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約1ヶ月前、司馬リョータローの本をたまたま手に取り、読み出した。自分のなかで司馬さんという人は、カタブツなイメージだったので、どうせ難しくてわかんないでしょ、きっと・・・なんて思ってました。でも、読んでみたらびっくりするぐらい面白いんですよ、これが大学に入って、読書というものをようやく知り、それから興味を持ったことは、その分野の本をまずは一冊読むことから始まるようになりました。もちろん、いっぱい読みました。大学の図書館で借りたり、本屋で立ち読みしたり、知り合いの人にあった本を読んだりしましたが、読み終わった本を突然また読みたくなることがあるので、一回読んでみて少しでも心に刺激を与える内容があれば、実際に購入して、手元に置いておくようにしています。でも最近、部屋の掃除をしたとき、本の量にうんざりしました・・・本棚を買ってみたけど、収まりきらない・・・ということで現在は、床の上に山積みされています。で、何がいいたいかというと、司馬さんの本は「これまで読んだ中で一番面白かった」ということ。最初に読んだのは、「竜馬がゆく」。この時代に興味があったわけでもなく、坂本竜馬が好きだったわけでもなく、ただ現在日本の実力経営者たち(特にソフトバンク・孫さん)が愛読し、大きな影響を自身に与えた本だということで、興味を持ち、それが読み始めるきっかけとなったわけです。文庫本で一冊400ページが8巻もあるという長編作ですが、時間も忘れて読み続けてました。時間を忘れれば忘れるほど、その世界にどっぷりと浸かるような感じを覚え、ますますこの世界におぼれていく。司馬さんの作品の素晴らしいところって、どこ?って聞かれたら、おそらく「イメージさせること」だと自分は答えると思います。しかも、そのイメージが、自分の脳ミソの大部分を占領し、自分の日常生活が、明らかにいつもとちがうものになります。それぐらい読んだ人をゆさぶる影響力が、司馬さんの作品にはある。で、自分も坂本竜馬をはじめとする土佐藩の志士が、どういう場所を駆け回っていたのか、自然と湧き出すような好奇心で、体感したいと思って、実際に高知まで行ってきました。『昔の建物、たとえば京都によくあるお寺とか、 なんであれを見に行きたいのか?』自分にはずっと謎で、正直あっそーっていう気持ちしかなかったんですが、今回はまるでちがった。そこが目的だから。初めて、わざわざ見に行く意味がわかった。『どういう環境で育ち、どういう距離感で、どの位置に誰々の家があって、 どういう空を見上げていたのか?』単純に知りたいと思ったから、行ってきた。実際に行ってみると、想像してたのとはもちろんちがいます。時代が150年ちがいますから。でも、たった150年でここまで変わったのも何だかすごい。だって、江戸時代は300年年間続いて、見た目にはあんまり変化がなかったんですから。高知県は、他に観光ポイントがないのか、やたらと坂本竜馬を売り物にしてました。グッズとか、なにやら意味のないものがたくさんあり、ちょっと引きましたが、そんなことは気にせず、幕末時代の坂本竜馬たちの家の場所がわかる地図を見ながら、隣ではクルマが往来し、路面電車が頻繁に行き来し、今では完全に舗装された歩道を歩いた。 それでも、感じるものはある。 この地で生きていたのは事実だから。でもなんか、そう考えると怖くなってきた。だって、普通に寝起きしてる場所も、誰か知らない人が住んでたりして、その建物やそこにあった何かを壊すことで、いま自分が住んでるマンションも出来てる。 そこに自分が今住んでるのも事実。だから、霊の存在っていうもの、あながちウソではない気もします。だってもし、僕が死んでから100年くらいたったとしても、僕は自分が住んでたところに行ってみたいと思いますから。どうなったかな??って・・・幽霊さんがふわっとやってきても全然不思議じゃない。きっと自分が今いる場所に密な関係がある人でしょうから。ただ時代がちがうだけ。こんなことを考えてて、いまふと思ったことがあって、それは「人の視覚と聴覚の範囲」。視覚にしても、聴覚にしても、それは波です。ある限られた範囲の波長しか、僕たち人間は、見たり聞いたり出来ない。それってなぜだろーってずっと思ってましたが、もしかしたらそれは「割り当て」ではないか。人間の世界でも、電波は周波数によって割り当てられていて、そこの範囲を許可を受けた会社が利用する。僕たち人間が生きてる世界もそれと全く同じで、割り当てられた波長の中で生きてるんじゃないかと思いました。だから他の波長の範囲では、他の何かが存在してて、まったく別の世界があるんじゃないかと・・・ときどき間違ったものが、人間の認知できる範囲の波長のなかに入って来ちゃうから、人間は騒ぐ・・・のかな・・・何か、書きながら方向が明らかにズレてきたので、このへんで止めときます。最後に一言~高知県でというか、四国でびっくりしたこと。↓↓↓↓↓↓セブンイレブンがない!いまさっきセブンイレブンのホームページ見たら、四国には1店舗も無いらしい・・・
2006年09月26日
