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August 15, 2009
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カテゴリ: 信仰と教会
汕頭領事館警察巡査部長(外勤監督)時代の父


父は昭和14年3月、招集される前に、外務省警察官として中国に渡った。
中国各地に領事館があり、領事館に付属した警察があったのだ。
最初は上海に赴任した。
それからまもなく台湾の向かい側にある汕頭(すわとう=刺繍で有名)に転任し、終戦まで汕頭にいた。中国にいた6年半の間に警部補まで昇進したようだ。敗戦後日本に戻ると(外務省警察がなくなったので)警視庁に配属されたが、脳血栓で倒れて退職。退職する時に1階級上がるので、警部として退職したらしい。

父は中国人の家に招かれて食事をしたりしたようだ。同僚からは「なぜチャンコロの所でメシを食うのか」などと言われたそうだが、気にしなかったようだ。徴税人たちと食事を共にしたイエスに似ているかも知れない。
だから、中国人からは好かれていたようだ。日本に帰ってくる時は中国人たちが別れを惜しんで見送りに来たそうだ。

中国に渡る前は、工業学校の機械科に学び、東海堂という書籍取次店に勤めていた。東販や日販ができる前のことだ。
美濃部達吉博士の天皇機関説が不敬であるということで、著書が回収された。書店から回収された本は取次に戻ってくる。


話は中国に戻る。
警察官として振り出しは外勤巡査。つまり交番のおまわりさんだ。
あるとき、通ってはいけないところを通ろうとした車を停めて迂回させた。乗っていた女(芸者)が「サカさんだよ」と言ったが、父は「サカさんだかヤマさんだか知らないが、ここは通れないんだ」と言って止めた。
サカさんというのは領事だった。新米の父はまだ領事がサカさんと呼ばれていたことを知らなかった。
しかし、領事はそんな父を叱ることはなく、むしろ褒めたそうだ。

内勤の警務係をしていた時期が長かったようだが、刑事をしていたこともある。その頃の写真は目つきが鋭い。
特高もしていた。特高に選ばれた理由は、洋画・洋楽に強かったからだ。戦前に日本に来た洋画は全部見ていたらしい。
中国ではすべて漢字表記になるから『メリー・ウィドウ』は『風流寡婦』と表記されるが、『メリー・ウィドウ』なら取り締まり対象とわかっても『風流寡婦』と書いてあると取り締まり対象かどうかわからない警察官が多い。父は流れてくる音楽を聴けば即座にわかる。
それで特高になった。
さまざまが公演・興行の許可・不許可を判断する。
曲目リストを見て、この曲はOK、この曲はダメと言うのだ。

というわけで、父は独占的に洋楽演奏を楽しんだらしい。

終戦直前、父のエージェントが「中国人が爆竹を鳴らしている」という情報をもたらした。父は日本の敗戦を確信して領事に報告した。同僚たちは「日本が負けるはずない」と信じなかったそうだが、領事は「そうだろう」と日本の敗戦を悟っていたようだった。
1~2日後に8月15日を迎えた。

戦後、近くに教会ができて毎晩ドンチャカドンチャカ賑やかに伝道しているので、病気で暇をもてあましていた父は教会に連れて行ってもらった。そしてイエス・キリストを信じた。
やがて長い髭を蓄えた老牧師が「君は牧師になるんじゃ」と言った。

「こんな体で牧師なんかになれるわけがないでしょう」と言ったら老牧師は
「時計が壊れたらメーカーに持って行けば直せるだろう。君の体は神さまが創ったんだから神さまの所に持って行けば直る」と言った。
左半身は不随だったが、かなり早足で歩き伝道に差し支えはなくなった。言葉も明確に話せるようになった。
神学生の時に、教団の創立者たちが疎開していた檜原村での開拓伝道を命じられた。
朝、雨が降っていると、片手に傘、片手に鞄を持てないので、祈って傘を差さずに出かける。
八丁堀の家から東京駅に着くまでには雨は上がっていたそうだ。
そんな父の賜物を私もいただいたのか、私が保育所と幼稚園に関わっている間は、運動会や遠足などの行事で雨に降られたことはなかった。

父はイエス・キリストがペトロたちを弟子にした時の言葉「わたしについてきなさい。あなたがたを人間をとる漁師にしてあげよう」をもじって次のように言っていた。
「かつては人を捕まえて監獄に送っていたが、今は人を捕まえて天国に送るのが私の仕事だ」





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Last updated  August 15, 2009 06:14:07 PM
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