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先日、私と誕生日が一緒なことが判明した久米大作さんですが、久保田早紀さんこと久米小百合さんと夫婦なんですね。おどろき。久米大作さんと結婚することを期に引退されたそうです。ますます驚き。久米小百合さんは現在、教会音楽家、音楽伝道者として活動しておられ、スクェア初代ベーシストの中村裕二といっしょにレコーディングもしていたり。そんな普段は気付かないところに意外な人を結びつける繋がりがあるもんです。
2005年08月30日
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前回2週間ぐらいでといってるうちに3週間たちました。あぁだめだめだぞ、自分。延期したわけを言い訳するのも見苦しいのですが、実は調べているうちに面白い本を見つけてしまって……ついついそれに夢中になっていたわけです。その本とは、ジョージ・K・カワグチ『新教育の設計―戦後における教育民主化の足跡を、滋賀県の実情にみる―』1949、教育タイムス社です。原文が旧字体なのでなんか勉強している気になります。ジョージカワグチときくと私のような音楽馬鹿は、日本のドラム奏者・故ジョージ川口(本名川口譲二、1927年6月15日 - 2003年11月1日)を思い浮かべますが残念ながら別人です。この本の著者であるジョージ・K・カワグチは滋賀軍政部民間情報教育課に1947年から1949年まで配属されていた人物で、いわば滋賀県の戦後教育の立役者……と言ってもいいんじゃないかという人物です。なんせ資料が見当たらないんで、これ以上のことが判らなかったんです。ちなみにこの左肩の写真。真中の人物がジョージ・K・カワグチ。大津公民館のナイトスクールにて英会話を教えているところです。もう少し資料を探してみなきゃなぁ。ともあれ、この本が滋賀県の社会教育の歴史を考える上での一級資料であることは間違いありません。いやぁなんていうかこういう資料を見つけた時の喜び、わかってもらえますかねぇ。ちょっとマニアックな喜びかもしれませんね。では続いてこの本の簡単なレビューを。この本は敗戦後、滋賀県の教育改革に従事したジョージ・K・カワグチによる回顧録で「滋賀県における、そして滋賀県としての、教育原理の概要」を示した書です。敗戦は教育に大きな影響を与えた出来事であるのは論を待たないところではありますが、とりわけ社会教育の分野は戦後になってようやく制度化された分野ということもあり、現在の社会教育を考えるのであれば、どうしても戦後の社会教育の歴史は押さえておかなければならない分野なのです。その意味で、戦後すぐの資料、しかも教育改革の担当者による事実の記録となればもうそれこそ腎臓を売ってでも(なんじゃそのたとえ)入手して目を通さなければならないのですわ。まぁありがたいことに腎臓を売らずとも入手できましたが。この本で得た知識としては1947年の大津公民館開館から、全国唯一の財団法人による運営(1948年から1950年)に移った経緯なんかがわかりました。大津公民館が1947年に優良公民館として表彰されていることも確認できました。なお1947年度の優良公民館表彰は全国公民館連合会のHPには掲載されていません。これは主催団体が違うためで、1947年度が社団法人生活科学協会と毎日新聞社が文部省の後援のもと行ったのに対し、1948年度以降は文部省が単独で主催しているからです。次回は1950年代の滋賀県の社会教育の状況をみていこうと思います。今日はこの辺で。
2005年08月30日
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依頼三連荘の最後。地元の商店街の夏祭り的イベント。前回とは違い大き目のステージでの演奏。今回は相方の人妻チューバも一緒です。がここで問題発生。譜面台が足りない。なめんなよと思いつつ、ピストンとロータリーということで譜面台を共有することに。忘れ物は減らそうぜ、エブリワン。演奏は私のグダグダMC以外は何とか終わり、やれやれ。もう少し余裕とやる気とやっちゃえ的な勢いがあればもっとも盛り上げれたかなぁ。普段からこ~い基礎錬してたら、どんな早いパッセージもらくらくふけるやろうし、指が回らないなんてことなくなると思うんやけどちゃうんかなぁ。もっと客席と一体になった一皮向けた演奏がしたいなぁ。
2005年08月29日
