありました。「女は優しい人が好きといいながら優柔不断な人が嫌い。それは”決める”という作業がストレスだから。相手の意向を聞きながら、でも、もしかしたら他の選択肢を選んでいた方がよかったかもとかいうストレスから開放してくれる男こそ、女に好かれる男である。」起業家スクールの福島先生の話にもこんなのがありました。「家を建てる時のドアを売るとしますね。みなさんはよく”お客さんはいろんな中から選べた方が喜ぶだろう”って千ぐらい種類を用意しちゃうんですね。でもそれだとお客さんは迷っちゃう。そこで売れる営業ってのは”私達は1000のドアを持っています。でもいろんな家にドアを入れてきた経験からお宅にぴったりなのはこの3つだと思いますよ。どれにされますか?”って言うんです。これだと売れちゃうです。不思議ですよねー」 営業の基本は「お客様の立場にたって考えること」だそうですが、口で言うのは簡単でも実行するのは本当に難しい。でもOえもんんはできてる。それは結局こういうことなんでしょうね。Oえもんの中にたぶん私がいて、その私がOえもんの知識で決定した答え、それが彼の提案なのですよ。それを私が拒否するわけないじゃないですか。「相手を自分の中でシミュレートする」 これが極意なんだなー。と思いました。 「あんたは大学祭の頃から女にはモテるは仕事はデキるわで異彩を放ってたけどしばらくみんうちにえっらい優秀な男になったねぇ。」「いやいや、この仕事ばっかりやっちょったけん。でも、たまに”うちにこんか”みたいな誘いはうけたりするけどね。」「そりゃそんだけ才際立ってたらちょっと見る眼がある経営者ならみんな欲しがるわ。いやー感服した。以後、車のことは全て君に相談することにするよ。友人だし信頼できるからね。」 昔は同年代や年下の優秀な人間を見るとあせったり、卑屈になったりしていたのですが、最近は「いや、素晴らしい!」と薄ら笑いを浮かべるようになってきたのは私もキチンと成長しているからなのでしょうかね?
2007.08.24
ちゅうそんの日記にインスパイヤされたので、人の価値とお金のことについて以前福井の木村カエラさんとお話していたときのことを書いてみようかな。 「ちょっと~! はじめての給料 超少なかったんだけど!」「おぉ、初給料ですか。おめでとうございます。で、いくらだったんですか?」「○○万円ぐらい」「はははは。まぁでもカエラさんご実家にお住まいなんですし、そんな金遣い荒いというわけでもないっぽいのでそれだけもらえれば十分なのでは?」「だって~ 別に使うわけでなくても お金たくさんもらいたいじゃん! できるだけいっぱい欲しいの!」「あなたは子どもですか。」「それに、会社からこれだけしか評価されてないんだな~ってちょっと切なかったから~」「まぁ 新入社員にいきなり大盤振る舞いするのは巨人のドラフト1位ぐらいですから。それに”評価されてない”ってのはちょっと違うと思いますよ。」「どいうこと? どういうこと?」「賞味の話、カエラさんの給料はお勤めの会社ができたときから決まっていたのですよ。例えばカエラさんが死ぬほど優秀で、月給100万円もらう価値がある能力を持っていたとします。でもですね、就いた仕事が1個300円のたこ焼きを売る。だったら、それこそ福井県民がみんな毎日買いにくるぐらいのバカ売れしない限り、どう考えても経営者はカエラさんに月に100万円も払えないわけです。」「ふんふん」「つまり、カエラさん、というか従業員にいくら払うかというのはその会社ができたときに経営者がつくった事業計画というビジネスモデルの中で既に定められているのでカエラさんがいくら優秀だろうがなんだろうが与えられた枠内でしか給与は支払えないのですよ。だから100万もらってる人間と○○万円しかもらってないカエラさんにそこまで大きな能力差があるとは思うのですよね。よってあんまり給料が自分の能力をあらわすとか思わない方がいいと思いますよ。」