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私のパートナーのはお化粧を全くしない人・・・・偶にお出かけがある時にお化粧を薄くするくらい・・・はお化粧にも興味がないし、お風呂の後のハンドクリームなんかも気にしていない、お顔のお手入れもなし・・・という豪快な方。娘のダイエットさんをはじめ娘たちはみんなお化粧をきちんとします親子なのに全く違う価値観になってしまいましたね。のお母さんから時々クリームなんか貰ってくるようだけど三日坊主みたいだし、本格的に自分で化粧すると「出来が悪くて」気分も良くないみたい家族のことはこの位にして・・・本題は・・・「お化粧する場所」について考えて見ました。通勤の時にバスを使うのですが始発の停留所ということもあって必ず座れます。ある日、女子高校生tが慌てて乗り込んできて、バスが発車したとたんにカバンを開けてお化粧道具を取り出していざ「お化粧タイム」となりました。目から、眉から、頬から顔全体です。こんな光景は日常茶飯で気にする人もいませんが・・・・以前、大阪から和歌山までJRに乗った時の女子高生は凄かったですね。ガタンガタンと揺れる列車の中でビューラーで睫毛の手入れをしてましたね。慣れているせいか上手なものでしたバス、電車の中で平気でお化粧する人がいるのはどうしてなんでしょう古い感覚ではトイレ、最近ではパウダールーム、つまり化粧室で人目を憚ってお化粧するのが礼儀のように思うのですが・・・・。そんな部屋があるってことは女性にとって化粧する姿を見られるのは恥ずかしい事なんでしょう?「すっぴん」が恥ずかしくて、化粧する姿を人目に晒すバス、電車、クルマの中は「なぜ」平気なんでしょう。私の勝手な解釈ですが「お化粧」というのは「仮面をかぶるようなもの」だし、姿を変えることですから他人には知られたくない秘密の儀式のようなものだと思います。男で言えば、あたり構わずシェーバーで髭を剃る行為だし、鼻毛を抜く行為と等しいのですが・・人前で化粧する人に注意する人はほとんどいません。まあ、この人はこのような価値観の人だと皆が思っているのでしょう。化粧品メーカーや美容部員の人は「電車、バス、クルマの中」という公衆の前で化粧するのは下品で野蛮な行為だと教えないのでしょうか?タバコのポイ捨てもマナー違反ですが化粧もマナー違反なのでは?誰がいつ何をするのかは勝手ですが、女性が公衆の前で「鏡に向かい自分の顔にお絵かきしている」のは男性にとっても気持ちのよいものではありません。「ここは化粧室でもトイレでもない」と一度注意したい・・・・
2006.12.29
昨日お約束したように今年の干支はどうなっているかというと・・・平成十八年新年の干支に思う(明徳と臨機改革の年) 関西師友協会平成十八年の干支(カンシ・えと)は丙戌(ヘイ・ジュツ、ひのえ・いぬ)であります。正しくは丙戌の年、俗に言えば、いぬ(犬)年です。この丙戌の年は干支ではどうなるのか、又この年、我々はどうすれば良いのか。安岡正篤干支額を参考に述べますとまず「丙」という文字は十干の第3番目で、一昨年の「甲」の年(草木の芽が殻を破って頭を出した)から、昨年の「乙」の年(出した芽が寒さや抵抗にあって伸びきらず曲折していた)を経て、陽気が一段とはっきり発展することを示しています。また、「丙は炳なり」と云われる同義語があり、炳は、明らか、とか、光り輝くという意味があります。文字学的には云いますと、「丙」の字の上の一は、思い切って伸びる陽気を表し、冂は囲いを表し、それに入という文字から成り立っています。つまり物事は発展して行っても、盛んに成りっぱなしということは無い。生命や創造の働きというものは、無限に循環的発展です。例えば、我々の生命力が伸びて、成長するということは、同時にやがて老衰するということです。物事はすべて、盛んな時に必ず衰える「幾」(兆・きざし)を含んでいるわけです。従って、「丙」の年は。何ごとも明らか(炳)で、光り輝きますが、陽気が盛んになったからと云って、有頂天になってはならない、「哲人は幾(き)を知る」という名言の通り、変化の機に注意すべきことを教えています。 一方、「戌」の字を調べてみますと、「茂」と同義の語で、しげる、繁茂する、とか、さかん、ゆたか、多いなどの意味があり、発展的な様相を示しています。 しかし、茂ること、枝葉の繁茂・成長が過ぎますと、かえって木が傷んだり、日当たりが悪くなったり、風通しが不十分になったり、末梢的煩瑣・わずらわしさが過剰となる状態に到ります。 従って、「戌削(じゅつさく)」と云う言葉があるように、思い切って枝葉末節や煩瑣・冗漫なことを刈り取って、簡易化、簡素化しなければなりません。いわば無駄なことを省いて合理化して行く、改革の断行が肝要なのです。 以上要するに、「丙戌」(ひのえ・いぬ)の本年は、陽気は明らかに延びて行きます。人としての道を明らかにして行く明徳も大切です。ただ反転する気配もあるので、変化の機に注意し、順調な繁盛の中にあっても、煩雑なものを断乎として切り取り、簡素化して行く合理性、戌削的改革が求められる年と考えられます。楽々なりに振り返ってみるとどうなっているのでしょうか?まずは経済について景気は腰折れせずに年末まで何とか上昇局面を維持することができましたから「陽気は一段とはっきり発展する」という点では該当していますスポーツの世界では「冬季オリンピック」での荒川静選手の活躍やチーム青森が日本代表となったカーリングの活躍も「陽気」を感じました。残念ながらサッカーの日本代表はドイツのワールドカップでは活躍できませんでしたが「発展途上ではあるが変化の兆しが見える」という点では中田選手の引退を予想していたようです。政治では「変化の機に注意する」とあり、小泉政権から安倍政権への交代を示唆していたわけです。また、小泉前首相が拘っていた「靖国問題」も安倍首相の訪中、訪韓で変化がありました。また、国際的にもイラクの米軍作戦が暗礁に乗り上げ、アメリカの中間選挙で共和党の大敗もありました。最近の本間税調会長の辞任も「発展」を目指して行く中での変化であり整理だったのかもしれません。また、ホリエモン、村上ファンド事件をみれば天下をとったような言動をして経済界のスターのような扱いを受けていた会社や代表者が「退場」してまさに「簡素化」され整理されたわけです。姉歯事件もそうなのでしょう。皆さんはいかがな年でしたでしょうか?昨日も書きましたが、干支は来年2月の節分を区切りとしてますので新年の一月はまだ戌年なんですからお気をつけて下さい
2006.12.27
いよいよ年末・・・新年まで一週間ですね・・という事で来年の干支の解説です出典は「関西師友協会」という安岡正篤先生を師と仰ぐ会のものです。安岡先生についてはこちらをご覧下さいhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E5%B2%A1%E6%AD%A3%E7%AF%A4私も月に一度は安岡先生の著書を輪読する会に入って勉強しているのですが、中々実践には結びつかなくて・・・・干支(かんし)は中国渡来のものですが「占い」とは違います中国大陸で天然自然の現象と変化を観察し、記録し何千年の間に整理してきたものです。今風に言えば「科学」的手法で編み出されたものです。文字学とも密接に結びついていますが、新年がどんな年となるかの予想ですから暗夜の一灯のつもりでお読み頂ければ幸いです。なお、干支は陰暦で運用していますので正確には2月の節分から始まるので新暦、太陽暦ではないことにご注意下さい。平成十九年 新年の干支に思う(日新と核心革正の年) 関西師友協会 平成十九年の干支(かん・し)は丁亥(テイ・ガイ、ひのと・ゐ)であります。正しくは丁亥の年、俗に言えば、ゐ(猪)年です。 この丁亥の年は干支ではどうなるのか、又この年、我々はどうすれば良いのか。 安岡正篤干支学を参考に述べますと まず「丁」という文字は、十干の第4番目で「一」と「亅」とから出来ております。 「一」は従来の代表的な動きが、なおいまだ継続していることを表しており、昨年の「丙」の字の上の、陽気を表していた「一」の続きであると解釈できるものです。 