シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2010年11月25日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 古代アジアの進化のある特定の時期、ほぼ中間期頃(時期に関しては更に厳密に述べるべきだろうが)、秘儀参入者たちの意識状態は以下のようなものだった。

 「秘儀参入者は、地上を歩き廻り、地球(地上の領域)については、ほぼ現代人が見ているような光景を見ていたが、参入者は、本質的に、この意識を四肢(手足)のなかで感じていた。参入者は、自らの四肢(手足)を通じて、神々の去った地球という物質のなかで、神々から解放されるのを感じた。

 しかし、代わりに、参入者は、(いままで知っていた)神々のいない土地で、セラフィム、ケルビム、トローネという高位の(未知の)神々に遭遇した。秘儀参入者は、森や木々のイメージであった灰緑色の霊的存在だけでなく、霊なき森をも知るようになった。

 既知の神々から離れた代わりに、調停(救済)され、つまり森のなかでは、第1ヒエラルキア(位階)に属する、セラフィム、ケルビム、トローネの領域からの精神(霊)的存在に遭遇した。

 上記の全てを、古代社会の成立として把握する、というのが、古代東洋の歴史的生成における本質である。更なる進化を促進する力は、若く新しい種族と古く老いた種族との間に調停を求める力である。その結果、若く新しい種族は、古く老いた種族の下で成熟でき、支配を受けた魂たちの下で成熟できる。

 これまで述べてきたように、遠くアジアを見渡すと、様々な場所に、自分たちだけで、賢くなることのできない若い種族が、侵略行為のなか、知性を求める様子を発見する。けれども、古代アジアから古代ギリシアへと眼を転じると、状況は幾分異なってくることがわかる。

 (古代の民族間での精神の発達を、現代では個人に置き換えてみればよくわかる。若者だけでは、賢くなることができないのと同じである。)

 古代ギリシアにおいても、古代ギリシア進化の最盛期に、年老いていくことを既に理解できたけれども、老いていくことを、完全な霊性に浸透させ、理解できなかった民族があった。しばしば聡明な古代ギリシア人の特徴的な表明である「影の国(冥界)の王であるよりは、表の世界(現世)の乞食でいるほうがよい(1)」という言葉に注目を促した。

 1)影の国の王であるよりは… :ホメロス『オデュッセイア』第11歌 489-491行、下界でのアキレウスの言葉。

ホメロス オデュッセイア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%87%E3%83%A5%E3%83%83%E3%82%BB%E3%82%A4%E3%82%A2

 外にも内にもある死(肉体の死と、精神的な死の体験)と、古代ギリシア人はうまく折り合っていけなかった。けれども他方で、古代ギリシア人は、自分のなかに死をもっていた。従って、古代ギリシア人の場合、賢さは内に衝動として存在していたので、賢さへの憧れはなく、ただ死への不安があった。

 古代の東洋の若い民族は、古代ギリシア人のように、死への不安を感じることはなかった。東洋の若い民族は、民族として正しい形で死を体験できない場合、侵略に出かけていったからである。

 けれども、古代ギリシア人が死と同時に体験した内的な葛藤が、人類の内的な衝動となって、トロイア戦争として伝説化されていった。古代ギリシア人たちは、賢さを、魂の内に獲得するため、他の民族のなかへと、死を捜し求める必要はなかったが、自分たちのもつ死から感じ取った不安のために、死に対しての内的な活力ある秘密を必要とした。

トロイア戦争
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%82%A2%E6%88%A6%E4%BA%89

 そして、このことが、古代ギリシア人自身と、古代アジアでの古代ギリシア人の後裔である人々との葛藤を招いた。トロイア戦争は、不安、恐れの戦争である。トロイア戦争では、古代小アジアの祭司文化を代表する者たちと、内部に死を感じてはいるが、死に対して何もできない古代ギリシア人たちが対峙し合っているのがわかる。

 侵略に出かけていった東洋の他の民族は、死を欲していた。死をもっていなかったからである。古代ギリシア人は死をもっていたが、死を扱う術を知らなかった。古代ギリシア人たちには、死を扱う術を知るため、別からの一撃が必要だった。

(古代ギリシア人、正確にいうなら、古代ギリシアの意識は、死という体験を知ってはいたが、望まなかった。対して、古代アジアの意識は、常に死を欲していた。簡単にいえば、古代ギリシア人は死を悪、古代アジア人は、死を善としていたといえる。

 つまり、古代アジア民族は、若く、活力があったので、生命をもてあまし、賢くなかったので、死を求めていたが、古代ギリシア民族は、ある程度、死を知り、賢かったので、死を恐れた。

 現代でいう、古代アジア人の血の気の多さ、無謀さは、若気の到りというところか? 若いときは、死んでも夢を叶えることに憧れる傾向にあるが、歳をとり、老人になると、死を身近に感じ、今度は、死を恐れるようになる。現代の個人の心情が、古代では民族の意識として現れていた。)



 古代ギリシアの反対側にいたのは、古代ギリシア人のように強烈に、死を感じることがなく、根本においてただ生に逆らう存在を死と感じる人々だった。

アキレウス
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%AD%E3%83%AC%E3%82%A6%E3%82%B9

アガメムノン
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%AC%E3%83%A1%E3%83%A0%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%B3



ヘクトール
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%AB

 古代のアジアでは、いわば死に対して過剰な生があり、死に憧れていた。ギリシアを基盤とするヨーロッパでは、精神のなかに、なす術を知らぬ過剰な死があった。このように、ヨーロッパとアジアは二重の観点から対立していた。つまり一方においては、リズム的記憶から時間的記憶への移行があり、他方では、人体組織における死に対しての全く異なる正反対の体験があった。

 第2講は、考察の最後に、上記の対立を暗示することができただけだが、この対立を更に第3講で詳しく考察していく。人類の進化に、このように深く関係する記憶の移行、アジアからヨーロッパへの記憶と死の体験の移行の理解なしには、根本において人類の現代の進化における、どのようなことも理解できない。

 そのような推移をよく知るために、次の講義では、その点を詳しく考察したい。





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Last updated  2010年12月04日 11時38分16秒
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