シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2010年02月01日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 人間は、年(歳神)が啓示するイメージを理解する必要があり、「人間の内的性質」に参入する眼(霊眼、心眼)を持つ必要がある。そうするとき、人智学は、心臓や肺や脳といった人間有機体の全部分に書かれた文字を通して、人間に、宇宙の秘密の解き明かし方を示すだろう。

 それは、古代、歳神の霊感を受けた者によって、古代の秘密が、発芽する植物や、動物、そして、それらの地上での生を、ロゴスの文字として読み解かれたのと同様である。人智学徒は、人間の内(精神)的存在を覗き込むことができなければならない。人間の内(精神)的存在は文書にならなくてはならない。

 人智学徒は、そのような解明文書から、人間の進化行路を読みとる。そのとき、人智学徒は、その進化の意味と目的に献身しなければならない。そして内(精神)的ヴィジョンによって、様々な霊力として人間性の進化に織り込み、流れることを望む存在と一体となる必要がある。

 この進化は永遠に前進しているので、ゴルゴタの秘儀と聖夜の秘儀を、各時代毎に新たに経験しなければならない。

 人智学徒は、クリスマスの夜に、ベツレヘムで生まれた肉体(イエス)を自ら希求した霊性(キリスト)が語ったことを充分に経験しなければならない。

「見よ、我はいつも汝と共にいる、地球の日の終わりまで。」

 充分に経験が成就したそのとき、人智学徒は、人間という存在を通して、絶えずロゴスが啓示するものを聴く霊的な耳(霊聴力)をも持つ必要がある。かつて古代の人間が歳神の霊感に耳を傾けることができたように、人間は、この人間性の神、つまり、キリスト自身の霊感に耳を傾けることができるようにならなければならない。

 経験し尽くしたそのとき、人間は、聖書で伝えられたキリスト=イエスの地上における霊的な漂泊(滞在)について観想するだけでなく、それ以来、地上の生にある人間と(キリストが)一体化し、聴こうとする耳(霊聴力)をもつ人々には絶えず自らを顕すことを理解するだろう。

 現代の人間は、古代で、かつてクリスマス祭が秋のミカエル祭に続いたように、いわば秋ともいえる19世紀の3分の2が終わった時代に始まったミカエルの啓示の次に、(冬である)聖なるクリスマス祭が来ることを理解できるようになるだろう。その事実によって、人間は地上の(進化の)道程に必要な霊の誕生を理解するようになるだろう。



 現代人は、年間行事として、ミカエル祭の後にクリスマス祭があるだけでなく、魂の深みのなかの自らの人間性から、19世紀の3分の2が終わった時期のミカエルの啓示を理解し、ミカエル祭からクリスマス祭に至る真実の道、いわば、まさに知ろうと努めている霊性に浸透される道を求めるべき時代に生きている。

 真実の道に到達するとき、次のような福音書の言葉

「我は、汝らに言いたいことが沢山あるが、汝らは、いま、それに耐えられない(それを容認、認識できない)」

を理解するだろう。

 今、人間性は、キリストが述べることに、耐えられる組成(容認、認識できる人体構造)になっている。人間は、ゴルゴタの秘儀に関して、進化を阻むような無味乾燥の(物質的)文字により記された内容だけを指し示し、時代を超えて生きた姿で自らを現す、秘儀の力を望まない存在(悪魔)に耳を傾けるだけではいけない。また、現代は、世界の春が訪れるとき、平安(平和)でいることを望む人々に耳を傾ける時でもない。

 世界の春を、現代人は、外的な、物質的自然の最も輝かしい栄光で啓示しているが、その霊性は啓示できない。

 (シュタイナーがいいたいことは、このままの冬である限り、平和の春ではなく、闘争、戦争の春が訪れるといいたいようである。このままの冬とは、なぜ、物質世界が、雪により閉ざされ、不毛地帯と化したのか、を考えず、ただ単に、雪「物質」集めや雪合戦を楽しむような表層的な見方しかない人々を指す。)

 現代は、ミカエル祭から冬至の祭への道を見つけ出さなければならない時である。そして、この冬至祭は「霊性の日の出」を含むべきである。

 人間と地球の進化において、今日、外(物質)的生や、外的文明や、外的文化に光があるという錯覚に身を任せるなら、この道を見つけ出すことは決してないだろう。

 そういう処には闇がある、ということを悟らなければならない。しかし、この闇のなかに、キリストがイエスを通じて世界にもたらすことを意志した光を求めなければならない。

 羊飼いと東方の三王(賢者)が、クリスマスの夜に飼い葉桶のなかに道を求めたのと同じ献身さで求めるなら、ただし、同じ献身では、まだ幾らかボヤけているが、次第に明確になってくる文字を通じて人間という存在を読み解ける足跡を辿るなら、そのとき、聖夜のキリストの神秘を新たに祝うことが赦されるだろう。しかし、それは、「闇」に光を求める意志を持つときにのみ生じる。



 (物質科学は、本来の光、霊性の科学に目覚めないといけない。)

 心の感情の深みで、また意志の最強の力で闇に霊の光を見つけ出そうとするなら、そのとき、その光は、偉大なクリスマスの夜に羊飼いと三王(賢者)にイエスの誕生を告知した星のように輝くだろう。

 人智学徒は、クリスマスのイメージを、人間の歴史的進化のなかにおさめることができるようにすべきである。新しいメシアを、新しいキリストを待つ必要はない。

 自然を通して人間に多くが啓示されてきたが、この数世紀のなかで、人々を物質の闇の中へと導いてきた。だから、いまも生き続けるキリスト=イエスの生きた理解によって、今も人間に啓示できる事実を待たなければならない。

 このように、クリスマスのイメージを、伝統的な年中行事に固定せず、ベツレヘムの星のように、人類の進化の道を照らし出してくれるように、流動的に変え、行う必要がある。



 深く、そして親密な静寂のうちで、この光に浸ることは、現代にとって最も深い、そして最も真実のクリスマスにおける奉献である。他全ては、実は、この真実のクリスマスの感情の外的徴候(しるし)にすぎない。この思いを、クリスマスイヴから、クリスマスの朝まで担うことができる。

 そのとき、この聖夜は、単なる象徴でなく、生きた力の象徴となる。また、この聖夜が、どれほど深く、あらゆる真実の人間において、未来へと導いてくれると同時に、人類は、真のクリスマスの精励、世界史的クリスマスの夜にベツレヘムに生まれる肉体(イエス)への受肉を意志した、あの霊性への精励である、霊的努力と結びつくように、将来、心を砕くことになるだろう。





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Last updated  2010年02月03日 17時00分50秒
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