「へ~」「そういう意味で学生が大企業を志向するのはある種正しいんですよ。大企業は年間、数十億、数百億、数千億という利益をあげるビジネスモデルを既に持っています。まぁだから大きくなったんですけど。なので優秀な人間にその中から一部あげるぐらいわけではないので、どうしようもない奴でもそれなりに、スゴい奴はすごい給料をもらえたりするわけです。でもまぁ新興ベンチャーでもない限りそんな激しい能力給なんてつけないでしょうけど。」 「ただ、でも、私はカエラさんのこと、感心していたのですよ。えっらい早く就職決めてたでしょう? そしてカエラさんは経営者の方と語り合って理想に共感して自分の理想も話してそこに決めた。もっと大きなところを狙おうと思ったらいくらでも狙えたのに。給料を事前に聞いてなかったのはびっくりしましたが、私は人の価値はもらっているお金の多寡ではないと思います。そこで何を見たか。何を聞いたか。何を考えたか。」「私の弟は超大企業でエリートコースをすすんでるらしく、給料だってカエラさんよりずっと多いと思いますよ。妻子もいるし。でも、大きすぎる会社は全体が見えないと思うのですよね。トップは何を考え、そして自分がやっていることは何か。弟はあんまりわかってないんじゃないかなぁ。その辺。それは悪いというわけではなくそういう特徴がある、だからこそ給料がいいんだと私は思っています。」「その点カエラさんは全体を見渡せる規模の会社の中でいてトップの考えを聴けて、自分の望みも伝えられて、、、それはたかだかウン万円の差では換えられないモノがあると思いますよ。だから今の会社を選んだカエラさんはえらいなぁ、ってつくづく思っていたのですよ。それに、あれでしょう? 入ってすぐの配置に対して社長になんていったんでしたっけ」「”ここで終わるつもりはないです” って言った」「はははは! すさまじく挑戦的な新入社員ですね(笑) だから、ここでおわらないのであれば、ここで高い給料をもらうより、ぜったい役に立ちますって、今見たことは。そして私もいろいろ知りたいのでカエラさんが見たことはぜひ私にも教えてくださいね。そして現状で高い給料が欲しいならもう今の会社のビジネスモデルを書き換えるしかありません。それができるのは経営者だけなので、カエラさんは早めに役員にまで出世するか、もしくは自分で会社を作るかをしてください。私はあなたがどうなるのかすごく楽しみです。」 「あと、ぜんぜん関係ないのですが、、、 他の社員さんの給料とかわかったりします?」「うん、こっそりと年上のオジサンの明細みたことがある。」「いくらでした?」「○○万円」「う・・・、お金の面でいうなら 早めに見切りをつけたほういいかもしれませんね・・・」「やっぱ そうかなぁ」 私ばっかりしゃべってますね・・・。
2007.08.22
よく組織は船にたとえられます。船はたくさんの人が乗っています。んで行き着く先もみんな一緒ならば沈むときはみんな一緒です。なのでみんなが乗っている船をどう扱うのがいいの?ということが至上命題だったりします。ただ、民主主義にしたがって「乗客全員で行き先と船長を決めましょう」なんてことになったら大騒ぎです。船長はプロの技能と経験ですべての乗客を安全に目的地に届ける。そのための一切の権限は船長に委ねられる。そして乗客はその船長を信頼して乗船する。これが船ですよね。そして円滑な船の運航を妨げる乗客がいたら追い出される、縛られる、ぐらいの強権もふるわれます。ただし、沈んだり、不具合が発生した場合は最終的に船長の責任が問われます。大きい船ならばほっておいてもまぁ進みますし、沈む危険も少ないですが、ちっちゃいボートのような船なら横波かぶっただけで沈みます。それはもうあっさり沈みます。気を抜いたら大海原にすぐに投げ出されます。そしてその割にはやることはいっぱいあります。マストをいじったり、舵をきったり、星と磁石で方位をしったり、食料の心配したり。