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雲が多いが、日射しは陰ることなく照っている。 青空の部分も湿度が高いためか、やや濁っている。 そのためか、日射しには、あの焼き付くような暑はない。 日に当たっている木々も、やや陰が多くなってきたのは気のせいだろうか。 先日のうだるような暑さは、もうこれで終わったのだろうか。 猛暑から、少し凌ぎよくなると秋に向かい始めたかに感じる。 夏の暑さは、これからまだまだ続くのだろうが。 台風五号が発生した。 進路予想図によると当地は進路の右側に位置する。 強風が予想されるので注意が必要。 といっても、これと言った打つ手はなにもないのだが。
2007年07月31日
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35度を超える猛暑日が続いた。 冬の寒さより夏の暑さの方がいいと嘯いていた筈なんだが、 今年のような猛暑が続くとなると、 宗旨替えをしなければならなさそう。 昨夜、参院選の速報では、 予想を覆すような結果が次々と報道されていた。 そのさなか、外では急に雷が鳴りだし雨も降り出した。 闇の中で、パッと夜空が明るくなり、家々の屋根が照らし出され、 一呼吸おいて雷鳴が鳴り響く。風も多少吹いていて心地よい。 ひとしきり降りしきって、いずこかえ立ち去っていった。 その間に気温が3度下がった。まさに、慈雨。 お陰で心地よく眠りにつけた。 今日は曇っていて、部屋の温度はこの時刻で27度。 だが、日が照りだした。 これから少し気温が上がるかも知れないが、 せめて今日ぐらいの気温で勘弁して欲しいもの。
2007年07月30日
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野牡丹が数輪咲いている。 午後になると陽が背後から差し、その紫紺色が堪らない。 折角咲いているのだから、水でもやろうかとすると、 長らく使っていなかったゴムホースは途中が裂けていて、 水が噴き出す始末。 ホースの裂けている部分を切り取ってつなぎ、 立ち上がろうとすると、戸袋の角で腰を打ち、擦り傷ができる。 不慮の出来事で平静さを欠いていたよう。 幾つになっても、そそっかしい性格はなおらない。
2007年07月29日
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「お爺ちゃ~ん! 人生始まるよ」近所のお孫さんが、 お爺ちゃんを呼んでいる。 一瞬、何のことだかわからなかったが、気が付いた。 人生楽あら苦もあるさ・・・・・で始まる、 あの、おなじみの番組のことらしい。 子供の発想っておもしろな、と話していて、 冗談でそう呼んでいたら、 わが家でも、これが通用するようになってしまっていた。
2007年07月28日
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化学肥料がない時代は人間の排泄物が貴重な肥料であった。 農家の方が肥え汲みに来て、大根の一本もおいていったものである。 集めた肥は野壺に貯めて自然発酵させて肥料として使う。 こんなものがあったこと自体を知らない人が多い。 だが、元気で散歩していた道筋で、それを埋め戻したと見られるところが、 一カ所だけある。 そのそばに生えているクローバーのなかで、四つ葉をよく見つけた。 そこで集めたものの写真を以前に紹介した。 今回、何時でも見られるように、 画面左側のフリーページ・「画像展示」の欄の一番下「四つ葉のクローバ」 に掲載した。 そこには四つ葉の他に五つ葉・・・・・など掲載している。 写真を見るだけででも幸運が訪れてくれるといいのだが。
2007年07月27日
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夏至の頃は、屋根の陰が犬走りを覆っていたのに、 太陽が南に移るに従って、陽が犬走りに当たり始めた。 今では犬走りを覆い尽くし、基礎の根元まで来ている。 これから日を追って、基礎を登って、廊下に達し、 やがては廊下を越えて、部屋の中まで入ってくる。 ちょうどその頃は残暑厳しい頃。だが、暑さの先が見え始めた頃でもある。 子供の頃、母親に家に入る光は一日に畳の目一つ進むと教えられた。 暑さが身にしみるこの頃になって、それも確かめてみたいと思うようになった。 夏水仙は学名を Lycoris squamigera と言い、 この事から リコリス ともいう。
2007年07月26日
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棒を立てたように茎(約65cm)がすっくと立ち上がり、 その先端で6個の花が中心から外に向けて輪を描くように咲いている。 花の色は淡いピンク色。真夏の太陽の光を和らげてくれているような色合い。 今まで庭に咲いていた花もほとんど枯れ、 緑色に囲まれるなかで、これだけが唯一、際だっている。 水仙と名がついているが、葉が似ているためで、 名前とは異なり、ヒガンバナ科ヒガンバナ属に属する。 今、咲いている花と言えば裏で咲いているのは黄色い花ばかり。 こちらは胡瓜・ゴーヤ・ミニトマト。 花はあじけないが、実には味がある。 今年のミニトマトは例年に比べて皮がちと固いのが難点。 肥料の関係だろうか。
