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「君は実にバカだな。」 と言えばドラえもんの名セリフですが、人にこういわれた時にあなたはどう思いますか。 人間ってその対応によって3種類にわかれると思うのですよね。 怒る人、落ち込む人、そして、笑う人。 まず、怒る人。 結構います。 「なんでアンタにそんなこと言われないといけないのよ!」 こういう人はワリと他人の言葉を受け入れるということが苦手なようです。 高い自意識が他人からなされた指摘を受け入れられずその拒否反応として怒りの感情を返す、と私は分析しています。要はこういう人はあまり人の言うことをききません。 次に、落ち込む人。 これはめっちゃ多いです。 こういう人は他人から言われたことを過大にとらえてしまう傾向にあります。言われたことによって落ち込んで、物事に対する、いや時に、人生に対するモチベーションすらなくしてしまったりします。 確かに他人の指摘を受け入れられるという点で怒る人よりも優れている、と言えますが、それが改善につながらないのであまり意味がありません。というよりそれ以外のところに影響するぐらい落ち込んでしまう場合などは、怒る人よりなお始末に困ると言えるかもしれません。 そして最後に、笑う人。 こういう人を見ると私は「おお、コイツ、やるではないか。」と思ってしまいます。私が認める人というのはだいたいこの特徴を持っています。 「バカだな」と言われて、笑える、ということから以下の2つのことがわかります。 自分を自分でバカだ、など毛頭思っていない。つまり自信に満ち溢れているということ。 「この私をもってして、バカ? なにをバカなことを(笑)」 という高い自尊心と余裕、そして時に相手を見下すことさえできる自負心をもっているから笑えるのです。そしてその心の余裕は相手の言葉を過大にも過小にも評価せず平常心で受け入れることができます。 そして、次に 「おもしろい。もしよかったらそう思う根拠を聞かせてもらえないだろうか?」 バカだという明らかにマイナスの言葉をもってして興味の対象とし、それを向上の道具にしてやろうと思える好奇心の持ち主、だから笑えるのです。さも「珍しい話が聞ける。ワクワク」という顔で自分がバカだと言われた理由を待つのです。 そして理由を聞いたら・・・ 「ははは。言われてみれば、そりゃぁ確かに私はバカだったな。以後気をつけるとしようか(笑)」 バカというネガティブな言葉に感情が引きずられず、事実だけを受け入れる。この姿勢ができるのがスゴい人の条件な気がします。 そういう私は自分を「笑う人」だと思っています。ていうか笑う人のセリフのモデルは私ですし。昔は落ち込む人でよく焦燥感にかられたり泣いてたりしましたが、今は笑います。 誰かにバカにされてることに気づいても 「うぉ、バカにバカにされた、テラシュールwwww」「ははは 痛いところをつくではないか。これは1本とられた(笑)」「すげー 確かにそうだ! まーったく気づかなかった ありがとう!」 てな具合です。 バカにされても笑える人が増えたらつまらん気を遣わずにすむし、もっと素晴らしくなると思うのだけどなぁ。
2007.12.30
3018さんのコメントがありがたかったのと、本が来てちょうどいい機会だったので「人を見る目」について書いてみます。ただし、これには本当に含蓄があるのでまたテーマにすることがあるでしょうけど。Amazonで頼んでいた『コンシェルジュ』の11巻が昨日ようやく届きました。この巻から『グロリアの宝石』といわれるスーパー・コンシェルジュ、朝霧花織が登場します。--------------------------------------- ある宝石商で朝霧は一人の若い女性と出会います。母の形見である琥珀(アンバー)の指輪を光り輝かせるようにしてホテル・グロリアで開かれる宝石展覧会でまだ見ぬ祖父に会いたいと言う彼女。朝霧は彼女の希望に沿ってあまり光り輝く宝石ではない琥珀の指輪を誰もの目をひく素敵な指輪にしつらえます。 展覧会当日。 「What?」「Oh!」 光り輝く彼女の指輪に参加者の視線が集まり、そしてそれに気づいた老紳士が駆け寄ります。 「君! その指輪をどこで手に入れた!? これは私が娘のエミリーにやったものだ!」 「エミリーは私の母です。父は長谷川圭介。