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昭和の日に寄せての心境はほとんどの人には懐かしい好意的なものだろう。 僕ももちろんそうだけれど、3.11以降の今日本と日本人の運命に進行中の暗雲を感知できる人には観点がちがうだろう。 昭和は昭和20年、1945年の前と後では 日本の最悪と最高の時代だった。 平成に入ってからの閉そく感は、最高の時代からの成熟への価値転換をしていないからで、相変わらず陳腐な成長主義と比べるからだと僕には思える。 原発廃絶元年であるべきなのは当然として、 3.11がなくても、日本はすでに保全の時代に入っていたのに、復興便乗型のあくどい経済政策で、社会も財政も逆行するばかりだ。過去がすべて息を吹き返したような日本になっている。 嫌な演説を覚えている。 うつくしいにっぽん、わたくしのないかく、さいごのおひとりまで、 彼の第一次のとき覚えているのはこの三つだった。響かない言葉が響いてるなと厭な感じだった。 そのまま体調で退場したままでいてほしかった。 ・・・ でも、 仮に退場しても、 また色合いのちがう軍国オタクが控えているのが、国民が作ってしまった政権だ。 おまけに、 国会が国会であるに必要な野党が絶滅危惧種になっているから、 この状況は国民にとって3重苦のようなものなのに、 人の心も行動も まるで仕掛けられたような社会現象によって弄ばれているような日々だ。 事はもう自動操縦のように進んでゆく。 集団的自衛権は 当たり前すぎてありきたり過ぎて、 日本だけは手を染めてほしくないことなのに、 世紀の転換点になる風前の灯状態に入ってゆく。 検討していることを支持する、とオバマサンは言った。そりゃそうだろう。 でも、アメリカの評価は軽いものだと思う。 領土問題でも、領土帰属には関与しないと言ってる以上、万一尖閣有事が生じたら、事は複雑になるだけで、また例によって後始末不能な事態を生んでしまう。 積極的平和主義といういかさま師のような言辞をまたヨーロッパで振りまくだろうけれど、頼むから何もしないで家に帰って寝ていてくれ、といいたい。 僕はあんなの日本の代表とは認めない。 1945年以降の最高の日本と日本人、世界遺産とも言える1945以降の昭和を台無しにする人です。 おわり。
Apr 28, 2014
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芦屋市立美術博物館主催の恒例イベントであるアートバザールの週末だった。 ラップデスクで出展しているが、マイナーでニッチな雑貨だから、それだけだと さびしい時間になりがちだった。それでも毎回、ひとりかふたりの共感者にめぐり会えるので、ここ6年ほど必ず参加してきた。 去年からは、相棒ムっしー博士が南極越冬隊に行ったため、展示物の搬入搬出がノーカー人間の僕にはピンチになった。それで、妻にそれをしてもらうため、妻が参画意識をもってくれる数少ない共通項の植物を加えたのだった。 それで、前回もあったのだけど、今回は前回植物を買ってくださった方に、5人もまた出会った。そして、5人ともそれがうまく育って元気と知って、とても安堵し、嬉しかった。 植物はすべて、自分の身の回りの植物から挿し芽で育苗したものばかりだ。どれだけでいわばハンドメードだけど、それらを木工で作った各種の木製鉢で出すのだ。 植物のような共通話題にしやすいものはこういうイベントではとてお楽しい。 実は、 楽しく感じる要因のなかには、この芦屋という地域社会の国民性ならぬ住民性からくるものもある。 これは誤解が起こりそうで触れにくいことでもあるのだけど、普段はブログでもっとアンタッチャブルなことに触れているし、この際、芦屋ラブに触れたい。 芦屋は、阪神間という独特の生活文化圏の中心にある。僕にはずっと芦屋は住んではいないけど遊び場というか、ひとつの不可欠な空間でありつづけている。特別に親しい人たちが居ると言う経過もあるけれど、芦屋は日本の中のひとつの共和国なのだ。 僕流独断でいえば、偏見という人もありそうだけど、衣食足りて礼節を知る 、というふうに感じる。 ちょっとしたやりとりでそれは実感してしまうのだ。芦屋の人だなあ、と詠嘆と嘆息が生じる愛すべき地域社会なのだ。 そういえば僕は、テニスクラブをいくつか知っているけれど、今はやむなくやめてしまった倶楽部は、どこの倶楽部にもある陰険な派閥やいじめ現象があまり見られなかった。それに気付いた時にも、やっぱり芦屋だなあ。。。と思った。 衣食が足りれば、じゃない、衣食住が足りてこそ、でもない、という、そういう見方もあるだろう。もちろん、そうだし、相対的な見方を言っている。
Apr 26, 2014