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中学からの後輩のW嬢から、『blast!』のS席のチケット要りませんかといわれ、二つ返事で行くことにしました。学部時代、在籍していた吹奏楽部のOBさんから「ステージのドリルの参考に」と頂いた『blast!』のビデオを見て以来、一度は行こう行こうと思っていたイベントでしたので今回見にいけたのが嬉しくて嬉しくて……私が見たビデオがこちら↓まぁ、一輪者に乗ってトロンボーンは吹くわ、パーカッションは飛び跳ねるわでみていてはらはらするんだけど興奮するという吹奏人必見のビデオです。しかも私のようにマーチングを若干かじった人間はずっと口あんぐり。同じ人間かと疑ってしまうほどです。で、話を今回の大阪公演に戻すと、曲目なんかはビデオとおんなじ。しかしメンバーが若干違うんで演出も多少違います。一輪車にはホルンの人が乗っていましたし、マーチングバリトンかなんかをくるくる回転させる命知らずもいました。なかでも一部では相当有名な日本人、石川直。この人のソロのあとの表情は、真似できませんね。「どうや」みたいなかんじでねぇ。いやみがないんですわ。んで、問題はチューバ吹き。YBB-621だと思うんですがその銀メッキ仕立ての楽器を吹いているんですが、それでペダルB♭を響かせよるんです。あぁ、おまえらの口をくれ~まぁなんにせよ、来年はなんと演目が変わるようです。これは今からスケジュールあけとかないかんなぁ。
2005年08月25日
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スクェアの既発映像作品のDVD化がまったく進まないので我慢できなくなり、このところ相次いでオークションで落札しております。今回はそのなかからスクェアの3本目のビデオ『THE SQUARE LIVE』(1985)についての話題を。この作品、今から20年前のものです。当然メンバーも違います。安藤、伊東、田中、和泉、長谷部の5人組です。中でも田中さんは八面六臂の活躍。ベースはもとよりシンセベース、シンセドラムといろんな楽器を弾いておられます。そんな田中さん大活躍の「OVERNIGHT SENSATION」では長谷部さんとのドラムバトルが見所ですね。お約束の背面弾き、歯弾きも堪能できる作品です。また安藤さんの激しいパフォーマンスも見逃せませんね。
2005年08月23日
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というわけで依頼演奏三連荘の2発目。1発目は相方の人妻チューバ(今命名した)さんにまかせたので、今回は私の番です。楽器を練習場から本番の控え室まで運搬し、賛助くんもついでに運搬し、いざ本番へ。今回はMCも担当することもあり、事前にコソ練をしていたものの、やっぱりあがってしまいグダグダのMC。演奏はまずまずというもののこれじゃいかんわなぁということに。実は当日は学部時代在籍していたD大応援団吹奏楽部の同窓会。D大応援団長を務めたS氏よりメールがあり「至急電話しろ」何事かと思い、本番後電話するといつもどおりの連中が。おまえらサイコーだよ。次回は何とか参加したいなぁと思う今日このごろなのでした。
2005年08月20日
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ローソンといえばなんといっても「からあげクン」。昨日まで1コ増量セール中だった「からあげクン」について、「ついつい、ついでに」考察してみようという話題。なんだか今年は「からあげクン音頭」なんてものが発表されて、話題騒然と言ったところでしょうか。からあげクンの歴史は意外と古くそのデビューは、1986年4月15日。左の写真はその当時のもの。現在の5コ入りの他に9コ入りもあったようですね。パッケージは数度リニューアルしていますが、現在のパッケージは2003年4月の「からあげクンスーパー」の登場にあわせて一新されたもの。ニワトリさんがかわいいので、個人的に以前の人の顔がいっぱい書いてあったものより好きです。さてここで本題。いったい「からあげクン」は何種類あったのか?私の記憶とちょっとした検索で判った範囲で列記していこうと思います。まずは、「からあげクンレギュラー」。その名のとおり不動のレギュラー。レギラーという人もいるようです。つづいてナンバー2、「からあげクンレッド」。若者に圧倒的人気の商品。辛くて美味しいんですね。続く「からあげクンチーズ」。個人的にはいちばん好きですね。これにケチャップとマスタードをかけると美味しいんですよ。そして目下売り込み中の「からあげクンハバネロマヨネーズ」。略してハバマヨだそうです。味は……どうぞご自身でお試しください。その他「さくっとペッパー」、「スーパー」、「ガーリックペッパー」、「のり塩」など短命なものもありまして、話によると「マヨネーズ」、「レモンハーブ」なんてのもあったそうです。なかでも「スーパー」はもう一度復活して欲しいのですがどうでしょうね。あ、もちろん販売価格はほかと同じにして欲しいですね。ちょっと高いから倦厭されていましたし。ということで結論。「からあげクン」は10種類(ぶんろっく調べ)。来年は「からあげクン」アニバーサリーイヤー。全種類復活セールを少し期待しています。