また、「亅」は、その在来の勢力に打ち当たり、対抗する新しい動きを示しています。つまり丁という字は、新旧両勢力の衝突を意味しているわけです。 従って「丁」が在来の勢力を意味する時には、「さかん(盛)」とか「つよい(強)」と読み、血気盛りの男子を意味する、壮丁、丁男、丁強、などという熟語があります。 また文字学の古典『説文解字』によると「一」は木の上部、枝や葉を表し、「亅」は茎や幹を表し、草木の繁茂することを意味します。物事がすべて。盛んである状況を「万物は丁壮なり」などと表現します。 一方、「亥」の字を調べてみますとこれは「核」と同義で「亠」は上を表し、下の「○」(亥から亠を取ったもの)は、男女が二人並んで、何事かをはらんでいる(孕む)貌(かたち)を表しており、女性の妊娠を表す象形文字だとも云われます。 また核は、果実の中心にあるもの、たね(種)であり、物事の中心、或いは次世代につながる重要な問題点と考えられ、核心、中核などの熟語として使われます。さらに子ども扁がついた「孩」(がい)は、育ち行く幼児を意味しています。 いずれにしても「亥」の字は、何事かを生もうとしている、色々なエネルギーや問題をはらんでいる、という事を示している、核活用の時代に相応しい、暗示に富んだ文字です。 以上要するに、「丁亥」(ひのと・ゐ)の本年は、物事がすべて盛んになる年です。そのため昨年から続いている在来の諸勢力に対して、新しく実力を身につけたグループや気鋭の人々が盛んに輩出して来て、重要な核心について衝突したり、行き当たったりする問題が増えて来ます。 従って本年は、その盛んな状況において、日々新しく、私心に捉われることなく、公明正大に、社会的正義の観点に立って、物事の核心を革め正して行くべきでしょう。 終わりに皆様方の新年の、ますますお元気なご活躍と多大なるご清祥を心からお祈り申し上げます。明日は今年の干支について書いてみますので・・・当っているかどうか確認してみて下さい
2006.12.26
興味のあるものは直ぐに検索・・・時間を忘れて・・・というパターンになってしまう「楽々」なんですが・・・「硫黄島からの手紙」を見て栗林中将を検索していたらJapan on the Globe-国際派日本人養成講座 というページに漂着してしまいました。平成9年から続いているので9年の歴史を刻むページです。冒頭の国際派というので「海外留学」か「外交官志望」の方のページかと思っていたらそうではなく国際社会から見た日本人、日本社会であり世界に胸を張って生きようという心意気のあるページでした戦後教育を受けて中には「平和授業」なんてのを受けた方やマスコミのいう事だけが真実だと信じてきた方には少し強烈な印象を与えるかもしれません。物の見方には常に表と裏があって、戦争であれば「勝者の論理」もあれば「敗者の論理」もあるし、貿易であれば「輸出」する側、「輸入する側」と全く正反対の論理を持っているものです。人間の行う行為には絶対というものはなく、時間がたてば評価も変わる事があるし歴史も見ようによてどのようにも解釈できます。ネットの時代に大切な事は一面の価値観だけで物事を見なくて済むようになったことです。多くの人が意見表明できるようになって事実を反対側から見ることができるようになりました。ネット社会以前は報道の自由といっても「新聞社」「記者」の個人的な価値判断があったり、官庁との取材協定などがあって制限が存在していました。誘拐事件などで報道協定するのはよくわかりますが、社会的事件や歴史認識など多様な価値観があるにも関わらず一定の価値観をもって報道するマスコミが存在します。先のページはマスコミでは聞けないようなお話が掲載されています。メルマガで2万人を超える人が購読しているのですから立派な新聞社とも言えますが・・・運営している伊勢雅臣さんの努力もあるのでしょうがこの情熱はたいしたものだと思います。いろんな意見がネットにあるけど「良識」の範囲のものだと思いますのでご紹介しておきます。
2006.12.25
ふぐ料理というと高い、高級のイメージですが・・・確かに料亭だと高いですね。本物のトラフグですし季節も師走で宴会などにも使われるので需要と供給の関係でどうしても高くなります。ふぐが高い理由は「ふぐ漁」は大変コストが高いのです。冬の日本海で漁場を求めてふぐ漁師さんは北朝鮮ぎりぎりから韓国、玄界灘、山陰沖と広い範囲を移動します。はえ縄漁で一本何千メートルのはえ縄に何百もの餌をつけた枝縄に針をつけて流して捕まえるわけです。これを数箇所一晩で流すわけです。当然、朝になれば回収するわけですから重労働です。一日で10匹もとれれば良い方でしょう。広範囲に動くから燃料代も凄いし、餌代も凄いわけです。そんなわけで最近は養殖ものや輸入ものもあるようです。素人からみると養殖とか輸入は見分けられないですね。普通の魚だと絞めたものを売り場みる事ができますが、フグの場合は調理したものしか見れないから、お店の良心に任せるしかありませんね。ふぐを捌くにも「特別の調理免許」がいりますから・・・・私は少しばかり趣味で鯛つりをするのですが、その時に外道で「カナトふぐ」がかかります。小ぶりのふぐですが、毒がないので持ち帰って刺身にしたり、から揚げにしたり、皮は湯引きをして氷水で急冷すると美味しいですね刺身にしても板前さんのように薄くは引けませんから厚い切り身で歯ごたえよく食べるのも良いものです。九州北部の人に聞くと魚屋さんが「ふぐ調理の免許」をもっているので「ふぐ料理セット」を頼むことができて、ふぐ刺しと「あら」を届けてくれるので後は鍋料理用の野菜、豆腐などを用意しておくと自宅でふぐが食べれるそうですよ。お値段も格安で一人前で7,000円ぐらいなんだそうです。でも高いですね。お料理屋さんだ3万円以上だから・・・・難しいのはヒレ酒で、ヒレを焦がさないように弱火でやくのが難しいとの話です。ふぐは淡白な味といわれますが油も結構のっていて決して薄味ではないですね。
2006.12.24
昨日は天皇誕生日の休日・・・・この日は私とがお世話をしたカップルの一粒種の子供さんの誕生日毎年恒例でお誕生会にお招き頂きます子供さんとご両親、そしてお祖父さん、お祖母さんの6人です私とがお世話したんですが、いろんな事情があったのです。ご夫婦が仲良くしてるし子供さんも元気に育っているし、お祖父さん、お祖母さんも「孫は無理かな」なんて言ってたのにどんどん成長してるお世話した甲斐があって本当に良かったと思います毎年誕生日のプレゼントは何が良いかなあなんて考えるのですが今年は「絵本」にしました。もう4歳だから幼稚園にも行ってるし字も少しはわかるんではないかと思って・・・そして、ディズニーの塗り絵・・・さて、恒例のお誕生会のメインは「河豚コース料理」なんです毎年河豚なんで恐縮なんです。それも料亭の立派なお席で?万円もするコースですから、当然河豚も「トラフグ」つまり正統派ですまずはお誕生会だからケーキにキャンドル・・・恒例の蝋燭を吹き消して・・・今日は本人が恥ずかしがってママが代理でしたまずはビールで乾杯、そしてふぐ刺しから・・薄づくりで大皿の模様が見えるようにつくるのですがうあんまり見えない方がよいですね。肉厚ということだから・・・葱を巻いて少しづつポン酢でたべるんですが口の中で河豚らしい歯ごたえと魚の風味がいいですね。私は皮の湯引きも好きなんですがこちらは、葱を刻んだのをポン酢に入れて食べますが、皮と身の間のコラーゲンの部分が美味しいですね。ふぐ刺しなのでビールはコップに3杯程度にして後は「お勧め」のひれ酒です。熱燗にして蓋をとってアルコールを飛ばすと完成です「うーむっ、旨いですね」 上手に焼いた河豚のヒレの出汁が日本酒にしみだして・・・。日本酒が大好きな私としては堪えられないですね次は河豚の「から揚げ」です。3切れぐらいだけどレモンをかけて頂くとこれも中々に旨いですね。から揚げにすると「トラフグ」であれ他の河豚であれ味はそう変わらないんものです。そして「てっちり」つまり河豚鍋です。お店の人が上手に河豚と葱、白菜、豆腐なんかを目の前の鍋で調理してくれ取り分けてくれます。ヒレ酒も何杯か飲んでるし、鍋ですっかり身体も温まりました。ヒレ酒はどうしても河豚の香りが着いているので「日本酒」に変えてもらい鍋を頂きました。やはり日本酒と鍋がよくマッチします。は薦められて「ワイン」を飲んでます。気分も上々で精神的にもすごく良いですね。河豚鍋の最後は雑炊です。河豚と野菜の出汁が出てますし卵をさっとかけて熱々のところを頂きました。楽々はこの最後の雑炊が楽しみです。鍋料理やシャブシャブの時も最後にご飯があると落ち着くのは日本人、つまり葦原瑞穂の国のDNAなんでしょうか?美味しい料理を頂いて帰宅することになりましたが、今夜はとても気分が良いので途中のスナックで「一杯」やることにしました。私はバランタインの12年をオンザロックで、は甘いお店自慢のカクテル、そしてもう一杯は私はリンゴのブランデーのカルバドス、はまたまた特注のカクテルを飲んでご機嫌モードです。少し歩いてタクシーを拾って楽しいお誕生会と河豚とお酒の一日を終えました。
