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[携ジャン]携帯電話に依存度が高く、携帯を触っていないと不安に陥り、情緒不安定になる。携帯ジャンキーを略して「携ジャン」となったようだ。2008年の上半期にこの言葉が流行だし、その年の流行語大賞にノミネートされた流行言葉。携帯電話使用者の70%以上がこの現象に陥った2008年後半には、一般的になり、早くも死語となる。その後、社会問題となり、収容施設が乱立され、特養よりも数がふえ天下りの温床といわれるようになる。その結果、政権交代が起こるという事態に及んだ、その時の時代を変えた流行言葉として人々の心に陰を落とした。意味のないコミュニケーションを続けることにより、人々は意志の疎通が困難になり、文武化学省は、新しい言語の開発に着手した。簡略化された「携語」という、将来的に展望が開くような、画期的な言語が形作られた事により、「携ジャン」見直され、自治体立独立大学系列では、「携ジャン学部」が新設されるなど、学問として確立した。そのゼミは通称「雀荘」と呼ばれた。***2009年度版「現代無用語辞典」より[ジーマー]1980年代後半からコンビニや繁華街でたむろし、恐れられたチーマーとは一線を画し、行動パターンは、極似したところがあるが、チーマーのように派手目のファッションや、スッキリした出で立ちを持たず、統制力もなく、団体行動も上手くできないが、無気力な割に暴力的な輩の総称。命名の意味は不明だが、ジジィの様なチーマーが変化して「ジーマー」となったと憶測される。パンツはローライズで、そのずり落ちそうなパンツを前方10時10分の位置に足を広げて歩くのが特徴。オヤジ狩りをしていた若者が自らがオヤジと化し、若くして気力もなくし加齢臭さえ漂うようになった、だらしない若者をさす場合もある。***2009年度改訂版「現代無用語辞典」よりこんな未来が来ませんように、、、、。(^^ゞ(笑)
July 30, 2007
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ネットで予約していたDVDが届いた。中学に入った頃から好きだった、Neil Young の最新DVDだ。最新アルバムが発売される前に、ナッシュビルで行われたプレミアライブの模様をドキュメンタリー的に収録した映像だ。彼は、ボクにとって常に大きな影響を与えてくれる存在として永遠に有り続けると、子どもの頃感じていた。そして、今、改めてこのDVDを見て、それを肌の下で感じた。去年発売された「PRAIRIE WIND」(気持ちを込めて訳すと”大草原を吹き渡る大いなる風”と言う感じかな)、を聞いて、紙ジャケットといい、楽曲の作りといい、このアルバムは「ハーヴェスト」を意識させる作りになっていた。アルバムは、音作りをアコースティック楽器で固め、ベン・キースのスティールギターをふんだんにフィーチャリングした楽曲で構成されている。南部臭さは、ニール・ヤングのルーツとも言える肌になじんだナンバーの連続だ。詩の内容は、昔から変わらないスタンスを今でも持ち続けていて、すんなりとその情景に入っていける。自分の周りの人、その人たちの発した言葉、態度、そして、家族、自分の存在を支える偉大な人たちに対する尊敬とある種畏敬の念ともとれる大きな世界を、普通の言葉で伝えている。「ハーヴェスト」が発売された時は中学2年だった。何度も何度も繰り返してレコードを聴いた。レコードのノイズが枯れ草を踏みしめた時の音に聞こえてくるほど、繰り返し針を落とした。その枯れ草の上を流れる風が草原に吹き渡る風「PRAIRIE WIND」なんだよと、今回のアルバムが語りかけているかのようだ。彼は、若いときから自分のスタイルをしっかりと持っていた。そしてそれは、今も変わらない。アメリカの若手ミュージシャンたちからも憧憬の思いで慕われ、尊敬されている。一見色んなスタイルを取り込んで、実態が掴みづらいように見えるが、結局何をやっても彼のスタイル自体は変わっていない。それは、色んな食物を摂取して成長していく身体、円熟していく心を見せられているかのようだ。若い頃は、レコードは全部買い、海賊版もそろえていた程、彼の足跡を追いかけていた。大人になってからも時々出すCDも時々は購入していた。そして今回ネットのプッシュ型広告で彼の新作DVDの予約受付のメールが来たのだ。