シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2008年04月30日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 植物の中で、感覚世界に属しているのは、ただ表面だけで、植物の魂-精神力は、人間の視覚や味覚、そして臭覚に現れる背後にある。ただ、植物の魂-精神力は、個々の人間に魂が吹き込まれているように、個々の植物にも魂が吹き込まれていると言えるような形では存在していない(植物は集合魂である)。

 個々の植物に魂が宿るかのように想像する人は、一本の髪の毛、或いは耳の端、或いは、鼻や歯にも魂が吹き込まれていると考える人と同じ間違いを犯している。人間全体として、その全体において、魂を持つ存在になっているからである。

 なので、部分から全体に移行してはじめて、人間の魂の本性を見ることを学べる。他の様々な生き物の場合にも同様に考えなければならない。様々な生物は、精神的な方法で観察し、観察対象が、ある一部分なのか、或いは、ある意味で1つの全体であるのか、を注意して見る必要がある。

 地上にある様々の植物全ては、個々の植物自身が1つの全体ではなく、個々の植物は(ある全体の)一部であり、ある植物全体を構成する一部である。実際問題、ある一部が全体に属すように、幾つかの植物が、属す全体について語るときだけ、植物の本性について語ることになる。

 人間の場合、すぐに、人間の歯、耳、指が属す人間全体を見ることができる。それらは物理的にも、その有機体全体に属している。植物の場合には、一本の植物が属する全体を、目で見ることはない。物理的器官では、植物全体を、全く知覚できないのである。何故なら、その全体に到達する瞬間に、植物の精神の領域に入っていくことになるからである。

 植物界の魂的な本性に関する真実とは、植物の魂というべき全体が、植物を、個々の器官としてもつということなのである。実際問題、地球全体でみても、それほど多くない植物存在たちが、地球にいわば集合し、丁度、人間が身体上に髪を生やしているように、植物全体の魂(集合魂)の個々の部分として、植物をもつ。

個々の植物が、属する全体の存在を、植物の集合魂と呼ぶことができる。

 人間の感覚が、植物に関して、見るものを超えていくとき、全体が、部分に対応するように、個々の植物に対応する植物の集合魂に至ることができる。全体としては、7つの集合魂(植物魂)が地球に属し、ある意味、地球の中心に、植物魂の存在の中心をもっている。

 なので、地球を、物理的な球として考えるだけでは充分ではなく、地球を、大きさは異なるが、植物魂全ての精神的な中心を、地球の中心にもつような、7つの(魂の)球に浸透されていると考える必要がある。これらの精神的存在たちは、植物を地球の外へと駆り立てる。根は地球の中心へと成長する。何故なら、根が本当に欲しているのは地球の中心に到達することだからである。



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 いま規定した原則、つまり、あらゆる存在や被造物に関し、いつでもその全体に至ること、すなわち、最初に、それが部分であるのか、全体であるのかを理解することが、いかに、とてつもなく重要であるかが分かる。

 現代には、個々の植物を、以上のようではなく、個の魂を持つものとして考える科学者たちがいる。それは、一本の歯を一人の人間と呼ぶことと同じく愚かなことである。どちらも同じ精神レベルに立っている。

 このような観点を持ち出すとき、多くは、その個々の中で、正に植物が魂を持つような存在と見なすが故に、全く神秘的に考えがちである。しかし本当は、科学の側からなされる、個々の、例えば細胞を生命とするような話は、未来にとっては全く何の価値もない。そのような書籍は紙の無駄である。

 別々に切り離された植物の中に、個々の魂を探し求めることは、「人間から歯を抜いてきて、その中に人間の魂を探そう。」と言うのと同じである。





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Last updated  2008年04月30日 19時43分59秒
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