2006.12.24
今村大将の父上(虎尾)は裁判官でした。その為に生まれは宮城県仙台なのですが、山梨県鰍沢、甲府、新潟県新発田と父上の転勤と共に転校されています。旧制甲府中学では戦前に外務大臣をした幣原喜重郎氏の兄である幣原坦(たいら)氏が校長でした。後年、インド大使館付き武官をしている時にインド大使館に勤務する外交官から喜重郎氏宛ての手紙を託されて訪問する話などもあります。その後新発田中学に転校して卒業し旧制第一高等学校か東京商科大学(現在の一橋大学)を目指していたのですが父上の突然の死で「陸軍士官学校」に進路を変えて軍人となります。明治期の軍人には、陸軍幼年学校、陸軍士官学校、陸軍大学と幼少期から陸軍一筋というばかりでなく、一般の中学を卒業した人もいたようです。一般社会の価値観を持っている事から物事の平衡感覚に優れた人もいたようです。今村大将のおじいさん(鷺之介)は仙台藩の重臣、参謀であり幕末の戊辰戦争でも活躍された人でした。幕末の剣士として名高い千葉周作門下の四天王の一人であり仙台にいた「桜田良佐」氏の娘を娶って虎尾氏が誕生するのですが、早くに亡くなって後妻をもらい、西南戦争くらいまで生きておられたとのことです今村大将が士官候補生となった時の上官がA級戦犯で刑死した板垣征四郎大将です。後に板垣大将が陸軍大臣時代に副官として仕える事となります。その時に、K氏という仮名で出てくるのですが「児玉誉士夫」が陸軍の機密費を使って中支派遣軍の為に平底船を斡旋するという逸話があります。今村大将が念の為に憲兵大佐に調べさせたところ大阪淀川の船会社が倒産しその船舶を陸軍に買い上げてもらおうということだとわかり、板垣大臣に「以後、Kとは直接お会いになることを禁じます。用件は今村が伺います」とはねつけた話もあります。ロッキード事件でフィクサーとして暗躍した人ですがこんな時代から色々とやっていたようですフィリッピンで刑死した本間雅晴中将とも同期なのですが、駐英武官に赴任する時もアメリカ大陸を横断し、大西洋を越えて一緒に行動していました。本間中将についてロンドンで悲しい話があるのですがそれはまた別の機会に・・・・
2006.12.20
先日ブログでお約束したように「今村均陸軍大将」と「井上成美(いのうえしげよし)」海軍大将について少し書いてみることにします平和憲法での下で育てられ、平和教育なる日教組の指導を受けた世代が大半となった人に戦前の軍人のことを語ってわかって頂けないかもしれませんマスコミ報道をみていても、日本軍は「占領軍」で非人間的な行為をした軍隊だという印象を持つ方もいるでしょう。敵側からみるとフィッリッピンの「バターン死の行進」、クワイ河マーチで有名な泰緬鉄道(タイとビルマの間)の建設で捕虜を虐待したという事件や北野たけし監督の「戦場もメリークリスマス」などでは試し切りとして捕虜を切ったという話、そして満州での733部隊の生体実験などが著名な事件です。その他にも多くの残虐行為をしたと交戦した敵方からの告発がありますそして、中国では「南京大虐殺」など真実はどうだったのかはわからない事があります。わが国の国民の側にも「軍隊生活」の規律の厳しさ、古参兵の新兵いじめ、戦場の興奮による非人間的行為、捕虜として収容されて価値観の激動などが強く影響して軍隊を否定的にみる見方が多くあります。公として国民に強いていた「八紘一宇」つまり世界は日本を中心として纏まるという考えや「天皇の神格化」など国が戦意高揚の為に国民に知らしめていたことが敗戦によって完全に否定されました。中でも大本営発表という戦果の報告に虚報が多かったことや満州事変は日本の関東軍によって引き起こされた事件であったことが判明して「帝国陸海軍」の権威は地に落ちました。さらに、戦時中は「憲兵」が警察力を超えて政治家などを監視していた制度は誰も心地よい時代ではなく多くの反感があり、敗戦によって憎しみとして記憶されるようになりました特高は「特別高等警察」の略でこれは警察組織であり、治安維持の為のもので軍隊とは別個の組織です他にも色々な背景があって帝国陸海軍は名誉回復するに至っていません。戦犯問題なんかでもそう感じますさて、悪としての軍隊、帝国陸海軍という一面の評価ですが国家として育成し多くの国民が関わった組織ですから全てが悪とは言えないと子供の頃から思っていました敗戦後の長い間、軍隊を経験した方やご遺族が国民の大半の中にいる時は冷静な話ができなかったのですが最近は第二次大戦について「硫黄島からの手紙」をはじめ新たな視点での映画が出てきましたさて、今村大将については伝記もありますし知る人ぞ知る人です伝記の中には大変興味深いものが数多くありますロッキード事件で有名になったフィクサー(政界の黒幕)の児玉誉士夫の話も出てきますまた、陸軍士官学校、陸軍大学の同期でありマニラで戦犯として処刑された「本間雅晴中将」との交友やイギリス駐在武官時代の悲しいお話も出てきますまた、「戦陣訓」制定の時も当事者であり、その制定の経緯なども詳しく述べられています今村大将を有名にしたのはインドネシアのジャワ島の占領司令官としての戦犯容疑でオランダ軍に収監されていたのですが、インドネシアが独立する時に東京の巣鴨刑務所に移送されました。しかし、終戦時に所在した「ラバウル」で部下だった人たちがマヌス島という孤島に400人も戦犯としてオーストラリア軍によって収容されており、自ら望んで元部下たちのいるマヌス島に移送させ戦犯として通算10年の時を過したことですもう一つは、多くの部隊が玉砕や総攻撃をして無駄死したのですがラバウルは内地からの補給がなくとも自給自足で生きて闘うという方針を貫徹させたことです
2006.12.18
今日は我が家が門徒となっているお寺での集まりに行ってきました門徒といっただけで宗派がわかる人は宗教に詳しい方ですが・・・今日は「門徒」の忘年会のようなものでしたまず初めに本堂で我が宗派の著名な「お経」を皆で詠んでいきます。「南無・・・・・」なんて最後に何度もいうのですが・・・お経の前に高齢のご婦人方が「何度お経の解説を聞いても憶えてないし、お経だけじゃわからないから・・・」なんて本音を話してました庫裏に移動して宴会です今日は仕出しでしたが、立派なお料理でしたお寺というのに「タンシチュー」がでたり、パンがでたり、デザートはプリンも出ましたね。私の昼食としては完全にカロリーオーバーです。お酒が出るのもわかっていたので今日は「クルマ」で行きましたので酒を遠慮する口実に十分なりました。宴会の途中で「和服」を着た方が趣味の日本舞踊を踊ってくれました。婦人部の幹部の方が事前に余興をお願いしていたようです。ラジカセにカセットを入れて2曲もご披露して頂きましたそして、ビンゴゲームやじゃんけんゲームをして賞品を頂きました私の賞品は「稲庭うどん」でしたよお寺も高齢化社会ですから門徒を大事にしないと大変ですね私は、父が亡くなった30歳ごろに父の後を継いでお寺の世話役をさせて頂いた時期があります。ちょうど建替えの頃で寄進を求めたり、新築のご披露のお世話をしたりと多忙でしたが良い思い出です新築披露の時は「稚児行列」に我が家の娘たちも稚児姿になって歩いたものでした。その後、仕事が忙しくなってお世話も十分に出来ていなかったのですが現在は時間もとれるようになったし、今年は「命拾い」をした年なので気持ちを入れ替えてお寺のお世話をしてみようと思っています
