シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2008年12月01日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 人間の観察を行うなら、既にこれまでの議論により、人間も両極的に方向づけて考えなければ、うまくいかないことがわかるだろう。というのも、植物では、下から上へと成長を示すものが、人間の場合では、上から下へと成長し、その為、人間の場合、性関連及び排泄プロセスにおいての、花と種子は、下に向かい、根は上に向かうからである。ただ、これは人間の場合では、機能面であり、植物の場合では、物質的プロセス面となる。

人間の機能プロセス;性関連及び排泄プロセスでの花と種子は下に向かい、根は上に向かう。

 この事からわかるが、人間のなかには、植物のなかに存在するものとは反対のものがある。しかし、人間のなかに、反対のものがあるのではなく、この反対を担うものがある。従って、次のように言わなければならない。

「人間のなかには一面において、機能的に、いわば上に向かって根を張るもの、下へ向かって成長するもの、つまり植物のようなものがあり、そして、外界の周囲には、今度は下から上への傾向をもつ、物質的な植物がある」 、と。

 その為、本来、植物の場合、上の領域から(花や種子のように)取り出すことと、下の領域に(根のように)沈降することが、季節ごとに時期的に巧妙に行われるのに対し、人間の場合は継続的に同時に行われる。

 そして、元々、人間の健康な生も病んだ生も、この相互変動のなかにある。今示したように、一方で、地球から上に向かって作用する担い手が存在し、他方で、上から下への作用が、同時に、この担い手のなかに押し込められている。

 健康な状態も病気の状態も、人間の生は、これら上下の力の共同作用のなかにある、ということを容易に見て取るには、いわば、なかば従来の知識に絶望し、1つの重要な事実の前に立つときである。

 つまり、人間の生体組織については、心臓より上に位置する上部の考察と、心臓の下に位置する下部の考察では、全く別物として扱わなければならない、という事実である。



 クル病(主症状として、脊椎や四肢骨の骨軟化による湾曲や変形として現れる)と、頭蓋ろう(乳児における頭骸骨の異常な軟化)の両者は、人間を統一体として観察する人にとっては、類似した疾患にみえる一方で、他方、人間の上下対極的に異なる領域(クル病は主に下半身、頭蓋ろうは、頭部つまり上半身)から出るために、全く異なった原理による観察が避けられない。

 この事は治療プロセスにまで及ぶ重要な意味をもつ。だから、クル病では、燐療法により、ある種の成果を示した医師たちは、おそらく、頭蓋ろうの場合、燐療法では全く成果をあげられないだろう。この場合、炭酸石灰等の治療により、(燐療法とは)反対の処置をとらなければならないからである。

 しかし、これは、全く一般的な事実を表わすものにすぎない。この事実は、あまり心地よいものではないが、全くの真実である。つまりこれは、次のような事実である。

 人間の治療の場合、つまり医学の領域に入っていく場合、何かが提唱されると、その反対(逆)もまた、常に同時に正しい場合もある。これは宿命でもある。

 (植物の場合は、エーテル体が、季節ごとに成長するが、例えば、春に花や実、冬に根を張るといったことだが、人間の場合は、季節に関わらず、常に上下へと逆に活動しているからである。

 植物は、季節ごとに円環、ライフサイクルが巡り、完結するが、人間では、中心に向かうような融合円環と、表面に向かうような拡散円環が同時に起こり、上下の両極性を為しているようである。)

 誰かが、ある病気に対する正しい治療法を示し、生体組織における一見全く同じような症状に対して、(発病の上下部位の差異にも関わらず)適用すると、この治療法は逆に、無効となり、それとは反対(逆)の治療法を取られねばならないことも、十分起こりうる。

 その為、1つの治療法で処置できるのは組織の一部だけで、他の部分には、別の治療法で処置しなければならないということを意識しなければ、医学では常に、ある治療理論を別の治療理論によって撃退してしまう可能性も起こり得る。

 しかし、ここで重要なのは、いわば植物では分離され、現れるプロセス(根形成)と、人間では、組織化の一面を決定するプロセス(殻形成、固化)を、正確に見据えることである。

 以前、いわば人間外の自然特有の三つの形成衝動に着目した。つまり、塩的形成衝動、水銀的形成衝動、燐や硫黄といった特定物質が、計測不可能な霊力を、自らのうちに保存し、計測不可能な霊の担い手となることにより成立する形成衝動である。

水銀形成(塩形成、燐形成)



 古代の医学的著作を読むなら、古代の文書での、物質の塩化に関する記述箇所では、常に、次のような事を考えると理解できるだろう。

 つまり、 「この箇所では、この(塩化)プロセスによって、(生成した)当の物質が重力の支配下にあり、一方、その反対のプロセス、(光)プロセスによって、今度は計測不可能な霊が、この重力から取り去られる」 、ということである。

 つまり、光をその他の計測不可能な霊の代理、代表者とするなら、人間外の自然においても常に一貫して、光と重力との闘い、地球外(天)を目指す存在と、地上的な物質を、(地球の)中心へと向かう存在との間の闘いを考える必要がある。

 ここに存在するものはまず、重力-光の対立である。



 さて、ここで重要なのは、この塩、燐、水銀の対立を、実際、宇宙全体のなかに、つまり、重力や光に、そして、この両者の対立、すなわち両者の均衡を求めるなかにも置いてみることである。

 さて、この完全な対立のなかに独特の形で置かれているのが、人間の心臓の活動全体である。





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Last updated  2008年12月01日 19時27分41秒
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