しかし、そんなに大好きだった彼のライブ演奏を、ボクはまだ見たことがない。高校生の頃、来日公演のチケットを購入するために学校を休んでまで出かけていって手に入れたが、バイク事故で死にかけて、行くことが出来なかった。その時のコンサートを友達がこっそりカセットに録音してくれて、入院しているボクにお見舞い代わりに届けてくれた。そのテープがまだ残っているはずだ。探してみよう。彼はこのボクに自分の感性で音楽を奏でる事を教えてくれた。その彼は、彼の父親に音楽の楽しさを教えて貰ったようだ。彼は新作DVDを「父に捧ぐ」とクレジットしている。父親との繋がり、そして先祖との繋がり、それは周りの人との繋がりでもあり、その普通の関係が羨ましい。ボクと父にはその繋がりが薄かったからだ。そう色んな事を感じさせてくれたDVDだった。ハンク・ウィリアムスのギターをナッシュビルのステージで弾く彼は音楽の継承の大事さをボクたちに見せてくれた気がする。
July 28, 2007
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奥さんがお世話になっている方から、ももをいただきました。桃は好きなんだけど、殆ど買ったことがない。なかなか、美味しい桃にあたらないからだ。まぁ、そもそも根っからの貧乏性で、それ程高い桃を買わない事が原因だと思うのが、、、。と言うわけで、この頂き物は非常にありがたい。そして、奥さんがガイドの勉強会で神戸に行った時のおみやげ。「にごり梅冷酒」にごり梅酒は初めての味だった。「白ワイン」夫婦して赤ワインより、リースリングベースの白ワインが好みなので、ドイツ産ワインの醸造方法で作られたこのワインは、口当たりも良く、美味しかった。
July 26, 2007
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土曜日に9月から始まるホストファミリーの説明会があったので、朝から京都市内へチビもつれて3人でお出かけでした。今年は39人の学生がアメリカからやってくるので、39のホストファミリーが大集合です。市内の色んな地域の方々がいらっしゃってました。今年から留学生事務所の所長になられた方は、アメリカの方で、日本文学の教授をされています。その方の奥さんは、京都出身の日本人の方なのですが、31年アメリカの高校で数学を教えてられるので、アメリカ人のご主人より日本語がたどたどしかったのが、微笑ましかったです。ご飯を食べてるあいだ、アメリカの高校の風景を写真を交えて、アメリカの高校生の暮らしを話してくださいました。向こうは、朝7時半から授業で、昼休みは25分しかないそうです。日本の高校よりタイトな時間割でした。留学生が我が家にやってきたら、イロイロ情報交換出来るので、楽しみです。説明会は、昼過ぎに終わったので、歩いてお寺巡りをして帰りました。久しぶりに通った御所、やっぱり広いです。(^^ゞ京都御苑御所の東側に源氏物語を書いた紫式部の邸宅だった廬山寺がある。寄りたいと奥さんがいうので、御所を抜けて立ち寄ってみました。来年は、源氏物語が書かれて千年と言うことで、今月もイベントをしていました。廬山寺長年京都に暮らしていても、まだまだ行ったことのない社寺が多いです。留学生が来たら、イロイロと連れて行ってあげたいと思うのですが、今から意気込みすぎると疲れそうなので、来てから考えるとしますか!留学生の為の机を買わなければ、、、って事で、これにするかな
July 23, 2007
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昔、京都の四条河原町付近のレコード店で働いていた頃に、いつも昼食を食べに行っていたお気に入りの店があります。「グリル かわべ」さんは、小さな店なんですが、料理の全てが本格的で、料理人のご主人がバイクに乗っていた事もあり、良く話しをするようになり、ランチが無くなっても、お任せでいろいろ作ってもらって食べていました。自家製のデミグラソースもマヨネーズもホワイトソースもドレッシングも何を食べても美味しかった記憶があります。いつもコック帽をかぶり、レストランのコックさんの様なご主人は、店を開店される前は、有名なレストランで働かれていたので、その出で立ちはなぜだかしっくりとなじんで、不自然な所がみじんもなく、料理の味にその風格がにじみ出ていたのでした。カレーを頼んだときにカレーが切れたところで、「3日後にできます」と言われ、今でも印象深く心に刻まれた一瞬です。