2006.12.16
映画「硫黄島からの手紙」は反響も大きいようです主人公の栗林中将役の渡辺謙さんの好演とイーストウッド監督の演出の良さでしょうか?青春時代から「天邪鬼」の毎度楽々はマスコミや学校の先生がいうような「帝国陸海軍軍人はつまらないもの」という考えに反発がありました貧富に関わらず日本中から選抜され陸軍士官学校、陸軍大学、海軍兵学校、海軍大学を経て、武官として海外大使館に派遣された人たちがそんなに愚かな人ばかりだったはずはない。肉体も精神も教養も国際的に通用する人として教育、体験させたのですから・・・・我が日本人の先達は「馬鹿」ばかりのはずはないと思っていましたそこで立派な軍人が絶対にいるはずだと調べていると陸軍の今村均大将海軍の井上成美大将のお二人の伝記を探し出すことができましたこれから少しお二人のことを書いてみたいと思っています今村大将はジャワ島派遣軍司令官の後にラバウルを管轄とする司令官に転出し、いたずらに兵力を損耗させることなく最後まで守備防御を貫いた方です。戦後はオランダから戦犯として訴追され、インドネシア独立と同時に放免されたのですが、ラバウル時代の自分の部下が未だ戦犯として南海のマヌス島に収監されているとして自ら再度戦犯としての罪に服すとして昭和30年まで獄にいた方です井上大将は米内、山本、井上の親米3羽ガラスといわれた方で海軍兵学校校長時代には英語教育廃止の俗論を退けて英語教育を続けさせた方として有名です。今村、井上両大将とも戦後は世間の表舞台に出ることなく「ひっそりと生活」され部下の将兵の慰霊に勤められた方たちです。今村大将の伝記なんかは映画にすると面白いと思うんですが・・・それでは次回から少しずつ初めてみましょう
2006.12.15
「硫黄島からの手紙」を観たことをブログに書くとトラックバックしてくれる方がいました。ありがとうございます。そこでお相手のブログを覗きに行ってみると、皆さん真面目に硫黄島についてお考えのようですタイトルの「天皇陛下万歳」ですが「硫黄島からの・・・」でもそういうシーンがあってこの解釈は世代や主義主張で随分と違うと思います楽々の解釈は日本に栄光あれ、我が国民、家族、恋人、親戚、友人、知人の健やかを祈る、平和を願うなど「日本」という名のつくもの全てに対しての「祈り」だと思います言葉は「天皇陛下万歳」ですが比較するのは難しいけれどスポーツ競技での「日本チャチャチャ」やサッカーの「ニッポン」の掛け声と同じなのではないでしょうか象徴的な人物、表現の対象として「天皇陛下」という言葉になったのだと思います。恐らく、先の大戦でも日本の将兵は天皇を「個人崇拝」していたわけでなく、天皇制を堅持してきたわが国の歴史に鑑みての発意であったと思います随分昔の映画に野村芳太郎監督の「拝啓天皇陛下様」があります。主演は長門裕之扮する小説家と渥美清演ずる山田正助二等兵のお話ですが・・貧窮の中で育ち文字もろくに読めない渥美清が3食ありつけ、遊郭では兵隊さんは「半額」という世界に満足し、戦争末期に戦争は終わるという噂を聞いて「どうにか自分だけは軍隊に置いてくれ」と天皇陛下に手紙を出す挿話もありました。日本陸軍の内務班(訓練以外の兵営生活のこと)の様子も描かれており、古参兵の新兵いじめなど集団生活にありがちなトラブルも表現されています。桂小金治演ずる兵隊が家族との面会日に「妻」が子供を連れて遭いに来ると「奥さん」の手をとって兵舎の裏山に誘って愛の交換をする風景など素朴ですが「人間」の本質を突くものでした拝啓天皇陛下様が反戦映画とは私には思えないのは、隔離された軍隊生活と娑婆と呼ばれる一般の生活の対比を笑いを交えて表現していることです確かに天皇を神格化していたとは思いますが、それを丸呑みにして信じるより山正二等兵ではありませんがお願いすればお聞き届け頂けるような何か尊いものを感じていたと思います。現代でも国民が皇室の皆様に抱く感情とそんなに変わらないと思います。もちろん、お世話する担当、係りは「緊張」を強いられるのは今も昔も変わりありませんが・・・この秋に天皇陛下ご夫妻が佐賀県にご来臨された様子をお迎えになった佐賀県知事の古川康さんが以下のように述べています。古川康知事のホームページhttp://www.power-full.com/より週刊yasushi11月14日から引用平成18年11月14日(火)第181号 「全国豊かな海づくり大会を終えて」「全国豊かな海づくり大会」とそれに引き続いての行幸啓が先日無事に終了した。これについての感想はあちこちで書いているのだけど、この「週刊yasushi」の中でも述べておきたい。この4日間の日程の間、僕はずっと両陛下に「随従」していた。まことに光栄だった。「随従」というのは、要するにくっついて歩くことだ。おじゃまにならないように、でも何かあったときのために、つきすぎず、かといって離れないように、しかも、お出迎えの方や報道機関に人たちと両陛下の間に入ってしまうと視線を遮ってしまうことになるのでそうならないようにする、というのは意外と難しい。「意外と難しい」というのはちょっと遠慮しすぎかもしれない。ただでさえ、極度の緊張の中にある中、これみよがしではなく、さりげなくそういう行動を取るというのは相当大変で、普段の仕事では、難しい判断を瞬時に迫られてもそれなりには対応ができていると思うのだが、そういう普段の仕事とはまったく違う部分の神経と頭脳と筋肉を使っている感じだった。でもとにもかくにも無事にそして本当に大勢の方に迎えていただいて行幸啓が終了したのはほっとした。関係されたすべての方々に心から御礼を申し上げる。僕は毎月県庁全職員向けに「知事室から」というメールコラムを書いている。その今月の「知事室から」の中から今回の行幸啓の印象を二つまとめてみた。せっかくなのでそれを紹介して今週の「週刊yasushi」の〆としたい。(文体は原文のまま)印象1「災害」 今回は、「全国豊かな海づくり大会」へのご出席がメインだったわけですが、両陛下とも特に本年度佐賀県が被りました災害について、最初から最後まで終始お心遣いを賜ったことが第一の印象でした。最初に県庁でごあいさつを申し上げました際、「飛行場から市内に至る沿道の周りに広がる畑や田んぼで塩害を受けた作物が大変多かったようですが、あれが災害の影響ですか」「街路樹も海に面しているほうは塩害を受けていたようですね」などというお話がありましたし、途中の何回かの会食の折りにも災害の話がいろいろ出ました。 最後は唐津から佐賀に向かうお召し列車の中で、車中から唐津市の湯屋・田頭地区の被災の様子を見たいということで私がご説明申し上げて、車中から地すべり・土石流の様子をご覧いただきました。 こうしたことを通じて、被災者の方々の一日も早い生活や生産の再建と、来年こそが豊かな実りの年であるようにということを念じておられました。印象2「多久」と「楠」 両陛下がおふたりでお話をされている中に「多久」という言葉が何回となく出てきたことなど佐賀県へのお気遣いが感じられたことが第二の印象でした。皇后陛下のご母堂様のご出身は多久市です。車中で災害の被災地を説明申し上げようとしたとき、天皇陛下から「その場所は多久よりも手前ですか」というご質問がありました。「多久」がひとつの判断基準になっておいでのようでした。また、佐賀にお越しになった二日目、すなわち海づくり大会当日には、皇后陛下の胸には楠をあしらったコサージュがつけられていました。こういうことひとつひとつに佐賀県へのお思いやお気遣いを感じる4日間でした。古川知事さんの印象には嘘がないと思います。私たち庶民には宮内庁を通してマスコミに報道されるものばかりですが古川知事のように直接HPで感想を述べられるのは珍しいことです上記の中でも天皇皇后両陛下のお人柄が感じられて有難いなぁと思うのですが・・・・
2006.12.15