んで船の出航直後でてんやわんやになっている時に後ろから船の座席の座り心地がどうとか、夕食のメニューは和食がいいとか言われると「今、それどころじゃないんだって。この船が浮いてることを維持するだけでも大変なんだって、いや、そっちは岩礁があるから...、違うって、直線ではそっちが近いけど海流の・・・!ってああ!もう!ちょっと黙ってて! この船にはシロウトしかおらんのか! 誰か操船の経験がある奴ー 助けてくれー 誰か舵かわってくれー 俺だって後ろで好き勝手なことがいいたいぞー」となるわけです。 んでまぁ船の様子も落ち着いてきたし、他の人がブーブー言うから舵まかせてみるか、もしかしたら私が勝手に「俺がいないと船が沈む」と思い込んでいたただけかもしれないし、他の人も意外とやるかもしれない。と他の人に舵まかせて一応船室に残ってしばらくみてて、そして確信。「うん、これは沈む。たぶん次のシケには耐えられない。」「というか現段階で3箇所は水漏れ見つけた。応急処置しないと沈む。というかこの安静な海の状態でよくここまで危険な運行できるな」 となるわけです。それでおそるおそる・・・ 「みなさーん 水漏れしてますよー 早く埋めないと大変なことになりますよー」「え、そうですか? じゃぁ 今日の夕食を決めてから対策について話しあいましょう」「ええええ、えっと、、、マジですか、、、」「あ、ついでにその後には食後のデザートについて決めなきゃいけませんね。」 うわーん バカばっかりだー 助けてくれー 「スイマセン、もう一度、舵とっていいですか・・・」「なんでですか?」「いや... おそろしくて乗ってられないのですよ (みなさんヘタクソなのにのんきで)」「ヒドい! 私たちは一生懸命やっているのに! みんなアナタほど船の扱いがうまいわけじゃないです!」 うううぅぅ、私だってみなさんが船の扱いがうまければどんだけ嬉しかったか・・・。もういい・・・勝手に沈んでくれ・・・。皆さんも舵もって沈めるなら本望だろうし・・・ まぁそんな中、本を読んだり人と話しているうちに「現状に不満をかこつのではなく、その解決のために何か努力をしたのか?」ということに気付いて、「やっぱり気がかわった。やっぱりほっとくのはよくない。なんとか船室の主導権をとらんとマジで沈む、嫌われようがなんだろうが関係ない。」 と考えている時に 「私、船長やめます。ヘタクソだと言われたので。あとは若い人にまかせます。」 なにぃぃぃぃぃ。この状態で船長交代ぃぃぃぃ。マジで!!!!。 終わった。マジで終わった。私が白くなっていると、いつも船室でただ一人、私の話を聞いてくれていた女の子が「私じゃダメですか?」と言ってきた。 「いや、無理じゃないよ。俺の話を一番よく聞いてたからたぶんこの船の操船もわかってるし君の言うことならみんなきくだろう。だからしばらくはもつかもしれない。けど長期的にはダメだと思う。」「人に舵まかせてはじめて気づいたのだけど、みんなこの船の特性とか装置の役割とかぜんぜんわかってないのだよ。まぁ俺が俺用に設計したのだから当たり前だけど。」「この船はね、客室と船室がくっきりわけてあるのだ。俺は"船は速くすすめばいいんだ!"って考えだから客室のことは気が回らなくてみんな酔っちゃう。誰も乗ってられない。だから客室は今の船長さんにまかせてある。あの人は乗客と乗員のことを考えることにかけては天才的。だから俺は客室のことには一切口を挟まなかった。そういう風に、あの人が乗り心地のよい旅を演出して、そして俺が目的地まで安全で最短のルートを航行する。という役割分担をしていたつもりなのだ。」「なのであの人が船を降りるなら俺が舵を握っている意味はないし、俺以外の誰が握っても君が握ったとしてもこの船は扱えないと思うよ。速度重視の変則的な船だから。そして折しもこの、船の運航自体が危ぶまれている今まったくのシロウトが舵を握ったら一瞬ともたないのは目に見えてる。そして船長が戻ればいいかというとそうでもない。