私は娘のるみです。」 そしてカバンの中に手をいれ何かを探し出す彼女。そこに朝霧があらわれて・・・ 「コレをお探しですか?」 手に持っているのは小型のナイフ。 「人が人を探すとき、それが善意に基づいての行動とは限りマセン ご両親が駆け落ちしたとおっしゃった時 私が「素敵」と言ったのニ あなたは何もおっしゃらなかっタ」 「男性なら見落としたかも知れまセン 怒りの感情がそこに見えまシタ」--------------------------------------- これ、なのですよね。私が人を見るときに最も大切にすることは。 自分の例でいうならば、 「私はあなたの○○な所、好きですよ。」 というようなことをよく言います。 ただ、ある女性はその言葉に対して 「ハイハイ、私、告白されましたー」と、おどけて返してきたのですよね。珍しいリアクションだったのでよく覚えているのですが、なぜそんな返しになったのか、一瞬で推察しました。たぶん、この人はあまり男性からこのようなことを言われたことがないのだな。だからその気恥ずかしさに耐えかねて、こういうリアクションになったのだろうな、と。私は自分の愚かさを知らないのと同じぐらい自分の優れたところを知らない人生は不幸だと思うので、人に対してどちらもよく口にしますが、この人のまわりにはそういう男性がいなかったのだろうな、そうだとしたら、それはとてもさびしいことだ・・・と勝手に思ったのでした。 また逆に、 「ははは。ありがとう。」 と言うわりにはそこにぜったいあるはずのテレや気恥ずかしさがその言葉に微塵も感じられない女性もいました。私はその言葉を聞いて、ああ、この子は今までたくさん、こういうことを男性から言われ続けてきたのだろう。だからそれぐらいでは感情の揺れは起きないのだ。"世の中から愛されてきた女性"か、うらやましくもあるが、かわいそうでもあるな。人から向けられる好意を当たり前と思うなら、人から優しくされて涙を流すということはこれからもないのだろうから。と思うわけです。 朝霧花織の例で言うなら「素敵」という言葉に何も返さなかった。私の例ならば「あなたの○○な所、好きですよ。」という言葉に茶化して返したか、ありがとう、と返したか。それぐらいのことです。しかし、そのセリフを発したとき、聞いた者でしかわからない、いや聞いていても気をつけていなければ見逃してしまうようなわずかな"感情" これをどれだけ"感じられるか"ということが、人と話す上で、その人を理解する上で、最も大切なことだと思うのです。 だからいつぞや「そんなこと、誰でもいえる」と言われて大変腹をたてたのは、その裏に確かに存在する、あのときの感情を、何も知ろうともしないでなにを知った風なクチをきくのか!と憤ったからです。 言葉に感情をのせられる、私はそれを"自分の言葉をもっている"と表現します。やはり自分の言葉を持っている人は魅力的だし、逆にどれだけ正しいコトを言っていようが自分の言葉でなければ人の心には届きません。他人の言葉から自分の言葉への脱却。これが魅力的なヒト、になるための条件だと私は思うのですよね。 ね、言葉って奥が深いでしょう? 「10分話していればその人のことは8割わかる。でも残りの2割は100年いっしょにいてもわからない。」10分話していれば自分の言葉か、他人の言葉か、すぐにわかりますから。そして、やはり女性は感情の生き物という言葉があるとおり、まだ女性の方が自分の言葉で話している人が多い気がします。
2007.12.13
「俺は前から塾講師の仕事を長くしていたから、声の出し方、板書の書き方は、まぁ他の一般的な教育実習生よりかは最初からよくデキてた方だと思う。実際、土佐先生にもお褒めをいただいたし。でも今回、土佐先生からの指摘でものすごく思い知らされたことがある。「君の説明は"天下り的"やな。」と言われたこと。つまり、俺の説明は”まず、結論ありき”だということらしい。ある一定の、目的とする"科学的な法則"に向かって説明を組み立てていっていると。科学的思考にとって最も大切なことは、凡百という一見なんのことかわからない事実の積み重ねがいったいどのような科学的な意味合いを持つのかを推測すること、実感することで、君はその過程をすっとばして、いきなり答えまで導こうとしていると。 いや、俺、そんなことを言われたのははじめてやったから、いたく感動した。