先月は知覧の特攻記念館に行って、昭和20年4月から6月にかけての72日間の特攻についての勉強の機会がありました今週は硫黄島2部作をほぼ同時に見て60年前の戦闘について考える機会となりました以前のブログにも書きましたが、知覧基地からの特攻は72日程度の期間です。硫黄島の組織的戦闘は昭和20年2月17日から3月26日までの35日間です。しかし8月15日の終戦まで戦い抜いた人もいるし、何と最後の日本兵が投降したのは4年後の昭和24年なのです戦死者は日本軍2万人、米軍は6800人戦傷者は日本軍1000人、米軍2万1000人です日本軍は大半の人が戦死したわけです。1000人の戦傷者も大半は重傷者で100人程度しか元気な人はいなかったようです。引用はhttp://www.iwojima.jp/data.htmlさて、日本軍では万歳突撃や「総攻撃」と言われる決死隊のような無謀な突撃が映画でも表現されています。また、集団自決も日本軍の特徴のようです。なぜ死に急ぐのでしょうか?歴史上で思い出すのは「会津白虎隊」「西南の役での西郷隆盛の最後」などです。武士の思想が残っていたのでしょうか?恥を知るという価値観がそうさせたのでしょうか?クリント・イーストウッドは描いていないけれど「戦陣訓」と言われる行動規範を厳格に守って「生きて虜囚の辱めを受けず」ということだったのでしょうか?亡くなった方に聞いて見なければ解かりませんが「戦陣訓」の影響が強かったと思わざるを得ません。そうであるならば、「組織統制原理」が誠にみすぼらしいと言わざるを得ません。潔い事と軍事目的達成は違う概念であり、個人の感情である潔いということを前面に出すのは「感傷的」な感じがします。「生きる」という事に価値があることを改めて感じています
2006.12.13
昨日は、お昼に「父親たちの星条旗」、夕方からは「硫黄島からの手紙」を観てきました連続してみようと思ったのですが流石に疲れてしまって一旦家に帰って夕食後再出撃でした「父親たちの・・・」と「硫黄島・・・」は2部作でクリント・イーストウッド監督の作品です。CGの場面は共用していてるわけですから両作品には同じシーンが出てきます。まぁ、コストダウンになっていると考えればこのような手法もあるのかと思いました。スピルバーグも関わっている映画ですがCGの場面だけだと思いますね。しっかり商売しているんでしょう。さて、「硫黄島・・・」は硫黄島守備軍の総司令官であった栗林中将が家族にあてた手紙の事です。奥さんや末娘の孝子さんに書いた手紙なんです。家族にはマメに絵手紙をだしていた人でアメリカ駐在武官の時にもご家族に手紙を書いているんですね感想の第一は、日本人でもない監督が日本人の心情や帝国陸海軍の様子を描ける事に驚きました。イーストウッド監督は硫黄島を監督するにあたって相当膨大な資料をあたり、さらに日本人に確認する作業をしていたものと推察されます。どうして日本人の監督でこの映画を作成できなかったかと少し複雑な心境でした。第二には合理的な精神をもって「支援」のない任務を部下にやらせるトップの無念さ、祖国愛、家族愛、そして部下に対する優しい気遣いと人間が極限状態にあっても失ってはいけない「倫理」「人間性」が描かれていました。武士道、大和心という美名の下に、あるいは「恐怖心」から開放される為に「玉砕」を求めて万歳突撃して死に急ぐ者・・・・。集団心理の怖い点でもありますが、個人の考えを否定して「一つの考え」にまとめてしまう「集団主義」の怖さを感じます。第三は、アメリカ人が監督していながら「この地で亡くなる将兵の御霊はいつの日か日本人の子孫たちによって栄誉を与えられる」という言葉でした。靖国神社については色々議論のあるところですが、「無念の思い」で亡くなった将兵たちに「感謝の念」を捧げることは大切なことです。靖国神社の表現は直接はありませんでしたが、国を安んじる為に死んだ人々を慰霊しようとアメリカ人に言われてしまったようでしたラストサムライの時の渡辺謙もよかったのですが、主演はトム・クルーズでしたから脇役に過ぎません。「さゆり」の時は設定は日本でしたがアメリカ人風の捉え方で「マダムバタフライ」のような日本人としては少しおかしい場面もあったりして渡辺謙の良さも曇っていたようです。今回は、「栗林中将」に扮しているのですがお人柄や態度が実物もそうであろうと思えるほどよかったですね。アメリカ人監督の映画とは思えない好演でした。アメリカ人にとってみると「ハリウッド映画」に出てくる悪役の日本人という定番のイメージではないので好評とはいかないかもしれませんが・・・ロスアンゼルスオリンピックの馬術競技でメダルを獲った西中佐の話もありますが、映画の「挿話」も十分に考えられたものだと思います。戦争映画はともすれば戦闘シーンの過激な表現や驚かす表現が多いのですが、人間の内面をよく表現した映画でした。陸軍、海軍が対立していたことや敗色濃厚となると「敗残兵」に自殺を強要するシーンなどもありますが竹山道雄の「ビルマの竪琴」大岡昇平の「レイテ戦記」などの日本人として従軍した人が書いた小説のシーンなども取り入れているのだと思います。戦争や戦闘は馬鹿げたものだというクリント・イーストウッドの声が聞こえてくるようです。「父親たち・・・」「硫黄島・・・」の両作品は硫黄島という舞台を借りた「アフガン、イラク戦争」への批判の映画ではないでしょうか?そして、私たち日本人には「戦争はいけない」という反戦だけでなく祖国の為に命を捧げた人たちの栄誉を称えねばならないと教えてくれているようです
2006.12.12
クリントイーストウッド監督の作品で前評判も高かったし、硫黄島については日米ともに激戦の地だったし・・・CATVのディスカバリーチャンネルでは20年前の日米合同慰霊祭の様子を放映して何度もみていたので・・・戦闘の状況についてはよく知っていましたさて、この映画は活劇型の「パールハーバー」とは違うシリアスな視点で作られていたと思います。硫黄島という「過去の戦闘」とその後の「軍事国債発行キャンペーン」について描いたような形になっていますが私にはアフガン・イラク戦争を続けるブッシュ政権とアメリカ世論に対する静かな反論のように感じました前線に海兵隊、陸軍を上陸させる前に、大量の航空機爆撃と戦艦などによる艦砲射撃で米軍の損失はほとんどないこと。これは、アフガン、イラクでも地上兵力投入前に航空機爆撃とトマホークミサイルで徹底的に抗戦能力を奪うことと同じですそして、地上部隊を投入すると「ゲリラ戦」的な防御陣地から組織的、統制の効いた反撃を受けて多大な被害を出してしまう。本土では、好戦的な宣伝活動が繰り返され「戦闘」の残忍さや前線兵士の士気低下が生じている。私には何となく現在の「アメリカ」のアフガン・イラク戦争に対する批判のような思えたのですが・・・自由の国、アメリカのよい点は「行き過ぎ」を是正する意見を堂々と発表できることです。映画の中には少数民族であるネイティブアメリカンへの人種差別が露骨に表現されていましたさらに、戦争遂行には「金」と「世論」の支持が必要であることもわかりますね。日本では「アメリカの物量」で戦争に負けたという感想が強いのですが、やはり物量は「金」で買わないとできないわけで戦時国債発行には苦しんでいたのですね世論形成する為に「英雄」が必要でその為に「星条旗」をすり鉢山に立てた兵士に「国債キャンペーン」に利用するわけです。映画は、戦闘シーンも冷静に描いていたと思いますし「勧善懲悪」型でアメリカ=善、日本=悪という図式でもありませんでした。とかく日本人が残酷な悪魔のような人間に描かれるのですが一つのシーンを除いてそれはありませんでした。日本軍将校が、日本刀で首を落とす直前のような写真を写した場面だけでした。クリント・イーストウッドが描きたかっのは、「戦争」「戦闘」の暴力性でしょうし、戦争指導をする側の「安易さ」だと思います。生死、勝敗という人間の極限の闘争の中で「人間」を描くことだったと思います。
2006.12.11