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オバマさんは、尖閣も含むと明言したので、アベコベさんはまた増長するかもしれない。でもオバマさんは、いたずらに中国を刺激するな、よく話し合って有事にならぬようにしろ、アメリカは領土の帰属には関与しない、と言ったと思う。 僕は同感である。 おかしな話だけれど、今のアベ自民党よりも過去の自民党のほうが思慮深く統制していたと気付く。族議員とか、私腹を肥やすような政治家の巣窟だった時代の自民党のほうが、まだましだったとは皮肉だ。 過去2回の総選挙で投票した人も、アベコベ氏の言動を見て、ちょっと困ったなと思うのじゃないか。でも世論調査が変化がないのは、僕には分かる気がする。 世論操作メニューがみんな成功している。経済政策含めて操作的な手口ばかりだから、国民が駄目すぎると僕は思う。ただ、世論調査で支持理由がほかの内閣よりはいいから、というのが目立つところが日本の苦境を表している。橋元現象のようなあだ花にあの頃幻惑されたのも不運だった。 民主党の政権交代も消去法の結果だった。いまの強大政権もその反動だけど消去法だった。 ちがうのは、民主党はなんにもできなかったけれど、そのツケが来て、 今の反動は酷すぎる。 今野党は野党じゃない公明党しか機能しない。政権内の権力を知ってしまった公明党ではまともな野党機能は果たせない。 こんなの好ましいはずはない。 アベコベ氏は増長の結果勘違いして、もう一度選挙して独裁体制を作るかもしれない。 なにもかもが陳腐な回帰だけれど、その危険で歪んだ刷り込みがほんとうに日本を終わりにする恐れがある。 なにを言ってるのか馬鹿らしいと思うだろうけれど、先日国会で同世代の議員がアベコベに危険思想を感じたような趣旨を述べたらしい。そうするといちばん厄介な世代だとかというヤジが飛んだという。 そうなんだ、 僕も厄介世代らしい。 無垢で多感な少年期に見たものは知らない人にはわからない。 次の選挙で追放できるかどうかが、日本人が犠牲になるどうかの分れ目です。
Apr 25, 2014
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まだ大学生だった頃、就職する準備も心得もなくて、教授からは霞を食って生きるのかいと言われていた。 なのに普通に就職して、27になって普通に結婚した。 今日はそれから48年にもなった日だ。 大学で英国人の先生は学生に向かって質問した。なぜ人は結婚するのか? すぐ答える者がいなくて、because you are normal.と続けた。 聞き方によっては問題発言だけど、肩すかしのユーモアだったのだろう。 僕は社会的不正をしたことはないけど、 結婚して、結婚しているのに家庭的不義はなんどもした。 子供はふたり、それぞれ子供らも結婚して、片方は1人の片方は3人の子供が生まれて育てている。 結婚の基本的意義は、結局はそこにあると実感する。 個人として、なんの不満もない最高の形だ。 僕の場合、6歳までは日本は狂っていた。最悪の環境だった。たぶん、ニッポンの歴史の中で、最悪で、唯一の重病期だった。 1945年夏の解放によって、日本人は革命的に生まれ変わった。戦後の半世紀の日本人は世界に誇れる最高の人たちだったし、現在もそれはほぼ伝承されている。 日本が狂ったのは長い長い歴史の中のあのほんの一時期だった。あれはなんだったのだろう。 勤勉で温和で寛容な人々の国である日本に、あの、なかったことにさえしたい忌わしい歴史の亡霊が忍び寄る。二度の選挙で生まれてしまった強大政権の中でまるで持病のようにそれは垣間見える。この状況は 選挙民の罪のようにも見えるけれど、消去法で選んでしまっているものでもあるから、政界オタクばかりの泡沫政党群にこそその罪がある とも言える。 個人ではなんの不満もないけれど、ただこのことだけがみんなの将来への不安だ。
Apr 24, 2014
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憚りながら僕は、華の後期高齢者だ。今の日本人ではもう、あの戦時の忌わしさを知る者は今後期高齢期の者しか居ない。もちろんその中にも当時のマインドコントロールが解けない者もいるし、最初からおかしい者もいる。 去年「はだしのゲン」を1巻だけ初めて読んだけど、それで十分なほどあれは時代の証言者だ。図書館には置くなという一派が今発生していることが日本は再犯する素地を持っているようで、薄気味悪い。 あれは、アベコベ氏のような人物には教科書として読ませたらよいと僕は思う。 でも所詮、リアルタイムに生きていなかった者には伝承することは不可能だ。だからこそ、アベコベ氏のような逆走思想はいつかは誰かがしそうな宿命にはあった。 歴史は繰り返す。同じことをまたするという意味じゃないが、人類は歴史に学ばず繰り返す病理を常に孕んでいる。 たったの70年ぐらい前の国民的悲劇の懺悔と宣誓を経て、日本人は平和で豊かで寛容な国づくりをしてきた。 1945年に二度とあってはならないと目覚め、2011年には二度とあってはならないと目覚めたはずなのに、堅持しきってきた平和主義を台無しにし、脱原発の機会を台無しにする圧政が君たちの選んだ道なのだ。ほんとにこんな有様でいいと思っているのか。 こんな酷い政権を今度の選挙で退場させなければ、 愛すべき、そして愛されている日本は終わってしまう。 と僕は思っている。