2007年07月25日
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山に登る人達の間では、梅雨が明けてからの十日間は天候が安定し、 山登りには最適の期間とされている。 だが、こんなこともある。 二十代最後の年、梅雨が明けると仲間を誘って、 休暇を取り、瓶が森(1896m)に出かけた。 ところが途中で小雨が降り出し、途中のお堂で2泊する。 休暇が終わるので、雨の中、頂上まで行って帰ろうということになり、 出かける準備をしていると、 山から降りてくる人が「道は滝のようで下りるのがやっと、登るのは無理」 と忠告してくれた。 それで諦めがつき下山する。だが、バス停まで来ると太陽はカンカン照り。 バスのなかでは、 乗り合わせた人が「天気が良くて最高だったでしょう」と言ってくれる。 さっきまで降っていたのに。 山に目をやると、頂上付近だけが厚い雲に覆われていた。
2007年07月24日
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今日は二十四節気の一つ大暑。 昨日まで曇ったり降ったりしていた空も青く晴れ上がり、 真夏の太陽が照りつけている。 涼しかった昨日までと打って変わって、部屋の温度も30度を超えた。 四国地方の梅雨明けも、今日宣言された。 お天道様も、そんなに律気に、暦に反応しなくてもいいのに。
2007年07月23日
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昨夜、ヤモリが現れた。 ここ数年、毎年、真夏になると、 毎日のようにガラス戸の外に一匹へばり付いている。 多分、そこに集まる虫を待っているのだろう。 来ないときも、たまにはあるが、二匹になることはいまだかってない。 一匹分ぐらいの餌しかないのか? 一匹が縄張りを独占しているのか? 一夜のうちでも、何匹かで入れ替わっているのか? その辺のところは全くわからない。
2007年07月22日
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500m位先にある山肌がうっすらと煙っている。 その奥にある山々は全く見えない。 空は朝から曇っていたが、 午後3時頃になって、ときたま薄日が差したりしはじめた。 それが一層、蒸し暑さを増し、肌の汗がなかなか乾かない。 スカッと晴れ上がってくれた方が暑さが凌ぎよいのでは、と思ったりする。
2007年07月21日
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今日は土用の入り。 薄曇りで蒸し暑いが、例年の焼き付けるような暑さはない。 ちなみに鰻受難の丑の日は7月30日。 今日のチラシに早くも鰻の蒲焼きが載っていた。すべて国産。 鰻は好きでよく食べる。 わが家では保温中のご飯の上に蒲焼きをのせて温め、鰻丼にする。 ご飯の上で温めるのが身がほんわかと柔らかく、 一番美味しいように思える。 身がしっかりと固い方が好きと言われる方もおられるので、 必ずしもすべての人にお勧めとはいかない。 後18日。土用があければ立秋。 その後、残暑は続くが、秋の字がつけば先が見えてきた気になる。
2007年07月20日
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薄雲が掛かっていて、日射しが強くなったり弱くなったりしている。 完全な青空はないので照りつけるような日射しにはならない。 だが、湿度が高く、蒸し暑い。 ホームセンターで購入した、ちゃちな湿度計は、 70%をわずかに越えている。 九州南部では梅雨が明けたと報じられていた。 こちらも、そろそろ梅雨明けか? 冬の寒さより夏の暑さのほうがよい、 とシャツが汗でビッショリに濡れても平気で歩いていた去年だが、 今年は家のなかに引きこもっていても相当こたえそう。
2007年07月19日
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省エネ生活を紹介する番組のなかで、屋上に植物をおくというのがあった。 部屋を冷房するなんてことの無かった時代は、 蔦でおおわれた建物があちらこちらで見かけられた。 それで、部屋の中の温度が一・二度下がるとか聞いた。 その様な時代、書類を書くときは、文字を書く手前をタオルで覆い、 腕の汗で書類を汚さないように気を使った。 当時はペン・万年筆が主流であったので、紙が濡れると字が滲んでしまう。 扇風機などは当然ない。 夏になると団扇が活躍する。 年中、引き出しのなかにあり夏になると机の上に出てきて主役となる。 出歩くときは、扇子が必需品。 今では団扇は盆踊りで見かけるぐらい。 扇子も舞やお茶席では必需品だが、一般的にはほとんど必要ない。 昔の生活に戻れば、随分と省エネになるのだが、 そんな話に乗ってくれる人はいないだろう。 書いた本人でさえ嫌だ!