そして言われるまで、自分がやっている"ルール違反"にまったく気づかなかったことにものすごく驚いた。言ってみれば俺がやっていたのは推理小説を書くのと一緒だったのだなって。まずトリックがあって、それに犯人や動機を加えて、、、あとで探偵が事件を解きやすくすることを最優先に物語を組み立てていく。でも実際の世の中の事件はそんなもんじゃない。誰が犯人なのか、何が起こったのか。警察はただひたすら現場を調べて犯人にたどりつく。それが本当なのだって。ニュートンもアインシュタインもファラデーも、みんなそうやって科学的な法則にたどりついたのだと。そして土佐先生は君達にそれを追体験させようとしているのだと。 でもな、俺は自分が間違っていたとは思わない。 そりゃお前らは毎日必ず1時間は土佐先生の授業があるわけや。でも俺ら塾講師は1週間にたったの1回、1時間30分の授業。しかも出席とったり、テストやったり、賞味授業の時間ていうたら1時間ぐらい。その時間で生徒や保護者に学校の先生以上の"満足"を感じてもらうにはそれぐらいの科学的な"ズル"でもしないとやってられない。それが塾というものだと思う。ただ、それは俺のホームグランドでするべきことであって、ここですることではないし、正直”科学的思考”のなんたるかは本当にここに来て土佐先生に教えてもらわなければ身をもって知ることはできなかった。いや、俺自身、この教室で、何年か前まではそっち側に座って土佐先生の授業をうけてたワケやし、「ふぎゃー わからんー」と言って授業中でも寝てて何度も土佐先生に怒られてたワケだ。でも俺はあの時、土佐先生が俺達生徒にそのような考えをもって教えてられるとは露とも思わなかった。んで、その理念は、たぶん君達にも言ってられない。そういうことを言う人ちゃうから。だから俺が替わりに言っている(笑) この人は知識を教えているわけではない、科学にとって最も大切な"考え方"を体験させているのだと。いや、正直、俺が今何を言っているか本当の意味ではわからんと思う。だから、俺は、君達があと数年して、大学に入ったとき、ぜひとも教職の単位をとってもらいたいと思っている。余計な単位を何個も、しんどいかもしれんけど、いつか教育実習でこの学校に来て、大人になった自分の目で、自分を教えていた先生を見ると本当にいろいろよくわかる。そして、いかに自分が、大きな情熱をもって教えられてたかがよくわかると思う。これは、土佐先生が目の前にいらっしゃるから言うんじゃなくて、本当にそう思うから言っている。俺はその手のお世辞はぜったい言わないから。そしてその、"教育に関する大きな情熱と理念"というのはこの学校で再会したすべての先生が持ってられて、それもそれぞれすさまじかった。正直”これが本職の『先生』というものか”と舌をまいたのも事実。だから、俺は今になってはじめて、この学校で6年間、この先生方に、学べたことを誇りに思うし、今、こうして学んでいる君達を本当にうらやましく思う。なので、明日からも自分が教わっている先生方を信頼して、勉強に励んでほしいと思う。 これが、俺が、この2週間の千里国際学園の教育実習で実感したことだ。君達にとってこれから先、何かの役に立てば嬉しい。2週間、俺のくだらん話を聞いてくれて、ありがとう。」 ----------------- 教育実習の最後に時間をいただいた時に話させてもらった内容。見学に来てくれていた真砂先生には拍手をいただけました。千里国際学園での教育実習は確かに素晴らしい体験でした。大人になるということは、今まで見えなかったことがいろいろ見えてくるということ。そしてそのときにもう1度、あの学校を見る機会を与えられたというのは本当に幸福だったと思います。
2007.12.12
