シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2008年04月18日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 進化とは、古いものと、新しきものの衝突と融合であると、神秘学は説いている。この事をシンボリックに、渦として、台風の目のような目として表しているのである。

 さて、古いものとは、全体主義で、集団主義である。

 そして、新しいものとは、個人主義で、個性主義である。

 つまり、保守と、革新の間に、進化の目がある。

 この事を、地政学的にいえば、露西亜と中国が、古きもので、全体主義、集団主義の存在である。

 これに対して、西欧と米国が、新しきもので、個人主義、個性主義の存在である。

 そして、この中間、つまり、全体主義と個人主義のぶつかり合うところで、そこに、融合が生じ、古きものと新しすぎるものとを超えた、真の新しい形態、進化の目が誕生するのである。

 露西亜と、西欧の中間には、東欧がある。

 そして、中国と、米国の中間には、東亜、つまり、日本と韓国がある。



 もともと、集団主義と、個人主義の分れは、古代インドから、西アジア、エジプト、そしてギリシャへと文化が伝承されるにつれ、次第に生じてきた。個人主義、多様主義が、西へと向かい、集団主義、全体主義は、東に取り残されていった。

 西は、地球を一回りして、置いてきた東と、再び巡り合う、つまり再会のときを次世代に迎えるだろう。

 その地が、東欧と東亜なのである。東欧と東亜に共通な点は、集団主義と個人主義の衝突に出くわし、多くの血が流されたということである。

 その血は解体され、再び融合する。命の犠牲の下に、融合という友愛が育まれる。

 例えば、全く無意味な太平洋戦争が、唯一、歴史的に意味をもつとしたら、米国の個人主義が流れ込み、中国の全体主義と、ここ日本の地において、対峙し、融合しつつあるということにあるだろう。

 米国人はあまりにも、個人主義的で、まとまりがなく、また、中国は、あまりにも全体主義、つまり家族主義的、血縁主義で、古き、えこ贔屓的で、いまだに、共産主義独裁体制のままである点で、停滞しているところが、進化には一方で過度であり、他方で過不足なのである。

 この中間に位置する、韓国と日本が、過度に個人主義でもなく、過度に全体主義でもなく、丁度よい、塩梅のバランス、中庸を身に着けたとしたら、次世代の文化を形作るものとなろう。

 その文化は、友愛の文化で、血縁によるものでなく、何の強制もなく、自主的で、多様性をもち、かつ個人として独立し、自由であり、同時に責任と社会的役割を果たすような理想となる土壌の地となりえる可能性がある。

 東欧と東亜に新しい文化が誕生するのが、待ち遠しい。





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Last updated  2008年04月18日 23時42分39秒
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