Apr 23, 2014
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僕はTPPはアメリカの意図はあるとしても、それはアメリカという国家の生理上のことだから仕方ないとして、日本は敢えて高いハードルを越えるのが国益だと思う。だから、TPP反対の国内勢力は国益と反対の言動に終始していると思う。原発と同じなのだ。日本人なら克服できるのに、現状の既得権益に自由を奪われてばかりいる。 オバマ訪日では、互いの圧力団体向けの文学表現になるだろうけれど、集団的自衛権のほうは日本と日本国民にとって暗転する事態を加速する。アメリカがそんなの要らないというわけないから、アベコベ氏はまたもやいい気になる。 アメリカ人の若者が日本のために命を落とすことになるのに、なにもしなくていいのかなどと、 アベコベ氏は子供だましのようなことしか言わないけれど、 また、そうしないと日本はアメリカから捨てられるなどとそんなの政治家のセリフか?!という感じだ。 抑止力になるのだとも言う。 アメリカは最大の軍事国家だから、もし本土にミサイルが飛んできたら、とうぜん極悪非道な対応に出る力があるし、ベトナムやアフガニスタンやイラクと同じようなことになる。日本の役割なんて吹けば飛ぶようなものだし、アメリカが単独で蛮行をしてるわけじゃないという建前のお手伝いしかできない。 集団的自衛権というなんか偉そうな問題は実はアメリカ組に立つというだけのことで、相手にアメリカの代わりにターゲットにされる正統性を与えて平和で豊かな現代日本人の人生を暗転させることになる。逆走政権は再犯政権になるのだ。軍国オタクに権力をもたせた選挙民の責任だ。 僕は思う。アメリカの戦争は手伝ってはいけない。どの戦争もただただ悲劇だった。歴史上アメリカの戦争はひとつだけ成功した。日本人を解放したからだ。 だから僕はアメリカは好きだ。でも集団的自衛権という名の対米政策は、軍国オタクにしかできない世紀の誤りになる。
Apr 22, 2014
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世論調査での現政権の支持率は調査自体は嘘じゃないとは思うけど、僕には信じられない現実です。逆走狂想曲な政治もすごいけど、なにも感じない世の中もすごすぎる。全体として、現状はシュールすぎる。 国家というものは一時期または長期に亘って、こんなことになるものだろうと思うけれど、現状は政治状況と国民生活とは乖離して乖離しているからこそ維持されていく特殊ないくつかの国家となんだかよく似ている。 どうなって破局を迎えるのかは今は分からない。国民が政治の犠牲者になるのはもう勘弁してほしいけれど、未だに原発を容認しちゃったり、軍国オタクのようなのを勘違いしてしまったり、 犠牲になりたい国民が多数派のようなので仕方ないです。道連れにされたくはないのに、民主主義なものだから。
Apr 21, 2014
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鏡に小物置きがついているといい、と妻が言ったので、去年暮れに芦屋の施設のクリスマス展に出したら、結構手ごたえがあった。なので、今週末の芦屋美術館アートバザール にも出そうと思っている。壁にかけてもいいし、置いておくこともできる。 昨日、何年かぶりにパセリちゃんが顔を見せてくれたので、いくつか見せたら、即座に言った。前に柵があったほうがいい、それと下に鍵なんかをかけられるようになってたらいい、と。 実はそれなら作っている。 と、 つい見せてしまったのだけど、 見せないで、アイデアありがと!と言っておくべきだったのかな。 。。。 でも、大体そういうわざとらしいことは僕はできない。 そんなことよりも、長い間東京に行ってしまっていて、いろいろ経験を積んでいたのはそれはそれでいいのだけど、彼女なりのこだわりがあって、少し迷い道にはいっていたようで気がかりだったのが、帰省してから数年、ようやく視界が開ける様子になってきたし、昨日は新しい職場に入って二日目というタイミングだったので、とても嬉しかった。 人生の展開を知ることは、とてもいいプレゼントだ。