2005年08月16日
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タイトルは某CMのパクリで深い意味はありません。ということで14、15という無謀な日程で万博に行きましたさ。しかも彼女と日程について深くつめていなかったためか、私が14、15、彼女が15、16だと思っていたというずっこけっぷり。いやぁ面白いっす。結局宿泊先やらなんやら決めていたこともあり、14、15でいくことになったんですが、あれなんですね、有名パビリオンは予約せんと入れない。びっくりしました。長久手日本館やらJR東海のやつやTOYOTAのやつもだめでした。結局スタンプ集めで盛り上がることになったんですが、かえってその方が楽しいんですわ。なんでしょう、彼女と一緒やからでしょうか(のろけ)閉館ぎりぎりまでスタンプ集めに奔走していて、帰るころには長蛇の列。まさにすし詰め状態の電車。話題のリニモの乗り心地もくそもありません。車窓から見えるなつかしの風景(説明しよう、ぶんろっくは幼少時を長久手で過ごしていたのだ)をみながらなんとか宿舎へ。が、そこであろうことか道を間違え逆方向に。彼女が寛大であったからこそ良かったもののすし詰めのあとに歩き詰では見も心もくたくたになりますよ。何とか宿舎につき、カンパイ。そうこうしているまに1日目は更けていきました。
2005年08月14日
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小学館漫画文庫版の『ザ・コクピット』9巻が来月、9月15日に刊行されます。『ケースハード』分を収録すると考えると3冊が刊行されると予想されます。この勢いで『コクピット・レジェンド』まで収録すると全12巻の計算になりますね。願わくば完結まで毎月刊行していただきたいものです。
2005年08月07日
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隔週ペースで自分に課題を出し研究してみようという自己満足企画。うまくすると、夏休みが終わるころには3000字のレポートだってCHA-LA HEAD-CHA-LAなわけです。俺って頭がいい(?)まぁ隔週というところが既に弱気なわけですが、なんだかんだで忙しく面白おかしく生活しているのでまぁ実際それぐらいないと難しいのです。前提条件として何の研究をしているかということですが「町村合併と公民館の変容」なんて事をしています。実際やりたいのは「平成の合併における公民館の変容」なんですが如何せん現在進行形なトピックスなので、昭和の合併に焦点を当ててそこから平成の合併についての提言を引き出せたらよいなぁというわけなんですね。対象地域は滋賀県米原市。わが町彦根のお隣です。平成の合併がありえないほど進展しているわが滋賀県ですが、そのなかでも米原市というところは研究し甲斐がある地域なんですね。それはまずは合併の側面から言えば「二段階合併」ってやつなんです。その上面白いことに対等合併と吸収合併という異なる合併形態を年内に行うという全国でも例のない合併をこの秋に経験するんですよ。社会教育的な側面で言うと旧町の社会教育への取組み方も様々でもぅなんだか燃えてきちゃうんですよね。わが「やまんばの会」も実は社会教育を新米原市域で行っている団体なわけです。旧町の社会教育の取組みに関してもいずれおべんきょしますが、まずは、滋賀県の公民館の歴史について探りを入れたいと思います。なんせ全国最古の公民館があると言い張ってますからね、滋賀県は。最古の公民館としてよく出てくるのは、水沢公民館(岩手。1941年11月)です。水沢公民館は1941年に「後藤新平記念公民館」という名称で設立されています。公民館の名が一般に使用される以前のことですので、「公民館」という名称を初めて用いた施設ということでは異論はありません。またその設立目的が「薫化育英」とあるため、今日の公民館と違わないとして全国公民館連合会では最古の公民館として紹介しています。妻籠公民館(長野。1946年10月)なんてのも見かけます。長野県は現在でも公民館の数が群を抜いて多く、古くから社会教育の盛んな県でもあります。