コーヒーも水出しで、さっぱりしていてお好みでした。転職して京都市内に出かける事が少なくなったころ、その店「グリル かわべ」さんは、御幸町の方に移転されました。いつかまた食べに行こうと思いながら、いつしか20年も経ってしまったのでした。20年振りにその店を探して、夫婦でランチに出かけました。「お久しぶりです、覚えてられますか?」「何か、見たことあるね~」「前の店の時に、良く食べに来ていた、、、レコード店で働いていたもんです。」「はい、はい、はい」そんな会話を品がら、ランチを注文。店は朝の11時半からで、入店したのが12時少し前。まだお客さんは1人もいなかったので、ゆったりした気分で食べ始める。ミンチカツとハムオムレツのランチは、昔と変わらず美味しかった。食べ始めると、次々とお客さんがやって来て、あっという間に10席ほどの席は満席に。ビールを飲みながら、ゆっくり味わい、昔と変わらない水出しコーヒーをいただき、大満足!「また、来ますね」そう言って店をでた。その後、近くの錦市場へ。ブログで出会った「旬味屋」さんを探して久しぶりに錦を歩いた。ボクの大好物の「ちりめん山椒」を販売されているお店だ。二筋ほど行くと、南側に「旬味屋」さんはあった。試食すると「花山椒とちりめんじゃこ」も美味しかったので、「ちりめん山椒」と2点を購入!ブログでやり取りした、店長さんはちょうど入れ違いで出かけられたので、お話しは出来なかったのだけれど、美味しい佃煮に大満足!「また来ますね、娘さんによろしくお伝え下さい」と店長さんのお母様に声を掛けて店を後にした。「ちりめん山椒」がお好きな方は、是非「旬味屋」のHPを覗いてみてください。通販でも購入可能です。その後は、ハーゲンダッツでアイスを食べながら、夫婦で街角ウォッチング!たまにはノンビリとした昼下がりもいいものだ。
July 19, 2007
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意識として、物質に対して執着は無いつもりなのだけれど、何だかモノが溜まっていく。決してコレクターでもマニアでもないつもりなんだが、何でかモノが溜まっていく。最初に溜まりだしたのは、映画のパンフレットと書籍とレコードだった。小学校の2年生の時に「マンガは卒業した」と親に宣言して、その代わりに本を読み始めた。それには、理由がある。ある時親がボクにこう言った。「マンガばかり読んで!、ちゃんとした本やったらなんぼでも買うてやる!」そう言われたボクはすかさず切り返した。「じゃ、マンガはもう卒業する、本やったら買うてくれるんやね」その時以来、本を読むようになった。小学校では読書クラブにも入った。まぁ、実際に読書ドランカーのようになったのは、中学に入ってからだけどね。中学に入ってから、映画を見るようになり、パンフレットも少しずつ増え、同時期に音楽も聴くようになったので、レコードを買い始めた。映画やレコードは、基本的に小遣いを工面しては買っていたので、その当時はそれ程の勢いで増えたわけではない。ただ、本だけは親との約束が存在するため、欲しい本は、購入することができた。親が読書家なら納得がいくのだか、殆ど本を読まない親なのに何故そんな約束をしたのか今でも理解できない。あまりに本屋に通う息子を見て、きっとそんな約束をしたことを後悔していたのかも知れないけれど。20才の頃には、自分の部屋の本棚には、2000冊近くの本が並んでいた。レコードも徐々に増え600枚ぐらいにはなっていた。その上カセットテープも300本程溜まっていた。音楽と本と映画漬けの生活だった。当然その後にやってくるビデオの時代に、ドンドンとビデオテープが増えだして、とうとうビデオテープも1000本を突破した。レーザーディスクが出たら直ぐに購入して、あっという間に100枚以上所有していた。そんなこんなで、何が何だか分からないくらいモノが増えてしまった。(^^ゞビデオテープの整理にアルバイトを頼んだ事もあったほど。今考えると笑える話しだ。今の結婚をする前に、かなりのモノを処分したけれど、今でもCDは1500枚程、レコードも500枚程が今の家に置いてある。実家には、本やビデオがまだ大量に残されている。何だか産業廃棄物を抱え込んだ変な奴みたいだ(^^ゞ(笑)「いらないモノは捨てなさい!」とよく奥さんに言われる。と言うことは、モノに執着心ありありなのか!そんなことを半世紀も生きてきて気が付いた(^^ゞ(笑)そして現在もCDとDVDが増え続けている、、、、。
