シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2012年04月13日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
以下はつづき
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5.シチリア侵攻作戦とマフィア

 海軍が、マフィアの「利用価値」を知ってからというもの、彼らの持つ情報はことごとく有利に働いた。連合軍がアフリカ戦線を掌握して後、今度はイタリア本土に目を向けた。ナチスドイツが駐屯していたイタリアに不案内だったアメリカ軍は、マフィアの情報筋から、「イタリア海軍総司令部の場所」や、「地雷原の場所」、さらに「枢軸国の作戦行動」までも聞き出したのである。それによると、イタリア海軍総司令部はシチリア島にあった。

 それで、連合軍はまっすぐにそこを突くことができたのである。「1943年7月10日」マフィアの情報を熟知していたアメリカの秘密工作員が先導する中、連合軍は効果的に勝利をもぎ取った。この時、シチリアのマフィアまでが協力的であり、侵攻する連合軍が攻撃されないよう便宜を図った。アメリカ在住経験を持ったマフィアは、さらに協力的であった。

 彼らが協力的だったのは、支配者であったベニート・ムッソリーニがマフィアにとっても敵であったからである。その政権は、シチリアマフィアを徹底的に掃討し、その大物達を刑務所に捕らえていた。イタリアに侵攻した連合軍は、ムッソリーニ政権が捕らえていたマフィアの大物幹部達を、ことごとく解放し放免した。

 一部報道では、「兵士達はそれを政治犯だと勘違いした」と報じられている。しかし、「アメリカ海軍がマフィアと裏取り引きしていた」という事実を噛み合わせると、これは「意図的な操作」であるとしか思えない。さらに、アメリカ軍はマフィアの大物を市長にするなど「とんでもない愚行」を犯したそうである。大物ドン・カルロは失墜した地位を取り戻し、後に政界に食い込んだ。

 この戦争で、アメリカ軍に協力していたルチアーノは、終戦後、刑期を終えずに釈放されている。ルチアーノを刑務所に送り込んだデューイは当時、ニューヨーク州知事だった。彼は皮肉にも、苦労して捕らえたルチアーノを、自らの承認で釈放せざるを得なかった。ルチアーノは大送迎団に見送られ、イタリアに送還されている。

 軍の中で、この暗黒街計画を遂行したのはハフェンデンだった。彼の「ルチアーノ釈放」を促す文書が残っている。しかし、軍上層部からは「これは無かったことにしろ」という圧力を受けたようである。こうして一般向けには、「軍の謀略」は内密にされた。



占領政策とは

 その後のイタリアは、投げやりで奔放な国になった。そうなるしかなかった。「奔放なイタリア人気質」は知られているが、政治体制に見られる腐敗は、外部からのこうした操作が絡んでいるのである。

 マフィアなどが政治を牛耳ると、目先の利益しか考えない政権が誕生する。「理想」より「利権構造」である。政治家は、自分の懐ばかり気にするようになる。疑えば、これも「占領地政策」の一つかもしれない。

 つまり、占領国の政界に「腐敗菌」を送り込み、これを腐らせることで「理想主義の台頭」を防ぐというもくろみである。イタリア民衆は占領軍によって、ファシストなどを憎むようになった。しかし同時に、理想を叫ぶ主義主張に興味を失い、「新たな理想主義」にも目を向けず、日々の享楽を追い求める民とされてしまったように思える。その後のイタリアは、根深い政界の不正に悩む日々が続くのだ。





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Last updated  2012年04月13日 11時07分24秒
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