かつて、かいじゅうたちの本棚があった。

2026年07月29日
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思い出したこと。
子どもたちが小さいとき、果物や野菜にむき残した皮を見つけることがあった。それは単純に、母親の私が大ざっぱで、キッチリ削り取ることができなかっただけなんだけれど、それをわかっていて、私は何ごともないように「それは、 当たりですよ !」とこたえる習慣になっていた。すると子どもたちは「 当たりか!?ラッキー! 」と喜ぶ。だからといって、何があるわけでもない。ただの気持ちの問題だ。皮が残っている、クソ!ではなく、やった!と気持ちは誤魔化そうw 理屈はこじつけようと思えばいくらでもある。でも、顔色を変えずに即座に「当たりだよ」これでいい、おかあさんが決めた。ご飯を作る人の特権だ。ヨシ!そして月日は過ぎて、たしか高校生になったころのネコスケが、皮の細く残ったりんごか何かを「当たりだ」と言いながら黙々と食べていて、真顔だったけどたぶんあれは冗談のつもりだったんだろう。少し心配になって、「ねえ、それは、おかあさんが失敗しただけよ?念のため」とあわてたことがあった。それはそれで笑われるんだけど。「もちろんわかってるよ」と。真剣に当たりだと考えていたら困る。まあ、何が当たりかは、人それぞれだよね。これは、うちの習慣。ソコツな母親を気楽にする。



玄関に、ボタンを押すとめくれる日めくりカレンダーが置いてある。
子どもたちが学校に通っているあいだ、ずっと私が朝起きてカチャンとめくってきた。
1日一回カチャンでいいのに、ウッカリ多く押してしまうと、同じ数字まで一ヶ月分、送らないといけない。メンドクサイけど、そのアナログな感じが大好きだ。
3年前、脳から血が出て私が入院したとき、まだ大学生だったクマは、(いや?待てよ?時期は、記憶違いかもしれない)旦那ちゃんがときどきめくり忘れるカレンダーをカチャンしてくれながら、「これ、今まで、どうやってめくれていたんだろう」と疑問に思ったらしい。
ちょっと考えてみれば、何を動力源にしてるのかわかるはずだけど、めくれているのが あたりまえ過ぎて考えなかった 。人力だったw 電池とか、太陽光とか、からくりとかじゃない。
そんなふうにあたりまえにスルーされる働きが世の中にはたくさんあるだろう。
気付いてよ!と主張しているわけではなく、誰も気付かなくても、私はここで、そのことに気付きたいと考えていますよ? という話だ。ありがとうございます(^_^)
日めくりカレンダーなんて、私が好きでやってたことだから、別にいいんだけど、今も変わらず玄関でカチャンカチャンと日を刻んでいる、エコだ。人力だからね。脳の運動にもなるんじゃない?今日は何日?もうめくった?



あっつ。ここ何日か、早朝のクーラーなしに眠れるくらいだったんだけど、きょうはまた暑くなりました。湿気がないのは、助かるね。地震がひどかった地域は、停電や断水もあって、どうやって熱中症に注意するんだよ!って状況だけれど、何とかしてしのいでくださいとしか言えない。生命力の発揮のしどころだね。寿命が決まっているなら、何をしても死ぬときまでは死なないんだよ、はバカボンパパ。私は、幼稚園児のころからその考え方になじんでいる。だから筋金入りのバカだ、ゴメン。みんなの知恵を駆使して気を付けて過ごしてくださいね。自然災害は、どこで起こるか、わからないよね。








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Last updated  2026年07月29日 10時45分39秒
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