Apr 20, 2014
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幸せの定義はないと思うけど、自分が幸せ、不幸じゃないと思えばそれで十人十色ということでいいと思う。でも、自分が幸せと思っても、自分は幸せでないと思っている他者があるかぎり、自分の幸せというものはない、といつも思う。 ということは、ほんとに幸せな人はこの地上には居ない。 そういうことだろう。 それでいい、というか そういうものだと思う。 職業としての政治家は幸せとは思っていない人を 地上からひとりづつ幸せと思える人に変わる環境を作ることだ。 今権力を持っている政治家はそれとは反対のことばかりしている。なぜかそのほうが選挙で有利だからだ。 自分が幸せと勘違いしているのだろう。勘違いしている人が多すぎてななんど選挙しても幸せ族が投票してしまう。でもそんなことを繰り返していると、やりたいほうだいの権力を与えた結果として、幸せ族自体も丸ごと暗転して犠牲者になる日が来ると思う。 僕は自分が不幸せと思ったことは一度もないけれど、幸せとは思っていない。幸せなのに、幸せとは思えないからだ。 では
Apr 19, 2014
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大型旅客船なのに、恐ろしい悲劇が起こってしまった。 102年前の同じころにタイタニックの悲劇が起こっている。タイタニックは氷山、今度のセウォル号は岩礁のようだ。 僕の雑貨コレクションの背後の壁にニューヨークタイムズの1912年4月16日一面の復刻版がある。 タイタニックは14日の深夜、セウォルは16日の朝だ。 進行形なのでブログごときで書いてる場合じゃないけれど、 過日、博士が乗っていた「しらせ」も座礁したので、あらためて船の安全性について潜在する危険性を思った。 航路って思わず考えてしまう。。。人生行路もまた同じだ。奇跡のような諸条件のなかで過ごしている。 1人でも多く救助されますように。
Apr 17, 2014
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学生でさえ立ち上がらない今の日本の状況を、今更何も言うことはないけれど、学生が悪政に抗議する正義感があった時代に、僕は参加していなかった。いちどだけデモに行ったけど、なんかちがうなあと疎外感があった。 その頃の僕は、ちょっとしたフランスかぶれで、フランス研究会なる同好会を作った。大学がくれた予算はなんと6000円だった。 僕にとってのフランスは個人主義、つまり体制に流されない自立の生き方の国だった。 でも当時の学生運動の推進者たちはそんな僕らを白眼視してウヨクのように扱ってビラに載せて非難した。 同好会は、数人しか居なかったけれど、おまえはフランス人よりフランス的だと友人は揶揄した。僕が卒業すると同好会は蒸発した。 アルベールカミュが自動車事故で急死した時、僕は初めて人の死を身内の死のように悼んだ。 最初に入った会社の終わりのころ、僕はたまたまフランスの通販会社との提携問題を持っていた。業界団体の視察団でその社にも行った時、秘密裏にその幹部と会った。マーケティング担当役員のセネシャルは言った。どうしてこいうのを買わないのだ。それはその通販会社の肌着だった。僕は商品音痴だったから、同行の現地駐在員に任せたけれど彼もそれは選ばなかった。すでにフランスの有名ブランドが入っていた。デパートのマーチャンダイジングには馴染まなかった。結局はその会社から20点ほどサンプルを買った。そのうちのふたつは、後日破談になったから実費で引き取って、長年娘が愛用していた。 僕個人はその会社が好きだった。商品はあきらかに百貨店的じゃなかったけれど、そのシステムとか宣伝広告センスには当時の日本ではまねできない域に達していた。 僕が居た百貨店では破談にしたけれど、後年通販専業大手が組んだ。大型カタロクに毎号20ページほどの特集を組んでいた。その通販大手には僕はそれはいいと思った。でも、数年で消えてしまった。日本人はブランド志向だし、記号で買うところがある。無理ないかもと思った。 そして今はもうそんなことしなくていい。ネットで 買えばいいからだ。 フランスセンスは 今僕のデスクの2メートル四方には昨日届いた時計のほかにもふたつある。
Apr 16, 2014
