シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2010年11月17日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 バガヴァッド・ギーター、もしくはヴェーダ文学のなかに、かつての雄大なリズム体験に関して、僅かながらも追感し、更に、西アジアの文芸や西アジアの多くの文献のなかに、リズム的記憶を追感するなら、かつての全アジアを荘厳な内容で貫いていた、現代でいう、「リズムの余韻」が生きていることに気づく。

 地球の周囲の秘密として人間の胸郭や心臓に反映していたリズムの余韻が、古代のアジアの地に生きていた。

バガヴァッド・ギーター
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%AC%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%AE%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC

 更に古い時代へと参入する。リズム的な記憶が場所化された記憶へと後退してゆく時代、体験を目印にし、頼りとしていた時代である。

 当時の古代人の体験は、目印のない場所では思い出せず、目印の場所に来たときに、思い出した。しかし、古代人は自身で思い出したのではなく、地球が、目印を通じて、古代人に思い出させた。そもそも当時の古代人が、地球の複製として頭を持つように、地上の目印も、場所化された記憶の複製(再生)として呼び起こされる。

 (古代人は、地球自体を、一種のビデオテープとしていたようである。地球に目印をつけ、記録し、目印の場所で、再生したのである。)

 当時の古代人は、地球とともに生き、地球との結びつきのなかに、記憶をもっていた。聖書の福音書の、「キリストが地面に何かを書き込んだ」という行為を伝える記載の箇所に、古代人の場所化された記憶を思い起こさせる。

 人智学徒は、上記の事実から、場所化された記憶がリズム的記憶に移行する時点を確定できる。その時点は、古代アトランティス大陸の水没に伴い、西から東へと、アジアに向かって、古代のアトランティス後期の民族たちが移動していく時点である。



 というのも、ヨーロッパからアジアへと移動していくとき、第1に、今日の大西洋の底にある古代アトランティス大陸からアジアに向かっての移動(下図参照)があり、それから第2として、文化がヨーロッパへと再び戻ってくるからである。

 アトランティス民族のアジアへの移動の際に場所化された記憶からリズム化された記憶への移行が起こり、リズム的記憶は、アジアの霊的な生活のなかで完成を見た。次いで、ギリシアへの植民の際に、リズム的記憶から今日の現代人がもつような時間的記憶への移行が起こる。

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 古代アトランティスの大変動から、ギリシア文明の成立までの間の全文明、歴史的というよりは多分に伝説的、神話的に、古代のアジアから響いてくる文化全ては、上述した記憶の養成のなかにある。

 特に、外(物質)的な資料や、外(物質)的な文献を調べることで、地上の人間の進化を学ぶのではなく、人間の内部に生きている精神の進化や発達に目を向けることで、記憶力や記憶能力というような精神の営みが、外から内へといかに進化してきたか、に注目することで、人類進化のプロセスを学ぶべきである。

 今日の現代人にとって、上述したような記憶力が、どのような意味を持つか、を考えてみる。人生の体験として記憶すべき知識を、突然、病的な形で失ってしまった人たちについて、聞いたことがあるだろう。

 私(シュタイナー)が、親しくしていた人に、次のような死に直面するような恐るべき経験を体験した人がいる。ある日、彼は自宅を出て、駅で、ある地点までの切符を買い、途中で下車して、また切符を買った。(2回目の)切符を買うまでの間の記憶が一時的に消えていた。

 彼は全てを賢明に行ない、知性も健全だったが、記憶が消えていた。その後、彼は記憶を再び、過去の体験に結びつけようとしたが、結局、ベルリンの浮浪者の収容施設に辿り着き、そこにいる自分を発見した。

 後で確かめると、彼は、収容施設に辿り着く間、現在の体験を、過去の体験に結びつけることができないまま、ヨーロッパを、半周旅していた。彼が自分では気づかずに、ベルリンの浮浪者収容施設に着いた後で、ようやく記憶が明るくなってきた。

 このような出来事は、人生において遭遇する数多くの事例の1つにすぎないが、このような例から、記憶の糸が、誕生後のある時点で、途切れたなら、現代人の魂(精神)の生活が、いかに損なわれるか、ということがわかる。

 この出来事は、「場所化された記憶」を発達させていた古代人にはあてはまらない。当時の古代人は、そもそも現代人のような時間的記憶の糸などという体験を知らなかった。

 しかし、自身の体験を思い出させてくれる記念物(目印)に、様々な土地で遭遇しなかったら、例えば、自分で建てた記念物(目印)や、父や姉妹や兄弟たち等の他人により建てられ、自身の記念物とよく似ていた為、親族に導いてくれる記念物(目印)に遭遇しなかったら、上記の現代人と同様に、魂(精神)の生活に欠落が生じただろう。



 (この古代人の場所化された記憶は、犬の小便による縄張り付けを彷彿とさせる。もしかすると、犬は場所化された記憶を用いているのだろうか?)

 人類における魂(精神)の変遷を、自らの魂(精神)の前に抽出することで唯一、この魂(精神)の変遷が人類の歴史的進化において持つ意味へと到達できる。記憶の変遷などの考察から、歴史は、はじめて光を放つ。

 従って、最初に、ある特殊な例を手掛かりに、人類の魂(精神)の(進化の)歴史が、記憶力に関して、どのような変遷を辿ったか、という事実を示した。

 更に、次の第2講以降も同様に、人間の魂(精神)への秘儀参入学から抽出される光(知性)により照らし出すことができてはじめて、歴史上の出来事は、真の姿を明らかにする、ということを見ていく。





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Last updated  2010年11月27日 01時45分52秒
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