お互いが信頼できないと共同運航はできないからね。なので俺は降りるよ。」「まぁできれば船室のことは私にまかせてもらいたかったし、スピードが出て安定してきたらもっと大きな操船しやすい船に作り変えて君たちにお渡ししたかったのだが、残念だ。この船はもうすぐこの形では運行できなくなる。君たちは自分が使いやすいように新しく船を作り直せばいい。スピードがゼロになっての出発は俺たちがここまでやってきたことは意味がなかったというのと同義だけど、仕方ない。まぁ、がんばれ。」 私は客室のことはバカなので何もしゃべりませんでしたよ。というお話でした。
2007.08.21
私もマネをして複数更新してみようかな。まわりくどいと言われるのでハッキリ言ったら傷ついたとか言われるし、どの辺が適度な表現なのかよくわからない今日この頃です。どこから触れようかな。じゃ、組織とは。というところから。組織とは、複数の人間がいるっていうことで1人じゃできないことをできるという最大の強みあるのですが、やり方によったら1人以下になってしまうというかなりシュールな命題をかかえていたりします。出展を今ちょっと探したのですが見つからなかったのでウロ覚えの記憶から。ある金持ちの男性が美貌の女優から求婚されたとき、こんなやり取りがあったらしいです。女優「私と結婚してくださいませんか? 私たちの間には、あなたの明晰な頭脳と私のこの美貌をうけついだきっとすばらしい子が生まれますわ。」金持ち「ありがたい申し出ですが遠慮しておきます。私の貧相な見た目にあなたの乏しい知性をもった子どもが生まれたら目もあてられませんからね」おもしろくないですか? 人が集まったところで必ずしもいい面ばかりが出てくるわけじゃないよというお話です。ただ神の意思で決まる遺伝と違って組織は管理者の運営能力の違いでどっちにでも転ぶよというところにまだ救いがあったり。 次は何かこう。「バカはしゃべるな」というタイトルにしようかな。
2007.08.21
その昔、私がまだ塾講師をしていたころのお話。私が所属する松江本部の入り口のドア(正確には地下駐車場につながるドア)は私がその塾に入ったときからドアの動きを制御する金具が壊れていました。そのため、人が出入りするといつも「キィー バタン!」と激しく大きな音がしてその度に「うるせー!!」とカンに触るので私たち講師の間では知らない間に”下のドアを閉めるときはそっと手をそえる”という英国紳士もびっくりなマナーが身についてました。 ある日、私を含めた3人の講師が駐車場から中に入るときにこんな会話が。私(3年目)「このドアってホント直りませんよねー。」講師A(松江2年目)「オレも来たときからずーっと気になってたんですよー」講師B(松江5年目)「オレもだよ! 入った時から気になってた!」 いつから壊れてるんだよ、このドア・・・。 それから半年後ぐらいの私が3年目の正月の話です。なんと駐車場に入るドアだけじゃなくて本部に出入りする3Fのドアも「キィー バタン!」というようになったんですよね。松江本部は3Fと4Fに入っているので4Fにいくたびに「バタン!」と言われる。外にでるときだけ気をつければいい駐車場のドアとはもう使う頻度がまったく違うわけです。 私はキレました。 「本部長!!!! もう我慢できません! あのドアなんとかしてください! 下でバタン、上でバタンってもう腹たって仕方ないんです!!!!」 本部長は申し訳なさそうに 「いや、俺が来る前にこのビルのオーナーが亡くなって遺産相続の対象になってるんだけど、親族の間でモメてて事実上大家がいない状態なんだ。俺も気にはなっていたんだけど。」 しかし、3日後には下のドアも上のドアも直ってました。たぶん本部長が塾の経費で直してくれたのでしょう。私は驚きと、ひとつの結論にたどりつきました。 「なんだったんだ、我々が我慢していたこの数年間は・・・。」 