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数少ないお気に入りサイトのひとつがハンドメードの巨大モールEtsyなのだけど、ハンドメードとビンテージという内容になってる。 地球のどこかからビンテージなものが移ってくるのはなんだか好きだ。 フランスノルマンディ地方に住む人から買った1940年代という置時計を買ったのがさっき届いた。 オーダーしたとき、本人に代わって友達の日本人ですという人からメールが来てあの時計は動きませんが、と言うのでもちろん構わないですと答えた。 メカ時代の時計なら、直せるだろう人を知っているけど、僕は止まってるほうがいいと思っていた。 僕はもう時刻は必要じゃない。その時計のデザインと色使い、ヨーロッパの片隅で、 誰が作って誰が買って使っていた のだろう、と思いをはせるだけでいい。1940年代といえば日本が狂気に陥っていた時代だ。狂気から解放された時代でもある。それだけでいいし、もう時計には動いてほしくない。もし動いていたら、ストレスでさえあると感じる。届いたその時計は、思ったよりもずっしり重かった。宝物がひとつ増えたのだ。 この時計が動いていた何十年かは僕が生きてきた何十年かだ。もう親近感は特別だ。 僕も早晩動かなくなる。死ぬのはいやに決まってるけれど、この時計を見る限りはもう動かくていいという存在感がある。あるように見える。 それはもう自由だということでもある。 究極の自由、そういう解釈は無理があるれど、 自由が好きと いう主義で来た僕にはつじつまあわせたいというジレンマもある。でも、まだ世迷い言言ってる。
Apr 15, 2014
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週明けは申し分のないお天気だった。 アートバザールの 準備の一環で 挿し芽で育ててきた苗を吟味していた。 手作り品の発表バザールなのだから、 自家製植物でもいいわけだけれど、 なんだかそれじゃあ育苗家みたいだし、 木製の鉢に入れて出すことにしている。 でも、 名前を思い出せないものとかがあって、 名前を聞かれた時はどうしようと迷うものもある。 名前はひとつづつ固有名詞を決めて、それで呼んでもらおう。 パソコンの初期のころ、まだ現役だったので、僕は職場のパソコンに名前をつけようと決めたことがあった。まだ職場に2~3台しかなかったからだ。モノだって、ただパソコンと言うのでなく、ミッキーとかピエールとか春雄とかのほうがいい。まして、植物は生き物、個体ごとに名前つけましょう。 花の名前すぐ忘れる症候群だから、そうします。 無理あるかな。 。。。 この花の名前は忘れない。やはり、存在感抜群だと忘れないね。 モッコウバラが開花し始めた。
Apr 14, 2014
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僕が住んでる街の場合、夜間休日の急患は医師会が運営する夜間休日医療センターになる。 朝、木に登って作業していた時、何かに刺されたかかぶれた症状を感じていた。少し痛くて少し痒く少し腫れていた。 夕食後に腫れが大きくなったので、なんか軟膏を塗るか抗生物質をのもうかと思った。薬学系化学者の娘だった妻は診てもらったほうがいいと言った。 こういうとき、やりとり(口論?)するだけ面倒なので、省エネ策として行くことにした。 数年前の元旦に高熱が出て新型インフルの特別態勢だった時とくらべたら、ロビーには10人もいなかった。 受付に若い女性がいて、事情を言うと、外科でしたら見てくださる外科を紹介しましょうか?と言った。 ?? すぐ背後の男性スタッフが、いやちょっと待ってくださいと奥へ入って行った。 今日の当直医が診るかどうか念のため確かめるのだろう。 もちろん、その男性の対応がこの際正しい。 すぐ奥から白衣の女性が出てきて、事情を再確認した。 その女性はすぐ、はい待っててください、と判断を下した。 僕はその人が診る当直医だと思ったのだけど実際には呼ばれた時ナースだと知った。 当直医の男性は1分も診なかった。アレルギーの薬1日分だけ出しますから明日診てもらってください、 という仕事をした。 それも正しい仕事だろう。 結局錠剤1粒だけもらって帰ってきたのだけど、患者としてはあのナースがいちばん信頼性があった。もしナースしかいなければ、あれこれ少し時間をかけて結果にも満足したと思う。 昔から思うのだけど、 ナースは患者側に立てる人が多い。 妻が行ったほうがいいと言ったのは、僕が3~4年前にハチに刺されて、ものすごく腫れて高熱がでて、2~3日眠れない事態があったからだ。二度目は怖いよとも言われていたからだ。 好きなNHKのラジオで、こんなラジオはいやだ!という視聴者投稿の人気コーナーがある。 こんな医者はいやだ!というコーナーも作ってほしいよ。 でもとりあえずはこんな首相はいやだ!!!!、とすぐ退場させたい日々だけどね。
Apr 13, 2014
