シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2008年01月09日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 一般に、呼吸リズムが血液のリズムとコントラストをなすだけでなく、循環する血液のなかには、血液から出ていくと炎症プロセスとなるような繊細なプロセスもある。呼吸が血液循環と一定の関係になる必要があるように、この繊細なプロセスも、隣接する神経のなかで生じることと、一定の関係になる必要がある。そして、血液リズムと神経リズムの間で、この一定の関係が妨げられる瞬間、また元の関係になるように、立て直す必要がある。

 このように関係の再構築を行うことで、再び治療分野、治癒プロセスの分野に入っていける。人間のなかでは、この全存在の必要性が示され、つまり、最も頻繁に病むプロセスは、別の場所では、健康となるプロセスとして存在し、病気のプロセスとは、単に正しくないプロセスにより、間違った場所にもたらされただけなのである。

 というのも、これらのプロセスが全く存在しなかったなら、人間は生きていけないからである。人間は炎症を患うことができなければ、生きていけない。なぜなら、炎症を呼び起こす力は、常に血液のなかに、存在しなければならないからである。

 しばしば、「人間が本質的な認識において獲得する全ては、真の人間認識から生じる必要がある」、というのは、以上のように考えられるからである。

 この事から、本来の教育学が、専門に向かってというか、抽象に走って、かなり無意味なものになっている理由が、どこにあるのかがわかる。本来、教育学というものは、人間のなかの、ある病理学的なプロセスと、その治癒の可能性を出発点とするように、発展すべきものである。

 脳疾患と脳疾患の治癒の可能性を知るとき、粗雑なものから(別の用語法によるなら、繊細と呼べるのも確かだが、物質的プロセスという意味に関連して、「粗雑な」と表現する)、脳の治療法のなかに、教育芸術を用いて、正に厳密に実行すべきものがある。

 注釈;『(粗雑な)というのは、波動が粗雑であることを意味し、量子論でいうなら、いわゆる量子場がフェルミ統計に従い、量子化されて、物質場となるという意味である』

 従って、将来、真の教員養成機関を設立するなら、実際一方で、教師たちに病理学的-治療学的なものを教えるべきで、ここで教師たちは、まず思考を、より具象的なものを手懸かりに、訓練すべきで、なぜなら、教育学を理解するには、物質に根ざした基礎を手懸かりにすることが多いからで、そしてまた、教育芸術的治療処置において、事物がどのように作用するかを知ることほど、治療にとって、特に内(精神)的な病気の治療にとって有益なことはないからである。

 というのも、物質への架け橋を見出せば、正に教育的に、治療方法を、薬から見つけることができるからである。



 そのとき、消化の障害からくる怠惰な傾向の子供に与える治療法から、頭部のプロセスの全作用、頭部のプロセスと下腹部のプロセスとの関係全体、とでも呼べる傾向が得られるだろう。

 そして更に、鉱物学において、例えば、銅が土壌中で、物質(銅化合物)を形成するとき、銅に生じるプロセスを研究するなら、

「銅が、銅鉱石になるプロセス全てにおいて、つまり鉱石が銅鉱石、或いは他鉱石になる生成において、教育者である人間が、男女の子供たちと共に行う教育を、銅の力は土の中で行っている!」と言える傾向が得られる。

教育者自らが行う模像が、紛れも無く、銅プロセスのなかに見られる。

 教育者の教育行為に関して、直観的感情と直感的本能に適った、霊的明解さを獲得し、自然に魅惑されながら、自然を眺め、本質的に、外界では、自然が大規模に教育的治療を行っていることを知るのは、極めて魅力的である。

 つまり、自然の治療行為とは、何らかの石灰プロセスを通じて、大地の病ともいえる、悪しきことが起こる可能性のある至る場所に、何らかの方法で、銅プロセスが(その抑制として)組み込まれていることであり、その事を知るのは、魅力的で教育学的なことであろう。

宇宙言語;石灰プロセスの対極にあるのは銅プロセスである。

 この銅プロセス、他地球プロセスの内部の、この銅の鉱石形成プロセスのなかにも、絶え間ない治癒がある。なので、どこかで黄鉄鉱、或いは他鉱石を見つけ、これは正に正しい方法で人間を治療するときと同じプロセスである、というのは素晴らしいことである。

 このように自然霊たちは、ヒエラルキア(天使)以下、以前に述べた、あの元素霊たちに至るまで、他ならぬ生命のなかにも、病気をもたらすものを、阻害するプロセスとして登場の可能性のあるものを、癒し手として送り込み、治療を行っている。

こうなると実に、もはや、治療法とは、(自然からの)読み取り以外の何ものでもない。

 というのも、外界で起こることを観察するとき、そして、種々の物質を薬剤とみなしたり、或いは薬剤として加工するとき、人は次のように問いかけるからである、



 このときの外界の環境を研究するなら、何らかの金属が、自然により種々の加工をうけて、様々に現われるとき、常に、その内部に治癒プロセスがある、ということがわかる。つまり、その金属を取り、人間の生体組織のなかへと、(プロセスを)継続させれば、外なる自然が人間の前に示してくれた治療法を生み出すことができるのである。

 注釈;『この「自然の形成から、治療法を見い出せ」といったのがパラケルススの説く有名な格言の真の意味なのである。なぜなら、自然の常なる変化、無常の変化のなかに、神々の(精神的)治癒力が働いているからである。これは自然治癒力という言葉の真の意味である。自然治癒力とは神々の真の行為なのである。
 無常のなかに常在するものこそ、健康であり、神々が永遠に成り立たせている真実という自然の法則なのである。だから、健康は、真なる宇宙のバランスの働きといえる。』

 実際、宇宙(世界)を貫いていくべき全ては、栄養摂取や、癒し、精神(霊)を正しく研究することである。

 というのも、自然においては、絶えず病がもたらされ、絶えず癒されているからである。外界における自然は、偉大な宇宙的治癒プロセスである。ただ自然を人間に応用する必要がある。これはマクロコスモスとミクロコスモスの驚くべき関連であり、これまでの形式で述べてきたことは、実際、深い真実である、 



   あらゆる方向に向かって宇宙を見るがよい。

   宇宙を認識しようとするなら

   お前自身のあらゆる深みを覗き見るがよい。

 これはあらゆることに応用できる、

「人間を治療するなら、宇宙をあらゆる方向に向かって見よ。宇宙がいかにあらゆる方向に癒しを繰り広げているかに目を向けよ。宇宙の秘密を、病気と治癒のプロセスとして認識しようとするなら、人間の本性のあらゆる深みを見下ろせ。」

 この事を、人間存在全てに応用できる。そして大いなる自然に眼差しを向け、人間を、この大いなる自然との生き生きとした関係のなかで見なければならない。





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Last updated  2008年01月09日 20時19分05秒
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