私の夢の一つですが・・・「ヨーロッパの運河旅行」観光旅行でヨーロッパには行ったことがあるけれど滞在型の旅行は経験がありません。時間とお金がないからですが・・・昔、ボートライフに夢中だった頃の夢はフランス、ドイツ、オランダなどの「運河」を一ヶ月かけてボートで廻ることでした。もう廃刊になってしまった「クルージングワールド」という雑誌にある時特集されたのがヨーロッパの運河の旅でしたヨーロッパはライン川、ドナウ川を初めフランスのセーヌ川など20世紀初頭に水運が随分開けて特に河川を繋ぐ「運河」が発達しています。物資を大量に運送するのは船が一番です。現在はトラックと高速道路がその替わりをしていますので運河もあまり使われなくなっています。運河は高低差のある川を閘門(こうもん、ロック)を使って水位を上下して通過していくのですが、ロックキーパーと呼ばれる人がいて閘門を閉じたり開けたり、水を入れたり出したりしてくれる場合と「全部自分でする」場合があるようです。ロックキーパーがいれば自分は船に乗っていれば良いのですが、自分でする場合は水位が下がっている時はロック内の垂直の壁を何メートルか登って作業しなければなりません。危険もあるし体力も必要です。高低差がひどい運河だと一日に何回もこれを繰り返すわけですから体力もいりますね。私の夢は5月から7月の春から夏にかけてと一緒にこの運河旅行をすることです。当然ですが自炊生活になります。船と言っても「バージ船」みたいなもので長さ15メートル、幅3メートルくらいの船で元々資材運搬用の船でそれを改造して「ベッド、キッチン、キャビン、操縦室」をつけたものです。スピードはせいぜい時速、15キロくらいでしょうか?好きな場所に係留してヨーロッパの春から夏の風物を楽しみながら積んできた自転車で街まで出かけて「フランスパンとワイン、チーズ、ハム、ソーセージ」を買って来て、岸辺にイスとテーブルを出して夕食したり朝食したりとのんびり旅行がしたいなぁと考えていました。海技免許は取得した瞬間から国際免許ですからどこの国でも操船できるのです実際にそんな体験をした人もいるし、最近はどうかしらないけれどツァー募集も過去にはありました若いにそんな夢を話したら「私は家政婦がわりになるの?言葉はわからないし、住む所は船の狭い空間で、いつも亭主が側にいる?これって何かの刑罰みたいよ。刑務所と同じなんじゃない?」と反撃されました運河はほとんど波もないし、他船の引き波、ウェーキで揺れる程度ですがにとっては揺れる船に24時間、1ヶ月もいるなんて「信じられない」ことなのですそんなわけで私の胸の中にある「夢」に終わっています
2006.12.08
今年の私のゴルフライフについてこの一年間を振り返ってみたいと思います今年前半のイベントは「狭心症」の発作と治療でした一月の寒い時期にも練習場で球を打っていたのですがどうにもパワー不足で「いよいよ加齢現象が現れたか?」と心配をしていました何度かの発作もありましたが念の為にと処方して頂いた「ニトロ」を飲んだりして2月の発作以降もプレーしてました。今から思えば恐ろしい事をしていたわけですが・・・治療後は過激な運動は控えるように、夏場のゴルフは発汗作用で血液が濃くなるので水分補給を十分にと言われましたが禁止事項にならずに済みました4月にはプレー再開して治療前と同様なスコアも出てゴルフができる幸せを改めて感じました。健康は失って初めてその価値がわかりますねその後は一ヶ月に一度くらいペースでプレーも出来ました今年のスコアは特筆するものはないのですが練習では大きな前進がありました私は長年の間、スライス打ちで肥満のせいでクラブが十分に振れていないせいだと思っていたのですが、30年近いゴルフ歴の中でスライスを矯正することができましたクラブヘッドがアウトサイドインの軌道だからスライスになるという原因は知っていたのですが、この矯正方法について知りませんでした内藤雄治さんの本、青山薫プロのテレビ番組を見て開眼しました正しい理論と練習の実践が大切だと痛感です青木功プロの「ゴルフ五輪の書」という本も読んで大変参考になりました。練習場でのショットは球を地面から1/3から半分くらいの位置で打つことが重要だというものでした。練習場でアイアンを練習する時は「ザーッ、カツン」という打球音ではなく「カツン、ザーッ」が正しい音だという指摘は納得できました。ザーッの部分は人工芝にクラブヘッドが接する音で、カツンは球にクラブヘッドが当る音です。人工芝だから球の手前にクラブヘッドが入っても滑って球に当るのですが、本芝の場合はダフリになってしまいます。ダウンブローに打つという表現もいまいち解からなかったのですが、この説明でよくわかりました。まず、クラブヘッドが球に接して後に地面を擦り、さらに芝を剥いで行くのが正しい軌道だということですこの青木功プロの教えは日本アマチュアを何回も獲った中部銀次郎さんの著書にもあったことです。青木さんと中部さんは同年で仲も良かったし、プロ、アマの最高峰に立った人ですから原理、原則を捉えた指導だと思いますアプローチでは宮里藍ちゃんのお父さんが指導している60ヤードを正確に打つ練習方法が良かったです。力を入れる事もない距離ですから正確に球をヒットするかどうかだけをチェックする練習です。イージーな気持ちでも60ヤードには到達するのですが、正確性を上げるという意味では大変意味のある練習でした。これが出来ると他の番手のクラブでも大丈夫になりますね最も反省し収穫のあったことは仕事ではないのですが、記録をとることです今日の練習は何を目的にして結果はどうだったかをメモして記録することです。スポーツ選手は「練習日記」をつけているそうですが、誰でもできることなんですが、練習場に行くとつい「打つだけ」ということになりがちです。今年は「練習の目標」を決めてメモをとるようになって冷静に自分のスイングについて検討できるようになりました。仕事ではPDCAサイクルなんて常識なんですが、遊びという要素が入るとその常識を忘れてしまいがちでした今年一年はスコアには反映しなかったけど来年はコース戦略やプレッシャー、ライの状況に応じたプレーなど課題もありますので頑張ってみたいと思います
2006.12.06
趣味としているゴルフについて今年を振り返ってみたいと思いますまずは、「女子プロゴルフ」http://www.lpga.or.jp/について宮里 藍ちゃんと諸見里しのぶちゃんが昨年のツァークオリファイに良い成績で合格して参戦したことです残念ながら藍ちゃんは優勝という快挙は出来なかったものの上位入賞があって賞金ランキングも良くて来年のシード権もとれました。初めてのアメリカでの長期生活と移動距離の長いツァーですから精神的にも肉体的にも大変だったと思います。体調不良などもあったようですが初年度としては評価できる結果でしょう諸見里しのぶちゃんは頑張ったけれどプロとして日本での優勝体験もなく、藍ちゃん同様に生活、移動などに加えて「セッテイング」の難しいアメリカでは残念ながらシード権をとれるような結果が出せませんでした。しかし、アメリカの難しいコースセッティングとグリーン周りの複雑さは彼女の技術向上に役立ったと思います。夏に帰国して秋の「SANKYOレディース」で優勝したことが証明していると思います。藍ちゃん、しのぶちゃんに共通している事は「マスコミ取材」に上手に対応していることです。これはさくらちゃんも同様ですが・・・藍ちゃんは帰国してからも期待どおり優勝して日米通算の賞金は1億円を突破していますからたいしたものです。パットの時に逆手に握るように変更してからの快進撃でした。アメリカツァーでは韓国人選手が今年も大活躍でした。ミッシェル・ウィーはアメリカ生まれの韓国系選手なので韓国人選手とはいえないかもしれませんが「プロ転向」していよいよ優勝を期待されるようになりました。残念ながら、ギャラリーの指摘で「誤所からのプレー」ということで失格になったりして可愛そうな点もありました。男子ツァーに無理して参戦したり、日本の男子のカシオにも出場しましたが結果を出せませんでした。大学進学とプロ生活は中々難しいことのようです。しかし、ドライバーの飛距離、大舞台での経験は必ず参考となるはずで来期が面白いと思います。日本では大山 志保さんが不動 裕理さんの記録を塗り替える獲得賞金で賞金女王になりました。大山さんを評価すべきなのは「出場試合数の多さ」です。過酷なツァーなのに休まずに出場し続けた事は女子プロの模範とすべきことです。そして、次点、上位入賞が多かったのも凄いことです。ほとんどの記録でトップになりましたが、オフシーズンのトレーニングと精神的にもモチベーションを切らさないでシーズンを闘った結果でしょう。初優勝した人がたくさんいた事も今年の女子プロゴルフを盛り上げましたね。諸見里、中田 美枝、飯島 茜、藤田 幸希選手などです・・・優勝はしませんでしたが「上田 桃子」さんも上位に進出できました来年は当然ですが優勝という事もあり得るでしょう日本でも韓国人選手の活躍はたいしたものです。賞金2位の全 美 貞、4位の李 知 姫、5位の辛 ヒョン 周さんなどです詳しいデータは以下をご覧下さいhttp://www.lpga.or.jp/index.html最終戦に優勝した横峯さくらちゃんは今年もお父さんの良郎パパと芸能人のようにテレビ出演してましたが、楽しい親子ですね。話題性のある人がいると競技の真剣さに加えて、ゴルフに馴染みのない人も視聴してくれるので女子プロ協会にとっては良かったですね。個人的には諸見里選手の優勝を期待していたのですが悔しい思いをしながら優勝できて応援しがいのある年でした残念ながらここ一番のショット、パットの正確性、決断がもう一つですからグリーン廻りの小技の技術向上と「精神面」の充実をこのオフに改造できれば来期は相当活躍すると期待しています。藍ちゃんは太陽のようにいつも輝いていますがしのぶちゃんは月のように毎日輝くわけでなく、満ちたり欠けたりで私はしのぶちゃん方がヒヤヒヤ、ドキドキで好きですね
