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2017.01.20
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カテゴリ: 探訪 [再録]
長浜城御馬屋跡の石標  [探訪時期:2013年3月]
JR長浜駅の2階通路を利用して、湖岸側(西)に出ます。 最初にこの石碑が目に入りました。
そこから豊公園の中に入ります。 豊公園は日本さくら名所百選に選ばれています。
探訪した日は3月24日でしたので、まだ桜の開花には少しかかる頃でした。そのため、桜の花を見ることはできませんでした。
大正時代を伝える 東屋 が保存されています。



長浜城本丸跡


現在は 長浜市長浜城歴史博物館 です。
探訪解散後に、当博物館に入館した際入手のパンフレットには、故東京工業大学名誉教授藤岡道夫博士の設計指導により、昭和58年(1983)に再興されました。「2層の大屋根に望楼をのせた初期天守の様式」だとか。この模擬天守は、「犬山城や伏見城をモデルにして復元された」 (参照1) ようです。

序でに、 長浜城の経緯 を整理しておきましょう。 (参照2,3,4,5)

天正2年(1574)夏 秀吉が今浜に築城開始
天正3年(1575)秋頃 秀吉は小谷から今浜城に移る。地名を「長浜」とする。
 入城後も築城工事を継続。完成までに3年以上かかった大工事となる。
天正3年~天正10年(1582) 秀吉在城
天正10年(1582)柴田勝家に長浜城を譲る。柴田勝豊入城。

天正13年(1585)~18年(1590) 山内一豊が城主となる。
長浜城は山内一豊が移封(遠江国掛川)された後、荒廃。
 →湖北真宗門徒の惣会所(総会所)が城内に設けられたという。
慶長11年(1606) 内藤信成が移封されてきて城主となる。大修築を実施。
 内藤信成は徳川家康の異母弟

元和元年(1615) 長浜城は廃城となる。廃城後の敷地は農耕地として使用された。
 信成の子、信正が摂津高槻城に移封されたことによる。
 石垣・櫓材などは彦根城に転用される。門が大通寺や知善院に譲られる。


現長浜城の先の 湖岸に「太閤井跡」の石碑 が建てられています。

この写真の左下に見える案内標識があります。

長浜築城時に、秀吉が掘らせたと伝わる井戸遺構 が見つかったのです。 渇水で水位が下がった時には姿を現すようです。 (参照4)

句碑 が建てられていました。

      猫柳湖畔の春はととのはず  五十嵐播水


その先に、現在の長浜城の北西側の小丘に 天守閣跡の石碑 が建てられています。
その傍に、 衣冠束帯姿の秀吉像 が建っています。




石碑の傍にある説明板を部分拡大してみます。

7560
秀吉像の裏手に小さな社 があります。

今回の探訪はこの小祠のところで、予定コースを終えました。
午後のシンポジウムは、別プログラムとして希望者の参加であり、この地点で探訪としては解散です。


この後、オプションとして探訪したものをここに加えておきます。

午後のシンポジウム聴講のための時間待ちを兼、折角の機会なので長浜市長浜城歴史博物館の拝見をしました。撮影禁止(一部はOK)でしたので、展示物の鑑賞だけしました。それ以外で記録した箇所をご紹介します。


歴史博物館の前に、 「長浜城石垣根石」という石碑と2つの石 が広場の中央あたり置かれています。

そして、南東隅に 「旧長浜領境界碑」が移設して建てられていました。これは現存する碑です。

豊公園とJR長浜駅との間には、現在は湖岸道路が通っています。
シンポジウムの会場に向かう途中にこの石碑と説明板があります。

長浜城御蔵屋敷跡




長浜駅西口を基点にすると、湖岸道路沿いに南の方向に歩いて行ったところになります。これで、大凡、長浜城と長浜城下町を歩いたことになります。

5回にわたって、今回の探訪記録をまとめることになりました。
ご一読ありがとうございます。

参照資料
1)「戦国大名浅井氏の菩提寺・徳勝寺のルーツを探る」資料(長浜コース)
  主催:小谷城戦国歴史資料館・「徳勝寺のルーツを探る」実行委員会 
2)「秀吉出世城 長浜城」(長浜市長浜城歴史博物館リーフレット)
3)「長浜別院大通寺」(拝観者に配布のリーフレット)
4)『秀吉の城と城下町 近世城下町のルーツ・長浜』(市立長浜城歴史博物館)
5)ウィキペディア各項「長浜城」他

【 付記 】 
「遊心六中記」としてブログを開設した「イオ ブログ(eo blog)」の閉鎖告知を受けました。探訪記録を中心に折々に作成当時の内容でこちらに再録していきたいと思います。ある日、ある場所を訪れたときの記録です。私の記憶の引き出しを兼ねてのご紹介です。少しはお役に立つかも・・・・・。ご関心があれば、ご一読いただけるとうれしいです。

補遺
長浜市長浜城歴史博物館  :「長浜市」
山内一豊  :ウィキペディア
内藤信成  :ウィキペディア
内藤家について    近江長浜から高槻藩に移封されるが、その後も移封が続く。
   江戸三百藩HTML便覧が詳しい。
彦根城の歴史 リサイクルの城?  :「彦根の観光ガイドときどき滋賀」
根石 →  石垣  :城用語集
五十嵐播水    :ウィキペディア
五十嵐播水    :「須磨観光協会」
五十嵐播水の句  :「増殖する俳句歳時記」

     ネットに情報を掲載された皆様に感謝!


その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


探訪 [再録] 近江・長浜 徳勝寺のルーツを探る -1 徳勝寺(現在のお寺)へ
探訪 [再録] 近江・長浜 徳勝寺のルーツを探る -2 延長坊、境界石標、妙法寺(伝羽柴秀勝墓)へ
探訪 [再録] 近江・長浜 徳勝寺のルーツを探る -3 大通寺・知善院・北国街道 へ
探訪 [再録] 近江・長浜 徳勝寺のルーツを探る -4 茶亭門・黒壁・外堀跡・豊国神社 へ





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Last updated  2017.01.20 14:05:57 コメントを書く


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