たぶん、本部長も気になっていたのでしょう。でも誰も何も言わないから「ま、いっか」とそのままにしていたのでしょうが、私が文句をいったのをきっかけに「この機会に直すか」と直してくれたんだと思います。 私は、たった一言、言っただけですよ??? 私がここに入る前からあのドアを通った人間はたぶん1000はゆうに超えるでしょう。それが誰一人として言わず「なんで、このドアは壊れたままなんだ!」と口には出さないまま不満に思っていた。 私がこのエピソードから学んだことは 「世の中我慢しても何も変わらないし誰の得にならない。不満があったら言う。改善されたら儲けものではないか。」 本当に我慢してても何も変わらない。誰のためにもならない。「文句言い」と思われて嫌われてもいいじゃないか。主張すべきは主張する。それが現状を変えるひとつの手段だ。
2007.08.21
前回はえっらい中途半端なところで止めてしまいましたが続き。今、後藤よしのり氏の本をまた読み返しているのですが、その中にこんな一説が。「話がおもしろい人ってのはよーく聞いてみるとそんな大しておもしろいことを話しているわけじゃないことがわかる」「そういう人は”楽しそうな雰囲気”をつくるのがうまい」「だから会話で大切なのは”なにを”話すかではなく、”どのように”話すかである。」受け売りですが、これが私の会話に対する考え方の全てなのですよね。つまり芸人みたいな爆笑をとれるギャグなど言わなくていい。ただ”笑っていれば”いいのだと。笑っていれば場は和む。和んだ場は笑いを呼ぶ。この好循環があるので私は些細なことでもできるだけ大きく笑うようにしています。というかもう意識せずともそうなってるぐらい身につきましたただ、ネットラジオをやってみて、そして聴いてみて、正直びっくりしました。収録時の雰囲気とまったく違う。ラジオだと結局その”楽しそうな雰囲気”というのはまったく伝わらないのですよね。伝わったとしてもそれは「内輪ウケ」感としてで、たぶんリスナーには好意的にはうつらないのだろうなと。だから初回放送のときにココで、>あと、今回の「島大生のたべっちょ~」に関してすっごく怖いのは、コレ、皆さんがおもしろいのかどうか。正直、収録のときはかなり盛り上がって後で録音ファイルを何度聴いても、私は「おもしろい」と感じたのですが、それはあの場にいて、皆の人柄をしっている私だからそう思ったのじゃないかとかなり不安です。「おもしろい」というのは「おいしい」っていうのよりさらに大きく個人の主観に影響されるもの。独りよがりの自己満足にだけはなりたくないのです。というようなことを書いたのも「これはぜったい内輪ウケ・・・」と思ったからなんですよね。いや、それが悪いとは思わない。というかそれが私達の、というか私の限界なのだから。 で、その原因をずーっと考えていたのですがその理由はやはり”笑い”と”楽しそうな雰囲気”にあるようです。 ラジオで大切なのは「どのように」話すかではなく「なにを」話すか。そして雰囲気を作るための笑いなど邪魔以外の何者でもない。 ここまで身についた「笑い癖」、とれるかなぁ・・・。
2007.08.17
ちょっと時間ができたので。放送部でインターネットラジオをするようになって、ずーっと感じていた違和感なのですが、この前の中電特別番組を聴いて、確信というかやはり本腰入れて考えるべきテーマなんだなということを思い知らされました。それは「会話においての"笑い"ってなんだろう?」ってことです。この前の中電特別番組は正直ヒドかったです。私の笑い声。笑いながらしゃべっていて何言ってるかわかりません。ただこれって実はついついやってしまうミスというより,半ばこの結果を目指して修行してきた結果だったりします.というのも会話を盛り上げるコツというのはどうも笑いにあるらしい,というのは各種の書籍や経験則からも明らかです.敵意や不快感,といった負の感情の対局に存在するのが”笑い”続きはまた後ほど.