2006.12.06
自民党復党問題は平沼さんが初志貫徹で復党せずに決着しましたそして、宮崎県知事の辞職もありましたねこの二つに共通するのは何でしょうか?答えはは「政治資金」ですテレビでは自民党復党問題を「郵政改革法案」に絡めて報道することが多いのですが、この時期になぜ復党が必要だったのかを考えるとわかりやすいですね現在、各政党には政党助成金なるものが議員の数によって配布されます。年末の所属議員数によるのですが、この時期を考えれば納得できます。復党した議員の皆さんは昨年は自民党の議員ではなかったので政党助成金の配布を受けられなかったのです。そして今年も同様なんですね。つまり兵糧攻めにあったようなものです。去年の選挙はいきなりの選挙でしたから選挙資金の準備も十分ではなかったでしょうし、年末の政党助成金もあてにしていた節がありますこの理由が一番大きいと思いますね。平沼さんは初志貫徹ということですが、政治資金面では恵まれておられるということでしょう各地の県知事の事件が続発していますこれも「選挙資金不足」が原因です政党相乗り型の知事は、無所属で出馬するケースが多く、無所属となれば「政党からの助成」は全くないわけです。そうすると選挙に掛かる数千万、数億の金を自己調達しなければならないわけです企業、組合などからの「政治資金集め」ができた時代は有力な企業が「ポン」とお金を出してくれたのですが現在は「政治資金規正法」によって企業、団体献金は一切禁止です。個人の場合も一定金額以上は公表されます。残された合法的な手法は「政経文化パーティ」を開催しての資金集めだけです。一枚1万円から3万円くらいですがこれを企業や団体、個人に購入してもらうわけです。これ以外に方法がないわけですから、無理をすることになるのでしょう。パー券を数多く売りさばけるような有能な後援会事務局長などがいれば良いのですが、この人たちは裏方であって「代議士」の秘書のように毎日マメに選挙区を歩いているわけではありません。それに数十万から東京のような大都市では数百万、1000万の人口を抱えると後援会事務所の守備範囲を超えてしまいます。大きな都府県では地域も広いのです・・・そんな事から選挙をする「知事」周辺は政治資金に困っているというのが現状だと思います。マスコミは警察の捜査情報を事件として報道しますが事件の原因、真相をもっと明らかにするべきだと思います現在の政治資金規正法ではマスコミに出演するような政治家しか選挙には強くなれないのかもしれません
2006.12.04
いよいよ今週から年末モードです慌しいのが師走なんですが・・・まずは「年賀状」・・・一昨年からメイル年賀状と葉書年賀状の2種類を使っていますが今年の夏にパソコンのハードディスクを壊してしまい現在そのデータの復旧作業中です。いずれプリンターが大活躍するでしょう。期限までに発送できればいいですね。メイル年賀の場合は31日まで時間があるのですが押し迫ってそんな作業はできないし・・・大掃除ですが、20日過ぎからボチボチと家の内外を片付けるようにしたいですね。庭木に剪定やら、窓拭きやら男ならではの仕事で存在感を見せたいところです。お墓掃除も計画しておかなきゃいけません。仏壇と神棚は女性軍の守備範囲ですから・・・餅つきは今年はどうなるんでしょうね?去年の餅つきでは直ぐに息が上がってしまいおかしいなぁと思っていたら2月に狭心症がわかったので、今年は復旧したかどうか確認したいところですが・・・、親しい方へのお歳暮も考えないといけません食品なら食べてしまってお仕舞ですから頂く方も楽でしょうが夫婦お二人なんていう場合の食品については考えてしまいます。予算にも限度があるし、長期保存できるのは限られているし・・・かに缶とかになるのかなぁ。本当は、何をご希望なのかをそれとなく承知して手配すると喜ばれるのですが・・・。持っている人は何でも持っているし・・・難しいところです私の身体の方も忘年会が今週から始まりますので気をつけないといけません。今年は去年のような万全の体力ではありませんし、寒い時は心臓にもよくありませんので・・・ニトロ持参で忘年会というのも悲壮な感じもしますが、それよりも身体も温まって急に寒い所にに出る方が心配です。何よりも高カロリーの食事と酒が問題ですね上記のごとく自分の心配を記しておけば「自戒」もするでしょうから・・・時間管理についてもしっかりやらないと他のスケジュールも推してますから・・・身体の調子をみながら「慌てず」に年末行事をこなしていきましょう
2006.12.04
今年も月に一回程度の映画鑑賞ができましたともども50歳台だから二人で行くといつも2,000円で済むので有難いことです今年の映画では「佐賀のがばいばあちゃん」と「かもめ食堂」が邦画、洋画の中でよかったですね「佐賀の・・・」は島田洋七原作ですが、昭和20年代から30年代の風景が良く表現されてましたね。吉行和子さんが「がばいばあちゃん」にしては可愛くてきれいすぎましたが・・・。時代考証みたいな事をきちんとしている作り手に敬意を払いたいと思います。それと「がばい」という方言と「貧乏」という意味の違いが映画を観るとわかりますね。貧乏、けちという意味ではないんですね。金銭で世の中を見るのが多いのですが、他の価値観があるよと教えてくれる映画でした。貧乏が幸せという訳ではないんですが、恥ずかしがるような事はない。それよりも人間としてしっかり生きろと言っているようですね製作も「佐賀の・・・」製作実行委員会というのも面白い点でした「かもめ食堂」については主演、助演と役者のバランスがよかったですね。主演の小林聡美、助演の片桐はいり、もたいまさこのキャラクターが良く出ていたと思います。配役の妙でしょうか?場所の設定もフインランド、ヘルシンキというのも良かったですアメリカやロンドン、パリ、などの主要都市では日本人在住者も多いし観光客も多いので「日本食」については経験ある人が多いと思いますので、ここは「ヘルシンキ」を場所に設定した所が秀逸ですそれと「丁寧に作られた映画」だと思います日本食を含めて「グルメ番組」のように「あーぁ、美味しかった」というような映画ではなく、日本人の家庭料理を外国でやろうということで実際に映画にでるメニューも変わったものがあるわけではありません。誰もが知っている料理なんですが、何故か美味しく見えるのは俳優さんたちの演技のせいでしょうか?特筆すべきなのは「バックミュージック」がほとんどないことです。そして効果音も不必要になくて「自然音」だけで映画の大半が進むことです。ハリウッド映画や邦画でもいたずらに「効果音」を使うし、人工的な音で観る人の感性を刺激するので疲れてしまいます。その点、この映画は音響的には「楽」な映画でした。癒し系の映画でお勧めです。ロングランしているのも良くわかります。ストーリーの中で主人公の小林聡美さんが片桐はいりさんに「ガッチャマンの主題歌知ってる?」と尋ねて、全部諳んじると「ガッチャマンの歌を知っている人に悪人はいない」という表現は心が温まるものがありました。私たちの時代なら「赤胴鈴の介」「月光仮面」なんてところです子供には悪人がいないという表現でしょうし、子供心を忘れぬ大人は純真だという意味でしょうか?劇場に行って疲れることが多い昨今の映画事情ですがこの二つの映画はそういう事がなかったと思います。人工音だらけの日常になり、携帯の着信音にびっくりする毎日ですが時に耳を傾けて観る映画も良いものです