July 16, 2007
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大きな挫折を味わった後の高校1年の頃、ちょうど上の娘と同じ年齢の頃、ボクは外国に行ってみたかった。Time誌を定期購読して、FENを聴いて、外国の様子に少しでも接していたかった。留学というワクワクする言葉に、惹かれる毎日だった。しかし、当時は1ドル360円の固定相場の時代で、我が家は留学に必要な費用を捻出事が出来るような経済状態じゃなかった。要は貧乏だった。その状況は今もさして変わりがないが(^^ゞだから交換留学等のプロジェクトを探しては応募しては、説明書を取り寄せたりしていた。それだけで楽しかった。初めて海外の地に足を降ろしたのは、30才を過ぎてからだったけれど、高校生の頃の好奇心をそのまま抱いて、とても興奮したのを思い出す。そんな思いもあって、住宅環境が良くなったらいつかは、留学生を受け入れる所謂、ホストファミリーをしてみたいと、思うようになった。去年家を新築したのを機に、奥さんと相談をして留学生を受け入れるための組織を探し始めた。交換留学生の組織や斡旋業者はゴロゴロと検索に引っかかってくるが、ピンと来るところがなく、1年近くがたった。経験もないことなので、出来るだけしっかりした組織が望ましいと思い探すのだが、なかなか思い道理のものが探せなかった。交換留学というのは、ハイスクールの子が多いので、ちょっと違う切り口で探してみた。近隣の大学のサイトでそういった情報が無いか順番に調べてみた。市内の私立大学にホームステイを主体とした留学生受け入れプロジェクトを見つけたので、さっそくメールで問い合わせをしてみた。返事を即日に頂いて、申込書を送っていただくように依頼した。対応もしっかりしていたので、安心して申し込んだ。直ぐに家庭訪問にも来られてので、ちょっとビックリしたけれど。それだけ事務局がしっかりしているとだと思い安心感もある。4月に申し込みをして、7月に学生とホストファミリーとのマッチングをするとの事だった。沢山の方がホストファミリーに登録されているそうなので、7月にならないとどうなるか分かりませんとのこと。そして7月になり早速ポストに封書がとどいた。我が家にやってくる学生が決まったという知らせだった。これからの予定や、本人と家族の写真とプロフィール、心得などの書かれた書類が同封されていた。7月21日にホストファミリーのオリエンテーションがあり、学生が我が家にやってくるのが、9月7日ということだった。来年の5月初旬までの8ヶ月間、家族として暮らすことになるアメリカからくる彼女はどんな子なんでしょうね。今からとても楽しみです。
July 8, 2007
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知らない人が多いのですが、祇園祭は7月中行われます。7/1~31迄の、長~いお祭りなのです。メインイベントが山鉾巡行というわけです。その山鉾巡行に欠かせない、山鉾がもうそろそろ姿を現すじきです。10日ぐらいから徐々に出そろい、お祭りの雰囲気が街を包み始めます。山鉾を見て歩くのが「宵山」「宵々山」「宵々々山」と何日も続く前夜祭のようなものです。宵山の時期は、四条通りや烏丸通りなどが歩行者専用になり、人、人、人、で賑わいますね。今年は連休と言うこともあって、多くの人出が予想されます。しかし、あまり人出が多いと、「こんちきちん♪」の囃子の音も良く聞こえないですし、鉾をゆっくり見て歩くことも出来ない状態になります。祇園祭をしっとり味わいたかったら、宵々々山迄に、鉾を見て歩くのをお薦めします。鉾の飾りは、美術品としても超一級のモノばかりですので、じっくり見るだけでも楽しむ事ができます。山鉾建てに伴う臨時交通規制というのが京都府警のHPに出てましたので、これを参考にすれば山鉾のある場所が分かります。意外と便利な地図になってる事を発見!http://www.pref.kyoto.jp/fukei/kotu/kisei_k/rinji_kisei/gion1.htmゆったりまったり祇園祭を楽しみましょう!祇園祭に関しては■YSC■京の玉手箱 京都祭・行事 祇園祭が参考になります。