シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2010年11月15日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 現代人は、生活に対する思考像を、頭のなかで、抽象的な記憶として形成する。思考をもたず、まだ頭全体を直接感じていた古代人には、現代人の真似はできない。思考を持たない古代人は、記憶を形成できなかった。

 従って、まだ自身の頭を直接意識し、思考、つまり記憶をもたなかった太古の東洋の地域に参入すると、必要となる経験が、特殊な形で見つかる。人間は長い間、思考を必要としなかった。思考が必要になるというのは、実際のところ、魂のちょっとした怠慢からくる。

 古代の、前回述べたように頭を、胸を、心臓を、四肢を直接意識していた人々が生活していた地域に参入すると、様々な場所の地面に小さな杭が打ち込まれ、何らかの目印に相当するものが立てられ、壁にも、何か記号が付けられている、といった光景に遭遇する。

 古代人の生活する領域、場所は目印だらけだった。なぜなら、当時はまだ、思考による記憶がなかったからである。その場所に建てられた目印を手懸りに、出来事を再体験した。古代人は、頭において地球と合体していた。

 (古代人は、地球と自分の頭を同一視し、自分の頭に出来事を残すために、土地に目印を建てた。その行為が名残となり、現在でも、記念碑等の由来となる。)

 今日、現代人は、頭のなかに記憶をするだけである。しかし、現代人は、頭のなかに記憶するだけでは済まずに、メモ帳等にも、メモをとり、記憶を残すことを始めたが、このような行為も、上記に述べたように、魂の怠惰からくる。

 (魂が堕落するにつれ、何かに頼るように、抽象的で、間接的になっていくといえる。)

 現代人は、次第に益々、メモ帳を必要とするようになるだろう。しかし、かつては、思考、理念が、存在しなかったため、現代人のように、頭のなかに記憶する、ということがなかった。そのため、あらゆる場所が目印だらけだったわけである。そして、当時の人間の、自然に即した資質から、記念碑の建造という行為が生まれた。

 人類の進化史に登場する全ては、人間内部の性質から条件付けられる。記念碑を建造する行為の真の深い理由について、現代人は無知なことを認めるべきだろう。現代人は慣習として記念碑を建てる。



 太古、東洋では、現在の記憶に相当するものが、本質的に、地上に記憶の目印を建てる行為と結びついていた。太古の時代では、場所化された(ある場所に結びつけられ、局所化された)記憶(想起)を認める必要がある。

 太古、記憶は、人間の内部ではなく、外にあり、様々な場所に記念碑や石碑があった。古代人は、地面に、記憶の目印を建てた。この行為から、場所化された記憶、局所化された記憶(想起)が生まれた。

 人間の内部にある記憶ではなく、地上の外界との関係のなかで繰り広げられ、形づくられる、かつての目印をつける行為は、今日でもなお、人間の霊(精神)的な進化のためには、本質的に非常に良いことである。例えば、以下のように、頭のなかで憶えるのではなく、様々な場所に目印をしておくのは良いことである。

「私は、ある出来事に関して、その目印に従い、内なる魂的な感受性を発達させよう。」

 また例えば、部屋の一隅に聖母像を掛け、自身の魂を、この聖母像に向けるなかに体験できるものを体験したいと願う等である。

 (墓参りや位牌に供養するのは、魂の感受性を高めるには良い行為といえる。亡き人を供養することで、その人との体験を思い出し、魂の感受性を発達させるわけである。欧米の習慣にも、記念日等を写真で飾り、その体験を思い出すことがよく行われている。)

 西ヨーロッパから、少しばかり東の方向に行くだけでも、居間等で遭遇する聖母像といったような調度品に対する繊細な関係に遭遇する。ロシアだけでなく、東欧の中部でも、様々な場所で聖母像に遭遇する。

 基本的に、このような目印全ては、場所化された記憶の時代の名残である。当時、記憶は外界の特定の場所に固着していた。





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Last updated  2010年11月24日 09時33分18秒
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