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人生では人を選別するという機会が多い。結婚や同伴者を決めるときはその最たるものだけど、仕事上で採用したり組む相手を決めたりするとき、結果として後悔するリスクは避けられない。 採用という場合、100人選んだらたぶん1人は あとから厄介なことになる。結婚なら交際期間があり同棲期間もあってリスクはかなり減るけれど、試用期間とかまずはマイナーリーグでとかという仕組みがないと基本的に無理がある。 人の評価は自己評価よりも他者評価のほうがいいわけだけど、だからといって他者評価で回ってきた人を採ると結構あとで後悔する。いわゆる縁故採用というのがそれだ。ただのツテ頼りであって他者評価さえ特にない場合はもっとリスクは高い。他者評価があっても。その他者評価が歪んでいるともちろんそうだ。 僕も失敗はしてきた。上記はその教訓なのだけど、自分ですべて権限を持っていても失敗はしている。その場合は、その人の属性のある部分を過度に 評価した場合だ。そのある部分は僕は自分が組織化する全体の中でどうしても欲しい属性だった。 でも、仕事をしていると人間性が出てくる。仕事をしていないとそれは分からないことで、あらかじめ想像することはとてもできそうにない。人間が悪いのではない。まじめだし、まじめすぎるとも言える。能力がないのではないし、よく知らない人にはふだんは分からない。 でも、どこかに頑なところがあって、その頑なさの奥行きにはブラックボックスがある。そうなると組織の機能を阻害するのだ。 大体そういう人は独りよがりだから、まかせ過ぎると暴走する。手に負えないような事態にもなる。意思疎通がうまくいかなくなるからだ。どちらかというと、男性より女性のほうが多いような気がする。セクハラかな。多い、と断定はしていない。ような気がする、と言っている。 でも、どっちが多いかなんて、どっちでもいい。問題はリスクは常にあるということだ。どうしたらいいか。採用方法の問題もあるけれど、こればかりは根本の解決法はないから、リスクが顕在化した時にどうするかだ。リスクの顕在化を予防するというレベルがひとつのテーマだけれど、それでも何か懸念が生じたら、懸念が小さい間に解決に取り組むというそれしかない。問題は小さな間につぶせ、だ。 でも永遠の課題。 それにしても、理研の問題は不可解すぎる。あれはおもかたさん個人のもんだいじゃないのに、動き方が奇妙すぎる。なんかパンドラの箱をあけちゃったような知られざる世界が垣間見える。
Apr 12, 2014
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海外からだというその郵便物は、待っていたEtsyからのものじゃなく、Tsugumiさんからだった。 10数年前、自然素材を生かした商品の紹介をしていたとき、縁ができた会社の営業ウーマンが彼女だった。大阪の郊外から都心深くにある会社に自転車で通っていた、バンビちゃんのような人だった。途中に父親が経営するレコード屋さんがあり、たまたま僕も知っていた。 僕も自分がする仕事は変遷していったけれど、年賀状だけは交わしていたもののその後の動静は知らなかった。 交信が復活したのはたぶん、彼女がmixiでアメリカから知らせてくれたからだったと思う。僕は楽天しかしてなかったけれど、それでmixiも開設した。ネット社会はいいなと気付いた出来事でもあった。なぜアメリカかというとアメリカ人と結婚したからだった。しかも、そのアメリカの場所と言うのが、とても偶然なことには あの広いアメリカの中でも僕が特別に好きだったワシントン州スポーケンだったのだ。 彼女はアメリカに行っても自転車でバンビちゃんしているようだったし、それどころかかなり長い間学生しておいるのである。ある専門資格のもうすぐ到達点に達する。 時々思い出したり考えたりする度にこちらまで嬉しくわくわくするのだ。 いや、同じような喜びが響いてくる人はほかにも何人もある。 人生は、いつも思うのだけど、自分以外にいっぱい生きざまを共有できるところにある。個人的に特別に許しあえる関係じゃなくても、感動の進行形を分けてもらえる幸せがある。 人生は贅沢なものだ。
Apr 11, 2014
