若き日の玄宗皇帝は名君として知られていましたが、晩年になると政治への情熱を失い、息子の妻であった楊貴妃に強く執着するようになります。彼女を手に入れるために戸籍を操作し、強引に后として迎えたことが、すべての歯車を狂わせていきます。
楊貴妃を喜ばせるために国家の緊急インフラを私物化し、ライチを運ばせた逸話は象徴的です。その裏で、馬は倒れ、配達にあたった人々は過労で命を落としていきました。皇帝の私的な欲望が、国家の仕組みをゆっくりと蝕んでいったのです。
さらに、楊貴妃の親族である楊国忠が無能なまま権力を握り、宮廷は腐敗の極みに達します。一方、異民族出身の将軍・安禄山は玄宗と楊貴妃に取り入り、巨大な軍事力を手にしていきます。こうして、宮廷の内部では静かに爆弾の導火線が燃え続けていました。
755年、ついに安史の乱が勃発します。唐の正規軍は壊滅し、玄宗は楊貴妃を連れて逃亡します。しかし、逃亡先で兵士たちの怒りが爆発し、玄宗は自らの命を守るために、愛したはずの楊貴妃をあっさりと差し出してしまいます。彼女は38歳で命を落とし、簡素に埋葬されました。
しかし、悲劇はここで終わりません。安史の乱は8年も続き、数千万人が命を落としたとされます。特に水城の籠城戦では、飢餓の果てに兵士たちが市民を食料とするという、歴史に残る地獄絵図が展開されました。
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