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吉野家の牛丼が復活して、喜んでる人が多いらしい。社長なんかは泣いてましたね・・・でも疑問に思うのは、『本当に吉野家の牛丼ファンがそんなにいるの?』ってこと。うますぎるぅ~!!って輸入禁止前に牛丼食べてた人ってどれだけいるんだろう??少なくとも自分の周りの人たちは、単純に「安く食べれるから」という理由で吉野家に行ってたと思います。値段の割りにおいしい これこそが正直な理由じゃないかなと・・・たぶん牛丼食べてた人たちは、これだけ長い間に不可抗力で食べられなくなり、まるで、付き合って1年くらい経ち、倦怠期を迎えてたカップルが、親の意向で突然引き離されたのと同じよーなもんでしょう。そういう会えないときって、「実態以上の愛」というか「恋しさ」が生まれるものです。でもこれは妄想なのです。実態が見えないために、人間はそういうふうな「勝手な思考」をしてしまうのです。これはネットの世界でも同じ。実際に会ったことがないのにも関わらず、妙な親近感を感じてしまう。でもそれって、ほとんどが自分の勝手な空想であり、妄想・・・実際に会ってみると、まるで別人(笑)。誰だよ、こいつ!って感じになるらしい(友人談)。話は戻って、吉野家の牛丼は本当においしいものではなく、今回の大盛り上がりは単なる空想という結論。ですが、吉野家の売上が下がるとは思えません。これは吉野家だけでなく、すき屋とか松屋も同様。これは近所にある松屋に、週5回くらい行ってる自分の実感なんですが、男一人とか、ほとんど男だった客層が、徐々に変化し始めているんです。「女一人」とか「家族で松屋」とか「お年寄り」とか、これまでになかった展開。なんで女の人が来てるんだろう??ってずっと謎でしたが、ケータイで話してた女性の会話で判明。つまりは、「お金がない!」 ということ。つまり格差でしょう。これまで来店しなかったような人が来てるんです。来てる人の外見の共通性としては、みんなお金が無さげ・・・女の人の特徴は、若くてフリーターみたいな態度が悪めな人たちで、OLのような人は来ません。男もそう、家族連れだってダンナの収入がそんなに多くない職業の人が多い。こういう人たちが求めてるのは、安さが一番、味が2番、安全性なんて気にしない(笑)。こんな人たちがどんどん来るでしょうから、売上は減らないだろうなと思うわけです。でもこういう人たちの要求に応えて、値段をさらに下げていくようなことがあれば、それは売上や利益を圧迫する原因となり、業績が悪化するでしょう。各会社の株価は、今がヤマかも・・・
2006年09月19日
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今月は27万!・・・これ、今月のアフィリエイト収入♪よくがんばった一介の大学生に過ぎぬ自分が、ここまでもらっていいのか、よくわからないが、自分なりに努力してここまでやってきたわけです。(文調がおかしいですが、竜馬がゆくを爆読中なので、もろに影響を受けてしまってます・・・)で、知りたい人が多いと思うんですよ、どうやって稼いでいるのか?・・・教えません、自分で見つけて下さい(笑)。もちろん努力は必要ですし、そのためにも時間がけっこう必要だったりします。だから、暇な大学生はもっとアフィリエイトやれよ!といいたいですね。馬鹿の一つ覚えのように、バイトしかやらない。というか、お金を稼ぐ方法がバイトしかないと思ってる大学生が多すぎます。彼らが注目するのは、いつも「時給」。猫も杓子も「時給が高いか?」ということしか気にしていないのですが、これはあまりにもバカです。いわゆる50歩100歩と話がまったく同じですから。途中で気づいて欲しいですね、そんなコトやってたら、いつまで経っても「お金に困る」ってことに。確かに社会経験にはなりますけど、それを何年もやるのは無駄だということです。いったいいつまで社会経験をしたいのだろーって疑問に思います。社会を知るために始めたバイトで収入を得ることによって、お金の感覚が高校までの自分と変わってきて、消費の仕方、つまり「使うお金の額」が大きく変化してくるわけです。でも、この状態に慣れてくると、「お金がない」という状態を考えられなくなる。そしていつの間にか、働くことが当たり前になってくる。特に目的意識もないまま、ただ「お金がないと困るから」という理由で、自分の貴重な時間を「かなり安い値段で投売りしてる」。得をするのは誰ですか?・・・雇い主です。バカな学生が安い値段で働けば働くほど、雇い主には、お金がどんどん入ってきます。たとえ寝ていても・・・アフィリエイトも確かに同じように見えます。ボクが努力して稼げば稼ぐほど、そのASP(アフィリエイトサービスプロバイダ)は収入を得ることができるわけですから。でも、ハッキリと違う部分があります。それは、今後の展開。すでにASPを挟まない取引、つまり直接ボクのサイトに広告掲載を依頼してくる会社もありますし、これまで努力して、時間をかけて身につけたアフィリエイトのやり方を他の人に教えたり、情報ノウハウとして販売することで、一気に収入が増えるんですから。今は無料で稼ぎ方のコンサルをやっているような感じですが、ここで実績を積んでいけば、価値がどんどん高くなっていくはずで、こうなってくれば、収入はますます増えていくでしょう。世界的経営コンサルタントの大前研一さんも言ってましたが、その人に価値があるから、必然的に値段が上がっていくわけです。その人じゃなきゃ出来ない!ということがあれば、非常に貴重であり、それは、「レアモノがびっくりするぐらい高額で売買されている」のと同じです。一方、誰でもできて代替可能なアルバイトのような仕事の収入は、確実に下がっていくはず。そしてずぅ~っとお金に困りながら生きていくんだろうと思います。
2006年09月06日
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