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音楽バンドのネーミングは大体秀逸だ。 お笑い芸人のネーミングも結構感心する。 店だと、やはりヘアサロンかな。 今は亡き母が通っていた近所のヘアサロンの場合は、その名は東京堂美容室だった。東京イメージが効き目があるような土地柄じゃないので、なんでやねんという感じだった。でも、母はお世話になったし、とても長い間続いていた。30年以下ということはない。住宅街の目立たぬ場所なのにだから、きっとよかったのだと思う。 その店が最近クローズされて、例によって内装工事屋さんが入ってたと思ったら、またヘアサロンだった。ヘアサロンの店舗設計はどこもセンスがいいから、住環境としても溶け込みやすい。店主もすごい人かもしれないのだけど、店名見て妻が、入りたくないわ~と言った。なんか刺されそう。。。。 みつばちはもちろん、人間はとてもお世話になっているし、自然の恵みの象徴でもあるのだけど、ハチには痛い思いもしているからね。 カッコつけすぎのネーミングよりも店主の人間性が分かる気もして、これは皮肉で話題にしているわけじゃないよ。 ともかくこの街は、典型的な住宅街なんだけど、美容室と開業医が多いことはもしかしたら特異な状況じゃないかとかねてから思っている。なので何年か前、ヘアサロンだけは数えてみた。その時徒歩10分県内に30はあった。その後。あ、また あ、またと何度も あ、また、 と呟いたから、もしかしたらもう40くらいあるかも知れない。 ともかく、興味深いです。
Apr 10, 2014
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さっき郵便受けに年賀状が届いていた。今日は4月9日だけど、切手は80円だった。 と、ここまで書いて今、見直してみた。 やっぱり80円だ。82円でもないし、52円でもない。 増税前に投函されたことは事実だけど、ははあ昭和基地からははがきでも80円だったのかも知れない。 と、 また今ここまで書いて、また見直したら、ペンギンの絵の切手だった。 そうか、この切手を使うためだったのかもしれない。 南極のの日本の昭和基地は、法的に領土なのか何なのかは知らない。誰のものでもない地球を領土だとかではないとかには全く興味はない。 南極は孤絶の大陸だ。郵便飛行機もなければ旅客機もないのだから、この年賀状は年に2回往復している砕氷船しらせが運ぶしかない。結局そのしらせには送り主である、今回帰国する博士も乗ってきた 。 寄港地オーストラリアから先に帰ってきた博士は 今日は東京にいて 後から着いたしらせから業務用の諸資料や機材とともに、南極大陸の氷を陸揚げした。それを冷凍宅配便 で送り、僕がそれを受け取って保管するという役目だった。冷凍庫は、たまたま地元の親しい店舗から不要になったからともらっていた大型冷蔵庫と冷凍専用庫 が役立った。実際には要らないものなので、昨日僕はそれが機能するかどうか試してみていた。幸いその特殊な荷物は大型冷蔵庫の冷凍庫と冷凍専用庫に納めることができた。もしも冷凍機能に何かあれば溶けてしまったら修復不能だし、南極に取りに行きなおすことも不可能だから、これはこれで結構珍しいタイプのストレスだったのだ。 些細なことのようだけれど、このような事柄が少しづつ片付きながら、博士が不在になったこの1年半が節を迎える。 僕は僕の活動にも共感してくれて支援してくれている博士の事業所を事実上工房にして留守番を装った居候 を決め込んできた。1年半居ないと聞いた時はまず僕は大丈夫かなと 思った。まだ生きていられるのかな。 結果的にはあっという間だった。 5月11日には歓迎会というか慰労会をする。集まってくれるのは、たぶん才色兼備な連中ばかりだ。 場所は近所、お屋敷レストランの先駆者のようなイタリアンの店。 すべてがよすぎる。 こんなに平和で素敵な日本を堕落させないでほしい。
Apr 9, 2014
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娘の第三子が生まれて3週間、里帰りして合宿生活なので、二人が一気に6人になり、権力乱用の冷酷な増税も強制されながら旺盛な消費生活になっている。 食物がものすごい勢いでなくなると妻が苦笑している。 今日は街角で新小学生の親子も見かけたけど、子育てはほんとうに四六時中大変でも、育ってゆくのを知ると報いられもすると思う。でもそのいっぽうでそれと同時に一刻も止まらず育ってゆくことがなにか不憫に感じることもあるし、親としての寂しさもまたないとはいえない。 娘の里帰りはそういう意味では過ぎ去った日々のプレイバックでもある。育ってゆくことがさびしいと感じた昔へのひとかけらの神の情けのような気がする。 そういう平穏な日々にも着実に日本が暗転するかもしれない状況がこの国の病状として進行している。毎日メディアで流される政府広報情報の波はマインドコントロールの津波のようだ。 日本のような豊かな国の場合、日常の生活感は忙しいし楽しい時間が流れてゆく。でもそこに危険が内在していることもまた事実だ。今は特にその感が強い。
Apr 8, 2014