祇園祭の行事日時(7月)/行事名/場 所1日~5日/吉符入/山鉾各町1日午(前10時)/長刀鉾町お千度/八坂神社2日(午前10時~)/くじ取り式/市役所議事堂2日(午前11時~)/山鉾町社参/八坂神社10日~13日/鉾建て/各鉾町10日(午後4時~9時)/お迎提灯/八坂神社⇔市役所10日(午後8時頃~)/神輿洗/四条大橋12日~13日/鉾曳き初め/各鉾町13日(午前9時)/高橋町社参/八坂神社13日(午前11時)/長刀鉾稚児社参/八坂神社13日(午後2時)/久世稚児社参/八坂神社13日(早朝)/斎竹建て/四条麩屋町13日~14日/山建て/各山町15日(午後7時)/宵宮祭/八坂神社16日(午後2時半頃~)/護摩焚き/役行者町16日(午前9時)/献茶祭/八坂神社16日(午後6時~)/鷺舞/八坂神社16日(午後6時~)/田楽/八坂神社16日(夕刻より)/宵山/山鉾各町17日 (午前9時~)/山鉾巡行/四条烏丸~新町御池17日 くじ改め/四条堺町17日(午後4時~)/神幸祭/八坂神社~四条お旅所23日(午前9時)/献茶祭/八坂神社23日(午後5時)/琵琶奉納/八坂神社能舞台24日(午前10時~)/花傘巡行/八坂神社⇔市役所24日(午後5時頃~)/還幸祭/四条お旅所~八坂神社25日(午後1時~)/狂言奉納/八坂神社能舞台28日(午後8時頃~)/神輿洗/四条大橋29日(午後4時)/神事済奉告祭/八坂神社31日(午後4時)/疫神社夏越祭/境内疫神社前
July 6, 2007
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中学1年か2年の時に京都の新京極にマクドナルドが出来た。新しいもの好きのボクとしては、行ってみたくて仕方なかった。小学生にとって当時のマクドは高価すぎて気軽に行ける所ではなかった。当時の値段を思い出し見ると、確かビッグマックが、250円でマックシェイクが120円だったと思う。この値段を聞いただけでは、今と変わらないじゃないかと、それ程驚かないかも知れない。当時の物価を詳しく覚えているワケじゃないけれど、覚えているのは、映画のロードショウの入場料が380円だった。その当時はセット販売をしていなかったので、ハンバーグとシェイクとポテトを頼むと、映画の料金より高いのだ。今の映画の料金と比較すると、マクドナルドで一人前2000円もかかる計算になる。当然映画を見に行ってご飯を食べるのに、小中学生にとってあり得ないような高価な食事だったワケだ。80円ぐらいでうどんやそばが食べられたんだからね。40年近く経ってもマクドナルドの価格帯は変わっていない。変わっていないどころか、携帯やネットのクーポンを使うと、当時の値段より安い。これもひとえに売り上げが拡大し、ファーストフードの第一線で存続してきたからなんだろうけれど、マクドナルドを訪れるたびにそんなことを思い出す。この週末も行きましたが、クーポンをフルに使うと5人家族で2,000円かかりませんでした。ふむ~、安くなったものだ。一時安売りで業績ダウンしていたのも原田社長になってから、持ち直した感がありますが、子どもの頃から知ってる味は維持して欲しいと思っております。NY、LA、ロンドン、香港、ウィーン、のマクドナルドで食べたことがありますが、ウィーン以外は殆ど同じ味を提供しています。日本は、風土に合わせてかなり工夫をしたと聞きましたが、ウィーンは、なんだかヨーロッパ的な贅沢感が味にも醸し出されていて、風土を感じたのでした。最近はジャンクフードという言葉もあまり言葉も聞かなくなりましたが、ファーストフード系がそれだけ一般化してきたということなのでしょうか。そう言えば思い出しました、京都の四条通りにあったアービーズ。ローストビーフバーガーに好みのソースをかけて食べられるっていうのに、はまったことがあります。もう25年くらい前かな。確か神戸にもあって、そこでも食べた記憶があります。アメリカにはあるようなのですが、日本からは撤退したのでしょうかね。今風のファーストフードもいいですが、今住んでいるところの近くに「翼虎」っていう美味しいコロッケ屋さんがあって、子供達が揚げたてをかじりながら歩いているのを見たりすると、なんだか懐かしい気持ちにさせられます。色んな味が記憶のなかをかけめぐりはじめました(^^ゞ(笑)↓↓コモジグで有名なお友達のお店です。見てね~(^_-)-☆KOMO楽天市場店
July 1, 2007
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