2007年07月18日
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昨年の春、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」をイメージして撮したもの。 「蜘蛛の糸」は青空文庫で読むことができる。「蜘蛛の糸」(青空文庫)↑上の文字をクリックすると表示さる。 今は現在の競争社会で、金づるに群がっている亡者にも見える。
2007年07月17日
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台風が通り過ぎたかと思ったら、震度6強の地震報道。 震度4強までしか体験したことがない。 震度6強とはと調べてみると、 人は立つことができず、はって移動できる程度。 固定していない家具のほとんどが移動するか倒れる。 その状況で、じっと治まるのを待つしかないと言うその間の心境。 それこそ生きた心地はしなかっただろう。 地震・雷・火事・親父と怖いもののトップに来ているのもうなずける。
2007年07月16日
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台風は午前3時頃の予定なので、気にせず寝床に潜り込んだ。 朝、目が醒めると雨はすっかり上がっているが曇り空。風は全くない。 台風明けの青空は期待外れだったが、 午後二時半頃になって、それらしき澄んだ青空が広がってきた。 当地では2地区の方が避難勧告を受けて避難をしていたが、 被害があったとは今のところ聞かない。 今朝、新聞を取り込んで一番に目に飛び込んできたのは、 「早明浦ダム貯水率100%」の文字。各地の水瓶も相当に潤ったことだろう。 各地で被害を受けられ方々のことを思うと単純に喜んではいられない。 フィリピン東海上の水温が31度。 この海域が27度以上で台風が発生するという。 この高い温度が、強大な台風が発生する原動力になっている。 これも地球温暖化のなせるわざか? 我々の生きている間は大丈夫だからなどと言わず、 孫子、その先の世代のことを考えて、 微力でも地球温暖化現象を阻止する努力を続けたいものである。
2007年07月15日
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昨夜から雨が降り続いている。 この時間帯になって一層激しくなってきた。 庭の水はけが悪いところで水たまりができている。 家の東側は道路が少し坂になっていて、 川とまではいかないものの薄い水の層が流れている。 まだ台風の中心は九州の南端。こちらでは風もまだでていない。 台風の道筋は当地より南側を通る予想。 その進行方向の左側は右側より風が弱いと言われるので少しは気が楽。 日本列島から離れて海上を進んでくれれば、言うこと無しなのだが。
2007年07月14日
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中国でダンボールを餡に混ぜ込んだ豚まんが発覚したと報じられていた。 戦後の混乱期、工業用エチルアルコールを使って、 合成酒を造って販売し、それを飲んた人が失明したという事件があった。 中国も急成長をしているが、あの頃の混乱が生じているのだろう。 合成酒とはエチルアルコールにブドウ糖・有機酸・塩類・酒粕・ビタミン類・ 色素・香料等天然物に由来するのものが加えてつくられる。 エチルアルコールはアルコール税がかって高い。 工業用エチルアルコールはやすい。 そのかわり工業アルコールには、飲用につかえないよう、 毒性が強いメチルアルコールが少量加えられていた。 メチルアルコールとエチルアルコールでは沸点が異なり、 分流器を使えば完全に分離することができる。 その当時は酒など高くて手がとどかず、会社の器具を使って分流し、 合成酒を造って楽しんだこともある。 これは密造だからあきらかに違法。だが、もう時効。 勤務時間中にこんなこともできるのんびりした時代でもあった。
2007年07月13日
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自動車道がつくられるとき、 土砂を移動するダンプが行き来するための道が造られた。 それがきちんと舗装され整備されて残っている。それを側道と呼んでいる。 その側道から自動車道まで急な斜面になっていて、雑草が生い茂っていた。 その側道の近くのある方が一人で、 自動車道公団の許可を得、雑草を刈り紫陽花を植え始めた。 一年・二年とするうちに花が咲き出すとなかなかなもの。 その地区の他の人達も一緒になって植え始め、 今では草刈りも共同でやっておられる。 その間の距離は500メートルぐらいあるのではないだろうか。 昨年はかなり見応えがあったが、今年はさらに木が大きくなり、 散歩する人の目を楽しませてくれていることだろう。 この地区の人はこの道筋をアジサイロードと名付けている。
