シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2008年04月18日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 楽園からの追放とは、物質の中への下降なのである。

 というのも、今や、血は、一瞬の間だけ輝き、そして再び精神の中へと受け取られるのではなく、物質的な血の実質となったからである。それは物質へと突き抜け、血の実質として迸り出る。そして、今日知られているような血の傾向を受け取る。

 本当は物質化した瞬間に精神的存在へと帰るべき、この血の実質が、今や人間のその他の組織部分に迸り出る。そして、人間内の様々な力によって変容を遂げながら、人間の全組織を満たした。血は、例えば、肉体のエーテル体に対する優位(卓越)や、エーテル体のアストラル体に対する優位(卓越)等々の中に浸透するに従って、神経物質や筋肉物質等々に変化する。

 こうして、ルシファーは血を過剰な物質性へと追いやり、血は、芽生えると即、消え去るように、本来デザインされていたにも関わらず、ルシファーは、血を粗雑な物質性へともたらした。それはルシファーが物質自体の中で遂行した1つの直接的行為である。ルシファーは血を物質化させたが、人間のなかの他の構成要素については、せいぜい、それらの間に不整合をもたらしたにすぎなかった。

 ルシファーがいなければ、血は全く今日のようなあり方をしていなかっただろう。それは、ただ物質性の縁まで、つまり発生段階にまで進み、すぐに元に戻るような精神性の中で存在していただろう。物質としての血はルシファーが創り出したものである。

 そして人間の自我は、血の中に、その物質的表現を有するが故に、ここ地球上においては、ルシファーの創り出したものに結びつけられることになる。そして、ここでもアーリマンは、自分より前にルシファーがいることにより、人間に接近できるので、「血はルシファーがアーリマンのために投げてよこしたものである。だから両方が、今や人間に近づくことができる。」と、言うことができる。

 古い原初の感情が、ルシファー・アーリマン存在をして、血を、地上における財産と見なすようにさせたというのは尤もな事ではないだろうか?

 ルシファー・アーリマンは、血で書かれた契約書をもっている、或いは、ファウストが自分の血で契約書にサインすることに、大いに価値を置くというのは尤もな事ではないだろうか?

 何故なら、血は完全にルシファーに属するものだからである。それ以外のものは何でも、その中に、なんらかの神的なものを有している。ルシファーは、その他のいかなるものの中でも、全くくつろぐということはない。インクでさえ、ルシファーにとっては、血よりももっと神的存在なのである。血こそルシファーの要素なのである。



 人間の中に2つの存在、つまり、感覚、腺組織及び消化系を持つ人間と、神経、筋肉及び骨を持つ人間の存在を知っている。それぞれに対応する力は、粗雑な物質性を負わされ、その両方が、ルシファーの影響による働きを通して、その形態を取るに至った血によって供給される。

 何故なら、物質的存在である限り、人間は完全にルシファーの血の産物であるということは、外的(唯物的)科学にとってさえ、全く明らかだからである。人間の中で物質的なあらゆるものは、血によって栄養補給される。それら全ては、本当に、変化した血なのである。物質の観点からみると、骨、神経、筋肉全ては、変化した血以外のものではない。

 人間とは実際血であり、血であることによって歩く、ルシファー・アーリマン存在なのである。人間は常に、自分と共に、ルシファー・アーリマン存在を持ち歩いている。人間が、神的世界に属し、そして、過去の遺産による進化ではなく、前進する進化に属しているのは、物質の背後にあり、血を通して物質の中に注ぎ込まれる精神的存在による。ルシファー、そしてアーリマンもまた、進化の特定の段階に、取り残されることを通して、我々人間の世界にやってきた。

 いままで述べた事全てを心に留めると、全くはっきりと、地球進化の正に始まりにおいて、人間が何か共通のもの、1つに結びつける存在を持ったということが理解できる。人間は、血の中に、人間全てに共通する存在を、初めから持っていた。

 というのも、もし血が人間のためにデザインされたままの存在であったなら、それは形態霊(エロヒム)の純粋な放射であったはずだからである。血とともに、形態霊は我々人間の中に生きていたことだろう。形態霊とは、他でもない、聖書に言う七柱のエロヒムのことなのである。

 創世記に関して、ミュンヘンでの連続講義で述べたこと全てを思い出せば、もし人間が、血を、当初予定されていた状態に保持していたなら、人間は七柱のエロヒムを、人間の中に感じていたはずである。人間は、人間の中の自我が七つの構成要素からなると感じていたことだろう(虹のように)。

 その構成要素の1つが主神であるヤハウエ、或いはエホバに対応し、他の六神は、さしあたり人間にとっては下位に位置するものであっただろう。人間が自我の内で感じるべき、この七重性、つまり、人間内における、七柱のエロヒム、或いは形態霊による、いわば高まりは、今の人間が大変な苦労をして獲得しなければならない七重の本性を、本来、自然にかつ自発的に人間の内に生じさせていたはずなのである。





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Last updated  2008年04月21日 18時39分43秒
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