2007.08.16
本当に完全に1年ぶりに福島先生のお話を聴いた。この1年、いろいろ考えることがあってあの時の私とは少し違ったものの見方ができるようになったと思っている。そういう意味でよい機会だった。衝撃をうけたことが2つ。 ・私は知らない間に恐ろしく気位の高いイヤな奴になっていたこと。 ・わかってキレイごとを言える人間の偉大さ。 ほんの少しの時間だったけど、ものすごくためになった。私が福島先生に、いや他者に望むものはとっくに情報や知識じゃなくなったのだな。って。
2007.08.06
恋愛に関して「惚れたら負け」ということがよく言われます。私もそう思います。恋愛でもなんでも交渉ごとにおいて「譲れない一線」を持つ側はどうしても立場が弱くなります。言い換えれば「この話がご破算になったときどちらの方が困るか?」という1点のみで相手との関係性における力学の全てが決まると言ってもいいでしょう。大手メーカーの下請けを行っている零細企業を考えます。その零細企業は売り上げの90%以上を大手メーカーに頼っています。しかし逆に大手メーカーの方にとってその零細企業はたくさんある取引の1つで取替え可能です。何が起こるか、説明しなくても容易に想像がつくでしょう。「王と奴隷」「隷属する」という言葉ぴったりくるようなヒドい関係が展開されてもおかしくありません。価格・納期・品質、大手メーカーからのどのような理不尽な要求でも零細企業は飲まなければなりません。断ることイコール倒産ですから。このような状況を防ぐために零細企業はどうしたらいいのか。それは当然のことですが、取引先を分散させるということです。50%ずつ2つの会社と取引していたならば1つの会社と険悪になったとしても即倒産ということはありません。10%ずつ10の会社と取引していたなら理不尽なことを要求してくる「たった1つ」の取引先など切ってもなんの支障もないでしょう。これが中小零細企業がとるべき最適戦略なのです。ただし恋愛に関してはこのような戦略はまぁとれません。「惚れる」ということはイコール「100%近くの取引相手が存在する」ということであり、リスク分散という戦略と相容れるものではなりません。ですが、相手が自分のことを重要な取引先と目していない場合、本当にひどい関係になる可能性があります。何千万円も貢ぐ人、夜中に呼び出されてもヘラヘラと送り迎えする人、暴力をふるわれてもなかなか別れられない人。すべては「私にとって唯一無二であるけれど、相手にとってはそこまでではない」というねじれた力関係によって作られていると言ってもよいでしょう。だから恋愛においての最適戦略は「惚れない」という、ものすごくイヤな結論になったりします。 ただ「惚れる」というのは感情の産物なので、戦略が云々ということより「惚れてしまったのだから仕方ない」ということは往々にあります。しかしたとえ惚れてしまったとしても奴隷のようにはなりたくない。そう思う場合の解決策は、現状、私にはひとつしか思い浮かびません。 それは「覚悟する」ということです。 先ほどの零細企業の話と恋愛の話が大きく違うのは「ご破算になったところで命まではとられない」ということが決定的です。自分の家族や従業員の生活、お世話になった人たちのことを考えれば経営者はおいそれと「廃業」の決断はできませんが、恋愛においての「別離」は結局自分の中の問題、つまり主観の問題であってその決断によって誰かが死ぬという客観的な問題はそうないわけですからぜったいに下せないという決断ではないわけです。要は自分との戦い、自分さえ納得できれば、惚れた側がもつ唯一にして最大の武器が手に入るわけです。ただ、これは相手に自分の要求をきかせるための方策ではないので決して「勝つための武器」ではなく、一方的に隷属・搾取されないため、いわば「負けないための武器」であったりします。「自分の方が大きなダメージを負うのはよくわかっている。しかしそれ以上にこのままはイヤだ!」とイザというときに言えるならば二人の関係において大負けはないはずです。(なにをもって負けというかは議論の余地はありますが、今回は立場的や発言力的にということで) 私は誰と話すときも「今日、この人と最後になったとしても後悔はしない。」という覚悟で望みます。それがどんなに私にとって大切な人であっても。でもその覚悟があればこそ自分の主張を声高に叫べるし、自分がこうなって欲しいと思う理想に近づけると思うのです。 その覚悟がない人間が私と五分にやりあおうと思っても、とてもとても。