2006.12.02
少し大きなヨット・ボートになると船室があります不思議な事に海と陸では呼び方が変わりますトイレ=ヘッドルーム=キャビンキッチン=ギャレーベッド=バースこの3つが代表的なのですが・・・・トイレをヘッドというのは帆船時代の名残です帆船時代には大であれ小であれ、船首つまりヘッドに行って最先端の帆桁が張ってあるところのロープに掴まって放出していたのですつまり、野外トイレですね。みんなお尻を出してやっていたわけです帆船は風を受けて走るのですから風上に向かってやると自分に掛かってしまいます。必ず風下に向かって放出するのがマナーですキャビン、ギャレーの呼び名の由来は残念ながら知りませんバースといのは寝床という意味でベッドのようにゆっくり寝るというものではありませんね。雑魚寝する場所という感覚でしょうか今でもそうですが軍艦などでは「3直」であったり、「2直」であったりします。8時間勤務か12時間勤務ということです・・・現在の潜水艦も一人が一つのベッドなんてことはなくて他人との共用です。何故かというともう一人は勤務しているわけですから・・寝る場所を節約して船を軽くしたり、船荷や燃料、弾薬を多く積めるし、船が軽いと速力が出ますから・・・・ヨットとかボートというと豪華なイメージがあるのですが実際は体育会系の運動部の部室みたいな感じで汗臭い船室であったり、食事も火があまり使えないので「体力維持」の為にお腹に入れておくようなビスケットやクッキーなど高カロリーのものを食べるという感じです優雅に見えるのは船を泊めている時だけというのが現実です海の男は汗臭いのが普通です・・・
2006.12.02
そろそろ年賀状の準備ですね私はこの夏にパソコンのハードディスクを壊してしまい住所録が全部ダメになってしまいました。仕事で使っているものでもないし、そんなに負荷も大きくなかった個人用のパソコンなので、トラブルとは無縁かなと思っていたのが大間違いでした住所録ソフトに入れていた年賀状のデータを失くし、さらに電子メイルアドレスも失って未だ復旧していませんしかし、年賀状の投函の季節がきて、既にご不幸のあった方からは年末、年始のご挨拶を遠慮するというお葉書も来ています結局、数年分の賀状を引っ張りだして再登録という破目になってしまいました。バックアップを取らなかった報いですねそんなわけで現在は、パソコンの住所録をヤフーをはじめいくつかのアドレス帳にも外部保存することにしました。常にバックアップを取るのが本当は正解なんでしょうが・・・皆さんはどんな風に住所録のデータを取り扱っていますか?そんなわけで不義理をすることになる人も何人かでるでしょう便利な時代ではありますが、データ作成の手間を考えたり、機械の不都合を考えると手書きで処理していた頃が懐かしいですね20年くらい前はラップトップのワープロを年末、年始の旅先に持ち込んで印刷して発送したことも懐かしい記憶です。原始的な方法が回復するにも簡単でいいですね
2006.12.02
いよいよ年末となってテレビ、新聞ではこの一年のニュースや回顧が始まります。早速流行語大賞などが発表されて年末らしくなってきました今年は春から夏にかけて「秋田の近隣児童殺害、自分の子供殺害事件」のニュースがあり、秋からは「いじめ関連の青少年や関係者の自殺事件」が連日報道されています秋田の子供を対象とした犯罪は特異な事件だったと思いますその後の報道がないのは裁判という地味な問題となって報道機関にとってはメリット、つまり視聴率や注目度が落ちてきたからでしょうか?「いじめ関連報道」についても人の親としては「心を痛める話」です秋田の事件、いじめ関連に共通するのは「マスコミの過激な報道姿勢」です。被害者、加害者がともにマスコミに良く反応していて連日の報道になっているのでしょう「いじめ関連」については複雑で、ケースバイケースで事情が違うと思いますが、いじめ関連報道が「呼び水」のようになっているのだと思います。自殺する子供が「遺書」めいたメモを残して家族が報道機関に積極的に開示するので「マスコミ」も報道しやすくなっているのだと思いますついには「国」の機関がいじめ問題を取り上げていますが、何かおかしいと思っている国民も多いのではないでしょうか?ホリエモン事件、村上ファンド事件にも共通するのですがマスコミを利用しての情報操作が意図的に行われているように感じます。取材される側の対応が上手になったこともありますが、マスコミの取材攻勢もひどいものだと思いますマスコミも以前は「全国紙」、テレビならば「キー局」は節度を持った報道でしたがメディアが増えてしまって購読数、視聴率が低下傾向にあるので「耳目を引く」ような報道姿勢になっていると思います。マスコミとは言え商業主義にならなければ経営は成り立たないでしょう。ライブドアのフジテレビ買収劇でもわかるようにマスコミの経営者とはいえ「株主」の為に利益をもたらさなければ経営責任を問われるわけです現在は、インターネットもあるしフリーペーパーもあれば、衛星放送やCATVで多チャンネル化しているので視聴率競争も大変です俗悪番組が多いという批判がありますが、ローコストの芸人を使って視聴率を稼ぐという手法や視聴者参加型にして出演料がいらない形式をとるのも仕方ないでしょうマスコミのいい加減さは、責任をとる必要がないことです過重な取材で劣悪報道で「追従型の事件」が起きても反省する必要もないことです。心ある一部のマスコミ関係者は気づいているとの記事もみましたが・・・・太平洋戦争の時もマスコミ挙げてての「戦意高揚報道」「大本営発表型報道」の反省があったはずですが、現在の報道を見ていると特定の事件に殺到する取材陣とその後の報道に奇異の感を持つのは私だけでしょうか
2006.12.02
いよいよ寒くなって来ましたね外出の時はコートなどの上着が必要になりました寒い時のマリンライフはどうかというと・・・・風が冷たいので防寒対策としてウィンド・ブレーカーや合羽が必需品です。スキーに行くのと同じで寒い時に寒い所に行くのですからその対策をしていればよいわけです。下着も防寒対策用のものを着て、綿のシャツの上にウール、できればカシミヤのセーター、そしてウィンドブレーカーという格好です。雨の時は合羽を着て完全装備です。合羽を着ると漁師さんのような格好になりますが、マリン仕様の合羽は良く出来ていて暖かいし風雨の時も大丈夫ですとはいえ、雨の時は覚悟して乗ってるわけですから「気合」も必需品かもしれません足元は防寒の長靴が一番いいですが、スニーカーでも大丈夫でしょう。頭は防寒用の物もありますが毛糸の「ショウちゃん帽」は風がないと良いですが風んが吹くとやっぱり寒いですね海の上は寒いように感じるかもしれませんが意外に暖かいのです夏に暖められた海水は中々冷めず、この季節でも海水温は18度くらいはありますから・・・天気で風がないとポカポカとしてます曇りで風があるとやっぱり体感温度が下がってきますボートの場合は高速で動くのでその風もあって気温が10度くらの日でも体感温度は0度から氷点下ということになります夏場でも冬仕様の装備は必ず持っていきます。天候が急に変わって風雨が酷い時の為です。ゲストの皆さんにも夏場でも長袖のウィンドブレーカーを持参するようにお願いしていました海が荒れて出航できない時はどうしているかというともっぱら「船の修繕、修理、整備」です陸揚げしている船の場合は一ヶ月に一回ぐらいはエンジンをかけて調子を見ておく必要もあります。機械類は定期的に動かしていると安定して動作しますから・・・そんなことをしながら昼食をギャレーで作ったり、コーヒーを煎れたりしながら来シーズンの計画を立てるのも楽しいものでした
2006.12.01
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