2007年07月12日
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「半夏のはげ上がり」「石鎚の大糞流し」という言い伝えがある。 前者は七月の初めから十日頃まで、 カンカンでりの暑い日が続くことが多く、こう言われていた。 後者はお山開きの期間には登山者がとくに多く、用を達する人もおおい。 なので、その期間がすぎると、 石鎚の神さんが大雨が降らして綺麗に洗い流してくれる。 気象のそんな傾向は確かにあったが、最近はそうとも言えなくなってきた。 気象の状況も時の流れとともに次第に変わっていくもののように思える。
2007年07月11日
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石鎚山お山開きの最終日。 七月一日に山頂社に担ぎ上げられたご神体が中腹の成就社に降ろされ、 十日間のお山開き大祭終わる。 若い頃、普段着に運動靴で笹ヶ峰・瓶が森・石鎚・面河へと 歩き回っていた頃が懐かしまれる。
2007年07月10日
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ミニトマト・胡瓜・ニガウリの黄色い花に囲まれて、 朱紅色のモントブレチアが咲いている。 渡り廊下のすぐ近くで咲いているので通るたびに目に映る。 それが、いつの間にか花の色があせてきたかに見える。 花の命は短い。 だが、毎年同じ時期によみがえって楽しませてくれる。
2007年07月09日
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小学生の頃は現在のように給食など無く、 家庭で作ってもらった弁当を持参していた。 当時はどの家庭でも、ご飯の片隅にわずかなおかずがついていただけが普通。 お金のない家庭の子は校庭に出て水を飲んで済ましていたという話しもある。 だが、1937年7月7日、日本軍の夜間演習中に、 中国軍の銃撃を受けたとして始まった廬溝橋事件が、 日中戦争に発展して行った。 それを受けて通っていた小学校では、 7月7日は戦地の兵隊さんの苦労を偲ぶ意味で、 日の丸弁当と定められた。 日の丸弁当とは、弁当箱のご飯の真ん中に梅干しが一つ乗っているだけ。 弁当の切ない思い出は未だに脳裏をはなれない。 食べ物の恨みは怖いと言うがまさにそのもの。
2007年07月08日
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昨夜から雨が降り続いている。 これを書き始めた頃はこぬか雨。そろそろ上がってきそう。 数日暑い日が続いていたのに昨夜は気温が前日より4~5度もさがり、 洗って仕舞い込んでいた冬用の寝間着を取り出し、布団も厚いものに変えた。 体温調節能力が衰えているのか、気温に敏感に反応する。 歳の数え方には「数え歳」と「満年齢」がある。 今は満年齢が通常使われている。 しかし、神社での歳祝いなどの行事、お寺の行事などは、 古代から使われきた数え年でおこなわれる。 数え年は生まれたときが既に一歳、初めて正月を迎えれば二歳になる。 満年齢に比べて一歳から二歳多くなる。 ここ一・二年「まだ七十代だから」「もう八十代だから」と そのときの都合のいいように使い分けてきたが、もう、それもできなくなった。 どうあがいても完全に七十代を超えてしまった。 門松は 冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし 一休さんの歌と聞く。 沢山の方から書き込みを頂き有り難うございます。 早く元気にならなければと、非常に勇気づけられました。 まだパソコンの前に座れる時間もあまりとれず、 ご返事を書けませんが、どうぞお許しください。
2007年07月07日
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雨の中、玄関先で淡いオレンジ色のグラジオラスが咲いている。 和服で蛇の目をさして立っている人を思い浮かべた。 見とれていると、切り取って花器に活けてくれた。 部屋の空気が変わる。 かなり降り続いている。 テレビの天気予報ではダムの貯水率が毎日報道される。 水不足で苦労している愛媛では恵みの雨。何ポイント増えているか楽しみ。 給水制限がおこなわれている地方では、 これで一息つけると言うまでには至りそうもない。 静かに、もっともっと降り続いて欲しいもの。 今夏の水事情はなかなか厳しそう。
2007年07月06日
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