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あなたの歪んだ思想的野心はもうぜんぶ視界の中に入ってきたので、あなたはますます高慢になっている。あなたを権力者にしてしまった人でも 少しは気付いて そこまでやるの~と少し不安がよぎる良識人もいるようだけど、ほとんどの人はまだあなた一派がしかけたマインドコントロールで呆けたままで目先の享楽を追っている。無垢な人々が騙されたあのおたくの党の落ちこぼれたちの党のセーケンコ―タイとかも却ってあなたの力を貯めさせてしまった。それに加えて病気でやめさせられた断腸の怨念がエネルギー源なのか、もともと歪んでいた軍国オタクな独りよがりな 思想を無垢な連中が与えた強大権力を傘にきて狂奔している。そのどれもが日本を駄目にすることばかりだ。国民を愛していればできないはずなことばかりだ。その程度のことならほかの国に行って やってくれ。ほかの国ならその程度なままでいることが多いからだ。日本や日本人をありきたりな国や国民にすることはやめてくれ。 馬鹿にしているのか。あなたは日本をむちゃくちゃにしてゆくだけだ。 あなたのようは人は何もしないほうがいい。利権をむさぼったりしてくれているほうがまだずっとましだ。 え?支持率が高い、と言うのか?!そりゃそうだろう。そんなのだから洞察力がなさすぎる。 国民には問題はあるが、だからこそあなたにはもっと崇高な使命がある。せっかくの強大権力を行使するならほんとうに困難なことにこそ取り組め。 ほんとうに困難なことは、今あなたがやっている逆走政策とは全く逆な方向にある。
Apr 6, 2014
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この子たちはテレビは見せてもらえてないから、映像にはすぐ夢中になる。 僕は「映像技師」である。「上映」するのはリクエストによるが、トーマス、チャギントン、カーズ、プラレール というところだ。 映像技師になるまでは、そんなの全然しらなかった。 チャギントンはなぜかロシアバージョンばかり出てくるので、皆目分からないが、キッズたちは時々爆笑する。何がツボなのかは分からない。 トーマスはこれは実によくできている。ほtんどが英語バージョンだけれど、それでいいらしい。どういうふうに観ているのかはよく分からない。真剣に観ていることは確かだ。 カーズ、プラレールはもちろんなんだか分からないけれど、トミカのおもちゃを大人がYOUTUBEに出しているのは、すっかり僕も興味深くなった。もちろん僕のツボはキッズたちとはちがうかもしれない。 よく出てくるBLUcollection氏のはおもちゃを透明の包装から出すときのパキパキ音さえ、いとおしく感じさせている。実演してみせる当人の様子は手つきと呟きしか分からないけれど 物作りというものをこよなく愛している人でもあると教えられる。
Apr 4, 2014
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決められない政治、という言い方がよく使われた理由も経過も僕は知らない。僕はそんなの思ったことがない。思ったのはいつも国会がクリエーティブな作業を全くしないことだ。衆参ねじれてこそ、真剣にやればクリエーティブになるのに、空らつな質疑ごっこの繰り返しで表決するのがお仕事みたいに終始していた。でもその決められない状況こそ健全性がまだ生きていたのだ。健全性が生きている間にそれを土台にして政策を創造の高みに仕上げて いくのが国会であってほしかった。 今はあの2回の間違った選挙の祟りで、なんでも決めちゃえる恐ろしく不健全な国会になった。野党が壊滅して、それぞれ勝手な事情の政治家?グループばかりなので、小馬鹿にされながら決めてしまえる悪政の楽勝時代になった。国会は形式だけで、政権内部で憲法さえ蹂躙されてゆく有様だ。 国内が事故で非常時なのに原発を輸出するセールスまでするのもどうかしてると思うけれど、そんな人だから武器三原則を堕落させるなんて簡単なこと。 私が決める、と高慢モードにみんな慣れてきているけれど、最後のおひとりまで、と年金支給事務の巨大不祥事を 解決すると約束した男の顔がもう別人のようだ。 災難としか言いようがない。
Apr 2, 2014
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わたくし、楽勝党の党首で国政の権利を所有していますが、まさに、いわば、 権力者というものはK国でもC国でもR国でも同じで、国家という観念を利用して、最終的に国民を犠牲にすることも視野に入れておるのです。 幸いわが楽勝党は今が戦後一番楽ちんな状況で、10年ぐらい先までニュースの予定原稿 書いておいて貰って大丈夫です。 やっぱり柿の葉寿司は、た・・ いや、まちがい、 まさに、いわば、 やっぱり政治家やるなら楽勝党だなあ。。。。 怖っ。 4月1日
Apr 1, 2014
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