『長野県公民館活動史』なんて本が刊行されているぐらいですから。長野生まれの私はふしぎな縁を感じてしまいます。それに対して滋賀県の大津公民館は1934年4月に完成しているというのです。実際に公民館として開館したのは1947年5月で、それまでは市公会堂であったというのですから、厳密に言うと疑わしいのですが……公民館をどう定義づけるか、そして大津市立公会堂の設立目的はなんだったのか、そしてそれは現在の公民館の定義と照らし合わせた場合、設立当時の公会堂が公民館といえるのか、このあたりを探りたいと思います。そうすれば「滋賀県はどこよりも早く公民館作ってたんやぞ」とえばれるのです。まぁ時間もあることだし、滋賀の公民館の歴史の探求の後は全国の公民館史を探るってのも面白そうですなぁ。より滋賀県の偉大さを喧伝できるわけで時間を見つけて滋賀の公民館めぐり自己満足ツアーをやろうかと思います。もちろん類似公民館も含めて。いやぁやっぱりかいてみるもんですな。
2005年08月07日
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「ぼくらシリーズ」が誕生から20年の歳月を経てようやく完結しました。タイトルもずばり『ぼくらの第二次七日間戦争 グランド・フィナーレ!』。←これです。今作は「ぼくらシリーズ」通算35作目で、厳密に言うと角川版「ぼくらシリーズ」の続編である徳間版「それからのぼくらシリーズ」の7作目になります。今作でようやく英治とひとみが結婚し(ネタばれにつき反転)、これをもって完結としているようです。それにしても今作もまた考えさせられる内容でしたね。往年のような痛快さはありませんが、現在の子どもを取り巻く環境をうまく描き出していると思います。端的に要約すると「お金より大切なものがあるよ」、ということを提示したかったようです。その解答として、作中では何よりも「友情」が前面に押し出され、ついで「職人的な技術」についても触れられていました。私がこのシリーズを読み出して10年以上経ちますが、「友情」に関しては、「ぼくらシリーズ」から学ぶことが多かったと思います。2度あることは3度ある。次なる続編に期待しながら今日はこの辺で駄文を終えたいと思います。当広場で取り上げた「ぼくらシリーズ」に関する駄文のバックナンバーです。♪2004.08.07付駄文『ぼくらの第二次七日間戦争 援交をぶっとばせ!』宗田理♪2005.03.08付駄文『ぼくらの第二次七日間戦争 再生教師』宗田理
2005年08月06日
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2005.02.28付駄文でもご紹介した『アカシアの星』及び作者たくまる圭さんの話題。先月末に出た『アカシアの星』の最新刊。なんとこれが最終巻になるそうで……知らないうちに連載が終わってしまったようです。今作もラストはオープンエンド。隆星と父親のわだかまりも解け、保育士資格取得を目指すという変わりよう。もう一度一気読みをして、感想を書きたいところです。前回の駄文では、たくまる圭さんのデビュー作は「十七歳」と書いておりましたが、うっかりしておりました。正しくは「学園モンキー」でした。ということでここに改めて、「ヤングアニマル」誌掲載の作品一覧を掲載します。タイトル頁数掲載号備考DRAGON SPIRIT31未掲載1998年第11回YAまんがチャレンジ「奨励賞」学園モンキー24ヤングアニマル(1999年08号)1999年第2回YAまんがチャレンジ「準入選」十七歳24ヤングアニマル(2000年07号) 吉浦大漁節 第1回:新しい家族16ヤングアニマル(2001年12号) 巻頭カラー2頁 第2回:思い出のアロハ 14ヤングアニマル(2001年13号) 第3回:白い花18ヤングアニマル(2001年14号) 第4回:ありがとう24ヤングアニマル(2001年15号) 第5回:小さな命16ヤングアニマル(2001年16号) 第6回:麦藁帽子18ヤングアニマル(2001年17号) 第7回:幸せのおはぎ20ヤングアニマル(2001年18号) 最終回:やっぱりのりぴー22ヤングアニマル(2001年19号) 特別編:踊る大漁節05ヤングアニマル(2001年20号) 卒業22ヤングアニマル(2002年07号) 僕らは長く夢をみる~めざせ俳句甲子園~ 第1回31ヤングアニマル(2003年09号)巻頭カラー1頁 第2回24ヤングアニマル(2003年10号) 第3回24ヤングアニマル(2003年11号)
2005年08月01日
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