軽自動車から普通車に乗り始めるようになってもう半年以上が経過するのですがつい先日、助手席のドアが閉まる音を聞いて「ビクッ」ってなったのですよね。一瞬「なんで?」って思ったけどすぐに「ああ、小さい頃のトラウマか・・・」と納得したものです。うちは両親ともに共働きなわけです。まぁ同じ会社に勤めている、というか夫婦で会社をやっているので当然帰ってくるときは一緒なわけです。で、帰ってきて親の車が家の前に停まって、家の外から「ドン、ドン」と2回、あの普通車のドアがしまる音が聞こえてくる。それが毎日イヤで仕方なかったのです。だって帰ってきて(特に母親)の第一声はいつも「セイジ、勉強はしたか。」うちの両親は本当にそれしか関心がないのか、というと言いすぎかもしれませんが、何をするにもそれが一番最初に来てました。たまに親の帰りが遅くなって私達が2階の自分の部屋で寝ていると、母親がそっと入ってきて私の机の上の教材とノートを「パサッ パサッ」と何かを確認するように見て、そして出て行くということも多かったです。そして父親。父親には小学校のテストで100点以外の点を取るといつもゲンコツでアタマを殴られました。間違った問題の数だけ。しかも手加減なしですから1回殴られただけで涙がでるぐらい痛かったのです。私と弟はそれがあまりにイヤだったので学校で「子どもを殴ったりしてはいけないという法律がある」ということを習った時、喜んで「こんな法律があるからやめてくれ」と抗議したことがあるのですがそれに対して親父は「ほぉ、お前達はあれを殴られたと思っていたのか。俺はアタマをなでているつもりだったが。」とシレっとこたえて、その後も虐待はつづきました。今考えると、なんという理不尽。私が塾講師をしていたときに生徒がそんなことをされていると聞いたならば私はぜったい、家まで足を運んで、面とむかって、「そんなことをして勉強が好きになると思っているのか!」と怒鳴りこんでいたと思います。基本、私は義憤にかられたらどんな相手でもケンカを売る。そのことによってどのようにまずい立場においやられようが関係ない。憤りを表に出せなくてなんのために男に生まれたのか、と。でも、そうなったのは幼い頃に理不尽に反発することすらできなかった自分に対する複雑な思い、そしてもう2度と私は理不尽を見過ごしはしないという気持ちがそうさせるのではないかと思います。そしてあきれたのは、これはつい2年ぐらい前の話ですが、父親と母親の出身校をはじめて知りました。親父は海外の大学に行く前は私の地元の近くの公立大学、母親にいたっては大学ではなく短大出。いや、学歴差別は毛頭する気はありません。しかし、父親と母親は「東大なんて俺に言わせれば簡単や。」「神戸大学や大阪大学ならアンタでも行けるやろ。」と常に言っていたのですよ。どの口でそれを言っていたのだ・・・。あれ以来、私の持論に『口だけなら山をも崩せる』が追加されました。でも、今考えると、哀れな親なような気もします。年がいってからの子どもでそれ以外の教育の仕方が思いつかなかったのでしょう。しかし、かといって許せるものではありませんが。 でも、たぶん私の生き方をはっきりと認識させてくれた言葉もたぶん親。「私は親に褒められたことがほとんどない。」という話を親にしたとき、母親が「そんなことはない。小学校のときのセイジは夜遅くまで塾に残って勉強しよく頑張っていた。あの時の頑張りは本当によかった。でもその後のセイジはほとんど努力することがなくなったけど。」最後はイヤミになるところがいかに親らしい。そして同時に「結局はそこしか評価しないのだな。」とガッカリした。確かに、合格者十数人の高倍率の関西の有名私立中学に入るためにあの頃は本当によく勉強をした。でも、それって中学に入るために勉強していたわけじゃない。一緒に塾に通う子ども達や先生が本当におもしろくて、良いライバルで、負けたくないし、できるだけ一緒にいたい。夜遅くまで塾にいれば彼らと笑いながら過ごしてられる。だから結果的に勉強していただけ。私は努力をしているなどとまったく思ってはいなかった。「気のあう人たちと、できるだけ長く、笑いながら一緒に過ごしたい。そのための苦労ならば苦労と思わない。」その理屈で言うならば、大学祭も塾講師もコムレードも今の放送部も、何一つ変わっていない。私はあの頃から何一つ変わっていないのに、親は勉強という尺度でしか私を見ないから「小学生の頃のセイジはよかった。その後はダメ。」という理屈になる。業ではなく、人が好き。そういう人が望んだ環境を手に入れられる唯一の手段が「起業家」という生き方なのだなぁと思う。私はいつも「どうしてこのヤクザな生き方を選ぶのか」というのを疑問に思っていたのだけど、それが唯一にして明快な答えなのだなぁ。好きな人がいなくなったら、逆に言えばそうならない限り、この生き方への憧れは捨てられないのだなぁと思う。
2007.12.08
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