2007.08.05
「優しい」ってのは行動なので意図して行うものだと思うのですよね。つまり意図的に「優しい」人ってのは意図的に「厳しい」や「こわい」人にもなれる素地をもっているわけです。それに対して「甘い」性格の人というのは「優しい」という行動しかできないようになっているのです。でもそれはそれである意味素晴らしいとも思うのですが、でもそれって本当に「優しい」のか?と私はおもうのですよね。 世の中、「優しい」から「残酷」というのも「優しい」けど「残酷」といのもどちらも存在します。これができる人というのはやはり私は尊敬できるのですが「甘い」人はただ「優しい」だけです。どのレベルで「優しい」をとらえるかでその人の評価ってガラリとかわりますよね。 余談ですが、私は人からよく優しいと言われますが、でも同時に「本当に怖い」とも言われます。というかよく考えると私を好きになってくれた人というのはまず例外なく「怒っている私」を見たことがあったりします。 基本的にメリハリがないと人間はダメだと思うんですけどね。 はいはい、意味がわからない、意味がわからない。
2007.08.03
私はずーっと人間には3つのタイプがあると思っていたのですよ。それを今までは便宜的にというか、ありがちな表現で「リーダー」「マネージャー」「スペシャリスト」というような感じで言ったのですが今日もっといい表現を見つけました。「兵」「将」「主」 順番は逆ですけど。 「兵」に要求されるのは「目の前の敵をいかに倒すか」だけです。そのためには当然、上官の指示を的確に理解し、与えられた命令をどれだけ忠実にこなせるかが重要。つまり兵には「いかに効率よく敵(仕事・タスク)を倒すか」という【戦闘能力】のみが求められるわけです。「他のことは一切考えるな。ただ目の前の敵を倒し続けるのだ。そうすればお前はいずれ一騎当千の勇者になれるだろう。」これが日本人なら誰もが小学校から社会人になるまでずーっと叩き込まれ、それ以後も社会に長きにわたって求め続けられるのが兵の道だったりします。 それに対して「将」に要求されるのは戦争というビジネスをいかに遂行し成果に結びつけるかということ。与えられた「兵員」「戦費」「資材」の範囲内でどうやって定められた目的を達成するか。もちろん「将」が前面に出て討ち死にでもしたらいきなりその戦争ビジネスは終了ですから「将」自体の戦闘能力はあまり問題ではありません。それよりも「兵」を手足のように扱える【指揮能力】と刻一刻と変化する「戦場」に対応する【判断力】、そして最も損害(コスト・労力)が少ない形で目的を達成する【戦術】。これらを身に着けた「将」でなければいかに配下に精強で鳴らす強兵を集めたところでその戦争ビジネスはかならずしも戦果をあげるものではないでしょう。また将は戦場においてのみ、より平時の作戦立案においても重要な役割を担います。よく「戦略の誤りを戦術でとりかえすことができない」と言うように、戦争の勝敗は現場での「将」の働き以前に平時において【戦略】を定める「軍議」において既に決まっていたりします。「軍議」の席において勝利を目標とした有効な作戦をいかに提案できるか。この【作戦立案能力】も「将」の重要な資質の一つです。 そして最後に「主」 日本語には「盟主」「君主」「藩主」などいろいろの種類の「主」がありますがそのいずれも頂点に立つものをあらわします。「主」は自分より有能な「将」を従えなければなりません。つまり「主」は他の人間に「この人のためならば」と思わせる一種の【カリスマ性】をもっていなければなりません。一般によく言われる三国志でいうならば劉備の【魅力】、曹操の【才覚】、そして孫権の【血統】など人をまとめる何かが「主」が「主」たりえるには不可欠です。また戦略面においても「将」から提案された作戦の中から最適と思われるものを採用する【慧眼】を持っていなければなりません。決して正しい答えを知らなくてもいい。正しい答えがどれであるかを見出せる目があればいいわけです。 この3つが揃ってこそ組織は成り立つのだと思うのですよね。 しかし軍議の場が「兵」による「にわか戦術論」に支配されるようではお話になりません。そういう意味では「将」も「主」も圧倒的に不足しているというしかありません。
2007.08.01
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